● 「とうとう、この日が来たな」 「ああ。連中に先を越されたと聞いた時は耳を疑ったが」 男達が、三ツ池公園の北門付近で言葉を交わす。 研究者然とした彼らは、『六道の兇姫』こと六道紫杏に従うフィクサードだった。 十二月の風は冷たかったが、戦意旺盛な彼らは寒さを感じない。ただ一つ不満があるとすれば、それは同行する『ただ一人の異分子』の存在。 (あの男、モリアーティ教授の派遣した援軍と聞いているが……) 紫杏派フィクサードの一人が、傍らに控える『異分子』を振り返る。 くたびれたコートの背から、薄汚れたような灰の翼を覗かせた壮年の男は、剣呑な視線をさらりと受け流して柔和な笑みを浮かべた。 「まあまあ、そう怖い顔しないで。仲良くやりましょうよ、ね?」 少しはお役に立ってみせますよ――と言う男に舌打ちした後、同僚に向き直る。 「何を考えているんだか、まったく読めん奴だな」 「落ち着けよ。あっちが『倫敦の蜘蛛の巣』なら、こっちは妖怪『土蜘蛛』だ。 俺達だけでも、アークに負ける筈がない」 同僚が指し示した先には、虎の胴と蜘蛛の脚、そして人の顔を持つ一体の怪物。 自慢の『キマイラ』を眺め、不愉快そうに眉を寄せていた男も満足そうに口元を歪める。 三ツ池公園を舞台に、再び戦いが始まろうとしていた。 ● 「――『六道紫杏』と、彼女が研究で生み出した『キマイラ』の話は聞いたことがあるだろう。 その六道紫杏が、大量のキマイラと配下を連れて三ツ池公園に攻め入ろうとしている」 挨拶もそこそこに口を開いた『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)の言葉に、ブリーフィングルームに集ったリベリスタ達の間に緊張が走った。 フィクサード主流七派『六道』の首領、六道羅刹の異母妹たる『六道紫杏』が神秘界隈で動き初めてから、早くも半年以上が経つ。 『六道の兇姫』の二つ名を持つ彼女が造り上げた、エリューション生物兵器『キマイラ』。次第に完成度を上げ、より強力な敵となっていくそれらと刃を交えた経験のあるリベリスタも多いだろう。 「今回、紫杏の狙いは『閉じない穴』と考えられる。 こいつを手中に収めれば、崩界度を上げてキマイラ研究を完成に近付けられるだろうからな。 ただ、このタイミングに仕掛けてきたのは解せないが……」 アークにとって、『閉じない穴』を擁する三ツ池公園は重要な拠点だ。そこが先日、『楽団』の攻撃を受けたのはまだ記憶に新しい。当然、アークは公園の警戒を強化している。 「まあ、ライバルに先を越されて焦ったのかもしれないけどな。 とにかく、紫杏派の動きを事前に察知できたのは幸いだったが――実は良い話ばかりでもない。 紫杏派には、強力な援軍がついているらしい」 バロックナイツが一人、ジェームズ・モリアーティ。 彼は教え子である紫杏の要請に応え、『倫敦の蜘蛛の巣』の構成員たるフィクサード達を派遣した。 あるいは、この援軍の存在こそ、紫杏の自信を強めているのかもしれない。 「それに、『楽団』の動きも気になる。 死人を操る力を持つ連中が、『強力な革醒者が死ぬかもしれない』状況を見逃す筈はないからな。 アークにとっても、厳しい戦いになるのはまず間違いないだろう」 つまり、三ツ池公園では三つ巴の戦いになる可能性が高い、ということだ。 「とりあえず、これから行ってもらうポイントには『楽団』メンバーの姿は確認されていない。 ここでは、キマイラと紫杏派を叩くことに専念してもらって大丈夫だと思う」 いったん言葉を区切り、数史は任務の詳細を語り始める。 「皆に向かってもらうのは、北門側の駐車場になる。 相手は、キマイラ一体と紫杏派のフィクサード六名、そして『倫敦の蜘蛛の巣』の援軍が一名だ」 キマイラは、識別名『土蜘蛛』。 虎のような猛獣の胴体から蜘蛛の脚を生やした、人面の怪物である。あるいは、同名の妖怪をモデルに造り上げたのかもしれない。 ブロックに三人を要する巨体と、高い自己再生能力はなかなかに脅威だろう。 「紫杏派のフィクサードは、 プロアデプト三名、ナイトクリーク二名、ホーリーメイガス一名という構成だな。 無駄にやる気に溢れてるんで、撤退させるにはちょっと骨が折れるかもしれない」 少なくとも、キマイラを倒した上で殆どのメンバーを無力化する必要がある――と数史は言う。 「最後に、『倫敦の蜘蛛の巣』の援軍。 『ノーネイム』と名乗っている男で、フライエンジェのクリミナルスタアだ。 詳しい能力は不明だが、実力的には紫杏派の六名より上だろうな」 この場で彼らを全滅させるのは、かなり困難が伴う。 キマイラと紫杏派を優先して叩き、援軍である『倫敦の蜘蛛の巣』を撤退に追い込むのが、おそらく最善だろう。 「……アークが三ツ池公園でジャック・ザ・リッパーと戦ったのも、この時期だったらしいな。 同じ場所で、今度は敵の迎撃に回るってのも皮肉な話だろうが、 アークとしては、紫杏派の動きを容認するわけにはいかない。 また大きな戦いになるが、どうか無事に帰ってきてくれ」 説明を終えると、黒髪黒翼のフォーチュナはそう言ってリベリスタ達の顔を見た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月26日(水)23:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 戦の臭いを孕んだ寒風が、リベリスタ達の頬を撫でる。 駐車場のアスファルトを踏みしめる『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)が、『丘の上の広場』の方角に視線を向けた。ボトム・チャンネルに大口を開けた『特異点』が、そこに存在している。 「『閉じない穴』か。アークも厄介な代物を抱え込んだものだ」 昨年末、ジャック・ザ・リッパーとの決戦で生じた巨大なディメンションホール。 仮にここが敵の手に落ちれば、崩界度は一気に跳ね上がるだろう。 北門側からの侵入者を察知した『機械鹿』腕押 暖簾(BNE003400)が、帽子の位置を直しながら口を開く。 「来やがったか、六道」 できれば来て欲しくはなかったが、敵にとってはこちらの都合など知ったことではあるまい。全長1.5メートル以上にも及ぶハンマーを両腕で構え、『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)が前方をじっと見つめる。 ひときわ目についたのは、虎の胴体から蜘蛛の脚を生やした人面のキマイラ――『土蜘蛛』。 鬼の形相でこちらを睨む巨体を前に、『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)の喉から思わず声が漏れた。 「……キマイラ、なんて大きいの」 異形の怪物に対する嫌悪を滲ませる彼女の傍らで、『吸血婦人』フランツィスカ・フォン・シャーラッハ(BNE000025)が冷笑を浮かべる。 血の如く赤い瞳が映すのは、六人の紫杏派フィクサード。 「まったく、どうしようもないものばかり作るのよねぇ……此の手の連中は」 過ぎ去りし大戦の記憶が、見た目より遥かに長い時を生きている『吸血婦人』の脳裏をよぎる。 国が変わり、時代が変わっても。神秘の探求者が考えることは、いつも同じだ。 そして、この場におけるもう一人の敵――薄汚れた灰色の翼を持つ、フライエンジェの男。 その姿を認めた『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が、「わーお!」と声を上げた。 冴えない風体をくたびれたコートに包んだ彼こそ、ジェームズ・モリアーティが差し向けた援軍、『倫敦の蜘蛛の巣』の一員だろう。『ノーネイム』という名と、クリミナルスタアであることを除いて詳細は不明だが、相応の実力者であると予想される。 「土蜘蛛に加えて倫敦の蜘蛛の巣、な……蜘蛛だらけでなんとも気味が悪いものだ」 鎧に身を固めた『境界のイミテーション』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)が呟くと、『視感視眼』首藤・存人(BNE003547)がいつも通りの陰鬱な顔で答えた。 「さても賑やかな公園で――」 キマイラを従えた紫杏派と、援軍たる『倫敦の蜘蛛の巣』に加え、死体漁りを目論む『楽団』の影もちらついている。 状況は極めて複雑で、敵は多い。厳しい戦いになることは疑いようがなかった。 「まあ、これも仕事だ。きっちりこなすさ。確実に、堅実に、な」 黄金のダブルアクションリボルバーを携え、『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)が口に咥えたキャンディーの棒を噛む。 意識を研ぎ澄ませて周囲の感情を探る暖簾が、福松に頷きを返した。 「あァ、来ちまったもンはしゃあねェ。全身全霊で御帰り願うまでさ」 前方に向き直った伊吹が、灰色の瞳で敵を見据える。 ――『閉じない穴』の下にて死線を辿る者達のために、微力を尽くそう。 ● 土蜘蛛を先頭に、フィクサード達が前進する。 「や、敵さんも手際がいいですねえ。流石アーク」 軽口を叩きながら血の掟を刻むノーネイムを見て、紫杏派の何人かが眉を顰めた。 どうやら、彼らは援軍に良い印象を抱いていないらしいが――この場におけるジョーカーは、間違いなくあの男だろう。 変幻自在の影を従えた『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)が、ノーネイムに肉迫する。不協和音はあれど、高い実力を持つと思われる相手を放置するのはリスクが高い。仲間がキマイラと紫杏派を仕留める間、ノーネイムを抑えるのが彼の忍務。 回復の要たるニニギアの前に立った福松が、凄まじい速さで“オーバーナイト・ミリオネア”のトリガーを絞った。弾丸がフィクサード達の腕を立て続けに貫き、土蜘蛛の片目を潰す。直後、片腕を押さえた紫杏派の一人がキマイラに命じた。 「お前の力を見せてやれ、土蜘蛛」 禍々しい叫びが、怪物の喉を震わせる。抉られた眼球が膨れ上がるように再生する中、土蜘蛛から無数の糸が伸びた。 全身に絡みつこうとする粘着糸を掻い潜り、伊吹が土蜘蛛に向かって駆ける。まず、あれを足止めしなくては始まらない。 「銘無き刃として、今この時よりアークの旗の下に参じる」 己の身に運命を引き寄せ、土蜘蛛のブロックに回る。小柄な体格とは言い難い彼だが、キマイラの巨体と比較するとその背中は些か小さく見えた。 「うぅ、怖くない、気持ち悪くなんてない。……まけない」 ともすれば竦みそうな足を叱咤しつつ、ニニギアが詠唱を響かせる。呼び起こされた癒しの息吹が、仲間達を縛る糸を消し去った。 体の自由を取り戻した存人が、無数のグラスアイを貼り付けた上製本を手に魔曲の旋律を奏でる。放たれた四色の光が土蜘蛛を照らした直後、暖簾が距離を詰めた。 「術士で無頼の機械鹿――有りっ丈の名誉を護る為に、いざ」 妻にして相棒たるスペードの女王“ブラックマリア”を携え、誇りを胸に見得を切る。彼の後に続いたななせが、長大な鋼の鎚を構えて自らの守りを固めた。 「後ろの人たちが敵を切り崩すまで、耐えてみせますっ」 紫杏派のフィクサード達が、反撃に移る。ナイトクリークの一人が赤き月を輝かせた瞬間、三人のプロアデプトがオーラの糸でリベリスタ達の急所を狙い撃った。 背の翼を羽ばたかせたコーディが、自らを宙に舞わせる。鎧の術士は低空から戦場を見渡すと、慎重に距離を測って全ての敵を射程内に収めた。 「――さて、やるだけやろう。外道とあらば容赦する必要も無し」 放たれた雷光が瞬く間に拡散し、駐車場を縦横無尽に駆け巡って敵を貫いていく。柳を思わせる動きでリベリスタ達の攻撃を受け流すノーネイムが、気の抜けた声を上げた。 「やあ、怖い怖い」 臆したような言葉とは裏腹に、リボルバーで正確な抜き撃ち連射をリベリスタに浴びせる。その技量は決して無視出来ないが、ここは紫杏派とキマイラを叩くのを優先せねばならなかった。 動体視力を極限まで強化したユウが、土蜘蛛の巨体をしげしげと眺める。 「燃やし甲斐、ありそうですよね」 彼女は愛用の改造小銃“Missionary&Doggy”の銃口を頭上に向けると、魔力の弾丸を天に放った。数多の火矢が降り注ぎ、地上を炎の色に染める。 集中を高めていたフランツィスカが、無骨な汎用機関銃“MaschinenHenker”を構え直した。 「もう少しデザインにも気を使いなさいな。不恰好も良い所だわ」 目を細め、トリガーに指をかける。 「クス、クス……本当に、どうしようもない」 含み笑いとともに解き放たれた弾丸の嵐が、敵を蜂の巣にせんと襲いかかった。 まず敵の回復役から落とさんとするリベリスタに対し、紫杏派のフィクサードは強気な姿勢を崩さない。一人がホーリーメイガスを庇いに回った他は、土蜘蛛と連携して次々に攻撃を仕掛けてくる。 全身から気糸を放つプロアデプト達の援護を受け、ブラックコードを操るナイトクリークが後衛に迫った。ニニギアを背に庇い、福松が前に出る。 咄嗟に身を屈めた彼の頭上を、破滅の黒いオーラが掠めた。 「ガキなら組み伏せ易いと思ったか? 舐めるなよ」 純白のシルクストールを靡かせて懐に潜り、体重を乗せた拳を鳩尾に繰り出す。敵の動きが止まった隙を逃すことなく、福松はすかさずアッパーカットを見舞った。 「ありがとう、福松さん」 感謝の言葉を口にしつつ、ニニギアが聖神の息吹で仲間達を癒す。最後方に立つ彼女には、紫杏派フィクサードの自信と驕り、そして援軍たるノーネイムとの連携の不備がよく見えた。 (チームワークなら負けない) その綻びを確実に突いていけば、流れは必ずこちらに傾く筈。 敵がホーリーメイガスの守りを固めたのを認めて、コーディは即座に狙いを切り替えた。 「全部焼き払ってしまえればすっきりもしようが……」 ノーネイムと紫杏派フィクサードらを一瞥した後、土蜘蛛に視線を留める。連続で組み立てられた四属性の魔術が、眩い光の四重奏となって怪物の動きを封じた。 「それにしても土蜘蛛ですかー。趣味が良いんだか、悪いんだか」 気糸で狙撃を試みるユウが、ゆるりと呟く。 「――でも、たしか元の意味だと『まつろわぬ民』のことですよね。 だとすると、結局は滅ぼされちゃうんじゃないですか?」 あらゆるものを貫く極細の糸が、土蜘蛛の脚を一本折り飛ばした。 この戦いにおいて、最も敵の攻撃が激しくなるのは頭数が揃っている序盤である。 リベリスタ達は回復役の撃破をひとまず後回しにして土蜘蛛の攻略に集中するも、キマイラの高い自己再生力とホーリーメイガスの癒しに阻まれ、一気に倒しきることは叶わなかった。 「俺達の作り上げた『土蜘蛛』が、そう簡単に倒れるものかよ!」 紫杏派の攻勢を前に、存人とフランツィスカが相次いで運命を削る。土蜘蛛が魔曲により一時的にでも麻痺していなかったら、損害はこの程度では済まなかっただろう。 「こんなものと踊り続けたくはないけれど……仕方ないわね」 仲間からの回復を受けて体勢を立て直したフランツィスカが、敵味方から一定の距離を取る。生み出された黒い霧が、彼女の姿を神秘の闇で覆い隠した。 あらゆる光を拒む真の闇に紛れ、フランツィスカは再び愛銃を構える。 刹那――こちらを見たノーネイムと目が合った。 この男も、暗闇を見通す瞳を持っているのか。そう思ったのも束の間、彼はついと視線を逸らしてリボルバーのトリガーを絞る。 吐き出された弾丸が、フランツィスカのもとに飛ぶことはなかった。 ニニギアや存人の癒しに支えられ、リベリスタ達は土蜘蛛に猛攻を浴びせる。 伊吹のフィンガーバレットが火を噴き、虎の胴体を深々と抉った。 さしもの自己再生力も間に合わないのか、キマイラが苦悶の絶叫を響かせる。 その直後、あらゆる痛みを凝縮した呪いの一撃が暖簾の胸を貫いた。溢れ出す鮮血が、黒紫の無頼を紅に染める。 「よォ……聴こえるかい?」 遠のく意識を自らの運命で繋ぎ止めながら、彼は眼前の土蜘蛛へと語りかけた。 公園に点在する雑多な感情のノイズをかき分けるようにして、その“こころ”を探す。 ンな姿にされちまって、怪物扱いされちまって、悲しいかい? 悔しいかい? 全部、俺に視せてくンな。奴らにキチンと“伝えて”やるからよ――。 感じ取れたのは、憤怒、苦痛、そして絶望。 その全てを己に刻み、暖簾は死を告げる銃指――手の甲で鎌首をもたげる黒蛇を土蜘蛛へと向ける。せめて、“彼ら”に安らかなる眠りをもたらすために。 「――Sweetdreams!」 放たれた不可視の弾丸が、キマイラの頭部に喰らいつく。ななせが、“Feldwebel des Stahles(鋼の軍曹)”を握る両腕に力を込めた。 凄まじいまでの闘気が小柄な少女の全身から放たれ、構えた鉄鎚へと集中する。 「これで、終わりにしますっ! いくよ、『軍曹』――!」 超重をのせて繰り出された渾身の一撃が、土蜘蛛の胴体を捉えた。 巨体が宙に浮き、後方へと吹き飛ばされる。 勢い良くアスファルトに叩き付けられたキマイラは、もう二度と動くことはなかった。 ● 頼みの綱を断たれた紫杏派フィクサードの間に、動揺が広がる。 「馬鹿な……土蜘蛛が倒されただと」 畳み掛けるならば、今が好機。 プロアデプト達が放ったオーラの糸に貫かれて深手を負ったコーディが、運命を燃やして背の翼を再び広げた。 激しく荒れ狂う霹靂が駐車場を蒼く染め上げ、そこに立つ全ての敵を破壊の渦に巻き込む。 狙うべきは、紫杏派のホーリーメイガス。庇い手を引き剥がすべく、暖簾が鴉の式神を放った。 「ラブレターだぜ、受け取ってくンな!」 鋭い嘴に片目を抉られ、プロアデプトが激昂する。怒りのまま駆け出した男の前にななせが立ち塞がり、その首筋に牙を立てた。 盾を欠いたプロアデプトに、リベリスタ達は火力を集中させる。 闇に潜んだフランツィスカが、“MaschinenHenker”から稲妻の如く無数の弾丸を吐き出した。 フィンガーバレットの銃口をホーリーメイガスに向けた伊吹が、ふとこの事件の背景に考えを巡らせる。 (――今回の件も、もしや『塔の魔女』のプランの内なのか) アークに身を寄せながらも未だに真意が見えぬ『塔の魔女』、死体漁りに熱心な『楽団』、そして紫杏派の援軍に駆けつけた『倫敦の蜘蛛の巣』。 それぞれの思惑は違えど、バロックナイツの“お遊び”に付き合わされる側はいい迷惑だ。 いずれにしても正気の沙汰ではあるまいが――今は目の前にある狂気、紫杏派の一掃に集中しようと心を決める。 放たれた弾丸がフィクサードのこめかみを撃ち抜き、その命を絶った。 回復役の撃破を視界の端で認め、幸成がノーネイムに語りかける。 「紫杏派は貴殿の力など不要と考えている様子。 義理立てすることもないならば、のらりくらりと立ち回れぬものか?」 「うーん、そういう訳にもいかないんですよねえ」 絡みつく気糸を防御用マントで払った瞬間、彼は忽然と姿を消した。背後から繰り出された手刀が、幸成の首筋を傷つける。 ずば抜けた回避力を誇る幸成を捉えるとは、やはり只者ではない。ユウが、感嘆まじりの呟きを漏らす。 「居たんですねえ、ホントに」 英国の古巣に居た頃、耳に入ってきた『倫敦の蜘蛛の巣』の噂。 眉唾物と思っていた組織の一員と、このように相対する日が来ようとは。 あるいは、自分を使い捨てた者達と、どこかで繋がっていたのかもしれないが――今となっては、どうでも良いことだ。 「私の日本食い道楽ライフを邪魔するなら、燃やすまで!」 銃弾で空を貫き、炎の雨で紫杏派の一人を撃ち倒す。黄金のリボルバーを構え、福松が叫んだ。 「あんたみたいなのは何を仕出かすか解らんのでな。抑えさせて貰うぞ!」 同じ武器を操る者として、その戦闘スタイルはある程度予想がつく。.44マグナム弾に腕を抉られ、ノーネイムが口の端を持ち上げた。 フィクサード達の反撃を受け、ここまで回復でチームに貢献してきた存人がとうとう膝を折る。時には自分の庇い手に回ってくれた彼の分まで皆を支えるべく、ニニギアが聖なる神の息吹で戦場を包んだ。 ――敵をここから追い払うまで、絶対に退かない。 前衛として最前線で敵を抑え続けるななせが、巨大な鉄鎚を勢い良く振り上げた。 少しばかり傷つこうと、持ち前の自己治癒力で保たせてみせる。 「わたしの全力全開で、叩き潰しますっ!」 雪崩の如く繰り出される破壊の連撃が、眼前の敵を激しく打ち据える。すかさず、フランツィスカが愛銃のトリガーを絞った。 冷酷なる鉄の死刑執行人が、愚かなる神秘の探求者をまた一人地に沈めた。 ● 残る紫杏派フィクサードは、三人。 研究の犠牲になった土蜘蛛の無念を込め、暖簾が不可視の殺意を放った。 「お前さんの研究内容、ここでブチ撒いてってくンな? ――その狂った内容が二度と分からねェようにな!」 後に続いた福松が、神速の抜き撃ちで止めの弾丸を叩き込む。 ノーネイムへの警戒を怠ることなく、リベリスタ達は紫杏派を追い詰めていった。 「やる気がある人から潰して、ない人は帰って頂く……堅実にいきましょう」 ユウが業火の矢を降らせる中、コーディが低空を滑るように翔ける。 その手に携えた杖から雷鳴が轟いた時、戦いは決着した。 紫杏派の全滅を見届け、ノーネイムが灰色の翼を羽ばたかせる。 「力及びませんでしたねえ。いやはや申し訳ない」 そう言いながらも迷わず撤退を始める彼の背に、コーディが問いかけた。 「貴様等の目的はなんだ! 六道を援護するという事が、本懐ではないだろう」 仮にそうだとしたら、もう少しまともに仕事をする筈だ――。 鎧の術士の言葉に、ノーネイムは「や、手厳しい」と悪びれず笑う。 伊吹が、至極冷静に声を重ねた。 「音楽は最後まで聞くものだ。前座の演奏が済むまで待つがいい。 ――主にそう伝えておけ」 「はいはい、確かに。それでは御機嫌よう」 飄々と去るノーネイムの姿を見送った後、ななせが大きく息をついた。 駐車場に残された亡骸を眺め、フランツィスカが口を開く。 「他所でも戦っている事だし、あまり悠長に留まっていたくはないわね」 とはいえ、放置して『楽団』に奪われるのも避けたかった。 「壊せるだけ壊しておきましょう」 現状では、他に選択肢はない。 それぞれ思うところはあれど、彼女の提案に意を唱える者はいなかった。 「死者を操る楽団も、キマイラを生み出す六道も、どちらも許しがたい相手だわ」 命を弄ぶ敵に怒りを募らせながら、ニニギアが唇を噛む。 一通り亡骸の後始末を終えた後、伊吹は再び『閉じない穴』の方を見た。 (あの小娘、自分の為していることをどこまで理解しているのやら) 随分と大胆な作戦に出た『六道の兇姫』を思い、僅かに眉を動かす。 色恋はさておき、小娘の情ほど厄介なものはない。そして、それを利用せんとする輩も。 「――このまま収まるはずもないか」 戦いの先を見据える男の声は、殊更に重く響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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