● 相棒のところに歩いていく。 小さな体。枕の横に転がるプレママ情報誌。 おじけづきそうになるが、そこを踏みとどまる。 今回は大きな痛みにはならなかったようだ。 少し安心した。 だが。 いつもと違う気配に、足が止まった。 「なによ」 ぐしゃぐしゃに乱れた髪を手櫛で直し、いつもどおり半眼でこちらを見る。 「お前……」 間違いではないかと思う。いつもどおりの憎まれ口。 いつもどおりの皮肉な笑顔。 「なぁに?」 「そうじゃなくて、お前……」 「……ああ、そうね。ぼちぼち本格的に来たか。しょうがないわね。今まで行ったり来たりしてたんだもん。そろそろ本番が来て当然よね」 ふふんと、笑って見せる。 臨月。 女は懐妊していた。 まもなくお母さんになるのだ。 女は殺す側から、産む側に変わった。 「で、どうするの。あんた、あたしを置いてくの」 なんと答えたらいいのかわからない。 男は、リベリスタなのだから。 今まで、フェイトがないという理由だけで、実戦ではなく後進の指導や先頭の先遣隊を務めてきたのだ。 しかし、今日はどうしても外せない「実戦」がある。 「即答できないんだ」 なんと答えたらいいのかわからない。 女は、男に何もかもを捧げたようなものだから。 無茶な戦い方をする男の子をはらみ、つわりで身を削り、食事制限で体重を削り、切迫流産気味だったので生活圏も削って生きてきたのだから。 「ヒドイ男ね。一緒に出産を乗り越えようとか言えないの」 「エリューションが増殖する……」 それは許されることではない。と、男は言う。 そうねと、女は応じた。 「でもね、今まであたしたちが狩ってきたエリューションの数まで増える時間くらいの猶予はあってもいいと思わない? だって、ここまでに人生掛けてきたんだもの」 出産に立ち会って。取り上げろとは言わないから。 女は、少女の姿の女はそう言って、一人だけ年をとった男を見上げた。 ● 「残念ながら、この世界はそんなに公平にできてはいない」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、にべもない。 「男、本田真太郎。女、上田緑子。二人組みで活動していた。フリーのリベリスタとしては、古参の部類。去年、アークに加入。そして、上田は本田になった」 四十がらみの男と、十代半ばに見える女。 男はどこか疲れたような。女は達観しているような。 二人まとめてノーフェイスに落ちるところをリベリスタの介入で見事回避。 三高平市役所に婚姻届と編入届けを同時に出すという荒業をやってのけたカップルである。 正確には、緑子とリベリスタが、煮え切らない真太郎に決心させたのだが。 「同い年。革醒時期もほぼ一緒。活動時期も。違うのは……」 女の就業期間が止まったこと。 「上田(妻)は、現在産休とってる。正確に言うと、陣痛始まってる」 事情を知っているリベリスタ達は、バンザイをした。 「本田(夫)が、出産立ち会い拒否った。というか、仕事済ませなきゃって出勤して、結局間に合わない」 イヴは、そう言い切った。 「確かに本田(夫)には今日仕事が入ってる。けれど、長年共に頑張った妻が母になるのに立ち合わせられないなんて、アークのリベリスタの名が廃る」 イヴは、わずかに微笑んだ。 「今回の作戦は、原因の除去と、今後の対策。本田(夫)が時間を使い切る原因になるアーティファクトの回収のお手伝い。とっとと片付けて本田(夫)を分娩室に放り込んできて」 方法は任せる。 「更に、今後本田(妻)が育児ノイローゼにならないように、本田(夫)に色々かんで含めるように心の準備をさせて。本田(夫)がテンパりやすいのは、何もかも思いつめた挙句、自分には無理だとぶん投げる癖が抜けてないから」 イヴは、モニターに場所と詳細を映し出す。 「場所は、放棄された畑。今から行けば、ちょうど本田がそこにアーティファクト追い詰めるのに成功してるから。リベリスタ二人を幸せなパパとママにして」 そういえば、天才の方の室長、今で言うところの育メンだっけ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月20日(木)23:36 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 本田真太郎の今日の仕事は、自走するだけのアーティファクトの回収。 フェイトがつきかけていることが分かっているのは幸いだ。 毎日新しい朝を迎えるたびに、まだ世界に許されていることを改めて実感する。 相棒は――妻は、というべきだろうか。しかし、どうしてもその言葉を想起するのが難しいのだ――昨日から入院している。 『一人でどうにかなったら怖いでしょ。うっかり墜ちたらどうすんのよ』 恩寵を受けた者の子は、恩寵を得る。 だから、産み落とすまでは最低でも堕ちられないと、緑子は言う。 リベリスタの家系というのはその連鎖であることは分かっているが、真太郎にはどうにも割り切れないのだ。 それは、十代半ばで革醒者としての知識もなく、年を取らない女を抱えて四半世紀もただ戦いの中に身を置くことでしか口を糊することもできなかった男の強迫観念、あるいは防衛本能に近いものだったが。 「こっちの勝手で、革醒者なんかに生まれつかせてしまっていいのか?」 アークの庇護下で生まれ育てば、自然に戦うようになるだろう。 実際、年齢がふた桁になれば、死地に赴く者達が増える。 行かなくてもいい。 だが、征くというのを止めることはおそらくできない。 親よりも早く死ぬ、 見知ったりやつの死亡告知が張り出される掲示板を確認するのが日課なんて。 そんな異常な環境に。 緑子。 なんで、子供なんか欲しがった。 俺は、お前だけで十分幸せなのに。 ● 真太郎が現地に着くと、見知った顔が混じったリベリスタ達が、既に待ち受けていた。 見知ったどころか、住民票と婚姻届が受理されるまで、真太郎と緑子にベッタリ張り付き、カウンター前で万歳をする暴挙をやらかしてくれたメンツが混じっている。 あの時の、周囲の、心底からの祝賀ムードは、思い出すだけでいたたまれない。 「おはよう、真太郎。今日の 作戦の概要と非戦で探索する旨を伝える」 『玄兎』不動峰 杏樹(BNE000062)は、真太郎が口を開く前に今日の仕事の手順を説明する。 座りきった眼光が、罪を飲み込む覚悟をした人間独特の押しの強さを物語っている。 「何だって、こんな軽微な任務に……」 杏樹どころか、ほとんどが一線級だ。 連戦が続いている情勢。 こんなところに来る暇があったら、休養を取るべきだ。 「助太刀するのに理由なんて要らない」 杏樹、一刀両断。 問答無用。 「何はともあれ『おめでとうございます』 とは言わせて頂くよ」 『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314 )は、無表情で真太郎に祝いを言う。 (……父親になるのに何やってるんだか) 露骨にため息をついて見せたくなるが、ミカサは大人なので、そんなことはしない。 オーダーメイド3ボタンモッズスーツに、安全靴。 足場をどんどんと踏み固める姿は、涙なしでは見られない。 ヴィジュアル的に、とことん牧歌的風景が似合わないミカサがわざわざ出てくる理由は、もふもふ以外なら一つしかない。 「――手際が悪くて間に合いませんでした。なんて、見え透いた言い訳はさせないからね」 真太郎と緑子の関係は、ミカサにとっては崩界を回避した世界の縮図に等しい。 そこに危機が訪れたなら、介入したくもなる。 もう、「何事にも執着しない」という妄執は捨てたのだ。 気になるものは、気になる。 「人の家庭の事情に口を出すのも野暮というものだけど、お祝いくらいは贈らせてもらってもいいよね?」 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)も、祝いを口にする。 年齢は変わるは、性別は変わるはで、彩歌はまごうことなき「父親」なのである。 現在、単身赴任中だが。 「お、おま、お前ら、そんなことをどこで……」 やだなあ。万華鏡はなんでもお見通し。 「子どもが生まれる……それってすごい事だと思うのじゃが」 『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759) が、だから、手伝いに来た。と、真太郎を見上げる。 「ま、まぁ、わしの矢はどうせ当らんしの……でも、できるだけ頑張るのじゃ」 すごいことだしの。 与市は重ねてそう言った。 (『真太郎、腹のひとつも括れないなんて情けないぞ!』 ――とはいえ迷いを覚える気持ちは分からなくもないんだよ、な) 真太郎より年上の恋人を持つ『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)としては、他人事ではない。 (根本となっている理由は違えども、きっとうちの龍治も父親になるのに迷いを見せそうな気がするから) 産む気、満々。 男が望もうが望むまいが、子を産むか産まぬか決めるのは、宿す女の権利だ。 人は死ぬ。 とても死ぬ。 強大な力の前では、なすすべもなく、木っ端微塵に死ぬ。 神秘なんかに関わると、赤ん坊はエリューションで、時々は殺さなくてはいけない対象だ。 だから、喜んで迎えられる命は、両手を挙げて喜んであげたい。 リベリスタ同士で、しかもノーフェイスになりかけから這い上がって、それでも幸せになれるのだということを。 リベリスタは人を幸せにできるのだということを、どうか証明して欲しい。 リベリスタの贈り物。 出産立ち会いのための時間捻出、プライスレス。 反論も逃走も、認めない。 おまえではなく、緑子へ。 おまえがプレゼントだ、真太郎。 「……つまり、お喋りは後って事だよ」 地面をきちんと踏み固めたミカサが、お仕事の時間だよ。と言った。 ● リベリスタは迅速だ。 というより、迅速に動くために知恵を絞ってきたのだ。 射手たちは、畑全体を視界に収めるため、各々外周へ。 ステラは、宙に舞い上がった。 (眼鏡はしているけれど、こう見えても眼は良い方だから) 見落としたり、しない。 くん。と、杏樹は鼻を鳴らす。 土の中を移動する、木片の臭い。 ミカサは勘を働かせて、土の盛り上がりを凝視し、ああでもない、こうでもないと『永御前』一条・永(BNE000821)と意見を交換する。 「ぼさっとしないで、集中!」 飛んでくる激に真太郎が脊髄反射するのは、普段少女の声に怒鳴られまくっているからだろうと推察される。 うぴゃっ! ちっちゃいお手手で土を掻き、とてちてたー。と顔を出す「もぐもぐもぐらさん」は愛嬌たっぷりだが、この寸暇が惜しい事態においてでは、BS怒りすら誘発しそうだ。 べしべしべし。 リベリスタたちは、ひっぱたいた。何度も。 かと思えば、したーんしたーんと、今まで与市の予想をことごとく裏切り続けて皆中する矢が、剣山のごとくもぐらの頭にお子様ランチの旗のごとく林立する。 そこに絡む気糸の罠。 「いいね。そのままじっとしてるといいよ。よかった。モフモフじゃないから、心の痛みは少ない」 世界は愛と憎しみが右と左で同等だ。 ミカサの手から繰り出される連撃は、常になく多い。 全く同時に繰り出される双撃が、交差するように往復する。 リベリスタたちは執拗に攻撃を繰り出した。 20m先から、下手すれば弾痕より小さな直径2センチ足らずの1セント硬貨を射抜く射手が得物を構え、一撃必中と行かぬなら何度も殴ればいいのだと、常には使わない技を活性化させて望む腰の入れようだ。 正直言って、「もぐもぐもぐらさん」が破壊されなかったのは奇跡だった。 「お仕事は、終わりですね」 アーティファクト保管用の特殊なカバンに「もぐもぐもぐらさん」をしまう真太郎を、じっと『小さき梟』ステラ・ムゲット(BNE004112)が見ていた。 見張っていた。 ステラの実力で、歴戦を戦い抜いた真太郎を麻痺させるのは難しい。 それでも。 (私だって逃がしはしない) そう思う。 逃げてはいけないと思う。 (だから) 逃がしはしない。 無言の圧力をかけてくる灰白の14歳に、真太郎はケツをまくることもできないでいる。 自分のことでは無駄に思い切りが良すぎる男は、両脇を他人に献身することをためらわないリベリスタに固められて、「拉致」速やかに「連行」されることになった。 ● 「最大限加速する。そのへんに捕まって」 彩歌は自前の乗用車に真太郎とリベリスタを詰め込み、念のため両脇を固め、飛び降りも防ぐ。 え、人員オーバー? あーあーあー、聞こえない。 「…また彼女の強さに甘えようとしてるんだね、ってね、嫌味の一つも言いたくなるってものだよ」 ミカサは、後部シートで脚を組み、対真太郎バリケードを完成させると、なんか反論する気なのと言わんばかりに、目を細める。 「ねえ、今日は夫婦から家族になる日だ。それなのに怖い怖いって逃げ腰でさ。上田さんだけに任せてどうするんだよ」 上田さん。 緑子の旧姓。 緑子を失わずに済んだ件で、真太郎はミカサに頭が上がらない。 「――嘘でも『俺が付いてる、心配するな』って言ってあげられないの」 色の付いたレンズ越し、ミカサの視線が非常に痛い。 「なあ、立ち会うのに特別な何かが必要な訳じゃないんだぜ。真太郎は何が怖いんだ? 苦しむ妻か? 場の空気か? それとも大役か?」 木蓮は、その背後から身を乗り出す。 「――多分、俺は今度こそ耐えられん」 真太郎は、自分の膝を見ながら言う。 「緑子は、15の時から変わらずちっこいんだぞ。なのに、あんなに腹が膨れて。あいつ、この間なんといったと思う? 『まりも羊羹みたいに、ペロンとお腹の皮はじけそうだわぁ』 って言ったんだぞ」 あ~。と、緑子の容姿と人となりをそれなりに知っているリベリスタは小さくうめいた。 緑子さん、旦那がビビりなのは知ってるだろうに。 「もちろん、今の医学が発達してるのはわかってる。緑子がお産で死ぬ可能性は低いのもわかってる。緑子より華奢な体格で立派に生んでる人がたくさんいるのはわかってる」 だが、可能性は可能性だ。 いつだって、ファンブルは起きる。 「でも、万一ってことがあるだろう!? あいつは体は十五で、未発達なんだぞ! ああ、でも本当は四十過ぎてんだよ、高齢出産なんだよ!」 言っていることが見事に矛盾している。 もう、とっちらかってるのはわかった。 リベリスタの浮かべる何とも言えない表情に、真太郎は笑えよと自嘲気味に呟いた。 「こんな怯え切った男が、分娩室に入って、一体何の役に立つと言うんだ。逆に邪魔にされるんじゃないのか。書いてあったぞ、情報誌に。夫が役に立たなくて、邪魔で邪魔で仕方なかったって!」 踊らされている。溢れる情報に踊らされている。 というか、読んだのか、情報誌。 「――私の夫は、助産師の手伝いで走り回っておりました」 永は、60年以上も前のことを昨日のことのように思い出しながら言った。 「落ち着いてと嗜めたら怒鳴られた思い出がございます。 『馬鹿野郎、手前の女房が戦ってる時にのんびり待ってる亭主が何処にいる!?』 立派なこと言ってるようですけれど、あなた以上にとっちらかっておりましたよ?」 クスクスと笑う永御前の前では、真太郎など孫のようなものだ。 「もしも、緑子が俺の目の前でどうにかなったら、俺は今度こそ堕ちるかもしれん」 何よりも、妻の死が怖いという真太郎に、安易にノロケ乙とは言えない。 外部に開かれたリベリスタ組織が、ほとんどなかった混乱期。 二人は寄り添って生きてきた。 フィクサードにも、ノーフェイスにも堕ちることなく。 それは並大抵の苦労ではなかっただろう。 だから、二人で命を落とすことになりかけていた。 やっと、幸せだと、緑子が笑うようになったのに。 もしも、喪ったらどうしよう。 今度こそ、耐えられない。 「真太郎様、わしにはよくわからんのじゃが、その……怖い時は好きな人と一緒にいたいなと、わしは思うのじゃ」 与市は、ぽそぽそと言葉を選びながら言う。 「緑子様の事じゃないのじゃ。怖がってるのは真太郎様じゃ、怖い時こそ好きな人と一緒に居たいと思わんかのぅ?」 与一は、真太郎の恐怖を赦した。 大人だろうと、怖いものは怖い。 「仕事で出産の怖さとか不安とか完全になくなるわけではないと思うのじゃ、一番の特効薬は本人の口からへっちゃらだという言葉を聞くのが一番じゃないかぇ?」 へっちゃらだと笑う緑子に、安心して添えばいいと与市は言う。 「僕自身は娘を代理母出産+生物兵器としてデザインしてたのもあって見に行かなかったな」 『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)、当時15歳。バリバリのフィクサード。 遺伝子だけ提供し、昨年母親の死亡に伴い娘二人を引き取った。 ――とたんに、娘を甘やかしすぎて、厚生課から育児指導を受けるダメオヤジと化した。 とうとうと、娘がいかに可愛いかを語って聞かせる達哉、公害。 こういう奴が、来客にホームビデオ耐久六時間とかやるんだ。 そんなんだから、思春期に入りかけの娘に「姉さんに触れるな汚らわしい!」なんて言われるんだ。 育児相談は、悩む前にアーク厚生課へ。 「――なわけで纏めると子供はマジエンジェル。嫁はリアル女神になってしまったのでうちのツインズは僕のマイエンジェルということだ。分かったな?」 分かりたくありません。 でもまあ、こんなんでも、子供はそれなりに勝手に育つという例としては有益かもしれない。 「子供が小さいうちはいいぞ」 絞り出すように、真太郎の懸念が吹き出る。 「だけど、緑子は年を取らない。あいつの年なんかあっという間に追い越してくだろう。俺はいい。けど、緑子が……」 「大丈夫ですよ」 還暦過ぎの息子、四十代の孫、二十代のひ孫、大量の玄孫がいる永がにっこり笑う。 ひいおばあさまは、今もあの日と変わらぬ十八のままで。 「大丈夫です」 ちゃんと、幸せになれます。 「病院にゃ俺様たちも行く。何かあったら泣きついていいから、今だけは緑子の傍に居てやってくれ」 木蓮の中でだぶる、今の緑子と未来の自分。 今の真太郎と、未来の木蓮の唯一無二。 「本田さんも奥さんが心細くなってるのは分かってるはず」 運転しながら、彩歌も口を挟む。 マスタードライブでよどみなく、おまわりさんに捕まらない限度内であれよあれよと三高平市内に向かっている。 「リベリスタがフェイト削って日常的に死ぬほど痛い目にあってるから誤解しがちだけど、出産の痛みというのは長引くのよ」 痛いは一瞬? うそうそ。 生んだ後が痛いんだって。 男が感じる一番近い痛みは、腸捻転だって。 男の脳梁で出産の痛みを体験すると、脳みそが情報処理できずに発狂するって都市伝説もあるくらいだ。 「可能であるという現実は見たくないけど、私も無理。事実こういう時に男に出来る事なんて何も無いけど、できることはあるはずでしょう?」 経験者は語る。 彩歌が、かつて「D」の名を名乗っていた頃の話だ。 「……頼む」 木蓮が言葉を搾り出す。 一人にしないで。 「前会った時から随分変わっただろ、私」 杏樹は、唐突に言い出す。 色々と経験して、選んだ結果。 「子育ては分からない」 経験がないから。と、きっぱりと杏樹はそう言う。 「――けど、人間変われば変わるんだ」 だから、真太郎も変われる。 杏樹は、そう考えていると、伝えた。 車は、三高平市内に入った。 病院は、すぐそこだ。 ● 「ここから先は、お父さんだけ!」 分娩室につながるガラス扉に、消毒だ、前掛けだ。帽子だと渡されるたびに顔を赤くしたり青くしたりする真太郎に、杏樹は言う。 「育てられた娘としての意見だけど、父親はすごいよ。子はその大きな背中を見て、憧れて育つんだ」 何もしなくていい。 ただ、生きていてくれれば。 その背から、勝手に何かを学ぶから。 だから。 「自信を持て。お前は緑子が惚れた男だろ?」 真太郎は、少し目を見開いた。 杏樹は、至極真面目だ。 だから、緑子は命をかけてお前の子を産むのだ。 真太郎は、そうだな。と、何度も頷いた。 リベリスタは口々に声援を贈ろうとして、「静かにっ!」と目を向く看護師さんに遠慮して、急遽サイレント状態の口パク。 それに頷き、つんのめりそうになりながら分娩室に駆け込む真太郎。 間髪いれずに、「――遅いっ!」 と、緑子の声がした。 怒鳴り声の中に喜びが隠れているのにミカサは気がついた。 勘だ。 分娩室から産声が聞こえてきたのは、30分後。 帰るに帰れず、廊下で待っていたリベリスタ達は、万歳を繰り返した。 「今度おむつでも贈らせてもらうぜ!」 木蓮は買出しに突き合わせなくてはいけない男の顔を思い浮かべる。 (どっちがひどいかなんて決めることはないさ。ひどかろうが何だろうが、生まれてくる子供にとっては大事な父親と母親。これは変わらない事実なんだからさ) 大丈夫。 二人でダメならいつでも声をかけて。 駆けつけるから。 いらっしゃい、新しい命。 君が生まれてくるのを、僕らは精一杯祝福する。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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