●現のオワリ~End Side~ 「アレでは自らの家の内で獅子を檻から出す様な物じゃと思うがの」 「ソレで良イのサ」 舞台裏。支配を司る鎖の姫が投げた呟きへ、その男は満足そうに頷いた。 これは彼の演出する、彼の用意した舞台だ。 例えそれが前座であろうと、この極東へ来てより配した手駒の全てを注ぎ仕立て上げた。 この喜劇、彼の師にすら劣る物ではあるまい。 「雛鳥を、唯殺スだけナラ簡単だ」 ピエロは語る。如何にも愉快げに。 「けレド、それヲした所デ誰が嘆キ悲しミ苦しミ悔やミ、慙愧に刈らレ絶望を知ル――と、思ウ?」 あたかも自明の事で有るかのごとく揚々と。 「主の言う事は一々分かり難いのじゃよ」 「こレハ失礼。つマリはネ、演劇にはメリはリが大事ッテ事なのサ」 雛とは言え、英雄の器。そう容易く堕落したりはしない。 けれど、1度の過ちを2度で正し、3度の失敗を4度で制する彼らが、 同じ相手に失態を、失墜を、後悔を、より大きく、重く、繰り返したならどうだろう。 英雄とて人間だ。何処かで折れる。折れずとも曲がる。歪む。腐る。逸脱する。 そんな物幾つも幾度も目の当たりにして来た。それが“希望”の限界である事を、曲芸師は誰よりも知る。 成功の道程があればこそ、喪失はより取り返しがつかないのだと。 「ふむ、何やら賢しげに聞こえるが、実の所違うじゃろ」 だが、鎖の姫はその欺瞞を見逃さない。薄笑みを、薄闇に融かしながら言の葉を投げる。 「御主は、結局の所彼奴らが嫌いなのじゃ」 一拍。 「――御名答、ト言うシカ無いだロウねェ」 肩を竦めながら、仕立て直したタキシードの裾を払う。 ああそうだとも。何時だって脇役だった。 幾ら望んでも、どれだけ研鑽を積んでも、世界は彼を主役であるとは認めない。 隠れ、潜み、静かに、密やかに、世界を歪めるその要因を壊し続けた。殺し続けた。奪い続けた。 賞賛は無かった。それでも良かった。構わなかった。護ろうとした者の手で、何もかも失うその時までは。 「けレド、それダケじゃア無イ」 だからこそ、彼は英雄と呼ばれる全ての敵であり。希望と称される万象に対し牙を剥く。 さあこの悪足掻きで以って神の祝福をすら打ち砕こう。破滅へ続く階段を打ち崩そう。 狂言回しの全力で以って、熟れた果実を刈り取るが如く、主役と言う主役を摘み取ろう。 「或いハ――彼らガ“本物”で在ルのナラ」 仮面の位置を直しながら、道化は嗤う。哂う。嘲う。 「理想と言ウ名の死神を命で以っテ退けルと言うナラ」 そんな事は、例えどんな奇蹟が起きようとも、絶対に有り得ない事を解した上で。 「或いハ、我らガ女神の未来をモ超え得ルのカモしれナイけれド……ネ」 けれどもしも、そんな事があり得るのだとするなら、その時は―― 「……なんじゃ、何時もへらへらしか出来ぬ訳ではないのじゃな」 何処か詰まらなそうに、黒き鎖が視線を外す。 叩かれた扉、ノックは正確に2度。鋼の侍女が時を告げる。 「――さァ、それジャあ、始めヨウ。僕の僕ニヨル僕の為ノ」 回りだした運命はもう止まらない。 現実と言う名の悪夢は今一度閉ざされた神の座をを絶望へと染め上げる。 「一世一代の大喜劇ヲ――ネ」 ●招待状~The Bad Dream 2nd~ 「手短に言う」 万華鏡の姫。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、けれど静かに周囲を見回し声を上げた。 「三ッ池公園、『楽団』、幽霊船、剣林、黄泉ヶ辻」 一つずつ挙げられるその単語は、昨今搬出している事件の中でも極めて危険度の高いそれだ。 場合によっては――よらずとも――その事件の解決だけで死亡者が出得る。 それだけの出来事が、これだけ重なっていると言うだけでも尋常では無い。 「そういう事件に関わってる人は、避けて良い」 それはアークの判断ではあるまい。けれど多分、イヴの本音だ。 「こちらが資料で、こちらが『招待状』です」 急遽出動を要請された『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)が資料を配布する。 時間が無いのは事実なのだろう。逆を返せば“時間は無いが急げば間に合う”と言う事か。 嫌らしい、と言う表現すらが生易しい。まるで―― けれど、リベリスタ達とてモニターに映し出された“それ”を見ているのだ。 今回の事件がどう言う物であるか、既に十分伝わってはいるのだろう。それでも、尚。 「……死なないで欲しい」 恐らくは、誰よりそれを言ってはいけないだろうイヴが、そう告げる。 『招待状』を送って来るフィクサード等そうは居ない。 それがこれほど――アークが無理難題を無数に抱えている時を殊更に狙って来る事などは更に無い。 だが、あった。過去にも同様のケースが確かに、あった。 《 やあ聖櫃に籠る英雄の雛達、ゲームの時間だ 》 モニターに映し出されたそれは、『バッドダンサー』と呼ばれるフィクサード。 イヴが視線を巡らせる。リベリスタ達はブリーフィングルームから出て行かない。 消える様に毀れた嘆息。けれどだからこそ、此処はアークなのだ。 「今回の任務は、とある『破壊器』の破壊と――『バッドダンサー』の討伐」 その言葉が呟かれてより、幾許か。残されたリベリスタは、10名。 「うん。皆には後者を担当して貰う。場所は神奈川県の僻地にある廃教会」 神奈川県、と言う語句に嫌な気配が混じる。其処は“閉じない穴”の近郊ではないのかと 「近くは無いけど、遠くも無い。この辺が安定して不安定なのは、皆も知ってる通り」 安定して、不安定。塔の魔女の実力を以ってしても世界は徐々に壊れていっている。 この意味深に過ぎるロケーションに、意味が無い筈も無い。 「……とりあえず、今回の『バッドダンサー』の目的は」 呼吸、一つ。 「崩界を進行させる事、それその物……みたい」 崩界の進行させる事。それは本来、この世界の誰も望みはしない事の筈だった。 けれど、伝説的都市伝説、ジャック・ザ・リッパーがそうであった様に、 そんな物を歯牙にもかけない狂人と言うのは厳然として存在する。 果たして、『バッドダンサー』がそれに相当するのかはまた別の話で在ろうが―― 「放っておけない」 放ってなど、おける筈が無い。例え其処に、どれ程の障害が立ち塞がろうと。 「『バッドダンサー』シャッフル・ハッピーエンドは地上の礼拝堂に居る」 モニターに映し出された地図。玄関から一直線の非常にシンプルな道程である。 「部屋は机とか、椅子とか沢山。でもかなり広いから、動くのに難は無いと思う」 お膳立て、と呼んで差し支えない。如何にもな戦場。そして――勿論と言うべきか。 「相手は1人じゃない。他に2体、E・フォースが居る」 それも、特別製だ。人工的に生み出された、一人の『夢』の結晶であるE・フォース。 「どちらも強力。普通なら2体討伐で8人が徴収されるレベルで」 こと、此処に至るまで碌な情報が無い。それを如実に感じてかエフィカの表情が明らかに青い。 ロケーションは最悪、そして時間に猶予も、無い。 「『バッドダンサー』はもう片方の仕事が失敗したら逃げる」 万全の状態で逃げに掛かられたなら、追いきれまい。圧迫感と切迫感で息が詰まりそうな戦場。 けれど。 「でももう、こんな事続けさせちゃいけない」 果たして、その無理を、無茶を、成し遂げたならどれだけの人間が救われるか。 「私達は、こんな物を運命だと受け入れてはいけない」 どうしようもないからと手を引く事が出来るなら、異界の神を倒そう等とは誰も思わない。 「だから、勝とう」 箱舟(アーク)は、悲劇を覆す為に築かれた組織だった筈だ。 であるなら、例えどれ程の痛みが其処に待ち受けていようとも。 「勝とう」 ――――全ての悪夢に、終止符を。 ●1st sentence 地下へのルートと地上へのルートは玄関で既に別たれていた。 協力も何も有りはしない。だが、紛れも無くこの仕事は2つで1つ。 片側のみで全てを成し遂げる等到底不可能と言って良い。 で、あればこそ。僅かな時間も無駄にするまいと、息急き切って扉を押し開く。 奥の間の中央に置かれたパイプオルガン。響く音色は荘厳であり、けれど酷く背徳的だ。 迷い子を救う為の施設が、救われぬ者を生み出す為に用いられている等―― 眼前に作られた舞台。一段高いその台上には磔にされた聖人と磔刑を現す十字架。 その裏側から、奇妙に歪なイントネーションの声だけが響く。 「やァ、ようコソ親愛なる迷イ子諸君――僕の劇場へ」 訳も無い程に飄々と、他愛無い程に軽々と、その言葉は踊る様に、戯れる様に。 「随分ト長い付キ合イになッテしまッタけどネ。それモ今宵デ一区切りサ」 「だからソウ。少し話をシヨウじゃ無イか」 言葉に応じる様に、舞台の袖より現れ出でるは鎧姿の金の髪の女と、黒に身を包んだ鎖の娘。 案に告げる。此処より一歩も通さぬと。 「さて、此度はわらわを退屈させるなよ、聖櫃の」 「……主様の御下命より、退去願います。」 「支配」と「忠誠」――それは2つの「理想」だった物。世界を守ろうと願った人間の『夢』の残滓。 その言葉には僅かの迷いも無く。だからこそ続く言葉には違和感しか感じない。 これは果たして本当に、現実なのだろうかと。あたかも、戯曲の前口上でも有るかの如く―― 「『道化師』シャッフル・ハッピーエンドが問おウ」 「とコロで君達は疑問二思っタ事は無イかナ?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月25日(火)23:10 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●英雄志願―End Side― 「ここで終わりにしましょう」 礼拝堂の中央に立つ『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)の声が朗々と響く。 対するは黒と鉄、そしてその中央に神の子を背負う悪夢の舞い手。 それを目の当たりにして、光の胸の奥でざわめく物。それは失墜の記憶。それは失態の幻像。 命を賭けて手を伸ばし、その手から零れ落ちた幾つもの命。忘れる物か、許せる物か。 それを見逃してしまったら。そこで折れてしまったら、光の中の“勇者”は死ぬのだ。 「ヨうこソ、僕ノ舞台へ。まァ、そウ焦らナクても良イじゃナイか」 くつくつと嗤う、その様に。或いはその存在を。許容出来ぬ者など幾らも居る。 饒舌に、上機嫌に、喜劇をこそ謳い上げる狂える道化は、それ程までに世界に絶望を振り撒いて来た。 「水瀬さん、木橋さん、黒崎さん……他にも沢山の人が貴方の巫山戯た狂喜劇の犠牲になった」 血が出るほどに両手を握る、『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)。 その眼差しは狂える程の熱を込めて、『バッドダンサー』へ注がれている。 殺意、害意、敵意、翻意、反発、嫌悪、拒絶、憎悪、或いは――盲目にも等しい執着。 これほど煮詰めた感情、その憎しみは妄執にすら届くだろう。この手で終わらせずには、いられない。 「先日は実に悪趣味な趣向でしたが……あれは貴方の仕込みですか、バッドダンサー」 屍の群。それと共に手に掛けた罪も無い筈の“人形”達。 両手に浴びた血がどちらの物か分からなくなるほどに、染み付いた死臭は時が経とうと消える気がしない。 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の眼差しに、彼女にしては至極稀有な怒りの色が緩やかにゆらめく。 「喜びなさい、悪辣さでバロックナイツにも劣らない道化師。今の貴方は――ある意味で英雄でしょうよ」 殺戮の伝説には及ばずとも。その声望は悪夢と同義で語られる。 一人殺せば殺人者、百人殺せば英雄だと言うのなら。悪夢の道化は既に英雄であると呼ぶ事が出来よう。 だが、事実は異なる。現実はそれほど、幻想の様には甘くない。 「ハ、ハ、ハ、僕ガ英雄だっテ? 嬉しイ事ヲ言っテくれルじゃナイか。 だっタラ、僕ハ死ぬベキなんダロうネ。いヤ全ク君達の言ウ通りサ。だカラそウ――」 英雄は死ななくてはならない。 英雄は存在してはならない。 英雄はこの世界にとっての害悪でしかない。 「僕は死のウ。だカラ君達もソノ命を僕二くれナイかナ?」 「……あは」 慧架の口元から漏れた笑い。もしかすると、その道化は彼女の最愛の相手なのかもしれなかった。 共に居るだけでこれほど心がざわめく事も。声を聞くだけで心臓が跳ねる事も。 誰かの姿を幾百幾千も想い描く事など今までありはしなかった。今もそうだ。 この手が届く事が嬉しい。愉しい。灼けた視界には他に誰も見えはしない。それが、喜びでなく何だろう。 「やっぱり貴方は、生きてちゃいけない」 「生かしてはおけない」 「これ以上、貴方の行為を許すわけにはいきません」 重なった声。三者三様。 けれど、続けて進み出た者は“そうではない” 英雄等と言う呼称に興味も無い。彼にとって、命と言うのは掛け金だ。 それでも恐らく、彼にしては最上級の敬意を表しているのだろう。 「ま、全ては銭の為ってなもんですなぁ」 『√3』一条・玄弥(BNE003422)にとって、金は生きる事にも等しい。 実入りの良さに拘る彼は、不退転の決意で以ってこの場へやって来た。例えそれが酷く俗的な理由であれ。 或いはより人間的であるからこそ、彼の意志に微塵の妥協も存在はしない。 「たまにおるキ印を倒して銭を貰う。いつも通りの事ですわ」 「金、ねェ。国と言うウ器が壊レテしまエば紙屑同然の物二命を賭けル何て、 僕かラ見れバ君の方ガ余程狂っテいるト思うケどネ」 肩を竦めた道化の様に、守銭奴はくぐもった声音で不吉に笑う。 そう。理解を求めず己が価値に殉ずると言う意味でなら、この両者は同じ穴の狢だ。 片やリベリスタ、片やフィクサードである事など偶々の、極ありふれた偶然に過ぎない。 「どうでも……良いよ」 それは、無感情の中にも喜色を隠し切れない彼女もまた、同じ。 「楽しい楽しい闘争……独占する、のは結構な事…… 御託は……後にしよう。『バッドダンサー』……英雄って、柄じゃないけど」 『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ)』星川・天乃(BNE000016)は英雄などでは決してない。 生より死に近しく、治より乱を求める者が人に賞賛されよう筈がない。 戦う事を生きる理由とし、傷付き血を流す事を生きる糧とするならば、 それはもう一個の命として間違っている。彼女は闘争の鬼であり、強いて言うならば。 「ハ、ハ、個人的意見だケレどネ『ゼログラヴィティ』。僕は君ノそウ言ウ所は結構好きダッたヨ」 「……お前達は、強い……だから、楽しみ」 唇を舐めて身構える。その様は“逸脱者”と呼ぶべきだろう。 けれどその声音が示す様に英雄を厭う道化師は、故に自ら道を外れた者をこそ好む。 黄泉返りを追う黒い男然り。闘争を求める戦鬼もまた然り。如何にも、求められるなら是非も無い。 隠す気も無い好感を込め、道化は大仰に両手を広げ謳い上げる。宴も酣。時は満ちた。 観客をこれ以上待たせる理由も無い物であろうと。好敵手達の望む通りに。 「でハ喜劇を始めヨウ」 幕は再び開かれる。その担い手こそは悪夢の道化。 であれば例え時を跨ごうと、例え場所を変えようと、この“喜劇”は“悪夢”に他ならない。 幻想が現実を侵蝕し、最悪は今一度世界へと顕現する。Bad Dreamは――止まらない。 ●狂える喜劇―Preestablished Harmony― 「やあお姫様」 リセリアが地を蹴らんとしたその瞬間。響いた声はまるで場違いにすら聞こえた。 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)はまるで知己の相手にする様に、 さり気無くその女へ視線へ向けた。いや、視線を合わせたと言うべきか。 女は彼が部屋に入ったその時より意識を此方に向けていた。 分かっていても応じる訳にいかなかったのは、因縁ある仲間達の為に時間を稼ぎたかったからだ。 けれど道化が開幕を告げた以上、その必要も既にない。 「また逢えるなんて嬉しいよ。今度は――」 「少しは男を磨いてきたかの」 花が咲く様に、鎖の娘が淡く微笑む。その様に意識を向けない訳にも行くまい。 それはエルヴィンのポリシーであり、プライドでもある。 可憐な花が自らの為に咲いているのにそれを無視する事など、男として出来ようか。答えは言うに及ばない。 「――ああ、今度は負けねぇぜ」 「良く言うた。ならば汝が妾を愉しませよ」 それは、予定調和の流れである。『縛鎖姫』は速い。この場に居る誰よりも。 じゃらりと鎖が奏でられる。体躯に纏ったそれがこの地表全てを覆う程の質量を伴うと、 知っている者は多くない。エルヴィンが身構える、次の呼吸のその半分。 「君は小生が好きになっても死なない人?」 影をも置き去りにする程の速度で『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)が身を躍らせる。 その速度は伯仲している。どちらに軍配が上がってもおかしくはない。 けれど、距離を詰めると言うロスが有った為か。先手を取ったのは――戦場を『支配』する鎖の娘。 「安心せよ小娘……否、小僧かの。妾を殺すには六代足りぬ」 いりすの進路上に展開されるは直線を描く呪縛の鎖、アンテノーラ。 元より高い精度を誇るその縛鎖に、イリスは全力で反応しこれを掠めるだけに抑え込む。 だが、そんな芸当が出来るのは彼女とリセリア位の物である。 それ以外の全員が全身に絡み付いた鎖にその動きを封じられている。 「うわぁ」 いりすから、思わず気の抜けた声が漏れる。なるほど、具現化した『支配』の理想。 名乗るだけの事はあると認めない訳にもいかないだろう。下手をすれば単独でこの場の大半を制圧し得る。 けれど、あらゆる力には相性と言う物がある。 「相変わらずえげつない……でも、悪いね」 縛鎖の姫が束縛する事に特化した事象であるならば、彼。エルヴィンは自由である事に特化した存在だ。 絶対の階に足を掛けている彼にとって、全てを停止させる世界など恐れるには及ばない。 「この戦いで君が支配できるのは俺だけだ」 直ぐ様放たれる浄化の光。災いと悪意の全てを払う閃光が彼の仲間達を癒していく。 敵は3、その内1つは攻撃を仕掛けない限り攻撃して来る事はない。 実質2の内の1つをエルヴィンが止められるのであれば、後の動きは悩むほどの事はない。 「俺達の相手はあの道化師だ。構われたがりのお姫様は引っ込んでてくれ」 冷たく告げる『銀の盾』ユーニア・ヘイスティングズ(BNE003499)の言葉を僅か動いた瞳が払ったか。 けれど其処に浮かんでいる表情は、奇妙に平坦な冷笑だった。 何も分かってない童子が喚いている。あたかもそう言うかの様に。 「高嶺の花、か。届かない物には手を伸ばさずにはいられなくてね」 しかしていりすは強欲だ。それはその血筋による物か。或いは絆に依る物か。 両手に構えた血色のナイフと武骨な太刀は時間と軌跡を異として、 『縛鎖姫』のひらひらとした洋服にほんの僅かに傷を付ける。 「度の抜けた身の程知らずよの」 「良く言われる」 いつも、いつも、いつだって、思い知らされて生きて来た。 研ぎ澄ませた刃が届かないのも、込めた執着が伝わらないのも、今更だ。 けれど、だからどうしたと言う話だ。なり損ないの出来損ない。それでもいりすは此処に在る。 「ああそうだ、抑えって話だけど」 切り込んだその動きを殺さぬままに、視線だけを器用にエルヴィンへ向けて問い掛ける。 「――別に、喰ってしまって良いんだろ?」 意表を突かれたか、数度瞬いた男が浮かべる苦笑い。全く、この世界にはライバルが多過ぎる。 「もてもてだな、姫さんよ」 高嶺の花とは良く言った物だ。黒き娘は平然と、嫣然と、周囲を見下しては華やかに笑む。 「当然じゃろう、妾は易くない」 じゃらりと。鈍く、低く、鎖が鳴いた。 「主様、後ろへ」 一方築かれた舞台上。広げられた鋼の翼がピエロを纏った怪人を、リベリスタ達の視界から覆い隠す。 それは美しい娘である。銀の髪は艶やかに揺れ、瞳は凛と強い意思を宿す。 けれどその全身は余す所なく鈍色だ。まるで鋼鉄で造られてでも居る様に。 『戦乙女』と称される、『忠誠』の化身は片手に槍を、逆手に盾を構えて立ち塞がる。 「――何一つ、救いの無い話ですね『鋼鉄乙女』」 その様に、両手で剣を構えたリセリアが、けれど何所か悼ましげに瞳を伏せる。 感傷であろう、余分であろう、けれど一度剣を交えたならば忘れる事など出来はしない。 「主様の御下命により、それ以上の侵攻は敵対行為と看做します」 その在り様が、余りにも似ていて。似すぎていたから。それを放っておく事など出来はしなかった。 「貴女を討ちます、『戦乙女』」 絶対に退けない理由がある。だから――揮われた剣は光を帯び、奏でられるは重く狂おしい残響。 「ニニギアちゃんっ!ミーノたちがかいふくのかなめなのっ!」 「ええ、頑張りましょうミーノちゃん!」 後方、こぶしを握り合う『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)と、 『おかしけいさぽーとにょてい!』テテロ ミーノ(BNE000011)の両名は、 けれどどこか釈然としない戸惑いの色を浮かべていた。 リベリスタ達が攻め、フィクサードらが守る。その構図は然程珍しい物ではない。 押している、と言うのは良い事だろう恐らくは。けれど、それを笑いながら見つめる『バッドダンサー』 その存在が余りにも不気味だ。ミーノが居る今回の戦場では相手を消耗させる策は有効とは言い難い。 あくまでこれをゲームとして捉えるなら、ルールに則るのは当然であろう。が―― (……なんだか今までと違う) ニニギアの感じたそれは、良い兆候なのか、それとも。 いや、もう一歩踏み込んで考えても良かっただろう。 彼の『バッドダンサー』が同じ舞台を二度仕立てるか。同じ轍を二度踏むかと言う事を。 悪夢の道化は周到だ。罠は最初から仕込まれている。彼らが気付き、見落とす様に。 「みんなにきどーりょくをっ! えいっ!」 ミーノの放った魔術が仲間達に翼を生み、元より安定していた戦場を磐石に整える。 けれど、嫌な予感がどうしても、消えてくれない。 ニニギアの指が聖光の矢を生み出し、『戦乙女』の体躯を貫く。 それは僅かに、彼女の体躯を傷付けた様だ。けれど本当に良いのだろうか。 それで本当に――良いのだろうか。 ●幕間―3rd sentence― 道化は問う。 「可笑しイとは思ワないカイ?」 その闘争の最中にも。 「僕(フィクサード)らガ私利私欲に走ッテいらレルのはネ、君達が居ルからダ」 繰り返し繰り返し問い掛ける。 「その他大勢ノ人々ガまるデ君達に協力しナイのハ、君達が居ルからダ」 疑問に思いはしないのか。不思議に感じはしないのか。 「そシテ君達だけガ失ワレるノハ、正に。君達ガ居るからダ」 何故、君達は普通の人間には何も出来ないと決め付けるのか。 「分かラナいかイ、英雄の雛諸君。この世ノ何処か二正義の味方ガ居て自分達を護ッテくれテ居ル」 何故、君達はあらゆる神秘をひた隠しにし、力無き人々を甘やかすのか。 「自覚無自覚を問わズ、こんナ認識ハね。こンナ“希望”はコノ世界にとっテ害悪でしカ無い」 何故、痛みを背負うのはいつもリベリスタばかりなのか。 「全テの人はネ、もット追い詰メラれるベキなんダ」 道化は告げる――“英雄の実存は、ただ世界を堕落させる” ●道化は嘲笑う―The Joker's Trap― 「傷は傷に、血は血に、痛みは痛みへと――還れ」 空より降り注ぐ無数の光の槍が付けた傷の分の火力で以って降り注ぐ。 光とリセリア、ユーニアと玄弥。慧架と天乃。 実に6人もの前衛が繰り返し攻撃をしているにも関わらず、『戦乙女』は未だ倒れない。 彼らはどれ一人とっても一線級のリベリスタである。決して火力が足りない訳ではない。 ただ、相手が尋常でなく硬いのだ。その上毎手番の自動回復がそれに拍車を掛けている。 「貴女なんかに、足止めされている暇はないんですよっ!」 慧架が振り上げた拳を叩き込む。その衝撃は鋼鉄の身体をすら透過し確実にその余力を削っている。 後一押し。その段階まで追い詰められたのはひとえに彼女の功績だ。 「俺ガキだしよくわかんねーけど、こんな世界はぶっ壊した方がいいのかもしれないけどさ」 続けて突き出された棘が乙女の体躯を刺し貫く。 其処に込められた呪殺の業もまた地道にその傷を拡げているが、こちらは状態異常の数が少な過ぎる。 「でも、俺はそんなの受け入れない」 とは言え、地道に削り続けた成果は結実しつつある。 もしも守りを無視する手段が無ければ一体どれだけ掛かった事か。いや――むしろ。 「主の攻撃は大振り過ぎるの。鋭さは中々じゃが華が無い」 「余りハードルを上げないでくれるかな。ただの残り滓にさ」 飄々とした言葉を投げ合いながらも、解き放たれる氷の監獄「ジュデッカ」 攻め手も癒し手も守り手も、のべつ幕無しに凍て付かせるその地獄を、エルヴィンが必死に解除する。 だが、リセリアの動きが止められた上に光の体躯は凍ったままだ。 悪意を祓う破邪の聖光も絶対ではない以上大凡1人は毎回毀れ、フォロー役のニニギアとミーノは微妙に遅い。 その時間差が『戦乙女』を婉曲的に支援する。速度の噛み合せがじわりと沁みる。 これで決定打に欠けていたらと考えれば、一つ歯車が狂っただけで瓦解しかねない薄氷の戦場。 けれど、彼らはそれを乗り切っていた。 「ころばぬさきの、ぶれいくひゃー!」 「もう少し! 絶対に皆揃って帰るのよ!」 矢継ぎ早に癒しを飛ばす両名の支援は至玉である。瞬く間に消費されるリソースを彼女ら2人が食い止める。 「すみません、チャージをお願いします」 「わかったの! ミーノにおまかせ!」 精神力の枯渇したリセリアや徐々に尽きつつあるユーニアへ即座に癒しの光が注ぐも、 その間に突き刺さった審判の槍の影響をニニギア独りでは相殺し切れない。 其処に来て「ジュデッカ」による追加分が乗る為リベリスタ達もまたじわじわと追い詰められている。 決して余裕がある訳ではない。ない、が――それでも。この戦況は『戦乙女』を潰した時点で改善される。 ――その筈だ。 「ここで――終わらせます!」 光が両手で剣を握る。“ゆうしゃ”である事に拘る彼女の矜持は誰よりも高い。 この場で全てに終焉を。決着を。決して、誰一人逃がすまい。その意志、その意欲。 原動力が己の生き方にすら関わって来るとなれば、例え道化が何を嘯こうと迷いも躊躇いも在る筈がない。 「て、やあああああっ!!」 全力を込めての振り下ろしが、遂に完全な形で『戦乙女』の腹部に入ったか。 吹き飛ばされた鋼鉄の体躯が壁にぶつかり鈍い音を立てる。幾ら守りに長けるとは言えその体力は無尽蔵ではない。 膝を付き、荒い呼吸をするその様に玄弥がにやりと笑みを噛み殺す。 間合いを取っている彼は前衛陣の中で圧倒的に被害が少ない。 この上『戦乙女』が倒れれば、彼は万全の状態で本丸を攻める事が出来るのだ。 (理想や夢を語るなんぞ口が腐りますなぁ、おぃ。 そんな百害あって一利もないもんのために戦うとか、アホやろ) 損して得取れ、と言う概念は彼の内にはない。一銭の益にもならない物の為に賭けられる物など無いのだ。 状況の推移に彼は至って満足している。敵意を燃やし、誇りを胸に、命を賭ける者は賭ければ良い。 そこから毀れた物を拾うのが金色夜叉だ。だからこそ。そう、だからこそだろう。 「みんな、すとっぷー!」 「お?」 ミーノの制止に、手にした爪より暗黒を放つ事を躊躇した。間一髪と言って良いタイミングだ。 動いたのは、『バッドダンサー』。 それは誰一人予期しない事態。それは誰も想定しない流れ。 彼自身の仕立てたゲームのルールだ。『バッドダンサー』は攻撃されない限り攻撃してくる事はない。 決して。そう、決してだ。以前もそうだった。今回もそうだろう。 その問いに相違は無い。だからこそ、彼らは見落とした。見落としてはならない唯一つの違和感を。 では“攻撃”とは何か。 「……ああ、そういう、こと」 多くのリベリスタ達が絶句する中、天乃と玄弥の両名だけがその趣向を理解した。 「楽はさせて貰えんもんですなぁ……おぃ」 誰も『バッドダンサー』を抑えていなかった。 だから彼は至極自由に戦場を歩き、至極自由に『戦乙女』の前に進み出る。 誰の目にも明らかだ。彼は、彼女を、“庇っている” 「さテ、そろソロ選手交代と行かナイかイ?」 道化は嘲笑う。彼は攻撃されない限りは攻撃しないと確約した。 だが、それは最悪を担う悪夢の道化が定めたルールだ。審議するべきだったろう。精査するべきだったろう。 “そのルールに抜け穴は無いのか” 答えは、此処に示された。毒を潜ませた泥沼が、リベリスタ達を引き摺り込む。 「バッド、ダンサアアァァァ――――!」 叩かない、訳にはいかないだろう。 『戦乙女』を堕とす事が叶わず、『縛鎖姫』を極力無視すると言うのであるならば。 躊躇った分だけ鋼鉄の娘の傷は自然と癒えて行く。それではただ敵に利するだけなのだから。 そのタキシードへ指先を掛け、大雪崩霧姫が男の体躯を地に打ち付ける。 被って当然の衝撃をその身に受けながら、道化師は酷く楽しげに笑んでいた。 真打は、遅れてやって来る物。それも美学と呼んで良いのだろうか。 「良いね……やろう」 前奏の終わりを感じ取り、無頼で多感な戦鬼の瞳が爛と輝く。 けれど。 (……まずいな) 一連の流れを冷静に見てきた癒し手である所のエルヴィンは、その厳しさを必要以上に理解していた。 リベリスタらが現状『縛鎖姫』を無視出来ているのは、彼が居るからこそなのだ。 そして彼の状態異常の権化は、一度自由になった時点で場の殆どを掌握し得る。 つまりは――幾ら余力を残そうと、彼が落とされた時点で詰みかねない。 悪夢は幻想より奇なり。 希望の積み上げた勝利の数式を、絶望は悉く突き崩す。 ●幕間―4rd sentence― 「何故これ程フィクサードが多イんだト思う?」 地に塗れ様と問い掛ける。 「何故彼ノ極東の大惨事。悪夢の崩落デリベリスタばカリが死んダんだト思う?」 血に塗れ様と問い糾す。 「世界ガ壊れテモ良い。そんナ肝の据わッタ狂人はソレこそ歪夜ノ使徒位の物サ」 知に塗れ様と答えなど無い。 「なノニこれ程、咎人ばカリが力を得る。何故だイ?」 恥に塗れ様と神罰など無い。 「多くノ。そしテ大勢の悪人はネ。世界ノ危機にコう考ル」 故に道化は繰り返す。希望などない。栄光などない。英雄などいらない。 「ドうせ、君達ガ何とかシテくれル」 ラプラスの魔はいつだって、一つの結論をこの世界に突きつけている。 「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、コレが喜劇じゃナクて何だと言ウンだイ?」 道化は詠う――“リベリスタ等と言う物は、間違いの産物でしかない” ●破綻の足音―One Bad Apple― 戦いは粛々と、けれど情け容赦なく収束を始める。 「あっしたちだけが戦うのは不平等とかぁ? もしぃ、ええ大人が本気で世の中には自由と平等がある、と信じてる口けぇ?」 「まサカ? 僕ラは自由デ不自由、平等二不平等さ。けレド同じ世界ノ仲間ジャあ無いカ」 放った暗黒が不吉の道化を包み込むも、確かな手応えを感じるには程遠い。 仮面のシグナルが黄色を指している。また1つ、色が切り替わった。 『バッドダンサー』が参戦した時点で『戦乙女』に注力すると言う戦術は崩壊している。 そんな事をしてしまえば、あっと言う間に戦術の核である後衛が食い散らかされるからだ。 嫌が応にも、これを止めない訳にはいかない。確たる指針がない以上、判断は各人に委ねられる。 「貴方達の見る悪夢で、これ以上誰も傷付けさせない」 「では貴方の理想は、誰も傷つけはしないのですか?」 鋭く打ち込まれるリセリアの刺突、アル・シャンパーニュが『戦乙女』の体躯と交わり高い音を立てる。 けれど眼前の女は多くを語らない。道化が如何なる理念を持とうとも。如何なる思想を抱こうとも。 彼女にとって、それは大きな意味を持たない。忠誠とは、妄信にも程近い。 その間隙を縫ってか、空に浮かぶは赤い月。 一足で距離を詰め、動いたのは速度に長ける『最悪の踊り手』。 消し切れていなかったいりすの体躯に残る呪いが呼応しその余力を喰い破る。 「気に入らない」 けれど、彼女は倒れない。こんな物に認められなくて良い。こんな物を認める気も無い。 赤く染まり黒く濁ったいりすが太刀を地へと突き立てる。寝ている暇はない。足掻いて足掻いて足掻き抜く。 「夢が破れて英雄を拗らせただけの餓鬼の方がまだマシだ、他人のみならず自分すら貶めよう何て大した道化じゃないか」 出来損ないだからこそ、認められない物がある。 不完全でも良い、不安定でも良い。けれど、他者の足を引くだけの存在に美学も矜持もある物か。 「貴方は、何がしたいんですかっ!」 理解出来ない。出来る素地がまるでない。揮う刃を曲芸の如く見事にかわす『バッドダンサー』に、 けれど光は剣を向ける事しか出来ない。それは彼女の任ずる“ゆうしゃ”の限界だ。 “ゆうしゃ”は世界を救わなくてはならない。“ゆうしゃ”は敵に後ろを見せてはならない。 “ゆうしゃ”は優しくなくてはならない。“ゆうしゃ”は弱き者を守らなくてはならない。 “ゆうしゃ”は――――絶望してはならない。 「きット、いずレ君にモ分かル」 追撃を掛けんと足を踏み出した天乃と道化師の間には『戦乙女』が割り込んでいる。 けれどそれを一瞥するや、彼女の取った手段は正に神秘の事象である。 壁を床に、天を地に、その視界と世界を反転させ、降り立ったのはバッドダンサーのその真後ろ。 「……我闘う、故に我あり」 至近距離からの気糸の嵐。それをかわし損ねたか。タキシードの袖が引っ掛かった様に千切れる。 だが、付けられた傷はある程度、だ。直撃までがやはり遠い。 けれど―― 「バッドダンサー。貴方の名付け通り、奔放にやろう」 「出来れバ君の相手ハ避けタいネェ」 伸ばされた手に、その眼差しに。饒舌な筈の道化が口元だけの笑みで応える。 事、ここまで至れば言うべくも無い。その在り方は完成され、完結している。 ならば彼に出来る事など何があろう。既に終わっている戯曲に難癖を付ける等、道化の役割では断じてない。 「ここでこの因縁を断ち切ってみせる。もう、こんな喜劇はさせひんえ!」 蒼い両瞳、蒼い軌跡、捕まえたら離さないとばかりに慧架が喰らい付く。 その動きには非常ならざる感情が宿る。強く、熱く、燃え盛る様な覇気と殺意。 けれど道化師にとってはその方が幾らか心安い。彼女の想い、執念はこの場の誰より強いだろう。 だが、それは何時までも続かない。続かない事を、“最悪”と呼ばれた男は良く知っている。 「それハ、希望に添エズ済まナイね」 体躯を地に打ち付けながら受け身を取り、乱れた服の裾から零れ落ちた短剣。 ――それが。それらが、中空へと浮き上がっては廻る。獲物を囲む肉食獣の様に。 「っ、来やがった!」 ユーニアの攻撃でそれを撃ち落す事は不可能だ。割り切って突き刺す相手は『戦乙女』。 だが、バッドダンサーの“落とし穴”に気付いていなかったリベリスタ達にとってこの状況は最悪に等しい。 審判の槍が降り注ぐ。ユーニアを、リセリアを、そして慧架をも呑み込んでは祝福をも貫く。 円を描いて飛んでいた短剣が獲物を示す。それをきょとんと見返す特徴的なシルエット。 「……ね、ねらわれてるっ!?」 然り。祝福に満ちた彼女はこの戦場で常に安全圏に居続けた。 いりすがギリギリを保っている以上、残る候補は彼女かニニギア以外に有り得ない。 或いは、未だ護りに一定の余力を持つ彼女で良かったと言うべきだろうか。 「――ミーノちゃんっ!!」 いや、視覚的には大差無いだろう。少女の小柄な体躯に鋭く放たれた刃が突き刺さる。 1つ。2つ。3つ。4つ。命を削って、運命を削って、支援をし続けたその身が傷と痛みで染まって行く。 現実は惨酷だ。誰を傷付ける事もなかった彼女が理不尽にも切り刻まれるのを、誰一人止められない。 5つ。6つ。そして7つ――ギリギリまで、保ったのは果たして幸か不幸か。 「みん、な……」 膝を折って笑顔の似合う桃色の狐が赤い斑を背負って倒れ伏す。 絶息する様な沈黙を、からりとした声音が亀裂を入れる。 「……ふむ、これで邪魔が1つ減った、と言う所かの」 挑発的な眼差しは、ここまで来れば唯一人をしか見ていない。 エルヴィンが奥歯を噛む。窮地でこそ笑え。良い女を前に、へたれた顔を見せるな。 「俺はいつでも君を見てる……残念ながら、側でデートは出来ないけどね」 「妾に勝ったなら、考えてやらぬでもない」 服の裾を口元に、くすりと笑むその様からは考えられまい。 絶え間なく放たれるこの鎖と、飛び交う七本の刃さえなかったなら、 回復に厚いリベリスタ陣営が真っ向から崩される事など、到底無かっただろう事など。 「俺はこの世界を愛してる」 故に、この状況を維持し続けていた3人の癒し手。 エルヴィン、ミーノ、ニニギアの1つが欠けた時点で誰もが実感として気付かない訳にはいかなかった。 「リベリスタが正義の味方だなんて思っちゃいない」 棘を手に、寄り添うほどに身を寄せて。 「でも、だからって捨てられる訳ない」 突き出した手が心の臓の位置を捉えて貫く。 「リベリスタって、ただどうしようもなくこの世界を愛しちゃってる奴らのことなんじゃないかな」 けれど其処には何も無い。その娘が人であったなら、それで終わっていたのだろうけれど。 「人を愛せない人が、世界を愛せるのですか」 審判の槍、それと交差する様に女が剣を振り被る。 「その炎は偽りなんです『戦乙女』……貴女を、討たなければ」 貫かれ、倒れるユーニアの突き刺した、その傷痕。棘の穿った点へ剣の切っ先が放たれる。 「……あ」 剣は確かに、その鋼鉄の体躯を穿つ。会心の一撃で以って偽りの『忠誠』を打ち滅ぼす。 「でなければ……彼女があまりに救われない」 けれど、罪を裁く槍もまた蒼銀の調べに続きを許さない。 膝を折った彼女の眼前で、その両手にナイフを構えた“災厄”が口元を歪め笑んでいた。 「いいヤ?」 道化師は舞う。不吉を舞う。悪夢の途上に絶望を残す。 「僕もマタ、誰よりコノ世界を愛しテイるサ」 人を愛す為に人を壊し、世界を生かす為に世界を壊す。それを愛と呼べるのならば。 二度目の月が、天をも地をも朱で染める。 幕間―Last sentence― 「世界はネ、一度滅茶苦茶に成ル必要が有ル」 倒れてなんていられない。 「そうナレば二度と元に戻ラないッテ? 仲間が命を懸けているんだから。 「侮るナヨ、人間はソレ程弱くナい」 絶対に皆揃って帰るのだ、と。 「救世の(ノアズ)方舟(アーク)だカラ君達は“希望”にナルと良イ」 その願いは、表であろうと、裏であろうと変わらない。 「僕らハ必ず、君達ヲ終わらセル」 何所までも尊い希望の光は、運命に捧げた奇蹟の祈りは。 「人は“絶望”ヲ知っテ前へ進ム」 けれど祝福と言う名の“呪い”に阻まれる。 「さァ、1億3千万の犠牲ノ上に、70億人を救オウじゃナイか」 金色夜叉が3度墜とした7本の刃。けれど4度目は――。 ●悪夢は終ワラナイ―Game Over― 「チェックメイトじゃ」 雁字搦めにされたエルヴィンの力はその殆どを殺されている。 3人の癒し手の内、2人が倒れたその瞬間。彼の体躯を取り囲んだのは途方も無い量の鎖である。 癒しの力を、速度を、守りを、束縛するそれは文字通りの『棺』だった。 勿論、浄化の光でそれを祓う事は出来る。だが、それをすれば“他の誰の傷も癒せない” 勿論、聖なる神の息吹で仲間を癒す事は出来る。だが、それをすれば“自らの枷が残り兼ねない” そのハイ&ローに2度勝利した。だが、それが限界だ。 「ボクの命、力、意思、夢、未来……ボクが掛けられるものは、全て掛けてるのに……」 道化師が踊る。幾度繰り返されたろう、ひょろ長い影が赤い月の下を舞う。 『戦乙女』を下した時点で3人が倒れている。この戦況を覆すには世界の加護を燃やす必要があった。 だが、その可能性は五分を割っている。彼女も、そしてもう一人戦いの鬼もまた。 「やっぱり……やる」 融ける様な口付けに、『バッドダンサー』が大きく跳び退く。間髪入れず追い立てる。 執拗に件の道化に張り付く慧架、光、そして天乃。 3人は既に祝福を噛み切って拳を握っている。あと僅か。あと僅かで、届く感触がある。 道化師の無駄口が減っている。体躯には血が滲み、服も襤褸切れの様だ。 ――だが、仮面の色は青く灯っている。 「……さテ、そロそロ終ワりにシヨう」 両手にはナイフ。中空にもナイフ。場に存在するナイフは計9本。 けれど内1本がはっきりと、光の方へ向けられる。 空に昇った赤い月は5回。けれど相手は一度もその2枚の鬼札を切ってはいない。 余裕があったのだ。遊んでいる時間があったのだ。けれど遂に追い詰めた。不吉の道化の笑みが、消える。 「英雄志願者、真雁光。君ヲ英雄と認めヨウ。だカラ僕らは君の敵ダ。」 肌を焼くほどの焦燥。そして危機感。両手を広げたその構えは歓迎の意を示す様ですらあるのに。 「『救世劇団』――前座、『道化師』シャッフル・ハッピーエンド」 奔り抜けたのは悪夢を象徴する終幕の舞い。刃が踊る。血飛沫を上げて、踊る。踊る。続け様に、2度。 それは鮮血色で奏でられた、悪夢の齎す死の結末(デッドエンド・ナイトメア) 全てが倒れ、動かない。 「――――」 声を上げられる者など居ない。 「――――――」 地下に駆けた仲間達が、駆けつける事も無い。 「――――――――」 英雄志願者は2人。この期に及んで今一度問う。 「それデ、君は命ガ惜しク無いノカな?」 「あっしの戦う理由はただ一つ。言う必要あるんけぇ?」 玄弥が戦うのは金の為。であればそれは、英雄等では決して無い。 「結構、それジャアここラで幕とシヨう」 その声に、何所か不満げな眼差しを支配の姫が送ったか。 それは暗にこう言っている。妾の逢瀬を邪魔するな。 だが、道化師とて限界だ。そして少なくともこの場の決定権は彼に有る。 鎖の娘と相性の悪い、『彼』が健在である限り。 いや――或いは限界を超えすらあったかもしれない。 くるりと向きを変えるナイフの一本が、手元に戻った途端にパキリと罅割れる。 それを見つめ、周囲を見回し、唯一最後まで前に立ち続けた人間失格へ視線を向ける。 「英雄の敵? カッコつけんな。臆病で孤独なだけの餓鬼め」 「人間失格、そんナ格付け、人間以外ガ拘る必要ナいダロう?」 金の為に命を奪い、命を惜しむ。向けられた刃に刃を返す。それは何所までも人間だ。 善いではなく、悪いでもない。どうしようもない程に――――人間なだけだ。 人の悪夢は、人の内からしか生まれない。 女を連れ出そうとする道化を睨む、ナンパ師の眼差しに返るは揶揄する様な皮肉気な笑い。 「じゃァまたネ。色男」 通り過ぎる影2つ。鎖の娘と絶望のピエロ。狂った喜劇は幕を閉じ、けれど。 Bad Dreamは、終わらない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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