● 「……とまぁ、こういうことなんだが」 「『楽団』が跋扈して忙しい時期にこんなことするんですか?」 「こんな時期だからだよ。精神的に疲弊してしまえば、『楽団』との戦いは『死体』を処理するだけの作業になっちまう。兵隊としては効率がいいが、人としちゃ問題だ」 「言いたいことはわかりますよ。息抜き自体に反対はありません。 でも、これは……」 「一種のけじめだよ。俺達は俺たちの正義と都合で命を奪っている。それを自覚すると同時に前に進むための儀式だ。 問題はアークの宗教観がごった煮だってことだが……ま、そいつは各個人に任せるとするか」 「オマエら、どれだけの命を奪ってきた?」 『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)はブリーフィングルームに集まったリベリスタ相手に物騒なことを聞いた。 「エリューションにアザーバイド、フィクサードもあるか。アークの任務でどれだけの命を奪ってきた? 崩界を止めるため。異界の進行を止めるため。悪事を止めるため。直接的であれ間接的であれ、そういった現場に立ち会ったことはねぇか?」 ない、とはっきり言ったリベリスタは少数だった。神秘の戦いは命がけだ。相手の命を奪わなければ、自分が死んでしまう。いや、自分だけではない。下手をすれば仲間や無力な人の命が奪われるのだ。相手に博愛を持って……というのが通じるケースは少ない。 「そいつを責めるわけじゃねぇよ。むしろそいつをしっかり刻んでほしい。 その上でそいつ等を慰霊する気はないか?」 徹は広場に建てた(正確にはお金を出して建ててもらった)モノを指す。つい最近できたもので、黒い直方体は気づかなければただ建っているだけのオブジェにしか見えない。 「別に埋葬しているわけじゃないが、アレを慰霊碑として今まで奪ってきた命に対する慰霊をしてぇのさ。罪が消えるわけでもねぇが、それでも背負ったものが少しは軽くなるんじゃねぇか。 ま、俺の主題はこっちなんだがな」 指先で杯を傾けるポーズをとる徹。その笑い方が普段とは違う笑いであることに、付き合いの長いリベリスタは気づいていた。無理して空気を変えようとする、そんな笑い。 「無理強いはしねぇよ。直視しない方がいいこともある。死んだ輩に対する思いは人それぞれだ。 来るんなら、この時間に待ってるぜ。気が向いたら参加してくれや」 徹は下駄を鳴らして、広場を後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月22日(土)22:37 |
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● 「何にも書かれてないんだな」 フツは黒い直方体に手を伸ばす。これが慰霊碑だと知るのはアークの者のみ。この下に遺体があるわけでもなく、形だけのものでしかない。 (……これに交霊術を使って声をかけたとしても、誰の姿も現れない) それでも、フツはここに訪れた。 死人を操る『楽団』。死人の声を聞くフツ。ともに死者に干渉する者同士だが、フツは『楽団』の所業に嫌悪し、そしてそのことに安堵した。まだ自分は死に魅入られていないのだ、と。 黒い直方体に移る自分の姿。自らの顔を、心を映し出すそのオブジェ。 「これからも、見ていてくれ」 これまで殺してきた者が、自分を写す。それでいい。フツは瞳を閉じ、祈りをささげた。 戦いの中、リベリスタは命を奪う。 それを再認識するものも、少なくなかった。 「どうか安らかに」 リリは両手を胸の前で合わせて祈りをささげる。なれぬ手つきで焼香し、再度祈りのポーズをとる。 ノーフェイスにフィクサード、革醒していない人。リリは『お祈り』の名の下に、数え切れない殺しを行ってきた。思い出す。そのときの感触を。そのとき浮かべた相手の顔を。それらを忘れないと心に刻む。 「主よ、貴方はこの罪を信仰によってお赦しになると仰いましたが、私はこれらの罪を無かった事にしたくはありません」 自ら殺した者。助けることが出来なかった者。それを背負いながら生きると祈る。 「私は神の使途にして人殺し。この罪を背負い続ける事を、どうかお赦し下さい」 主の声は聞こえない。信仰とその心の中にこそ、主の真意がある。 大和は慰霊碑を前に、じっと立っていた。黒い直方体のそれが体を写している。 (この重さは誰かに、何かに預けていいものじゃない) 背負った罪。犯した罪。世界を守るためとはいえ、この手は確かに罪に汚れている。 大和は目を背けない。世界を守る為にその命を散らした者達の事を。世界を守る為とその命を討たれた者達の事を。碑文に刻まれなくても、自らの心に刻んで。 (これは、己が背負ったものを再確認するための儀式です。犠牲を強いてきた者達の存在を再確認するための) 感謝の言葉も謝罪の言葉もなく涙を見せることもなく、大和は唯黙祷する。 「今まで私は数多の悪を斬って参りました」 そのことに後悔はない。きっとこれからも悪を斬っていく。その気持ちは揺らぐことなく、冴は目の前の黒いオブジェを見る。 悪を斬る。それは世界を守るための行為。だが人を斬ったという事実が消えたわけではない。刀は人を斬るもの。そして人を斬ることは罪。それを忘れてはいけない。 「人を殺すという事を肯定しては、いつかこの身、この心も悪へと堕ちる」 それは今まで斬ってきたものと同じになること。冴は刀を握る意味をと思い出す。 冴は祈りをささげる。この刀がこれからも正義である為に。斬ってきた者が転生する事があれば、次は世界を害す事のない運命をたどるように。 途中で買ってきた花を捧げ、拍手する。 龍治と木蓮はそのまま瞑目して、今まで奪ってきた命に対して祈りをささげる。それは依頼で倒してきたエリューションでもあり、そして革醒者でもあり、そして革醒していない人でもあった。任務の為、生きる為、金の為に数多くの命を奪ってきた。 (どんな理由であれ、利己的な理由で人を殺しているのだ) 龍治はその事実を強く胸に刻む。使い慣れた引き金。それを引く意味を改めて思い出す。 (沢山の死を経て俺様たちはここに居るんだ) 木蓮はその事実を改めて胸に刻む。自らで息の根を止めたものもいる。確かに弾丸は剣よりも命を奪う感覚は薄いけど。それでもその事実は忘れない。 木蓮は一緒に祈る龍治の顔を見る。厳しい顔をした恋人。きっと彼も命を奪っていくのだろう。指先が龍治の手に絡まる。 「……これからは俺様も一緒に背負うからな」 「ああ」 龍治は木蓮の頭をなで、再び瞑目する。 罪は重い。そこから逃げるつもりはない。 だけど二人でなら、背負っていける。 「…………」 拓真は静かに手を合わせる。胸中によぎるのは救えなかった命たちの顔。 誰にも犠牲が出ない様に、正しい事の為に力を振るう。それがどれだけ困難なことか、知っている。拓真はそれを身をもって体験していた。 知恵を絞り、体を鍛え、刃を研ぎ澄ましても、救うことの出来なかった命がある。 (御免なさい。俺は、貴方達を救えませんでした。助ける事が出来ませんでした) 心が折れそうになるほどの痛みもあった、身を裂かれるような痛みもあった。 しかし拓真は歩みを止めるつもりはない。それが革醒し、力を得た自分の責務だと分かっているから。 (こんな半端者でも──確かに誰かを助ける事が出来る筈だから。無様だと、情けないと、罵られても構いません。ただ、この命果てるまで、見ていてください) その思いを胸に、拓真は明日も刃を抜く。 「俺も、今までそれなりに多くの依頼に参加してきた」 竜一がオブジェの周囲を掃除して、花を供える。買ってきた線香に火をつけた。昇る煙を見ながら、物思いにふける。 多くの依頼に参加してきたということは、多くの命を救いそして奪ってきたことだ。命の善悪問わなければ、救った数より、殺した数のほうが多い気がする。 忘れない。この命の重さを。罪の重さを。これは軽くしてはいけないものだ。潰れるまで背負い続けよう。 (善悪問わず全ての感情に塗れながら、潰れるまで歩くだけだ) それが竜一の誓い。その重みを自覚しながら、手を合わせる。平凡な人生を歩み、平凡なまま当たり前のように中二病をこじらせ、ひたすら妄想を暴走させていた。だからこの場での言葉も、普通といってもいい言葉だった。 「死者たちよ、眠れ、安らかに」 「相手の善悪を問わず、オレは多くの命をこの手にかけてきた。すべては、『己の生きる世界』を護るために」 風斗は今までの戦いを思い出す。崩界をふさぐため、弱いものを守るため、いろいろな戦いがあった。だが突き詰めてしまえばそれは、 (誰かのため、何かのためにではない、自分のために殺してきたんだ。失いたくないから。もう二度と奪われたくないから。正義なんてない、利己的なものだ) ナイトメアダウンで家族を失い、孤独な時を過ごしてきた。ぬくもりをなくす恐怖を知っているがゆえに、それを守るために風斗は剣を振るってきた。 (だから笑って生きていこう。幸せな『今』が、多くの犠牲者の上に立つ、価値あるものであることを再認識するために) 失ったものはある。だけど得たものもある。アークの仲間達の絆を思い出しながら、空を見上げた。 ありふれた冬の空。自分達が守った『日常』が、そこにあった。 ● 献花用の花を用意したり、どうしたらいいのかわからない人に略式の祈り方を教えたり、食べ物を用意したり。 徹の動きは慣れたものだが、やはり人手が足りないのか右に左に走り回っていた。 「ちわーす、新田酒店でーす」 快が酒を持ってくる。三高平に店をオープンし、そこで造った『清酒「三高平」』をもってくる。慰霊に酒はつきものだ。しんみり飲むもよし、にぎやかに飲むもよし。 「すまねぇな。飲みきれなかった分は俺の胃袋に納めておくから」 「その場合、代金は九条さんからいただきますね」 酒をガメようとした徹に釘を刺す快。快は酒を置くと、オブジェに向かって瞳を閉じる。 「何に祈ってるんだ?」 「……助けようとした人、救えなかった人に」 アーク内でも高レベルの守り手である快は多くの依頼をこなしてきた。守った数も多いが、守れなかったものも多い。 (救った命に応え、救えなかった命に報い、救いを求める声に手を伸ばす) 言葉なく誓う。誰でもない自分自身に。守護神の道を、改めて。 「和洋中全ての料理に対し、コレは非常に有効だろう」 雷慈慟は卵を持ってきた。古今東西、卵を使った料理は多い。まして雷慈慟がもってきたのは養鶏所から直でもってきた極上のものである。 「ありがとよ。祈っていかねぇのか?」 「自分はこの種の儀式はいつも決まった日に執り行っているので」 雷慈慟はタバコに火をつけて紫煙を吐き出す。この場での慰霊を立ち上る煙にこめた。 「そういえば九条殿は煙草を嗜まれただろうか?」 「ああ、雷慈慟ほどじゃないがな」 「良質な刻み煙草を用意したのでどうだろう」 「ありがたいねぇ。ちょっと休憩したかったんだ」 「一服入れましょう 休息は何事においても大事です」 そして紫煙がもうひとつ。煙は冬の空に昇り、そして消える。 「徹も大変でござるな。拙者も手伝うでござるよ」 言って虎鐵が作ってきたおはぎを配っていく。 「虎鐵、それお前が作ったのか?」 「もちろんでござるよ。試しに味見をしてみるでござるか?」 「いや、味見してからもってこいよ」 言いながらひとつ口にする徹。お茶を飲み、舌包みを打つ。思わずもうひとつ手が伸びる徹の手を虎鐵が掴む。そのままにらみ合う二人。 「……なぁ、虎の字。お前は祈っていかないのか?」 「はっはっは。謝罪は心の中でするでござるよ。拙者が慰霊をしたらそれこそ朝から夜までしなきゃいけないでござるからな」 そのまましばらく睨みあい……諦めたように徹は力を抜いた。 「まぁ、大人はこういうときは子供達のために手伝うのが役目でござるよ」 「そうね。私が葬った相手はその時に別れの言葉と祝福を済ませているし」 と、重火器の祝福ことエナーシアが豚汁を作りながら言う。豚肉と野菜、そして味噌。単純だがそれゆえに見も心も温まる冬の料理。 「九条さんは豚汁をとんじるとぶたじる何方で呼ぶのでせうか?」 「ぶたじる、だな。って言うかエナーシアも本当に日本に染まってきたな」 「もう二年もいれば、料理も文化も覚えるのだわ」 この二年でエナーシアが知った価値観の中に、一期一会というものがある。茶道のことわざで端的に言えば『この出会いは一生に一度しかないものとして、人に接しなさい』という意味だ。 半生を流浪の儘に過ごしたエナーシアは、今でも別れの挨拶をする時は今生の別れだという覚悟を持って告げている。ともに戦う仲間も、倒すべきエリューションも、『楽団』の操るアンデッドさえも。 弾丸に別れと祝福をこめている。故にこの場で祈ることはなく、 「この場ですることは只一つ、忙しい主催の九条さんのお手伝いなのだわ」 「そりゃどうも。ところで少し豚汁いただいていいか?」 少し寒そうにしている徹に、エナーシアは一杯分掬って御椀に入れる。 「存分に温まると良かろうなのだわ」 ● ルアはいつものガーリー系の服ではなく、喪服を着ていた。慰霊碑の前で手を合わせ、瞳に涙をためながら祈り続ける。 祈るのは、名前も知らない一人の少女のため。 延命しようと思えばその命はもう少し延命できただろう。だけど救うことは出来なかった。それがルアのせいではないにせよ、救うことが出来なかった。 だから、殺した。それが少女を苦しみから解放する唯一の方法だったから。 違う。そんなものはただの理由だ。 ルア・ホワイトは、自分の手で『人』を殺した。 突き刺した剣の感覚。命が失われた脱力感。流れた赤い体液。すべて忘れない。 ルブミン、グロブリン、リン酸塩をごく僅かに含有する暖かく透明な液体が、冷え切った頬を撫で続けていた。 悠月の心の中を今まで相対してきた人たちがよぎる。 陶芸家の先生がいた。名前の分からない和服の少女がいた。誘拐されて革醒した少女がいた。 救えなかったリベリスタがいた。自らの研究に飲まれたフィクサードがいた。 異界から来たアザーバイドがいた。神秘に巻き込まれたものがいた。 多くのフィクサードと戦い、多くのノーフェイスやアザーバイドと戦ってきた。 (……彼等をすべて覚えている私も、あまり背負いすぎる人の事をとやかく言えたものでは無いのかも知れませんが) それでも忘れないと誓った。彼等が存在した『証』は、誰かが覚えている限り消える事はない。だから私が覚えていよう。何時か来る事もあるだろう、自分がその列に加わる時までは。 (スナーフ……イザーク……そして、強きバイデンの戦士達よ) レイラインはこの世界ではない戦士達のことを思う。 「あちらでも元気に……やってるに決まっておるな。地獄の鬼達との戦いを楽しんでおるじゃろうて」 ラ・ル・カーナの世界の死者が地獄にいくかなんて分からないが、それでもレイラインはその光景を想像して、思わず笑みを浮かべてしまう。 湿っぽく祈るのは性に合わない。やることは決まっている。彼らに恥じない戦いを続ける事だ。 「わらわがそちらへ逝ったら、あれからの戦いを語ってやるとするわい」 それまで待っとれ。腰に手を当てて瞳を閉じる。 (イザーク、三度目の正直という諺、その身に教えてやるとするわい) 人死には嫌いだ。 ゼロにできるなら、それに越したことはない。それが無理なら、出来る限り減らすべきだ。 そんな当たり前の理論。アンナはそれを強く心に刻んでいた。 神秘の世界では命があっさり消えていく。正義が、悪意が、偶然が、必然が。容赦なく命を奪っていく。奪わざるを得ない状況に追い込まれていく。 それでもアンナは胸を張っていえることがある。どんな理屈こねても人殺しはいけないことだ。人死にが正解な訳はない。死人が出るのは不手際だ。 (……ねえ、アムデ。見てる?) かつて戦ったバイデンの戦士を思い出す。闘争を是とする赤き戦士。命を救えなかった者。 (私は諦めないわよ。殺しが正解なんて世界を認めてやるものか) 意思は強く。それが不条理を砕く力の源となる。 「霧姫さん、貴方と戦ってからもう半年近くが経ちました」 慧架は献花して手を合わせる。口にするのは半年前、アークと戦った鬼の名前。 あれからもう半年。あるいはたった半年。その間、異世界に行って世界を救ったり、死者を操る人間と戦ったり。騒動に満ちた半年だった。 慧架はその戦いの中で『大雪崩霧姫』を名乗っていた。元々使っていた二つ名に『霧姫』の名を付け加えたのだ。 人と鬼は共存できず、慧架の隣に友はいない。 それでも、あの時握った掌を覚えている。静かに拳を握り、遠く『鬼ノ城』のあったほうを見た。いつかあの地でまたご挨拶しよう。 「また今度です……霧姫さん。私の友達」 殺人鬼を自称する葬識にとって殺人は生き様でもあり己のあり方でもある。 好んで人を殺している葬識は誰かを慰霊するつもりはない。そんな資格はない。 それでも、たった一人。想いを届けたい人がいた。 「――さん、俺様ちゃんはアークで楽しんでるよ」 葬識が革醒した時に最初に殺した女性。口にするたびに殺人衝動に襲われる。 その名前は誰にも聞かれないように呟く。誰にも聞かせるわけにはいかない。とてもとても愛しい『名前』だ。この想いも、殺意も、名前も俺様ちゃんのもの。 「今も貴女と共に殺して、愛しているよ」 この先も、貴女とともに。葬識の破界器は愛しい人のナイフを使って作った歪な鋏。 自分と彼女、二つの刃を一つにして殺人鬼は人を殺す。 「この慰霊碑はただのオブジェだ」 陸駆は今ある事実を端的に告げる。 「しかしそうだという想いがあれば、今まで失われたものの慰霊の碑になるのだろう。 残されたものが忘れないために」 花を供え、受け継いだ記憶を想起する。異世界で命を失った桃色の羊の記憶を。 陸駆はそのリベリスタのことを知らない。記録を調べることは可能だが、そこにあるのはただのデータだ。そのリベリスタそのものではない。 (けれど僕は貴様の記憶を受け継いだ) その理由は今でも分からないけど、それでもけれど陸駆は選ばれた天才として振舞うことを決めた。記憶の主以上の天才として君臨し、その威光を示すのだと。 「あとのことはこの天才にまかせておくのだ」 だから安らかに眠れ。少年は静かに祈る。 ● 「九条のおじさまは、どうしてこの場所を作ったのかな?」 アリステアは花を飾ったり、供え物の場所を作ったりしながらそんなことを考える。 まだ幼いアリステアだが、なんとなくその理由は分かる。神秘の事件は人死にが多い。 いつも笑っているあの人が、時々憂いを含んだ表情になることを知っている。元気にはしゃいでいるあの人が、悔しそうに涙を流していることを知っている。 アリステアは他人を支援するリベリスタだ。直接攻撃する機会は少ないが、それでも命が失われるのを目にすることは少なくない。 (いつか私も消えるんだろう。同じように) そのときまではアークで仲間を支えたい。優しく悲しい仲間達を。 そあらもアリステアと同じように、直接相手を手にかけたことはない。回復に特化したそあらだが、命が失われる場面を目にすることもある。愛嬌があるわんこだが、ナイトメアダウンの経験者相応の悲しみを背負っているのだ。 そんなそあらの今日の役割は、やっぱりみんなのサポートだった。料理を作り、献花用の花を分けたり。そんなお手伝いだ。 (あたしも間接的には、命に手をかけていると思うのです) 直接命を奪う人のサポートをするということはそういうことなのだ。忙しさの波が通り過ぎた後で出来た時間を使い、そあらは黙祷する。 これまでの戦いで散った命に。これから戦う戦場で奪われた命に。 そしてすべての命に。 「慰霊、か」 義弘は自分の歩いてきた道が、色々な人や物の命の上に立っていることを再認識する。守ったもの、守れなかったもの。得たもの、失ったもの。『暴食』に砕かれた左腕の付け根を触りながら、感慨にふける。 (……やめよう。今日は手を動かそう) 義弘は黙々とぜんざいを作る。自分は侠気の盾。少しでも皆の助けになれば幸いだ。 「今回ばかりはお代は要らないよ」 朋彦が黒布を首に巻きながら、コーヒーを淹れる。腹の焙煎機は適温を保ち、この寒空の元集まったリベリスタたちを暖めている。 (一口にリベリスタといっても、主義主張、倒すべき敵の姿さえ違うことがある) アークは様々なリベリスタが集まる。年齢も、国籍も、主義も、主張も、正義も違う者達があつまっている。共生は簡単なことではないだろう。 (でも、甘い口当たりのコーヒーが焙煎次第で出来るように、僕らには、工夫し続ける権利があると思うんだ) 手にした護符はかつて鬼の戦いのときに拾った着物で作ったもの。それを決意の護符にして、朋彦は焙煎を――工夫を続ける。 ● ツァインは祈らない。 宗教上の問題があったり、協調性がないわけではない。 (俺には祈る資格がない) ツァインは裏野部との戦いで、多くの犠牲を出した。仲間を、多くの一般人を死に追いやった。 アークもそれを已む無しと判断し、犠牲を出したことを攻めなかった。 (俺はこれを絶対に忘れない、自分で選んで出した犠牲だという事を絶対に) だが、ツァインは自分自身を許せなかった。ゆえに祈る資格がないと、自らを戒める。 ツァインは祈らない。ただ静かに、気を引き締める。 アイリは手を合わせ、黙祷する。 色々な敵を斬って来た。人間だけではない。異界の住人も斬り伏せた。鬼やバイデンのような説得の通じない相手もいた。 そのことに後悔はない。自らの道に従っただけだ。 (これからも奪う。別の命を救うために) 「何者であれ、生きるには何かしらの犠牲を必要としているものに御座る」 祈るアイリのそばに幸成が立つ。彼もまた、多くのものを手にかけてきた。生きるために必要な犠牲もあった。……関係のない命も、あった。 「未熟の身なれば、全てを救うなどとおこがましい事を申すつもりは御座らん。 が、救えるべきは救うのもまた我が使命なれば。共に精進して参らねばなるまいな、アイリ殿」 「ええ。これからも私は、私達リベリスタは、そうやって進んでゆくのだから」 だからここでの祈りには意味がある。これからも道が変わらないからこそ、思い直すことは必要なのだ。 「さて。幸成、食事にでもしようか。 こう寒いと、腕でも組みたくなるな。想い人に内緒で組んでみるか?」 「いや、拙者そのようなことは――」 「ふふ、冗談だ」 「……心臓に悪い冗談で御座るな」 「慰霊だの鎮魂だのってぇのは、こっちの精神とかの為勝手にする都合の良い儀式だと思ってる」 何せ死人は返事しないからな。傍らの黎子に語るように火車は言う。 火車は手のひらにあるぬくもりに視線を向ける。かつて戦いで散った想い人のフェイトの欠片が結晶化したもの。 「暖けぇコレったって……解んねぇモンよ」 「解っているはずです」 黎子が口を開く。人の死に関して、当事者以外ができることは多くない。たった一つできることは、変えようのない事実を告げるのみ。 「あの子は……鳳朱子は死にました。帰ってくることができませんでした」 砂をかむような表情で黎子は自分の姉の死を告げる。どれだけ時間が経っても、どれだけ回数を重ねても、この辛さには慣れそうにない。 火車も、その事実は知っている。ただ、認めたくなかった。 「……そうだな。今までハッキリさせてなかった気がする」 火車はゆっくりと口を開く。 「朱子は、死んだんだな」 ほほをつたう暖かいもの。その感覚で初めて火車は自分が泣いていることに気づいた。 そんな火車を抱きしめて、黎子は言葉を続けた。その表情はよく見えない。 「あの子は最後に貴方の元に帰ろうとして、それができなかったのです」 「うるせ……ぇ! ってんだぁ! ぅぐ……!」 「最期まで想われていた貴方だけは、ずっと忘れずにいてください。朱子の事を」 強くつかまれる服。火車は流れる涙を拭い、慰霊碑に向かって叫んでいた。 「忘れるなんてあるモンかよぉお!」 (慰霊ツッテモ自戒トカ後悔トカソンナモンハマッタクネーナ) リュミエールは近くにあるものを食べながら、オブジェを眺めていた。彼女のとって戦闘は生死を分けるもの。殺されないために戦ってきた。それだけだ。 ただ唯一、思うことがあるとすれば。 「これからも死ぬつもりはネェ」 自分が生きているのは、相手を殺したからだ。彼等にできることは、死なないこと。それだけだ。狐は近くにあったおはぎを口に運ぶ。 ● 「なあ、九条」 ランディはおもむろに口を開く。徹に語り始めたのはたまたま近くにいたからか。 「最初は、恩返しがしたかった。拾ってくれたあの人の恩に報いよう、最高のリベリスタになろうと」 「ああ、聞いたことあるな。ナイトメアダウンだったか」 徹の言葉に首肯し、ランディは言葉を続ける。 「だが、ノーフェイスの小さい子を助けられなかった。 なら獣になろうと衝動のまま力に身を任せたら同じ様な奴が現れ、心底間違いだったと気付かされた」 徹は口を挟まない。ランディの言葉は促されるように続く。 「俺は死んだ奴らを。殺した連中の最期を、生き様を忘れない」 それはもう答えが決まっているから。 墓堀と呼ばれた斧に誓うのは、一番最初に誓ったことと同じこと。 「だから戦う。神秘って不条理に翻弄される奴がいなくなるまで。そして誓う、神秘そのものを殺す事を」 「ここに奉られているのは」 慰霊碑に手を合わせているうさぎが徹に語りかける。 「アークの、リベリスタの仕事で奪った命、ですよね」 「まあな」 「私は……私達には使命とか役目とか、そう言うのがあって。 だからつい、言い訳して、軽んじてしまいそうになるんです。理由があるのだから、と」 「そう思っているほうが気が楽だぜ」 「かも知れません。でも命は命。奪った事に違いは無くて。 甲乙何て付けれるようなもんでは……無いと、私は思うん、です、けれど……」 あなたはどう思いますか? うさぎの無言の言葉に、徹は頭をかきながら、 「苦しんで出した答えこそが『お前』の答えだ。思いっきり悩んで、行動してみな。 安心しな。間違ってたら殴って戻してやるから」 万人の答えなどない、と徹は言う。自分の答えを出せと。 答えは、まだ見えない。 「結局僕は一体何をしてるんだろう、って不安になるんだ」 夏栖斗は祈りながら徹に吐露する。 「この先さ。もっと色々決断することとか、切り捨てるものとか出てくると思うんだ」 「だろうな」 「だけど、それが割り切れなくて。自分の手の大きさがわかってないんだ。それでも」 心に映るのは散っていった仲間達の顔。その思いを受け取って、夏栖斗は前に進むと拳を握る。 「護りたいんだ、少しでもたくさんの人を。少しでも沢山の未来を」 手のひらはすべてをつかむには小さい。 それでもその気持ちは、どこまでも大きく広がっていた。 「だったら努力するしかねぇな。その手が掴めるものを増やすために。 安心しな、お前にはアークの仲間がいるぜ」 「おう! 頼もしいぜ!」 徹が突き出した拳に、夏栖斗は拳を合わせる。こつんと硬い感覚が、迷いの幾分かを吹き飛ばしていた。 ● 慰霊。 その行為がどういう意味か、ステラは考える。 他者の命を奪うこと。それは人が生きる上で不可避のこと。ゆえに罪ではない。しかし正義でもない。ゆえに謝罪も感謝もない。 ならばできることはただひとつ。祈るのみだ。 ステラは合掌し、一礼する。短く、しかし確かな祈りがそこにあった。 「ここで弔われる奴らの少なからずは先輩って事になるんだろうな」 革醒して数日。弥千代は慰霊碑を前にして誰にでもなくつぶやいた。30歳サラリーマンから一転して少年革醒者に。まったくどこのライトノベルだ。 「……平凡に天寿を全うするのが人生の目標だったんだが」 しかしもう元には戻れない。ならばやるだけやるかと気合を入れる。先達に一礼して、花を捧げた。明日はわが身だと思えば、この慰霊碑にも感慨が沸く。 いまだ戦場には出ていない身だけど、いつかはそっちに行くのだろう。 「冥福を祈るよ、心から。 さて、ついでだ。メシ食ってくか」 慰霊碑には何も刻まれていない。 それは神秘秘匿の意味もあるが、心の中で碑に名前を刻んで欲しいという意図もあった。 (いや。元より、刻む名など知らないのだ) ベルカは自分に嘘をつく。名前を知ることは可能だ。報告書を精読すればいい。あるいは、自分で調べることも出来るだろう。だけどベルカはそれをしなかった。 『ノーフェイスの少女』 そうやって少女に名前をつけずただ世界の敵だと認識しなければ、心が折れてしまう。 それは人として正しい精神のあり方。誰もそれを責める事は出来ない。 責めるのは、ただベルカ本人のみ。 (いつか、きっと。本当の意味で慰霊を出来るほどに強くなってみせる) 今はただ、目を閉じる。闇雲に祈るように。 「先に逝っちゃったか……無茶しすぎだよ……」 終は先の戦いで散った知り合いを弔う。ワタリガラスの羽が生えた背中を思い浮かべる。 否、その男だけではない。神秘の世界は普通の世界に比べて『死』に近い。 (いろんな人達の命を奪ってきた。倒さなければいけない人達の中には本当だったら普通の世界で普通に生きていける筈だった人達だって多くいた) 出来れば救いたかった。だけど現実はいつだって非常で、命を奪う以外の選択肢はいつの間にか剥ぎ取られている。 救える命は少ない。だけど救うことを諦めない。 「もう少し頑張るよ」 いつか自分の番が来るその時まで、精一杯足掻こう。終は慰霊碑の前で静かに誓う。 「奪った命も護れずに喪われた命も奪われた命も、今はただ、等しくオレの魂と共に在れ」 零二は杯を片手に慰霊碑の前に立つ。 かつて戦地で人の闇を知った零二はその後日本に戻り……今も戦いに身を投じている。ただひたすらに剣を振るい、戦略を練り、力なき者への盾となる。 瞑目し、思い出す。今まで出会った者、戦った者、それら一つ一つを。 出会ったのは刹那。だけど忘れるわけにはいかない。その刹那こそ、触れ合った大事な時間だから。 (その刹那こそオレ自身の一部でもあり、全てでもある。そう……勝手に思わせて貰っている) 杯を傾ける。五臓六腑に染み入る清めの酒。 刹那触れ合った者よ、共に往こう。そして闇狩人はまた戦場に向かう。 七花は手を合わせる。 胸中を過ぎるのは死者を操る『楽団』のこと。 (犠牲者の方が少しでもやすらかに眠れますように) 殺された人たちが『楽団』に利用されるようなことが無いように、七花は祈る。死んでしまえば善悪は関係ない。リベリスタもフィクサードも、一般人もただ安らかに眠れるように。静かに祈る。 「私が殺した人はいっぱいいるよ。でも、それ以上に私が救えなかった人のほうが大勢いる」 慰霊碑の前で片膝を立てて両手を組み、目を瞑って祈るセラフィーナ。祈る相手は、救えなかった人たちだ。 (守ると誓って、それでも守れなかった人達) リベリスタとして、一個人として。誰かを守るということは尊いことだとセラフィーナは思っている。それは姉の記憶とも一致している。救いたい、守りたい。しかし。 『楽団』に命を奪われたものがいた。 裏野辺の凶行により街が沈み、そこに住むものの命が消えた。 「貴方達の平和を、命を守れなくてごめんなさい。どうか、安らかに……」 セラフィーナは祈る。死者に安らかな眠りを。 「南無阿弥陀仏」 守夜は合掌し、祈りの言葉を唱える。 祖母はイギリス人でクリスチャンだが、家そのものはお寺の檀家で神社の氏子。いわゆる普通の日本の家族だ。その縁故にあやかって念仏を唱えただけに過ぎない。 今まで倒してきた敵。命を奪ってきた相手に冥福を祈る。 「しかし……慰霊の後は、清めの宴会と言うのは万国共通なのだろうか?」 慰霊の後、守夜はジュース片手に料理を手にする。箱舟の仲間達と、弔った敵について語り合う。 悔やむもの、誓うもの。戦った相手に対する様々な弔い。それを耳にしながら守夜は自分の思いを語りだす。 「こういう場所でなんなんですが」 「うん?」 祈りもそこそこに凛子はいりすに語りかける。ともに先人のリベリスタの記憶を受け継ぐもの同士だ。 「記憶の欠片は残りましたがどうなんでしょうね。いりすさん」 「どうというと?」 「『他人』の記憶なので文字通り他人事なのですが、見事に散ってしまったわけですが」 「ああ」 いりすはメガネの位置を直しながら答える。伊達メガネなので視界が悪くなるわけではないのだが。 「思いの行先なんてのは、どうしようもなく。生きているヤツが。残されたヤツが決めるモノだ」 「結局、お互い何が変るわけでもないのですか」 「まぁ、イイや。とりあえず、お備え物でもしておこう」 「献花用の花ならあっちにおいてますよ」 「用意がいいねぇ。形から入るのは大切」 凛子が持ってきた花を慰霊碑に捧げる。医者である凛子と『業』を身に宿すいりす。リベリスタとしての方向性は違えど、相対するわけでもない。 「結局、この身に残るモノなど何もない。あぁ、哀しいなぁ。哀しいなぁ」 「永遠の命などありません。そんなことは身をもって知っています」 命を失った『記憶』が告げる死の感覚。それを受け継いだ自分達も、いつかは命を失うのだろう。 「どうせ花も枯れる物なのだから」 いりすは捧げた花を見る。冬の風が冷たくほほをなでた。 「幸せは一面的じゃない。その裏にある苦しみと犠牲を忘れるな」 慰霊碑を前にして亘はそんな言葉を思い出す。幸せの裏にはそこに至る様々なドラマがある。それは目的に向かう努力であることもあるが、犠牲であることもある。それを乗り越えて初めて幸せを手に淹れることができるのだ。 かつて亘はその一言を放った。その時の犠牲者は普通の何の罪もない少女だった。 リベリスタになって一年と少し。多くのものを葬ってきた。 殺したくない人がいた。憎しみを抱いた人がいた。様々な理由で命を奪いそれを糧に大事な物を守ろうとして、助けられなかった人もたくさんいた。 (正しいとか正義ではなく、この生き方を貫き通す) それが人を幸せにする術だと信じて、亘は前に進む。 「徹さん、この度は慰霊の機会を設けて頂き、誠にありがとうございます」 カイは一礼して慰霊碑に祈りをささげる。胸中を過ぎるのは崩界を守るために奪っていった命。そして自分の手では救えなかった命。 E・ビースト、ノーフェイス、フィクサード、そして力持たない一般人。彼らは本当はもっと生きていたいと願っていたはずだ。 謝罪はしない。許してほしいなどと虫の良い事は言わないし思わない。 ただ、この苦しみを、悲しみを、カイは忘れない。この辛い現実から逃げないと誓って瞳を開ける。 目の前には物言わぬ漆黒のオブジェ。仮初めの慰霊碑。仮初めの偶像。 「願わくば、ただ静かに見届けてほしい」 しかし決意だけは真実。その意をこめて、カイは備えたお酒を口にする。 「慰霊か。少し遅いけどAllerseelenを思い出すね」 アッラーゼーレンと呼ばれるドイツのお盆。クルトはそれを思い出しながら、赤ワインの栓を開ける。キュポ、と心地よい音がクルトの耳に響いた。 クルトは奪った命を数えることはしていない。奪った数が一であれ多数であれ、命を奪ったという事実は変わらない。 ワインを慰霊碑に捧げるクルト。弔うのはこの国に来てから奪った命、助けられなかった命。奪った命を数えないことと、弔わないことは違う。この足で、この意思で、奪った命と守れなかった命に冥福を。 「Erde zu Erde, Asche zu Asche, Staub zu Staub」 土は土に。塵は塵に。灰は灰に。失われた命に、祝福を。 「忘れるな」 零児は自分自身に言い聞かせる。奪ってきた命のことを、忘れるな。 デュランダルとして矢面に立ち、その破界器で多くの命を奪ってきた。 それは様々な事情があった。様々な考えがあった。 だが命を奪ったのは自分の意思だ。そのことを忘れるなと自分自身に戒める。その罪は背負い続けなくちゃいけないのだ。 零児は慰霊碑の前で手を合わせる。機械化した右手の感覚が、生身の左手に合わさる。命を奪ってきた冷たい感覚が、左手を通じて伝わってくる。 『忘れるな』 冷たい感覚。命を奪う破界器をもつ右手の感覚が、無言で零児に伝えてくる。 (忘れるな) 強く、強く。零児は自分に言い聞かせる。しばらく合掌したまま、零児は動かずに祈っていた。 「ごめんね、ごめんね」 旭は自分が助けられなかったものたちに謝罪を求める。革醒するまでは、自分もそうだった一般人への謝罪。 もっと力があれば。もっとうまくやれれば。 そうすればもっと命は救えたかもしれない。もっと笑顔が守れたかもしれない。 革醒して幾多の戦いを超えても、まだ自分に力が足りないことを実感していた。もっと力があれば、守れたかもしれないのに。 (そやって何もかもぜんぶ守れるようになったら。ねえ、そしたらもいちど笑ってくれる、かなあ……) 語りかけるのは守れなかった命たち。犠牲と割り切るには旭は若く、そして純真だった。 (ごめんね) 旭は謝る。いつかみんなを守れる力を得ようと、決意して。 (沢山の人を殺してきた。後悔も……してるかも知れない) 悠里は慰霊碑の前で拳を握る。多くの犠牲があった。犠牲を払っても救えない命があった。もっとうまくやれたのではないかと、後悔する日も少なくない。 だけどそんなことは関係ない。命を奪えば、恨みを買う。犠牲者の親族から、友人から、恨みを買っているだろう。 それでも悠里は今の道を曲げるつもりはない。多くを救い、多くを助けるつもりだ。たとえ命を奪ったとしても、最大限の努力をしよう。 それは、誰かを助けるために命を奪う殺人鬼。 「そんな僕に死者を弔う資格があるかはわからないけど……それでも、僕は僕が殺した人の為に祈りを捧げたいと思う」 殺してしまってごめんなさい。悠里は静かに手を合わせる。 「アークに入っテ、少しは強くなったはずなのだガ」 カイは今まで歩んできた道を思い出す。守り手として癒し手として多くの戦いに身を投じ、それに恥じぬ実力を有していた。 「気分的には全く変わらないのダ」 だが、世界はまったく平和にならない。崩壊は進み、『楽団』が死者を操って死んでも安らかでいられない事件が多発している。 「それでも我輩は足掻き続けるのダ。大切な家族を守りたいかラ」 家族。それは三人の娘でもあり、今は別れた妻でもあり、そして箱舟の仲間達でもある。それを守るために、一生懸命足掻き続けよう。 「サテ、コーヒーを飲みに行くノダ」 冷えた体を暖めるために、カイは知り合いの淹れたコーヒーを飲むために踵を返した。 「誰かのために。笑顔のために。その為に、私は戦い続けて」 ミリィは今での戦いを回顧する。アークにはいって三ヵ月。その間ずっと戦場を奏で続けてきた。だけどそれは、 「どれだけの命を、奪ってきたのでしょうね」 三ッ池公園にやってきたネクロマンシーとの死闘を思い出す。 救えない命があった。守れない命があった。思い出すだけで心は悲鳴を上げて、涙が零れそうになる。 ごめんなさい、という言葉をかろうじて飲み込んだ。その言葉を口にするのが、本当に正しいのか、分からない。謝罪する資格が私にあるのだろうか? 「見ていてください。私は、強くなります。もう目の前で、誰かを失ってしまわないように」 今言えるのはこれだけ。決意を胸に、ミリィは戦場を奏でる。 あひるはアークに来て沢山悔しい思いをしてきた。 どれだけ助けようとしても、力が及ばない。目の前で命が奪われるのを見たくなくて、癒す力を得たのに。 「あひるは、頑張りが足りないのかな……」 目の前で消えていった命。救えなかった命。その光景が、悔しさが、悲しみがあひるの胸を締め付ける。 「これからもココに来て、いいかな……」 気が済むまで、祈り続けよう。毎日お花を持って祈りに来るとあひるは決意する。 それは自己満足かもしれない。この慰霊碑は仮初めだ。神秘の力なき、ただの建造物だ。 だけどそれでもいい。碑が偽者でも、祈りが真実なら。 「彼らが安らかに旅立てるように」 その祈りはきっと届く。そんな奇跡があるかもしれない。 (本当は戦うのなんて嫌なんだ) 百獣の王を名乗る雷音の心は、年相応の少女と変わりない。それでも戦うのは、その手に救う力があるからだ。世界の悪意に立ち向かうには小さく、か細い手。それを見る。 (どんなに言い訳しても、ボクの手と羽は血に染まっている) 救えなかった命。この手がもう少し大きければ、救えた命はあるのではないか。雷音は自らの罪を自覚する。心が折れそうになるときもあった。泣き崩れたことなんて数え切れない。 「ボクはまだ生きるよ、君たちの分も」 だけど雷音はその度に立ち上がる。この手で救えるものがいるのなら救おう。 小さな手が慰霊碑に触れる。 「ありがとう」 罪は消えない。だけど羽にかかった重さが、少し軽くなった気がした。 黒いゴシック調の服装をした少女が二人、慰霊碑の前で祈っていた、一人は静かに。もう一人は顔を青くして怯えるように。 リンシードは今まで自分の罪に目を逸らしてきた。それと真正面から向き合うことから逃げてきた。 (いくら謝っても許される事ではありませんが……巻き込んでしまってごめんなさい……護りきれずごめんなさい……しょうがない、といいながら斬ってしまったのは私です……) 自分を『人形』と割り切ってリンシードは命を斬って来た。アークの依頼だから、世界を守るため、弱者を守るため。大義名分はいくらでも立つ。 だけどリンシードの『人間』の部分はそれに怯えていた。 (――て事を考えてる顔をしてるわね) その隣にいる糾華は怯えるように祈るリンシードの様子を見て肩をすくめる。 仕方ない、と思う部分もある。導こうと思えば導くことも出来る。 (だけど答えを見つけるのは自分自身であって欲しい) 糾華は強く思う。苦悩の末、葛藤の末得た答えこそ、真の『彼女の』答えなのだ。 今はそばに立ち、リンシードの重みを受け止めよう。貴女が人間へと戻るその日まで。それが貴女に姉と慕われる自分に出来る、唯一のことだから。 (無慈悲な世界に選別から落とされ、剪定された命達を私は忘れない) 黒揚羽蝶のブローチに手を当てて糾華は慰霊碑を見た。そして視線は隣で祈る少女に向けられる。怯えながら、罪と向き合うリンシードに糾華は声をかける。 「さ、帰りましょ、リンシード」 ● 「…………はっ!」 エーデルワイスは祈るのが退屈なので、思わず寝ていた。祈るとか性に合わないし。 いつの間にか時刻は夜に近づいていた。帰路につくものも多い。 寝起きにコーヒーを飲みながら、甘味を口にした。そのままエーデルワイスも帰路につく。 いつしか慰霊祭は終わりを告げていた。 それは唯ここに建つ黒いオブジェ。 真に尊きは祈りを捧げる真摯な心。その気持ちこそが、死者を弔う最も大事なこと。 その心が、失われませんように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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