●メメントモリ 「あぁ……悲しいですねぇ……」 嘆きの声が響き渡る。 男の声だ。心底残念そうに。心底悲しげに。 心の底から何一片の嘘も無く――彼は嘆いていた。 「死体が動く。ああ気味が悪い。気味が悪い…… 死者は死すべき。死者は眠るべき。死者は安らかであるべし。 彼らの生を踏みにじってはならない……だと言うのに……」 嘆きの元は彼の目の前に存在する光景だ。 死者が動いている。死者が人を襲っている。 ああなんたる事か。それを彼は嘆いていた。 “目の前の死者達を起こした元凶たる男”は。 「貴方もそうは思いませんか――ニナ」 「あぁ、うん。はいはい。分かった分かった分かったから。悲しいですねーはいはい」 男が声を向けた先に居るのは少女だ。 外見の様子から見ると十代前半と言った所だろうか。雰囲気からはもう少し上の年齢を感じさせるが――まぁフィクサードに限らず覚醒した者らの実年齢など些細な事だ。それよりも、 「そんなに悲しければ蘇生させなきゃいいのに……毎度の事だけど言ってる事、矛盾してない?」 「何を仰いますか。“死者は眠らせておくべき”。ええ、私は本気でそう思っていますし、実際そうであるべきでしょう? いきなり無粋に叩き起こして再び歩かせるなど……あぁなんと罪深き事か……」 溜息を吐く。 額を右手で押さえ、胸元に左手を添えて、嘆き哀しむ。 「ですが……」 だが、 「仕方ないではありませんか。ケイオス様の御意志は絶対ですから。 あの方の御意向の前には、私如きの私情など塵に等しい。故に、さぁ。悲しき死者達よ……」 彼は言う。 額を抑えていた右手を動かして、人差指で指差す先は、 波打つように襲いかかる死者達に必死の防衛戦を展開しているフィクサード達だ。 彼は言う。 満面の笑顔と共に、死者達へと指示する様に、 「御行きなさい。彼らが“貴方達に死をくれる、救世主の方々”です」 言い放つ。 「死してなお、誰かに体を使われるのは悲しいでしょう? 死は須らく一度きりのモノ。それを汚され、もう一度地を踏みしめるは本懐ではないでしょう? ですから御行きなさい。彼らが貴方方をもう一度殺して、救ってくれる筈ですから……」 「……うわぁ……ホント白々しいわねこの男は……」 吐き捨てる様にニナは言葉を紡ぐ。 この男、エヴァルドと言うが。同じ楽器を使う縁で組んで大分経つ。 しかし未だにこの狂った思考だけは理解できない。“死者は眠らせておくべき”という考えと“ケイオスの命令は絶対”という二つの考えに“矛盾が生じていない”のだ。 死者を動かすのは罪深い事だ。馬鹿な事だ。本気でエヴァルドはそう思っているにも関わらず、ケイオスの命が下った時点で“死者を動かすのは仕方ない事だ”と思考を切り替える。そうして人を襲わせる。死者を動かす本気の哀しみに暮れながら、涙を流しながら、 笑うのだ。 「ク、ハハハ……ハハハハハ……さぁ。さぁ。ケイオス様の前奏曲はまだまだこれから。 死者よ。せめて安らかなる死をもう一度得る為に――襲いなさい。反撃されなさい。 そうしておけばいずれ“救世主”の方々が、貴方達を再び殺してくれる筈ですから……!」 「……はぁ。まぁいいけどね。仕事っぷりには問題無いから」 構える楽器はクラリネット。吹けば動く。死者が動く。 否。それだけでは無い。エヴァルドの音色は死者を動かしているが、ニナが吹けば違う動きが発生した。それは、 「さぁ――席立つ事は許さないわよ?」 襲われているフィクサード達の足元から、無数の手が這いずり出る。 いきなりの事だった。死者の手が、逃さぬ逃さぬ此処に居ろ、とばかりに足を止めさせる。服を掴み、足を引いて。動きを制限するかのように蠢き往く。 「ふふ。“Applauso del morto”……死者の喝采、どうぞゆっくりとお聞き下さいな?」 逃がす気は無いと、そう言う事だろうか。 ニナはエヴァルド程狂ってはいない。だがケイオス率いる“楽団”メンバーの一人には違いない時点で結論、どっちもどっちなのだ。事実として彼女は死者を動かし、誰かを襲うこの現状を――楽しんでいる。 心の底から哀しむ狂人。 心の底から楽しむ悪人。 果たしてマシなのは一体どちらなのだろうか。 ●ブリーフィング 「こんな連中どっちも下劣畜生だろう」 『ただの詐欺師』睦蔵・八雲(nBNE000203)は言う。 「ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ……あぁ。まぁ諸君ら知っているな? 彼の率いる“楽団”メンバーが死者を蘇らせて騒ぎを起こそうとしている故、止めて貰いたい」 ケイオス。 バロックナイツの一角たる彼が率いてきた“楽団”の一部メンバーが居る場所は、とある港。 そこにいる恐山系統のフィクサードと、戦闘を交えるらしい。恐山に関しては何がしかの取引があったらしく港に居た様だ。数多の死体に囲まれ、このままであれば物量差で潰されるだろう。 「楽団のフィクサードは二人。男のエヴァルド。女のニナ。 エヴァルドの方は死体の操作に集中し、ニナの方は特殊なアーティファクトを使っている」 「そのアーティファクトの詳細は?」 「一言で言えば――死体の限定部位を大量に操れる、と言った所か」 “Applauso del morto(アップラウゾ・デル・モルト)”というアーティファクト。 これもまた死体を操る系統であるが、エヴァルドのやっている様な“死体に人を襲わせる”とは少し違う。 死体として蘇生させる部位を限定する事によって、高速かつ大量に蘇生。それを応用しニナは、場に居る生者の足止めを担っている。“手”だけを大量に地中から出現させ、足を文字通りに“引っ張って”いるのだ。 「まぁこの効果に関しては常に飛行状態であれば回避可能だがね。むしろ問題は……死者と闘っているフィクサード達だ」 「ああ、恐山だっけ?」 「そうだ。彼らが襲われていてな…… 救助や救援、と言う訳ではないがね。彼らが犠牲になるのも防いで欲しい」 恐山系統のフィクサード。その数は六名。 本来なればフィクサード達の犠牲はあまり考慮しないでも良いが、今回は話が別だ。一般人の死者ですら彼らの道具にされると言うのに、“覚醒した者らの死体”が楽団支配下に入ると言う事と、その意味。想像に容易い。 「うむ、説明はこんな所かな。では諸君、後は頼むよ」 一息。 「腐った音色を諸君らの力で――吹き飛ばしてきたまえ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年12月15日(土)21:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●死の群 手が群がる。 死者の手が命を求めて群がり掴む。 寄こせ寄こせ。お前の命を。我らと同じく立ち止まれ――と、 「――舐メンナヨ」 そんな怨嗟の声を『瞬神光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)が打ち破る。彼女が行うは実に極単純。ただ、駆け抜ける事。 地中より蠢く手を踏み潰し、足を引かれようともなお往く。駆ける。 「コンナ程度で私を止メレルとか思ってンジャネーヨ。 本気デ足を止メタイなら、モウチット気合イ入れロヤ」 「……あら? 何、増援かしら?」 ニナが気付く。己が操る手を振り切って、ここに近付く者がいると。 楽団側で無いのは確かだ。では何だ。恐山の者か、あるいは。 「アークの者です」 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)が告げる。それはいずれにも属さぬ者であると。そして、 「貴方方は“覚醒した者の死体”を狙う楽団の皆様ですね。……死者を、冒涜されるおつもりですか?」 「フフフ……いやいやとんでもない。死者を悼む気持ちぐらい、持ち合わせていますよ?」 鋭い眼光と共にカルラは楽団を見据えれば、エヴァルドは優しく微笑み返す。 歪だ。死者を悼み、死者を操る事に罪悪感を覚えていながら、嬉々として死者を操るその微笑みは。どこまでも狂った果てに辿りつく――狂人の、笑みだ。 しかして先の言葉は狂人だけに向けた言葉に非ず。無数の死者を相手取る恐山へも向けた故に、彼らへと言葉を紡ぐ。 「恐山の皆さん――彼ら、楽団の狙いは貴方方です。 具体的に言えば“死体”ですが……我々は楽団の戦力が増えるのは防ぎたく思います。 ならばこそ。この場の足並みを揃える事はお互いの利に叶うかと考えますが、いかがでしょうか……?」 「つまり、共闘しようと?」 「つまりも何も、そーっすよ」 続く声は『STYLE ZERO』伊吹 マコト(BNE003900)だ。 カルラの言葉を繋ぐ様に、恐山の面々へと視線を合わせ、防御の付与を掛けながら、 「知ってるかもしれねーですけど、アレはかの有名なバロックナイツの一員、ケイオスの配下っす。 ……あのジャック・ザ・リッパーの暴挙の再来。その下準備を進めている連中っすよ」 瞬間。恐山の面々は一瞬眉を顰める。 無理も無い。かの出来事は未だに皆の記憶に新しく、そして心に残り続けているのだから。 ジャック・ザ・リッパー。 あの伝説が撒き散らした被害の再来。あるいは、それ以上が起こるかもしれない時に、 「日本の中でいがみ合ってる場合じゃねーっす。ここまで無事だったのは僥倖っすけど……」 「ここから先も無事のままとは限らない、よね」 さらに『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)も戦場へと足を踏み入れる。 「取り敢えず……彼らを追い払うぐらいまでの間は共闘しないかな? さっきも仲間が言ったけどさ、彼らは一般人も覚醒者も区別なく“死体”なら操る事が出来る」 「もし貴方達が“そう”なった場合、それはわたし達も困るの」 次いで、懐中電灯の光と共に『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の姿も見える。 彼女の言は正にその通りだ。ただ恐山が被害を受けるだけならアークとしては極論、どうでも良い。されどその被害がそのまま楽団の戦力と成るのは看破出来ないのだ。 「最低でもお互いの足を引っ張らない、なんなら利用し合う。 ……それだけでも良いの。お互い最善を考えるのが大事じゃないかな?」 「……ふむ、まぁ確かに。我々だけではキツイ所でもある」 共闘――とは言い難い、各々に矛先を向けないだけの“並び立ち”。 それだけでも両者の利益には繋がる。単純に死者の攻撃を分散させる事だけでも大きい。そもそも連携までは期待していない。要は“敵”が増えず“壁”が増えると考えればそれで良いのだ。 「まぁ無理して一緒に闘えとは言いませんがね、私は」 己が身の生命を力として、雪白 桐(BNE000185)も駆け始める。 喉の奥で僅かに走る自傷の痛みを噛み締め、それでもなお声を絞り出し、 「ただ……この機会に一矢報いてやり返しておけば――バランスの人に後で小言言われず済むんじゃないでしょうか?」 バランスが良くない、だとかなんだとか言いだしそうな者の顔を思い浮かべ、息を吐く。 恐山の内情は知らないがあの組織は利害が合えばアークとも手を組む組織だ。アークだから、七派だから、フィクサードだから。そう言った事が場合によるも、比較的敷居が低いと言える。それに、 「別に、俺らはあんたらを壁や、捨て駒扱いする気はないさ」 『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)もまた、身を削る強化を施しながら前へ出る。 それは決意の証。物量で劣るリベリスタらは扇状に陣形を展開するが、その中でも彼は特に前へと出た。 言葉に嘘偽りは述べないと。それを証明する為である。 「最前線は俺が担当する。援護だってしっかりやってやるさ――」 だから、 「生きて、帰るんだ」 言い切った。 視線は向けない。ただ彼は、行動によってのみ示す。 楽団に対しては正面を。恐山に対しては背を見せて。それだけで雄弁に語ってみせたのだ。信頼も何もこの短い間に築かれはしないが、それでも不信感は和らごうというものである。例えそれが僅かでも、確かな“僅か”だ。 なれば恐山の面々も思考を纏める。元より利用するだけでもアークと共に闘うのは悪い話では無い。そもそも“逃げようと思っても逃げれない”理由がある以上、敵を増やしたくなどは無かった。 と、勢力が三つに分かれていたのが意思の纏めで二つになった――その時、 「……御歓談の所申し訳ないですが」 エヴァルドが言う。 温和な笑みを崩さずに、優しい口調でリベリスタ、恐山双方へと視線を向け、 「勝てる、とお思いで? この物量差が視えませんか?」 「……知らないよ……そんな事、は……」 対するはエリス・トワイニング(BNE002382)。 扇状陣形の後方側に位置し、魔力の循環を開始させる。途切れ途切れながらも繋ぐ言の葉は、しかとした意思を見せて、 「エリスは……ただ……癒し続けるだけだから……」 「あらあら。仲間を癒すだけでなんとかなる、なんて思ってるなら――」 「……違う」 ニナの言葉を遮って、エリスは続ける。 自信がある。癒すだけで、とニナは言ったが、舐めるな。 その“癒す”に自信があるのだ。故に、 「エリスに出来るのは……一つ……その最善に全力を尽くす、の…… それが……エリスの……闘いだから」 ニナの目を見据えて、断言する。 「……フフ、良いじゃない。そういう目、私、嫌いじゃないわよ」 「ま、なんでも構いませんがね、それでは……」 若干満足そうなニナを横目に、エヴァルドが指を指し示す。 それは指示。死者の行く末を決める、狂人の指先。示す先は無論、リベリスタ・恐山で。 「さぁ彼らを救ってみて下さいッ! ハハ、ハハハッ!」 死者が動く。 彼らの倍を優に超える数を伴いながら。 ●波の様に 死者の数は総勢四十体。群がる手の数はその倍、八十と言える。 一斉に迫るその数を相手に、 「遅ェンだヨ」 リュミエールが最高速で突き抜けた。足にニナの操る手が纏わりつこうと、振り切る。 地を踏みしめ、跳んで躱す。接近する手を寸での所で回避して死者の首筋にナイフを叩き込み、 「――!」 力を込めて、掻っ切った。 「うわっちょっとなにあのスピードこわい。私の手を振り切るなんて……!」 地中からの手。それによってかなり速度は抑えている筈なのに、彼女はニナの予想を遥かに上回る速度を叩き出し続けている。されど、 「チッ……オイオイ、切ラれタンなら大人シク倒レろヨナ……!」 死者も死者で意に返さない。 彼らは“死者”だ。ソレを殺すには文字通り“動かなく”するしかない。 さらにはその数も脅威なれば、一体に集中して倒して行くのは些か非効率と言える。 「なら、私が行くよ!」 故、跳び込むは旭だ。 同時。利き腕に纏わせるは炎。肩まで炎が走り、具現と成して力とする。 そのまま掴む。死者の頭部を。腕を引けば相手の全身が付いて来る様に引き寄せられ、 息を吸って、 「――は、ぁああ!」 吐いて、死者を投げた。 行く末は真横。死者の群れが集中する地点だ。着弾すれば衝撃で隙が出来る。 故に往く。隙の出来た一瞬を突く様に、炎と共に、舞う。 前に居る死者の顎を掌底で叩き、斜めにいる死者の腹に肘を撃ち込む。背後から迫る手の気配を察せば、身を屈め、右足を後方へ半円状に動かして死者の足を引っ掛ける。さすれば死者の上半身が重力に従って倒れ込むから、 左の拳を顔面に叩き込んだ。 「ぬッ――」 エヴァルドが刮目する。まずいか、と思いながら、範囲攻撃で叩きのめされている個体を見据える。 「指揮者が居ない所為かテンポが走り気味だなぁ――おい?」 そこへ追い打ち掛けるかの如く零児が来た。 傷付いた個体に狙いを定め、巨大な剣――いや、鉄塊を振りかぶり、 「死体は頑丈だったな。ならその頑丈振りを……」 一息。 「超えさせて、もらおうか!」 直上から一気に振り下ろした。 鉄塊は確実に死者の身を捉え、そのまま斬れる事無く地へと往く。直後、衝撃音。鳴り響けば、死者が地に叩きつけられる音だと誰しもが感じ取った。必殺の属性を込めたその一撃は死者の体を砕き、立ちあがらせる事の可能性すら殺したのだ。 しかし彼は油断する事無く下がる。この戦場において危険なのは“孤立”だ。回復の手段は幸いにして豊富である為、敵の集中攻撃さえ凌げば大丈夫の筈だ。勝機はある―― 「――とか考えちゃってたりするのかな?」 「……!」 そんな彼の思考を読んだかの様に、ニナが言葉を被せてくる。 「でも残念でした。死者を止めたり包囲阻止……全部は無理よ。 仮に一人で一体止めたとしても二十四体の差が……まぁ今ちょっと減ったけど、あるのよ?」 彼女の言う通りだ。後衛含めて一人一体の死体を止めた場合ですら二十四もの差がある。ブロックに念を置いた行動をしても全てを止めるのはやはり無理だ。 「諦めなさい……あぁ、元々我らの目的はそこな極東マフィアのみ。 アークの皆さんは帰られるのでしたら追ったりしませんが――」 「――下らないですね」 瞬間。死者の首が飛ぶ。 斬撃だ。電撃纏いしその一撃。行ったのは桐である。 真横に振り抜いた大剣を肩に担ぎ、言葉を繋いで、 「追わないだのなんだの……信用も出来ない上に、舐めてるんですか貴方?」 何の為に此処に来たと思っている。 遊びに来たのでは無い。楽団の狙いを、潰しに来たのだ。 「私は割と本気ですが?」 「狂人の言う事なんて知った事じゃないんですよ。それより貴方の方こそ今ここで私達に倒された方が良いんじゃないですか? 命令で死者を操る苦痛から解放する事なら出来ますよ」 その時、横から死者が迫る。故に対処した。 真横へ右脚を踏み込んで体を落とし、大剣たるまんぼう君を右斜め上に円弧の形に振る。相手の右脇腹から左肩の方向だ。フルスイングするかの如く高速で、電撃と共に駆け抜けさせれば、痙攣と共に死者が倒れて。 「フフ。いや、ケイオス様を裏切るなどとてもとても……謹んでご遠慮申し上げますよ。死者を操るのは本当に罪深く、心が痛むのですがね……」 「……何を……何を言いますか……」 狂人の返答に、カルラが反応する。 罪深い? 心が痛む? なんだそれは。どの口がそんな事を言っているのだ。 「死者を……彼らを、望まぬ闘いに刈り出して、強いているのは…… 他でも無い、貴方がやっている事ではありませんかッ」 「ええ」 自然と荒くなった語気。カルラの、心の底からの言葉だ。 しかし彼は動じないはおろか、いとも平然に言う。胸に手を当て、涙を流し、 「ですから……彼らの無念。私も大変胸が痛い……あぁなんと哀れな…… 望まぬ闘いに刈り出され、強いられ……この涙は、彼らを思っての涙ですよ……」 「――ッ!」 元より、彼女は楽団の死者冒涜に対しては許せぬ気持ちを抱いていた。彼らに安らかな眠りをと。その為に恐山の者達の力も借りようと、思って実行し、本心から説得の言葉を放ったのだ。 故に再度思う。彼らは許せないと。詠唱を紡いで癒しの息吹と具現を施せば、仲間の傷を癒して。 「やれやれ、こんな阿呆みたいなネジ吹っ飛んだ連中を束ねる奴もいるんすよね……はぁ……」 「……ん……でも今は……目の前のアホを……なんとかするべき」 マコトの言う束ねる奴とは言わずもがな、ケイオスだ。 攻撃を確実に当てる為に集中をしながら、思う。一体ケイオスとはどんな奴なのか。興味があるが……さて、実際に知るのは何時の事になるか。愉快な時では無さそうだが。 さりとて今は、エリスの言う通り目前の楽団をなんとかすべきだ。彼女もまた詠唱によって息吹を顕現させ、癒しを絶やさない。この時に相手情報もエネミースキャンで得たかったが、残念ながら無いので仕方ない。回復に集中しておこう。 「カルラにエリスの回復は……間に合いそうだな、なら俺はこっちかな!」 そして遥紀。流石に回復手の存在が多い為か、彼は回復では無く、攻撃に移った。 放つは光だ。聖なる光。意思の籠った、焼き払いの光だ。 薙いで行く。光に包まれ、死者達を焼いて。 だが。 「う、うわあああ!」 止まらない。総合的実力はともあれ、耐久力は凄まじい死者。 その大量の手が、ついに恐山フィクサードの一人を握りしめた。 ●撤退支援 捕まえた。捕まえた。捕まえた。 怨嗟の幻聴が聞こえそうだ。リミッターの外れた力で殴り、蹴り、あるいは肉を噛み千切り、死者達は往く。 回復させる暇すら与えない集中攻撃。剣を持つフィクサードの一人は瞬く間に呑み込まれ、 「そうは、させるかぁッ――!」 る、瞬間。零児が行った。 絶対に死なせないと、意思を力に、死者の群れに往く。 鉄塊の様な剣を振るい、薙いで隙間を作り、なんとか群れの中に埋もれたフィクサードを引っ張り出す。――ギリギリで、一命だけは取り留めた様だ。 「……まずい、ね。貴方達、撤退した方が良いんじゃないかな? 楽団の目的は死体だから――」 「そうしたいのは山々だが、撤退できんのだ……!」 旭の撤退提案に、恐山が言う。撤退出来ないのだと。 その原因はニナの操るAFが原因だ。一手で十メートルしか移動できない為、彼女をどうにかするか、死者の数をある程度減らさねば追撃が全て届き、果てる。本来ならば彼らとてさっさと逃げたい所なのだ。 「なら……仕方ありませんね翼の加護を使用しましょう。撤退の援護もある程度請け負います」 撤退の意思を決めているのならば、とカルラは言う。 翼の加護の使用を。敵のAFは空に対しては無意味。ならば逃げ切れる筈だと。 しかしそれは、 「有難いが……良いのか?」 恐山の完全撤退を意味していた。 元より彼らは襲撃された立場。逃げれる手があるならばさっさと逃げるに限る。ただそうすると、三倍を超える死者が残ったリベリスタに群がる事になる。死者達だけならまだ何とかなるかもしれない。が、ここにAF効果、楽団員の要素が加わると劣勢が決定付く。 単純に考えても数がいきなり半数になるのだから。 「……良いから……撤退するなら……早くして……死者が……来る……」 「……分かった。月並みな言葉だが……お前ら、死ぬなよ」 どこぞの頭おかしい某七派とはやはり違うのか、結果として他者の為に体を張る彼らの心配を一瞬だけだが、見せる恐山フィクサード。信頼や信用がなくとも、人情というのはやはりある物だ。 しかして飛ぶ。飛んで、往く。戦闘不能となった者は担いで、離脱して行く。 「……やってくれたわね。私のAFじゃ飛行を止める出力は無いし……」 「オイオイ、前に出テくンのかよ? 気デも変ワッたのカ?」 もはや全方位から襲いかかってくるレベルとなった死者達。リュミエールは超反射神経で不意撃つ様な攻撃を躱わしながら、ニナを見た。 前に、とはいっても後衛の、死者を壁にした安全圏からだが――明らかに戦闘の気配を醸し出している。何故か。理由は簡単だ。 「予定は変わりました。死体は諦めますが、アークの戦力は削らせて貰いましょう」 「……また死者を増やしたのか。趣味の悪い二重奏なんて止めてくれれば助かるんだけどね?」 後方より四体の死者を蘇らせ、指示を飛ばすエヴァルドを遥紀は視る。 即座に仲間へと注意を伝えるが、さてしかし眼前の死者すら未だ多い。 「やれやれ……死者に鞭打つとは正にこのことですね。貴方達こそ死者の列へ加わるべきでしょうに」 「さぁて、ま、こっからでもやるだけやって見ようかっす!」 桐は武器を構え、電撃を放出。マコトは己が生命力を暗黒の塊に変え、死者へと振るう。 されど三倍以上の数の差は流石に埋めがたい。圧倒的な数の差はブロックや陣形を超えて後衛から潰しに掛る余裕すらあるのだから。もはやリベリスタらはどのタイミングで撤退をするか――そういう事を考える段階であった。 恐山の者達を気にしすぎたかもしれない。彼らは味方では無いのだ。だから、ある程度の犠牲は考慮して良かった。 ただ、それ自体を是としないのであれば――これは、誇っていい。 彼らの犠牲は出なかった。 楽団らの本来の目的であった覚醒者の死体は、終ぞ手に入らなかったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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