●アークの平和の為に! 「一つ、協力してくれるな」 やぶらからぼうにそう念を押した『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)に訳の分からないリベリスタは怪訝そうな表情を浮かべるしかなかった。ラ・ル・カーナ異変も一先ずの決着を迎え、まだ一波乱ありそうながらも世界の終局は回避されたという――昨今である。少なくともリベリスタの知る範囲に危険な事件の兆候は存在していなかったのだが…… 「協力して欲しい」 「……一体何が……」 エマージェンシーコールは何度受けても、魂を震わせる響きである。 此の世の平穏を守るのがリベリスタ、果敢に神秘に挑むのがリベリスタである。その為ならば傷付いた体に鞭打つ事も確かに是非も無い。 「……それで……」 「桃子がキレた」 息を呑み、問い掛けたリベリスタは沙織に言葉に軽くコケかけた。 真剣な表情で眼鏡をクイ、と持ち上げた彼は言葉を続ける。 「いやぁ、過日――十月十三日はヤツの誕生日だったんだが、完全に忘れていた。俺も、沼の妖精さんも。何かする筈だったらしいのだが、何と。梅子の誕生日が出ていたにも関わらず、双子である事さえ忘れていた! 何の為に俺の母親と同じ誕生日だったかも分かりゃしない!」 「……おい……」 衝撃の告白(メタファー)に思わず突っ込むリベリスタ。 ふと見れば、ブリーフィングの片隅でニコニコと笑顔を浮かべる『清廉漆黒』桃子・エインズワース(nBNE000014)の額には漫画めいた青筋が浮かんでいる。何も言わない所が却って恐ろしいでは無いか! 「そういう訳で、遅ればせながら遊びに行く事を決めました。 沢山の秋を満喫する保養ツアーを組んでみる事にしました。 参加用紙はコレ、基本的に桃子を構う必要も無く、それぞれ自由でいいと思います。 ええと、沢山の参加をお待ちしております」 にこにこにこ。 擬音つきで笑う黒いのはそんな風景を唯、静かに見守っている…… |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年11月03日(土)23:24 |
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●10/13 誰に忘れられて居ようとも時間は誰にも平等である。 少なくとも此の世に生まれ落ちた人間は、その人間が定めた概念に従って一年に一度歳を取る。 「おめでとう」と声を掛けられるそれが悲喜交々の人間模様と事情によって『必ずしもおめでたくなくても』然りである。 故に例え時村沙織がその日を忘れていようとも、ひび割れの世界を統べる沼の妖精さんが『忘れない為につけた母の誕生日』をそれは見事に忘れていようとも――十月十三日は桃子・エインズワースの誕生日に違い無いのであった。 「姉ちゃんと一緒に出かけるんも初めてやね。しかも行き先がめっちゃええとことか! これは楽しまなな!」 「うむ。せっかくの機会を逃す手は無い。存分に堪能させて貰おうか」 華やかに笑う麻奈と何処か鷹揚に頷いた幸蓮。対照的な姉妹のやり取りを見れば分かる通りである。 遅ればせながら鬼の祟りを恐れた沙織と沼の妖精さんが『一応桃子の誕生日の為』と用意したイベントは或る意味毎回の事ではあるが少し大掛かりなものになったのである。時村財閥の所有する温泉保養地を舞台に定めた『第二回桃子・エインズワース聖誕祭(仮)』は彼女を純粋に祝福する者――先の御厨姉妹のように――いい機会に遠出をしようとする者、 「ゆっくりとユーヌたんと二人っきり! 個室でいちゃいちゃ! 部屋のお風呂に入るんだよ! 温泉だって言うし! ピーチさんの誕生日はもう俺済ませたしね。忘れずに避雷針したしね! 出来る男ってのは、そういう細やかな気配りを忘れないものさ。 もちろん、一番大事な愛しい恋人へもね。個室湯だけど、ちゃんと水着着るよ!ピュアな関係だし! ちゅっちゅぺろぺろしまくってるけど! ちゅっちゅぺろぺろしまくるけど!」 「はしゃいでも良いが、逆上しない程度にな? ピュアがゲシュタルト崩壊かメタファーしそうだが……まぁ、良いか。 三高平だと良くある事だな?」 露骨にテンションのおかしい竜一と頬に若干の朱色を差して牽制するユーヌのように仲睦まじいカップルも居た。 「ユーヌたん! ちゅっちゅ!」 「……洗いっこするのか。恥ずかしいな? 竜一、人前でべたべたするのはどうかと思うぞ?」 その時が既に待ち遠しいとばかりの彼のテンションを露骨に上げたのが彼女が用意した『スクール水着』である事は語るまでも無いのだが、頭の回転が早い割にはいまいち竜一の機微に気を留めないユーヌは無感情では無いにせよ、中々超然としたものである。 つまる所、安穏と過ごせる時間は誰にも貴重という事なのであろう。 「どんどんぱふぱふー! 三人だけの! じゃんけんたいかーい! 哀しくなんてないんだぞ!」 「わー! ぱちぱち! わーわーきゃーきゃー! 三人っすよ? 一人じゃないんすよ? こんなに嬉しいことはないっすね!」 「ひゅーひゅーわーわーわー! ……ところで、何でじゃんけんなのかしら?」 やたら盛り上がる五月(めい)とフラウに思わず問い掛けたのは糾華である。 「やる事が、きまってなかった……」 「アレ? 今、ちょっと温度差を感じたっすよ。くっ、コレが格差社会ってヤツっすか! 何て時代だ!」 「あ、うん、じゃんけんね。じゃんけんは楽しいわ。寂しい訳ないし、じゃんけん勝つわよえいえいおー!」 自身の言葉に悲しそうに呟く五月とフラウを見た糾華はヤケクソ気味に場を無理矢理盛り上げた。 彼女の人生に於いて、こういう無理なテンションは得手では無い。 「……ハハッ……」 小さく自嘲交じりに笑う少女の口元は少し歪んでいた。 ともあれ集まったのは『プレイングに惑う』暇人ばかりでは無いが、時間は作れば作れるものである。桃子の人望なのか、沙織の切なる願いが届いたのかは微妙な所だが『アークご一行様』は今回も中々の大所帯を集めたという訳であった。 何せ、しなければならない事が無い。 休日とは義務が無いから休日で、故に得難いものなのである。 戦いと戦いの幕間に現れた一時の時間は傷付いた羽を休める止まり木になるものだから。 ●テニスの御曹司様 食欲の秋、芸術の秋、読書の秋にスポーツの秋。 秋という季節は殊更に欲張りにあれやこれやに触手を伸ばすものである。 大抵のリベリスタは体を動かす事が得意な事もあって沙織に誘われた何人かはかくてテニスコートに集まったという訳である。 「秋ってのは運動するにピッタリだし。折角だしな……そう何度もやった経験はないけど」 「私は姉さんとよくやったりしました。訓練にもなりますしね」 和気藹々とコートでやり取りをするのは猛とリセリアの二人である。 ちらりと他所へ視線をずらしたリセリアは小さく「技術と経験では時村室長には及びそうもありませんが」と小さく付け足した。 「まぁ、フィジカル考えたらお前等とやり合うのはかなり骨が折れそうだけどよ?」 成る程、自前のウェアを着込んだ沙織は言葉とは裏腹に十分なやる気を見せていた。 「今回は沙織さんにテニスを教えて貰おうかと思うのです!」 「優しく? 厳しく?」 「細かいルールとかもあまり知らないので、その辺から教えて貰えると嬉しいのですが……そ、その、御免なさい」 「オーケー、任せとけ」 借り物のラケットをそれらしく構えて見せたミリィに沙織は二つ返事で頷いた。 射程外(じゅういっさい)とは言え得手を少女に頼られるのも満更では無いといった風。 「……ま、あっちはあっちで任せといてこっちはこっちで真剣勝負だ」 「ええ、負けませんよ」 軽く健闘を誓い合ってコートに足を踏み入れる猛とリセリアが何だかんだでいい雰囲気を醸している。 「テニスはやったことありませんけれど、ラケットで打ち返せばいいのですよね それなら私にもできそうですし、良い運動になりそうです――いざ! って、ああああ!?」 「もう少し落ち着いてラケットの正面でボールを捉えるようにすればこの通り、そう難しくはありませんからな」 打つ球打つ球ホームラン、慣れた調子で大和の長打力に歯止めをかけるのは颯爽と現れたセバスチャンその人であった。 「む、せめてホームランしない程度には上達しましょう」 「その意気ですぞ」 常日頃は凛としたその表情を歳相応の少女らしいものにした大和にセバスチャンが微笑んだ。 一方で、律儀にピーチカップするのは舞姫と京子の芸人コンビ【マッド熱海デストロイマックス the サンダードーム】…… 「京子……わたしたち、どこで互いの道を違えてしまったのかしら? ……いえ、いまさら無意味な感傷ね」 「サンダードーム? まあいつもの如く戦場ヶ原先輩に巻き込まれている私ですが。 ルール無用、能力有りフェイト使用可、HPが0になるまで戦うとか言う殺人テニスらしいです。 今日の私は邪悪ロリ。手加減無用の遠慮無用、私の手の上でじっくり料理してあげる」 ラケットで人を指す(※マナーが良くありません)京子と涼しくそれを受け流す京子である。 「あー、お前等今日も何か……」 「違うんです! 沙織さん! これは舞姫が!」 「先輩を呼び捨て!? ちょっとこのネタ気に入ってるでしょう!?」 まーね。幾度目かお約束のやり取りを繰り広げた後、京子は若干頬を染めて早口で言った。 「軽くあしらってきますからちょっと待ってて下さいね!」 「扱い酷ッ!?」 まさにリベリスタによるリベリスタの為のリベリスタ的人外バトル―― 「二、三分もすれば戦場ヶ原先輩疲れるので、そこから鬼人、氷雨テニス!」 「最後まで立っていた方が勝者! ルールなど、それ以外には存在しない! 信念と魂を賭けて……京子ぉぉおおお! 貴様を倒すッ!!!」 ――テニスとは名ばかりで影人が踊り(一人ダブルス)、アルシャンサーブが相手プレイヤーを直接狙う物理的破壊の有様と叫びと悲鳴とその他諸々、ツンデレはにゃーんと喋らなければ美少女なのに舞姫が可愛すぎて生きるのが辛いが死線の上でマイムマイム。 「おっと、この俺も忘れて貰っちゃ困るぜ!」 「貴方は!」 「俺の名は斜堂影継! 桃子様に勝利を捧げる者!」 影継も桃子の誕生日を忘れ去っていた事実は余談であるが…… ルールも何もあったもんじゃなく乱入した影継(元・老け顔中学生)に何故か舞姫が嬉しそうに盛り上がっている。 「ラケットのガットは縦横二本だけとする。つまりガットが生み出す力は通常の十八倍になるのだ!」 「何と!」 「フフフ……シャドウジェノサイダー、デッドエンド・シュート!」 「運命のラブゲームが炸裂したー! お前のフェイトはここには無い!」 フェンスに磔になった舞姫とか滅びた影継とか心を閉ざした京子とか何故か解説し出した初心者ミリィとか…… 微妙に参加人数的に企画倒れの香りを醸すピーチカップのその辺は激しく他所に置いといて。 「『第一回ピーチカップ』ってなぁ……いや、俺はパスだな。気ままに遊びたいとこだしさ。 向こうは向こうで盛り上がっていけばいいんじゃないかなぁって!」 翔太の結論は全く――全くもって賢明そのものであった。 されど、その相方は――優希は往々にして熱血をする係である。 「今日は鍛錬を兼ねて、倒れるまでテニスをやるとするぞ! さあ翔太、受けてみろ! 俺の痛恨の一撃を!」 大雪崩の如く必殺のサーブで先制攻撃、アバランチ・ショットに一切の遠慮も容赦も無い。 「隙を見せれば即ち……死あるのみ!」 「テニスだろ! これ!」 ピーチカップであろうとなかろうとコイツ等の結論は大差無かった。(完) 一部騒がしい連中の自己主張の強すぎるテニス的な何かは兎も角、コートでは割とまともにテニスを楽しむ連中の姿もある。 「スポーツマンらしくテニスに参加! こういう爽やかなのもいいものだよね!」 「そうですね。意外と上手……というか飲み込みが早いですね」 「まぁね。競技は別だけど、これでも一応部活頑張ってた方だしね」 和泉と緩いラリーをする快の動きは彼女の言葉通りすぐにそれらしく様になり始めていた。 楽しくテニスに興じるのは大学生らしい風景と言えば風景だろうか。 「結構やるじゃん」 そんな二人の様を見て――快に声を掛けたのは沙織だった。 「こっちに付き合えよ。ダブルスやるから」 「胸を借りて打ち合おうとは思ってましたけどね……」 「男女ダブルス。美人と組めてラッキーだろ?」 そんな彼をやる気にさせるのがまさにコートに咲く二輪の花なのは言うまでも無い。 「夏の南国リゾートに、秋の豪華保養施設……じゃあ、室長の誕生日は冬のゲレンデなんて良いかも知れないわね」 「室長はこういう格好の方が好みかしら?」と茶目っ気たっぷりに微笑んだミュゼーヌはさながらコートに咲く白い百合。 「勿論」と答えた沙織は、 「冬か。じゃあ、首尾良く勝てたら考えよう」 と、コートの対面に視線をやる。そこには素晴らしく長い手足がテニスウェアに映える彩花が立っていた。 黒髪、ロング、体重は大体三桁、メイドは不在。完璧なお嬢様の姿はまるで大輪の赤い薔薇。 「褒めてくれたような……でも若干余計なナレーションが聞こえた気がしますけれども!」 そんな事は気のせいで、兎に角今日の彩花は何処からどう見てもラケットの構えが様になるお嬢様そのものであった。 その太股が秋の日に眩しい。ミニスカートから覗く白いアンスコが最高だ。おら、もっと動け! 風よ吹け! 「不必要な程に気持の篭った無駄な描写が多くありませんか!」 そんな事は気のせいで兎に角、対面には彩花が居た。 「室長のようにインターハイで活躍する事はありませんでしたが……此方も中学頃まではテニスはそれなりに」 本気を出せば何処ぞのテニス漫画のようになりかねないのは言わずと知れた事実である。 自重した結果、大会に出る事は無かったが……元来が直情的な彼女の場合『勝負』ともなれば燃える事は燃えるのだろう。 彼女が言わんとする所はつまり―― 「言っておきますが『負けません』よ」 「――いい度胸だ」 テニスは専門的な技術が要求される競技で、力任せのスポーツでも無い。 何せ相当に経験者とそうでない人間の技量に差が出る種目なのは確かである。 しかし、彩花は経験者。単純技量の上下は兎も角、そのフィジカル差は明白である。 それでも愛用のラケットのガットの――そのテンションを確かめて、素振りをする姿は『負けて元々』には到底見えない。 彼の強烈な自我と強烈な自負心はやはりこういう勝負事には大いに発揮されるのだろうか。 何にせよ『石の上にも二年弱』、折を見て随分頑張った結果のデートと言えばデートなのである。「勝ったら次ね」と言われれば全く満更でもないとは言わない彩花も「勝てたら構いませんよ」と答えたものだ。負ける心算は無かったが。 「……パートナーの責任重大ね。皆が一番いいのはどうする事なのかしら」 「折角モニカが居ないんだぞ」 肩を竦めたミュゼーヌに嘯いた沙織が応える。 「……………責任重大だ!」 「ええ、責任重大です。それもかなり。大御堂重工の未来に関わるかも知れません」 「プレッシャー掛けないでよ!?」 容赦無い彩花の言葉(じょうだん)に快が悲鳴じみた声を上げた。 「では、勝負。the best of one set 時村 to serve play」 何時の間にか審判台に登っていたセバスチャンが大柄な体を窮屈そうにして一声を発する。 「ラブオール、んじゃ――行くぜっ!」 慣れたトスでボールが浮く。長身が伸び上がり、最高点でボールを激しくインパクトする。 唸る打球は結構なスピードがある割にスライスする。それは初心者を狙う本人の性格同様にかなり捻くれた癖球である。 「ったく、いい性格してるよな!」 信じ難い事に持ち前の運動神経で辛うじて返した快だったが、正面に上がった中途半端なロブを見逃す元・全国区は居ないのだ。 「――おらよ!」 「……ッ……!」 叩きつけられたスマッシュは流石の彩花の反射をもっても拾い切れる速度では無かった。 「沙織の世界」 極めて、ドヤ顔。 「……今、ハッキリと確信したわ。それ言いたかっただけでしょう、この企画」 「この……どれだけ本気なんですか、室長は」 ……この大人げの無さにミュゼーヌも彩花も苦笑いを浮かべる他は無い。 いやぁ、ずーっとやろうと思っててさー。 「さおりんの世界! 何処ですか!? あたしの世界! さおりん、かっこいいのです!」 ……何故か通りがかったそあらさんは何故か妙に興奮していたけれど。 「あー、あの通りですよ。桃子様」 「あのエロ眼鏡……」 「まさか、あの紳士な室長がお嬢様みたいな量産型萌えキャラとテニスデートに興じていたりするわけがありませんよね? 何か物凄く熱心にテニスしてやがりますが、きっと忘れていませんよ。もし忘れていたらどうしてやりましょうかね。 相談には乗りますよ。任せておいて下さい、桃子様。大御堂の可愛い方。キュートでデストロイドなメイドです。モニカです」 後、要らん火種は何かギャラリー席の方に遅れて登場しやがっていましたけれど。 ●誕生パーティ! 「桃子・エインズワース閣下! ハッピーバースデイ、桃子様~♪」 歌い出したエーデルワイスがここが私の生きる場、死ぬ場と最高潮にテンションを上げているのは予想通りの状況である。 「ももこちゃーん十九歳のたんじょーびおめでとー♪」 このメイ等は社交事例を果たすなり、その興味は用意された御馳走の方に移ってはいたのだが…… 「これ、美味しいよー?」 「あら、本当」 ……やはり、何だかんだと付き合ってやるアークの連中の気は良い。 「うむ。桃子、ハッピーバーステーなのだ。 アリアも桃子のように、みんなに好かれ親しまれるリベリスタとして頑張っていくのだ 桃子は回復だけでなく素晴らしい物理的攻撃力もあると聞く。 覇界闘士のアリアとしてはそれはとても興味深い話で、目指したいところなのだ。これからもどうぞよろしくだぞ」 「誕生日は過ぎているが、貴様が生まれたことに感謝をするのはいつでも構わないだろう。 名乗るのが遅れた。天才神葬陸駆。IQは53万のアークの新人だ。古株には負けない働きを見せてやろう。 貴様のスキルは素晴らしいと聞く。どうかよろしくしてやろう」 「はいはい。宜しくどうも」 アリアと陸駆がサラっと言った些か問題のありそうな事実にも構わず、ニコニコと笑う桃子である。 アリアのダウジングが選び出した『桃子の為のケーキ』は意外にも効果的だったのかも知れない。 「桃子様の為に芸を、誰か芸を!」 エーデルワイスのテンパり方はそれはもう大層なものであった。 「はいはい! 私、マンネリ気味だから新芸を編み出したよ! ブレラヴァ+念写で何時でもお兄ちゃん(妄想)を投影だよ! 例えここにお兄ちゃんが居なくても! ラブラブ★ツーショットも思いのまま! 壁一面に愛だよ、愛! 例えここにお兄ちゃんが居なくても! あの女と二人で洗いっこ! とかほざいていても! ……例え、こんな時だからって死ぬほどいちゃいちゃしていても……ギリッ……」 エーデルワイスの号令に応えた虎美の目のハイライトが言葉の途中から暗さを帯びる。 「……そうだね、悪いお兄ちゃんは後でお仕置きする事にして……誕生日おめでとー! これプレゼントの帽子!」 虎美のアップダウンにニコニコした桃子はむしろ『ノーピーチ運動』を推進する竜一の運命が楽しそうである。 「誕生日おめでとう、桃子さん。また一歩大人の階段登りましたね このまま成長を続けて、大人になった桃子さんは、きっと美人さんでしょうね。 成長が止まってる身としては、ちょっと羨ましいです」 「なゆなゆは永遠に可愛いじゃないですか!」 「実はダークナイトの転職したのです」 「邪悪ロリ可愛い!」 何気に頬を染めている珍粘の事をきちんと那由他で呼んであげるのは桃子が姉で培った気遣いと言えるのだろう。 尤も彼女はその最愛の姉の事を『梅子』と呼んでやる事に最高の喜びを見出すタイプではあるのだが。 「あ。ドモ、初めまして。新人リベリスタの姫柳蒼司郎と言いマス。この度はお誕生日オメデトウゴザイマス。 楽しんでマス? ここの料理美味しいですよね? あ、何なら肩でも揉みましょうか?」 「色々な人に祝って貰えて嬉しいのです」 「直接言葉を交わすのは初めてですね。 エインズワースさん、御誕生日おめでとう御座います。 失礼ながら、お幾つに?」 「今年で十九になったのです」 「まあ、同い年。ふふ、何だか嬉しくなってしまうわ。どうか仲良くして下さいませね」 「勿論、仲良くするですよ。桃子・エインズワースです。どうか宜しくお願いしますね!」 蒼司郎やゆきに応える桃子の機嫌は決して悪くないように見えた。 二人共初めて桃子と話をしたのだが、恐らくはそうして気に掛けて貰える事自体を喜んでいるのだろうと想像はつく。 傍若無人な割には案外構って欲しがりだったりもするのかも知れない――というその感想が素直に当てはまるタマかどうかは分からなかったが。 「でも、沙織もだめよねぇ。桃子の誕生日を忘れるだなんて。 まあ良いですわ、わたくしたちで盛大に祝いましょう。 久しぶりに、誕生日ケーキを焼いてみたのよ。桃は白桃のシロップ漬けだけど、そこはまぁ――許してね」 「……私は薄幸の美少女なのでした。でもティアリアさんは好きなのです」 「あらあらまあまあ」 わざとらしく嘘泣きをして胸元に抱きついてくる桃子にティアリアは結構満更でも無いらしい。 一応この二人種別はノーマルという部類に位置するんだとは思うんですが、たまにどうなんだろうと思うのは同類故の一緒である。 「ふむ、奇遇だな。実は私も桃のケーキを作ってみたのだよ」 「!」 細い顎に白い指を当ててそう言った彩音に桃子が顔を上げた。 「甘いものは別腹でももこさん沢山食べたいのです」 「それは良かった」 女の子特有のブラックホールは普段魔王然とした桃子でも変わらないらしい。 「折角の誕生日だ。ゆるりと楽しめれば何より。私も君に一度色々な話を聞きたいと思っていてね。 無理強いする心算は無いけれど、もし気が向くなら愚痴でも姉上の梅子君に関わる事でも……聞かせてくれないか?」 彩音と桃子は親しい訳では無かったが、どんな関係にも必ず『始まり』の時はあるものである。 少しきょとんとした桃子ではあったが、やがて彼女は機嫌よく饒舌にあれやこれやを話しだした。 「彼女を見捨てて逃げる! 誰が為の正義か新城拓真!」 中には耳が痛くなる――聞かなかった振りをしたくなる情報も混ざっていたが閑話休題。 「誕生日を忘れられていた……まあ、時期が時期だった、と言えばあれなのだろうが……」 「流石の室長も、桃子さんには頭が上がらないようで」 リベリスタ達に祝福を受けて上機嫌の桃子を――流れ弾で自身を強襲した桃子を眺めて肩を竦めた拓真に悠月がくすりと笑う。 「……上がらないのは室長だけではありませんか?」 「俺が悠月を見捨てて逃げる等」 「分かってます。一応は」 「一応とか言うの辞めよう。何だか俺、玩具にされてる気がするよ?」 気のせいだってばさ。な、正義の座! 呑んで歌って騒げれば良し……という核心的事実は兎も角として、『一応名目上は』桃子の誕生パーティとして開かれた宴会に顔を出したリベリスタ達はそれなりの時間を過ごしている。 「桃子さんの……記念すべき……誕生日会……だから……楽しそうで……良かった……」 アンテナのようなアホ毛がぴこぴこと揺れている。 エリスがデジカメのレンズ越しに見つめる風景は全く平和そのものといった落ち着きを持ったままだった。 桃子が関わった事例には珍しく、でもそれはこれからやって来る嵐の前の静けさである。 何故、ここにトラブルメイカーっぽい何人かが顔を見せていないのか。それは―― 「温泉気持ちよかったですね……ちょっと騒がしかったですが」 「いやー。温泉気持ちよかったでござるな……覗いてないでござるよ。念のため!」 「え、私何も聞いてませんが、まさか本当に――」 「――リンシード殿は浴衣も似合うでござるな。髪もしんなりしていて大人の女性って感じがするでござるよ!」 「あ、今、誤魔化しました……急に褒めても、何もでませんからねっ…顔が赤いのは湯上りだからです……!」 腕鍛の言葉に視線を逸らしたリンシードが気まずさを誤魔化すように「私がお酌してあげます……お酒、とってきます」と席を立ちかけ、見事にすっころんで帯と浴衣が引かれて解ける。見れば彼女の浴衣と帯は腕鍛の座ったその下に挟まれていた。故意では無いが炸裂したラッキースケベに顔を真っ赤にしたリンシードはばっかんがっすん酒瓶で彼を殴打する。 「今は隠すことを優先して! お願い! 痛い! 瓶はやめようでござる!」 「おー、お前等楽しそうだな。仲良いな」 微笑ましい(?)流血風景を沙織が茶化した。 そして今のやり取りにはこの場が比較的平和な理由の大いなるヒントが隠されていた。 御厨夏栖斗というサンドバック(※桃子談)が芋虫のように座敷に転がっていない理由がそこにはあった。 童貞臭……じゃなかった、青春に命を燃やす一部青少年達が『温泉』なる場所で何をするか等、嗚呼、火を見るより明らかだ。 男湯? 何が楽しいんだ。混浴? 女子供の軟弱だね。 温泉は―― ●女湯は覗くものだ。 ……と、誰が言ったか言わないかは知らないが。 この保養地の最大の魅力はやはり温泉である。 「湯船に紅葉がひらり、なんてふーりゅーだよねぇ」 はぁ、と息を吐く旭は全くこの一時を満喫していた。 「ふい、きもちー……しみるうー……」 少女らしからぬ声と言えばその通りなのだが例え『おっさんくさい』という謗りを受けようとも気持ちのいいものは気持ちがいいのだ。美人の湯等とも称されるアルカリ性単純泉の泉質は素晴らしく、神経痛、筋肉痛、肩こり、腰痛、関節痛、疲労・ストレス回復等その効能は折り紙つきなのである。 「マンチとか言われても構いません、俺の中のイギリス貴族の血が騎士道精神に則ってリスクマネジメントしろというので従います」 気の利いた事を言う守夜。 「あ、そだ。良かったらお背中ながしましょーかー?」 「マンチっていいですね!」 「醍醐味醍醐味! 楽しまなくちゃ勿体無いもんねぇ」 彼は俄かに自分に向いた旭の言葉にに思わず行動(マンチ)の評価を向上させた。 ここは混浴。別に男湯と女湯もあるが、何れにせよ貸切の温泉は多くのリベリスタの第一の目当てとなっていた。 「欧州の温泉施設じゃ混浴は別に珍しくないからね。混浴に特に抵抗もないし、まぁ眼福程度は思うけどね」 クルトは実に冷静なものだったが―― まぁ、まずは夢とロマンの混浴だ。混浴とは何ともエロい響きではないか。 「日本には混浴風呂なんてのも面白そうだし試してみるのもいいわよね」 その通りです。セシルさん。 三次元ならば往々にして全く当たりくじの抜き取られている悪徳駄菓子屋のくじに期待するようなものであるが、夢と希望の二次元は俺も歩けば美少女に当たるのだから全くもってパライソである。 「初心な青少年達の目の毒にならないようにね。私だってそこまで節操が無いわけじゃないわ。 この肌を売り物にするのはそういうお仕事の時だけよ。 あぁ、買いたいのであれば後で私の部屋に(省略されました……続きを読みたい場合はココをクリックしてください)」 水着とかいう邪道は取り敢えず全年齢の建前上、許容してやるとして……時にお幾ら万円でしょうか? 仏蘭西のおねいさん。 「はい! そこまで! 皆、注目!」 おのれ、ミカサめ! 「舞台は混浴。新人を連れて出陣だよ。 温泉ワニの鉄則は分かってると思うけど、一年ぶりだし説明するね。 足をピンと伸ばし両腕だけで縁に掴まって回遊する。それがワニごっこです。それだけです。 およがない。 はしゃがない。 しずまない。 ……ルールを守って立派な温泉ワニになりましょう」 ……相も変わらず温泉に来たらやる事は変わらないらしい彼は居並ぶ良い子達に訓示をしている。 ワニごっこなる行為は大浴場で良く子供がやっているアレであろう。童心を忘れない彼は中々どうしてノスタルジーを愛する男である。 「わにごっこ! 任せて。まこ、わに大好きだもん! ちゃんとわにごっこの三原則(お・は・し)も守って! 女のコらしく、それから、迷惑かけないよーに……なにより楽しくだねっ!」 「うん、五十嵐さんはいい子だからね」 真独楽は確かに掛け値なくいい子である。三高平名誉少女二号である。 「うん、こんなのもたまにはいいかも知れないわ。 のんびりわにわに。わにわにを観測、実況で満喫よ。ねぇ、ランディ。ゆっくりしましょうね」 「や、俺はワニごっことか知らねぇんだがニニがいいならさ。まぁ……」 いい子と呼ぶには若干歳がいっているがニニギアも善良である。 彼女の紫色のビキニと案外ナイスなプロポーションを見せたくないランディが鬼の形相で周囲に殺気を飛ばしているのは事実だが、まぁ彼もニニギアが居る限りは制御の範囲だ。辛うじて良い子の部類としてもいいだろう。野蛮だけど。 「ん、お主等は何しとるんじゃ? ……ワニごっこ? よく分からんが楽しそうじゃし、わらわも混ぜろなのじゃー!」 歳がいっていると言えば全くもって年甲斐も無く、最近彼氏が出来て有頂天! なレイラインもまぁ良い子である。 純情過ぎる位純情で、還暦なのにダブルピース。これ以上無く苛めやすいその姿等はやみも喜ぶレイラインだから良い子である。 この子、本当に弄りやすいよね。しかも乳でっかいし。 「にゃー!?」 「何か男湯が異様な雰囲気だったのと、オレの直感があっちに入ると何かに巻き込まれるってさ! レッドシグナルを発していた気がしたから回れ右☆ ワニごっこ仲間にいれて~☆」 終も勘が鋭いだけで、むしろその勘を働かせてここに辿り着いたなら良い子でいいだろう。 遊ぶ時は遊ぶ彼だが、マジな時は結構マジでシリアスである。とっても友達想いで仲間想いな事を他ならぬやみは知っている。 が、まぁ……この辺までは良いとしても。 「ふっ……潜入に成功したぞ! さすが俺、どこからどう見てもわにわにぱにっく! このまま鼻先だけを水面に出して静かに温泉を楽しむぜ……ぶくぶくぶくぶく……」 性別不明でこんなシーン、扱いに困る事この上ない(懲りない)狄龍だの、 「そこの新人! ミカサ隊長のいうことを聞くのですぅ! 暴れる人にはプリンセス☆ピンポイントで黄金に輝くボールが大変になるのですよ!」 「混浴で新人ワニだよーがおー。あ、バックハウスちゃんがいる~。後で追っかけ回そっと!」 「そうしてどうなるのですかぁ! きぃ!」 何か無闇やたらにお姫様としては言ってはいけないしてはいけない行為言動に今日も今日とて余念が無い好戦的なロッテと、彼女を秒殺する温泉で和み殺人鬼――ロッテキラーの葬識だの、 「……およがない、はしゃがない、しずまない。つまり、はしっていいんだな。 俺にはこのワニごっこ歴史上随一のガチ尻尾がある。 こいつで絶妙な反動、安定感、そして胆力を生み出してやる。そして、ワニごっこ最速を達成する! それが神速というもの! いついかなる時でも、一点を貫く! 俺は何時だって司馬鷲祐、よしいくぞ温泉。トップスピード、青い雷光が温泉(きみ)を攻める!」 ほぼ全てにツッコミ所が存在するSIVA(25)だの悪い子も結構な割合で混ざっている。 「ギャーギャギャギャギャー!」 ……ほぼ人類辞めて人間を食料と認識している節があるリアルワニことリザードマンに到っては何かを言うのも無駄だろコレ。 「暴れるワニは粛清。これも……俺の役目だよ。具体的に言うと股間にツインストライクだよ」 ……ミカサの仕事は今年も結構多そうである。 混浴を選んだ人間はそれぞれの事情ながら結構多い。 「私は性別を伏せてる身ですので混浴でも無いと誰かと一緒には入れないのですよ。 だから卜部さんを誘って来た……んですが」 うさぎは自身が言う通り『ここに来るべくして来た一人』である。 そこに他意は無く、そうする他は無いから来た一人である。 「んですが」 んですが。 「よもやそこに白黒小僧が居て卜部さんの胸を揉んだり、裁谷さんに飛び抱き付きされたり、ロリ達に纏わりつかれたり! 押し競饅頭状態で柔らかい肌にモミクチャされて取り合われたりするとはこのうさぎの目を持ってしても見抜けなんだわ!」 「人聞きが悪い! 誰がそんな破廉恥な事をしとるか! つーかこっち来んな!」 とか何とか言いつつ、自身も率先して抗議の声を上げる風斗に仕掛けているうさぎである。 「押し競饅頭押されて泣くな、ですか。泣きたいのはこっちですよ軽薄!」 「離れろ!」 「私だけ不要という事ですか」 「微妙に傷付いた顔すんな、無表情の癖に!」 風斗を取り巻く状況は全くもって何時もの通りであった。 「あ……え……く、楠かみぃっ……」 「流石時村財閥。ぐれーどが違うの……」とのんびり温泉を満喫出来たのはほんの僅かな時間。偶然に衝突した風斗の暴挙たるや、これを何と表現していいのか! 涙目になっている冬路のその実に豊かな乳に手が『ぽよよん♪』としたのは事実である。 「ん? 楠神さん? ほう、ほほう。ふふふ、これは面白くなってきましたよ! れっつごー邪悪ロリ! あ、そーれ。おにいちゃーん(はぁと)」 「こら、くっつくな……!」 「ちょっと風斗お兄さん! 不健全なのはいけないと思います!」 腰に手を当てた美伊奈が風斗と飛びついたエリエリ(邪悪ロリ)を指差して詰め寄っている。 しかし、やおら何かを想像したらしく、 「言い訳しないで下さい! んもう……お兄さんたら……女の人の身体にそんな……そんな…… ……折角だし一緒に……ええとあの、お背中流します? 私、体洗って上げるの、得意なんですよ?」 表現は無意味やたらにエロくなる。十一歳の少女には何ら他意はない。 「うわー……楠神・ザ・ラッキースケベの兄やんかー…… あの人まあいいひとだとは思うけど、金持ってねェしなァ。それなのにあの狼藉とは、コイツはメチャ許せんよなー!」 「エリはとても楽しそうですね。 ミスター十股……トオマタノオロチ=クズカミアウト…… いえいえ……これも旅の思い出として……撮っておこうかと…… 私めのことは通りすがりのスピルバーグとでも思って……おきになさらず……」 いたいけな孤児院の少女、何だかんだで口は悪いが風斗はそう嫌いでないタヱの言葉と不思議ちゃんぶりを見事に発揮した梨音の淡々としたその記録は憎き楠神風斗を叫ばせるには十分だった。つーか滅びろや! 「何の話だ! どんな展開だ――ッ!?」 「I、私は『興味』を理解しました。 日常生活データ取得のため自らの興味の元、温泉について学習します 協力をお願いします、『デュランダル』楠神風斗」 「協力はする! そもそもお前が興味を持ってから俺は温泉に……!」 「男女が同時に入るのは混浴。学習しました。水着を着用。学習しました。 まず身体を洗う。了解しました。ですが、水着は体表面の老廃物・汚れを洗浄するのに障害となります。脱衣します」 「おい、こら脱ぐな!!!」 「異性の前では裸はだめ?理由の入力をそういうもの? それでは分かりません。 もう一度回答を『デュランダル』。こちらを向いて下さい、聞き取れません。『デュランダル』……」 「同志イドよ。うむ、好奇心旺盛なことだ。愛いやつめ! って、こらー!? また貴様は何の躊躇いも恥じらいもなく脱ぎ出しよって! 申し訳ありません同志楠神、やはりまだ教育が足りないようで……」 イドを隠す心算で跳ねるベルカの胸が盛大に上下に揺れている。 「何だか良く分かりませんが……うおっ!?」 当然のように滑ってコケて巻き込まれ、結局彼女も参加している。 まさに四方八方から展開する息もつかせぬ疾風怒濤のラッキースケベにハーレム展開。 何か選ばれ方を間違ってしまった少年はぎゃーぎゃーと叫びながら周囲の無関係な人々から割と殺気じみた視線を集めている。 その最も強烈な感情の持ち主が天にまします我等が神(笑)なのは言うまでもない。 「心頭滅却すれば混浴もただの風呂!」 ハッ! 囀るなよ、未熟の塊! 「公平を保てよ!」 Very Hardに来てもいいんだよ、風斗クン。対戦相手はウィルモフさんとかでいいかな? 「もふ……」 グダグダだからね! ミカサ君は呼んでないからね! (何だかちょっとだけ腹が立ってきましたよ……?) 理由は知らねーが何処か複雑なのはうさぎである。 「……よし、チクろう」 ――閑話休題ッ! (自分は――チャンスは運でなく全力で挑み攻め初めて掴めると学んだ――) ハーレム野郎の似非純情はさて置いて、本当に純情一途な奴も居る。 ここぞとばかりにコケティッシュを気取るクラリスはガチガチの亘を眺めて「くすり」と軽い笑みを浮かべていた。 「折角誘って下さったのですから、もっと楽しんで頂きたいものですわあ!」 「は、はい。それは勿論!」 下心無い訳も無く誘って上手くいくかも分からなかった亘である。 拍子抜けする位に簡単にオーケーが出てしまえばそれはそれで覚悟が足りなかった面もある。 (でも、自分は……夏の一時と異世界の死線を越えて日常に戻った時。 貴方と共に過ごす一時を間違いなく何よりも――望んだのです) 言葉にすれば語るに落ちる。お喋り過ぎれば玉に瑕である。 黒いセパレートの水着を着た『お嬢様』の姿が楽しそうな事に目を細め、亘は全身の力を抜いてこの時に身を委ねるのだ。 「うおおおおおおおおお! らいよん! 拙者……今まで生きててよかったでござる……」 「混浴程度で何を興奮しているのだこの馬鹿は」 おいおいと感涙する父に何とも言えない表情をして溜息を吐いたのは雷音だった。 「……お前は、ウェットスーツか。せっかくいいお湯なのに」 白いセパレートの水着を着る雷音と違って男である虎鐵がそれを着なければいけない理由は本来は無い。 自身の背中にそっと触れた雷音の感触に虎鐵は一瞬だけ「らららら雷音!?」と情けない声を上げたが、 「すまないでござる雷音。でも拙者はどうしても見せられないのでござる。この背中は畏怖の象徴であるがゆえ」 打って変わって少し寂しげな調子で言う。 「分かっているのだ。分かっている」 互いが互いに依存する二人は相手が自分を拒絶する事を何より恐れている。 それを知っているから雷音は虎鐵の気持ちも痛い程に良く分かるのだ。 「何時か雷音が大人になったら……」 「わかった」 それまでは優しい時間(モラトリアム)に包まれながら。 どんな時も仲の良い――良く見る顔は幾つもある。 「室内にもお風呂はあったかもしれませんが、寒い時は温泉なのデス! それに貴樹と来れる機会は滅多にないデスしね!」 ネアカな所を存分に発揮して屈託なく何気に混ざっている元・首相の背中を流しているのはシュエシアである。 「ところで、その……に、日本の温泉って入る時に作法とかあるのデスか? あっ、出た後は牛乳を腰に手をあてて飲むのは知ってるデスよ! 基礎知識デスから!」 「どちらかというとそれは銭湯のルールな気もしないでもないがな」 飄々とした貴樹は顎に手を当て「ふむ」と真面目な思案顔をしている。 「いつも依頼、お疲れ様ー……♪ はい、乾杯っ」 「おう、なんかこれ前もやったような気がするな!」 お盆に冷たいお茶を用意して湯治する俊介に甲斐甲斐しく世話を焼くのは羽音である。 「いててて……」 「……大丈夫?」 「最近、ちょっと仕事で無理し過ぎたかもな」 「どこか、凝ってない? マッサージ、してあげるっ」 「え、マジ?」 俊介が想像したのはやや口にするのが憚られるような類の内容である。 が、小首を傾げた羽音はニコニコとしたまま「うん、勿論」と頷くばかり。 「ふー……それにしても温泉の温もりがありがたい季節になってきたな」 「ああ……」 「しかし龍治が風邪を引くのって珍しい……このところ異世界だ何だと忙しかったからかなぁ」 傍らの木蓮に僅かに視線を泳がせた龍治は小さく咳払いをした。 『かなり年下』の恋人に弱味を見せるのは少し気恥ずかしい所はあったのだ。 治り掛けの養生に、と誘われた今回ではあるが…… 「……もう少しこちらに寄れ」 「ん。分かった」 素直に頷いて肩に頭を預けてくる木蓮に「うむ」と頷いた龍治はそれ以上何を言える筈も無い。 「……は~、何となく死んでるけど生き返るぜ……」 アレとかソレな風景は見ない事にして、血の涙は心の中だけで流す事にして湯船に浸かる守夜はしみじみと息を吐き出した。 混浴はアレでソレでコレだった。かなりの割合がワニごっことハーレム()で構成されている。 だが、これでもまだ平和な方……というのがリベリスタ達の底力。 この時響く爆発音。空気を揺るがす騒乱の気配。 「覗きってのもロマンだとは思うが、今回はリスク高すぎじゃねぇかなぁ……南~無~」 全く他人事といった風に寛ぐ隆明が呟いた。 お湯に盆を浮かべて手酌で日本酒を呑む。美人が肴なら全く不満は何処にも無い。 「合法的に柔肌を拝めるこの世の桃源郷か。絶景かな絶景、だな。加えて結構いい酒なんだな、これが」 隆明はぐるりと辺りを見回して呑み相手を探し出す。 「たまにはのんびり出来ねぇのかアイツ等は……っと、悪い」 やや呆れたように言った火車が湯当たりしてよろけた先には見た顔が――この所、よくよく関わる事の多い黎子が居た。 「おや、誰かと思えば宮部乃宮さんではありませんか。奇遇……でもありませんね」 「……テメェか。相変わらず一人かよ?」 「私は謎多き孤高のソロイストですので! 基本的に一人で動くのです! 決して友達が居ない訳ではありません!」 「そーかよ」 「俺が友達だろ」何て台詞は流石の火車も言わなかった。 何とも言えない距離感は双方から作り出しているものである。 火車にせよ、黎子にせよ――望む望まないにせよ相手は特別だ。そこには特別足る理由が横たわっている。 「いや全く、ちょっと前にミラーミスと戦った集団だとはまるで思えませんねえ」 「……ああ」 「ん、私の顔に何かついてます?」 「いや、気にすんな。何か買って来るけど――飲むか?」 「変な宮部乃宮さん。ですが、お言葉に甘えまして紅茶的なものでも。 しかし、騒ぎを聞く限り、女湯より混浴のほうがかえって安全だったようですね。 来る途中に不穏な雰囲気を感じましたので急遽変更しましたが正しかったようです」 追加の轟音に火車は苦笑いして頷いた。 (……しっかしコイツ本当になぁ。性格なんて似ようがねぇし何だ? 何か頭ん中引っ掛んだよなぁ) 考えても詮無い。火車はぶんぶんと頭を振った。 彼は人生は『連中』位にシンプルな方が都合が良いものなのかも知れない――そう思った。 実際自分もシンプルだった筈だと思わなくも無かった。 「……馬鹿騒ぎもスッキリするもんなのかも、な」 騒ぎは女湯の方から届いている。つまる所、まだヒッデェ本番はこれからなのである…… ●実は誰一人男湯セレクターが居なかった! 「ギャー!?」 この竜一の絶叫は現在の本編とは全く関係ありません。 「ねえ、翡翠さんのくわくわ、って。革醒する前から言ってたの?」 「えっ……く、口癖……? 昔から言ってたけど……な、なんで……?」 「そう……それならいいのよ」 「くわ! もしかして、口癖、変……!?」 時間を少し遡った女湯ではこじりとあひるの穏やかな女の子同士のトークが続いていた。 冷たい外気の中、温かな湯船に浸かり――宵闇に呑まれた山の風景を遠く見る。 風情はあるが女三人寄れば姦しい……性には勝てないものだである。それは二人であっても大して変わらないものらしい。 「全く焦燥院くんの徳の高さと来たら、御厨くんに見習わせたい位だわ」 「カズトだって、とっても素敵な人じゃない……! あひるにとっては、フツの方が素敵だけど……なんちゃってー! えへ!」 「奇遇ね。私にとってはあのゴ御厨が最高の彼氏なのよ」 ……惚気とも愚痴ともつかない恋話で盛り上がっている辺り如何にも年頃の少女達といった風である。 「温泉……あまり入ったことないのだけれど、意外といいものね」 「温泉は日本の誇る重要文化の一つなのです。火山だの何だの死ぬほどあるんですからこの位の恩恵無くしてやってられるか!」 白い肌にあわあわを纏ったヘルガが桃子の言葉に軽く目を丸くした。 「泳いで見たいけど……さすがに迷惑だよね……でも本当に広い。時村さんってすごいの……」 「あはは! あんまり派手にやったら大変ですけど、少し位なら大丈夫じゃないです?」 「……ホント? いいかな? あとアークはすごいの。アークじゃないけど魔女はすごいの。ルメもいつかあれ位……」 ルーメリアにアシュレイも加えて、この辺り外国人らしくもなくすっかり風景に馴染む面々である。 温泉はゆっくりと浸かって楽しむものだ。のんびりとした時間は酷くゆっくりと過ぎていく。 「いいお湯ですね。誕生日の記念には良かったかと思いますし」 「はい! ありがとうございます!」 考えてみれば騒がしいのは何時もの事で、昼間のテニスコートでは『保険の先生』だった凛子である。 疲労を溶かすようなこの時間は彼女にとっても悪いものでは無い。 (……だから、のぞくのはだめだとまおは思います) 湯船にぽちゃんと浸かったまおは何となく背の高い敷居の向こうに思いを馳せた。 そこでは彼女も参加する『アレ』が戦いを繰り広げる筈なのだ。きっと。 そう、穏やかな時間はあくまでこのまま全てがのんびりとしているならば……の話なのだ。あくまで…… 一方、湯煙を遠く望む山の中に困難なミッションに挑む戦士達が集まっていた。 「いいか! 建前は女風呂に覗きにくる不貞のふてー輩をやっつけるのが僕らの任務だ! 覗きだめだよなあ! うん表向きは!」 「全く覗きなんてふてぇ野郎だぜ! そんなのはきっと仏様だって許してくれないよな! 覗きだめだ。表向きは!」 「俺……温泉が覗けたらあの子に告白するんだ。だから俺は!温泉を覗きに……じゃなくてな。 まあ、アレ。ほら、温泉を覗こうとするヤツなんて許せないな! ここは俺の出番だ。警備しなきゃな! ある程度近づいたら隠れてポイントを狙うぜ。ほら、心配させるといけないしな!」 「全くで御座る……乙女の柔肌を下卑た欲望で汚そう等とは言語道断。 かよう不埒な悪行三昧、スタァァァァップで御座る! というわけでいざ女湯の警護に参るぞ、同志達! 誤解されるかもしれぬが、これもまた忍びの勤めに御座るよ……表向き!」 「はああまさか温泉に入れるなんて…去年は逃しましたからねー、嬉しいなあ。 あれところで皆どうして泥棒さんみたいなほっかむりしてるんですか? え? 覗き? ……いや、そんな、覗きなんてよくないですよー! だめですってー! 無理無理、だめですよー! やめましょうよー!」 微妙に空気の読めないヘルマンはそう言いながらもインプリンティングされたひよこのように一行の後をついていく。 ヘルマンの言は兎も角として、彼等の目的は我が身さえ省みぬ正義の為の遂行である。表向きは。 夏栖斗、フツ、涼、幸成……フツと困惑するヘルマンは兎も角、彼等の面子と主張は実に分かり易い。さりとて言わぬも華である。 アークの威信に掛けて女湯を『警備』しようという【FMP】の連中はまさに今動き出そうとしているのであった。 「同志楽より只今連絡が御座った……【AFMP】を名乗る抵抗戦力の警備体制は現行掌握済みで御座るよ!」 「覗き等、紳士として許せません。私にも協力させて下さい」と出現するべくして出現した『アンチ』FMPに単身潜入したのは楽である。幸成の言葉に頷き合った戦士達は夜の闇に紛れてその行動を開始した。 何せターゲットは「やぁん、えっち><」で済ませてくれるとは限らない連中である。 いや、あくまで【FMP】は乙女の肌を守る為に設立された健全な組織なのだが、表向きは。 「そんなことしたらだめですって! 破廉恥ですよ! 犯罪になるかもしれませんっていうか訴えられたら勝てませんよ!? まず女性陣にフェイト削られるかもしれませんよ!? それどころか重症にされちゃうのがオチですって!」 「それでも、男には戦わなければいけない時があるんだ」 ヘルマンはそれでもついていき、涼の言葉には実に(キリッ)の擬音が良く似合う。 確かに不幸な誤解や行き違いで守るべき女性達が般若のような面をする可能性ばかりは否めない。 その犠牲も罪の汚名も引っかぶろうとする男達なのである。表向きは。スゲー。 「――――」 山を下り、密やかに湯煙の元へと接近する彼等。しかしその視界に何かの影が現われた。 息を呑んだ面々は次の瞬間には誰ともなく――絶叫を上げていた。 「楽――ッ!」 磔にされた楽の首はぐったりと傾き、その動きは既に無い。 渾身の潜入で【FMP】に情報をもたらした筈の彼は変わり果てた姿でそこにある。 まるでその姿は世界で一番有名な聖人のようでさえあった。生きてるけど。 ざわりと動き出した気配に身の毛がよだつ。周囲をぐるりと囲んだのは当然と言うべきか【AFMP】の構成員達であった! 「恋人との付き合いならともかく、覗きはよくないな!」 「全く、強行突破ばかりでは芸が無いぞ?」 ブービートラップはもう十分に設置済みだ。顔を出したのは晃である。 女湯と男湯の暖簾を引っ繰り返すというオーウェンの暴挙が効果を発揮するのはこのシーンに限らないのだろう。 「偶には骨休めーと思って温泉に来たらこのお馬鹿共が……!」 発光で闇の中に【FMP】の連中を浮かび上がらせるのは皆の僕等の保険風紀委員長・その名はアンナ・クロストン。 「警備と称して覗きを目論む男共、ゆるせなーい! この超美少女アイドル明奈ちゃんが身体を張って守ってみせる! 部長の裸を! 乙女のなんとかを!」 何故かこの場にバスタオルを巻いて現われたのは皆の僕等の何時もバラドル・その名はアキナ・シロストン。←嘘 「覗きが男の浪漫であるだとか、そういうのは良く分からないですが……」 ものすげぇ冷めた口調で溜息を吐く紫月の千里眼は闇に潜み山を下る【FMP】の気配さえも捉えていた。 「まあ、駄目な物は駄目です。無理に押し通ると言うのなら、相応の危険は覚悟の上と判断します」 「全く! 元気が有り余るのはいいけどねっ! いい度胸じゃないか、さぁきなっ! このお富が一歩も通しゃぁしないよっ!」 無闇やたらな迫力ボディでとても勝てる気がしない富子はその豊満な胸を張る。 モノは言いようの極地とこの存在感に男共はあんぐりと口を開け、まさに圧倒されている。 「その通り! 桃子さんに安心・安全な温泉ライフを提供する事こそ、警備員としてのプレゼントなのです!」 威風堂々とまさに付け焼き刃の警備員の姿では無い。 何処からどう見ても安心安全、時村警備保障のお墨付き、営業部に欲しいとまで言われたその男はそこに仁王立ちしていた。 ――残念ながら、どんな相手が何人いるかまでは分かっていません。 我々以外は全て敵と考えて下さい。逃げる者はただのトムですが、向かって来る者は良く訓練されたトムです! まさに周囲の全てに気を張る彼のアンテナが怪しい動きを見せた楽を補足したのである。 犬吠埼守(27)。二十代には見えない彼が体を張り、己が価値を示すここは最高の現場なのだった。 「……くそ、伏兵だ!」 「アカン、俺選手社会的戦力外通告の危機! だが、敢えて言う! まだ何もしてないのに殴られる謂れはないぜ!」 「違うで御座る! これは何かの間違いなので御座る!」 「うわああああああああ!!!」 (男子足る者。女性の裸体やソレに順ずるもの。興味が無いと言ってしまえばそれ程不健全な話しは無い。 FMPの諸君。その気持ちは自分にも痛い程解る。 しかし……いざそのような行動を起こせば当然このような反勢力が生まれる。 結果AFMPには被害者足り得たであろう見目麗しい女性が多数在籍する事になったのだ。 AFMPに身を置く事で常に身近で堂々と接触を求められ更には自身に信頼までもが及ぶのだ……これ以上の合理性等存在し得まい! FMPよ、許せとは言わない。唯、自分の礎になってくれ!) ……言い募る夏栖斗、涼、幸成。泣き出すヘルマン。二百パーセントが下心のみで出来ている雷慈慟は置いといて。 「燃やします」 沙織から一定の秩序の維持を期待され求められている――と自認している――恵梨香の結論は非常に端的だった。 「違うんだ! 僕達は皆を守る為に来たんだ!」 「そ、そうだ。まだ何もしてないし!」 「語るに落ちてる気がするで御座るが……そこの同志は特に自分達に関係の無い人物で御座ろう!」 「だから私は! 私は!」 「お前等なぁ……」 圧倒的不利に好き勝手な事を口走る連中に比べて――今日は徳が低いかに見えたフツはやはりフツだった。 「もうお前等みたいなのと行動するのは止めだ! お前らと一緒だと、襲撃に遭ってばっかで、いつまで経っても女湯に辿りつけねえ! オレはここから単独行動をする! あばよ! 捕まれ! バカ!」 「フツ!?」 突然言い捨てたフツが魔槍深緋を構えて吶喊する。 (うおおおおおおおお――! 全力坊さん経典録! お釈迦様よ、俺に力を!) 言葉が本心であろう筈も無い。夜空を滑り落ちる流れ星は彼の覚悟と、これより来る運命さえをも思わせた。 「フツ――ッ!」 それは女湯を目の前に生まれたスターダストメモリー。 何言ってるか分かりゃしねぇが、もうヤケクソなんだ。いっそ許せ! フツの有り難い坊主頭が常闇に光を宿した。 裂帛の気合は絶望を切り裂く一筋の希望となれ。 「何故覗くのか……そこに女湯があるからさ! 昔の偉い人はいい事を言った! ゆけ! 益荒男どもよッ! これは確かに……聖戦なのだからッ!」 脈絡無く唐突に現われた『援軍』ツァインを加えて―― 仁義なき戦いは始まった。そして、粟立った気配はやがて『予想外の』爆音と爆風に包まれる――! そして、現在。女湯。 「何!? 何この状況! 何が起こってるの! 戦争!?」 「……何か凄い音がしたとまおは思うのです」 耳をびくぅっとさせ辺りをキョロキョロと見回して音に対する条件反射で涙目になった美月がもの凄い勢いでうろたえ始めた。 一方のまおはその音が何によって引き起こされたものなのかを何となく考えた。 「ああ、それは――私が仕掛けといたクレイモアが見事ヒットした音だと思いますよ!」 答えは考えの及ぼう筈も無い斜め上である。 M18クレイモアは、指向性対人地雷の一つである。事も無げに言った桃子の台詞にまおの顔が引き攣った。 「裸とか覗かれたらももこさん、恥ずかしいし」 「……」 「女湯の平和はももこさんが守ったのです。平和の為には多少の犠牲はつきものなのです」 (何だかあの人の声が聞こえたような……気のせいだと思うけど……) ヘルガのこの感覚は絶妙に当たっていたりするのだが、余談として。 クレイモアの最大加害距離は二百五十メートルに及ぶ。有効範囲に限定すれば五十メートル程だが…… 「アメリカ軍から横流しして貰っておいて良かったです」 「白石部員――ッ!」 安堵の溜息を吐く桃子に号泣する美月のけしからん体からはらりとタオルが落ちた。 「すごい!」 「ちょ、やだみみみ見ないで!?」 「……食い止めに行った人達が居たとまおは思うのです」 「『私の』平和の為には多少の犠牲はつきものなのでした。 大丈夫ですよ、鉄球の代わりにBB弾詰めときましたし。 ギャグシナリオだから死にません。フェイトの残量に拠らない一発死とか書いてませんしね!」 桃子は笑顔のままだが……当然、そういう問題ではない。 所詮コメディと割り切った酷い展開は責任を取る気がありゃしない。 「何人生き残るかな……なむなむなの……」 瞑目するルーメリア。 頭の先から爪先までツッコミ所塗れの桃子にあんぐりと口を開けたまおは助け船を求めるようにちらりとこじりの顔を見た。 「……それでね、ベーコンレタス的に事実を紐解くと霧也君はロボ大好きの総受けだわ」 「くわ! 奥が深いのね!」 恐らく爆心地に居たであろう彼氏の身を案じる可愛い彼女達はそこには居ない……(※あひるは多分気付いてない) 喧騒を遠く見つめ、深い溜息を吐き出したのは重厚なる軍人だった。 「まさか、こんな場所でアレを見る事になるとはな……」 「そうですね」 「神秘は時に物理に無力か」 「そーですねー」 【FMP】と【AFMP】の抗争には関わらず独自で巡回警備を敷いていたウラジミールは戦場の風景を思い出し苦笑した。 アシュレイの協力を何とか取り付け、神秘的、科学的両面から不埒者をブロックしようと思ってはいたのだが…… 「自衛権の行使を全く戸惑わない者は恐ろしいものだ」 「敵も味方も一網打尽ってヤツですね!」 コロコロ笑うアシュレイにフルーツ牛乳を差し出した湯上りの烏がしみじみと呟いた。 「若いってのは無謀というか、勇気ある行為だよなぁ…… どれだけ犠牲や巻き添えが出たのやら。生きてるといいけど、まぁ――生きてるか」 何せ、殺しても死ななさそうなのが揃っている。そう言う烏の口元にも幾らかの諦めたような笑みが浮かんでいて―― ●最後の『ゆっくり』 騒がしい時間も過ぎてしまえば面々が過ごすのはプライベートな時間になる。 騒がしいのもいいものだが、やはり大切な誰かと過ごす時間は格別な思い出となるものだから。 「温泉宿ですし、一緒に温泉でもいいなって思ったですが――」 和室の窓際に腰掛けたそあらが少し悪戯気に言った。 「――それとも、一緒に入りたかったです?」 そあらの大きな瞳の中に居るのが誰か等と問う事は愚問である。 「入りたかったなら今からでも付き合うけど?」と不敵に笑った沙織は「むぅ」と小さく唸ったそあらに頓着していない。 奇妙と言えば奇妙な関係なのである。少なくともそあらを見ればそこに混じりっ気何て何一つも無いのは明白なのだけれども。 「さおりん、疲れてるです?」 「ん?」 「何となく、そんな気がして」 そあらは向かいに座った沙織の手に微かに触れて言葉を繋いだ。 「人は選択を強いられた時。何かを得る為には何かを捨てなければいけない時。 本当に悲しい気持ちになるのです。選ばれなかった方の気持ちも、願った結果が得られなかった人の気持ちも同じなのです。 でも、あたしはさおりんが決めたことならそれに従うですから大丈夫なのですよ?」 言葉は拙いものだったが、頬を軽く紅潮させたそあらは今夜も――今までと変わらず――何処までも真っ直ぐであった。 「……ありがと。一応ね。でも、少し酔ってる?」 「お酒なんて呑んでないですし。酔ってないもん」 頬をぷぅと膨らめたそあらに沙織は素早く切り返した。 「俺にだよ」 「待ってたのだわ、桃子さん!」 「えなちゃん!」 部屋に戻った少しのぼせた桃子を出迎えたのは彼女が大のお気に入りにしているエナーシアだった。 「色々考えたのだけれどもね。宴会みたいに人が多いのは好みじゃないし」 他人が居る所だと気恥ずかしいしね。まったりとお祝いいたしませう……」 「えなちゃん! すき!」 「……って素早いのです><」 少し眠そうな眼を擦ったエナーシアは抱きついてきた桃子に少し困った顔をした。 世界樹決戦で交わした『約束』は冗談のようなものである。 しかし『お風呂に入ったその後で』はここでこうして果たされた。 ビジュアルを見る限りでは子猫同士のじゃれあいのようなその絵図はビジュアルだけ見るなら『微笑ましい』と言えるものだろう。 「桃子さん、改めて19歳の誕生日おめでとうなのだわ。 パイじゃなくてケーキを焼くのは半年位ぶりなので出来は保証できないけどやれるだけはやったのですよ」 コクコクと頷く桃子。少しだけはにかむエナーシア。 「蝋燭吹き消す前に写真を一枚良いかしら? 桃子さんと親しく話すようになっておよそ一年……今迄有難う。そして此れからも宜しくなのですよ」 少し使い慣れたエナーシアのカメラが大切な時間の経過を教えている。 「もっと一杯、撮りましょうね!」 「温泉も満喫したし、いい骨休みになったぜ」 部屋に戻ったモノマは大きく伸びをして体の節々に残った気だるさを追い払った。 温泉でやる事と言えばやはり静養が第一である。酷使しきったその体は束の間訪れた一時の報酬に喜びの声を上げていた。 「……壱也、どうかしたか?」 様子のおかしい壱也を振り向いたモノマは赤面して何やらチャンスを伺うかのような彼女にそんな風に問い掛けた。 すうはあと数度深呼吸をした壱也は日頃のアレさ等、アルファケンタウリの彼方に―― 「せーんぱいっ! お誕生日おめでとうございます!」 可愛くラッピングした包みを両手で前に差し出した。 「……おっ、こりゃ……あぁ、そういえば俺の誕生日って今日だったな」 全く忘れていた風なモノマは頭をポリポリと掻いて少し照れたように包みを受け取った。 ラッピングを破らないように丁寧に袋を開けた彼の見つけたのは壱也がこの日の為に手編みしたマフラーだった。 「……嬉しいぜ。大変だったろう?」 感極まった風にふるふると首を振る壱也。 「これ、もふもふしてて気持ちいいな」 「頑張りましたっ! 寒くなってきましたから、もこもこです!」 壱也にとっての何よりの喜びはマフラーに顔を埋めて嬉しそうな顔をするモノマの姿だった。 自分の額にそっと触れた彼の口付けに、まるで今夜は蕩けるよう…… 「À la tienne」 人のはけたホテルのバーで細いお洒落なワイングラスをかちんと合わせて微笑み合う。 静かで小さな祝勝会は沙織と氷璃二人だけのものだった。 「瞳を見てお酒を呑むのもいいものね。貴方のは深いから、たまに吸い込まれてしまいそう」 「機嫌が良さそうだな」 軽妙に踊る氷璃の言葉に沙織は小さく肩を竦めた。 こんな風にする時は余りそういう風も見せないが――本来は冷静な彼女が少しはしゃいでいる気がしたのは確かであった。 「勿論、お祝いっていうのはおめでたいからするものだわ。 そうね。世界樹エクスィスのリセットが成功した事で完全世界からの崩界影響が消えたのだからリベリスタとしては至上の喜びを感じているわ」 後に問題が残ったとしても、それは彼女にとって大きなものではない。 あくまで『この世界』を守る為に力を振るう彼女にとっては結末は悪くは無いものだったからだ。 「例え、あの世界の住人が何を願おうとも、ね。私が欲しかった“もの”は総て手に入れたのよ」 沙織は何となく氷璃の頬に指を伸ばした。気高い黒猫のような彼女は嫌がる素振りも無い。 「上位世界の情報も、この世界には無い神秘も。前線基地としてあの世界はとても有用でしょう。 でも――ね、沙織。私は抗う者の方が好きよ?」 沙織はやや深く息を吐き出して宙に言葉を彷徨わせた。 「俺もだ」 「お疲れ様、カルナ」 「悠里こそ……」 部屋でゆっくりと食事を取っているのは悠里とカルナの二人だった。 感傷では無いが静かに浸りたくなる時もあるという事。 悠里を見つめるカルナの顔には少し疲れた――少し寂し気な微笑が浮かんでいた。 「何もかも上手くはいかないものだね……」 「そう……ですね。分かり合えた、少なくとも一瞬はそれを信じたくはなりましたが……」 足りなかったのは時間であり、足りなかったのは運命である。 異世界での変異は一先ずの終結を迎えようとしていたが、ハッピーエンドは何処にも無い。 「ですが、フュリエ達の気持ちもわからなくもないのです。 私達の中からも帰らぬ方が出てしまったのですから。ゆえに私はどちらの選択肢も選べませんでした。 ――私は弱いですね……」 「そんな事は無い」 「答えを出せた皆様を、そして悠里を尊敬します」 「そんな事は無いんだよ」 悠里の言葉には疲労が滲んでいた。 「自分で決めた事とは言っても、辛いなぁ……辛いよ」 極自然に自身の胸に額を当てて視線を下に落とした悠里をカルナは何も言わずに優しく抱き締めた。 「ごめんね、カルナ。もう少しだけこのままで……」 弱音を吐くのはここまで。彼等の前に立つ時、自分は『戦士設楽悠里』でいなくてはならないのだから。 幾多の想いを滲ませて夜は更けて行く。 遅れてやって来た『十月十三日』は誰も拒否する事は無い。 明日に戦いがあったとしても、今は、唯――静かなままで。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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