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<剣林>不可触の妖女


「ぬし」
「あ?」
 ぱっぱと肩を払う男を見て、少女が眉を吊り上げた。
 ずいぶんざんぱらに長く伸ばしていたはずの髪を切った男の顔を見てなにやら不機嫌そうに見上げている。
「なぜ切ってしまった。似合わんぞ」
「ああ。しょうがねえじゃん。斬られちゃったんだもん」
「……娘御にか?」
「いや。リベリスタに、ちょっとよ」
「リベリスタに!!」
 ほほう、と目を輝かせる少女の瞳と髪は、艶やかな銀に輝いている。尤も、少女といえど、見た目と年齢が等比例するとは限らないのが革醒者の常ではある。
「なまなかな者では我ら八将、毛先一つの傷も付けられんはずじゃがなあ」
「なまなかじゃあなかったから、俺は今こうして似合わねえ短髪を強いられてるわけでな」
「そりゃそうじゃ」
 ふふん、と鼻で笑う。
「まあ、そんなの悟らせやしなかったけどな。気合で」
「髪切ってしまえば意味なかろ。若者相手に無駄な意地をまた」
「うるせえ。カッコ付けたのに実は毛筋一本斬られてました! なんて言えるか!!」
 二人の革醒者は、片や無精ひげを生やし、派手な着流しの下に皮のパンツという奇矯な装いの中年男。片や真っ当な袴姿に痩せた小さな体を押し込めながら、異形と言っても良い色彩の少女。ただただ、異彩を放っていた。
「しかし、そうすると話は少し変わってくるぞ。なあおい、何を考えて此度の“練神の儀”に彼奴らを組み込んだ」
「何っつと?」
「彼奴らは餌ではないのか? それ相応の力があるのなら、それはまるで彼奴らにもその資格があるかのような」
「参加を決めたのは俺じゃねえよ」
「……なんと」
 少女は身じろぐ。そう易々と感情を表に出さないのは、ある方面で武を極めたが故に当然のものだ。しかし、それでも尚、声の疑念を掻き消すことは出来なかった。
「ぬしではない。となると、『猿吼王』あたりか」
「それを言うなら『神器』も信用ならねえぜ」
「そう言ってしまえば、わしら全員信用も何もあったモンではあるまい」
「あぁ……まあ、そりゃあそうだ」
 そこまで言って、男――『絶刀』小野 刀真はようやく周囲を見渡した。
 彼の他に居るのは、背後にいる少女と、そして彼と彼女の手勢のみだ。
 そして、彼と彼女を除く全員は地に倒れ伏している。
「よくもまあ、これだけやっちまいやがって」
「それはこちらの科白じゃ。弟子一人半人前まで育てるのにどれだけかかると思っておる」
「それもまたお互い様だっての。生き残った奴は回収するとして……」
「するとして、どうする?」
「どうってのは?」
 二人は、同じ組織の人間だ。
 武闘派・剣林に属する<八将>。この組織は、いわゆるピラミッド状にはなっていない。それぞれ並び立った八人の強力なフィクサードとその部下の相互協力によって成り立っている。故に、仕事や目的はそれぞれが独自に選ぶ。そうすれば自然、こういうこともある。
「わしの仕事は今ごろどっかでひいこら逃げとる爺の護衛じゃ」
「んで?」
「ぬしの任は暗殺。まだ……わしを倒せば、追いつけるやも知れんぞ?」
「……ハ」
 ざわりと足元が震えるような気がした。
 互いにゆるりと離れると、向かい合う。小野刀真はその手に太刀を握っているのに対し、少女は無手だ。一般的な価値観に照らし合わせて言えば、これは一方的な殺戮の場面にすら見える。そして同時に、そうでないのも明白だ。引き締まった立派な体躯の男に対すれば鶏がらのようにも見える少女が、一歩も退かず不敵に笑んでいる。
「やめとくぜ」
「おや、こんなにわしが誘うておるのに。さてはぬし、リベリスタに惚れ申したな?」
「やめろ、あんたと一緒にすんな。まあ男的にああいう熱い奴らってのは好きだけどよぉ……つか、あんたが防戦って組み合わせがもう詰んでんだって。負ける気はしないけ」
「抜かしたな?」
 ど、と言う頃には、刀真は手首を掴まれていた。さして力を込めた風にも見えず、しかしさらに少女が進み出ると、あっさりと刀真はバランスを崩す。
 一瞬の後に、彼は流れるように回って刀を振り切っていた。その軌道に少女は居らず、先程の光景の再現のごとく背中合わせに立っている。
「抜かすも何も、この繰り返しだろ」
「カカ、確かに」
 二人は実に楽しげだ。
「くそう、やはり強いなぬし。今はわしに殺気がないから、ぬしはわしに勝てぬ。が……やはりわしがぬしを殺しにかかれば、早晩どちらか一人が屍になる。勿体無い。なぜ貴様はそう律儀に男やもめに操を立てる」
「うるせえババア。娘に不潔だって目で見られたくねえからだよ。迂闊に惚れられて骨までしゃぶられんのも御免だ」
「何じゃいつまらん……あぁ、そうだ」
 再び振り返り相対し合う。刀真の振り下ろす動きに合わせて懐に入り込むと、ダンスでもするかのように手と腰を取って振り回す。質量で負ける少女の身でありながら、彼女は容易く中年男を振り回した。そこから投げようとするが、刀真は敢えてその中心にさらに踏み込むことで少女を回転の中心から弾き飛ばすと、再び太刀を振り下ろす。その頃には、またとん、と後ろに少女の気配があった。
「ぬしが遊んでくれぬのなら、リベリスタ達にちょっかいをかけてやるか。どうせぬしのことじゃ、“練神の儀”のこともろくに説明せんで帰ってきたのじゃろ?」
「バレたか」
 刀真が舌を出してばつの悪そうな顔をした気配を感じ取り、ククク、と少女は笑う。
 その表情はあどけなさを孕みつつ、しかし妖婦の風も纏っていた。
「ああ……今から疼く。熱いのう。わしの疼きを、彼奴らは鎮めてくれるのか? 楽しみじゃ。ああ……」
「変態め」
 味方のことながら、リベリスタ達には同情を禁じえない。げんなりした顔で、おかしな話だが刀真は、切に彼らの無事を祈った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:夕陽 紅  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年10月11日(木)22:58
●目的
フィクサードの目的を阻止すること

●概要
当依頼は夕陽 紅の<剣林>タグで連なる続編です。
参加に際しては過去の依頼をお読み戴き、状況や相関関係を把握されることをお奨めします。

とある博物館に収蔵・封印されているアーティファクトを狙い行動を起こすことが予告と万華鏡の両方で確認された。これを阻止し、フィクサードを撃退する。
警護は夜。リベリスタ達は時村の名前で滞在している。
特に宣言が無ければ、戦闘はアーティファクト周辺を開始位置とする。
こちらから迎え撃つには警備室にて監視カメラと警報装置を扱う人間が最低一人は必要。

●アーティファクト
『名槍蜻蛉切・偽打』
その穂先に留まった蜻蛉が真っ二つになったという天下の名槍を再現することを目指した結果、似付かないものになった呪槍。
使用者に混乱、攻撃にブレイク/崩壊を付与する。

●敵情報
灘影ちづる門下。全員、中級スキルを最低一つは修めている。
また、全員がパッシブスキル『針鼠』保有。

・デュランダル×1
・ソードミラージュ×1
・覇界闘士×3

・『不可触』灘影 ちづる
<八将>の一人。高レベルの覇界闘士/ジーニアス。灘流合気柔術の総代。
銀髪の時代がかったしゃべり方をする小さな少女。今回はある程度満足したら勝手に帰って行く。

EX『合気の極意』
自付。灘流に伝わる力の流れと人体構造、身体操作の集大成。
命中回避上昇・リジェネレート/攻撃に虚弱・圧倒・ショック付与/1Tに一度物理攻撃を無効化する。


●STより
夕陽 紅です。
<八将>二人目は合気。性質上待ちの戦術が得手なので、つけいる隙はおそらくあるかと。
ご縁がありましたら、よろしくお願いします
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
プロアデプト
阿野 弐升(BNE001158)
クロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
ホーリーメイガス
秋月・瞳(BNE001876)
★MVP
デュランダル
宵咲 美散(BNE002324)
プロアデプト
ジョン・ドー(BNE002836)
クロスイージス
ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)
覇界闘士
斬原 龍雨(BNE003879)


 博物館に限らず、何かを保管展示する場所には高い気密性が必要だ。大敵である湿気を防ぐための空調管理や盗難防止と理由は挙げればきりがない。
 確かなのは、外から見れば多少の騒ぎなど黙殺されるということだ。
「おおこれ、そう急くでない」
 ばね仕掛けように一瞬で間を詰めた『人間失格』紅涙・りりす(ID:BNE001018)の一撃を少女が僅かに身を揺らして回避した。決して余裕を持った躱し方ではない。薄皮一枚の見切りだ。それが余計に鼻に付く。
 太刀を回避するままに、少女――灘影ちづるが、りりすの肩をぽんぽんと叩いた。
「説明の時間をもらえるかの?」
「……儀式にも興味がないわけでもないけどさ。僕は、君のほうが興味深いかな」
「しばし待てば、存分にな」
 それでひとまず納得したらしく、一歩退くりりす。頷くと、灘影ちづるは笑みを深めた。その後ろに、5人のフィクサードが並び立つ。
「んで、儀式の続きって事でいいのか?」
 ツァイン・ウォーレス(ID:BNE001520)の問いに、ちづるが応じた。薄い笑みに否定は見られない。
 だがその表情は誰の目から見てもはっきりときなくさいと言うか、怪しいのが明らかだ。
「八将の『不可触』…貴方達の狙いは『私達』の方ですか?」
「ん? おいおい、何を言っている」
 首をかしげ、やや大仰なまでに眉を上げて、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(ID:BNE003247)の重ねての問い。
「それ以外に何があろうよ。こんな」
 と言って、ちづるが視線を僅か後ろに逸らした。
「出来損ないの妖怪武器なぞ、持ち帰っても面白うないわい」
 表情は、紛れもない嘲笑の色。
「良い機会だ。ぬしら、武とは何だと思う?」
「……俺にとっての目的はあるけどね、多分聞きたいのはそういう話じゃないのでしょ?」
 『群体筆頭』阿野 弐升(ID:BNE001158)がチェーンソーを肩に担いで首を傾げる。
「無論よ。……この質問は意地が悪かったのう。ま、色々とあるじゃろうな。強くなる為。何かに勝つ為……わしにとっては」
 ひらり、と手が泳ぐ。
 後ろに控えていた袴姿の男女が5人、音も無くリベリスタ達を囲むように移動していく。明らかに革醒者ではあろうスピードだが、その動きに不自然さがない。物理的な無理や神秘的な無茶が見られないのだ。
「わしにとっての武とは、“誰にとっても使えるもの”であること。それこそ武の本質じゃ。如何な人間が使っても十二全に力を発揮することこそ、理というものじゃよ」
「あのさ」
 ツァインが訊く。
「一つ聞いときてぇんだが、儀式で認められるとつまりどうなる訳だ? 強い人と遣り合うのも好きだし、認められるのもありがてぇこった。だけどフィクサードやる訳にもいかねぇ、この儀式やり通すと何が待ってんだ?」
「急くなと言うておろうに……今の話も、繋がっておるのじゃからな」
 さり、と何かを削るような音。ちづるが草鞋を摺りながら足を運び、右足を前に、左足のつま先は真横に向ける。僅かも体軸のぶれない動き。
 達人と、ツァインの頭にそんな単語がよぎった。
「貴様らにとっての武。それを見付け、それを練れ。貴様らにとっての、“絶対の一”を……技にせよ。それこそ練神の儀。わしは、<八将>の他の連中のたくらみなど知らんよ。知らんが、もしな。貴様らのうち誰かがそんな境地に辿り着いたとしたら面白いとは思うからの」
 笑みの顔は、歪んでいた。真っ黒な髪が夜さえ呑みこんでいる。
 敵だの味方だの、そんなものが一切目に映っていない。
 歪んでいたとは言うが、形が歪んでいるのではない。
 透徹しすぎている。
 濁りのない水には、魚も棲まない。
「ごたくはもう良い」
 けれども、そんな狂気などリベリスタ達には見慣れたものだ。
 何より、そんなものを身に飼っていることなど珍しくも無い。
「俺としては練神の儀より、お前さんに興味がある。『不可触』と呼ばれるお前さんに触れてみたくてな」
 『戦闘狂』宵咲 美散(ID:BNE002324)が、“禍月穿つ深紅の槍”を静かに構える。腰溜めの左手は丹田に、右手で軽く穂先を動かすと、切っ先はちづるの喉に向ける。長柄の武器は、更に懐への侵入を阻む形に。
「わしに触れる。そうか……ぬしのその槍、頂の一つを貫いたそれか。やってみよ」
 挑発するような問いに、それ以上の余計な答えはない。
「宵咲が一刀、宵咲美散。推して参る!」
「灘流総代、灘影ちづるじゃ。かかってこい、挑戦者!」


 ひぅん、と軽い音が防御を掻い潜って鳩尾に抉り込まれる。
「ぐ……これは、棍!?」
 なかばまで突き込まれたところで『リグレット・レイン』斬原 龍雨(ID:BNE003879)が何とか飛び退る。眼前の女が手にするのは、見る限り木製の棒のようだ。尤も、強度はその限りではないらしい。
「否、杖です」
 上からと思えば下から、右からと思えば突きに変わる。予測が付かない。突きから流れるように右上から振り下ろされるそれを、身を伏せて回避した。
「溜めがない……弟子からして奇怪な技だな、八将!」
 流れる水の動き。燃える拳を回避するが、揺らめく陽炎は篭手の刃への目測を誤らせる。脇腹を切り裂かれ
「奇怪なのは……貴方もでしょう!」
 腕を杖で絡め取ると、力の流れはそのまま龍雨自身を投げ飛ばす。追撃しようとする敵の動きを、縦横に走る気糸の襲撃が止めた。『無何有』ジョン・ドー(ID:BNE002836)はそれを確認すると、モノクルを軽く指で押さえる。
「成程、合気柔術は相手の力をいなしたり、逆にそれを利用してカウンターの一撃を放つもの……」
「それは本質ではない」
 言いながら、男が滑るように走った。
 日本刀を下げた疾駆、一撃にツァインが盾を構える。振り下ろす剣は、するりと盾の表面を滑った。
「こいつ、最初から力を――!」
 滑らかに、男は足元の捌きで転進する。一回転して斜め下からの斬撃を、ツァインは盾で払った。こちらの攻撃には確かな手応えがある。
「柔術は戦場の武術。如何な兵器も扱う為の“こつ”を手に入れることこそ本願!」
「成程、誰でも使える……“こつ”とは、“骨子”のことか。十時の方向!!」
 納得しながら、『ナイトビジョン』秋月・瞳(ID:BNE001876)は千里眼で得た情報を仲間へ。同時に、翼の加護を味方へかける。男は、その手に槍を持っていた。無言のままに鋭く突く。受けた弐升の武器が大きく弾かれた。
「わっ、と……!」
 凝縮された突き。弐升の武器は重心のバランスも悪く、防空圏のような突きにたじろぐ。
「面白い、良う動くのう!」
 笑う。
 ちづるが前に進み出た。
「待たせたのう」
「待ったよ」
 りりすが舌を出す。
 のこぎりのような歯を、舌で残らず湿らせていく。
「餓えてしょうがないんだ。その研鑽研磨、僕の腹をきっと――きっと――満たしてくれるだろ」
「貴様の腹に、わしが納まるのかのう?」
「それを」
 ぎぅん、と。魚類の中で最も狩猟に抜きん出た因子は誰の反応すら赦さない速度で両手の刃が煌いて。左のリッパーズエッジを囮に右の大太刀を袈裟懸けに。
「確かめるんだよ!」
 ぱぁん、と何かが弾けるような音がした。
 鼻面に当てられた掌に、大した威力があるようには思えない。
 それでも、その一瞬で僅かに引いた動きに追随する掌は、りりすの背中を床に叩き付けた。
「喰らえるかの?」
「……天敵、ってとこかな」
「だからって止まるわけにも!」
 弐升が鋭く踏み込む。手の中のチェーンソー、槍を撓ませるように受けようとした男は無言のままに身を翻す。背中を湯剥きしたトマトのようにべろりと剥がされ、代わりにその殴打を弐升のこめかみに叩き込んだ。
「い、ぎぃ……い、いかれてるって感じだ、悪くない!」
 それを見、ジョンが考えを改める。より破綻した方向へ。目がせわしなく動く。非論理性を論理に組み込む。その間に美散がじり、と足を進めるが、その視界は男によって遮られた。歳はどちらかと言えば壮年を越して老人と言っても良い。
「将を射んと欲すれば……」
「まずは馬から射止めようと思っていたところだ!」
 槍は突き出さない。同じく待ちの戦術と判断した美散が、先と同じ中段の構えで待つ。
「ほ、慎重じゃの。一手くれるのか」
 踏み込み、ゆるやかに人差し指を突き出してきた。スピードはそれほどないが、何故か反応し切れない。金剛のような指が喉に食い込んだ。咳き込み、崩れ落ちる。
 ――待つだけではないのか!
 全身が痺れる感覚は、汎用的な技で言えば土砕掌の感触に似ている。まず何より、異能なのだ。技の賜物であるか神秘の権化であるか、この場の人間たちに多少の差異はあるかもしれないが、リベリスタもフィクサードもひっくるめて。その脇を抜けて、一人の闘士が走る。杖を持った女の眼前を、ユーディスの槍が通り過ぎる。
「……邪魔」
 するり、流れるように。
 回避の動きがそのまま攻撃となり、振り下ろす。と思えば、いきなり手元に棒を戻し、1拍も置かずに下から振り上げられる。
 弾ける音。
 ユーディスの槍が近距離で旋回している。その流れを切らないように突き出すと、女は避けるなり穂先近くを手で鷲掴みした。自分の突きの衝撃を自分自身の手首で食らうことになり、ユーディスが顔を顰める。
 が、足の止まった一瞬、真空の刃が背後から迫った。龍雨の蹴撃が女の背中を深く切り裂く。足が止まった。膠着した一瞬の間に瞳が天使の歌を歌う。
「……混ざらぬのか?」
 ツァインと対峙していた男がふと呟く。
「出来ることを、するまでだ」
「潔し」
 笑う。
 “武”とは遠い瞳の行いを見て。否。だからこそ。
「俺のことは無視か?」
「我等の交わすのは、これだろう」
 剣を掲げる。
 そこから、甲高い音がした。
 二人の合わせた剣の金属音。絡みつくように刀がツァインの手首に切り傷を付ける。一歩退くと、更に一歩進む。攻めの色気を、騎士は見逃さない。一撃を盾で擦り落として、脇の下を切り払う。
「後の先が専売特許と思うなよ。ひとつ根競べと行こうか!」
「上等!」
 繰り返す剣戟。思い返す。ツァインは、自身の特性を再び知覚する。次第に、小さく、しかしその動きは決して縮こまっているわけではない。剣戟は野卑なものから次第に清澄に。無駄を少なく、それはアプローチこそ違えど、目の前の相手に逼迫し、そして――
「か」
 短い音。それが決着だった。
 焦りではない。決めるべしと攻めた。少しだけ見誤った。僅かの差。ツァインの剣が、男の刀を巻き込み、喉を刺し貫いた。
「ぬぅ、やられたか」
 鼻の面に皺を寄せる。
「まだまだ、一太刀!!」
 弾ける。
 りりすの突撃。先頃からずっと続けていた円の機動。死角から死角へ。円の動きを、急激な刺突へと変える。
 するり。絹に触れるような。
「惜しい……」
 宙に浮くりりすの間近に、ちづるの両の眼があった。
「貴様の技は、嘗め尽くす炎であろう。敵を呑み込める筈じゃ。風の真似事などするな。獣の意志が――」
 頭を下に宙に浮くりりすの腹に、ひたりと掌が触った。
「些か足りぬ!!」
 轟音と共に、壁に叩きつけられる。そのスピードは、真実りりす自身の力によるものだ。
 こきりと首をひねると、裂けた胴着に指で触れる。
「もう少しやれると思うたのじゃが。『絶刀』の言うこと、あながち間違いでもなかったと言うことか……退けい、ぬしら!!」
 大音声で、ちづるが言い放った。
「しかし、先生!」
「判らぬか。ぬしらの実力では、こやつらに敵うまい!」
「……承知しました」
 ぐ、と息を呑む。それぞれ、相対する交戦を切り上げて退いていく。
 それは事実上、敗北の宣言だった。
 そしてそれは、同時に残った彼女が殿を務めるという意志でもある。
「我が槍の一閃、貴方の身に届くか否か――試させて頂きます」
 あと少しだった。
 ぎん、と空気を裂く清澄な槍。
 蜻蛉切・偽打。最後の手段であればこそ、なるべくではと己の槍を使った。
「ほ……」
 突きが直撃することはないが、全霊を籠めた槍が風圧だけで脇腹を切り裂く。
「それで良い! 武器は己の手足であるべし!」
 味方を退かせ、リベリスタに一斉に飛び掛られ、しかし、楽しげだ。
「一手、つかまつる!」
 弐升のチェーンソーに服をむしられ、それでもちづるは足で動力部を踏みつけると弐升の顔に頭突きを叩き込んだ。血が飛び散る。
「はは、成程、なるほど!!」
「……不可触!!」
 これが、と思う。
 荒々しく牙を剥き地面を蹴ろうとしたちづるの足元に、身を低くして龍雨が現れた。このまま踏み抜けば、引き換えに捻挫はかたい。それは致命的だ。足の踏み出し場所を無くしたちづるはやむなく宙を飛ぶ。急な制動に受身を取り切れない。
「良い、合気!」
「負けぬと誓った。ならば、実現させるのが武人だ!」
 観察し、敵の理を僅かに取り込んだ。その技の明朗さを以って、龍雨は改めて感じる。
 ――これがあの『絶刀』に匹敵する力か!
 かつて絶望的なまでの力を振るったジャック・ザ・リッパーとも違う、自分達にも手の届く超絶性。
 “武”……と、そういうことか。
 ちづるは背中を強かに打ちつつ一瞬で立ち上がる。
 その瞬間、目を眩い光が灼いた。
「味な真似を!」
 ジョンの神気閃光。如何な物理に対する絶対性といえど、神秘に対してはいささかその対処を欠く。開いた目の前に、ツァインの盾があった。
 シールドチャージを、直前まで塞がれていた目にも関わらず受け流す。弧を描いた手は、滑らかに盾を持つ手首を両手で取る。決して触れない。握り締めれば即ち抵抗に転ずるわけで、ちづるはそのまま身を翻す。四方投げ。基本の技だが、使い方次第では――
「ガアアァァァアアアッ!」
 盾を持つ腕がおかしな方向に折れ曲がっている。肩と肘が“上を通って”真後ろに曲がっている。痛みに身を――折らない。
「メタルなめんなぁぁーーッ!!」
 一回きり。痛みが来るとわかっていれば何とかなると言わんばかりの力技が、後ろ死角にいる彼女の頭を刃で薙ぎ払う。
「楽しい楽しい楽しいたのしい……!!」
 眼前に、槍が迫っていた。
 美散の槍。工夫などない、渾身の一撃。
 それにすら、足を捌いて身を翻すと手元に槍を取り――
「少し摘み食いしても……良かろうのう!!」
 その槍を以って美散の手首を極め、槍をレール代わりに疾駆する。固められた指先は刃にも似て
「コレが達人の技か……だが」
 既に砕けた手首で、美散は笑う。
 己の命とも言える槍を、躊躇無く手放した。
「な!!」
 武器とは即ち己の手足。
 武人であればこそ、身に染み付いた反射。
 折れ砕けた手首。酷く痛むが、どうせ痛いなこれくらいが気付けになって丁度良い。
「色気を出したな!!!」
 ぱぁん、と風船の弾けるような打撃音がした。
 スナップも何もない、折れた手首での拳。だというのに、その音。空中で何回転もして、ちづるははるか後方に着地した。
 ぬるり、と赤い色。
「如何だ。触れてやったぞ」
 咄嗟に退いたらしい。少女が鼻に手をやる。
「……血」
 呆然。
 あるいは、喜色だ。
「……血、血じゃ。ふは、ひよっこと思うておったのに、触れた。わしに当てた。は、は、はははははははは!!!!」
 そしてあるいは、狂喜。
 クリーンヒットではない。しかし、全員の連携は確かに彼女の身に着実に隙とダメージを与え――そして。
「これは楽しい、実に楽しい! ぬしら。ぬしら、ぬしらぬしら、良い。ああ、あぁ、はぁっ…………ぁ」
 顔に付いた血を舐め取る。その血はリベリスタ達のそれも交じり合っていて、極上の酒でも口に含んでいるような恍惚とした目で全身をまさぐり嬌声を上げる。
 はっきり言う。
 狂っている。
「……返す」
 狂態を見せながらも、ひとつ息を付くと、少女は殴り飛ばされる時にも握っていた槍を美散に投げ渡した。
 受け取れず、それは足元に転がり落ちる。
「いらんのか?」
「敵の手足を己の身に繋げる者が何処にいる……あぁ、良い。実に良い夜だった……はぁ、ん……ふぅ……火照る……んっ。ぬしら、次はもっと……極上の夜を。絶対じゃぞ。美味い酒を呑むには、寝かすに限る――!」
 闇に、静かに消えていく。
 色々な意味で、追う意志のある者はいなかった。
 疲れた。
 そんな気持ちをあらわにするように、リベリスタ達が崩れ落ちる。
「おい、ひょっとして八将だけに儀式八回ありますとか言うんじゃねぇだろな!?」
「ってことは……嗚呼、クソが。まだこんなのが6人いるのかよ。楽しみ過ぎるだろ」
 闇に向かってツァインが叫び、弐升が呟いた。
 武とは何か。
 提言はリベリスタ達に何を齎すか。
 そして、狂人達は次にどんな動きをするのか。
 判らないことは多いが、一つだけ言えることがある。
 確実に、絶対に。リベリスタは、“武”という名の狂気に取り付かれた人間達に興味とシンパシーを感じられているのだと言う事だ。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
遅くなり申し訳ありません。

演出上の表現等ありますので必ずしも記述どおりとは言えませんが、皆様の攻撃は、確実に通りました。決定打となった方へMVPこそ付けさせて頂きましたが、何人もの方が攻撃を通すべく志向してくださったからこその結果でもあります。
敵が“絶対”という言葉を使うと何とかして突破したくなるのは、僕だけではないですよね。

では、次があればまたよろしくお願い致します。