● それは七月のことだった。 「来年は……アーク……本部でなく……無人島で……脱走……できないように……した方が……いいかも」 とある少女の言葉に、アークの人は、にっこり笑った。 「あはは。とってもいい考えだね!」 いい考えは、来年といわず、今年から! アークは、積極的にリベリスタの案を採用します! ● 「大事なことなので、繰り返す。今年のアークはやる気です」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターにカレンダーを映し出す。 ああ、夏休みも残り一週間をきってしまった。 ああ、楽しかった夏休み。 最後は、南の島で締めるのさ、アハハウフフ。 「いろいろ楽しかった夏休み。南の島で一度は言ってみたい台詞」 固唾を呑むリベリスタ(宿題持ち) 「『宿題? ああ、もう終わってる』」 やだなぁ、イヴちゃん。 そんな台詞、都市伝説、二次元だけの話だよ? 「今年は、みんなにそう言って欲しい。そんなアーク本部」 壮大な野望だなぁ。 「宿題、終わってないんでしょ?」 聞こえません。 というか、あんなものは九月上旬あたりまでにうやむやのうちにしてしまえばいい代物ですよ? リベリスタのかたくなな態度に、イヴはわずかの時間目を伏せる。 「いろいろみんなに働いてもらって時間を使わせてしまったアークとしても、みんなにきちんと学校の課題を済ませてもらいたい。ぜひフォローをさせてほしい。去年のわれわれに足りないもの。それは――」 それは? 「諦めない精神!」 言い切った! 「今年は、まだ余裕がある内に。出来るところからコツコツとをモットーに七月にも開いた。でも、やっぱり後回しになっちゃってるのとか、あるよね」 なんか気迫が違う。 「移動の船の二等船室を開放。みんなの宿題消化のお手伝いをする。白紙で提出とかだめ、絶対」 モニターには、畳敷きの広い部屋に置かれた折り畳みの座卓と座布団。 学年および主要科目ごとまとめられた参考書。 壁に貼られた星の運行やら、歴史年表やらが、宿題やらせるぞ~という意欲を感じさせる。 うわぁお。 「工作、図画の材料、素材も準備した。絵日記用のお天気記録も確実更新。ゲリラ豪雨もばっちりフォロー!」 うわぁ。 やらせる気満々だよ。 ここに入れられたら最後、持ち込んだ宿題終るまで出してもらえないんだ。そうなんだ。 空気が、簡単な仕事とおんなじだもん。 「みんなでやれば、楽しくできる。目指せ、リベリスタと社会性の両立」 うわ~い、現実はきびしーやー。 「ちなみに、素材とかの提供は、三高平市商工会議所」 いつも、お世話になってます。 「それから、それぞれの所属校に連絡を取って、出された宿題の全貌は把握済み」 なんですと。 「大丈夫。アークは、みんなを見捨てたりしない。みんなあってのアーク。一蓮托生。行きの船で済ませてしまえば、楽しい南の島が待ってる。宿題もしないで遊び呆ける、いけない生徒などと呼ばせたくない」 でも、終わらなかったら、帰りの船でもやらせる気なんだよね。わかります。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年09月04日(火)22:23 |
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● この船が最後の希望。 船が再び三高平に帰りつくとき、宿題の全ての欄は埋められているはず。 そんなふうに考えていた時期もありました。 ● 颯は、にまあっと笑った。 「ああ、学生諸氏には辛い季節だねぇ……いやー小生まともに学校いってなくってさーべんきょうはわからないんだけどねーAHAHAHAHA!」 (小学生連中の工作の手伝いをするよ、エキセントリックな木工工作(足が6本アル椅子 などを量産してあGERU) と振り向いた先、なんと言うか、無邪気且つ大胆且つ常軌を逸したものが着々と産声を上げようとしていた。 「これは自由研究と言うものなのだ。――そうだな、そっちのデザインの方がいい。ブリティッシュでエレガントな貴族タワーにするのだ」 「高さはそうだ、2Mは必要だな。なんせ天才だから」 「2Mか!アリアより大きいぞ。脚立がいるな、取ってこよう!」 アリアと陸駆は、せっせとお互いの才能を認め合いつつ、色紙とダンボール、カラーテープやセロハンを駆使した。 足元にはクレヨンで書かれた設計図。 ごく単純な計算式は、色々過程をすっ飛ばした結果だ。 なぜそうなるかは、天才の領域。 上品且つ、戦略演算によって支持された68度のウィングがエクセレントなタワーを完成させたのだ。 「よし、完成したらこれはアークのビルの入口に飾るのだ!」 「ロビーのシンボルになるのだな!」 陸駆は天才だし、アリアは貴族なので、二人とも完璧に宿題は終わっている。 問題があるとすれば、このあまりにも壮麗な自由研究を、いかにして船から運び出し、アークのロビーまで壊さず持っていくかという手段だ。 だが、二人なら問題なく計算するであろうと、アーク職員は信じている。 もちろん手伝うのは、やぶさかではない。 不慮の事故用に、と、写真を撮ってもらった。 「前回大分片付けましたからしばらく遊べると思いましたのに、気がついたら8月も終わりってどういうことかしら?」 ナターリャさん。宿題終わらせられない人は、皆そう言います。 (違いますわ。サボっていたわけではなく時間泥棒にやられましたのよ! ですから残っている宿題は免除ということでいかがかしら?) そういう神秘は今のところ、発生が確認されておりません。 「今度はコレですわね、現代文』 この時の作者の心情を答えよ?」 (は? 私作者本人ではありませんし、判る訳ありませんわ。そんなの本人に聞いて下さいません?) 行間を読み込むのだ、行間を。 (それにこの漢字、ルビくらい振っておきなさい。読めませんわ! ルビを振られたところで意味わかりませんし、初めからもっとわかりやすく書いて頂戴!) そんなあけっぴろげな小説、誰が読みたいというのか。 「まったく……教科書に載っている小説はこういうのばかりで困りますわね」 中学卒業まで、国語学年トップの御龍さんがその背後に忍び寄る。 「なにはともあれまずは漢字やことわざを覚えることぉ。これで点数10点はアップするねぇ」 10点大事だ。赤店回避の25%を占めている。 「文章の中に答えが隠れてるからそれを見つけだすことぉ。こそあど言葉なんてぇのはいいヒントだねぇ。物語登場人物の気持ちになって考えるとわかりやすいよぉ」 見かけによらず、適切に丁寧に教えていく。 ナターリャさんの次の国語のテストの結果が楽しみになってきた。 「あーもう、面倒だよなー、なーんで宿題あるんだよー」 「バカな兄だ。アレほどきちんと余裕をもてといったのに」 夏栖斗とゆっくり過ごす為に、雷音がとっくに終わっているドリルの最後のページに消しゴムをかけてきたのを、兄は実は知っている。 「だってさ、僕拉致られてたしー、宿題の暇なかったしー」 暇はあった。七月の宿題消化大会で、気持ちよく熟睡しただけだ。 「……バカ兄。ボクがどれだけ心配したかしっているのか。毎日お前の分のご飯もつくってたのだぞ」 夏栖斗は、みるみる泣きそうな顔になる妹にあせる。 「帰ってきてよかった」 ぐずっと声がかすれるのは、少女だから仕方がないのだ。 (そうだ、この寂しがりの妹を泣かせちゃったんだよな。兄としてなっさけねーな。 まあ、捕まること自体がなさけねーけどさ) 「ごめんな」 まくし立てる妹の頭を少し乱暴に撫でる手を、妹は気丈に振り払う。 「でも、それとこれとは別だ。見張っていてやる。お腹がすいたら握り飯もつくってやる。だから、たまには隣はボクのために空けておけ」 懸命な妹は、未来の兄嫁に一歩譲っているのだ。 が、たまにはわがままは許されていい。 「厳しい妹だぜ、了解、終るまで僕のとなりはお前のものだぜ。愛してるぜ、雷音。ちゃんと僕を見張っててくれな。読書感想文とかめんどいのてつだってよ」 「いいのか、ボクが書いて」 そういえば、妹は少女であるから、本の選択も文章も紛れもなく少女だった。 それを夏栖斗の名前で出す? どんな罰ゲームですか。 「自分でやります」 今日のそあらさんは、いつもよりきりりとしてるのです。 「もういいじゃないですか、宿題なんて……やるだけ無駄ですよ……私はもう、疲れたんです……」 ソファでぐったりしながら、リンシード、完全に諦めモード。 去年の君はそんなんじゃなかった。 一生懸命宿題をしていた。 「……見て、ぱとらっしゅ、あれが夏の大三角形ですよー……」 船室からお外は見えません。 「まずは正座!! 皆、南の島に来てまでお勉強に時間取られたくないですよね? ですからきびきび、頑張ってやるのですよ。終るまで帰さないですよ! 今日はとことん厳しく見張ってあげるのですよ!」 「でもほら…私、この前までさらわれてたんですよ? その分、不利っていうか…この前まで宇宙人に捕まってたので、宿題できませんでしたとか。通用しません? 嘘はついてないですよ?」 うん。でも、帰ってきてからもちゃんと時間あったし。 「これは愛なのです!皆さんの為なのです!」 「ダメですか、そーですか、世知辛い世の中です……大人って汚い……」 何を言いますか。そあらさんの目はキラキラ輝いてますよ!? 「あ、でもあたし、さおりんから呼び出しあったらそっち優先にするからよろしくです」 アレ。ちょっと別の方に輝いてる。 リンシードさんはぐーぐー寝始めた。 去年の君は、そんなんじゃなかった。 人は、こうして大人になっていく。 竜一は、高笑いさんだった。 「ハハハハハ! 薔薇色の大学生活! 夏休みの課題とかないし! まあ、そういうわけで、後輩たちの宿題の世話という名の邪魔をしよう!」 もういっそすがすがしいな。 「HEY! 高校生の諸君、しっかりと勉強してるかME~~N! HAHAHAHA!高校生は大変だねぇ!」 と、肩を叩き、 「おうおう!中学生たちもがんばるねぇ!」 と、頭をたたき、 「ゲッゲッゲッゲ!皆のがんばる姿を見るのは気持ちいいなあああ!」 よし、地獄に落ちろ。 小中高生の心が一つになるとき、アーク職員さんが竜一の肩を叩いた。 「え? なに? レポー……ト? いやいや、俺は無敵の大学一年生だよ? ないよ! え? 依頼にいきまくってた分の短期集中講義…? うん、確かに補填するように補講は受けたしね! えっ、それの…課…題? ……………あったっけ…?」 うん、あった! アークの人は、みんなの宿題を把握しています! 青ざめ、床に崩れ落ちる竜一。 束の間船室に満ちる歓声。 やった、やったよ。神様は、ホントにいたんだ! 新田・快は、働き者だった。 「――だってラ・ル・カーナが一段落したと思ったら急に福利厚生なんだもの。準備の時間がまるで無いんだもの」 なんだろう、このオカン臭。 「とりあえず手配進めて、発注とかの事務処理を後追いで片付けてる状態だよ。 うちからも見切りで納品してるお酒沢山あるしね……」 もう、新田君たら、冷静ね。 「この印が付いてる奴は室長の私物だから、『ポケットマネー会計』のほうに計上してください」 アークのお金は、世界維持による人類の祈りです。 若旦那の道楽では、断じてありません。 「発注伝票印刷したらこっち回してください。チェックOKなら決済箱に入れて、最後に上に回しますから」 新田君、正式にアークに就職したらどうかな。 (これが終われば南の島。今年は、ちょっと、いいことが!) そうだね。 (ぼっちじゃない!) 3DTの真夏の奇蹟は途切れない! そして、卒業チキンレースの幕開けだ! モヨタの昨年は悲惨だった。 隠していた赤点テストが、エリューションによって三高平中に周知され、鬼と化したママにドリル漬けにされたのだ。 そして、今年。 (今まで全然手ぇつけてなかった宿題、南の島行くまでに少しでも終わらせたくて寝ないでがんばったんだぜ! でも一つだけ残っちまった、だいっきらいな算数のドリルが……) 「行きの船で済ませりゃあとは遊べんだよな、絶対ここで終わらせてやる!」 そして、しばし。 「うぇ、ちっともわかんねぇ……なんで分数と小数を混ぜて計算すんだ! どう掛けたり割ったりすんだ!」 叫ぶモヨタの声を聞きつけたティーチボランティアが、迷える子供のためにはせ参じた。 「あーちっくしょ、んでこんなのがわかんねーんだよ、一から式の解き方教えてやる、解けるようになりやがれ」 「得意な科目とか本当のオールラウンダーはそんなこと気にしないんだぜ」 片や、若干ツンデレ風味の塔矢さん。 片や、三次元で生きるのちょっと辛い凍君。 「――教えてくれんの?」 もう、どうしていいかわかんないモヨタ、ずびっと鼻水啜り上げた。 「誰かのために頑張れるのがかっこいいヤツってもんだろ、頑張って教えてやるよ 」 いい人や。塔矢さん、なんか一匹狼と書いてロンリーウルフとルビを振る人だけど、いい人や。 「さあ来いよ! こんなハイクオリティなボクが皆をサポートしてやるからさ!」 痛々しいけど、三次元に向かって歩き始めた凍る訓には幸せになって欲しい。 五分後。 『A君とB君は8:5の割合でお金を貰いましたが~』という問題に、 「平等に同じ金額渡してやれよ! 不公平だろ?」 と、本気で抗議するモヨタの説得に二人がかりで当たることになる。 友情でも芽生えればいいと思う。 智夫は召喚儀式をしていた。 「助けて、ミラクルナイチンゲール!」 看護婦さんのコスチュームを身にまとった18歳男子が、あらぬ虚空に向かって土下座していた。 智夫の心身的窮地に現れるお助け人格というか、自己放棄的ロールプレイ、それがミラクルナイチンゲールである! 『仕方ないですね。今回だけですよ?』 物腰とまなざしが一気に柔らかくなり、さっきまで取り乱していたあの人はこの人? 状態だが、別に多重人格って訳じゃないんだぜ。まさしく自作自演だぜ。 「残りは経済学のレポートですね」 それ以外は、なんだかんだ言いながら済ませたのだ。 9割やって、残りの1割で取り乱すから目立つのだ。 「1999年8月13日に静岡県東部で発生した局地的大地震の各種損失を纏め、レポート形式で提出せよ、ですか」 (経済損失は金融系、人的損失は医療系の資料&サイトからデータを集めれば出来そうです) 落ち着いてやれば、すぐ終わるのだ。 時間制限パズルで慌てふためいて、実力が発揮できないタイプだ。 「こうして纏めると、全てただの数字になっちゃいますね……でも、智夫さん」 書きあがったレポートの表紙を見つめながら、魔法の看護婦は希う。 「――忘れないで。あのナイトメア・ダウンを」 そのためなら、永遠にあなたの心に住み続けるから。 そんなミラクル☆ナイチンゲールの加護もあってか、三日後、彼は三高平名誉女子第二号の称号を得ることになる。 フツは、感慨にふけっていた。 (勉強らしい勉強すんのも、今年が最後なのかね。そう考えると、このテキストの山にも愛着が湧いてくるぜ) 焦燥院君は、もののあはれがわかる人ですね。 (そうだ、テキストをこなしながら、大学生に大学ってどんなところか聞いておこうかね) そんな考えもあり、ティーチ・ボランティアのベルカに教えを請う。 「かの高名な同志フツとご一緒できるとは光栄であります! 露西亜語は第三外国語あたり……」 「いや、大学ってどんなとこ? 研究したりすんだろ?」 「え?」 「戦いながらも最高学府で勉強を続ける人たちに、尊敬の念を抱くぜ」 大学生じゃなかったの? 社会人? でも宿題あるし? 英語、分詞構文? 「……え? 高校生?」 ベルカの呆然とした、質問ともつかぬ呟きに、フツは、こっくり頷いた。 割とよくある光景だった。 「色々話を聞いてるとテンション上がってきて、良い感じで終わらせられるかもしれんと思って」 「おおお! ならば同士フツのご要望どおり、大学生活について解説させていただきますっ!」 ラヴィアンは固まっていた。 (算数ドリルも、自由研究も、読書感想文も7月中に終わらせた! これでもう、8月は超よゆーだぜ!) 「って、思ってたんだけどな……」 目の前にあるのは漢字書き取りドリル。 「だからさー、前にも言ったけどさー、ただ書くだけとかつまんないんだって」 1日2ページ進めて、今頃綺麗さっぱりな予定だったのに。 「何でまだ4ページしか埋まってねーんだよ!」 残り、36ページ! 「……この漢字ドリル、革醒しねーかなぁ。そしたら燃やし尽くしちゃうんだけどなぁ」 (かくせいしろー、かくせいしろー) そう念じる頭を、ぐりぐり撫でられた。 「よう、少しは出来るようになったか?」 「――外国人に漢字とかベリハEXだってーの」 去年たすけてくれた、爽やか笑顔で坊主頭の兄ちゃんが、またこつを教えに来てくれた。 京子は、くすんと鼻を鳴らした。 (ああ、今年はまだ宿題終わって無いんです……助けてくださーい、イヴちゃーん) しかし、きっと、「がんばって」と、いつもの顔で言うだけに決まってる。 (そうですね、夏休み中はバイデンやらバンドの練習やらで忙しかったですもんね。ここでやらなきゃいい女にはなれませんものね) ごそごそと数学のドリルを出す。 (勉強というのはどうしていつもこんなに悩ましいものなのでしょうか。ところで社会に出たところでこんなべんきょーが役に立つのでしょうか) 鉛筆を口にくわえながら自分の知恵を捻り出す。 交錯する記憶。 『姫ちん、終わったらクレープでも食べにいこ……』 『……うん、食べたいねクレープ。わたしイチゴがいいなぁ……』 耳元で幻聴。 情けない笑顔の気配。 去年のおぼろげな記憶。宿題はさっぱり終わっていなかった。 (おねぇの記憶は何も教えてくれません。まあ、私以上に勉強してない人だったからなぁ) 「この前勉強教えてたはいいけど、自分の課題やってなかった!」 悠里くんたらぁ。 「締め切りはまだなんだけど、また忙しくなりそうだから今のうちにやっておこう」 えらいえらい。滅んじゃいけないよな、こういうきちんとした人は。 さくさくと済ませた悠里は、標的、いやさ、算数数学でお困りのお子さんを探し始める。 (とゆーわけで、お姉ちゃんの厳命を受けてこちらに来ました。はるかちんです) お困りのお子さん、遥香さん。 「頁は1学期にやった、ここからここまで」 しかも回答の頁は解しか書いてないと来やがった。ノートに、途中の式とか図を自力で記してないと、うつさせてもらったの、バレバレ~。 ああ眠い。1頁目の半分でもう眠い。 「数学って結構難しいって思えるけど、パズルだと考えたら結構楽しいよ。一息に答えを求めようとするんじゃなくて、これを求めるのにこれが必要って順序立てて考えていけば然程難しくない。計算間違いがあっても、考え方があってれば身にはなるからね」 悠里が教えてくれるけど、眠い。 「あーそう言えば、『聖者』のおっちゃん元気にしてるかな?どっかでバイデンみたいなのに捕まってないかなー……」 心配という名の現実逃避。 進まぬテキスト。確実に削れる時間。 急に空気が冷たくなった。 「逃げるな~。宿題しろ~?」 どうっと、なにかが倒れる音。 目を上げると、悠里の拳の周囲に、氷の結晶が漂いやがってます。 「男子限定だから!」 遥香の視線に、眼鏡のフレーム凍てつかせながら、にこやかにおっしゃいましたよ? なにが。なんて、聞けない。 体は凍りませんでしたが、魂が冷えました。 猛然と埋める計算欄。 (あうう、砂浜、珊瑚礁、ご馳走、星空…約束の地を目指して頑張ろう。とにかくやろう。 地獄の番犬蹴っ飛ばし、冥府の門を逆走する勢いで…光の世界へっ!) リリは、高等部編入に向けて、9月からの予習。 「年齢は私の方が上ですが、学校に入ったらお二人とも先輩ですね。宜しくお願いします」 (学生生活は全くの未経験なのですが、宿題というものがあるのですね。何だかわくわくします) 「宿題の大半は終わっているので、苦手で残ってしまった現代文の一部と古文をお願いします。漢字がどうしても難しくて……」 ミュゼーヌが任せろと微笑んだ。 「漢字はアルファベットと違い、文字一つ一つに意味があるからね。例えばこの左側に『木』と書かれている物は――」 眼鏡をくいっとしつつ、ミュゼーヌ先生は丁寧に部首について説明していく。 慧架は、それを踏まえて……と、ちょうどいい問題をリリに提示する。 (少しずつ解くためのヒントを教えて、正解に導けるようにできたら幸いです) 「冷たい紅茶を用意してます。ここは、飲食禁止だそうですので、あとで甲板で頂きましょう」 「さ、もうひと頑張りよ。ご褒美に待っている南の島は、とても綺麗で素敵な場所だから」 「日本語は美しいですね。南の島に着く前に、頑張って全部やってしまいます」 ここまでで宿題を終えられたものは幸いである。 彼らには、楽園が用意されている。 「夏がこんなにも楽しいなんて、知りませんでした……!」 華やいだ声。歓声。 嗚呼、楽しい南の島が待っている! おめでとう。おめでとう。おめでとう……。 ● そして。 楽しかった南の島を後にして。 船は二学期目前の本土を目指す。 荒れる海の中、宿題殲滅戦が開始されたのだ。 ● エリエリは、泣き叫んでいた。 「だってこんな海が荒れるとか予想しないし! みいちゃんヘルプ! へるーぷ!」 どうして、こうなった。 行きの船で、天守の姉妹は、華麗に連携という名の作業分担をするはずだったのに。 「聞きたい所があったら言って? あ、でも写しあいっこは禁止よ?」 真綿で首を絞める様に、柔らかく命の危険を感じさせる笑顔で美伊奈が宣告したからだ。 当然、終わるはずも無く。 姉妹は、ここに集められた。 梨音は、ずぶぬれスク水イン投網という、ニッチな姿で放り出された。 「はろーみなのしゅ……みっしょんあんこんぷりっしゅど……」 外洋をなめたらいけない。リベリスタでも死ぬ。 (逃走には失敗したが……要領のいいりっちゃんはここでもひとくふう……。去年の解答を移していけばらくしょうなのだ……) だめだと言われても、もう禁忌を犯さなくては、間に合わない! 「……あれ……みぃ……なにかなそのポットは……」 ほこほこ。 「皆の為に私、こんなの作ったんだ」 はにかんだ笑顔が、恐怖を誘う。 「眠気覚ましに(必要以上に)なって、集中力が(不自然に)増して、勉強が(機械の様に)捗る様にって、色々試行錯誤して改良してみたの」 必要最低限に、且つ自然にsからわ図、人間らしくじゃだめなのかな!? 「だから、辛い時はこれを飲んでね。必要な時は遠慮なく言ってね? 遠慮、しないでね?」 かぐわしい香りが辺りに漂う。 周囲からうめき声や、何かが床に落ちる音が聞こえるが、それは船酔いで、お茶のせいでは何するやめ。 「やめ……の、のみまーす! のみまーす!」 「ごめんなさいちゃんとやりますゆるしてください」 エリエリは飲むことを選んだ。もう、正気でいたくない。 梨音は、恐怖のあまり、正気を手放せない。 (みぃが手ずからお茶を入れたという事実が恐怖の対象なのだ) 梨音のとまらない筆記音と、エリエリの「がんばるぞーえへへへー 」というたがが外れた声に、美伊奈はそっと胸をなでおろした。 「宿題終わりそうだね。思い切り遊べて、楽しかったね、南の島」 美月は、脱臭エチケット袋を握り締めていた。 「う゛う゛……きぼちわるい……」 脳みそが活字を拒否している。 『船酔いとは……三半規管も弱いって主、貴女は一体何なら強いのですか』 というか、式神に突っ込み能力分割した時点で、本体は強みを完全に失ってるんじゃないかな。 「ひ、ひどひ……だって、揺れる中に教科書呼んだり計算したり何てう゛ぇ!? ……」 丸まって耐える。 乙女として、衆人環境リバースなんて、どっかのフォーチュナじゃあるまいし。 『その調子だと、行きの船で終わりませんよ?』 式神による突っ込みは、自作自演といえるのだろうか。 「ううう……そ、ぞれは不味い。不味いよ……帰りもごんな゛調子だっだら僕、僕……」 『貴女……。記憶も飛んでるんですか。今が、帰りですよ』 式神は哀れみの視線を本体に送った。 ミミルノの体力は限界だった。 「しゅ……しゅくだいっ……ミミルノのレイザタウトののーりょくをさいだいげんにどーいんしても なんこうふらくのさいきょーのてきっ!!」 どっぷぅん。 しゃれではなく、外では波頭が砕けている。 「このてきをこーりゃくするせんりゃくはっ…ほーほーはっ……こくりこくり」 時化の恐怖が限界点を突破して、急激な睡魔がミミルノを襲っていた。 「すぅすぅ…ふわっ!? じかんどろぼーさんがっ! なんててごわいてきなの~」 ごく短時間の睡眠と覚醒を繰り返す。 疲れは取れず、気力は最底辺。 効率など上がるはずも無く、宿題は全然終わらない。 「むぐぐ~……こうなったらひっさつわざ!じみちにいちもんずつがんばってとくさくせんっ!」 1ページは出来た。 しかし、そこが限界。 睡魔は容赦なく、ミミルノをさらう。 彼女は幸せだ。この後の惨劇を見なくてすんだのだから。 陽菜は義憤していた。 (福利厚生で南の島に遊びに行くという餌をチラつかせ、船に乗せて逃げ場の無い洋上で宿題をさせるなんて……汚いさすがアーク汚い!) きれいごとで宿題終わるんだったら、こんなことしやしない。 (ほぼ全教科の宿題が手付かずだけど、こうなったら意地でも宿題なんてしないんだから!!) 硬く決心した陽菜は、周囲を見回す。 (よし! 勉強するフリだけして、少ししたら「喉が渇いたから」って言って抜け出そう! 頭良いアタシ♪) きょろきょろとタイミングを見計らう。 「ふふ、どうしたの? 何か困りごと?」 口元に笑みを浮かべてティアリア先生が背後からしのびよる。 「あ、あの、一休み……外に……」 「外、時化だから、外に出た瞬間、海の藻屑よ?」 ホントか嘘か、確認のしようが無い。 でも激しく揺れてるのは、確か。 汚いな、さすがアーク、汚い。 「ちゃんと懇切丁寧に教えるわよ。帰りまで残している人も、ちゃんと終わるまで解放しないわよ」 一番つかまってはいけない人に捕まりました。 手元には完全白紙の宿題。 「ふふふ……個人授業が良い?それならわたくしの部屋にいらっしゃい? 」 それは、宿題ではなく、別の意味で青い春の1ページが書き込まれてしまう可能性があるから、お勧めできない。 「誰一人白紙は出さないわ……!」 決意は美しい。ただし、生徒のお持ち帰りは、なしの方向で! 舞姫の魂はフリーダムだった。 「8月が31日までだなんて、誰が決めたんです? わたしの魂は……、暦なんかに縛られない! さあ、行きましょう、ビヨンド ザ オーガストへ……終わらない夏休みの始まりです!!」 嗚呼、なんて美しい夢。 行きの船での宿題消化、断固拒否。 アハハウフフと、南の島を満喫し、帰りの船は。 「舞姫様の人生を守る為、不肖の身なれどお手伝いさせて頂きます」 捕まっていた。 シエルは、舞姫の体と自らのの体を紐で結びつけた。 「舞姫様は心身に優れておりますもの…こうやって結び付けておかないと…何時何処に逃亡されるか分かりません」 「ひゃっふー! ああん、マジエンジェル・シエルさんと愛の糸で結ばれたわ! マイラブはシエルさんのものだよ!!」 舞姫、自分を抱きしめ、じったんばったん。 「シエルさん。比翼の鳥、連理の枝となりましょう……」 添い遂げて、どーする。 「あ…何だか船が揺れ始めましたね……作戦失敗です……縄を解かないと……」 シエルは舞姫の馬鹿力を想定して、対エリューション捕縛用紐を貸し出してもらっていたのだ。 ちょっとやそっとじゃほどけないし、切れません。でんじゃらす。 「てゆかシエルさん、紐引っ張っちゃダメ……ほぶぁっ!?」 舞姫は、いい感じに、転げた。 色々デンジャラスな床の上を転げた。 「それにしても日本って本当に夏休みに宿題出るんだねぇ」 クルトはいい奴だ。 乗りかかった船と帰りでもティーチ・ボランティアに来てくれたんだから。 「山育ちで義務教育とか受けたことないのに、リベリスタになったら急に宿題を出されたでございます」 愛音、青春の主張。 教育を受けるのは、国民の権利です。 「そもそも自分が街に降りたの8月頭でございますよ……」 「しかも旅行に行く時まで持って来ないと終わらない程なんて、ドイツじゃ休みに宿題なんて考えられないことだったけど」 いえ、単に全然着手していなかった報いです。 「アークは鬼でございます!」 いえ、鬼も滅ぼすそれ以上の何かです。 [ですがその奥底にあるものはLOVE! 愛音は愛を否定せず! 期待に答えるものでございます! 英語は得意でございます!」 「Andere Länder, andere Sitten。郷に入れば郷に従え、帰り着くまでみっちり面倒みて上げよう」 船倉の中心で、LOVEを叫ぶ子供。 (LOVE)(LOVE)(LOVE)(LOVE)(LOVE) 「……え? 英語って、『LOVE』以外にあるのでございますか?」 世界よ、束の間愛で満ちよ。 「俺たちはBottoms(底辺野郎)さ……」 竜一が笑う。 吹っ切れた笑い声に、船室の空気がまた混沌とする。 (どうも、瞑ちゃんです。前回の自由研究、ネットオークションに出しましたがまだ売れません、嘘です) そうか、売れたのか。 (ちなみにですけど、前回の宿題の勉強会以降一切宿題やってないですからね!) うん、そんなことだろうと思ったよ。 (ばっか、知ってるだろ? この時期は面白いゲームが目白押しなんだぜ?) そうだね。気がついたら、夜とかあけてるよね。 というか、夜が明けそうになってもう布団はいらなきゃとか思ってんだけど、やめられない時があるよね!? 「見せてあげるわ、DAで二倍早く宿題を終わらせるうちの力を! え? 答えがわからなきゃ意味が無い? なに言ってるのよ! 写させて貰えば無問題なのよ!」 ごめん、瞑と宿題かぶってるの、いなさそっぽい。 というか、叫び声を聞きつけて、のぞみさんが微笑を浮かべながら、瞑の前に座った。 「塾での教師のバイト経験もあるので活用できるかと♪」 プロだ。プロが来た! これで勝つる。か、どうかは、瞑次第だ。 だいじょうぶ。のぞみさん、女の子大好きだから。 持ち帰られないようにだけ気をつけて。 「これは ひどい」 百戦錬磨の掃除人エナーシアさんが声を上げた。 (どうしてこんなになるまで放って置いたんだっ、て放ってないのにこの惨状なんだったわ。 事実は小説より奇なり、ね) 行きの――エナーシアさんが古文でSAN値直葬と思っていた宿題消化大会など、お花畑でアハハウフフ状態だったと認識し直さざるを得ない。 (契約上、帰りの船が着くまでに清掃を終えなければならないのだけど、目の前の地獄が片付けた先から散らかしていくのだわ) 具体的に言えば、発作的にこしらえる紙ふぶきとか、焼けてないお好み焼状のものとか、それすら出せずに苦くてすっぱい黄色い液体とか。 成分のはっきりしないお茶とか、エチケット袋とか。 (……私は登りはじめたばかりでなのでさう。この果てしなく長い清掃業をよ……) 遠い目をしたエナーシアさんが、やけに優しい笑顔で微笑む頃。 船は三高平の港に帰り着く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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