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<黄泉ヶ辻>陰ト影

●ある日の夜の出来事
 あ? 何だてめえ。餓鬼がこんな時間にこんな場所をうろついて。
 ……ああ、何だ。無明さんとこの使いっ走りか。
 ったく、あの人の我侭にも困ったもんだぜ……へえ、こいつは――

 コイツハ――良イ■ダ

●喰い合う闇
「どういう事だ」
 静かに、けれど搾り出される様に放たれた声。
 その声の主を知る者ならば、それが如何に異常な事態かは知れたろう。
 黄泉ヶ辻の拠点の一つ、廃棄された病院の一室。
 けれど其処は廃病院であるから、と言った実質的意味のみならず、既に医療の場では無くなっている。
 壁に貼られたの無数のバイタルデータとレポートの束。
 フローリングの床に並ぶのは詳細不明の液体で満たされた幾つものカプセル。
『いやー、あたしも直ぐにお返しする心算だったんですがねえ?』
 帰って来た声は如何にも一癖有りそうな軽薄極まる口調でそう告げる。
 苛立った様に、手に持った携帯電話が鈍く軋んだ。
「黄泉ヶ辻と対する気か?」
 それはある種の脅しであろう。彼らの盟主がどれほど“外れた”人物であるか。
 それを知る者は決して多くない。だが、逆に――それを知る者であれば。
 黄泉ヶ辻と言う組織が過激派と称される裏野部や目的の為に手段を選ばぬ六道らと比して劣る物ではない。
 いや、いっそ逸脱と言う意味合いであれば勝り得る事を疑う事は有るまい。
 閉鎖集団『黄泉ヶ辻』だがしかし、それは穏健であると言う意味で決して無い。
 彼らは閉鎖主義であるからこそ、故意に組織の対する者を排除する事に何の躊躇いも覚えない。
『はは、いやいやまさか。ただ、あたしらの上の方がお姫様を偉く気に入っちゃいましてね』
 その言葉に、男。黄泉ヶ辻の『屍操剣』黒崎骸が言葉を止める。
 上の方。電話の相手である『影狐』の雇い主と言えば一人しか居ない。
 暴力で以って悪行を為す、フィクサードの同位対称とも言える存在。
 地位と財力を以って悪徳を為す表の世界の有力者。政治家、島川公彦。

「……何が望みだ」
 問う。問わざるを得ない。交渉の道具に用いる以上万が一と言う事も有り得ないだろうが、
 されど、もしもその万に一つがあったならば、彼の全ては意味を失うのだ。
 骸の実娘――黒崎綾芽の安否とは、男にとって世界と比してすら尚重い意味を持つ。
『勿論、何時までも与っておく訳にもいかない事はこっちも重々承知してんですよ
 でもねえ、上のお気に入りとなりゃそりゃあ賓客も同然ですわ』
「迎えを寄越せと?」
 小間。我が意を得たりと言うかの様に。それは餌を前にした肉食獣にも似て。
『ええ、それもあたしが見知っていてかつ信頼出来る御仁で無けりゃ預けられやせん。
 例えばそう、『預言者』君とかですかねえ』
 ――その条件であれば、例えば骸当人であっても問題は無い筈。
 その上で『預言者』の名を提示して来た以上はつまりはそういう事。人質交換……否。
 相手の目的は、むしろ『預言者』それその物か。
「……――迎えに行かせる。準備をしておけ」
「ああ、勿論最低限の護衛は付けて頂いて構いませんよお?
 あたしらも相応の準備はしておきますけどねえ、万が一って事が無いとも限り」
 ピッ、と。通話を切ると同時に携帯を投げ捨てる。
 視線を巡らせれば彼の後背。椅子に座り何かを手帳に記している赤い服の少年。
「……悠、聞いていたな」
「うん、でもこの引渡し……荒れるよ?」
 呆っとした何処を見ているか明らかでない眼差しは、人に見えない何かを読み取る。
 『預言者』赤峰悠の“預言書”は彼の知る範囲の人間が引き起こす“次の出来事”を極めて高精度で示す。
「聖櫃、か」
 そして現時点に於いて、悠はアークの動きに関してのみ報告する様骸に指示されている。
 その彼が口を開いたという事は、いよいよ以って時間的猶予は無いと言うことだろう。

「仕方あるまい……障害は打破せねばならん」
 きつく眼を閉じた骸を眺め、悠が僅かに視線を落す。
 彼が骸の手を取ったのは、生きる為だ。ただ生きたかった。まだ死にたくなかった。
 彼の見た未来は、実の母によって閉ざされていたのだから。
 その未来を打破するには、運命に祝福された人間の手を借りるしかなかった。他に選択の余地は無かった。
 けれど今更になって思う。その選択は、果たして本当に正しかったのだろうか。
 幾つもの人々の生死を見てみぬ振りをして。何人もの平穏を掻き乱して。それでも、尚。
 今となっては、何故あれほど生きたかったのかすら――もう、良く分からない。

●三つ巴
「……『黄泉ヶ辻』の、先手が取れそう」
 アーク本部、ブリーフィングルーム。呟いたのは『リンクカレイド』真白イヴ(nBNE000001)。
 その言葉に、集められたリベリスタ達が瞬く。閉鎖集団「黄泉ヶ辻」。
 殊更に所在を隠す彼らが引き起こす事件は、察知した時点で手遅れと言うケースが少なく無い。
 アークもこれに適宜対応してはいるが、どうしても後手に回り易い。
 先の黄泉ヶ辻首領、黄泉ヶ辻京介の一件からしてそうだ。
 彼らの動きは突発的で所以が無く、秘密主義であるが故に迅速である。
 ――であれば、何故。操作したモニターの画面には、黒いスーツの狐の様な男が映る。
「これはこれは皆さんお揃いで。と言ってもあたしにゃ“見えない”んですがね。
 特務機関アーク。いやあ、御縁があって何より。先日はお世話になりました、と」
 『影狐』こと、無明和晃。現在は政治家秘書なる如何にも胡散臭い地位に在るフィクサード。
 その前口上を画面を操作して飛ばしながら、イヴがその映像――ビデオレターを要約する。
「この影狐と黄泉ヶ辻の『屍操剣』が取引をするらしいの」
 『屍操剣』黒崎骸。アークと散々矛を交わし未だ健在である「黄泉ヶ辻」の幹部候補。
 自律して動く死者の創造。なる禁忌に手を伸ばす、現在のアークが対峙している明確な“敵”。
「それを、潰して欲しいみたい。この取引が完了してしまうと、屍操剣の研究が完成してしまうから」
 研究が完成すれば影狐らの支援は必要無くなる。そうなれば此処はフィクサードの常。
 用済みになった協力者は切り捨てられるだけだ。
「でも、この人達もフィクサード」
 敵の敵は味方、とは行かない。本来であれば屍操剣と影狐どちらも敵である。
 だが、事はそう単純ではない。何せ相手は政治家秘書。背後には現役政治家が付いているのだ。
 政治力と言うのは純戦力では計り知れない社会に組み込まれた“組織力”だ。
 秩序を守るのがリベリスタである以上、それと敵対した場合の社会への影響と言うのは無視出来ない。
 
「どちらの目論みも潰したい。だから、急いで調べてみた」
 万華鏡によると、彼らの“取引”は影狐のビデオレターの通り、5日後の夜半に行われる。
 この場で影狐は人質交換を行うらしい。曰く、屍操剣にとっての切り札と、赤い『預言者』の。
 そして仁蝮組から得られた報告によると、元剣林のはぐれ者達に動きが見られるとのこと。
「両方を総合すると、影狐は最初から取引する気が無い。――それはきっと、黄泉ヶ辻も一緒」
 どちらも狙うのは親の総取り。その情報をアークにリークして来たのも、場を混乱させる為に違いない。
 屍を操る屍操剣が居る限り、潰し合いになった時圧倒的に優位なのは「黄泉ヶ辻」だ。
 それにアークを介入させ、混乱を引き起こす事で状況を五分に。
 否、明らかに漁夫の利を狙おうと言う魂胆だろうと、万華鏡の申し子はかく告げる。
「でも、これはチャンスでもある」
 影狐の背後関係を考えれば、真っ向から正面切って敵対する訳にもいかない。
 一方黄泉ヶ辻の、屍操剣の研究が完成するのを指を咥えて見ている事など出来る筈も無い。
 けれど、三つ巴であればそのいずれも解決する。
「相変わらず、戦いがどう始まってどう推移するかはノイズが酷くて判別不能」
 場に“預言者”が居る以上、与えられる情報は極めて不確定だ。
 しかしやりようによっては、此処で一連の事件に終止符を打つ事すら不可能では無い。
「皆、ここが正念場」
 決して簡単では無い。全てを得ようとすれば求められる仕事の難度は跳ね上がる。
 だがあらゆる意味でこの先、生まれ得る犠牲を抑え込む事が出来る。
 その可能性があるのなら――足踏みをする理由など、何処にも無い。
 資料を差し出すイヴの眼差しに背を押され、リベリスタ達が拳を握る。






■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年09月09日(日)22:50
 72度目まして。シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 難易度の高いシビアな戦いです、奮起下さいませ。以下詳細。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

●作戦成功条件
 『預言者』赤峰悠の確保 or 黒崎幸の確保
●作戦失敗条件
 黒崎綾芽の死亡
(※これが発生した時点で失敗が確定します)

●特殊ルール・Prophecy
 『預言者』赤峰悠の持つフォーチュナ能力。
 過去<黄泉ヶ辻>と付くシナリオ群へ一度でも参加した事のあるリベリスタは、
 その能力傾向、活性スキル、当シナリオのプレイングに到るまでの全情報を
 「黄泉ヶ辻」側に把握されている物として扱われる。

●『影狐』無明 和晃
 40代半ば。政治家秘書を勤めるインテリヤクザ。
 基本クラスはプロアデプト。それにインヤンマスターを齧っている。
 表舞台に出る事を好まない永遠の二番手。人を使役する事に長ける。
 直径の上司より指示を受け、赤峰悠、黒崎綾芽の両名を確保する為参戦。

・保有一般スキル:千里眼、集音装置、高速演算、歴戦、戦闘指揮Lv2、論理戦闘者、精神無効

・保有戦闘スキル:超頭脳演算、ピンポイントスペシャリティ、呪印封縛、陰陽・結界縛

・保有破界器:蠱毒の匣
 呪いの込められた宝石箱。蓋を開く事で効果が発動。
 箱の所有者の視界内で人が死亡する度、命中と回避に+10の修正を追加。この修正は重複する。
 箱の所有者が死亡した場合、半径20m以内の全対象に死者数×100の防御無視ダメージを与える。
 箱が破壊された場合箱の所有者の命中と回避は死者数×10永続的に低下する。

●剣林系フィクサード
 元々は剣林に所属していたはぐれ者フィクサード。
 前衛はクリミナルスタア3、ソードミラージュ1、クロスイージス1、プロアデプト1の6名。
 後衛はマグメイガス2、インヤンマスター1、ホーリーメイガス2の5名。
 能力はLv11以上、15以下。
 用いる中級スキルはLv10制限までの物に限られる。

●白兎の魔銃
 剣林系フィクサードのスターサジタリーが持つ銃型の破界器。
 威力は然程では無いものの、尋常でない命中精度を誇る。
 また、武器としての性能外に何からの特殊能力を持っている模様。

●黒崎綾芽
 『影狐』らが確保している黒崎に対する人質。
 現場には間違い無く連れて来られているが、所在不明。
 彼女が影狐達の手元に居る限り、取引に参加している「黄泉ヶ辻」は
 影狐達へ攻撃を仕掛ける事は無い。

●『屍操剣』黒崎 骸
 30代後半。『黄泉ヶ辻』の研究者であり元外科医。
 黄泉ヶ辻の幹部候補として名前が挙がる程の実力者。黒髪黒眼に黒服の男。

・保有一般スキル:機器遮断、デュエリスト、不沈艦、ウエポンマスター、技巧派

・領域結界
 A、持続2。黒崎の保有する一般スキル。結界スキルの一つの到達点。
 能力者を中心に半径500m以内の、特定空間からの離脱を阻む結界を張る。
 この結界からは魔術知識か陣地作成のスキルを持つ者以外決して出る事が出来ない。

・保有戦闘スキル:パーフェクトガード、戦鬼烈風陣、リーガルブレード

・EX 屍操術・本式解放
 破界器『死生剣』の力を利用したEXスキル。
 場に在る死体を操りブロックや障害物に用いる。
 1ターン内の最大数は4。このスキルでは、例外的に手番は消費されない。

・保有破界器:死生剣
 黒い大剣。近しい人間を亡くし、その生に未練を持つ者だけが
 所有する事を認められる魔剣。極めて高い殺傷能力を持ち、
 剣を所有したまま死んだ者、剣で殺めた者をE・アンデッド化させる。
 E・アンデッド化した者は制御出来ず、よりフェイトの多い者を襲撃する。
 
●『預言者』
 赤峰悠。7歳。
 状況判断の出来る聡明な少年ながら、今はどこかぼんやりしている。
 『黄泉ヶ辻』と言うより黒崎の専属フォーチュナながら、
 人質交換の対象である為黄泉ヶ辻系フィクサードらに囲まれている。
 戦闘能力は皆無。ただしフォーチュナとしては特異な才能の持ち主。

●黄泉ヶ辻系フィクサード
 『屍操剣』黒崎骸配下の黄泉ヶ辻のフィクサード。
 前衛は覇界闘士2、デュランダル2、クロスイージス1の5名。
 後衛はマグメイガス2、インヤンマスター1、ホーリーメイガス2の5名。 8/27修正
 能力はLv12以上18以下。用いるスキルは不明。
 黄泉ヶ辻はこれらの内7名を取引に参加させ、3名を別行動させている。

●戦闘予定地点
 都市部の外れにある大きな貸し倉庫。
 黄泉ヶ辻は一般乗用車、影狐は大型バンとタクシーで現場まで来ている。
 タクシーの運転手は事情を知らない一般人。
 倉庫内は薄暗く、光源が無く暗闇に対応するスキルを持っていない場合、
 命中と認識範囲にペナルティ。
 倉庫内に電灯は付いている。スイッチは倉庫に入ってすぐ。
 詰み上がった段ボール等障害物も多く視界の通り難い環境。足場は特に難無し。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
スターサジタリー
エナーシア・ガトリング(BNE000422)
ナイトクリーク
源 カイ(BNE000446)
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
ホーリーメイガス
ニニギア・ドオレ(BNE001291)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
マグメイガス
丸田 富子(BNE001946)
プロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
プロアデプト
ジョン・ドー(BNE002836)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
レイザータクト
神葬 陸駆(BNE004022)

●『預言者』は迷い
「……」
 同調する。ページを捲くる様に、眼前に開かれるのは羊皮紙の様な質感の古書。
 其処には膨大な人名とその人間の行動、過去、現在、未来の全てが刻まれている。
 だが、彼はその書の本来の所有者では無い。だから、出来る事は覗き見る事だけ。
 彼の“知る人間”の、“知り得る未来”だけを読み取り、掠め取る。
 それは彼にのみ許された特別な権限。その書物と彼は、偶々相性が良かった。ただ、それだけのこと。
 故に、彼の未来予知は本来絶対である筈の年齢と言う枷を凌駕する。破界器『預言書』との共鳴効果。
 時間も、次元も超越し、彼は現時点で定められている範囲の未来を“読み解く”
 そうして何時ものとおり、その内容を確認して。
 『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)の名で視線が止まる。『預言者』は、小さく呟いた。
「馬鹿だなあ」
 その声音は、とても7歳の子供とは思えない。どこか老成した響きを伴って虚しく響く。
 何処までも諦め切った虚ろな眼差し。僅かに笑おうとして失敗した気配が口元に残る。
 革醒してから幾度も繰り返した葛藤と煩悶は、望むと望まざるとその精神を“子供”の枠から逸脱させてしまった。
 昔みたいには、笑えない。彼には未来が見えている。無邪気に希望を信じられない。
 そう、子供の様には。

「だから……決まってるって言ってるのに」
 代わりに、そっと息を吐く。誰にも分からない程にささやかに。胸に沸いた想いを呼気で紛らわす。
 彼は聡明だった。両親は彼に過剰な期待を寄せていた。そしてその期待は裏切られる事が“決まっていた”
 その結末を見た瞬間、彼を蝕んだ感情を何と言えば良いのか。いや、あれこそがきっと絶望だ。
 大抵の事は出来ると言う才能は意味を反し、砂を噛む様な毎日。
 元々乏しかった生きている実感は掻き消え、淡々と続くのはスタッフロールまでの消化試合。
 袋小路に陥った彼を動かしたのは、鮮烈なまでに我侭に生きる殺人鬼の姿。
 そして、偶々利害の一致した黒い男。
 彼は明らかに善人ではなかった。人を人とも思わぬ実験に耽溺し、他人を殺める事にすら感情を動かさない。
 まるで機械だ。ただ一人を救済する。それだけに全てを捧げる自動機械。
 けれどその在り方は。現実感を喪失した悠と――とても、良く似ていた。
“少年、その鳥篭から出たくは無いか?”
 その問いに、預言書の結末が書き換えられた瞬間。彼は漸くそれが鳥篭で有った事に気付いた。
 未来は、変えられるのだと。決まってなどいないのだと。
 だから躊躇無く頷いた。そうして彼は自ら“籠”を破壊した。我侭に生きる、殺人鬼の様に。
 それを後悔はしていない……していない、筈だ。

 なのに、
“僕らと共に来るんだ、平穏に生きたいという気持ちがあるのなら、僕らは必ず応える”
 視線を流して見れば。
“悠さん。アークは、わたしは、あなたを受け入れます。罪は償えます。だから……”
 そこに刻まれているのは
“私としても少女が、子供が、このような戦いに巻き込まれることは好みません”
 幾つもの
“ねぇ、悠くん。僕はヒーローになりたいんだ。みんなが幸せになれる未来が欲しいんだ”
 幾つものメッセージ
“はいはい、赤峰ちゃんこんばんは。賽は転がったよ? 君が求める未来はどんな未来なんだろうねぇ”
 源 カイ(BNE000446)、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
 『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)
 それに、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)
 その誰もが彼を呼ぶ。彼自身が、自ら望んで築いた籠を外から叩く。幾度も、幾度も。
“一緒に幸せな未来を紡いで欲しいんだ”
“うちのお人よし達は、君を救いたいらしい”
“――悠くんを、死なせない”
「どうして」
 呟きは、紙に落としたインクの様に、滲んで、ぼやけて、けれど消えない痕跡を残す。
 彼は自らの手で未来を変えた。その責任は負わなければいけない。
 だから彼の未来は今度こそ決まっていた。世界を敵に回し、他者を虐げてでも生きる事が運命なのだと。

「……どうして」
 なのにどうして、今更迷うのだろう。なのにどうして、こんなに空々しいのだろう。
 あんなに、生きたかった筈なのに。
 あんなに嬉しかった筈、なのに。
 ここで生きていくんだと、自分なりに決意を固めていた筈なのに。
 苦しむ様な、辛い様な、痛い様な表情で『預言者』――赤峰悠は今度こそ、泣きそうな顔で笑った。

●『影狐』は嘲笑う
「さぁて、来ますかねえ」
 都心から大きく外れた港町の外れ。貨物の並べられた広い貸し倉庫の奥で影絵が笑む。
 『影狐』無明 和晃は自らをビジネスマンであると位置付けている。
 フィクサード等と言った犯罪者予備軍ではない。彼が行うのは何時だって政治と言う名の“ビジネス”だ。
 暗闇に成らす為閉じていた瞳を開き、その笑いが深くなる。予定通り、そして想定通り。
「くっくっ、そりゃあ来ますよねえ。セイギノミカタなら」
 今回にしてもそう。アークの介入を促したのは当然のリスクマネジメントだ。
 損失を最小限に、そして収益は最大に。その理想を体現するにはどうすれば良い。
 簡単だ。場を徹底的に混乱させ、主謀者の意図を稀釈し、ライバル同士を潰し合わせて騙し討てば良い。
 その為の素材は揃えて来た。盤面は磐石、後はひっくり返すだけだ。
「で、もう片方はどうしてんですか?」
「いえ、それがどうも――」
 現場には来ている、が、車から出てこない。その報告に無明が眉を寄せる。また、だ。
 また『預言者』の助言だろうと当たりを付け、無明が爪を噛む。
 忌々しい、手酷いルール違反だ。知性でなく、研鑽でなく、神秘で以って謀を覆す運命の観測者。
 だが、だからこそだ。邪魔者は排除する等と言うのはナンセンス。
 難敵であるなら、絡め取れば良い。最良の味方とは、得てして最悪の敵である物だ。
 そしてこの場合のそれは「アーク」では無く、「黄泉ヶ辻」でもない。
「結構、そうでなけりゃあ、面白くありやせん」
 響いてくる足音と、方々で紡がれるアークの面々の言葉に耳を傾け、影狐は一人、その足掻きを嘲笑う。
 
「――何方も清々しい位に自分の利益のみを獲りに行くわねぇ」
 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)が瞳を細め言葉を転がす。
 未だ預言書に名を連ねないメンバーで固められたアークの分隊。
 実に全体の半数と言う戦力を割り振った彼らだが、現時点ではその役割が上手く運んでいるとは言い難かった。
 黄泉ヶ辻の動きが止まっている。本隊が車内に留まったきり動く気配が無い。
 人質が居る以上これ程リスキーな選択も無いが、『預言者』が居る時点で話はまるで変わって来る。
 少なくとも、多少の遅延で人質に危害が加えられる可能性は低い、との予言が有ったと言う事だろう。
 他方、黄泉ヶ辻の別働隊はと言えばこれもまた影も形も無い。
 概ね敵の配置は千里眼を持つ熾喜多からの連絡を受けて把握しているが、
 少なくとも見える範囲には“居ない”のだと言う。
 一方で人質たる黒崎綾芽の捜索もまた、黄泉ヶ辻が動かない事で影狐らも動かない為目星が付けられない。
「全くしんどい依頼だよ…だけど四の五の言ってられないね」
 『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)が視線を巡らし周囲の気配を探る。
 刻一刻と変化する戦場である。場の推移を一々幻想纏いを使って尋ね合う訳にもいかない。
 虱潰しに人質の所在を探るも、過ぎ行く時間に焦りが募る。
『ちょっと待って下さい、おかしいです』
 そこに、響いたのはカイの声。周辺地形にまで意識を向けていた彼はあからさまに妙な点に気付く。
 黄泉ヶ辻の自動車、影狐の大型バンは破界器に類する物らしく中が見通せない。
 これは戦場に持ち出す以上、必然である。が――問題はもう一つ。
 タクシーのトランクに何か荷物がある。“子供が1人入りそうな大きなケース”。それも、中身が見えない。
「全く、状況が極めて困難なのは分かっていましたが……!」 
 あからさまにおかしい。そんな話を聞かされて放置など出来ない。
『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)の弁に、分隊の各員が頷く。

 だがその直後――幻想纏いから響いたのは轟く様な爆音と、悲鳴。

「……動きませんね」
 時は僅か撒き戻る。倉庫の外から内部を見つめ、声にしたカイが属すのはアークの本隊である。
 横に視線を巡らせれば、舞姫が怪訝そうに頷く。
 どうも、影狐は黄泉ヶ辻が動き出すまで待ちに徹する心算らしい。
 アークがやって来ている事に気付いているにも関わらず、倉庫内から動く素振りが見られない。
「ねーねー、俺様ちゃんたぁいくつー」
「まあまあ、もう少し待ちましょう」
 カイが葬識を抑えるも、じりじりと焦燥感が高まっていく事までは止められない。
 いっそ討って出るべきか。悩みながらも舞姫は声に出し独りごちる。
「黒崎はわたしたちが潰す」
 影狐への牽制であれ、半ば以上は本心だ。黄泉ヶ辻とは相容れない。舞姫はそれをこれ以上無く良く知っている。
 だが一方で、この場に限ればそうとも言ってはいられないと言う現実も理解している。
 何につけても情報が不安定過ぎる。事実、両組織どちらもが動かないと言う未来は彼らの想定の埒外だ。
「……おっやー?」
 だからこそ、イレギュラーと言うのは幾らも起こり得る。それは良くも悪くも。
 さらっと見逃しそうななっていたそれに注目したのは葬識。彼の超直観から来る違和感の賜物である。
 何かおかしい、と感じたが故の注視。影の中にぼんやり見える大きなシルエット。
 暗視を持たない彼にはそれが何なのか判別が付かない。裾を引っ張られたカイが瞬く。
「あれ、おかしくなーい?」
「えっ?」
 向けられた視線、タクシーのトランク。其処に詰められた如何にも頑丈極まると言わんばかりの銀色のケース。
 中身が見えない。透視か千里眼を持つ革醒者が居なければ先ず気付かない。
 否、そこを特別注視しなければ辿り着けないだろう違和感。だが、確認してしまえはそれは明らかに“異質”だ。

「――調べてみる甲斐は有りそうですね」
「でっしょー、俺様ちゃん冴えてるー」
 そんなやりとりが有ったか。互いに別所へ連絡を取り合うカイと葬識。
 ばたばたと動き出す状況を、掴めていない悠里とニニギアが目を丸くする。
 が――そんな何処か、緩んだ空気を保っていられたのはそこまでだ。舞姫がそれに気付くや声を上げる。
「影狐が、動き出しました!」
「ってことは――」
 大当たりか。影狐の有する集音装置と千里眼による情報収集能力は馬鹿にできない。
 ハズレであれば動く事は有り得まい。即座に身構える悠里に、ふと、舞姫の視線が上を向く――異音。
 だが、一度に並列して色々な事が起き過ぎた。そして誰も“其処に注意していなかった”
 舞姫だけが、悲鳴の様な声と共に身構える事が出来た。それは、人が人である以上の限界――
「ああ、そっち一人だけど大丈夫? こっちはー」
「伏せて――!!」
 葬識の言葉を遮る様に、倉庫の屋根の上の上。空より降り注いだ特大の魔炎――ゲヘナの火は、
 動き出した影狐の手下ごとアークの本隊を完全に包み込み、炸裂する。 

●『屍操剣』に揺ぎ無く
「別働隊は上手くやった様だな」
 その音を合図に、黄泉ヶ辻が動く。
 展開した6人と『屍操剣』黒崎骸は『預言者』を車内に置いたまま、
 空より監視させていたアークの分隊の動きを辿る。そこにはホーリーメイガスとマグメイガスの姿が無い。
 “翼の加護”と“ゲヘナの火”。そして、赤峰悠による黒崎綾芽についての『予言』の併用。
 リベリスタかフィクサードが彼女に干渉するまでの間、この予言の未来は変わらない。
 だからこそ、黄泉ヶ辻はただ空から監視を続けるだけで良かった。
 この点、隊を2つに分けたアークの判断は優れていたと言えるだろう。
 黄泉ヶ辻の利はアークの半数の動きと黒崎綾芽。そして『影狐』の初動が読めると言う情報量の差に座す。
 もしも、アークが全員一丸となっていたなら間違いなく一網打尽にされている所だ。
 それを回避したばかりでなく、黒崎綾芽の所在を一早く掴んだ事は大きい。場はアーク主動で動いている。
「行くぞ、綾芽を取り戻す」 
 だが、上手く躍らせて漁夫の利を奪う。狙いは何処も変わらない。
 悠によれば、アークは黄泉ヶ辻との共闘を望んでいるとの事だったが、
 それは相手がこちらに対して切り札を持っている場合にのみ通じる話だ。
 『預言書』に記されている情報を伝え聞く限り、此方が何もせずともアークは綾芽を保護する心算で動いている。
 であるならば、この時点で共闘する理由がまるでない。
 例え救われたとしても、アークに奪取されてしまっては意味がないのだ。
 黒崎は綾芽を救いたいのではない。自分の手で――娘を目覚めさせたいのだから。

「これ、か……」  
 『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)がタクシーのトランクを開ける。
 単独行動を取っていた彼は分隊の誰より早く現場に辿り着いていた。
 一般人である運転手は早々に逃がし、四苦八苦しながらもトランクを完全に占有するケースを引っ張り出す。
 重い。途方も無く重い。だが、何とか地面に下ろし切る。けれど其処で眉を寄せる。
 さて、どうした物だろう。ケースにはガチガチに鍵が掛かっている。
 その上見るからに頑丈そうだ。壊そうと思えば先に中身の方が壊れる事は想像に難くない。
「落ち着け、僕は天才だ。選ばれし者だ。だからこの場でも最適解を見つけ出す事等造作も無い、筈」
 陸駆の明瞭な頭脳が回転する。結論はすぐに出た。――このまま運ぶしかない。
「……えっ」
 しかし、陸駆は小柄な少年である。自分の出した解答を実現するには相当無理がある。 
 こんな邪魔な物を抱えて戦場を横断しろと言うのか、いや、不可能だ。
「仕方無い、丸田富子、聞こえて――」
 幻想纏いを起動し、分隊と連絡を取ろうとしたその瞬間。
 タン、と乾いた音――曲芸の様な軌道で奔った呪いの魔弾が、陸駆の体躯を打ち抜いた。
「惜しかったんだけどね」
 低い、野太い声。噛み合わない、子供の様な口調。
 それは伏兵。大型バンから覗く銃口。その中に隠れていた“スターサジタリー”
 タクシーを護衛する役割を担った『影狐』の部下――だった物。万華鏡から徹底して隠された不確定要素。
 白兎の魔銃を携えた『預言者』の、端末。

「貴様……まさか……」
 だがそんな事は陸駆にはわからない。分かる事は、声にも口調にも態度にも違和感しか感じないと言う事だけ。
「はじめまして。さようなら」
「そうはさせるか! くらえ、 魔剣ハイドライドアームストロングスーパージェット!」
 何だか凄そうな掛け声と共に放たれた精密極まる極細の気糸。
 それは狙い違わず白兎の魔銃の銃口を弾くも、バンの中で伏せた敵の位置が分からない。攻撃――出来ない。 
 タクシーを警戒した所までは的確だった陸駆の推論も、何かがあれば其処には護衛が付いているだろう。
 と言う極自然な可能性を見落としていた。ケースを引っ張る少年の体躯を1度、2度と魔銃が射抜く。
 痛い、痛い、これが戦場か。こんな物が――戦場か。足が震える。手が覚束ない。
 慌てた拍子にケースの取っ手を取り落とす。指先が震える――濃密な血の香り。はっきりと迫る、死の気配。
「そんな、僕は、選ばれた」
 受けた啓示が何だったのかは分からない。けれど、こんな所で躓いて良い物では無い筈だ。
 受け継いだ物がある。どんな物かは思い出せないけれど。言葉に出来ないほど不確かだけれど、確かにある。
 それは鮮烈なまでに、残酷なまでに、全てを置き去りにする――夢の帳を下ろす、眠りの様に強烈な遺志。
「現実は、夢ほど甘くない」
「――それでも、僕は天才だ!」
 放たれた銃弾を、応じて放った気糸が弾く。震える指先は、けれど未だ彼の意思の通りに動いた。
 そうだ、天才は諦めない。天才は失敗すらも糧にする。天才は――決して立ち止まらない。
「何かと思えば、そこに居たんですね」
 その、稼いだ幾許かの時間が陸駆を救う。炸裂する閃光。大型のバンの窓が破裂する。
 気付けば視界の端には繰り返し響く銃撃の音。移動する戦場を外れたのは褐色肌の黒い猫。
 レイチェルの怜悧な視線が、バンの中の人影を射抜いていた。

●『聖櫃』は救い給う
「ったく、とんだ予定外ですよ。冗談じゃない」
 髪を掻きながら口にするのは『影狐』。対したジョンが薄く笑った。
 泰然自若を地で行く彼にとって、全てを支配したいと言うかの様な彼の弁はただただ、傲慢にのみ響く。
「三者三様の思惑が交錯するこの戦い。どの陣営がこの戦いを制するかは正しく、神のみぞ知る」
 放たれた気糸は無数に枝分かれしながらも、狙い通りに元剣林のごろつき達を射抜いていく。
 止めと言うには未だ浅い。故に手加減する必要は無い。敵の余力を測りながらジョンは淡々と言葉を投げる。
「ですが、失礼ながら。私には貴方が神には見えません」
「おやおや、言ってくれますねえ」
 あたかも歓談する様なやり取りは、けれど方々が焼け焦げ扉すらが吹き飛んだ倉庫の正面。
 土台穏やかとか掛け離れた地点で行われていた。互いに相対するのは影狐とアーク。
 それに屋根の上から爆撃を仕掛ける黄泉ヶ辻の別働隊と言う三つ巴。
「あれ鬱陶しいねえ、どうしよっかー?」
「倉庫の屋根、は盲点だったかな……登るしか無いか」
 葬識の問いに、悠里が顔を顰める。10m領域を20m離れた地点から攻撃する2人のマグメイガス。
 屋根と言う足場すらある黄泉ヶ辻は、一方的に攻撃出来ると言う利点を最大限活用して来ている。
 事前に翼の加護に対する警戒をしていたなら屋根に登る手段も考えていた事だろうが、
 今回に限っては見事に裏を掻かれた形である。この場で飛行出来るのは回復役のニニギア1人。
 例え格下とは言え、1人で3人の相手は幾ら何でも無理が有る。
「でも、彼らを放置も出来ません」
 カイが気糸の奔流で縛り付けたクロスイージスに拳を打ち付け、超至近距離から射撃する。
 悠里がクリミナルスタアの1人を叩き伏せ、敵の前衛は残り3人。
 最初にゲヘナに巻き込まれた被害は、アークより影狐一行にこそ重い。

「悠里くん、カイくん、行って。ここは私が抑えるから」
 その上、優秀な癒し手であるニニギアの癒しの息吹がその地力の差を更に後押しする。
 このまま攻め続ければ恐らくこの場は勝利する事が叶うだろう。
 だが一方で、敵は遥かに数で勝る。受ける被害も甚大である。其処に来て空から降り注ぐ魔炎。
 リベリスタ達が幾ら死亡しない様に攻撃を抑えても、頭上を放置すれば焼死体の山が築かれる事は想像に難くない。
 そうなれば、蠱毒の匣と言う名の難問が次に立ち塞がる事になる。
「……分かった。皆、頼むよ」
「すみません、頼みます!」
 壁の継ぎ目、電灯、取っ掛かりになりそうな物に手を伸ばし、悠里とカイが屋根へと進む。
 炎に煽られ身を焼きながら、仲間達を信じて僅かにでも早くと。
 けれど、唯でさえ数に劣るリベリスタ達から前衛が2人失われた事は相応の負担を残る面々に掛ける。
「楽な仕事だと思ったんですがねえ、まあよござんしょう。あたしは人質の確保に向かいますから」
「させ、ないっ お前のみたいな外道、私が絶対にここで討つ!」
 立ち去ろうとする無明へ、舞姫が喰らい付く。放たれたのは濃密な殺気、
 気圧された無明が一歩退き、その事実に自尊心が傷付けられたか。怒りを込めた視線が彼女へ向けられる。
「糞餓鬼が、なかなか笑わせてくれますねえ」
 煮えくり返る臓腑が、神秘によって齎された異常であるとは気付かない。
 無明が止まった事で、元剣林のフィクサードら全体の動きが止まる。となれば、後は潰し合いだ。
「さて、こちらの意図が『屍操剣』に通じていれば良いのですが……」
 呟くジョンから放たれたる無数の気糸は後衛のフィクサードらを狙い撃ち。
 続けて空から再度降って来た神罰の炎に包まれ、白く、赤く、貸し倉庫の地表を濡らす。
 
「護る……護りきる、それがアタシの戦い方さっ!」
「なら護って見せるがいい」
 ケースを庇う女の眼前、構えられた黒一色の剣。『死生剣』が富子の体躯を深く深く傷付ける。
 その一撃は極めて重く、そして鋭い。まるで死その物の様に。
 だが、それとて富子にとって恐れる理由にはならない。激痛に苛まれようと、それが彼女以外に。
 それも、年端も行かない子供に降り注ぐよりは幾らもマシだ。だから耐える。耐えられる。
「なんだい、こんなもんじゃ秋刀魚も捌けやしないよっ!」
 母は強しといった所か。鉄の心で守られた富子の精神的な強度はこの場の誰をも凌駕する。
 その様に、その覇気に、黒崎の口元がほんの僅か笑む。
「なるほど、言うだけはある」
 改めて、構え直す。その姿には油断の色等欠片たりと見えない。
 富子に譲れぬ物がある様に、彼の黒い狂人にも譲れ無い物があるのだと。
「――踏出せないのなら先が見えても飲まれるわよ」
 告げる言葉は見ず知らずの“赤”の他人へ向けて。エナーシアの銃から絶え間なく響く銃声。
 蜂の巣を着いた様な散弾は会心の出来映えをみせ、一射で二撃を叩き出す。
 殆どを前衛で固められた黄泉ヶ辻の本隊にも多大な被害をばらまくも、しかし敵には癒し手が居る。
 その上弾幕で牽制するにしても、個人で相手をするには幾ら何でも数が多過ぎる。
「いかせるか……子供が大人にいいように利用されるなんて、面白くない筋書きだ!」
 陸駆の放った極細の気糸が白兎の魔銃に向けられるも、間にクロスイージスが立ち塞がる。
 そもそもが彼とて満身創痍、運命を削って無理矢理立っている状況だと言うのに。
 予定通りに進まない戦場の変化。天才を自認すればこそ、歯噛みせずにはいられない。
「不利は承知。ですが、勝ち取らせていただきます!」
 他方、既に接近戦に近しい距離にあるレイチェルには魔銃の男が応対していた。
 互いにまず外す事の無い射撃はそれぞれの体躯に繰り返し突き刺さる。
 体力に自信の無い彼女と、基礎能力で大きく劣る魔銃の男。彼我の耐久力は殆ど変わらない。

 だが、状況が均衡している戦場で差を付けるのは得てして経験の多寡である。
 そして、実戦経験に優れるレイチェルに対し、『預言者』の戦闘経験は圧倒的に不足している。
「――っ!」
 手元を狙ったピンポイントの一撃が魔銃を弾く。
 獲物を失ったのみならず、銃の支配を脱した男が状況の変化に混乱する暇も有ればこそ、
 既に彼女は相手に接敵にし組み伏せている。距離は零距離。矢が男の喉元に据えられる。
「捉えました……もう、逃しません。」
 瞬く様に爆ぜる神気の閃光。衝撃に意識まで刈り取られた不運な射撃手が昏倒する。
 ――だが、そうして稼がれた時間はこの場の戦況を半ば決定付ける。
「こんな所で、遅れを取ってる場合じゃないのよね」
 倉庫の影を利用しながら射線を防いで来たエナーシアへ、一気に距離を詰めてきた2人のデュランダル。
 それらを連続射撃で撃ち抜きながらの銃撃戦は困難を極めた。足を止めれば覇界闘士による風の蹴撃が襲い掛かる。
 2、3度も上手く打ち込めば各員を撃破出来るだろう、彼女の銃技を揮っている余裕が無い。
「あっ、」
 その上彼女の優れた技量は良くも悪くも代価を要求する。幸運と言う名の神は常に天秤を携えているのだ。
 何に足を取られたか、デュランダルの振り下ろしを避けようとしたエナーシアが転ぶ。
 不運、悪運と言う言葉だけでは片付けられまい。
 どれ程反応に優れようと、どれ程護りを高めようと、偶発的失敗からは逃れられない。
「ひっ」
 ぶしゅりと血飛沫が上がる。それを目の当たりにした陸駆が生々しい鉄の香りに口元を抑える。
「この靴も久方ぶり過ぎて、勘が鈍ってたみたいね」
 エナーシアもまた、軽口と共に傷跡を抑えながら身を引くも衝撃は大きい。
 視線を巡らせれば、理解せざるを得ない。ケースこそ未だ手元にある物の。
 まともに動けるのはレイチェルただ一人。足元に白兎の魔銃を転がしながら迷う。
 退路は無い。追い詰められて――いる。

●『箱舟』は選び取り
「子供を自分の道具のように使うやつなんてこのアタシが許しやしないよ」
 放たれた富子の弁に、黒崎の瞳が細められる。子供を道具の様に。使っていないとは、到底言えまい。
 だが、それで揺らぐ程に『屍操剣』は柔軟では無い。
「アンタも親なんだろっ! あの子の笑顔が見たいとは思わないのかい!?」
「親なればこそ、護るだけでは得られん物がある」
 重ねられる斬撃は一手進む事に富子の体躯を赤で染め上げる。その剣閃は酷く重い。
 其処に込められた想いに嘘が無い故に。けれどだからこそ、富子にはそれが看過出来ない。
「アンタ、最近笑ったことはあるかい?」
 その言葉に、振り上げられた刃が動きを止める。
 例え類稀なる耐久力を誇る富子であっても、格上を相手に一対一でそれほど保つ訳では無い。
 だが、彼女が彼女であればこそ、紡げる言葉と言うのも、ある。
「……何?」
「笑顔だよ! 笑顔! そんな厳しい仏頂面をして、どうせ仕事に明け暮れてたんじゃないのかい」
 視線が鋭さを増す。常に相手を見ていないかのような無機質な眼差しに、火が灯る。
「だとしたら?」
「自分が笑えないのに、一体誰を笑わせられるって言うんだい?」
 辛くても、苦しくても、笑って来た。お腹をすかせた子供達に手料理を振る舞って来た。
 重ねた時間、人生の重みと言うのは決して馬鹿に出来ない。彼女の言葉には、芯が――ある。
「この子らはアンタたちの玩具じゃないんだ! もっと――」
「ならば実力で跳ね除けてみせろ――!」
 裂帛一閃。光条を引いて振り下ろされた神威の剣が富子の命を削り取る。だが、尚倒れない。
 運命を飲み下して倒れない。重傷と言うにもおこがましい、傷だらけの体躯で――それでも、倒れない。
「跳ね除けなんかしないよ! 護るのが、アタシの役割ってもんさ!」
 果たして、稼いだ時間は幾許か。

「この手が差し伸べられるなら――」
「――足踏みしている訳には、いかないんだ!」
 屋根の上、迅雷の如く一瞬で駆けた悠里の拳が2人のマグメイガスを叩き伏せる。
 逃げに掛かったホーリーメイガスを、走り抜けたカイの放った気糸の濁流が絡め取る。
 屋上に上るまで二度も巻き込まれたゲヘナの火により体力こそ大幅に削られている物の、
 いざ対峙してしまえば今の2人にとってそれ程大きな障害とは言い難い。
 最初の一撃を決めてしまえば悠里への攻撃は殆ど掠めるだけに留まる上、
 カイが常に先手を取る為、癒し手の存在が殆ど意味を成さない。あれ程厄介に思われた黄泉ヶ辻の別働隊。
 だが後衛のみで構成されたチームと言うのは得てして接近されれば脆い。
 畳み掛けてしまえば3人を昏倒させるまで、実に30秒少々。
 アークのリベリスタ個々の練度は、既に国内の一般的なフィクサードを超えている。
「嗚呼嗚呼、本当に鬱陶しい。『屍操剣』に逃げられてしまうじゃないですか」
 しかしそうして2人が屋上に向かって以降、階下の戦いは凄惨の体を為していた。
「行かせないと、言った」
「へ、その有り様で良く詠ったもんです」
 敵の攻撃のほぼ全てを舞姫が一人で引き付ける。それをニニギアが癒す。
 優れたコンビネーションである2人の連携は、しかし圧倒的なまでの数の暴力によって軋みつつある。
 10名近い人数の攻撃が集中しているのだ、1つ2つは当たりもする。そして最大の問題が無明の放つ気糸である。
 致命をばらまく彼の攻撃に対しニニギアは毎手番の息吹を強要される。
 それとて確実では無いと言うのに、あっという間に消費されていく精神力。
「集団、と言うのはこういう場面では厄介ですね」
「そりゃお褒めに預かり光栄ですわ」

 ジョンの放つ気糸もまた、障害物を利用しない前衛を中心に元剣林のフィクサードらを削ってはいたが、
 身を晒しているリベリスタらの方が害が大きい事は否めない。後衛に射線が通らない事がここで重く圧し掛かる。
「って言うかそろそろ止めない? 死ぬほど頑張ることじゃないとおもうけどねー」
 無明の『匣』を葬識の放った闇が包む。軋んだ様な音を立てるそれに目を細め、『影狐』が両目を閉じる。
「と言っても、どうせ逃がしちゃくれないんでしょう? 全くこれだからビジネスのわかんない子供は」
 嫌だねえ、と嘯いたか。狐のお面そのままの表情で、無明の口角が釣り上がる。
 奇しくも、ジョンが放った閃光が彼の配下を薙ぎ払った直後。
 戦闘不能、であった筈の“身内”を眺め、無明の纏う空気が一変する。
「まあ、しかし流石に損切りが必要でしょうねえ」
 続いて放たれた無数の気糸が無明の兵隊に突き刺さる。蛇の道は、蛇。
 それはかつて病院での戦いで『屍操剣』の行った判断と全く同じ物。誰も死なないなら、殺せば良い。
「本当はやりたくなかったんですけどねえ、アンタらの所為ですよ?」
 死したフィクサード達から何かが抜かれていく。それらは全て一つの匣に集約され。
 暗く、暗く、黒より尚昏い光を灯し――
「――仲間を……!」
 膝から崩れた舞姫が、運命の祝福を糧に未だ立つ。外道を前に、崩れてなどいられない。
「大量殺戮は好きじゃないね、見るのもやるのも。愛が足りないよ無明ちゃん」
 血桜舞い散る姫の黒刃、鋏を構えた殺人鬼を向こうに回し、逡巡は一呼吸。
「まあ仕方ねえや、今更この場の流れは変わりゃしやせん。この際アンタらの首でお茶を濁しますよ」
 5人もの同類の生き血を啜った狐が、牙を剥く。
 狙い通りとは到底言え無い状況下。焦れた様にニニギアが呟く。誰にも聞こえない程小さく、ぽつりと。
「……悠君」
 けれど、戦場の推移はそれを許さない。感傷を、願いを、祈りを……置き去りに。

●『陰』惨なる幕引きに
「やだやだ、無明ちゃんめんどくさぁい」
「それはお互い様でしょう?」
 踏み込んだ葬識の放った暗黒が、再度『匣』を掠める。反応の良さは死者が出る前とは比べ物にならない。
 だが、当たる。元々が指揮官である以上その戦闘能力はそこまで極端ではない。
「折角の調整も、こうなってしまっては虚しい物ですね」
 如何に殺さないか。その一点を追求していたジョンにしてみれば痛恨である。
 いざとなれば自らの手で部下を殺す事も厭わないだろう。その想定の不足は如何ともし難い。
 だが逆に、遠慮呵責の余地が無くなった事はある点に於いてリベリスタ達にも益がある。
 即ち――
「立ち塞がる者、あれば――」
 踏み込む、踏み抜く。一足、更に速く。無明の他に前衛の居なくなった戦場を舞姫が駆ける。
 黒刃が閃き光芒を残しながら一撃。続けて二撃。その上でもう一度構える。
 先の二発は共に、掠めるのみ。だが、それによって崩された姿勢はどうか。
「ただこれを斬る!」
 並の倍の速度で次の手を打つ舞姫の剣撃はその名に冠す戦女神の如く。華麗に、鋭く、影絵の狐を打ち据える。
「が、はっ!?」
 まさか只管切り刻まれるばかりであった彼女が、攻めにここまでの動きを見せるとは思っていなかったか。
 千里を透す眼を以っていても、人の気概までは見抜けない。放たれた四連撃は無明を以っても膝を付く程。
 運命を削られた事を悟り、憎々しげに双眸を歪ませるその様に飄々とした仕草は見られない。
「は……、そう。それでアタシを殺ってアンタ達はそこで満足なんですかい?」
 口が減らぬというべきだろうか。この期に及んでも紡がれる語は皮肉気に。
「すみません、遅れました!」
 さても然り。屋根の上より跳び下りた援軍。
 黄泉ヶ辻の別働隊をを討った悠里とカイが戦線に加われば、この場は詰んだと言う他無い。
 だが、転んだと知って其処で諦めるほど影狐は潔くない。

「『屍操剣』の方、もう終わってますよ。奴の性格的に目的が果たされりゃ殺しはしないでしょうけどねえ
 代わりに、アンタ達の所為で奴の研究は完成する事になる。ねえセイギノミカタさん達」
 にいっと、歪み絵の様に笑ったその仕草には。何処か破滅的な悦びすら見え。
 過ぎった嫌な予感に、千里眼を持つカイが振り返る。映ったのは、倒れ行く富子の姿。
「ええ、ええ、全部もう手遅れでしょうとも。とは言え、絶対に間に合わないとも限らない」
 影狐は暗にこう告げている。自分達を見逃せば、まだ何とかなるかもしれない。
 消極的にであれ、影狐らと手を組む事が出来るか。
「設楽さん、源さん」
「まあ、それ位しかないよねぇ」
 ジョンが葬識が、背後に声を掛ける。この場で未だ比較的消耗が少ないのは屋上組の2人だけだ。
 度重なるピンポイント・スペシャリティに晒されていた4人は、
 舞姫以外運命を削ってこそ居ないもののまるで余裕が無い。意図を理解し、悠里とカイが臍を噛む。
「行って下さい。ここで黄泉ヶ辻を逃がしたら、また犠牲者が出る」
 『影狐』は此処で討たなくてはならない。けれど『黄泉ヶ辻』も放ってはおけない。
 舞姫の言葉に、2人もまた黙って踵を返す。
「それとニニギアちゃん」
「えっ?」
 ぱちりと瞬いたニニギアに、葬識がへらりと笑う。
「こっちは何とかするからさ、行って来ると良いよ」
「で、でもっ!?」
 癒し手が抜ければ、不測の事態に陥った時どうするのか。
 けれど、悠里にせよカイにせよ、この場の面々より無事と言うだけで余力は半分も無いのだ。
 もしも戦闘になった場合、厳しいのは此方より、あちら。
 何より、彼女が“赤い少年”に拘っていた事を、この場の誰もが知っている。
「……――うん、わかった。後は、お願いね」
 
「――全く、そういうお涙頂戴は余所でやってくれやせんかねえ」
 踵を返したニニギアに、心底うんざりだと言った体で『影狐』が歩を踏み出す。
 交渉決裂。となれば、強行突破より他に生きる目は無い。
「しゃあねえや。おさらばしますよ、お前達」
 障害物に身を隠し、支援していたインヤンマスター、ホーリーメイガスの混成隊。
 何時無明によって殺されるかと怯え、竦んでいた彼らが姿を現す。
 既に場は、臆病者を駆逐するほどに純化されている。猶予など、余裕など、誰にも無い。
「悪いんだけどねぇ、ここは通さないよー」
「そろそろ終わりにしましょう、いずれにせよ」
「外道――討つべし」
 その語を聞いて、無明が苦々しくも言葉を消す。認めたくは無いが、失策であり、失敗だった。
 利害の一致、それで動くほどセイギノミカタと言う奴は小利口では無いと言う事。
 そんな人間が居る等と、考えた事すら無かったが為に。その意志を、意地を、誇りを。
 余りに安く見積っていたが――為に。
「餓鬼が、大人のやる事に首突っ込んでんじゃねえっ!!」
 血色に染まる気糸の雨、致命に到る傷を霰の如く降らせながら。
 元、剣林と言う名札に相応しい裂帛の覇気を上げながら、無明 和晃が駆ける。
 ジョンの気糸に引き裂かれ、舞姫の刃に身を刻まれて。
 尚、一歩。更に、一歩。もう一歩。退路が拓けたと見えた。その瞬間。
「ごっめんねぇー」
 朗らかと言えるほど軽い声に、過剰なほどの重力を感じ自らの手元を確かめる。
 ぎしりと軋み、音を立ててひしゃげ、壊れた『匣』。何時? いいや、ずっとだ。
 そいつはずっと、執拗に、偏執的に、それだけを狙い続けて来ていたではないか。
「俺様ちゃん子供を食い物にするの、嫌なの☆」
 首に掛かった大鋏。研ぎ澄まされた刃は逸脱者たる殺人鬼の面目を守るかの如く。
 閉ざされた光に狐の面が、宙を舞い、落ちた。
 
●『黄泉ヶ辻』に帰路は無し
 ――――リベリスタ達がその場に辿り着いた頃。
 全ては、半ば終わっていた。
 血に染まった大地に横たわる富子に、陸駆とエナーシアが失血にふらつく体躯を無理に立たせようとしている。
 必死に、善戦したのだろう。2人のデュランダルらしき大剣使いが骸の眼差しで身を起こし、
 傷だらけのレイチェルの前に立ち塞がる先に、黒を赤で染めた大柄な男の背が見えた。
「――――、黒崎っ!!」
 悠里が、声を上げる。足を止めた彼の手に握られたケース。
 それが何で有るかを理解し、だからこそ行かせられないと足を踏み出す。
 けれど両者間は距離にして50m強。一息で追いつける位置に無い。その遠さこそがこの場での趨勢。
 影狐との戦いに時間をかけ過ぎた。間に合わなかったと言う、厳然たる事実。
「お前を止めに来た」 
 だから、今更だ。言っても詮無き事と分かっていて、言わずにはいられない。
「善も悪も関係なく、家族を持つ一人の人間として」
 それでも、例え届かなくても手を伸ばす。届く範囲を、少しでも広く、長く、遠くへと。
「お前に綾芽ちゃんは救えない。
 彼女を憑鬼で蘇らすことが出来たとしても誰も救われないんだ」
 けれどそれは。その男を言葉で止めるには、もう、遅過ぎた。
「あんなものを作り出して、誰も救われるはずがないんだ!」
「だったらどうした」
 肩越しに振り返った眼差し。其処に宿るのは妄執と虚無。
 それが正しいか、間違っているか。良いか、悪いか。喜ぶか、哀しむか。
 そんな次元に、彼は居ない。何かをせずにはいられなかった。何かをせずには待てなかった。
 彼は優れた知識を持ち、能力を持ち、才能を持ち、運命を持ち、けれど。
 けれど決して、強い人間ではなかった。

「ならばお前達が、綾芽を目覚めさせてくれるのか?」
 響いた声音には、感情の色が見られない。逡巡し、押し黙った悠里に、カイが進み出る。
「追って来ました」
 真っ直ぐに、見つめる眼差しに気負いはなく。彼はただ自分の思うがままに黒崎に立ち塞がる。
 それは、ある意味で酷く危うい。何時だろうと、どんな時だろうと、彼は自らの選択をその身で贖える。
 命すら担保に出来るという意味で、カイは常人の一線を越えている。
 だからか。交わった視線に、黒崎が微かに笑んだ。
「源カイ、か……だが、」
 黒崎の後ろに付いていた覇界闘士が視線を遮る。インヤンマスターが符を取り出す。
 黒い剣の呪力に縛られた屍達が、行く手を阻む。
「この場は、抗さずしてお前達の負けだ」
 その歩みを止められない。はっきりと告げられた言葉こそがこの場の全て。
 追いついて来たニニギアが、その血塗れの戦場に息を呑む。揺らいだ視線はけれど黒崎の、更に向こうへ。
「……やっと、見つけた」
 赤い少年が、其処に居た。
「悠、車内で待って居ろと言った筈だが」
 戦闘が起きると分かっている状況下で、フォーチュナを連れ添う程愚かな事は無い。
 それは悠とて良く知っている。だが彼は自ら出て来た。何の為か。
 場がここまで入り乱れてしまえば『預言書』は関係あるまい。で、あるなら――それは。
「お姉ちゃん。本当に来ちゃったんだね」
「悠くん、探してたわ。ずっと、探してた」
 そこには、彼にしか分からない、理由がある。

「どうして?」
 どうして、そこまでするのか。見ず知らずの、自分に。
 黒崎は遮らず、悠里もカイも口を挟む事は無い。他者を割り込ませない空気が其処にはある。
「前に会った悠くんは、悲しそうで何かを諦めていて、でも諦めきれずにいる気がした」
 見つめる。瞬く。何かを言おうとして、口を噤む。その仕草は年齢相応の。10にも満たない子供の物で。
「まだ周囲に甘えてていい年頃なのに、深い孤独の中で傷つきながら過ごしている気がした」
「――だから、同情したの?」
 黒崎に良く似た、感情の無い言葉。けれど、何も動かせていない訳ではない。
「決まってなんかいないって、伝えたかったの。未来は――」
 手を強く握る。強く口元を引き絞り、ニニギアは想いのままに声を上げる。
「未来は、変わるものじゃない?」
「僕がした事は変わらない」
 泣き出すかと、思った。けれど悠は笑った。まるで映画をコマ送りする様に、彼はその手で母親を殺した。
 それに後悔はしていない。それを間違えたとは思わない。けれど、それを許容して良いとも、思えない。
「未来は変えられても過去は変えられない。僕はただ自分が生きたいってだけで親を殺せる人間だもの。
 そんな人に手を伸ばすことなんかない。僕はお姉ちゃんの大切な人だって殺すかもしれないのに」
「それでも」
 子供であっても罪人である様に。直接手を汚していなくとも、赤峰悠は殺人者だ。
 それは変わらない。今更変えられない。けれど、ニニギアは尚“それでも”と言い募る。
「それでも未来は変えられる」
 悠が迷った様に視線を泳がせる。どうして、と作られた言葉は形だけ。音を伴わず霧散する。
「――そこまでだ」
 だが、其処がタイムリミット。対話を切った黒い影が赤い少年の手を引く。
「遊んでいる程余裕は無い。行くぞ、仕上げに掛かる」

 逡巡、躊躇、困惑。けれど最後には、小さく頷く。
 交わった線は、途切れ。赤と黒はその歩みを止めない。悠里が、カイが追い縋るも、立ち塞がるのは2体の屍。
「赤峰、悠」
 その背に、満身創痍の陸駆が問いを投げる。尚、血塗られた道を行く年下の少年へ。
「貴様はなぜそんなに強く在れる?」
 背が、震える。引き絞るような声は、この場の幕を引く痛烈なまでの叫び。
「僕は、強くなんか、無いっ!!」
 彼は優れた知識を持ち、能力を持ち、才能を持ち、運命を持ち、けれど。
 けれど。
 屍を討ち、仲間達を癒し、倉庫から脱した本隊と合流した末に落ちた空白。
 沈痛なまでの静寂に、血の香りの混ざった風が吹く。1つの集団を潰し、首魁を討ち。上がった戦果は少なく無い。
 けれど取り逃した物は多く。重く。今はただ言葉も無く、静かに佇む。
 かくて、預言者は指し示す。変わり得る未来を、変わらざる未来を。
 それは或いは――此処が分岐点なのかも、しれない。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
ハードEXシナリオ『<黄泉ヶ辻>陰ト影』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

概ね要因は文中に挙げさせて頂きましたが、
大きく分けると2点です。1つは不透明なスキルに対する警戒の薄さ。
特に機動力と言うのはリベリスタ側が攻める場合に先ず一考する様に、
敵も使える物は使って来ます。それが有効に使える戦場であれば尚更に。
2つ目は、戦力を分ける事によるリスクとリターン。
隊を分けるという行為は捜索や索敵と言う行動ではプラスに働きますが、
戦闘と言う観点で言えば各個撃破の良い的であると言うリスクを抱えています。
このリスクを如何に消化するかと言う点は考慮した方が良いでしょう。

オープニングに各所修正が有り参加者の皆様にはご迷惑をお掛けしました。
この度は御参加ありがとうございます。
本シリーズは次が決戦になるかと思われます。またの機会にお逢い致しましょう。