● 一面に、埋め尽くそう。青で、青で。 キラキラと輝く水槽。揺れる水面に泳ぐ影。 「水族館って、お好き?」 微笑んだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)が提示したのは水族館のチケット。 日中は明るく、子供連れにも好かれる愛らしい雰囲気の水族館だが夕方以降は照明を暗くし、また違う雰囲気を味わう事が出来るそうだ。 「何だか新装オープンするらしく是非モニターをして欲しいんだそうだわ」 中学生の様な外見のフォーチュナ(23)がガッツポーズを作りリベリスタらに言う。 \そう、魚類が居るわ!/ 「…………」 「……あ、えーと……、つまり、そういうことなのね」 気まずそうに目を逸らすフォーチュナ(23)は咳払いをする。 たまにの休日。忙しいリベリスタの楽しい時間を提供できれば、と小さくつぶやく。 デートするもよし、魚類を眺めるもよし、フードコートで休憩するもよし。 のんびりとした一日を過ごすのはどうかしら、とフォーチュナは微笑む。 「もしお手すきなら是非ともモニターになって見て欲しいの。素敵な一日に為ります様に」 机の上に残されたのは水族館のチケットだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月30日(木)23:11 |
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● 蒸し暑さは過ぎ去ったが、まだ暑さの残る残暑。 中々の規模を誇る水族館に備え付けられた駐車場で、うまーと小さな鳴き声がした。 「馬はそんな風に鳴かないでござるです。お馬さんは入ってはいけないそうでござるです」 頭を撫でて、いい子で待ってるのですよ、はむかぜと駐車場に駐車――否、駐馬した姫乃は隣に同じく駐馬したイーリスを見遣る。 「待ってるですよ、はいぱー馬です号」 うまー。 因みに本日のはいぱー馬です号は二人乗りだった。後ろに跨っていたかえではバケツに水を汲みはむかぜとはいぱー馬です号に差し出す。 「お外はきっと暑いなの」 いいこいいこ、と撫でつける。 \ヒヒーン/ \うまー/ 「お魚たべるなの? たべるなら、わたし、とってくるなの」 お魚、捕っちゃだめですよ、かえでちゃん。 名残惜しさを抱えつつも彼女らは友人の元へと向かった。 \ヒヒーン/ \うまー/ 「中に入るのです! ばばーん!」 ようこそ、水族館へ。 ● 青で埋め尽くされる、魚の影が揺れる水槽。 一人でふらふらと立ち歩く。水族館に来るのは何時振りだろう。 折角だから、思いっきり楽しもうとも思う。彼は友人に楽しさを、伝えに来たのだ。 「……よう、世恋さん、見てんの?」 水のトンネル。真上も横も魚が行き交い、足元に影を落とす。 ふと、端で身を屈めているフォーチュナを見つけ、エルヴィンは近寄った。 「え? ああ、可愛いものをみていたの」 水槽へ指先を近づける。人差し指を啄ばむ様に小さな魚はつい、と動いた。 「おお、これはすげぇな」 「……あら、おひとり?」 ふと、顔を上げた世恋にエルヴィンは笑った。一人なのは意外だろうか、と。 「前は妹さんといらしてたから」 「一人で来るからこそできることっつーのもあるだろ? 例えば」 君の様な可愛い子をナンパするとかね。冗談めかし、ウィンクした彼にフォーチュナは慌てた様にわたわたと立ち上がる。 耐性がない娘というのは何を言われても直球で言われると照れて暴れるものだ。 「よし、此れも撮っておくか」 「あら、お写真?」 こてん、と首を傾げたフォーチュナにエルヴィンは微笑んだ。幸せそうに。その写真の行く先を思って。 彼とある事件で出会った小さな少女。夏の名前を冠した、泣き虫の少女へと。 「アークの楽しさを、少しでも彼らに伝えられたらってね」 そう、とフォーチュナは微笑む。彼らの上を通った魚がゆらり、影を落とした。 「はじめての! 水族館に! きた! きまし……お、おお……」 ぐるりと周囲を囲んだトンネル。横にも上にも魚が居て、まるで海のよう。 幸せそうなヘルマンの隣で『しかたなーく』付き合って足を運んだエリエリも魚を眺めている。 実のところ彼女も水族館は初めてで、此れを機に下見をして孤児院の子たちを連れて来れたらいいな、と考えていたのだ。 ――が、隣で魚を食い入るように見つめるヘルマンが常よりも静かな事が気になってしまう。 普段ならわーわー言いそうな所なのに……と彼女はじっと見つめているが実のところヘルマンの心の中はフィーバーしていた。 身を乗り出し、食い入る様に水槽を見つめている。こんなにもたくさんの生きてる魚を見るのは初めてで、感動を覚えているのだ。 「………」 彼は無言だが、心の中では、『あっ、タツノオトシゴだ……』『マグロでけぇ』なんて魚類への感想が渦巻いている。 「へるまんさーん」 静かにされていると邪悪ロリたるエリエリもつまらない。名前を呼んで、魚を指さして彼を促す、が、『エイすげぇ……』『さわりたい……』と其処から動く雰囲気はない。 「向こうに面白い形の魚が居ますよ? ほら、こっちにも可愛いのが居ますよー? ほらほらー」 返答はない。黙っているがもっとこの雰囲気を大事にしないものかな、とちらりとヘルマンはエリエリを見つめた。 この青に埋め尽くされた海中の様な雰囲気。綺麗で、飲み込まれそうな海。 ――まあ、邪悪ロリたるエリエリはにんまりと笑うんですけどね。 「何黙ってるんですかーアホみたいに口開けても魚は切り身になって入ってきませんよー」 くすくすと笑みを漏らす。むか、とヘルマンは立ち上がる。遂に彼の目が魚類から離れたのだった。 「あ、あ、あほとはなんですかあほとは! そもそもエリエリさんだってもっとこういう風情というものを……」 「あっ 怒ったー!」 立ちあがってまくしたてるヘルマンにエリエリが笑顔を浮かべて走り出す。きゃあ、と楽しげに上げた悲鳴。 「あっ! 逃げるな! ナマコぶつけんぞ! あほじゃなああああああああい!!!」 彼と彼女の鬼ごっこが始まった。 行く先にきっとナマコがいるだろう。そう、ナマコが。 境界最終防衛機構-Borderline-の仲間で揃って遊びに来たルアは幸せそうにラッコの水槽を覗き込む。 「すっごく、気持ち良さそうなの! ……あ! こっち向いたの!」 皆が居れば、楽しさも倍増する。水の中でばしゃばしゃと毛繕いする様子に可愛いね、とルアはイーリスに微笑む。 「らっこ! あれもきっと! 魚類なのです! はいぱー顔をあらいまくってるのです」 ごっしごっしごっし。 「あれは! ふろばのおっさんなのです!」 「らっこ! らっこなの! 貝かんかんなの!」 目を輝かすイーリスの一言があまりにもシュールであった。そして同じように顔を洗いたがるイーリス。 そんなシュールをぶち壊す様にかえではらっこを見つめる。らっこのお腹は気持ち良さそうだ。 「おなか、きっとまわたの気持ちよさなの。世界も真綿で包めれば、きっと守れるなの」 ――すごく幸せな話であった。そんなかえでちゃんがいつかラッコの腹で昼寝出来る事を切に願いながら全員揃ってラッコを眺める。 青と光が混ざり合って、キラキラと輝く。幻想的で、神秘的。 水族館に初めて来たレンはきょろきょろと周囲を見回す。どれも、目新しくて、思わず目移りする。 山育ちである彼は海の生物自体が珍しい。インターネットやテレビで見るものとはまた違って、とても素敵に映った。 彼らの使命はもう一つ。ルアが迷子にならない事だ。共に歩いているジースはそんなレンの様子に楽しそうに微笑んだ。 「俺の子今日は山と海に囲まれた島だった。レンは山育ちなんだっけ? じゃあ、存分に楽しもうぜ!」 わしゃ、と頭を撫でる。初めての水族館が友人となら、きっと楽しい思い出を残せるだろう。 一生懸命にはしゃぐルアやイーリス、かえでや姫乃も混ざって小学生の遠足の様だ。のんびりと周囲を見ているレンやレイチェルも内心わくわくしているだろう。 全員が楽しいなら彼だって嬉しい。 その気持ちはレイチェルも一緒だ。何時もは戦っている彼女だが、偶にはのんびりと遊ぶのも良いだろう。 「ルア、あまり急ぐとこける…あ。大丈夫かっ?」 「おい、ルア、そんなにはしゃぐと……あー……」 「ねえ、あっちいこっ……にゃぶっ!?」 二人の助言むなしく、自分の足に転んだルアを急いでジースは抱え起こす。抱え起こされたルアの目の前にはお待ちかねのイルカの姿。 きらきらと瞳が輝いた。 「イルカがさんだよ!」 「イルカ! はねるのです! 綺麗なのです……」 イーリスとルアはぺったりと水槽に張り付いている。綺麗で、幸せで、可愛くて。 「これがイルカか……意外と大きい」 人が乗れるから、大きいか、とレンはじっとイルカを見つめる。何時か乗ってみたい。撫でて、其れで海を駆けてみたい。 彼の視線に応える様に、イルカがきゅう、と鳴いた。 「……かわいい」 つぶらな瞳が彼を見つめる。目がキュートなイルカであった。 かしゃり、レイチェルはイルカの写真を撮る。気に入ったものは携帯電話に保存しておこう。 その隣でじっとジースはイルカを見つめている。ゆっくりと流れる時間は、心地よかった。気持ち良さそうに泳ぐイルカの姿は、楽しそうで、流れる音楽も相まって静かな時間が彼を取り巻く。 ――が、周囲で楽しそうにはしゃぐ友人達の声でそのゆったりとした時間も掻き消されてしまうのだろう。 飽きないなあ、と仲間達を見つめて彼は小さく笑った。 「あとで外のイルカショー見に行きましょうか」 「わあ、いいね!」 いこうね、とルアが瞳を輝かせる。水しぶきとともに宙を舞うイルカ達はきっと見ものだろう。太陽を隠す様に被さる月の如く体を折り曲げた姿。 とても、可愛くて、とても素敵なのだろう。 「あれ、この一回り大きいのって……シャチ?」 ふと、足をとめた水槽。圧倒的なスケールの巨体が激しく動く。綺麗で、其れで居て力強い。言葉にならないほどの衝撃だった。 目を惹かれ、足を止めて見つめる。見入ったレイチェルの背後の大水槽に向けて少女達がぱたぱたと駆けて行った。 「ほわあー 綺麗でござるですぅー」 姫乃はきらきらと瞳を輝かせる。大水槽の前では大きな魚がふわ、と空を飛ぶように自由に泳いでいる。 カレイだ!と彼女が指をさす。美味しそう、という言葉が聞こえて思わずジースも驚いてしまう。 「おいしそうでござるです! 砂に隠れたカレイを探すでござるです! エイヒレ! スルメ! 大好きでござるです」 姫乃の本日の夕飯は魚に決定された。食欲に勝てないならば仕方あるまい。 瞳を輝かす姫乃の隣では相変わらずイーリスが楽しげに走り回っている。 「エイいるです! エイ! 下から見ると ('_') こんな顔です!」 と顔真似をしてみるイーリスにかえでが笑う。 彼女の目的は他に在る様で \突然のカニ/ タカアシガニがわらわらとしている場所へと行きたくてうずうずしている。 なん立ってタカアシガニは手が欠けている者もいる――歴戦の勇者に違いない。 イーリスは此処で決めたのだった。タカアシガニの様になると。そして、歴戦の勇者になって世界を守る、と。 「……静かで、幻想的……」 ぼんやりと水槽を見つめるレイチェルの胸に浮かぶのは想い人。こんな場所でデートができれば幸せなのだろうか。 気付いたら彼の事を考えて、胸が一杯になるだなんて、自分も大概なのかしら、と小さく笑った。 「また、みんなで一緒に出かけようね」 皆とだから、楽しくて。むぎゅー!と彼女は皆に飛び付く。嗚呼、なんて緩やかな時間だろう。幸せが溢れだす。 こうして仲間と共に出かけるのも悪くはない。戦いの中で支え合っている仲間との幸せな時間。 「大事な思い出だな」 にこりと笑ったレンにルアは頷く。優しい時間を、その胸に残して。 わあ、と幸せそうな少女の声が鼓膜を擽った。 \なんと、魚類が居たのですか!/ 魚類が居るのよ、と微笑んだフォーチュナの背中を見つめる。 一人でのんびりと魚を眺めるのも楽しいかなとミリィは考えた。けれど、誰かと楽しみを共有するのもまたいいだろう。 「世恋さんって、水族館とかよく来るのですか?」 「あまり。私って、その……結構知らないものが多いの。色々と」 生まれが、少し。なんて笑った世恋は隣で魚を眺める小さなリベリスタを見つめる。ゆっくりとした歩調。 物珍しそうに見つめるその姿は愛らしい。 水槽に手を伸ばし掛けて彼女はさっと引っ込めた。 「あまり、触っては行けないんですよね……?」 でも、触れたい。思わず伸ばし掛けた指先は宙を彷徨ってゆっくりと下ろされる。 確か、途中にふれあいコーナーがあった筈だ。其処に行けば好きなだけ触れる事が出来るだろう。 「ふれあい、コーナー……」 「ええ、行ってみたら、きっと楽しいと思うわ」 外見では大差ないが、年齢からすると一回りする優しい子の頭を撫でかけた手を世恋は下ろす。 きょとん、としたミリィはふれあいコーナーに行く途中、数歩歩んでからくるりと振り向いた。 「世恋さん、悪い夢から醒ましてくれて、有難うございました!」 この前のお礼を伝えようと思っていた。悪い夢を醒まして、しあわせを掴んだのは礼を告げた少女のおかげ。 目を丸くしたフォーチュナは少し照れ笑いを浮かべて告げた。 「こちらこそ、有難う」 赤いマントがふわりと揺れた。 偶にはのんびりとしようとのぞみは魚を見て和む。 静かに、水槽を見つめる彼女の隣では同じように水槽を見つめる真琴やエリスの姿が見受けられた。 「うん、やはり休息は大事ですね」 心の休息になる。ふう、とため息をついた彼女は貴志や孝平の方へと歩み寄る。 戦場を共に駆ける者たちは静かな休息をそこで得る。星龍やディートリッヒ達もただ、大水槽を見つめた。 青、青、埋め尽くす青がゆらりと揺れる。 大きな魚の影がかかる。ジョンや京一の頭の上を過ぎ去る影は、悠々と水槽の中を泳いでいた。 その中でもアークに来て日の浅いレイニードは一人で過ごしていた。誘える人が居ない、と彼はぼんやりと水槽を眺める。 レイニードの記憶の中にある家族で一度だけ訪れた水族館の思い出。 「こんなに色々な種類の魚がいんのか……? 水族館って」 見た事もない魚の種類。数え切れないほどいる魚にも、水族館そのものの規模にも驚きを隠せない。 嗚呼、家族や親友にもこの綺麗な光景を見せたかった。過去、エリューション事件で失った代償は大きすぎた。 ぴしゃん、魚の跳ねた音で顔を上げる。静かに流れるクラシック音楽が鼓膜を打った。 無意識に頬を伝った涙は、思い出が溢れたからだろうか。無くしたモノが心に溢れだす。 「……ちょっとは気分転換になった気がするぜ……」 涙を拭い、じっと魚を見つめているフォーチュナの肩をぽんと叩いた。 こうして失せ物を思い出せたのは水族館に来れたからだろう。感謝をこめて、魚を共にガン見しようと彼は身をかがめた。 「初対面だけど……一人よりは二人の方がいいんじゃね?」 きょとんとした予知者は笑った。それじゃあ、ご一緒しましょうか。 水族館に初めて訪れたというシャルロッテは水槽の中の魚達を見て不思議そうに目を輝かす。 ぷかぷか、ふわふわと漂う魚達。水の中は呼吸できないのに不思議。 「水族館、私は好きなのよ」 そんなシャルロッテに小さく笑いながら糾華はパンフレットを捲る。 海獣のブースもショーも食事タイムも全て見て行こう。時間はたんまりあるのだから。 「ガラス、割れないのかな? いろんな色してて綺麗だなあ」 もっと、次に行こうと急かすシャルロッテに糾華は頷く。一つ一つをゆっくりと堪能して、其の目に焼き付けて。 本来はこうやって同じ目線になる事のない生き物たち。こうやってその姿を堪能できるとなると、つい長居してしまう。 まあ、魚を美味しそうと言ってしまうデリカシーの無い人もいるけれど、と糾華はくすりと漏らした。 「いるかって哺乳類なんだ!? びっくりー」 どうして指示が分かるのかな?なんて漏らすシャルロッテ。 やはり世界は不思議がいっぱいである。糾華はシャルロッテを連れて一番楽しみにしていた巨大水槽の前へと行く。 「おっきー。いっぱいお魚さん泳いでるー」 きらきらと、水が光に反射する。沢山の魚が其々好きに泳いでいた。 「わぁ……」 その体が放つ輝きが、目に焼きつく。 糾華はぼんやりと水槽を見つめていた予見者にも声を掛け、共に、と誘った。 「すごーい!何でお魚さん泳ぐのはやいのかな?」 目を輝かす。視た事のない世界は、新鮮で、綺麗で。この水槽の中に入りたいとも思えた。 「綺麗……」 そうね、と予見者は返す。渦巻く様な、踊るイワシの回遊も周囲を泳ぐ大型の魚達も、自由に、優雅に、舞い踊る。 吸い寄せられるように見つめて、その視線は揺れ動く。水面を、追い求める様に。 「楽しみましょう?」 「うん、閉館までごーごー!」 閉館まで、たくさんのものを見よう、好きなものを。満足いくまで、心行くまで。 好きな魚を見ようと一人で訪れたシエルはぼんやりと遊泳されるマンボウの姿を眺めていた。 ふわふわと漂うクラゲも水底で頭だけちょこんと出しているチンアナゴも見ているだけで癒される。 彼女の幸せはゆっくり続いていく。 水槽の前で彼女は足を止める。目的その2である大水槽の前でじっとしているフォーチュナに声を掛ける事。 「こんにちは、世恋様。何をご覧になられていたのですか?」 「こんにちは、シエルさん。ええと、魚って色々居るのねって」 水槽から離れ、振り向いたフォーチュナは水槽の上に飾られた説明を一つ一つ指さす。 あの子が可愛い、あの子が素敵―― 「ねえ、世恋様。ラ・ル・カーナでお会いできるとは思いませんでした……」 近々あった戦いの話しに世恋はきょとん、とする。 さりげなく、話題に盛り込まれたのは心をこめた感謝。 「心強く……そして、嬉しゅうございました……」 フォーチュナは幸せそうに微笑む。此方こそ、皆が居るからこそ、あの地までいけたのよ、と。 彼女らの後ろでは常通り魚が悠々と泳いでいた。 \突然のわらわ!/ デデーンと現れたのはぢごくうさぎゃの面々だ。 「……にしても、デカい生簀だねェ。幾ら僕でも全部は喰えなそうだけどね」 さて、どれから食おう、と指先はあちらこちら。 「紅涙さん、食べちゃいけませんよ」 「え? 喰ったらダメなの? 何で?」 凛子の指摘にりりすはきょとんと彼女を見上げた。 魚類とはりりすの中では『釣る、喰う、肥料(これは100歩譲った)』でしかない。 「見て、どうすんの? お腹すくじゃない。狩りたくなるじゃない。……よっしゃ狩ろう!」 「りりすさんをかまぼこにしちゃいますよ? 食べちゃいますよ?」 その言葉にりりすは冗談だよ、と付け加える。ところで、と凛子は桐へと向き直った。まんぼう君という名前の武器を持つ彼の事だ。魚類には目がないのか、と彼女は疑問を口にした。 「え、ああ、魚に目がないというか、水棲生物が好きなだけですよ?」 亀やペンギンも可愛いと思うし愛らしいとも思う、勿論まんぼうも好きだ。 「まあ、水族館って普通に好きだよ。薄暗くて、静かで落ち着くよな」 「そうですね、こうしてのんびりとしたのもいいですね」 ん、と伸びをして偶にはこんなのも悪くない、とりりすは笑った。けれど、やはり食欲は何にも勝る。お腹が空いて堪らない。 「何か喰いに行こうぜー、貪り喰おうぜー」 のんびりと魚を眺めていた凛子が此処を回れば寿司が食べれますよ、と微笑んだ。皆で食べるのも良いだろう。 偶には沢山食べて、一杯食べれば心も体も幸せだ。はんぐりーせいしんを忘れるべからず!とりりす談。 ――だが、後ろで輝く笑顔を浮かべていた瑠琵はのんびりとした空気をブチ破る様に釣り道具を一式揃えて来ていた。 「……えーと」 「ああ、世恋。如何じゃ、世恋も一緒に釣らんかぇ? 何をとは愚問じゃのぅ」 きらり、瑠琵の瞳が輝く。 さあ、お聞きしましょう。魚類と言えばー? \鮫なのじゃっ!/ 其れならば鮫と言えばー? \りりすなのじゃっ!/ ――という訳で瑠琵は鮫ことりりすを情け容赦なく釣る気満々である。 山葵を擦るならサメ肌だ。そうすれば本格的だろう。別にりりすが鮫肌かどうかはこの際関係ない。つまりは、為せば成るだ。 きゃっきゃと楽しげに暴れる彼女は遊び疲れた様で凛子の背中によじよじと昇る。 「凛子は背が高いからのぅ、とっても見晴らしが良いのじゃ」 「宵咲さん、お寿司、食べませんか?」 桐の発言に瑠琵は頷く。――が、ここで瑠琵は一つ思い当ってしまった。呼びとめた予見者の翼。 「のぅ、世恋はちっこいが飛べるのじゃよなぁ……?」 攀じ登っても良いかぇ?と彼女は獲物をかる瞳を見せる。ひ、と小さく悲鳴を上げて逃げ出した世恋を見送って、面々は寿司を食べに向かうのだった。 後で、キーホルダーを買おう。此処で見たイルカの思い出を、伝えられるように。凛子は一人、そう思った。 「月鍵、水族館とは唐突だな」 ゆっくりと歩み寄ったリオンは水槽をじっと見つめているフォーチュナに問う。魚は好きか?と。 「ま、広い海を自由に泳ぐのは気持ちよさそうではあるな。群を成して泳ぐ魚などは見ていて気持ちいいのは確かだ」 「そうね、泳げたら気持ち良さそう」 ぼんやりと大水槽を見つめる。青い海を模した巨大な水槽。多種多様の魚達は悠々と遊び回っている。 食物連鎖、とリオンは口にした。種が増えれば弱肉強食の連鎖も起きる。 「自然界では、仕方ない事だな」 「……そうね、弱いと、どうしようもないものね」 だが、とリオンは付けくわえた。弱きが其処に居るからこそ強きものが生き残る。弱きがなければ強きは残らないのだ。 自然の摂理は、人間の不自然な構成よりも単純明快だ。自然とはよくできている、とぼんやりと呟いたリオンの隣でフォーチュナはじっと水槽を見つめた。 「……変な事を言ったな。月鍵はどんな魚が好きだ? 俺は……チョウチンアンコウの不細工さなんかは好きだな」 「不細工さ、がお好きなの?」 「意外だろう? よく言われる」 不思議そうに目を細めた予見者は笑う。でも、少しは解るかもしれないわ、と。 久しぶりの水族館。程良く冷房の効いているそこで終は幸せそうに笑っている。 見渡す限りの青、埋め尽くす青。 目に映るその色も涼しさをそそっていた。手にしたパンフレットで何処に行くかを迷う。 「熱帯魚見てきゃっきゃうふふしたいし、クラゲ見てまったりもしたい! イルカショーとシャチの大水槽も見たいよ!」 パラパラと捲りながら館内の水槽が何処にあるかを頭の中でシュミレート。 ぱ、と手が止まったページ。ショーのスケジュールが記載されている。 「はっ……!? これは、これは外せない……。行かねば!」 公共施設だという事に気を使いダッシュはせずに、爽やかなる早歩き☆ 彼の目の前でふらふらと水槽を見回っていた薄桃の髪の予見者へ手を振る。 「あ、世恋さんだ! 世恋さん、世恋さん! もうすぐショーが始まるよ!」 アレは外せない、とアピールする終に世恋は首を傾げた。 「ええと、何があるの?」 「そう!」 \突然のイワシトルネード/ 本気で突然だった。 鰯の体がきらきらと水の中で反射する様で美しい。あのトルネードでツイストされたい、と終は微笑む。 「ビバ☆ イワシ☆ イワシ最高! ハラショー!」 其処まで言われてしまっては行くしかない。そわそわしている世恋へとエレオノーラは声を掛けた。 「あら、世恋ちゃん。今から切り身が泳いで居ないという事を解説しようと思うんだけど」 ふわり、羽が揺れる。勿論、イワシを見ましょうと。丁度ショーの時間には被る様だ。 ご一緒にどうかしら、と微笑んだエレオノーラ。或る種、予見者よりも年齢詐欺の可愛らしい彼女――否、彼はカンペをひらひらと振った。 「最近は切り身以外でお魚を見た事ないって子もいるらしいのよね」 さ、行こう、とエレオノーラは水槽へと近づく。 突如行われたエレオノーラ先生の講義には一人で参加していた茉莉や麻衣、アルフォンソの姿がある。 群れをつくりぐるぐると巡るその姿は何処か不思議なものに見える。綺麗だ、とすら思えた。 「まずはイワシ。イワシは群れをつくって沿岸を回遊する回遊魚ね」 サーディンやらアンチョビやら呼ばれるのは種類が違うから、と付け足した。 「漢字の由来は陸にあげると腐りやすいから鰯なんですって」 「魚、弱い……へえ、成程」 頷いた世恋に微笑む。エレオノーラの解説は続いていく。 ふと、彼の足が一つの水槽の前で止まる。 「さあ、最後に紹介するのはこの……ハモ!」 どん、と水槽でこんにちはしたのは獰猛な顔をした魚類。鱧である。 「骨が多いから骨切りをして湯引きして食べられる様ね。名前の由来は大きい口と歯で噛みついてくるから『食む』から来ているとか」 「そ、そう、なの」 顔は怖いけれど愛嬌があると思う、と微笑んだエレオノーラに世恋は一歩後ずさる。 其れでも、怖いです。鱧。 ● 天才を楽しませる場所がある、そう聞いた陸駆はゆるりと水族館を眺める。 アマゾン川に生息する魚達は多種多様である。 うろうろと周囲を見回していた陸駆はぼんやりと魚を見つめていたフォーチュナへと声を掛ける。 「月鍵世恋。ピラルクが居るぞ」 「こんにちは、大きいのが居るわね」 「うん、ピラルクは大きい。ヘタすると僕以上のサイズだ」 身長はおよそ132センチ程度。確かに水槽でぼんやりしているピラルクは彼より大きいのかもしれない。 「しってるか、月鍵世恋。天才がピラルクについて語ってやろう」 胸を張り、ピラルクの水槽の前で陸駆は語り始める。 この巨大な魚は一億年前から姿を変えていない。完全たる姿を晒しピラルクは優雅にその尾びれを揺らしている。 「3mのもみつかったときくのだ。大きい魚はすごいな」 その目は幼い少年のものだ。天才たる少年もまだ年若い。小さく笑いを漏らしながら予見者はそうね、と返した。 「背中に乗って泳いだら楽しいかもしれないな」 ぴたりと額を硝子につける。厚い硝子の向こう、悠々と泳ぐ巨大な魚。その背中に乗って海を泳ぐ気持ちはどんなものだろうか。 ゆっくりと時は過ぎる。 ただ、静かにアマゾン川に生息する魚達は泳いでいた。 ゆるり、ゆるり、緩やかに。 「月鍵世恋、貴様はどんな魚が好きなのだ?」 備え付けられたベンチに座っていた世恋は顔を上げる。貴様の話しを聞こうと彼は隣に腰かけた。 戦略演算によると、どうやら話を聞くのがツキらしい。 「せーれーんさーん! 一緒に遊びましょー」 とたとたと走ってくる伊藤は羽衣と手を繋いでいる。勿論開いているもう片方の手を彼は世恋に差し出した。 「ええ、ご一緒しましょう」 翼を得た羽衣とフォーチュナに両手を握られた伊藤は名案が浮かんだという様に二人へと笑いかける。 「二人に手を持って貰って宙にふわふわ!」 「お手手繋いでふわふわ、楽しいの」 ゆっくりと、少しだけ浮き上がる。凄いなあ、楽しいなあと伊藤はキラキラと目を輝かした。 館内である為にあまり浮きあがれない。ちょっとした空中飛行は水槽の中で泳ぐ魚達のソレと似ていて、きっと外ならばもっと自由で楽しいのだろう。 「なんだか超贅沢。足の裏にジェットついてたら一緒に飛べるね」 「そうなったら伊藤さんが一番早く飛んで行ってしまうかも」 ――なんて、小さく笑う。 とん、と脚をつけた伊藤は二人の手を引いた。 「ねぇ、アレ見に行こうよ。ウ……ウ……ウロボロス」 「……うろぼ? うーん、何の事かしら。羽衣、お魚の事にはあまり詳しくないの」 \突然のウロボロス/ 「もうウロボロスでいいや!」 突然の輪になった蛇の登場にぽかんと口を開けた予見者だが、それでいいと言われてしまってはもう何も言うまいと口を閉じる。 スキップしながらレッツゴーと手をぶんぶんと振った伊藤。同じくスキップをする羽衣に慌てた様に世恋はついて行った。 スキップが苦手なのは言及しないでおこう。 「ねえ、ねえ伊藤さん! なぁにこれ、へびさん?」 じぃ、と水槽を眺めた彼女の前にはウツボ。 「顎の下がモチモチでグレート!」 魚類的な蛇とでも言おうか、と首を傾げる伊藤の隣で世恋ももっとみましょうと羽衣は促す。中々猟奇的な顔をしているウツボだった。 「このへびさん、すごく可愛いの!」 「ご覧、とても可憐な……目をしている……」 うっとりと告げる伊藤に素敵なお目目ね、と羽衣は付け加える。ウツボ照れちゃう。 友人達と一緒に見たかったウツボ。幸せな時はゆっくりと過ぎ去っていく。本当に小さな声で、伊藤は水槽を眺めながら言う。 「ねえ、二人はしあわせ?」 「うん? うん、羽衣、とってもしあわせよ」 伊藤も羽衣も思う事は一緒。共に過ごす人が幸せなら幸せ。うふふ、と笑った伊藤にフォーチュナは頷いた。とても、しあわせだと。 「また来ようね。次もきっと楽しいよ」 小指を差し出して、絡める。今日は有難うと礼を述べながら。 ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。 \とつぜんのすいぞっかんあーーーーんどごはんっ♪/ スキップスキップ。あまり訪れた事のない水族館に瞳を輝かせたミーノはリュミエールと二人で館内を回っている。 大水槽で悠々と泳ぐ魚やちょっとしたショーを回ろうとリュミエールの手にはパンフレット。 「おさかないっぱーーい、すいぞっかん♪」 るんるん気分で駆けだすミーノ。リュミエールと約束した彼女のお弁当も気になるものの、目の前に泳ぐのは魚類。 お腹が、ぐう、と鳴ってしまう。 「すいそーにはいってるおさかなをいっぽんづりして……」 「水族館は観て楽しむ物なのに、魚を食べようと考えテヤガル……」 ダメダコイツ、ハヤクナントカシナイト。 その言葉にミーノは耳を垂れる。 「たべちゃだめなの……っ」 しょぼん、と耳を下ろしたものの、パンフレットに載っていた沢山の出来事に胸が躍る。 さて、その前に腹ごしらえだ、と二人揃ってフードコートで買った飲み物。 「ほら、約束通りだぞ。あーん」 重箱のお弁当。鱧、鯖、サーモン、アナゴの押し鮨、中心には散らし寿司。 二段目はおかず類に鯖の味噌煮、タコさんウィンナー、秋刀魚の塩焼きなどと豪華勢ぞろい。 幸せな時間は過ぎ去っていく。 さて、フードコートは騒がしい。 「なんと! この水族館では鮨が食えるのです!」 どどん、と言った快は友人らを連れてフードコートで鮨を食べに来ていた。水族館で鮨を食う――なんて背徳的な雰囲気がするが、食育の一環としては大切なことなのだろう。 「私も混ざってもよろしいかしら?」 にこりと微笑んでティアリアも鮨を食す会に混ざって見せるが、実のところ罰あたりだななんて思ってしまうのだった。 特殊な魚も網羅し、展示しているこの水族館だが、中で鮨など食べてしまえば貴重な種も食材に見えてしまう。 「ここは大きな回遊水槽があるから、回遊魚の展示が特徴だ。回遊魚と言えば、水産資源として馴染み深い魚も沢山いる」 「まあ、わたくし達の普段食べているものが実際どんなものかっていう社会勉強にはなるわね」 流石はティアリア先生だろうか。その通り、と快は頷いた。 \寿司食いねェ!/ 寿司三昧を楽しもうと瞳をキラキラさせたベルカは予め水槽で楽しげに泳いでいる魚類を眺めて食欲を募らせていた。 「さて、諸君。常に食卓に上がるお魚さんたちに感謝をすべきである。ゆえに俺は鮨を食う」 ぐっと拳を固めた竜一が立ち上がる。 鮨とはバランスの一品である。良い塩梅のシャリとネタがかけ合わさって最強。 「食されるお魚さんも! おいしく食べてもらったほうがいいはずだ!」 「さあ、一気に突撃! 喰らい尽くすのだ!」 竜一の言葉に頷くベルカはフードコートの鮨店大将の前に華麗に着席した。 途轍もなくイケメン風な顔になった竜一が大将!と声をかける。 「食の勝負……、受けさせてもらう。俺をうならせれば大将の勝ち」 ――さあ、ここに食の勝負が始まった。 竜一が大将と戦を繰り広げている裏では慧架がサビ抜きの鮨を食べている。ヒラメ、カレイの縁側、水タコ、水烏賊……。 「いろいろ食べたいけど余り一杯食べれなのです」 勿体ないなあ、とも思うけれど、満足するだけ食べれるだけで幸せなのだろう。 何にしようかな、と悩むベルカは鮪やイクラに目を付けた。 「泳ぎ続けねば生きられないというのは、なかなかに文学していると思うのだ。示唆に富んでいるな!」 もぐもぐ。そこでふと浮かんだのは自らの定め。 思えばリベリスタも、崩界を防ぐために永劫に戦い続けなけれなならない定めだ。そう、鮪のように。 ……なんて、水族館でかっこいいことを言ってみたが彼女のほうにはご飯粒。 「ああ、わたくしはアンコウの肝とヒラメのコンブ締め、あと日本酒ね」 ティアリアもお茶を置きオーダーを通す。何と思おうと勿論食べなければ損だ。観賞は観賞、食事は食事。大自然に感謝して、いただきます。 「鰯、鯖、鰹、そして鮪」 もぐもぐ。 「地域の生態系の展示として、近海の環境を再現しているのもいいね」 なぜか水族館の解説を行っている快だが、鮨屋は職場を誉められてるので満更でもなさそうだ。それ、もう一枚。 「鯵とか、鱚とか、鱸とか鯒とか鰈とか」 快の言う食材すべてを気を良くした大将が嬉しそうに並べていく。 「あ、月鍵さん。よかったら月鍵さんも一緒にどう? さっきあっちに展示されてた鱧も、 骨切りして湯切りして梅肉添えて食べられるよ?ほら、hamohi「それはいけないわ!?」 ひょこりと顔を出した予見者は座り周囲を見回す。気になるのはやはり戦いを繰り広げる竜一と大将だ。 味の薄いものから食べていく、そして徐々に濃い味へと移行し、味をリセットするためにガリやお茶を飲むペース配分。 拘りはある。シャリに醤油はつけず、ネタにつけるのが基本だ。食う時は一口で、口の中全体で味わう。 「……うむ、やるな、大将。脱帽だ」 彼は立ちあがる。 「満足したぜ、会計は新田に回しといてくれ。あばよ!」 「あ、竜一、海苔お勧め。海藻は髪にいいぞ?」 鮨屋は大繁盛である。 手を繋いで、夏栖斗とこじりはゆっくりと二人で歩む。 そろそろイルカショーの時間だとパンフレットには記載されていた。 途中で買ったアイスクリームを舌先で掬いあげると咥内でゆっくりとその甘みを残して溶けて行く。 「オープンしたばかりのイルカショーとかって慣れてない感じが妙に可愛いよな」 跳ね上がるイルカと懸命に演じる係員。 この景色を彼女と見れるのも幸せで。席に座って見つめているうちにアイスクリームは全て口の中。 『それじゃ、イルカと握手してみませんかー?』 マイクを通した係員の声に夏栖斗は眼を輝かせる。こじりの手を引いて、行こうぜと彼は促した。 「そんな幼子の様にはしゃがなくても、逃げないわよ」 だけれども、そんな大切な人の姿が可愛いとも思える。全くどうして、こんなに可愛いのか。 そう思いながらものんびりとプールに近づくとイルカはこじりに擦り寄る様に近寄ってきた。 「うわっ!?」 握手して、瞳を輝かす夏栖斗にぱしゃり、と水が跳ね上がる。こじりもイルカと一緒に水を掛けた。 慌てる夏栖斗に彼女は笑う。 「こじり、なんかイルカにもモテてない?」 「飼い慣らす事の出来ない野生の雄に囲まれる私」 きゅう、と鳴くイルカの頭を撫でる。静かな時間、愛らしい瞳をしたイルカの頭を撫でるこじりの横顔を見て夏栖斗は同じようにイルカを撫でながらぽそりと呟いた。 「なんていうかさ」 「何よ」 「こういうのでいいの?僕不器用だしさ、なんか自分が楽しいのばっかりみたいな感じでさ」 一年が過ぎた。あっという間の一年で、気付けば自分ばかりが楽しんでいる様にも思えた。楽しい、面白いと表に出して、駆けだして。 自分は彼女と過ごせて楽しい、とても幸せで。嬉しくて。けれど、『僕』はこじりに何かできているのか。そう思うと不安になった。 きゅう、とイルカが握手を求める様に夏栖斗に擦り寄る。 「うっわ、かっこわりぃ、お前僕を慰めてくれてんの?」 「……ぷっ、あはははっ! 何、それ。面白いわね」 「っ、こ、こじりも笑うなよ」 不安は一杯だった。けれど、こじりは王子様を求めている訳ではない。 物語のお姫様は守られるだけだけど、ヒーローの様な王子様が迎えに来るのも在り来たりだから。 「こんなのでいいのよ」 イルカを撫でた時よりも優しく、濡れていない手で彼の頭を撫でる。沈んだ彼の顔を、笑顔に戻す様に。そっと手を差し出した。 「行こっ、ほら立って」 今はくすんで見える日常も、未来ではきっと輝いている。何気ない、『こんなの』でいい。それが思い出になるのだから。 二人の歩調で、ゆっくりと。思い出を、積み重ねて。 大好きな友人と一緒に水族館に行こう。スペードと愛音はフォーチュナに声を掛けて、イルカのプールへと訪れていた。 \突然のイルカショー!/ 「世恋殿! イルカでございますよ!」 くい、と袖を引っ張ってベンチに座り三人でイルカショーを眺める。 「スペード殿! イルカ! 跳ねたでございます! 鳴いたでございます!」 「わぁ……っ! なんて愛くるしいイルカさんでしょう」 立ち上がり、傍による。近くで観察すれば、視界いっぱいにその姿を収められるから。きゅう、と鳴き声を上げて跳ね上がるイルカ。 ぴしゃり、と水しぶきが跳ねて、彼女の服の裾を濡らす。それさえもご褒美。大きく跳ね上がったその姿はとても愛らしくて。 「迫力満点ですね。 ……鳴き声は何を伝えようとしてるのでしょう?」 もしかすると、愛音の『LOVE』が広まったのかもしれない、とスペードは微笑んだ。 昇る太陽へ向けて跳ね上がる。ボールを鼻先でつついたイルカがもう一度、きゅう、と鳴く。 「可愛いでございます~♪ LOVE!」 きゅう。 きっと、愛音と同じ言葉を返したのだろう。 微笑みながら、日陰のベンチへと腰かける。スペードの持参した水筒には緑茶。愛音は手作りのおはぎを持ってきていた。 「皆で、大好きを分かち合いたかったのでございます!」 「わあ、美味しそうね」 差し出されたおはぎにフォーチュナは瞳を輝かせる。丁寧に作られた其れは愛音が愛を込めた物なのだろう。 一口、頬張ればその甘さが咥内に広がる。嗚呼、なんて幸せ。 ぽつり、愛音はスペードと世恋の顔を見つめながら呟く。 「愛音は一族で山に篭っていた世間知らずでございます。世界には知らない事が一杯あるのでございます」 その言葉に、フォーチュナは微笑む。彼女の境遇もそれと似ていたから。 「だから、大好きな友達と、色んな発見をしながら日々楽しく過ごせる……今の愛音は幸せ者でございます! LOVE!」 幸せで堪らない。大好きな友人達と、ゆったりとした時間。 スペードは思う。大好きな人の笑顔に囲まれると、夢の中にいるみたいだ、と。優しい夢。優しくて、しあわせな夢。 嗚呼、願わくば、このしあわせがずっとずっと、続く様に。先を分つ事がない様にと、そう祈る。 「さあ、食べるでございます!」 「はい、頂きましょう!」 笑いあって、ゆったりと、時は過ぎゆく。 展示を抜けて、明るい所に出る。 水族館の雰囲気に酔いしれ、薄ぼんやりと輝く水槽に心の中でははしゃいでしまっていたフツは隣で神秘的な雰囲気に幸せそうなあひるを見つめて微笑んだ。 「普段見ない様な魚も沢山居て面白いな~」 「ああ、楽しいな。この勢いでお土産も気合入れて選ぶぞ!」 ぐっと気合を入れたフツにレイチェルも楽しげに同意する。 沢山の種類があるお土産は見るだけでも楽しいが、やっぱり皆で選ぶとなると気持ちも変化する。 皆揃ってのお土産交換となれば楽しみも倍になるというものだ。 「わ、見てください、レイチェルさん! マンボウのぬいぐるみー!」 マンボウのぬいぐるみを抱えてはしゃぐセラフィーナにレイチェルも駆けよる。 「かわいい! いいねー! こっちのペンギンもかわいいよっ。あと意外にクラゲもキュート♪」 「ク、クラゲ? あ、でもよく見ると……クラゲも、キュート……なのかも?」 つぶらな瞳をしたクラゲのぬいぐるみをつん、とつついてみる。ビーズクッションのそれは触り心地も抱き心地も良い。 レイチェルは最初に目にしたペンギンのぬいぐるみにひとめぼれ。ぎゅっと抱きしめてどうしようかな?なんて思案している。 「えいっ! 隙ありです!」 「ふえっ! な、何!?」 背後から抱きつく様にレイチェルに被せたのは可愛らしい魚の帽子。慌てたレイチェルの顔を見ながらセラフィーナは幸せそうに笑った。 「魚の、帽子……? へえ、こんなのもあるんだ」 可愛いけど、外では被れないね、とくすくす笑いあう。魚の帽子が似合っていると微笑むセラフィーナにも同じものを被せた。 二人揃ってお揃いの帽子をかぶって、可愛いね、と笑いあう。 「あ、見てください。これなんか素敵ですね。……良かったら、一緒に同じのを買ってみませんか? お揃いです」 お揃いの可愛らしいイルカのアクセサリーの小物。小ぶりなソレはビーズ等で飾られたブレスレットだ。 「お揃いアクセ♪ 勿論いいよっ! 買っていこうっ」 二人揃って微笑みあう。思い出を共有するように。お揃い、なんてしあわせな言葉だろうか。 一方、売り場をうろうろとしているフツが手にしているのは小柄な小さな巻貝の硝子細工だ。 友人達の顔が浮かぶ。其々の神谷瞳の色。金色と青の模様はレイチェルへ、金色と赤の貝はセラフィーナ、白と赤は斬風、赤茶と青はあひる……。 呟きながら選んで行く。 「なあ、あひる、俺の土産ってなにがいいかな」 何でもいいぜ、と笑った彼にあひるは秘密だよ、と笑う。 彼女が抱えたのはクラゲとシャチのぬいぐるみ。お友達へのお土産なの、と微笑んだ。 「セラフィーナ達にはハンカチを。あとあひるの、イルカのぬいぐるみと……お菓子!」 「ああ、そう言えばオカ研の部長が誕生日だから。ウツボのぬいぐるみを買っておこう」 なんたって、ウツボは海のギャング!つぶらな瞳をしたウツボが彼を見つめている。食品売り場で手にしたナマコの酢の物は黒いからとセレクトした。 「……まあ、結城にはナマコだな。黒いしな」 お会計を済まし、外に出たあひるはくるりと振り返る。 こっそりと買っておいた大きいイルカのぬいぐるみ。自分のイルカと親子だよ、と微笑む。 彼から手渡された硝子細工。光の加減で透き通って、彼女の瞳の色の様に輝いた。 「とっても綺麗!! 大事に、大事にする……! あひるからのも、お部屋に置いてね?」 陽光はきらりと彼女の手の中の硝子に反射した。 二人でゆっくりと回った後、杏は真独楽と別れてお土産を捜していた。 お互いにプレゼント交換を使用、と約束した。お土産を買ったらフードコートで待ち合わせね、と約束する。 「んー、何が良いかしら……」 ぬいぐるみにしよう、と思い至った。浮かぶ可愛い彼はワニが大好きだと普段の様子から見受けられた。けれど、ワニのぬいぐるみは持っているだろう。 ぬいぐるみのブースをうろうろと動き回り、アレでもないコレでもないと手に取って見る。 そうしてるうちにも時間は過ぎて行って、確認した時計の針はそろそろ約束の待ち合わせ時間。 「あっ! だめだわ、待ち合わせ時間になっちゃう」 えーと、んーと、ぐるぐると思考が急ピッチで組みたてられる。 一番喜んでもらえるのは何だろうか?嬉しい、と輝く大好きな笑顔で笑ってくれるものは。 ふと、目の前にあったのは彼の背丈と同じ位大きなイルカのぬいぐるみ。 「よし、これにするわ!」 抱えて、彼女はレジへと走る。勿論、プレゼント用のラッピングはバッチリだ。 少し遅れてしまった。慌ててフードコートへと足を運ぶと、ベンチに腰かけて待っている姿がそこにはあった。 「まこにゃん!」 遅れてごめんね、と優しく言えば真独楽は気にしないとプレゼント交換へと促す。何だろう、と瞳はキラキラと輝いていた。 「はい、杏。まこからお土産♪」 杏が何が嬉しいのか、必死に考えた。真独楽が貰って嬉しいもの――お菓子やぬいぐるみも考えた。けれど、杏は女の子だから。 そう思ってラッピングはピンク。可愛らしいラッピングのその内側。 「気に入ってくれるとイイんだけど……水族館にぴったりでしょ?今日の思い出にもなるかなって思って!」 貝殻をモチーフにした幻想的な瓶。ほのかに香るマリンノート。爽やかなブルーの香水は二人で見た水槽の光に輝く水を思い出させる様で。 「はい、アタシからまこにゃんへ」 差し出した大きなイルカのぬいぐるみに真独楽は瞳を輝かせる。 「これからもずっとお友達だよっ!」 約束ね、と二人して笑いあった。 ● 照明が落とされる。柔らかな淡い光でライトアップされ、また違った顔を見せている。 「いやぁー夕方はムードがあっていいよねぇ」 ん、と背を伸ばし御龍は周囲を見回す。深海魚コーナーを見つめる。釣りを嗜む身としては魚類は好きなのだ。 まだ明かされない生態系、形容し難い奇妙な体つき、めったに捕れないその神秘性。 「ミステリアスでロマンティックぅ」 うっとり、正にそんなふうに頬に手をそえた御龍の行く先――タカアシガニの水槽。 其処に居るのは薄桃の翼を持った予見者だった。 「せ、世恋さん、タカアシガニ、好きぃ?」 「え、あ、いえ……大きいな、と思って」 どこら辺が好きなの、と隣でじっと蟹を見つめる。瞬きを繰り返した予見者は何だか、物珍しい所、と笑う。 「まぁ、タカシガニも深海魚の仲間だよねぇ。深海には鉄の脚を持った貝とかもいるんだよぉ」 その言葉に世恋はきょとんとして笑う。そうなの?物知りさんね。 「あ、月鍵さん」 今日は水族館に行こう、と意気込んだ亘の脳裏に浮かぶのは \突然の鮭/ 「はっ!?」 何だか気が遠くなった。菩薩系天風亘。周囲の水槽を見つめながらも、予見者と御龍の元へと歩み寄る。 何度かブリーフィングルームで顔を合わせた事はあった。 だから、一度話してみたかったのだ。拳を固め、レッツアタック! 「こんばんは、月鍵さん。良ければご一緒していいでしょうか?」 恭しい挨拶に予見者はぽかんと口を開く。レディーと一緒に過ごすならムードも必要だと思っての行動。 優しく微笑んで彼の元へと歩み寄る。 「ええ、それじゃ一緒に回りましょうか」 それじゃ、と御龍に手を振り、亘と共に水族館を歩く。 深く、青く、紺の世界。 世間話から、互いの好きなものの話し。それから―― 「お姉さま? そうね、お姉さまはね」 名前が出てきた事にやや驚きを隠せないままに世恋は語る。幸せそうに、優しい姉分の先輩の話を。 静かに、時は過ぎて行く。 少し前に、大きな戦いが繰り広げられた。 赤き蛮族達との戦いを乗り越えたら二人で出掛けよう。其れが愛しい人と交わした約束だった。 生き抜く事が出来た祝いと息抜きも兼ねた二人はのんびりと散策していく。 要するにデートだな、と木蓮は嬉しそうに笑う。 「……改めてお疲れ様、龍治」 普段と何変わらない、言葉を交わし合い、普段と何も変わらない優しい時を過ごす。 龍治はその言葉にそっと顔を上げた。視線が交わされる。 帰ってきてくれて、よかった。こうして言葉が交わせて幸せに思える。 「今日は沢山楽しもうな!」 その言葉に龍治は緩やかに頷いた。魚を見るたびに変わる木蓮の表情。龍治は魚よりも彼女を見て居たかった。 マンボウを生で見るのは何年振りだろう、とはしゃぐ横顔を見つめる。 ――勿論、想いを悟らせないために。 帰ってきてくれてよかったと、彼女が口にした言葉。あの戦いで死ぬ気はなかった。けれど、最悪は覚悟していた。 もう、戻れないかもしれないとも、考えてはいた。けれど、木蓮の傍にこうしている事が出来て、戻れて、本当によかったとも思う。 「あっちの蟹も美味しそ……いやいや、り、立派だな!」 ころころと変わる表情が、優しさを溢れださせる。 薄暗くライトアップされた幻想的な場所。巨大な水色が彼女の白い髪をも優しく照らし出していた。 ふと、ぐっと腕を引かれる。 唇が、静かに重なった。 「……ふふー、帰ってきたら沢山するつもりだったんだ」 「ま、全く……」 気恥ずかしさはあるが悪い気はしなかった。帰ってから覚悟しておいてと笑いながら撫でつける彼女の指を絡ませて、引いていく。 「帰ったら、か。覚悟しておくとしよう」 だから、今はこの指先のぬくもりを伝えよう。後で、君と幸せを紡ぐのだから。今は酔いしれよう、暫し、この青に。 ぽつぽつとライトアップされた水族館を椿は進む。目指すのは深海魚の展示だ。 最初に見つめたのはシーラカンス、リュウグウノツカイ。其々映像展示だがその姿は鮮明にその個体を映し出している。 「深海は長い事進化が止まった不思議な世界やんなぁ……」 その言葉に予見者は頷く。目の前に居るダイオウグソクムシの姿が物珍しい様だ。 「相変わらずやけど、このダンゴ虫格好えぇな……」 「ええ、す、すごいわね」 頷く彼女が幼い外見をしているのでついつい年下扱いをしてしまう――が、実際は年が近い。 一緒に楽しめたらいい、と彼女らはユックリと暗い館内を進んでいく。 「世恋さん、アレ。フクロウナギ。んでからホウライエソ、ブロブフィッシュや。キモイな!」 「でもデメニギスの方がもっと」 気持ち悪いわね、と笑いあう。勿論映像展示も多い。存在していないものは映像で展示されている。 「……なんか、ジャガイモの皮剥いたよぉな顔とか、へんな目つきなんとか、やたら巨大なキモイのとか……」 「ここ、どんなラインナップなのかしら」 顔を見合わせる。 開いたパンフレットを指さして、さあ、次はどこに行こうか? 水族館。櫻霞は誘った手前エスコートをしなければ、と気合を入れていた。 ふんわりと浮かびあがる照明でまた違った顔を見せる水族館に櫻霞は櫻子と手を繋ぎきょろきょろと周囲を見回す。 「大体日中いに行くイメージがあるからか、随分雰囲気が違うな……」 初めて行く水族館にそうなのですか、と櫻子は首を傾げる、何にせよ二人で行くなら何処だって楽しみで、幸せで。 「さて、と。では行こうかね……お姫様?」 「にゃ~、櫻霞様、櫻子はペンギンさんが見たいですの」 ね、と手を引く。ペンギンを見にゆっくりと回りましょう、と彼女は愛らしく微笑んだ。 繋いだ指先が絡められる。のんびりと、ゆっくりと回っていると、辿りつくのは大きな水槽。 「ふにゃっ!?」 ぶわ、と尻尾が逆立つ。巨大な魚は彼女にとっては初めてのもので、大き過ぎるのも困りものだ。 怖いです、と抱きついて、薄く涙を浮かべた。 「……単なる魚で驚いてどうするんだ、お前は……」 苦笑しつつも頭を撫でる。だが、大きな魚となれば、美味しそうに見えてしまうのも其れは人の食欲と言う物で。 「……ふむ、だが焼いたらおいしそうだな」 その言葉に櫻子はゆるく目を見開き、櫻霞様、と呼んだ。こてん、と首が傾げられる。 「あ、あの……此処のお魚さんって、食べても良いのですにゃ……?」 「冗談だ、真に受けるな」 さり気無く、ボソリと返す。信じられてしまっては困るから。 嗚呼、驚いたと胸をなでおろした櫻子は視線を動かす。その先、彼女の見たかったペンギンの姿があった。 氷の上をよてよてと歩くその姿は愛らしいもので、きらきらと瞳を輝かして彼女は櫻霞の手を引く。 「はぅ、愛らしいですぅ♪ おうちで飼いたいですぅ♪」 「……他に何匹ペットが居ると思ってる、これ以上増やしてくれるな」 尻尾をくにゃりとまげて幸せそうな恋人の頭を撫でる。ペットが多過ぎては彼女と過ごす時間が減ってしまう。 飼えないなら、今此処で、真っ直ぐに見詰めて、目に焼きつけよう。 水族館と言えば幼少の頃姉につられてきたのが最後だった。そう記憶している蘭月は脳内の嫁――断罪に話しかける。 「断罪、今日は休暇だ。ゆっくり過ごそうぜ」 その問いに彼の頭の中で古風な口調で少女は答えた。 静かに、ゆっくりと巡っていく。薄暗い照明の中、彼は少し浮かんだ眠気を噛み砕く。 「しっかし、こう薄暗いと、あれだな……眠くなるな」 脳内で、寝るでない、と口うるさく言われた気がした。ゆっくりと巡るなか、マグロが泳ぎ続ける水槽で彼は足を止める。 「……晩飯、刺し身にすっかぁ……」 人は食欲には勝てない様で。 水族館に来るのは何時振りだったか。モノマはふと水槽を眺めて思う。 魚は見るよりも食べる事の方が多くて、あまり眺めた事はない。だが、折角の恋人とのデートだ。 「照明も少し落としてあるみたいだし、神秘的な感じが増しているな」 「夕方の水族館って初めてで、どきどきしますっ! なんか夜の海にいるみたいで」 ライトアップされた水槽。昼間の雰囲気とは違う大人っぽい雰囲気に壱也は緊張していた。 薄暗い照明に照らされた先輩の姿が何時もより大人っぽく見えて、とくん、とくんと鼓動が速くなっていった。 綺麗だ、とモノマは呟く。光を反射してキラキラ光る魚達。群れをなす魚達は神秘的な光を纏い、とても美しい。 水槽の中で変な魚は居ないかと探す彼の手に、とん、と壱也の手が当たる。 どうしよう、と壱也の鼓動が速くなる。このまま握りしめても良いものか。ゆっくりと掌をきゅ、と握りしめた。頬が紅潮していく。嗚呼、其れもこの薄暗い照明で隠してくれればいいのに。 握られた手に、モノマの指先がする、と絡む。びくりと壱也の肩は跳ね上がる。恋人繋ぎ、と口をぱくぱくさせ。 「えへへー……先輩っ」 愛しい気持ちが溢れだして、心から洪水の様に流れ出す。しあわせだ、と緩んだ頬を抑える事もなく名前を呼んだ。 ぐう。 「!?」 「ん? どうした、壱也? 腹減ったか?」 幸せに如何やらお腹の方も幸せを求めだす。慌ててお腹が鳴った!?と顔を隠す彼女にくつくつとモノマは笑った。 腹の音が鳴った、誰とは言わないけれど。とても主張していたなぁ。 意地悪く笑った彼の顔に壱也は恥ずかしくなって寄り添う。寄り添った彼の腕で顔を隠しながら目線だけあげる。 「……い、色々見てたら、お、お腹空いちゃいました……お魚、美味しそうなんです」 「そうだな。鯖の塩焼きとか食いたくなるな」 その言葉に壱也は恥ずかしそうに寄り添ったまま、笑う。 「ご、ご飯、食べに行きましょう! 海鮮丼が食べたいです」 足の向かう先はフードコート。 寿司や海鮮丼もいい、其れに刺し身も美味いだろう。くっつく可愛い恋人の頭を撫でて二人は食事へと向かった。 こぽり、水槽の中で水泡ができていた。 「水族館、素敵ですよねっ」 幸せそうに笑みを浮かべた流に魅零は呆れかえった様に水槽を見つめた。 「水族館ね、何が楽しいの?」 中身は大体骨と肉。同じなのだ、全部全部。彼女も、自分も、魚も。 ――そうは思うけれど友人は嬉しそうに笑っている。異世界での戦いも一段落し、リフレッシュも兼ねて行動しよう、と言った風だろう。 大きな一枚硝子の水槽は奥行きがあって、手を伸ばしても届かない位に広い。 「ほらほら魅零さん、あのお魚、おっきいです!」 きらきらと瞳を輝かせる流の横顔を見て、小さくため息をつく。嗚呼、どうしてそんなにはしゃいでいるの。 「あっちにはサメもいますよ! すごいですねー!」 「サメも大きなのも、黄桜には全部同じに見える」 所詮、中身は骨と肉。同じでしょ? なんて返した魅零の手を流は握った。ふわりと浮きあがる足。 「ちょっ、と、流、何して……!?」 一緒に海を飛ぼう。大きなガラスの真ん中あたりまで飛びあがって、まるで海の中を自由に泳ぐように、ふわりと。 足元も、頭の上も魚だらけで、幸せで堪らなくなるでしょう?流は微笑んだ。 「ほら、こうすると、海の中を飛んでいるみたいじゃないですか?」 嗚呼、この発想はなかった。流石は空を泳ぐ金魚だとでも言ったところだろうか。優しげに微笑んだ彼女の手を握り返して、笑う。 「水族館だからこそできることですよっ♪」 「うひひ、これなら水族館も良い所ね」 多分、この子には勝てないのだと思う。 浮きあがったまま、海を飛んだまま。空を泳ぐ金魚と、海を飛ぶ。流は静かに目を伏せた。 「また一緒に戦う際は、宜しくお願いしますね」 きゅっと強く手を握る。決意はある。彼女を守る盾となろう。 「うち、もっと頑丈な『盾』になれるよう頑張りますからっ」 別に盾はいらないと思う、けれど、彼女がそう言うならば。握り返した手は離さない。彼女が盾ならば、自分は矛になる。 「いひひ、年下のクセに強いねェ」 貴女が盾なら、私は貴方の矛となろう。二人揃えば、きっと負けるはずがない。 ふわり、浮きあがったまま、海を仰いだ。 じぃと見つめたのは竜宮の遣い。 「……このフォルムは竜宮の遣いの名にふさわしい優美さだよね」 うん、と頷いた綺沙羅は画面を食い入るように見つめる。サーペントのモデルとも言われているこの竜宮の遣い。クリエイターである彼女からするとファンタジーにもってこいの良い素材なのだ。 「顔はよく見るとぐろいけど。……後、このCGはもうちょっと頑張れ」 むっとした彼女は実写映像へと視線を移した。優雅に揺れる其の体。随分前に生きた物が浅瀬に迷いこんだ際保護された個体だろうか。 ネットで見たことあるその情報。 ふわり、揺れる青に漂う白い竜。 「綺麗……」 深海魚は普段は暗闇でひっそりと暮らしている。ただ、陽光の下で見た方が幻想的な姿を見せてくれるだろう。見てみたかった、生きているものをこの目で。 「……でも、キサならこの優美さを再現できる」 クリエイターの瞳が細められる。白い竜が、陽光を受けた淡い青の中で佇む姿。 良い作品ができそうだ、少女は只、見つめた。 久しぶりのデート。きちんとしたオープンの前にアークで貸し切り状態となるとリベリスタという立場も中々捨てたもんじゃない。 最近は忙しかったり、大きな事件に巻き込まれたりもした。 こうやって二人で過ごすのも久しぶりだと悠里はカルナと共にゆっくりと歩いていた。 薄暗い照明の中、ふわりと照明は照らす。とても、幻想的な風景。 「……なんだか、幻想的な場所ですね」 「カルナは水族館はじめて?」 こくり、と彼女は頷く。悠里は小学校の時に家族と共に来た以来だと思い出を語った。 懐かしさに浸りながらも、隣を歩く優しい恋人が酔いしれる幻想的な雰囲気に浸る。きらきらと魚達の体が照らされて、まるで本当に海の中に居るようだ 「まだまだ言った事のない場所はある。一緒に色んな場所に行きたいね」 「ええ、これからも色んな所に一緒に行けるといいですね」 だから、という言葉は飲み込んだ。行ったことない様々な場所。連れ出してくれる悠里にカルナは感謝しきれないほどの想いを抱いていた。 「ほら、悠里、この子可愛いですよ」 水槽へと歩み寄ったカルナは優しく笑う。大切にしよう、この時を。二人で歩む優しい時間を。 カルナ、と悠里は呼んだ。水槽の中で魚達は楽しげに泳ぎ回る。 色んな場所に、二人で、共に。 「……その度に今みたいにカルナの可愛い笑顔が見れるんだから、僕は幸せ者だよ」 顔を上げたカルナは水槽の魚を眺めながら呟いた悠里の顔を見つめる。向き合って、手を取って。冗談めかした王子様の様に。 「これからも僕との逢瀬にお付き合いください、お姫様」 「ええと、喜んで、なのですけど……」 彼の照れ隠しにふい、と顔を逸らす。――お姫様扱いはあまり嬉しくありませんね。 其の侭奥へ歩いていく彼女の背を悠里は追いかけた。 怒っている訳ではない。けれど、共に居るならば同じ場所に立ちたいと、そう願う。 埋め尽くそう、青で、青で。 キラキラと、輝く水面。泳ぐ魚の影に揺れて。静かに湛えた空の色。 君の思い出の1ページに添える色になりますよう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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