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捨て得ざるものは君の中に


 穏やかな昼日中に生きていた。
 こわいこわい、夜の闇なんて、見たくなかった。

 唯、静かに生きていたかった。
 神秘なんておそろしいもの、関わりたくもなかった。

 幸福な記憶、ひとつを拾い、辛い記憶、ひとつを捨てていく。
 愚かと笑われようと、そうしなければ私は辛くて生きられない。

 ――ねえ、それでも。
 それでも、私がワタシを、拾い直さなきゃいけないのなら。

 どうか、教えて欲しいの。
 貴方は、捨てずに生きてこれたことを、誇りに思うのかと。


「……記憶を捨てるアーティファクト?」
「はい。『追憶の屑籠』。それが今回、皆さんに回収して貰うアーティファクトです」
 静かなセカイが、ブリーフィングルームに満ちる。
 『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)は、淡々とした声で眼前の資料を読み上げている。
「『屑籠』の名を取っては居ますが、どちらかというとこれの持つ能力は消去というより蓄積のそれに近いでしょう。
 望む記憶を心に浮かべ、特定のワードを唱えることで、術者の記憶は虹色の灰となって『屑籠』に捨てられるのですが……同様に、ワードを唱えて灰に触れることで、その記憶は取り戻すことは可能なので」
「現在の持ち主は?」
「リベリスタです。外見は十代半ばの少女……フライエンジェですが、実年齢は不明。
 ナイトメア・ダウンの当時、突如発生したエリューションにより、肉親を全て奪われた経歴を持ち、その時から凡そ現在に至るまで、彼女は復讐を理由にエリューションの討伐を続けておりました」
「……」
 ありがち――と言えば非礼になろうが。
 逆を言えば、誰しもが想像しうるその悲劇は、誰の心にも理解できる……影を落としうると言うことでもある。
「今現在の彼女は……肉親の死こそ心に留めてはいるものの、憎しみの記憶の大半を捨て、半ば死人の体を取っています。
 皆さんが彼女から『屑籠』を力づくで奪おうと、恐らく彼女は抵抗もしないはずです」
 言いながらも、和泉の表情は沈鬱である。
 使命となれば手段を選ばないのが組織の在り方である。其処に間違いはない。
 だが――
「……教えてはくれませんか。彼女に」
 ぽつりと、呟いた。
「辛い記憶、消し去れない痛み。それは彼女にのみ有るものではありません。
 皆さんの痛みを、それでも、それを背負って生きていこうとする決意を、あの人に教えてあげれば、或いは――」
 ……其処で、声はとぎれる。
 何かを、希うように面持ちを上げる和泉に対し、リベリスタはブリーフィングルームを退出する。

 唯一度、予見の異能者に、うなずきを返して。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田辺正彦  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年08月31日(金)23:38
STの田辺です。
以下、シナリオ詳細。

目的:
アーティファクト『追憶の屑籠』の回収。

場所:
後述する『リベリスタ』の自宅。
余り飾り気は有りませんが、清潔感のある空間です。ささやかな庭では、秋頃に咲く花が植えられております。

対象:
『リベリスタ』
外見年齢十代半ば、実年齢不明。フライエンジェのリベリスタです。
ナイトメア・ダウン当時、発生したエリューションに肉親を殺され、その為に復讐としてエリューションを狩り続けた経歴を持ちます。
現在はそれらの記憶の殆どを『追憶の屑籠』に排斥。そのために傍目には人当たりの良い、柔和な少女として皆さんに応対するでしょう。
記憶はその個人を個人たらしめるファクターでもあるため、現在の彼女は生気のない、幽霊のような在り様で日々を過ごしております。

その他:
『追憶の屑籠』
アーティファクトです。外見はコルクの蓋がついた小瓶。
対象に触れながら、望む記憶を心に浮かべ、特定のワードを唱えることで、その記憶をアーティファクトに捨てることが出来ます(逆も可能)
許容量が無限であることが特徴ですが、複数名の記憶を捨てることは出来ません。
本依頼のおよそ一ヶ月後、フィクサード達がこのアーティファクトを狙い、『リベリスタ』を急襲することが解りました。
それらの矛先を此方に向けるため、アークは『リベリスタ』からアーティファクトを回収しようとしています。

『本依頼の目的』
皆さんの過去、それを背負い続ける決意を語ってください。
それ以外も可能です、が、あまり方向を散らしすぎたプレイングは全てを描写することが難しいです。ご注意を。



それでは、参加をお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
スターサジタリー
エナーシア・ガトリング(BNE000422)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
プロアデプト
天城・櫻霞(BNE000469)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
デュランダル
蘭・羽音(BNE001477)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ソードミラージュ
エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)


「……ええ、このアーティファクトを渡せば良いのね?」
 少女は驚くほど従順だった。
 訪れたアークのリベリスタ八人に対しても、旧知の友人のように物腰柔らかく対応し、「未だ少し早いけど」と庭先にまで自分で招待した。
 ……警戒心がない、と言うよりは。
『警戒する意味がない』と捉えている、ように見えた。
 理由は――解りすぎるほどに、解っている。
 彼女が握る小瓶、その中身である、生命の記憶。
 その殆どを捨てた彼女に、『失うこと』の間違いを如何に正そうとしたところで、意味はないのかも知れない。
 けれど、
「……そうね、アーティファクトは引き取るわ。でも」
 逆説。
 幾人かのリベリスタが持ち寄った茶葉と洋菓子で、ささやかな茶会を開いている庭で、最初に切り込んだのは彼女……『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の方だ。
「……お節介な人もいるものでね。
 その中にある、貴方の記憶、それは、貴方自身に引き取って貰いたいの」
「……。?」
 こくんと、少女は首を傾げる。
 問われた言葉が、理解できない、と言った体だ。
「捨ててくれて、構いませんよ?」
 少女は笑った。
「辛いだけのものなんて」
 少女はわらった。
「痛くて痛い、傷しか残せない、ものなんて」
 しょうじょは、わらった。
「……捨てることを愚かだとは思わない」
 返された言葉は、『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)のものだ。
 愁いを帯びた金の瞳は、茫洋と漂う少女を捉えようと、その瞳をじっと見ている。
「でも、それは捨ててはダメ。
 貴女が貴女らしく生きる為に、必要なモノだから」
「……何かを恨むことが?」
 困ったような顔で笑う少女に、ゆるりと首を振ったのは『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)だった。
 そうじゃない、そうでは、ないのだと。語る彼の言葉には、しかし、それを継ぐ二言が浮かび上がらない。
 ココロの正答。
 自らの其れさえ掴めぬヒト風情が、言えずともまた道理。
 ならば。
 ならば、何を語ればいいのだろう?
「……つまらない話さ」
 その答えをこそ、示した者は。
「けれど、聞いて欲しい。
 俺の、俺たちの、消したい記憶を」
 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が、ティーカップをソーサーに置いた。
 それが、只の茶会の、静かな終わり。
「そして、決して、消してはいけない記憶を」

 さあ、昔話を、始めよう。


 新城弦真。
 それは『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の、誇りの名だった。
 幼い頃より、留守がちにしていた両親に代わり、彼の世話を焼いていた祖父。
 甘やかすだけの人物ではなかった。
 同時に沢山のものを教え、拓真自身、その教えを乞い続けていた。
 好きだった。愛し続けていた。
 その日々を、優しい祖父を、吃とした師を。

 ――其れが、彼の『落とし子』によって、崩されるまでは。

「その日からは躍起になって、あの人の背中を追った」
 彼の歎息が虚空をついた。
 じっ、と拓真を見つめる少女は、やはり、その感情を見せてはくれない。
「だが──それも所詮は幻想だ。誰も犠牲にならない世界なんて在り得ない」
 それに、と彼は零す。
 見るのは自らの手。自己と、他者の血に塗れた、それ。
「……俺に、正義を名乗る資格はないだろう。
 だが、それでも歩み続けることは出来る」
「……素敵なお方だったのね」
 ふわり、と少女が笑った。
「意志を継ぐ。言葉と、実にすることが此処までかけ離れているものも珍しいわ。
 なら、アラキさん、教えてくださる?」
 怪訝な顔を浮かべる彼に、少女は「たいしたことじゃないのよ」と苦笑した。
「……遺志を得ることも無かった私が、それでも継げるものは、あるのかしら?」
「……それは、違う」
 応えの逡巡は、拍もない。
「受け取ったものは在るはずだ。君は只、それに気づいていないだけだ。若しくは――」
 ちらと視線を移す先には、小瓶の破界器。
 少女は――それに気づき、寂しそうに笑った。


「僕はある戦いで強大な敵と戦った」
 次いで、語り始めたのは悠里。
 視界に捉えるものは拓真と同じく、自らの手。
 自らに秘めた――『勇気』と『仲間』の証。
「そいつを倒す為に僕は街の一角を犠牲にする事を選んだ。
 百や二百じゃきかない数の人間を犠牲にしたんだ」
「……」
 少女は――言葉こそ返さぬものの、瞠目している。
 リベリスタとは、その名声が上がれば上がるほど、身に背負う重責も枷を増す。
 事実、今こうして言葉を発する彼の瞳は、淀んだ澱のようで。
「あの記憶を忘れる事が出来たら、僕は楽になると思う。でも――」
 それは駄目だと、彼は言った。
 敵を倒すためという言い訳。
 対価に支払ったものは、無辜の命にして彼の罪。
「あの罪が許される日が来るとは、少なくとも今は思わない。でもいつかその罪を償いたいと思っているから。
 その事だけでなく今まで僕が傷つけた、そして殺した多くの人達に償いたいと思うから」

 ――どれだけ辛くても、苦しくても逃げ出したくても。

 ――僕はこの罪の記憶を抱いて生きていく。

「……凄絶、だわ」
 沈鬱。
 語る悠里と、聞く少女。
 両者に漂う空気は、それでいて、何故か静謐に似たようなものを感じる。
「でも、ね。シタラさん」
「……?」
 幾許かの間。
 そうして少女が浮かべたものは、苦笑い。
「その痛みは、貴方が『殺した』人々を、大切に思うからでしょう?」
「? それは、当然――」
「私には、そんなものはなかったわ」
「……」

「憎むものと、自分以外、何も」

 泣きそうな顔の、苦笑い。


『あるかも知れなかった可能性』エルヴィン・シュレディンガー(BNE003922)は、少女をじっと見ていた。
 君と呼ぶ呼称を少女は勿論と認め、少女もまた、エルヴィンを『仮面のお兄さん』と笑いながら言っていた。
「幸せは、つまり不幸せと一緒なんだ」
 他の面々に比べ、何処か通じ合うものがあった二人。
 或いは――それは、双方が自らに『仮面』を課しているからか。
「君が忘れたものは、今までの生活を……幸せだった生活すらも否定する事になるんだ。
 辛い事があったからこそ幸せを幸せと実感することが出来る。どんなに辛い記憶でも、それはきっと、『君』を支えてくれる」
「……私には、そうは思えないわ」
 拗ねたような、少女の面持ち。
「身体を支える杖じゃなくて、そう……茨の糸で、人形劇のように、『復讐』へと無理矢理操られている気さえする」
「その側面も、否定はしない」
 エルヴィンは、安易な否定を返さない。
 可能な限り、少女と分かち合いたいという意志が、自らにそれを許さない。
「君の運命がもたらした、理不尽を受け入れろとは言えない、だが、何時か歩き出して欲しい」
 俺にも忘れたい過去が、逃げ出したい現実がある。だけど、それでは決して得られない物があるんだ……」
 それが、『明日』と言う希望への、道程なのだと。
「……仮面のお兄さん」
「何だ?」
「ヒトは、自分の行き先を、知っているのかしら」
「……」
 白い指が、彼の仮面をそうとなぞる。
 双方に、浮かべる表情は、何もない。
「一心不乱で、最果てに何があるとも知れないで、まるで、けだものみたいなのよ、私。
 そんな、私だから……」
 言いかけた、自虐の言葉。
 エルヴィンは、その前に、少女の頭に手を置いた。
 無骨な手のひら。
 それが、不器用に撫でる様を、少女は、少しだけ、くすぐったそうにしていた。


 何も、失ったのは、彼の少女一人ではないのだ。
「あたしも、両親をエリューションに殺された」
 羽音は、両手に包むティーカップの中に、自らの表情を映していた。
「血だまりの中で、二人が死んで。
 二人を殺したエリューションも、その時に死んじゃった」
「……」
「だから、復讐しか無かった。
 仇も無くて、怒りと悲しみしかなくて、それでもエリューションを狩り続けた」
 ――今思えば、それは一つの地獄だったのだろう。
 死の記憶は常に頭から離れず、
 殺せども殺せども、虫のように枯れ果てることを知らず湧き出るエリューション。
 善も悪も聖も邪も何もなく、只『殺す』だけの毎日。
「でも、忘れたいとは思わない。
 そんなあたしを受け入れて、好いて、支えてくれる人達に出会えたから」

 復讐のために動くだけだったマリオネット。
 その糸を断ち切り、手を引き、自らの脚で立つようにしてくれた仲間。
 大切な、赤髪の彼。

 だから、と。羽音は言う。私は今、幸せなのだと。
「辛いことや悲しいことを覚えているからこそ、人は一層、生きてることの喜びを感じることができるんだと思う。
 今の貴方は、まるで――」
「……死人、みたい?」
 唐突に、怜悧な言葉を被されて。
 羽音はびくりとしながらも、けれど、頷いた。
「そう。そうね、アララギさん。
 失ったからこそ、たいせつなものを得る喜びは、誰よりも強い。でも、考えてみて?」
 少女は、

「その全てを、また奪われたら、貴方は貴方でいられるかしら?」

 冷たい、氷の刃を、放つ。


「エリューションに親を殺されてリベリスタに。最早珍しくもない事例だ、俺だってそうだからな?」
 歯に衣着せぬ言動を聞き、まあ、と少女は驚く。
 ナイトメア・ダウン。
 極東の一地域を巻き込んだ大災害。多くの人名と運命を喰らいに喰らった彼の悲劇は、語る『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)をもまた同じく。
 家族は死んだ。
 彼自身、片眼を抉られ、その命を失いかけた。
 だが、死んでいない。
 肉体がと言う意味ではない。絶望に瀕したココロが、だ。

「『元凶のエリューションに一矢報いる』」

 答えは簡潔だった。
 自己をして相応しくないと言うリベリスタとなってでも、彼はそれを追い続ける。
 仲間の命を捨ててでも、罪無き人を足蹴にしても、その身がボロボロになろうとも。
 ――例え今並ぶ彼らに、自身をフィクサードだと揶揄されても。
「復讐を掲げるのなら半端な覚悟で挑むな。
 自らを利用し仲間を利用しろ、その上で確実に生き残れ」
 だから、それが答え。
「生きている限り記憶は一生付いてまわる。思い出したくない記憶や経験なんぞ誰にでもあるだろう。
 アーティファクトに甘えるなよ救世者。生きる覚悟が無いなら命なぞ捨ててしまえ」
 他の面々とは違う。射貫くような鋭い言葉。
 少女は、それを、黙って聞いていた。
「……」
 只、
 手にするティーカップを、小さく震わせながら。


 咎を負う者がリベリスタと言うのなら、
 彼こそが、真の意味で『リベリスタ』なのだろう。
「今でもあの時の事は鮮明に覚えているよ」
『イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が、自嘲気味に言葉を吐く。
 大切な母を無慈悲に奪われた彼は、だからこそ、理不尽に襲われる多くをその手で救いたいと望み、リベリスタとなった。
 けれど。
「理不尽から誰かを護ると誓ったこの手が女の子を殺した。なんの罪もない女の子をだ」
 憎んだ理不尽を、その手にした慟哭は、ならば。

 ――何がヒーローだよ!

 御厨夏栖斗は、リベリスタだ。
 狂気の世界にありて、けれどまだ人らしい心を失わない希有な人間だ。
 だからこそ。
 その心を襲う痛みは、誰よりも重く、辛い。
 忘れることが出来れば、そう思ったことも何度か知れない。
 あの頃の、無邪気なヒーローを気取っていた頃を取り戻したいとも願った。
 けど、
「けど僕は、そんな安易な救われ方はされたくない。
 無力感も悔しさも人殺しという罪も、全部僕という人間を形作ってる要素なんだから」
「……」
 じっと、見つめられた少女は、いたたまれないような面持ち。
「僕は諦めない。全てを救うのがどんなに困難でも。
 これ以上何かの犠牲になる人を一人でも減らすために」
 ――だから。
「君の名前を識りたい」
「……っ」
「あの子の名前は知らないんだ、できることなら識りたい
 今ではその望みは叶うことはないけれど」
 だから、だから、だから、
 見つめる夏栖斗。目を逸らす少女。
 少女の視界を離さぬものは、小瓶。
 迷いは終わらない。惑いに、果てはない。


「私は何方でも良いと思うけど、只憶えておいて欲しいことはあるわ」
 エナーシアは呟く。
 視線の先は少女ではなく、卓を囲む庭。
 随分丁寧に手入れされているわよね、と言う彼女を、少女はぼうと見つめている。
「――貴方が目を向けなかろうと、世界は決して忘れない」
「……、それは」
「良きにつけ悪きにつけ、貴方のして来たことは誰か何かに影響を残しているのだから」
 復讐。
 唯それだけを目的に、エリューションを狩り続けた彼女。
 その過程で。
 救われた人は、居なかったのか。
 傷つけられた人は、居なかったのか。
 死人を気取っていても、其れすら思い上がり。
 エナーシアは、彼女の間違いを認めない。
「そして捨てられなかったもの。それだけが有れば良いと考えてないかしら?」
「……貴方は、どうなんです?」
 問うた少女に、エナーシアは笑いながら首を振る。そんなもの、只の魔境だと。
 人が人として生きている限り、『何も得ずに生きる』事など、出来るわけがない。
 それすら目を背けるなら、それは生者でも死者でもなく、眠り人の在り様だ。
「私は前半生を主以外のものは元より不要と何一つ見すらしなかった。
 それが唯一の後悔であり、全てのものを拾い見ようと今の仕事をやっている理由だわ」
「……」
「此処の花だって、そう」
 仰ぐように。
 エナーシアが手を広げた先には、未だつぼみも付けていない花が殆どだった。
「貴方の植えた花は貴方の過去の夢に咲くのではないわ、未来の現実に咲くものでしょう。
 其れくらいは見てあげられないのかしら?」
「……ガトリング、さん」
 少女は、
 震えながら、それでも、必死に、声を紡ぐ。
「貴方は、その未来を、恐れては居ないんですか?」
「恐れなければ、それは人ではないわ」
 その彼女もまた、戦っているのだ。


 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の語る記憶は、古いものではない。
 ただの人として生涯を生きていた彼が唐突に運命に巻き込まれたのは、ほんの数年前のこと。
 たかが、数年。
 されど、多くを味わったその数年を、彼は語る。
「俺が手にした力は、護ることにその意義を見出した」
 とん、と彼が叩いたのは、自分の胸板。
 その内に秘められた機械の身体が、彼を今まで生き残らせている証。
「何時からか、その意義が決意に変わってた。
 一人を救える度、二人、三人と多くの人を救いたいと願い、その度に――」

 ――人が全てを護る事など出来はしない。誰しも自分を救えるのは自分だけだ。

 強大な力で、叩き潰された。
 その思いを、願いを、祈りを、決意を、
 全て全て全て、無駄なことと。
 疲弊する心。
 摩耗する魂。
 或いは、それを諦めてしまえばと、何度思ったことだろうか。

「……でも、それを忘れることは、届かなかった命を、誰かの夢を、忘れてしまうことだから」

 救いを見いだそう。
 救えなかった命のために、報いよう。
 仲間のために、大切な人のために。
 真に"守護神"たるその日まで。
「だから、さ」
 そうして、継いだ言葉は、少女に向けられたものではない。
「顔を上げて、前を見てくれ。お前達がいるから、俺も前を向ける。
 マリーやクリス、朱子に託されたものを、背負っていこう。
 腑抜けたままなら、殴るぜ?」
 夏栖斗と、悠里。
 両者が苦笑を浮かべて、快は、意地悪な笑みをそれに返した。
「……強い、のね。あなたたちは」
 少女は、それを見ていた。
 出した小瓶を、とん、と快の側に置いて、言う。
「お話、有難う。楽しかったわ。
 でも、私は――」
「今の貴女の在り方を、否定はしない」
 被せるように、快が言った。
「人の心は弱く、優しい嘘は必要だから。けれど」
 快が、アーティファクトを手に取る。
 虹色の砂は、小瓶いっぱいに入っていて、それが、廃した記憶の多さを物語っていた。
「痛みや辛さと共にある貴女の肉親の記憶。本当に、このまま捨ててしまっていいのかな」
「……」

「二度と会えなくて、いいのかな」

 少女は、
 少女は、
 少女は、
 少女は、
 少女は、

 少女は、決めた。
 

 結論を言おう。
 少女は、確かに自らの記憶を引き取り、アーティファクトをリベリスタに渡した。
 けれど、それは『引き取った』だけ。
「もう少し」
 少女は言った。
「考える時間を、頂戴。
 貴方達の言いたいことは、痛いほど解ったわ」
 ゆるりと頭を頷かせる少女は、けれど、
「でも、でもね」
 その表情に、ほんとうの笑顔を浮かばせることは、無い。
「――得るものも得たものも、何もなかった戦いの記憶と、嘗て得た、何時か得るたいせつなものの為の戦いの記憶は、違うものよ」



 少女は次の日からも、幽鬼のように日々を過ごす。
 そのテーブルには、ビーズの空き箱に詰められた、虹色の砂があった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
田辺です。相談お疲れ様でした。
復讐と言えば聞こえは良く、八つ当たりと言えばそれだけの話です。
確固たる『自分』と、決意を持って戦うPC様方に対し、からっぽの憎しみだけで動作する少女の違いは其処でした。
ともあれ、田辺から見て結末は悪くないものだったと思っております。
それでは、次回以降も、皆さんの相談、プレイングに期待しております。
本シナリオのご参加、本当に有難う御座いました。