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<箱舟の復讐>災厄は空から降る


 ラ・ル・カーナ橋頭堡における戦いは、バイデンの勝利に終わった。
 バイデンの攻勢に屈したアークのリベリスタ達は異界に築いた橋頭堡を失い、ボトム・チャンネルへの撤退を余儀なくされたが、闘志を失わぬ彼らの目は既に『次の戦い』へと向けられていた。
 何しろ、八人ものリベリスタがバイデンの捕虜となっているのだ。
 ラ・ル・カーナに再び侵攻し、囚われた仲間を一刻も早く救出すべし――という意見が大勢を占めたのも、無理からぬことだろう。

 とはいえ、相手は精強なバイデンだ。
 彼らに正面から野戦を挑むとなれば、先の戦いと比較しても不利は否めず、勝ち目は薄い。
 そこで、アーク戦略司令室室長・時村沙織は『追加戦力』であるフォーチュナの投入を決断した。
 万華鏡(カレイド・システム)の目が届かないラ・ル・カーナにおいて、フォーチュナの能力は著しく制限される。非戦闘員である彼らを最前線に送るなど通常では考えられないことだったが、『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアという『例外』がこれを可能にした。
 高い戦闘能力を持ち、さらに万華鏡なしで高精度の予知を行える彼女の存在こそ、沙織が用意したアークの切り札だった。本来は借りを作りたくない相手ではあるが、背に腹は変えられないということか。

 戦場の『目』になるのは、沙織の要請に応じたアシュレイだけではない。
 アークのフォーチュナの中にも、制止を振り切って参戦を希望する者は決して少なくなかった。
 能力が制限されようと、己が身が危険に晒されようと、自分にできる限りを。
 決意と覚悟をもって訴えるフォーチュナ達を、沙織はもう止めなかった。

 かくて、アークのリベリスタ達は再び、ラ・ル・カーナの地を踏む。
 憤怒と渇きの荒野を舞台に、『箱舟(アーク)』の逆襲が始まった――!


 戦いの中、誰よりも早く『それ』に気付いたのは、バイデンの本陣から戦場を俯瞰するプリンス・バイデンその人だった。
 先の戦いに比べると、『リベリスタ』の動きが明らかに違う。
 バイデンの攻め手に対して効率的な対処と迎撃を行い、さらには絶妙のタイミングで奇襲を仕掛けてくる。まるで、こちらの手の内を読んでいるかのようだ。
 『リベリスタ』達の後方にいる部隊にプリンスの視線が注がれているのを見て、傍らに立つバイデンの一人が口を開く。
「プリンス。あの部隊が何か?」
「どうも、『リベリスタ』の動きが良過ぎるのが気にかかる。
 フフ、連中とて必死……奮戦に疑問は無いがな。しかし、妙なのはあの部隊だ。後方で待機したまま全く動く気配が無い。他部隊の支援を行っている様子も見られない。
 妙だとは思わんか? 少なくとも前の戦いに『ああいう連中』が見えなかったのは確かだ」
 問われたバイデンは、プリンスに倣って『リベリスタ』の後方を眺めた。
 そこに布陣する部隊は二つ。片方はおそらく支援部隊だろうが、もう片方が分からない。
「異様ではあるが……しかし、自ら戦おうとしない臆病者を相手にする必要はないのではないか」
 それは強敵との戦いを何よりも望むバイデンらしい意見ではあったが、プリンスはしかし、不敵に笑ってこう言った。
「これは勘だがな。あれが今回『リベリスタ』達の切り札になっているのかも知れん。
 突いてみる価値はあるのではないかな!? 勇敢なバイデンの戦士達よ!」


 この戦いにおいて、アークのフォーチュナ達は殆どが最後方の部隊に集められていた。
 戦場に安全地帯は存在しないが、それでも配置によって危険度には大きな差がある。
 最も層の厚い本隊が突破されない限り、フォーチュナ達の安全は確保される筈だった。

 しかし――今、その前提は脆くも崩れつつある。
 バイデンはリベリスタ達の本隊を飛び越え、空から後方部隊を急襲するという強攻策に出たのだ。

 唐突に姿を現した、翼の生えたライオンのような巨獣と、その背に跨ったバイデンを見上げ、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)が顔色を失う。
「空で戦えるメンバーはいるか!? 連中、上から撃ってくるぞ!」
 その声を聞いて集まってきたリベリスタ達に、数史はたった今『視えた』ものを簡潔に説明した。
 万華鏡が無いため、その情報は極めて断片的ではあったが、バイデンがこちらに無差別爆撃を行おうとしているのは確かなようだ。
 強者をあぶり出した後、地上に降りて戦いを仕掛けるつもりなのだろうが――そんなことをされては、戦う力を持たないフォーチュナはひとたまりもない。
 『塔の魔女』アシュレイも戦ってはくれるだろうが、彼女一人に頼るわけにもいかなかった。
 アークの『切り札』は、何としても守り抜かねばならないのだ。

 幸いというべきか、戦闘種族たるバイデンは何よりも熱き闘争を求める。
 彼らが強敵と認めるリベリスタ達が空中で戦いを挑めば、空爆の手を止めて食いついてくる可能性は高い。無論、失望させた場合はその限りではないだろうが。
 現在の敵は、バイデンが三人に巨獣が三体。決して抑えきれない数ではない。
「ただ――どうにも、『この後』がある気がするんだよな。
 はっきりとは視えないが……もう少し近付けばわかるかもしれない」
 数史の言葉に、リベリスタ達は思案を巡らせる。
 どちらにしても、この状況では『普通のフォーチュナ』である彼を守るために手を割かざるを得ない。
 下手に戦力を分散させるよりは、数史を『目』として同行させるべきだろうか。
 彼はフライエンジェだ。飛ぶことだけにかけては、人の助けを必要としない。
 僅かな沈黙の後、黒翼のフォーチュナは真剣な面持ちで口を開く。
「――俺は皆を信じてる。でも、敵はあのバイデンだ。
 いざとなったら、俺のことは構わなくていい。……覚悟は、できてる」
 握り締められた拳は、小刻みに震えていた。
「フォーチュナは俺一人じゃないし、守るべき人たちは他にも沢山いるだろ。
 こんな、どうしようもない男の代わりに誰かが死ぬとか、俺は絶対に嫌だからな」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年08月19日(日)00:12
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。
 HARDです。相談期間が短いです。考えることは山ほどあります。
 色々な意味で優しくはないのでお覚悟を。

●Danger!!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意ください。

●成功条件
 バイデンと巨獣を撃退し、フォーチュナを含む最後方部隊の安全を確保すること。
 (空中からの攻撃、あるいは降下した敵によって地上の損害が大きくなった場合は失敗です)

●撤退条件
 当シナリオは撤退の条件次第で敗北時の危険度とシナリオ参加者の死亡リスクが上下します。
 どなたかお一人で構いませんので、プレイングに撤退条件を記載して下さい。
 (半数のリベリスタが戦闘不能になったら撤退、等)
 複数人が異なる条件を記載していた場合は多数決(それぞれのプレイングを見て判断)、同数であれば『シナリオ参加者にとって最もリスクが高い』ものを採用します。

●敵
 リベリスタ最後方部隊を空中から強襲するバイデンと、彼らが騎乗する巨獣の一団。
 バイデン・巨獣ともに状態異常からの回復は早めです。

■バイデン
 異常に発達した両腕と、大柄な体格を誇る戦闘種族です。
 士気は非常に高く、全員が死ぬまで戦う覚悟を持っています。
 彼らを撤退に追い込むのは容易ではありません。

 全員が巨獣の骨などで作った武器を装備しており、自己再生能力があります。
 『タワー・オブ・バベル』のスキルを持たなくても意思の疎通が可能です。
 各自の武器・攻撃方法の詳細は不明ですが、全員が遠距離攻撃手段を有しています。
 ([ブレイク]つきのスキルは持っていません)

 戦闘開始時点では三名(+巨獣三体)ですが、間違いなく後続部隊がいると思われます。確実に敵を抑え、かつ、連戦に備えなければなりません。
 後続が来るタイミングや数は不明。巨獣の【光の外套】(詳細は下記)により、接近する後続部隊を通常の手段で視認することは不可能です。

■巨獣
 バイデン達の乗騎で、外見は大きな翼を生やした肉食獣。
 飛行能力を持ち、なかなかに俊敏です。

 【光の外套】→A:周囲の光を操って風景に完璧に溶け込みます。
      能力発動中、巨獣とその騎乗者は通常の視認では発見できません。
      ただし、敵が射程内に入った時点で戦闘態勢となり、上記の効果は解除されます。
      (戦闘中に姿を消すことはできません)

 【雷爆】→神遠2範[雷陣]
   一点に向けて雷を放ち、範囲内に爆発を起こします。
 【雷鎖】→神遠単[麻痺]
   対象一体を一条の雷で貫き、ダメージを与えると同時に動きを縛ります。
 【突進】→物近単/高威力
   強烈な体当たりで対象一体を攻撃します。

 どのタイミングで出現するかは不明ですが、一体だけひときわ強力な個体(体毛が白いため、見分けることは容易です)が存在し、下記の攻撃スキルを追加で使ってきます。
 (ただし、初見で適切な対処が行えるかどうかは出現前後の索敵次第です)

 【凍てつく暴風】→神遠全[氷像]
   強力な冷気を帯びた暴風を呼び起こし、全ての敵を凍りつかせます。

●戦場
 リベリスタ側陣地の最後方、全フォーチュナが待機する部隊の上空30メートル。
 戦闘ルールの『飛行戦闘について』をご確認下さい。
 空中でのブロックは可能ですが、降下する敵をブロックで阻むことはできません。

 参加者に飛行できないメンバーが含まれており、かつ『翼の加護』を使用できるメンバーがいなければ、地上部隊のリベリスタ(戦力にはなりません)に翼の加護を付与してもらえます。
 この場合、該当メンバーは翼の加護の時間切れが迫ったタイミングで降下しなければなりません。

 バイデンは落下によりダメージを受けますが、それで戦闘不能に陥らなかった場合はそのまま暴れ出すため、フォーチュナを含む地上部隊の危険度が上がります。

●NPC
 奥地 数史(nBNE000224)が現場にいます。
 フォーチュナのため戦闘力は皆無ですが、フライエンジェのため飛行可能です。
 (高所恐怖症ですが、今回ばかりは四の五の言わずに飛びます)
 戦闘中、敵の新手が接近するタイミングを事前に察知する可能性があり、敵との距離が近ければ近いほど精度が上がります。
 ただし、数史が死亡した場合はシナリオ失敗です。

 基本、相談卓やプレイングを元に全体の方針に従います。
 具体的に指示がある場合はお申し付け下さい。

●重要な備考
『<箱舟の復讐>』はその全てのシナリオの成否状況により総合的な勝敗判定が行われます。
 予め御了承の上、御参加下さるようにお願いします。

 情報は以上となります。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。
参加NPC
奥地 数史 (nBNE000224)
 


■メイン参加者 10人■
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
覇界闘士
衛守 凪沙(BNE001545)
ホーリーメイガス
ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
覇界闘士
葛木 猛(BNE002455)
マグメイガス
ラヴィアン・リファール(BNE002787)
デュランダル
飛鳥 零児(BNE003014)
スターサジタリー
ユウ・バスタード(BNE003137)
インヤンマスター
高木・京一(BNE003179)
ダークナイト
シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)


「んもー、ホントにどうしようもない事を仰いますねー」
 一瞬の沈黙を破ったのは、『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)のそんな台詞だった。
「私だって貴方の代わりに死ぬのはゴメンですよう。まだ食べてない物が山ほどありますし……」
 彼女は肩を竦めて言うと、口を噤んでしまった『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)の困り顔を見て、愛嬌のある笑みを浮かべる。
「――だから、皆で生きて帰るんです」
 数史が僅かに目を見開いた時、『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が仲間達に小さな翼を与えながら「急ぎましょう」と声をかけた。
 敵はすぐそこまで迫っている。これ以上、話をする余裕はない。
 数名のリベリスタが、翼の加護を付与する時間を活かして己の力を高める。
「奥地君は地上待機。地上からの予知援護、よろしくね」
 淡く輝く翼を羽ばたかせた『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)が、自らの体を宙に舞わせながら数史に言う。
 どこから増援が来るかわからない空中で、戦闘能力を持たないフォーチュナを守りきるのは難しい。仮に庇い続けるとなれば、それだけで戦力が一人分減ることになる。
 数史は地上に留め置き、上空からの爆撃が届かない距離まで退避させた方がまだ危険は少ないだろうと、リベリスタ達は判断した。
 敵から離れる分、予知の精度は落ちてしまうだろうが、そこは仕方がない。 
「了解だ。……皆、どうか気をつけて」
 次々に離陸するリベリスタ達を見上げた後、数史は後退を始める。すぐに連絡が取り合えるよう、全員が幻想纏い(アクセス・ファンタズム)の通信機能をオンにしていた。

 背の翼を操り、リベリスタ達は急いで上空に向かう。
 地上への爆撃がいつ始まるかわからない今、戦場に辿り着くまでの数十秒がひどく長く感じられた。
「フォーチュナへの直接攻撃はまずいよ……!」
 逸る気持ちを抑えきれない様子で、『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)が呟く。
 革醒者でありながら、ごく僅かな例外を除いて戦闘力を持たない存在――フォーチュナ。
 その予見の力がリベリスタ達の生命線であると見抜き、的確にそこを突いてきたバイデンの慧眼には恐ろしいものがある。
 灰色の空を睨む『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が、眉間に皺を寄せた。
「ったく、ただの馬鹿かと思ったら戦いに関しちゃ鼻が利くんだからな。嫌になるぜ……」
 しかし、自分達のやるべき事に変わりはない。
 決意とともに、猛は魔力鉄甲に覆われた拳を握り締める。
「俺らは勝って、この場を凌ぐ。何としてでも、な」
 彼の言葉に、『突撃だぜ子ちゃん』ラヴィアン・リファール(BNE002787)が大きく頷いた。
「大勢の人の命、それも知り合いの命がかかってる。絶対負けられないぜ!」
 先の戦いで守っていたのは倉庫や兵舎などの『施設』だったが、今回、自分達が背にしているのはフォーチュナ達『生きた人間』だ。
 施設は壊れても作り直しがきくが、失われた命はどう頑張っても取り戻せない。
 こないだとは、肩にかかる重みが違う。『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)も、ラヴィアンと同じ思いだった。
(危険なこの地に皆が来てくれたのは、信頼があってこそ)
 参戦したフォーチュナは全員、周囲の制止を振り切ってきたのだと聞いた。
 予知能力をもってリベリスタの『目』となり、アークを勝利に近付けるために。万華鏡(カレイド・システム)の恩恵も得られない、それどころか自らの命の保障すらない、このラ・ル・カーナに覚悟を決めて飛び込んだのだ。
 フォーチュナ達が戦場にいる限り、何があっても退くわけにはいかない。
 必ず、護り抜いてみせる。

 リベリスタ達が上空20メートルに達した時、翼持つ巨獣に跨った三騎のバイデンが姿を現した。
 咄嗟に回避行動を取った『初めてのダークナイト』シャルロッテ・ニーチェ・アルバート(BNE003405)の脇を掠めて電撃が奔り、彼女の後方で大きな爆発を起こす。
「バイデンさんは怖いけど、戦って勝てばきっと大人しくなるはずだよー」
 何よりも闘争を求める、赤銅の戦闘種族バイデン。
 彼らの強さ、恐ろしさは先の戦いで知っているが、それでも戦わなければならない。
「――だから、頑張ろう」
 範囲攻撃に巻き込まれぬよう仲間達と距離をとりつつ、シャルロッテは魔力を帯びた長弓を構える。
 可能な限り敵から離れ、かつ全員に回復が届くように自らの位置を調整する『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)が、決意を込めて三騎のバイデンを見据えた。
 この先、何騎の敵を相手にすることになるかわからない。でも。
「ルメは撤退する気はないよ……最後まで引き止める」
 それが、この世界に干渉した自分の責任だから。


 ライオンにも似た有翼の巨獣が、次々に電撃を放つ。
 巻き起こる爆発を軽い身のこなしで掻い潜った『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が、敵の一騎へと迫った。
「みんなで一緒に帰るために張り切ってGO!」
 冷気を帯びたナイフを閃かせ、横合いから巨獣に鋭い突きを入れる。毛皮に覆われた体表が、たちまち凍りついた。

 リベリスタ達の任務は、地上への爆撃を可能な限り防ぎ、かつ、敵の降下を阻止することだ。
 その双方を両立させるには、バイデンの気を惹いてこちらに攻撃を集中させるのが手っ取り早い。敵も目的を持って来ている以上、いつまでも釘付けにできるとは限らないが、時間稼ぎにはなるだろう。
 りりすが、別の一騎に接近して両手に構えた得物を振るう。バイデンの正面から繰り出された音速の刃が、両の肩口を斬り裂いた。
 動きを封じることは紙一重で叶わなかったが、もう一つの狙いは果たされたようだ。
 猛り狂うバイデンを見やり、りりすが鮫の笑みを浮かべる。直後、ラヴィアンの声が響いた。
「さあバイデン、勝負だぜ! 俺の魔法を受けてみろ!」
 血液を媒介に生み出された黒き鎖が、彼女を起点として扇状に広がる。濁流の勢いで襲い掛かった鎖が、りりすと相対するバイデンを巨獣もろとも絡め取った。
「俺は葛木猛だ。誇り高いバイデンの戦士よ、お相手願うぜ!」
 残る一騎の前に躍り出た猛が、流水の構えで堂々と名乗りを上げる。
 バイデンが槍を手に名乗り返すと、猛は己の身に雷を纏わせ、疾風の如き速力で次々に打撃を繰り出した。拳が、肘が、蹴りが、バイデンとその乗騎を穿つ。
 戦場をぐるりと見渡した凪沙が、最もダメージが大きいと見られる敵――りりすの前を飛ぶ一騎へと駆けた。
「敵が増える前に、確実に倒していかなきゃ……!」
 側面から回り込むようにして接近し、燃え盛る拳でバイデンの脇腹を抉る。京一が印を結んで防御結界を展開し、全員の守りを固めた。
 この場における唯一のフライエンジェ、ユウが自前の翼を大きく羽ばたかせる。彼女は高みから三騎のバイデンを見下ろすと、愛用の改造小銃“Missionary&Doggy”を構えた。
 敵味方が慌しく入り乱れる戦場も、ユウの瞳にはコマ送りの如く映る。
 灰色の空を目掛けて放たれた魔力の弾丸が、燃え盛る無数の矢に姿を変えた。
 降り注ぐ火矢で全身を炎に包まれながらも、バイデン達の戦意は些かも衰えない。浮き足立つ巨獣を叱咤し、行く手を阻むリベリスタ達に攻撃を仕掛けてくる。
 バイデンが繰り出した槍の穂先が、終の腕を掠った。もう一騎が猛に巨獣の体当たりを喰らわせ、さらに自らの槍で追撃を加える。
 活性化した魔力を強力に循環させるルーメリアが、厳かに詠唱を響かせた。
 大いなる癒しを秘めた清らかな風が猛を包み、彼の傷を瞬く間に癒していく。
 緩やかに旋回して射線を確保したシャルロッテが、己の生命力を糧に暗黒の瘴気を呼び起こした。
「何処まで当たるか分からないけど、やるだけやっちゃうよ。私の全力全開だよー」
 小柄な体格に見合わぬ長弓に幾本もの矢をつがえ、瘴気を伝えて撃ち放つ。暗黒の呪いを帯びた矢が、傷ついたバイデンと巨獣を同時に射抜いた。
 今のところ、猛の前にいる一騎を除いて巨獣の動きは封じられている。零児は背の翼を羽ばたかせて猛と相対する一騎に向かうと、鉄塊の如き大剣を渾身の力で振り下ろした。
 爆裂する闘気が、巨獣の背に跨るバイデンに致命の傷を刻む。
 自己再生能力を持つバイデンに、半端な攻撃を重ねても意味がない。全力で、最強の一撃を叩き込み続ける――それが、零児の戦い方だ。

「空を駆けて我らを迎え撃つか、『リベリスタ』!」
 バイデンの一人が、歓喜の声を上げる。空から無差別爆撃を行い、生き残った強者と戦うつもりでいた彼らにとって、翼を得たリベリスタ達は絶好の敵だった。
 身を縛る氷を砕いた巨獣に、終が冷気を纏うナイフを再び突き立てる。彼は素早く腕を引いて得物を引き寄せると、空中でさらに踏み込んで按上のバイデンを襲った。
 淀みなく振るわれる音速の刃が、赤銅色をしたバイデンの肌を傷つけていく。
 神速に舌を巻くバイデンに、終は不敵な笑みを見せた。
「スピードと数史さん達を護りたい気持ちには自信あるよ☆」
 辛うじて麻痺だけは逃れたバイデンを視界の隅に映し、ラヴィアンが血の鎖を放つ。蛇のようにのたうつ黒き濁流が、恐るべき正確さでバイデンと巨獣に喰らいついた。
 バイデンも、彼らが乗騎とする巨獣も、状態異常からの立ち直りは早い。
 しかし、速度に優れる彼女らが先手を取って動きを封じていけば、少なくとも一手――運が良ければ二手、敵の攻撃を遅らせることができる。自由に行動できる敵の数が減れば、それだけ味方の損害は減り、火力の集中も容易くなる筈だ。
 前衛のブロック、そして状態異常による拘束で敵の足を封じつつ、後衛のリベリスタ達は一騎ずつ火力を集中させていった。
「まずは数を減らさないとね」
 魔力で必殺性を高めた長弓を構え、シャルロッテが狙いを定める。
 さらに二体の敵が射線上に入った瞬間、彼女は暗黒の瘴気を帯びた三本の矢を一斉に放った。
 心臓を貫かれたバイデンが、力尽きて巨獣の背から落ちる。
 断末魔の絶叫が、リベリスタ達の耳朶を打った。


 戦場全体を視野に収めてリベリスタ達の指揮を執る京一が、仮面越しに傷ついたバイデンを見る。現状、敵の拘束が有効に機能していることもあり、チームの回復はルーメリア一人で充分に賄えていた。ここは、攻撃を優先すべきだろう。
 京一の手を離れた呪符が宙を舞い、鋭い嘴をそなえた鴉に変化する。
 彼が標的を示すと、鴉の式神は真っ直ぐに空を駆け、バイデンのこめかみを食い破った。
 残る巨獣に、猛が雷撃を纏う拳で止めを刺す。これでまず、敵の第一陣が消えた。

「――そろそろかな」
 りりすが、灰色に染まった空の一点を鋭く見据える。獣の鋭い嗅覚は、新手の接近を告げていた。
「あっちから来るよ! 数は二騎!」
 生き物の熱源を探っていた凪沙が、敵の位置を全員に報せる。
 直後、彼女が示した地点で周囲の風景が揺らいだ。巨獣が光のカモフラージュを解き、姿を現したのだ。
 戦場を貫く稲妻と爆撃を掻い潜り、前衛たちがブロックに向かう。
 深緋のライダースコートを纏った零児が、“生死を分かつ一撃(デッドオアアライブ)”で新手の一騎を強襲した。
 刃に冷気を纏わせた終がもう一騎を足止めした隙に、りりすが按上のバイデンに肉迫する。
 無銘の太刀と、呪われしジャックナイフが風を切って唸りを上げ、決して止まることのない音速の連撃を浴びせた。
 後先を考えずに飛ばしている自覚はあるが、手加減は性に合わない。
(出し惜しみして、相手にされなくても面倒だしな)
 戦力の温存が過ぎれば、バイデンは自分達に興味を失い、望む戦いを求めて地上に降りるだろう。それでは、こちらにとって都合が悪い。
 ラヴィアンの血から生み出された黒き鎖が、呪いの葬送曲を奏でて敵を呑み込む。
 その時、幻想纏いを通して数史から連絡が届いた。
『――間もなく、もう二騎が合流する。
 戦力的には今のと変わりないと思うが、来る方向は絞りきれなかった。
 くれぐれも注意してくれ』
「はい、了解ですよー」
 “Missionary&Doggy”の銃口を天に向け、燃え盛る炎の矢でバイデンと巨獣を前から後ろから狙い撃つユウが、黒翼のフォーチュナに言葉を返す。
「奥地さんこそ、こちらから連絡が入ったら直ぐに逃げて下さいね」
 現状、敵の封じ込めが功を奏して優位を保ってはいるものの、この後にどれだけの数が控えているかわからない。無論、敵を抑えきれなくなることがあってはならないのだが、何事にも絶対はない。
「そうと決まった時は、躊躇わないでくれよな」
『……ああ、わかってる』
 念を押す猛に、数史は張り詰めた声で答えた。

「一騎ずつ、確実に落としていきましょう」
 表情を覆い隠す仮面の奥から、京一が落ち着いた口調で全員に呼びかける。
 彼は呪符を手に取ると、黒鎖の呪縛を逃れたバイデンに向けて鴉の式神を放った。
 嘴に片目を抉られ、バイデンが怒気も露に京一を睨む。彼は手にした槍を構えると、強靭な肩でそれを投擲した。
 肩口を貫かれた京一が、衝撃に揺らぐ。巨獣が雄叫びを上げ、空中に雷を奔らせた。
 爆発に巻き込まれ、シャルロッテが苦痛に眉を寄せる。
「……もう、そろそろいいよね」
 彼女は自らのダメージを確かめると、全身から漆黒の闇を呼び起こした。
 闇がシャルロッテを包み、無数・無形の武具と化す。
 痛みを威力に変える己の技を最大限に活かすため、傷が浅いうちはあえて使わずにいたのだ。 
 大天使の吐息を京一に届けて彼を癒したルーメリアが、注意深く周囲を見渡す。
 彼女は獣の嗅覚も、人並み外れた聴力も、熱源を知覚する感覚も持ち合わせてはいなかったが、些細な異変も見逃さない目を持っていた。
 その優れた観察眼が、微妙な風向きの変化を捉える。
「あっちの方が、嫌な感じがするの!」
 ルーメリアは不穏な気配を運ぶ風の方向を示し、仲間達に警戒を促した。


 ラヴィアンが、接近する二つの熱源を感知する。
「俺にはまるっとお見通しだぜ!」
 彼女が指を突きつけた瞬間、二騎のバイデンが光の外套を脱ぎ捨てて姿を現した。

 これで、敵は四騎。しかも増援の規模から考えると、さらに後続が控えている可能性が高い。
 幸い、巨獣はライオンに似ているとはいえ、並外れた巨体とは言い難い。一騎につき前衛一人のブロックで、何とか抑えることができるだろう。
 あとは、敵の降下を防ぐために、彼らの興味を惹き続けることだ。
「前戦ったバイデンさんより強くないよ! こそこそ隠れて襲撃するのはそのせい?」
 新手の巨獣を氷に封じつつ、終が声を張り上げる。挑発を受けて、バイデンの顔が怒りに染まった。 凪沙がもう一騎に迫り、統合格闘支援用アーティファクト――四式“角行”を装着した拳を繰り出す。巻き起こった炎が、バイデンの全身を炎に包んだ。
 二人が新手を抑える間、残る前衛たちは眼前の敵に集中する。
 猛が、攻防自在の構えから雷撃を纏う疾風の武舞を展開した。一つ所に留まることなく、素早い身のこなしで敵を翻弄し、バイデンと巨獣に乱打を浴びせる。
「回復の暇は与えない。一気に仕留めにいくぞ」
 相対する一騎を見据え、零児が鉄塊の如き大剣を振り上げた。
 無限機関を宿した右の瞳が、紅炎の輝きを帯びる。
 裂帛の気合とともに炸裂した一撃が、按上のバイデンを袈裟懸けに両断した。

 同胞が斃れても怯むことなく、バイデンは巨獣を駆ってリベリスタ達を攻撃する。
 真正面から襲い来る巨獣の突進を、りりすは二刀を構えて迎え撃った。肉食獣の牙が刃を噛み、鋭い爪が肩口を抉る。激しい衝撃が全身を打ったが、持ち前の優れたバランス感覚はりりすに揺らぐことを許さない。
 別の巨獣たちが雷の鎖で仲間達を縛ったのを見て、京一が神の光を輝かせる。麻痺が解けたことを確認した後、ルーメリアが天使の歌を響かせて全員を癒した。
 小さな翼を羽ばたかせ、シャルロッテが慎重に己の位置を定める。受身もまともに取れない空中でバイデンの攻撃を食らえば、物理防御力に乏しい自分は到底耐えられないだろう。可能な限り、彼らに狙われないように立ち回るしかない。
 魔弓を構え、傷の痛みをおぞましき呪いに変えて矢に込める。
「私は攻撃でサポートするしかできないもん」
 シャルロッテの武器は、火力と命中力。
 頑張って敵を抑えてくれている、前衛たちのためにも。自分は、自分の役割を果たす。
 放たれた矢がバイデンを貫き、極限まで高められたシャルロッテの痛みを彼に伝えた。
 恐れを知らぬはずの戦士が、全身を蝕む苦痛に身をよじる。
 追い撃ちとばかり、ユウが燃え盛る炎の矢を雨あられと降り注がせた。

 全速で、全力で。リベリスタ達は攻撃を加えていく。
「食らえ必殺! ブラックチェイン・ストリーム!」
 ラヴィアンの解き放った血の黒鎖が、激しく渦を巻いて敵を襲った。 
 術者の血を媒介とするこの技は、彼女自身の生命力をも容赦なく削っていたが、そんな事を気にしている暇はない。多少のリスクは承知の上、自分が持つ最強の魔術で攻撃を続けるまで。
 眼前のバイデンを睨む猛が、拳を強く握り締めた。
「テメェの命だけじゃねぇ、他の奴の命がかかってんだ」
 彼の闘志が、雷気となって魔力鉄甲を蒼く輝かせる。
「楽しむなんざ言わねえ、この喧嘩……勝たせて貰うぜ!」
 咆哮が喉を震わせた直後、猛の全身が疾風と化した。
 目にも留まらぬ速力で敵を圧倒し、雷撃を纏った乱舞でバイデンと巨獣を同時に沈める。
 巨大な鉄塊にも見紛う肉厚の大剣を操り、敵に破壊を振り撒いていく零児の背に、ルーメリアが清らかな癒しの風を送った。
 チーム内でも随一のダメージディーラーである零児に万一のことがあれば、戦いの流れは確実に傾いてしまうだろう。彼の回復には、特に気を配っていく必要がある。
 ルーメリアが戦場全体へと視線を戻した時、幻想纏いから再び連絡が入った。
『増援が三騎、後ろから回り込んで来るぞ! おそらく、これが敵の主力だ!』
 後方を振り返ったユウが、熱源を探って敵の現在位置を確かめる。
 三騎のうち一騎だけ、周囲の温度が低い。
 仲間達にそれを伝えようとした時、彼女は気付いた。
 新手は、数史のいる方角からこちらに向かっている。予知のタイミングが僅かに早かったのは、距離が近付いたからだろう。
 そして、敵が彼の『真上』を通過するなら。
 すなわち、黒翼のフォーチュナが爆撃の射程に入ることを意味する――。 
「――! 奥地さん、すぐにそこから離れて下さい!」
 ユウが退避を呼びかけた瞬間、姿を現した巨獣が地上に雷を放つ。
 幻想纏いのスピーカーから、爆発音が響いた。 
「数史さん!」
 凪沙が、顔色を失う。
「奥地さん、応答をお願いします」
 京一が、幻想纏いで地上の数史に呼びかけると、程なくして返答があった。
『……大丈夫だ。地上の被害は……大したことない』
 咳き込むような音が、後に続く。
『これで、敵は打ち止めだ……後は……頼む』
 声は、そこで途切れた。


 血が、地面に赤い染みを作る。
 激痛に息が詰まり、体が言うことをきかない。

 予知に集中するあまり、上空からの爆撃を失念していた。
 岩陰に身を隠してはいたが、その岩を砕かれては防ぐ術はない。
 結果、全身に破片を浴びてこのザマだ。

 視界が暗くなる中、上で戦う仲間の一人が、かつて自分にかけた言葉を唐突に思い出す。

 ――君は素敵だ。僕の『敵』足り得る。何時か殺しにいくよ。

 その『何時か』は、もう訪れないかもしれないが――。

(絶対に……死ぬなよ)

 戦場に立つ、全員の無事を祈りながら。彼の意識は、闇に沈んだ。


 数史の身を案じている余裕はなかった。
 先の爆撃は、ろくに狙いも定めず放たれたものだ。状況から考えても、おそらく直撃は免れている。
 仮にも運命に愛された革醒者であるなら、そう簡単には死なない筈だ。

 まずは、全ての敵を食い止めること。
 数史を通して全フォーチュナに撤退を呼びかけることは不可能になったが、この場にいる敵を全滅させてしまえば、その必要もない。
「あの一体だけ、体温がかなり低いようです。何か、今までにない能力があるかもしれません」
 新手のうち一騎を指し、ユウが改めて全員に警告する。
 それは形こそ従来の巨獣と同じではあるものの、体毛が雪の如く白い。
 背に跨っているバイデンも、堂々たる体躯だった。おそらくは、あの一騎が主将だろう。
 眼前の相手に向き直った凪沙が、空中で大きく踏み込んで槍の間合いの内側に入る。
 彼女は拳をフェイントに虚を突き、炎を纏う回し蹴りをバイデンの首筋へと叩き込んだ。
 骨が折れる鈍い音が響き、巨腕の戦士が按上から落ちる。
 追う必要はない。手応えは充分にあった。

「既にここまで数を減らしているとはな。流石は『リベリスタ』と言うべきか」
 白き巨獣の背で、主将と思しきバイデンがくつくつと笑う。
 彼が大きな手で巨獣の背を叩くと、白き獣が大きく息を吸い込んだ。
「――来るの!」
 ルーメリアの声が響いた瞬間、凄まじい冷気を孕んだ暴風が巻き起こった。
 事前に警戒していたこともあり、何名かは回避に成功したものの、それでも半数が氷に封じられて動きを止める。
 中でも、直撃を受けたシャルロッテのダメージは深刻だった。
 自らを癒し続ける漆黒の武具を纏っているとはいえ、彼女が用いる暗黒の瘴気や痛みの呪いは、その回復力を上回る勢いで身を蝕み続けている。消耗したところに大技を食らっては、耐え切ることは難しい。
「まだ、倒れられないんだよ……!」
 シャルロットは自らの運命を削り、その場に踏み止まる。
 ルーメリアが大きな十字架を胸の前に掲げ、詠唱を響かせた。中空を漂う高位存在の意思を具現化したとされる癒しの息吹が、リベリスタ達を包み込む。
 凍傷はかなり癒えたものの、仲間達を縛る氷はまだ消えない。
「高木さん、お願いするの!」 
 ルーメリアが、京一にブレイクイービルを要請する。
「了解しました」
 あらゆる危険を撃ち滅ぼす神々しい輝きが、氷像と化したリベリスタを全員解き放った。
 仮面越しに戦場を眺めつつ、京一は翼の加護の残り時間を計算する。そろそろ、かけ直しが必要になるか。
 漆黒の武具から流れ込む癒しの力に身を委ねつつ、シャルロッテが痛みの呪いを練り上げる。
 前衛を、仲間達を、火力でサポートするのが自分の役目だ。
 長弓を引き絞り、バイデンを目掛けて矢を射る。
 おぞましき呪いの一矢が、赤銅の戦士を痛みの渦に落とした。

 氷の刃で巨獣を足止めした終が、そのままの勢いでバイデンに迫る。
 ナイフが閃いた瞬間、無数の突きが音速を超えて襲い掛かった。
「フォーチュナさん達はいつだって、オレ達に道を示して支えてくれる大切な仲間だよ!」
 鋭さを増した連撃が、バイデンの屈強な肉体を穿つ。
「これ以上、誰ひとり傷つけさせはしない!!」
 揺らがぬ決意を秘めて、終は腹の底から吼えた。
 りりすが、白い巨獣に跨った主将のもとに駆ける。
 虚ろな瞳に底知れぬ殺気を湛え、りりすは主将を真っ向から射抜いた。
「『最強』紅涙りりす。眼前の敵を喰い殺す」
 戦士なら、最強を名乗る相手は無視できまい。
 りりすの狙いは、面白いほどに的中した。
「そこまで大言を吐くか。――良かろう。その力、俺に示してみるがいい!」
 投擲用の手斧を腰に下げ、曲刀を構えた主将が、りりすを手招きする。 
 銘無き太刀と、血濡れた刀身のジャックナイフ――かつての戦いで得た二丁の得物に音速を纏わせ、りりすは主将に打ちかかった。

 戦いが激化の一途を辿る中、疾風迅雷の武舞でバイデンと巨獣を同時に相手取る猛が、小さく舌打ちを漏らす。
 鉄塊の如き大剣を振るい続ける零児もまた、それに気付いた。
(……まずいな)
 バイデンの動きが、明らかに変わってきている。
 これまでは、ひたすら眼前の敵との戦いを楽しんでいた様子だったが、主将が戦場に現れてからというもの、配下の三騎は巨獣の爆撃と投擲武器による攻撃に切り替え、こちらの後衛を積極的に狙い始めていた。
 遠距離攻撃でかき回した後、地上に降下する腹積もりだろう。
 そうなれば、前衛によるブロックでは阻むことができなくなる。
 フォーチュナ達を退避させようにも、数史が音信を絶っている上、戦場の混乱で他との連絡もままならない。先ほど、終が『塔の魔女』アシュレイに呼びかけてみたが、返答はなかった。
「俺達が、ここで食い止めるしかねえな」
 周囲のエネルギーを取り込み、『気』を練り続ける猛はまだ余裕を残しているが、他のメンバーは程度の差はあれ、気力を消耗しつつある。苦しい状況ではあったが、ここが正念場といえた。

 バイデンの投じた槍が、京一の腹部に深々と突き刺さる。
 彼は己の運命を差し出し、身を貫く激痛に耐えた。
「回復役としては……皆さんを支援する意味で、絶対に倒れるわけにはいきませんね」
 仮面の奥で歯を食いしばり、仲間達に再び翼の加護を付与する。
 ここで翼が失われては、全てが瓦解してしまう。
「アークの一員として、自分の住む世界を守るために。
 ――是非とも、勝たなければなりません」
 何よりも。ボトム・チャンネルには、愛してやまない家族がいるのだから。


 三騎のバイデンが、旋回しながら降下を始める。
「誰が通すかってんだよ!」
 並の術者が要する時間の半分で詠唱を終えたラヴィアンが、黒き鎖を一息に実体化させた。
 彼女も気力の消耗が激しいが、意識の同調による補充がきく分、そこまで深刻な状況に陥ってはいない。
 濁流の如く襲い掛かる鎖が巨獣の脚を捕らえ、バイデンの腕を縛る。
 シャルロッテが、動きを止めた三騎を狙って暗黒の瘴気を込めた矢を放った。何よりもまず、地上に降りようとする敵を最優先に落とさなければならない。
「戦いに自信がないからって、非戦闘員を狙いにきたのか?」
 相対していた一騎を追って高度を下げた零児が、辛辣な言葉でバイデンを挑発する。
 メインアタッカーとして自身に攻撃を集めるのは避けたいが、敵の目が地上に向いている以上、少しでも時間を稼がなければならない。
 鉄塊の如き大剣に全身の闘気を伝え、いきり立つバイデンに“生死を分かつ一撃”を叩き込む。
「俺はこの剣で、バウザイルとかいう奴も仕留めてるぞ」
「調子に乗るなよ、『リベリスタ』!」
 零児の不敵な言葉に、バイデンが表情を大きく歪めた。

 鎖の呪縛をもってしても、いつまでも動きを縛り続けることは叶わない。
 バイデン達は縛めを力任せに引き千切ると、巨獣を駆って一斉攻撃に出た。
 巨獣の放つ雷に打たれたシャルロッテが、バイデンの投槍に貫かれた京一が、相次いで力尽きる。
 墜落した二人は地上部隊のリベリスタ達が受け止めてくれるだろうが、ここで戦力を欠いたのは痛い。
 京一が翼の加護をかけ直した直後だったのが、まだ救いだろうか。

「敵に背を向けるのがバイデンさんの流行りなのかな?」
 冷気を纏う刃を操り、終が巨獣を氷に封じる。
 敵の降下を許してしまっては、フォーチュナ達はもちろん、地上にいる仲間達も危うい。
 凪沙が、鮮やかな宙返りとともに目にも留まらぬ蹴りを繰り出す。
「フォーチュナの顔さえ見せてやらないからね!」
 虚空を切り裂く蹴撃が、バイデンと巨獣をもろともに強襲した。
 しかし、それでも全ての敵を留めることはできない。
「……誰かが誰かの代わりに死ぬなんて、冗談じゃないですから」
 ユウが、意を決して敵を見据える。
「絶対に死なせません」
 煌くオーラの糸が、巨獣の翼を撃ち抜いた。
 よろめいた巨獣が雄叫びを上げ、金色の瞳でユウを睨む。
 一条の雷が彼女を貫いた瞬間、強烈な冷気の嵐が吹き荒れた。
 りりすと激しく打ち合う主将が、戦いの最中に乗騎を緩やかに降下させていたのだ。
 渦を巻く暴風に呑まれ、ユウが意識を失う。
 魂すら凍る冷気の中、ルーメリアが、凪沙が、ラヴィアンが、己の運命を燃やした。
「負けて、たまるか……っ!」
 黒鎖に血を奪われ、冷気に晒されたラヴィアンの肌は既に蒼白を通り越していたが、赤い瞳はまだ輝きを失っていない。
「ボロボロだからって舐めてかかったら、痛い目見るぜ……!!」
 今にも倒れそうな全身を支え、幼き魔術師はなおも堂々と叫んだ。

 後衛の三人を欠いたことで、リベリスタ達の瞬間火力は確実に落ちている。
 それは敵の数減らしに手間取るという厄介な事実を示していたが、この期に及んで諦めるような者は一人もいなかった。
 雷気を帯びた膝蹴りを巨獣に叩き込んだ猛が、宙を蹴ってバイデンに迫る。
「教えといてやるよ。喧嘩はよ、ビビッた奴が負けんだぜ?」
 彼は迷わず言い放つと、蒼雷を纏った両の拳でバイデンの顎と鳩尾を打った。

 戦いの中、傷つき倒れていく仲間達。
 それを目の当たりにしたルーメリアの胸中は、悲壮な決意で満たされていた。
(元はといえば、この争いの種を撒いたのは自分だと思うの……)
 自分は、事態を軽く考えすぎていた。
 バイデンと最初に出会った時、きちんと話し合えていれば。
 フュリエとの交渉の時、もう少し考えて協力していれば。
 橋頭堡を守る戦いで、負けたりしなければ――。
 些細なすれ違いがどんどん大きくなり、戦火は次第に広がって。
 とうとう、戦う力を持たないフォーチュナ達まで巻き込む結果になった。
「もうこれ以上、後ろには下がれないの」
 捧げ持った十字架を強く握り締め、真っ直ぐに敵を見据える。
「奥地さんは殺させない……ここで止める……!」
 ルーメリアの詠唱で顕現した聖なる神の息吹が、リベリスタ達を大いなる癒しの力で包んだ。

 そして――ここにも覚悟を決めた者が一人。
「僕は守るのは性に合わないが。ヤると決めたらヤルだけだ」
 主将の猛攻を浴びたりりすが、口中にこみ上げる血を吐き出して二刀を構える。
 運命は、既に削っていた。音速の斬撃も、あと一、二発で打ち止めだろう。

 ――命を惜しむな。刃が曇る。

 奇跡など、願いはしない。
 それは、己の力で捻じ伏せ、奪い取るモノだ。
 命も、この身に宿る運命も。
 手持ちのカードは惜しまない。それだけ。 

「全て喰い殺す」

 運命は歪曲しない。
 黙示録が幕を開けることもない。
 それでも――振るわれる鮫の刃は、牙は。一段と速く、そして強く。


 バイデンの降下を阻止すべく、リベリスタ達は死力を振り絞る。
「おいお前、俺に背を向けて逃げるのか? 敵前逃亡たあ、バイデンもたいしたことねーな!」
 強気な言葉を投げたラヴィアンが、残り少ない己の血を注いで黒鎖の濁流を生んだ。
 蠢く無数の鎖が、バイデンの一人を喰らい尽くす。
 決して、フォーチュナを狙わせはしない。いざとなれば、身を挺してでも守り抜く。
 鎖を掻い潜って地上を目指す一騎を狙って、凪沙が虚空を切り裂いた。
「間に合えぇぇっ!」
 剣にも劣らぬ切れ味の蹴撃が、頭上からバイデンを襲う。
 次の瞬間、巨獣もろとも両断されたバイデンの亡骸が、地上に堕ちていった。

 残るは、二騎。
 挑発で引き付けていたバイデンが倒れたのを見届け、零児がりりすの救援に駆けつける。
 彼もまた、既に自らの運命を燃やしていた。
 闘気が爆発し、右の瞳から紅い炎が噴き上がる。
 裂帛の気合を込めた渾身の一撃が、白き巨獣に跨る主将の背を深々と抉った。
 右目に宿る無限機関を最大出力にしても、もはや“生死を分かつ一撃”の連発は難しいだろう。
 自分も含め、全員が満身創痍だ。だが、決して退くわけにはいかない。
 撤退は、フォーチュナ達の死を意味する。
 アークに所属してからというもの、その予見の力には、何度も世話になってきた。
(どれだけ傷ついたとしても、彼らを置いて逃げ出すわけにはいかない)
 巨獣にしがみつき、手綱を奪い取ってでも――最後まで闘う。

 白き巨獣の凍てつく暴風が、かつてない威力でリベリスタ達を襲う。
 ラヴィアンが、凪沙が、嵐の中で力尽きた。
 猛が、拳を固く握って己の運命を手繰り寄せる。
 元より、戦いに臨むバイデンの覚悟は承知の上だ。
 それなら、こちらも相応の覚悟で挑むまで。
「最後の瞬間まで、俺はこの拳を振り抜き続ける!」

 戦線を離脱した仲間は、これで半数。
 本来なら撤退するべき状況ではあるが、それも叶わない。
 運命を代償に崩れかけた膝を支えた終が、己の全てを賭けて叫ぶ。
「――絶対に、誰一人諦めない!」
 残酷な運命の神は、なお黙ったまま。
 気紛れな運命(ドラマ)で辛うじて意識を繋いだルーメリアが、聖なる神の息吹を呼び起こしながら奇跡を願う。
「お願い……もう一度、ルメにチャンスを!!」

 祈りは、聞き届けられることはなかった。それでも、リベリスタ達の心は折れない。
 最後の一人まで戦い、ここを死守する。
 鬼気迫る勢いで、リベリスタ達は永遠とも思える数瞬の攻防を守り抜き。
 そして――彼らは戦いの流れを引き寄せた。

 防御をかなぐり捨てて飛び込んだりりすが、主将の眼前で鮫の笑みを浮かべる。
 銘無き太刀と、血色のジャックナイフが、バイデンの首を真っ向から貫いた。
 直後に巨獣の突進を受け、りりすは命尽きた主将もろとも墜落する。
 振り下ろされた零児の一刀が白き巨獣の背骨を叩き潰し、剣の重量に任せて胴を断ち割った。
 地上に降り立った最後の一騎に向けて、猛が自らの全身を重力に任せる。
「一気に、こいつで決めてやる……!」
 命の危機にあってなお研ぎ澄まされた彼の感覚は、バイデンと巨獣の急所を正確に見抜いていた。

「受けろ、こいつが俺の最高の一撃だぁぁぁっ!!!」

 ただならぬ気迫にバイデンが頭上を見上げるも、もう遅い。
 迅雷が、人の形を取って彼の眼前に迫る。
 雷気を纏う猛の正拳が、バイデンと巨獣の心臓をほぼ同時に撃ち抜いた。


 傷ついた上体を起こして死闘の終わりを見届けた京一が、大きく息を吐く。
 傍らには、彼と同様に地上のリベリスタ達に受け止められたシャルロッテの姿もあった。
 誰一人欠けずに戦いを終えられたのは、僥倖としか言いようがない。
 不退転の覚悟で、掴み取った勝利だった。


 目を覚ました数史の瞳に、終とりりすの姿が映る。
「数史さんを護る仕事に縁があると定評なオレです☆ いぇい☆」
 満面の笑顔でダブルピースを決める終を見て、数史も笑った。
「これで三回、か。ありがとな」
 背の翼を得る前から数えて、命を救われるのは三度目だ。その全てに、終は関わったことになる。
 一度目の時は凪沙が、二度目の時はりりすが、そこに加わっていた。
 そして、三度目の今回は、ここにいる皆が――。
 自分の命が多くの人達に支えられてきたことを、改めて実感する。
「皆は無事か?」
「ケガはしてるけど大丈夫だよ☆」
「そっか、良かった」
 他の戦場がどうなっているかは気にかかるが、ここで死者が出なかったことは幸いだ。
 ひとまず安堵の息をついたところに、りりすが口を開く。
「奥地君は、マゾだと思っていたが。そんなに死にたいのかね?」
「……そんなつもりは無いんだけどな」
「君は僕が殺すのだから、あまり無茶はして欲しくないのだけどね」
 ――まったく、随分と買い被られたものだ。
 苦笑しつつ、数史は「気をつけるよ」と言葉を返した。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 今回、本当にギリギリでした。
 速度の高いメンバーが状態異常つきのスキルで動きを封じ、チーム全体の高火力で押していくという戦術は前半から中盤にかけて非常に有効だった反面、敵の主力が到着する後半に戦闘不能やEP切れのメンバーが多発するという事態にも繋がりました。
 撤退条件を戦闘不能者の数のみで設定していた場合、間違いなく失敗していたと思います。

 回復役の要であるルーメリアさん、チャージ持ちの猛さんや零児さんが最後まで健在だったこと、残り少ないEPで使用された状態異常スキルで降下する巨獣の足止めが一時的にでも機能したこと、チーム全体が『フォーチュナ全員の安全が確保されるまで撤退しない』という覚悟で戦い抜いたこと、これらの要素がかみ合い、結果として綱渡りの勝利となりましたが、あと一つ、何かが欠けていたら全滅していたかもしれません。
 戦場に『絶対に安全な場所』は存在しないため、数史も無傷では済みませんでしたが、それでも可能な限り危険から遠ざけるという方針のおかげで辛うじて直撃を免れ、生き残ることができました。
 庇い続けるのも厳しい状況だったので、実質これが最善手に近かったのではと思います。
 お気遣い、ありがとうございました。

 お疲れ様でした。怪我をされた方々は、完治までどうかご自愛下さいませ。
 当シナリオにご参加いただき、ありがとうございました。