● 虹色半透明のなめらかな胴体。 美しい鏡面の巻貝様殻。 ぬめぬめ、ぬめぬめとカタツムリが動き回ると、ぬるぬるとした跡が残る。 跡は、明確に文字の形をしている。 『……俺に近づくな!』 ● ごはあっ! と、悲鳴を上げたリベリスタがいたが、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、華麗にスルー。 いつも通りに、モニターに資料を表示している。 モニターの中には、こっぱずかしい妄想文章をぬめぬめコンクリートの壁に虹色プリントしていくカタツムリが延々と映し出されている。 「という訳で、今年も来ました、三高平市防疫強化施策。略して【三防強】の一環。夏だし、いらいらするものはお盆が来る前に片付けて、気持ちよくご先祖を迎えたいと思うのが人の常」 言いたいことは分かりますが、あなたの口から出ると違和感がすごくあります。 この班は、カタツムリ担当とイヴは言う。 「ちなみにこのカタツムリ、紙を食べてその内容を殻に蓄積。分泌液をインク、体をプリンタヘッドと化し、インクジェットプリンタの要領で、大きな壁面の上を這いずり回って、分泌物を排出、ぶっちゃけ印刷しまくりたい欲望に駆られている」 なんですか、そのはた迷惑なカタツムリ。 「目的は、排除とカタツムリが汚した壁掃除」 え~。と、リベリスタからブーイングの嵐。 壁掃除とかは、別動班の人がいつもやってくれるじゃ~ん。 「三高平は、近隣の市町村の中でもごみに分別率が高いと評判。なんでか分かる?」 唐突にそんなことを言い出したイヴは無表情。 「このカタツムリ、昨年も大量発生した。デパートに0点の答案。マンションの壁面に女装男子の生写真、更にその後男子から貰ったラブレター」 うわ~。 「小学校の壁面に幼稚園でのお漏らし連絡帳。腐女子の男子校不法侵入告白日記。殺し屋のお仕事日記。民家のブロック塀に書き仕損じのラブレター。切なくなる捏造交友関係図。ラブリーポップな乙女チック☆ポエム」 あはははは。 「厨二病患者の妄想日記と純真だった頃書いたハートフル作文がビフォーアフター的に同一壁面に出現。他にもいろいろあった。聞きたい?」 ちなみに個人情報なので、実際の映像はお見せ出来ません。と、イヴ。 「黒歴史が人目に触れたことによる影響は大きい。女装男子は、いまやすっかり板についてしまったし。0点隠してた小学生の夏休みはドリル漬け。そこまで行かなくても、後々そのときのことを夢に見るとカウンセリングルームに報告が……。放置、リベリスタの人生に関わる」 おそろしや。 「前回、カタツムリが最初に確認されたのは、燃えないごみの集積所」 え? 「だから、この件を知ってる三高平のリベリスタは、ごみの分別をきっちりする。流出してはまずい紙類がカタツムリの餌食にならないように」 だらだらと背中を滴り落ちる汗。 「でも、人間、時として適当にしちゃうときとか、不慮の事故とかで、ごみの分別が適切にされていなかったこともある、かもしれない」 ぎくぎく。 「今、カタツムリがそれなりにあちこちの壁面にいろいろ印刷してるんだけど、誰が書いたのか特定出来る程度に個人情報が流出しているのがあって……」 もう心当たりがありすぎて、心臓の鼓動が激しくなってきました。 気持ち悪いので、医務室行ってきていいですか? 「なんていうか、この班の選抜基準は、ある意味温情……?」 空調が効いているブリーフィングルームで、背中に冷や汗がどばー。 「壁の清掃、別動班の人に頼む?」 「「「いえ、自分らが責任をもってやらせて戴きますっ!」」」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月04日(土)22:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 空気が体温より熱い朝だ。 デッキブラシと洗剤。 柄付きタワシに使い古しの歯ブラシ。 水タンクにバケツにホース。 脚立に、はしご。 自分たちだけでおやりなさいねという装備が、温情なのか放置なのか。 『花縡の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は、熱中症でダウンだ。 開始早々人目に触れぬうちに一人でこっそり広範囲を処理したから? そんな事実はあるような、ないような。 「黒歴史、とはなんだ? 忘れてしまいたいような恥ずかしい過去? そんなものは俺にはないな」 リオン・リーベン(BNE003779)は、どきっぱりと言い切った。 「悔やむ過去はあれど、忘却してしまいたい過去などない。全てが俺の糧となって今の俺があるのだから」 その道を通ったからこその今の自分だ。 黒歴史なくして、正史なし! 「むしろ、皆の言う黒歴史というものがどういうものかが気になるところだ。無論、人の過去を詮索すると言うのは良いことではないがね」 自らに黒歴史があると言える者は幸いである。 さらされる前に、自分でどうにかできる可能性がある。 自らに黒歴史はないと言える者も幸いである。 さらされたとしても、羞恥を覚えなくてすむ。 市役所市民課戸籍係カウンターに現れた、リオンの前世についての覚書を他のリベリスタがどのように認識したかは、それぞれの胸に秘められた。 ● 『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652) は、市役所ビルの屋上でAF内臓のワンセグテレビをガン見だ。 一週間ほど前から三高平のお天気カメラの位置からしか見えない角度で、いくつかの建物を経由して絶妙に描かれている。 日を追うごとに徐々に解像度が上がり、カタツムリの再発生がわかったのだが。 おそらく、あるビル単体だけ見ても全貌はつかめない。 まさしくこの角度、この位置で見て初めて意味を成す、いたずらを呼吸するように行う陽菜への世界からのお返しとしか思えない。 特徴のない両手両足で足りない数の建物に書かれているのだ。 一つでも落とすわけには行かない。 「何この酷い位置取り……天気予報見てた人早く教えてよ!?」 声を上げる陽菜。 ローカルケーブルテレビ局の朝一分ほどの天気予報の視聴者ってどのくらいいるんだろう。 まあ、仕方ないね。手がかりがある所から片付けてあげるよ。 だって、みんな他人事じゃないもん。 広範囲系はやっぱり高いところから探すに限る。 (ある意味裏野部なんかより恐ろしいモノ…それは自分の過去! 誰でも消し去りたい過去の一つや二つはあるんだよ……幾らかは晒しちゃった気もするけどね) 『猟奇的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216) は、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。 (ともあれ大惨事の覚悟は完了、私と皆の過去を守るよ!) イーグルアイ、あざーっす! 「――今日のお天気、お天気カメラは市役所屋上で~す」 きたきたきたぁ! 中学時代のALL1で記された陽菜の通知表と、ALL5で記された妹の通知表が、並べて表示されている。 スタイル抜群の母妹と離れた位置にジト目で写っている写真。 陽菜のスレンダーさも十分魅力的なのだが、本人にとって他人の評価など、この際どうでもいい。 二つ年下の妹・奈菜と比べられ続けた負の遺産。 さあ、あっちこちの建物の管理人室に、『アークです。壁の染み消させて下さい』って行って回る仕事が始まるお! ● 異世界でこんなことがありました。 『―sound only―――あああひい、ダメだって、あっこら!! そんなとこ入ってきたらダメだって!! あっ……ていうかもうー!! 僕お婿いけ、あっ、ん……っ、ちょっとー!!!! あ、服ダメ、それだめってもおおおおお誰か助けて!!! 歪曲させてえええ!!!!』 三高平の商店街。 アキバっぽいお店が並んでいる辺り。 でっかいミラクル☆ナイチンゲールの垂れ幕が下がってる壁の横に。 それはプリントされていた。 音声だけって言いつつ、活字だけなのをお詫びします。 日記の破いたページの転写だから。 ね、『クロスイージスに似た何か』内薙・智夫(BNE001581)クン! 洗剤避けに、顔をゴーグルとマスクで覆ってるけど。 このクソ暑いのに、防水コートも着てるけど。 智夫君だよね、智夫君、智夫君、智夫クーン! (『女もすなる日記といふものを、男の娘もしてみむとてするなり』) とさにっき。 君、男の娘って自己認識してるんだ。 (それで、依頼の結果をポエムちっくに書いてたんだけど……) で、ポエムが黒歴史にドロンですか、分かりません。 (では拙者この辺で……って、今回は逃げちゃらめぇっ。 『私智美、悪い敵をやっつけるのってクセになっちゃうかも』 みたいな部分は見られてもいいけど、あとはだめなのぉっ、あれはまずい!) ニッチな男性向けに分類されちゃうからですか、わかりません。 ● 「舞姫様にミーノ様……来て下さるなんて……お優しい」 『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は感動に打ち震えていた。 「ミーノはさぽーとのすぺしやりすとなのよ! だからおおぶねにのったきでいてほしいのっ!」 すでに、つまみぐいおやつ日記を【かしけん】の前で大公開された『おかしけいさぽーとじょし!』テテロ ミーノ(BNE000011) は、もう何も怖くない。 口に、みょわぁーと上げた悲鳴の余韻が残っていたとしてもだ。 (お友達……ぷらいすれす) シエルの胸は、じんわりと温かくなる。 「もう、自分のガン無視で、マジ天使シエルさんをさぽーとしちゃうよ! わたしに全て任せて!」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は、微笑んだ。 「あのお心もちは嬉しいですけど、舞姫さんのは……」 シエルの背中は、ひんやり寒くなる。 「過去ゆえに黒歴史は恥辱。すなわち、現在進行形ならば、何一つ憚ることなど無い! 世界に響け、エンジェリックアーティストMAI†HIMEの詩……」 そんなストリートアートの夢を見た。 んな訳にいくか。見つけ次第即滅だ。 「あ……あの病院の壁……っ!!」 ひゃっほーっ!! と、舞姫が素っ頓狂な声を上げる。 「え! ……何か見つけたとか……ちょっ……ちょっと待って下さいまし~」 シエルは、動揺が隠せない。 震える声に、舞姫の顔がだらしなく緩む。 (くっはー! 清楚な和風総本家美女が、羞恥に頬を赤らめてるよ!! ヒャッハー、きゅんきゅんしちゃう!) 『しょうらいのゆめ』 全てひらがなでつづられていた。 「将来の夢 (名前は即洗浄) 大魔王様のお嫁さんになりたいです。 大魔王はとても偉いからみんな従います。 その大魔王を色香で惑わして操れば何でも出来ると、 親戚の子が教えてくれました。 その通りだと思いました。 お嫁さんになれたら、 ウツボカズラを大事に育てなさい! 蜘蛛や蛇をいじめるのは駄目! ……と世界の人々に命令します。 世界が闇に包まれみんな幸せになりますように」 そんな内容(漢字変換済み) 漢字も書けないお年頃で厨二病全開ちゃんが、いかなる道をたどって今のシエルになったのか。 色々あったんであろうシエルの深淵。 とはいえ、舞姫はきりりとした顔のままでである。 ここで取り乱すと、シエルさんがかわいそうだから真顔。 あふれ出そうなオーラを取り繕いつつ、脳内乱舞! (ああん、シエルさんがお嫁さんになってくれるなら、わたし今すぐ大魔王にジョブチェンジする! 色香に惑わされてメロメロキュンだよ!) はい、あほなこと言ってないで現場に移動しますよ~。 「蝸牛様……ごめんなさい。エリューションは助けられないの……。其れに……」 カタツムリをつまみあげ、シエルさんは悲しそうな顔をした。 指先に急速に収束される魔力。 矢というか、丸太みたいな太さになってますが。 「妾はこう見えて、一度見たものはなかなか忘れられないのだ。そう、妾は好奇心旺盛。妾は好奇心旺盛。大事なことなので……」 『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)の声を、シエルの呟きがさえぎった。 「雉も鳴かずば、撃たれまいに」 呟く声を聞かなかった者は幸いである。 今日は、悪夢を見なくてすむ。 聞いた者も幸いである。 明日の太陽を諦めなくてすむ。 「なにか、おっしゃいまして?」 微笑むシエル。 シェリーは無言で首を振った。 ● 『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)、17歳9ヶ月の夏。 ひどく暑い。 (カタツムリが這いずった後に残る分泌液――『文泌液』とでも言うべきそれは、オレの過去を暴き始めた) 「やめろ」 フツは叫んだ。 中等部校舎の壁一面に刷り出された「それ」 (それは『無無明亦無』に放り込んで、固く封印を施したはずだ) フォルダ名は語る。無明はない。 尊公、闇はないのだ。 (だが、カタツムリは止めない。なおもその分泌液から、オレの過去を詳らかにしていく) 全ては、智慧の光の下にさらされるのだ。 一発屋お笑いコンビの為に書かれた、本人希望売り上げ枚数トリプルミリオンの歌詞も。 仲間の為に打ち続ける気功波連打から仲間を守って満足して倒れ伏す瞬間まで、台詞と擬音のみで終始するSSも。 つるっぱげグラサンごりマッチョ、昼間は喫茶店を営み、夜はジープを駆りバズーカをぶっ放す非合法請負人で、婚約者は謎の美女の詳細設定だったり。 「ウォーオ!」 全ては、プリントされるのだ。 一撃目の拳を当てた後、即座にもう一撃殴ることによって相手の防御を無視する技のプロセスが転写された瞬間、練習しすぎて指の第二関節が赤くなった絵に、「計算どおり」なんて書き込んじゃっているのが、記憶の蓋を吹き飛ばして脳裏に像を結びかけた。 「破ぁ!」 フツ……いや、寺育ちのFさんだ。 革醒して寺に入る前のた夢見がちな中学生「ふっくん」は、あの日縁を切った家族の傍に置いてきた。 Fさん……いや、焦燥院フツは全身を輝かせながら天使の翼をまとい、まるで永遠の理力の吹雪のような氷の雨を降らせて、カタツムリを撃退していく。 カタツムリは死ぬ。 フツの祝福の余波を得たリベリスタ達は、空を飛んで壁をモップでこすりながら感涙した。 「フェイトを使うまでもなかったな。だが、まだまだ大僧正には及ばないか」 謙虚にそう言って袈裟を翻し、太陽のような笑みを浮かべるフツ。 うむ。 うむ、徳たけえ。 ● 銃声は一発分しか聞こえなかった。 「とらみ」のひらがな三文字は、ものの見事に撃ち抜かれていた。 (出たな中二ポエム! 当時はお兄ちゃんの中二がひどくてさ。当然私もそれに影響されちゃってるわけで……) 君の兄さん、今も十分アレだぞ。 「お兄ちゃんにも見せた事ないのに! 見せる気も無いから大胆に書いてるのに! ……お兄ちゃんと合体したいとか桃子に相談してる時点でもう何も怖くない! お兄ちゃん(脳内)と一緒に見て過去を乗り越えるんだ!」 握るこぶしは決意の証。 というか、字を削るのに重火器使うの、勘弁してください。 一般住宅の壁ですから。 「不審な動きをする人がいたら容赦なく撃つ。害獣は消毒だぁ!」 仲間削るのは、もっと勘弁! 貴重な人的資源を大切に! 「お兄ちゃん」 by(削除済み) ハマリエル それは私とお兄ちゃんを前世より結びつけるものの名(中略 だからお兄ちゃんは私を愛すべき お兄ちゃん好き大好き愛してるお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん(略 よぉし、通常運転だ。 リベリスタ達は、黙々と壁をこすった。 これは虎美の黒歴史を消す作業ではない。 虎美の通常ツイートを、ご迷惑をおかけしたおうちから消す作業だ。 「……え、情熱的なポエム最高? じゃあ、結婚しようお兄ちゃんえへへこの邪魔な奴らさっさと駆除したら式場の予約しようか……え?そんなのいいから教会へ行こうっていいよ二人きりもロマンチックだもんねそのあとは部屋に帰って夜明けのコーヒーをきゃっ☆」 お兄ちゃん逃げて彼女連れて超逃げて。 ● 「……っ! ……っ!!」 『紺碧』月野木・晴(BNE003873)は、そのへんの電柱に頭打ち付けている。 それ以上続けると、電柱が折れるよ。 シネマ・コンプレックスの巨大な壁。 ハリウッド超大作だの、夏のアニメだの、視聴年齢制限付きのJホラーの大看板に混じって、謎の魔方陣もどきをバックに、眼帯+ドヤ顔の写真。 『死神代行者~三百六十番目の終末より来たる堕天の使い~』 と、タイトルが入り、 『新世界、爆誕!』 と、大胆にキャッチコピー。 その上に引き千切られた小学校の卒業文集。 名前:月野木・晴・死神代行者~三百六十番目の終末より来たる堕天の使い~ 将来の夢:不善心所蔓延る現世を普く浄(欠損) 「うわああああ!!!」 趣味:月光下の散歩~月の光には穢れを祓う力(欠損) 「あああああ!!!」 一言:ヒトは生まれながらにして穢れし罪の落(欠損) 「ああああああ」 茫漠たる乾きの大地に咲く一片の(欠損) 「ワアアアアア!!!」 常夜恐るる事なく来たる逢魔時(欠損) 「ごめんなさいごめんなさい」 更に、ジグソーパズル状の通信簿。 『通信欄:心優しくユーモアに富んだいい子ですが、若干夢見がちでしばしば自分の世界に入り込んでしまい、周りが見えなくなることがあります。 また授業中のひとりごとや急に席を立つことが多いので、集中力をがんばってつけていきましょう』 カタツムリ先生、画面構成お呼びレイヤー印刷お疲れ様っしたぁ! 晴は、カタツムリの前にしゃがみこんだ。 「ころす。むしろ一緒にしのうか?」 目のハイライトが消えている。 仲間の目は、なんとなく晴のデスサイズに吸い寄せられる。 見ないで、そんな目で晴を見ないで! 「……たまたまだよ!!」 中二を卒業した中三が叫んだ。 ● 「そこに近づくな! さもなくば、妾のフレアバーストの餌食になるぞ!」 業火召喚の魔方陣を宙に書こうとするシェリーに、リベリスタたちは総出でタックルをかました。 およしになって、三高平市立第三保育所の壁には何の罪もないわ! (まさか、妾の超名言集を失っただけでなく、このような形で外に出てしまう羽目になるとは) シェリーの拳はプルプルしている。 大食い大会で優勝した場合のコメントとか、依頼でMVPをとった場合のセリフとか。 人質を救った時或いは悪の組織を倒した場合とか、超偉そうだったりキザっぽい名言が盛りだくさん。 「スベテ ハカイ シナクテハ」 思いの他、声が低音に響く。 破壊の魔女の面目を保たねば。 ただの腹ペコ中身はヴァンサンカンロリータになってしまう。 「掃除などという手間などかけなくても、カタツムリごと吹き飛ばせばようではないか!? 妾のフレアバーストなら色んな問題を遠距離から一瞬で片付けてくれるぞ!」 初詣に行ったとき浮かんだアニソン替え歌の歌詞。 『頼れよゴット! すがれよ先祖! 無理難題を五円で押し付けろ~』 王様の耳はロバの耳的トラウマ記録。 「依頼で、気づいたら 全裸でブリッジポーズをとっていた。うん 妾は今から魔王になって世界を滅ぼそう 崩界なんてまってられないな」 とか、 「水着と思ったら下着で海水浴してた」 とかまで、かわいい熊さんや兎さんの絵の横にすり出された日には、もう生きていけない。心臓止める。 ● 最後の一つを見つけるのに時間がかかった。 郊外の公園。 瀟洒な飾りブランコの真っ白い座面にほぼ原寸大でそれは転写されていた。 (お焚き上げにしたはずの亡夫への手紙が、なぜ……) とてもゴミになど出せぬほど大切なものを手放すなら、煙に帰してしまうのが一番だ。 おそらくカタツムリは、灰を腹に収めたのだろう。 永は、そっと指でその『手紙』に触れた。 『前略 三高平を訪れてから二度目の夏が来ました』 近況報告と、あなたなら、こうなさるでしょうねと。 今を生きている永と、彼岸にたたずむ『あなた』の間は、時折とてつもなく近くなるが、それでも今は止め処もなく遠い。 『お盆には札幌に帰省しますが、手紙はちゃんと読んでくださいね。 こういうところは不精なのですから。 源太郎さん、永はいつまでもあなたをお慕いしております。 かしこ』 闇に葬らなくてはいけないものではなく、今はいない『あなた』以外とは共有したくないもの。 万年筆で書かれた綺麗な字。 その万年筆も、永が誂えて、『あなた』が愛用していたものだ。 リベリスタたちは今までとは違う意味で、そのいとおしい文字列を見ないふりをした。 これは、永以外が触れていいものではない気がしたので。 「私はこの街が好きです。だから伝えたいのです。私の大切な家族に」 そっと洗剤をあわ立て優しく洗い流しながら、永は微笑を浮かべる。 (照れくさいのは無論ですが、それも己の歴史。いつか己の支えになる) 夕闇が迫ってきている。 願わくば、各々の、今日人目から遠ざけた思い出が、いつかは笑顔で振り返れる日が来ることを。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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