● 何もなかった。 あいとか、こいとか。かぞくとか、ともだちとか。 名前だけしか知らなかった。 何も欲しくなかった。 増えれば増えるほど煩わしい。そういうモノだって知っていた。 だから、ただ。 ただ、こうしてあたたかいものに触れている事だけが、幸せだった。 手を伸ばした。触れたのは、まだ滑らかで傷ひとつ無い白い肌。 指を曲げた。ぐぷ、と。少し濡れた感覚と一緒に、ゆっくり沈み込んでいく。 嗚呼、あたたかい。脂肪と筋をすり抜けて。指先が触れるのは、微かに脈打ち震えるひとの臓器。 これが胃。これが腸。上にあがって肺と、――心臓。 やっぱりこれが一番あたたかいなぁと、彼女は思う。 動いている。いきるために。休む事無く。えへへ、と。笑いが漏れた。表情が緩んで、嬉しくて堪らなくなる。 いとおしい、って、こういうことなのかしら。 呟いてみたら、思いの外しっくりと、その言葉は馴染んだ気がして。なんだかもっと、嬉しくなった。 あったかい。もっと、もっと触りたい。 指先に、力を込めた。抵抗は一瞬。 ぶちゅり。 水の入った袋を潰した。 溢れ出した紅いそれは、やっぱり、あたたかかった。 ● 「何も知らないから幸せなのかしら。それともやっぱり、知らないから哀れなのかしらね」 長い爪を弄りながら。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は独り言の様に、呟いた。 如何言う事だ、と首を捻るリベリスタに、僅かに視線を傾けて。座り直したフォーチュナは、何時もの様に予知を始める。 「とあるフィクサードの討伐をお願いする。所属不明。現場には、既に死んだ一般人が4名と、アンデッド化した死体が2体。 ジーニアス×ソードミラージュ。『ヘマトフィリア』相沢・慧斗。大体中学生程度。正しい年齢は、本人も知らない。 フィクサードとしての実力はそんなに高くない。経験も無い。でも、強敵なのよね」 資料が差し出される。途中まではただの在り来たりなフィクサードの経歴。しかし。 その後に追記された事項に、空気が重くなる。 「――この子、親にアーティファクトを与えられた。嗚呼、違うわね。アーティファクトを、植え込まれて、適当なフィクサード集団に売られた。 識別名『antinomy』。これを体内に持つ所有者は、所有者が愛好するものに触れる事が出来る。それが例えどんな所にあっても。 外側に傷ひとつつけずに、好きなものを、掴めるの。……すっごい皮肉よね。笑えてきちゃう。この子、愛なんて知らないのに。 加えて。このアーティファクトの所持者は、嫌いなものを、好きなもので拒絶も出来るの」 淡々と。しかし、端々に感情の滲んだ声。控えめに、詳細を尋ねる声に頷いて、フォーチュナは一枚資料を捲った。 「簡単に言うと、触れた大好きなものを、彼女はそのまま、武器にも防具にも出来るって事。 ……今回のこの子の場合は、それが……人間の身体の中身。突き詰めると血液なのよ。だから、アンデッド2体は彼女の言う事を聞く。 血液に関しては転がってる死体は勿論、あんたらだって攻撃を受ければ、流した血液を使われて、強くなられちゃうからね」 殺人愛好者。そう、投げられた言葉に気分悪げにリベリスタの表情が歪む。ただの悪。ならば、答えはひとつ。 そんな表情のリベリスタを見渡して、ひとつ、溜息を漏らしたフォーチュナはそっと、その資料を手放した。 「あたたかいんですって。人間の身体が。血液が。動いていて、あたたかくて、触っていると幸せなんですって。 彼女は何も知らないわ。貴方達が得た当然のものも、名前しか知らないのかもしれない。……それって、如何言う事なのかしらね」 細かい残りは、資料でも見て。後は宜しく。立ち上がったフォーチュナは、ひらり、手を振って見せる。 「……運命も不条理だけれど。あいせないなら産まなければ良いのにね」 投げ捨てる様に。紡がれた言葉と共にその背は扉の向こうへ、消えていった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年08月09日(木)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● まず、感じたのは、濃密過ぎる鉄錆のにおい。次いで聞こえた少女の笑い声に近づいて、『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は不意撃ち気味にそのナイフを叩き込む。 紅の盾が、刃を阻む様に動くのを感じながら。目を細めた。美しい、そう思う。 彼女の生い立ちがどんなものかなんて所に興味は欠片もないけれど。そのあり方が。純粋で歪みが無くて。ぶれていない。綺麗で貴いもの。そう、少なくとも。 「――喰い殺すのを惜しいと思うくらいには」 まぁそれでも、奪われる位なら自分で喰い殺すのだけれど。少しだけついた血を払った。その姿を認めて。紅に染まって紅に囲まれた少女は、嬉しそうに笑みを浮かべた。 「こんばんは! あなたのめ、きれいね。ケイの大好きなこれみたい!」 くるくる、回る。楽しそうなその姿はやはりぶれていない。嗚呼、喰ってしまいたい。そう、虚ろな魚の瞳が言う。 その横を抜けて、干からびたミイラに対峙したのは『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)。ふわり、生み出されるのは質量持つ分身。 しゃらん、と握った楽器が歌う。踏み出す一歩は、ダンスの始まりを告げる様に。 飛び出した爪が、死角等存在しない一撃を見舞う。血液の壁を抜けたそれに、少女は微かに表情を歪めて。けれど、直に張り付いたように笑い直す。 人が、好きなのではなくて。人そのものが好きだと言うけれど。人を愛したくても、愛せないのでないか、とリルは思う。 知らないもの。理解出来ないもの。触る事は出来ないそれを、無意識に求めている様な。 そんな、あいをもとめる殺人愛好者。 「なんか、親近感を感じないでもないッスよ。リルは仕事で殺すんスけど」 そんな言葉に被さる様に、夜空に昇るのはもうひとつの紅い月。『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の練り上げた魔力が、周囲に凶兆伴う月光を降り注がせる。 何も無かった。あったのは名前だけだった。少女とアンジェリカは、同じだった。 今、少女は「幸せ」を感じる心がある。自分には、それすらなかったけれど。今は、救われて、愛されて、心を、感情を知った。仲間を得た。友人を、得た。 少女がいらない、と。ひとつも持っていないものを、自分は手にしたのだ。 言葉が、上手く出てこない。ぐるぐると、胸を悪くする何かに微かに眉を、寄せた。 「ねえねえ、ケイにようじなの? それとも、もっとケイをしあわせにしてくれるの?」 あなたのそれを、くれるのかしら。少女は笑う。幸せそうに。幸せだ、と。その足が踏み込む。巻き込むのは、前衛に立つ者達。 残像。纏う血液すら追いつかない勢いで、周囲を切り裂いた少女はまた、わらった。 己の境遇を、愛されない事を呪い続ける者と、其処に拘る事無く他の何かを見つける者。 予知者が前者であった様に、慧斗は、そして『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は間違い無く、後者だった。 だからこそ。綺沙羅はあの言葉を傲慢だと、思う。悪意が無いから尚更に。 生まれて来なければ何も知る事は出来ないのだ。得るものは無いのだ。生まれた後、其処に意味を見つけるのは自分なのに。 愛されない子供が可哀想、だなんて。余計なお世話だ。 カタタタ、と、キーボードが歌う。降り注いだのは凍て付く豪雨。アンデッドが動きを止めたのを、視界の端で捕らえた。 誰からも愛されず、家族も友人も恋人も必要と感じない。PCさえあればいい。 その精神性は、間違いなく同類だ。だから、憐れみなんて感情は欠片も無かった。 「……キサは自分が憐れだなんて思った事は無いから」 従えるのは己の影。手に入れたこの力、どれ程のものか試す初めての戦場が教会である事に、何かの導きを感じながら。 『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は華奢ながらも鋭利な鋼糸をぴん、と伸ばした。 「初めまして、フィクザードのお嬢さん」 生い立ちに同情はするけれど。少女の感情の名前も、生い立ちも、ロアンにとっては知った事ではなかった。 罪の無い人々の命を弄んだ。自分にとってはそれが全て。神が少女を裁かぬなら、この手が断罪の刃を齎そう。 「懺悔したいなら聞いてあげるよ。言い残す事はあるかい?」 「むずかしいこと、よくわからないわ。……でもケイ、なにかわるいことをしたの?」 ザンゲってそう言うものでしょう。首を傾けた。理解出来ない、とその表情は言う。平行線。戦闘は、続いていく。 ● 戦況は、悪かった。一体のアンデッドを始末したものの、戦場にはフェーズを進めたそれと、新たに動き出した2体の化け物。 対策、と称した綺沙羅やアンジェリカの攻撃はしかし、血液や死体相手には意味を成さなかったのだ。 それこそ手足を、胴を、全てばらばらに切断でも出来たなら、話は違ったのかもしれないが。死体は蘇り、 「えへへ、きれいだね。すごくきれいだね!」 血液もまた、その動きを止めてはいない。そもそも、血液自体は敵ではないのだ。どちらかと言えば、少女の武器。 少女自体を凍結させる事はあったものの、戦場に降り注ぐ紅の雨は一度も止んではいなかった。 削られた体力に、少しだけ眩暈がした。戦場に舞い踊る数多の揚羽。出来得る限りの適を巻き込み削りながら、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は微かな溜息を漏らした。 温もりが、欲しい。その願いを、少女は物理的に満たしてしまった。すぐ冷えていく仮初のソレに委ねてしまった。いとおしい。そう笑うけれど。 「そうね、だから貴女は人と触れ合いたかったのよ」 知らないだけで。渇望し続けるあたたかさは、本当は違うものだ。理解する。境遇への同情もある。けれど、それでも。 「それでも、私は貴女を否定する」 原因は環境にあっても。根源はアーティファクトであっても。境遇を引き寄せたのは過去にあるとは、言っても。 今の自分を形作った物は、彼女のモノだ。その在り方を肯定は出来ない。看過は、出来ない。 目が合った。ああきれいなひとみね。そう囁く声がして、本当に楽しそうな笑みが見えた。 胸がざわつくと、思った。放り投げた酒瓶を打ち抜いて、『持たざる者』伊吹 マコト(BNE003900)は笑う少女を見詰める。 裕福だった。望めは殆どが手に入り、家族も友達も居た。外から見れば、親から沢山の愛情を注がれる、幸福な人生だ、と、知っていたのだ。 けれど。愛されれば愛される程。幸せであればある程。周りの目が気になった。好きな事を好きなんて言えなって。本当に好きな事を見失って。 おかしな話だった。幸福である筈なのに、その心は満たされない。不幸である筈の少女はあんなにも、幸せだと笑っているのに。 ざらついた感情の名前は知らない。振り切る様に首を振って、前を見た。 「……さて、混ざりものが有っても愛せるかな」 血液の海へ零れ落ちた透明な液体。微かに、眉が寄ったのが見えた。けれどそれも、一瞬。 変わらず大好きなそれを従えて。少女は軽やかに手を振って見せた。アンデッドが動く。巻き込むのは前衛。大量の血が落ちた。力を増す、気配。 回復か、呪いの除去か。選択を誤れば即座に致命傷になりかねないそれを、的確に判断し続けながら。 『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は微かにその目を眇める。可哀想な子だと、思った。 愛を知らずに育ち、与えられるままに、暖かいものを求めて。本当は親から与えられるべきものを、少女は、血で覚えてしまった。 もう抜け出せないのだろう。少女の普通は、世界の異常だ。もう分かっているからこそ、ティアリアは迷わない。徹底して、仲間の呪いを止め続ける。 自分も攻撃に回れれば良いが、仕方ない。仲間が全て始末してくれる事を信じて、支えるだけだ。 其処まで考えて、ふと。随分と変わりつつある自身の心を感じる。 「……丸くなったものよね」 仲間を信じる、だなんて。そんな言葉、此処に来た頃の自分からは到底想像出来ない。浮かぶのは苦笑。けれど、悪い気はしなかった。 戦場を見極める。鉄錆色の絶望の中で、勝機を掴む為に。 息が、上がった。磨耗する精神力。大技を連発し続けるアンジェリカの体力は、既に限界ぎりぎりだった。 隣に立つロアンも限界を超え、運命を削っている。降り注ぐ血の雨が、重なる攻撃が、容赦無くその身を削って行く。 ティアリアが呪いの回復に尽力する穴を補う様に、綺沙羅も癒しの術を振るう。その尽力と、強力な全体攻撃のお陰で、血液の力は最小限に抑えられていた。 アンデッドも、残るのは3体。死体ももう無い。けれど、各個撃破していなかった分の代償は、中々に大きいものだった。 これで最後。練り上げた紅の月を見上げながら、アンジェリカは思う。ざらつく感情の正体。人体と血を好む少女。それがあれば幸せだと笑う、愛も、自身の不幸も知らない、不幸な少女。 ――ああ、ボクはこの子が、嫌いなんだ。 腑に落ちた。そう。嫌いなのだ。自分が不幸である事にも気づかなかった、あの頃の自分にそっくりだから。表情が硬くなった。 消そう。大嫌いな、もう一人の自分を。瞳が、きつく少女を睨み据える。 「ねえ、ねえ、ケイがなにかした? あなたおこってるんでしょう?」 少女は考える。如何したら、機嫌が良くなってくれるのかしら。首を傾けて、嗚呼、と、頷いた。 とっておき、見せてあげる。そんな言葉と共に。練り上げられるのは禍々しい何か。くるくる、と、少女が回る。踊る様に。楽しむ様に。 「知りたいんス。アンタが何を考えてるか、アンタの何がそこまで昇華したのか。興味があるんスよ」 読み取る。リルの力が、少女の頭の中へと伸びる。見えたのは、鮮烈過ぎる紅。笑いながら涙を零す、小さなこども。握ったナイフ。大量の、血が飛んだ。 拡散する。内側から、痛みを伴わぬ傷が一気に噴出す感覚が全身を襲う。誰も彼も真っ赤。ああきれい! そう笑う声が響き渡る。 「私の血は私の物。貴女の玩具ではありえない」 遊ぶなら自分の血で遊びなさい。そう告げながら揚羽の雨を降らせる糾華に少女は嫌々と首を振る。 自分のものでは意味が無いのだ、と、その声は告げた。要らないのだ。自分のなんて。あったかくもなんともない。 「ケイ、にんげんじゃないもん。うられちゃったどうぐだもん。あったかくないよ?」 綺沙羅が癒す。マコトが、ロアンが攻撃に出る。アンデッドがまた1体減った、けれど。体の肉ごと抉り取る1撃が、容赦無く、ロアンの体力を削り、地面に倒す。 続いて、アンジェリカ。二人の攻撃手を失った戦況は、回復の兆しを、見せなかった。 ● 真正面。確りと刃を交えて、りりすは目を細めた。 好きなものに触れないのは嫌だろう。そう思って其処に立ち続けるりりすに、少女はやはり、笑った。 「ケイといっしょにいてくれるのね。うれしいなぁ、すごくうれしいな!」 そんな少女を見詰めて。りりすはそうっと吐息を漏らす。自分達が得た、当然のもの。そう、確かに得た。得ている。でも。 自分の好きになった人は、大抵死んでしまうのだ。知らないことと失うこと。知らなければ傷を負うことも、負ったことに気づく事も無いのだろう。 果たしてそれは、どちらの方が、幸福なのだろうか。 「君はさ。結局「ぬくもり」が欲しいだけだったんじゃないの?」 文字通りの意味じゃなく。知らないから。欲しいから。実感できるモノで代用してただけなんじゃないのか。 そんな問いかけに、瞬く瞳。不思議だと。分からない、と、その瞳は訴える。 「……しらないよ。あったかいものなんて、これいがいなーんにもしらないよ」 だから、わからないよ。そんな言葉を交わす後ろで。アンデッドの数は、確実に減っていた。 少女の瞳が、彷徨った。考える様に瞳を伏せて。その身体が不意に、りりすの横をすり抜ける。目の前に居るのは、マコト。 真逆の存在。躊躇い無く沈み込んだ少女の身体が、淀み無い剣戟を見舞う。鮮血が散った。ダメージの大きい身体に、不運にも叩き込まれる、返しの太刀。 崩れ落ちた。視界がブラックアウトする。少女の目が見えた。ざらつく内側。嗚呼、と思った。 自分は、彼女が羨ましいのだ。瞳を閉じる。鮮血に沈んだ彼を一瞬見遣って、けれど少女は止まらない。ダブルアクション。駆け出した彼女の向かう先は、癒し手だった。 そして。その行動を誰より予感していたのは、癒し手――ティアリア自身だったのだ。大好きな血を止め続ける自分を、少女が憎まぬ筈が無いのだから。 感知していた綺沙羅がブロックに回るのを、止める。飛び込んできた身体。真っ赤な血が、また戦場に零れ落ちた。 「どう、わたくしは暖かいかしら」 灼熱する痛み。それも構わずに、ティアリアは確りと少女を抱き締めていた。呆然と自分を見上げる顔に、微かに微笑む。 この暖かさは、生きているから。心臓を、血を奪えば、もうこの暖かさは生まれないのだ、と。囁く様に告げれば、少女は嫌々と首を振る。 「しらないよ、にんげんがあったかいのは、血があるからでしょう? ねえ、なんで」 この腕は、もっとずっと、暖かなのか。不思議だと首を傾げる。その眦から、ころり、と零れた涙に、ティアリアは微かに、表情を歪めた。 もっと早く出会えたなら。人の暖かさを、こうして確りと教えてやれたなら。愛を、与えてやれたなら。 少女の道は違ったのだろう。もしもの話なんて、叶わないのだけれど。それでも。 「……こんなかたちになってごめんなさい」 囁く声を拒む様に、少女はその身を離す。笑っていた。涙が零れ落ちている。その姿を見てそれでも糾華の心は、揺らがなかった。 知らないことが悪なのではない。実感を伴わないことが悪なのではない。少女を、悪だと切り捨てるのではなくて。 「貴女が貴女であることの責任を、貴女は取らなければいけない」 だから。それを受け入れられないと言うなら、抵抗しろ、と。鋭利な蝶の羽を指先で挟んで、告死の蝶は囁く。 ぶちまけたような鮮血の雨が、降り注ぐ。リベリスタの限界も、近かった。 寒かった。痛かった。手が震える。噛み合わない歯がカチカチと鳴った。膝が笑った。その身を抱えた。 知らず知らずの内に。少女は一歩、二歩。後ずさる。震えた足に力が入らなくて、転んで、尻餅をついて。 未だ此方に武器を向けるリベリスタを見渡して。唐突に彼女は、その感情を理解した。 ――こわ、い。 寒気がした。傷は重くていたくて、流れていく血が自分から体温を奪っていく。怖い。怖い。感じるのは死の予感。明確な殺意。 アンデッドはもう居なかった。何とか立ち上がる。死の刻印が、鳥葬の闇が身を掠めても、少女は動きを止めなかった。 駆け出す。いきていたいとは思わないけれど。まだしにたくはなかった。使役を外れた血液が、地面に叩きつけられる。 追えば恐らくは、追いつけるだろう。けれどそれだけの力は、既にリベリスタには残っていなかった。 深追いすれば、此方も危ない。そう判断して、首を振る。 仲間の呻く声がした。血の匂いが濃い。眩暈がした。少しだけ、肌寒い。 血の気を失った綺沙羅の指先が手を伸ばした。引き寄せたのは、常に途切れる事無く歌い続ける電子の箱。 あたたかい。抱き締めた。これさえあれば良かった。他なんて要らなかった。その心はぶれない。 誰からも必要とされずとも。 例えこのぬくもりに、何の感情も無かったとしても。 それでも。 「――キサは自分の為に生き抜く」 其処に、他の誰か、なんてものは、必要無いのだ。 呟きが溶ける。血の匂いは、消えない。ぬくもりを求めた少女の影は、もう夜の向こう側へと消えていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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