● アーク。 大財閥の肝煎りでありながら、その特有のごった煮な気風から、特に自分達のカラーを大事にするリベリスタ組織や一部の硬派なフィクサードなどは、不干渉でありつつも静観の姿勢を保っていた。 しかし、ジャック・ザ・リッパーや鬼の異変などいくつかの大きな災いを、犠牲を払いながらも祓い拭ってきたこのアークという組織は、今やそういった独立独歩の組織群にとっても無視できない存在になりつつある。結果として、人員の一部を送り込む。そういうことは、間々ある。本当に、よくある。 そうしてその傘下に加わった人間の、これは一つのお話である。 「お初に御目にかかります」 ふかぶかと頭を下げたのは、『天照』神宮・てる(ID:nBNE000231)だ。 三高平の大学や高校に在籍するリベリスタなら、もしかすると授業でその顔を見たことがあるかも知れない。それも、自分達が教わる側として。 彼女は、虚ろな目を虚空に向ける。 「わたくしは、神宮てる。先見の力をリベリスタとして役立てるべく、こちらに参りました。ですが……」 そこで、ふと言葉を切ると、少女とも言えるほど若い容姿を憂いに曇らせた。 「正直に申し上げれば、わたくしは未来を見ることを好みません。人の運命を覗き見るなど、許されざる行いです。こうして力がある以上、役立ては致しますが……この力を悪しき者の手に委ねるのは、好ましくありません」 そこで。 「あなた方という人間を、失礼は承知の上で見せて頂きとう御座います。 つまり、こちらに丁度良いことに、エリューション化してしまったお酒が……」 そこにずらりと並んだのは、ビール、チューハイ、日本酒にウイスキー、ラムにジンにエトセトラ、エトセトラ。 ……本当なのだろうか。 「わたくしがそうと言ったら、そうなのです。ああ、足りなければ買い足して参りますよ」 今、買い足してと 「気のせいで御座います。こほん。 とにかく、わたくしの力は……云わば、手鏡なのです。 振るう人次第で、良くも悪くもなる。あなた方と酒を酌み交わせば、判ることも少なからずございましょう。 ああ、未成年の方は“のんあるこーる”で御座いますよ?」 そう語る女性の目は、真剣だった。 彼女とて、何もただ宴会をしたいと言っているのではない。 これも、“アークのリベリスタ”という存在に向けられた、存在の意義を問う大事な依頼なのだ。 ことに、未来予知を恐れている節のあるこの女性のような人間にとっては…… と、ぽん、と手を叩くと、女性はにこりと笑って 「おつまみは、お願いしますね♪」 ……やっぱり、本当に宴会をしたいだけかも知れない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月16日(月)23:49 |
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■メイン参加者 31人■ | |||||
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● 皆様、こんばんは。神宮てるです。 本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。 乾杯も済みまして、皆様思い思いに散らばっていらっしゃいますね。 本日お集まり頂いたのは他でもなくわたくしの為、そしてわたくしの為とは皆様の飾らぬ普段の姿を覗かせて頂く為。わたくしとお話しをする前に、それを覗かせて頂こうと……そういう心積もりでございます。 それでは、ゆるりとお伺い致しましょう。片手には酒瓶、片手にはお猪口でございます。 「かんぱーい!」 「そういや、悠里に拓真とのんびりする機会ってのは滅多になかったな」 「竜一くんはまだ飲めないけどね。今日は飲むぞー!」 結城 竜一さん、新城・拓真さん、それに設楽 悠里さんは、どうやら仲良し三人のようです。こっそり近くに座ってお話しを聞いてみましょう。悠里さんが拓真さんにお気に入りの日本酒を勧めていらっしゃるらしく。おや、純米ですね。わたくしも大好物です。 「……そういえば、此処にいる皆は連れ合いとも言える者が居るのだな、なれ初めは一体どんな物だったんだ?」 と、拓真さん。これがいわゆる、こいばなという奴でしょうか? わくわくしながら、わたくしは耳を立てます。 「なれそめ?あー、俺は、ユーヌたんに「付き合ってください!」つったらOK貰った、そんだけだなあ。初めて会ったのは確か依頼でだな、悪の女幹部やってた。よしよし、飲め飲め」 「僕はシンヤが時村邸に来た時が初めてかな。2回目はカルナがシンヤに呼び出された時かな。あ、竜一くんありがとう」 「俺は、どうだったか。初めて会ったのは、神秘の黒扉の向こう側。素の彼女に出会ったのは…俺の家の中庭で、だな」 「で? 君らの付き合いの調子はどうよ? 上手くいってる? あ、盃空いてるじゃないか。飲め飲め」 「調子も何も……当時は今のような関係になるとは思っていなかったが……」 「お陰様で仲良くやってるよ。ちょっとエッチな依頼に不可抗力で参加したせいで拗ねられたりはしたけど。あ、竜一くんありがとう」 「いやー、俺の方は絶好調ってか、ユーヌたんが可愛すぎてなあ。この前、膝枕して貰ったらスベスベだった!」 竜一さんに酒を注がれてまんざらでもない様子の拓真さん、悠里さんは自分の調子で飲んでいるようですね。良き事です。ちなみに拓真さんは竜一さんに潰されて、悠里さんにおぶられて帰ったというのはもうちょっと後の話です。 わたくしも、“あるはら”には気をつけたいと切に願います。 「何かと思えば唯の飲み会か、お前から誘うとは珍しい」 「櫻霞様と一緒にお酒を飲んでみたかったのですぅ。ワインってジュースとあまり変わらない気も……?」 天城・櫻霞さんと二階堂 櫻子さんはすっかりお二人の世界です。 立ち寄ったのですが、わたくしは少し離れたところからほんのこっそりと。 櫻子さんはちびりちびり、と舐めるようにしながらお酒を飲んで、櫻霞さんはと言えばそんな櫻子さんのことをじっと眺めています。 「ふにゃー? 何だかふわふわしますぅ……」 「そろそろ大人しくしておけ」 「むぅ……もうちょっと飲むのですぅ~」 酔ってしまったらしい櫻子さんが次第にふらりふらりとし始めたので、櫻霞さんがお酒を奪ってしまうと、取り返そうとします……あ、失敗されました。そのまま、腕に頬ずりをしておられます。あわれ捕まった櫻子さん。櫻霞さんに捕獲され、膝の上に乗せられてしまいました。 あらあら。 あまり眺めているのも無粋ですので、そろそろ別の席に参りましょう。 ● お肴を単に酔い辛くするだけとか、おなかを膨らませるためとか、そういう風に考えているうちは真のお酒を楽しむことなど出来ません。 そういう意味でも、今日の宴会は大変素敵です。 お礼を言うべく、わたくしは厨房へ向かいました。 「あたし、おつまみ作る係りです」 「私、おつまみをつまみ食いする係りです」 「ちゃんと運んでくださいです!」 悠木 そあらさんとニニギア・ドオレさんが漫才をしてらっしゃいます。そあらさんは和洋中と沢山作っていらっしゃるようです。辛口の日本酒のお肴にと“ふぃっしゅあんどちっぷす”なるものを厨房でつまみましたら、わたくしも叱られました。 「うう、美味しそうなのに……」 ニニギアさん、しょんぼり。それを見かねたそあらさんが、「ニニさん専用です!」と直径20cmくらいのどぉなつを作って差し上げておりました。 「そあらちゃん、これすごくおいしいわ。料理上手な奥さんになれそうねっ」 「え? ほんとです? えへへぇ」 ニニギアさんが褒めて、てれてれとするそあらさんは可愛らしいですね。 「ふっふっふー、お酒お酒お酒ー♪」 銀咲 嶺さんもその横で作っているのですが、天ぷらも炒め物も作る先から彼女とニニギアさんがつまんでしまうのであまり表に出ないというのが悲しいところです。 彼女達の作るお肴は美味なので、また頂きたいですね。 火を使うばかりがお肴ではありません。 「豆腐百珍はどこかしら……」 「ふむ。世界には色々なつまみがあるものだ」 エナーシア・ガトリングさんが探していらっしゃるので、山の中から探し当てて差し上げました。それは江戸時代の豆腐のお品書き本ですね、そんなものをお持ちとは。それを見てウラジミール・ヴォロシロフさんが関心なさっています。彼はニシンとイクラの缶詰をお持ちで。お塩が強そう。じわりと清涼感のあるお酒がほしくなりますね。新田酒店さんにこっそり頼んで、“まてぃーに”を作って頂きました。べるもっとはゆすぐだけの“どらい”なもの。 先生は、洋酒も大好きです。 「まあまあ、一度乾杯しようよ」 おつまみ話に盛り上がる中、新田 快さんの言葉で、裏に集う方々が乾杯をします。ウラジミールさんはウォッカのショット、快さんは日本酒のお冷。エナーシアさんはコロナにライムを落としています。 お酒はただ飲むにあらず、合うものを探すというのもまた醍醐味ですね。 快さんの日本酒と、エナーシアさんとウラジミールさんのお肴を少し拝借して、わたくしはまたその足を運びます。 お元気なのはこちらも変わらず。 未成年の方で固まって、どうやら利き酒ならぬ利きじゅうす大会をなさっている様子。かわいらしい。 「んーこれは変った味するな、なんというジュース? 優希わかる?」 「さて……」 上沢 翔太さんと焔 優希さんは顔を見合わせて首を傾げ、その間を縫って、白雪 陽菜さんはお酌をしています。 「ふむ、この口の中で広がる芳醇な香りと苦味…静岡茶『刻村』に違いない!」 「あ、これガラナよツァインさん」 「マジか」 ツァイン・ウォーレスさんと日野原 M 祥子さん。当たったり外れたり…… 「AとBは似た感じだけど、Aのほうが甘さがさっぱりしてるのよ。 わかった!Aはトリナガのミルクコーヒー、Bはneijiのカフェラテね!」 祥子さんのそれ、大はずれの様子です。 宴の席は次第に盛り上がり、『皆がお酒を飲んだらどう酔うのか』という話題に移っている様子。かわいいです。 「祥子は変らず皆に世話してそう」 翔太さんが言えば 「そういうしょーたんは速攻で寝そう」 ツァインさんが言い 「ツァインは賑やかに絡んでいそうではあるな」 優希さんがジンジャーエール片手に笑い 「アタシの視界にはねこみみしっぽ~」 陽菜さんは既に雰囲気に酔っていて 「陽菜ちゃんは笑い上戸かな……って、な、何乗っかってるの?」 「おばりよん~♪」 「イッチーも居れば良かったのになあ」 祥子さんに、陽菜さんがおぶさって押し倒していらっしゃいます。 先生はわかりますよ、おばりよん。我慢しておうちまで連れて帰れば財宝に変わっているんですよ。 目をすぼめてそれを眺めていますと、ワイン片手にティアリア・フォン・シュッツヒェンさんがいらっしゃいました。様になっていらしゃいます。 「てると話すためであればまあ分からなくもないけれど。ただソフトドリンクを飲み明かしているだけであればちょっと先行き心配よねえ……」 「そうでしょうか」 あきれたように仰るティアリアさんに、わたくしは微笑み返します。 「ああいうのも、素敵ではないかと」 きゃいきゃいと騒ぐ通称飲み隊のみなさんは……およそ人々が得られるべき、そしてかつて過ぎ去った輝ける日常。そんなように見えました。 わたくしの虚ろな目にもはっきりと映るのは、まだ見ぬ未来に果てしない夢を描いた、宝物である黄金の日々。これさえあれば、例えこの先どれだけの痛みに見舞われようとも、立っていられる。そんな思い出。 何故でしょう。すこしまぶし過ぎて、目を開いていられません。 わたくしはそっと席を外しました。 ● さて、皆様の声を聞いているのも大変楽しゅうございますが……わたくしも、そろそろ己のやるべきことを果たさねばなりません。 わたくしがこの場にいる、その意義のために。 それと、わたくしもそろそろ、お話しに混ざりたいのでございます。 さて、まずはどなたから参りましょうか。 「異形の力を振るう理由……踏み外さないためだ」 鳳 天斗さんが仰いました。 「船乗りは板子一枚下は地獄って言ってな、少しでも踏み外せば戻っちゃコレない。俺と体の中に飼っている闇との違いも板子一枚だ」 でも、その中に、いろいろな伝承にあるように。海の向こうに楽園を求めるみたいに。 「母なる海って言うように産み育てる優しさもあるわけ。母の両義性ってやつ、イザナミが国産みの神かつ黄泉の神なのが例だな。それでも、闇に魅入られ踏み外さないのは『闇と生き、光を奉ずる』一族の矜持が有るから」 ジンを片手に仰る天斗さんの話は……独自の比喩が難しくて、どうにもわたくしは首をかしげてしまいました。 わたくしにも、やきとお酒がまわり始めているようです。いけないいけない。 一度、一休みしないと。 もう一度厨房に行くと、ウラジミールさんが 「何か、やりたいことはないのか?」 とお尋ねになるので、 「では、貴方と同じものを頂きたいです」 と答えました。 頂いた琥珀色の液体を舌で転がすと、古びた木の懐かしい香りを口に含んでいるような味わいが鼻腔を満たして、幸せな気持ちになります。 頂いてから、また日本酒で口を濯いでいると、快さんが〆に、と冷やしうどんをお持ちくださいましたので、折角ですからぬる燗で頂こうと思います。 吟醸を燗することで立ち上る芳醇な甘みと、きりりと冷えたおうどんの喉越しが相俟って……ああ、ますますお酒が進みます。 そうしてほおばっている内に、そあらさんと好きなもののお話に。 「あたしの好きなものはさおりんといちごなのです」 「さおりん?」 ふと考えていると、、時村 沙織さんのことです、とそあらさんが頷きます。 「では、いちごとさおりんさんではどちらが?」 「さおりんの方が大事なのです!」 「あら、素敵」 「……異形の力を振るう理由、か」 ふ、と。そんなように、満面の笑みで宣言するそあらさんの言葉に何か思うところがあったのか。 お酒と一緒に談笑していましたら、思い出したように、快さんがそのことをお話し初めてくださいました。 「正直、覚醒したばかりは、どうして俺がこんな力を、って思った。けど、『心ないベアトリクス』ってアーティファクトに囚われた先輩リベリスタと戦い、倒した時に」 ぐっとこぶしを握り締めて、その顔はとても真剣です。でも、決して後ろ向きではありません。 「判ったんだ。そして決めた。俺の力は、誰かの夢を護る力だ、って」 「ぶち上げてる所におあいにくだけど、私には理由なんてないのよ」 「なんと」 わたくし愕然。 「世界は全能なる主が創ったのよ。あらゆる存在、あらゆる力、あらゆる法則は全て主の御業によるものなのだから、全ては平等に許され、祝福されているのだわ」 なるほど、エナーシアさんは強固にご自身の世界を持っていらっしゃる方のご様子。 彼女から見れば異教の徒であるわたくしに面と向かって言ってしまえるほどなら、なるほど、それはきっとひとつの真理なのでしょう。 「それに、過去ですら見辛いものなのに。たかが未来が見えたくらいで、他人より少し見えるものが多いってだけだわ」 言外に、あなた気にしすぎよ、と言われてしまいました。 「何。異世界も大変そうだが、皆ならきっと大丈夫だと信じているよ」 ウラジミールさんの言葉には信頼が籠っていて、ああ、この方たちには、わたくしにはまだわからない絆があるのだな、と感じます。 少なくとも、そのはしっこが見えただけでも、収穫ですね。 ちょっと勝手に疎外感を感じて、しっぽを丸めてお座敷の方に戻ると、遠野 御龍さんにがっしと肩を抱かれて席まで連れていかれました。 「てるちゃんにゃぁちょっと親近感を覚えてるんだぁ。年も同じだしぃ、狼だしぃ巫女だしぃ。てな訳でぇ親愛のしるしに飲み比べと行こうやぁ」 「あらぁ? まあ……」 それから暫く、差し向かいでくびくびとお酒を注ぎ合っています。てるちゃんですって。あまり悪い気は致しません。 「まぁそんなに語るほどじゃぁないけどぉ」 そうやって、御龍さんは、ふつふつとご自身の話をして下さいます。 「まぁ、あたしゃ悪党なんだけどさぁ、どうせならいいことに使った方が気持ちいいじゃんねぇ」 「いいことをするのに、悪党なので御座います?」 「いやあ……」 そこで、気まずそうに目を逸らして頬をぽりぽり。 「鬼の事件でさ……一般人を殺しちゃってねぇ。トロッコの理論ってぇの? 難しいよねぇ。事件は無事解決したけどぉ。まぁ今更どうのこうの言うつもりはないけどぉ。やっぱりあたしゃ悪党なんだよぉ」 何だか、諦めようなものを感じました。望めばほかの生き方も出来るでしょうに、それを望んでいないような。勘、でございますが。 「怖れているわけではないだろうな?」 シンデレラを片手に持ったシェリー・D・モーガンに問われます。 わたくしは首を横に振れません。 御龍さんが恐ろしいのではありませんが、力の業について考えていたのです。 「妾達を試すのは勝手だがな、人が見れる未来など小さな未来に過ぎない」 彼女はそうして、ご自身の事件の話を聞かせてくださいました。 フェイトを得るということの、そのこころ。 「そして妾達はフェイトを得たのではない、掴み取ったのだ。フェイトを掴み取った者が未来を諦める事など許されない。どんな未来も手繰り寄せ、変えてみせる。そう妾は思っている」 「ですが」 ふるふると首を振って、わたくしは深々と非礼を詫びて、席を移ります。 その間にそっと、自分の目に指を這わせました。 望んで得たのではない力を持ったわたくしは、やはりこの場でも異端のようです。 ふらふらとしていたら、壁の花になっていた四門 零二さんがいらっしゃったので、お傍に寄らせて頂きました。 「……座るかい?」 煙草を消そうとなさるので、手で制してからお隣に。わたくしは、煙草の香りも嫌いではありません。実はお部屋に煙管盆もあります。わたくしが先ほどのことを話すと、零二さんがゆっくり口を開きます。紫煙がたなびいてすぅっと天井に吸い込まれてゆくのを眺めました。 「力を持たなければ、知られざる神秘に触れなければ。味あわなくて良かった苦しみ、悲しみもあった筈だろうね」 とはいえ、こうなったからこそ得た出会いに経験もある。 そう仰ってグラスをひとつお掴みになると、わたくしに。受け取ると、蜂蜜色のウイスキーの、僅かに感じる花のような香りに惑います。思わず尻尾も揺れます。 「……ひとつ言えるのは。何をしていようとも、何もしていなくとも、いつかは死ぬ。だから、後悔はしたくない」 ゆらゆらと、煙草の香りはこの殿方に相応しい香味の高いもので、何となしにその言葉の端々に掴まりたくなるような、そんな感じがしました。 「……とりとめもなくてすまないね。有難う、楽しませていただくよ」 そのとりとめない言葉に元気を出して、わたくしはまた歩き出しました。 にぎやかなところに戻ってまいりました。 「おつまみたっぷり、たっぷりぷりー。はいご到着ですよー」 嶺さんがいらっしゃったので、質問をします。 「私が力を振るう理由ですか……NDで母が目の前で死んだときにこの力と羽根を得たせいか、力自体を母の形見のように思っているからでしょうねぇ。」 鶴の羽根をパタパタさせながら。文字通り今日は羽を伸ばしていらっしゃるようです。 「形見……ですか」 わたくしは、少しうらやましくなりました。 くやし紛れに、砂肝とキノコの炒め物を受け取って、そのままうろうろしていますと、じめっと部屋の隅で体育座りをしている方を見つけました。わたくし、ああいうものを神社で見たことあります。ええと、そう、縁石の下の…… 「わかっていたはずなのに、わたしってば、ほんとバカ……」 「ああ、だんごむしさん」 集団の中の孤独、周囲がにぎやかであるほど自分がみじめ、そんなご様子。 「ええ、だんごむしですが……」 「あなたは、どうして力をお使いに?」 「それは……」 そこでようやく、戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫さんがふっと顔をあげて下さったので一安心。 「誰かが傷つくことがイヤだから……かな。運命の理不尽さも、自分の無力さも、痛いほどわかっています。だけど、この手が届く範囲だけでもみんなの笑顔が守れたらいいな、って」 傲慢かもしれませんが、とつぶやいたところでじわりと涙をお流しになったので、わたくしはびっくりしました。 「……あはは、とうとう幻聴と会話しちゃったよ」 「わたくしは非実在青少年ではありませんよ」 「やばいよ、ぼっちをこじらせすぎだよ……って、てるさん、いつからそこにいたんですむぎゅ?!」 舞姫さん、あまりにかわいそうなので、抱きしめてしまいました。 よしよし、せんせいがついていますからね。 ほろほろ。 炒め物は舞姫さんに差し上げて、虫干しをするべくにぎやかな集団に放り込んで(途中で「飲めー!」「ソフトドリンクだけどな!」「ぎゃー!」という声が聞こえました)からまた放浪していると、ユーキ・R・ブランドさんがずずいと。 「おさけをください。ええ、記憶が飛ぶようなものならなんでも良いです」 「あらまあ」 ははは、何もかも忘れたくなるときってあるじゃあないですか。と仰います。 自棄酒ですか。 わたくしにも覚えはあります。 ですが、お酒好きの威信にかけて、わたくしが断じてそんな真似はさせません。 席に座らせると、じっくりとっくりと、気持ちよくなるようにお酒を勧めて差し上げました。 「ぶっちゃけ3Kです。キツイ、汚い、危険。終わった後酒に逃げたくなる事もあります。後味悪い仕事の後は、なおさら。今まさに? はは、まさにその通りで。さあもう一献」 「お肴もお食べなさいな。ですが、そんなに思われるなら……なぜこのお仕事を?」 「……革醒者にしか出来ない仕事だからですよ」 口を拭い歯を剥いて笑った時、果てしないダメっ面はそこにはありませんでした。 「ここに居ると勘違いしがちですがね。我々は、貴重だ。戦いたくても前に出られない人達だって居るんです。逃げる訳に、いかないじゃないですか」 やるべきことの為に。 そういう思いも、わたくしには覚えがあります。 ユーキさんのお酌を快さんに押し付けてまた放浪します。 ひとやすみ。ひとやすみ。 まったりとお酒ばかり飲んでいる一角に、お邪魔します。 「や。折角話相手になってくれるんだし、お酌するよ」 「有難う御座います。ですが、手酌はさせません」 お酒飲みの威信にかけて。 土御門 佐助さんに注いで差し上げていると、手にかさりと何かが当たりました。お箸袋を折ったもののようです。 「折り紙とか、好きなんだ」 「良いですね」 わたくし、こまかい物の形は近くでとっくり見ないと判りませんから、少し憧れます。 互いに自己紹介。 ものしずかで、古びた本のような香りのする方ですね。 「酒は百薬の長、生命の水……洋の東西を問わず、酒が人に関係されていることを示すものですね。さて、余計な薀蓄はそれくらいにして、何を話すとしますか……」 アルフォンソ・フェルナンテさんは、マイペースに飲んでいらっしゃいます。 「私自身、力に目覚めたとは言え、未だにその力の有り様に悩むものです。 『世界』に選ばれた。それは、一体どのようなものなのか。主の導き、と考える人も」 さきほど見ました。わたくし。 「私自身は別の意味でも捉えることが出来ると考えています。『世界』を守るという名のある種の『人身御供』だと。私が生を終えるまでにその回答が得られれば良いのですが」 「……なるほど」 それを聞いて、あつかましいことにわたくしは二重に、いやだなあ、と思いました。 それはとても悲観論で、逃げ場のない考えであり、同時に、わたくしの今の心境最も近いものだったからです。 「ひゃっはー! ただ酒だー! ビールが美味い!」 と、しんみり自己嫌悪に陥っていたのに、阿野 弐升さんが邪魔してくれたので、こっそり足元に銀盆を置きました。踏んづけて痛がっているので、ついでに質問をして差し上げます。 「暴力を振るう理由? 必要な場があるからとしか。好きですよ、戦うことは。でも、何もなければそれでもいいし。戦う以外にも楽しみあります。こうやって酒飲むのも好きですしねー」 「享楽的ですね……」 ご褒美のビールを差し上げて放流すると、先ごろから近くにいらっしゃるティアリアさんに目を向け 「あなたは?」 「わたくしはただ、気に入らないものをぶっ飛ばしてるだけよ」 「……享楽的ですね」 先ほどまでのリベリスタのみなさんとは、ずいぶん違うイメージです。ふうー、とため息を吐くと、ぺたんと耳を倒します。 「フォーチュナは……」 その質問をエリス・トワイニングさんにされて、驚いたのは正直、事実です。 皆さんにとってあまり珍しくない生き物だと思っていましたから。わたくしは。 「……その力は、本来なら知りえぬ事象を……『視る』。その人が……望む望まずを……問わず」 それを得て、どう思ったの? と、そういうことですか。 「そうですね……怖かったです。未来とは、不定形のもの。流るる雲、水面の月。まだ存在しないものを認識するというのは、わたくしの手で未来のひとつが固定されることと思います。事実がどうあれ……それは、大変な恐怖にございます」 「ですが、神宮先生……いや、同志神宮」 ふるり、と身を震わせると、ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァさんが声をかけて下さいました。 敏感なのかもしれません。 わたくしのは恐怖ではなく、おびえなのです。それにお気付きになったのかもしれません。 ……先生と呼んで下さってもよろしかったのに。 「異形の力。そうかもしれません。まして私や貴方の身は分かり易く異形だ。しかしむしろ、私が憎むのは『理不尽』です」 ふるりと耳を震わせる彼女に、おびえはありません。 むしろ、色濃い怒りのようなものを感じます。 「私を異形たらしめたのは、混沌を成す神秘の理不尽。私を救ってくれたのは、秩序を志向する人の良心。だからこそ、自分はアークの命令系統に服する事を喜びと感じています」 「ああ、お犬様らしいです。とても」 そこまで聞いて、ようやくわたくしはひとつ得心行ったように思います。 彼女は、不明瞭なことに一段と不満を覚えるのでしょう。 「貴女の予知は、無碍にも無駄にも致しません。どうか、ご心配なく。そしてこれからも、よろしく頼みます。我らが使命のために」 きりりと背筋を伸ばす彼女の姿は、とても雄々しく見えました。素敵ですね。 と、その耳と尻尾がしおらしく丸まります。 「……そこで、ものは相談なのですが。今期の日本民俗学概論の単位ください」 ぴきり。 なるほど、それが目当てでしたか。 もともと微笑みの形だったわたくしの顔が満面の笑みになると、ベルカさんの背筋がぴんと伸びます。 「先生は、まじめに勉強する人が大好きです。いえ、勉強に限らずやりたいことをやればいいと思います。それが学生という身分の意義というものです」 「あ、あの」 「しかし、学び舎とは呼んで字のごとく学ぶ舎です。それは決してずるやいんちきの方便を学ぶのではなく、教える者の意を汲み何を学んでほしいかを敏感に察知してですね……」 「はい、はい、恐縮です……」 まったく。 近頃も昔頃も、学生は油断のならないものですね! みっちり正座でくどくど説教した後、レポート3本で単位は許してあげることにしました。 少し優しすぎたでしょうか。 説教が終わったところで、チャイカ・ユーリエヴナ・テレシコワさんに捕まりました。彼女は大変熱心に学術のお話をして下さって、わたくしは大変うれしいです。 「はい、日本も日本で大変すばらしい宇宙開発技術を持っているんですよ。小惑星サンプルの採取もさる事ながら、月面の高精度調査や太陽帆の技術において他の追随を許さないアドバンテージが……」 チャイカさんのお話は、わたくしにはとても遠いところのお話に思えました。 「太陽帆とおっしゃいますと」 「太陽風を斥力として斥力に変換するという、云わば宇宙の帆船とでも言うべき……」 「それはそれは」 太陽や月は、古来から神秘的な象徴として多く用いられますし、同じく風物詩に扱われるものとして最も有名なもののひとつでしょう。わたくしなど、月と言えばおだんごという風になってしまうというのに。はしたない。 「そう言えば先の事件が起こるまで、リベリスタも普通の人も温羅伝説を知らなかったという人が多いんですよね」 おや、わたくしの得意分野になって参りました。 「鬼という概念も特殊なものだと思います。酒呑童子やなまはげなどのメジャーな存在でも、数多くの逸話があるんですよね?」 「そうですね。おおむねそういった伝承は、一概にひとつ鬼として纏めるのも難しいものなのです。在野の神であったり、異人らしきものであったり、あるいはひとの恨みつらみ、そして異世界からの来訪者……敢えていうならば、そういう“あやし”の者を人は鬼と呼んだのでしょう。鬼という言葉はそもそも中国において……」 ふふ。 目を輝かせて聞いて下さるのは、うれしいものです。 そうしている間にも、チャイカさんは同席の焦燥院 フツさんやミリィ・トムソンさんへ御酌をして、お二人に返して貰ったりしています。 「宴会と言うものは、良いですよね。お酒を飲み交わし、互いの絆を深め、次なる戦いに備える一種の儀式……でも、ありますから」 「まあ、オレたちまだ未成年だけどさ。でもこうしてお酌をしてもらうと、ジュースなのにお酒を飲んでる気持ちになるな」 「まあ、なまぐさなのですね」 お坊さんがそんなことを言って。 ソフトドリンクでわいわいやっているうちに、話は本題に移っていきます。 「それで、この力を使う理由……でしたね。私がこの力を振るう理由は、今も昔も変わりません。いえ、理由がなければ使う事もなかったでしょうか……」 ミリィさんも、年若いというのに、その目には既に覚悟があります。素敵ですね。 「"護りたい"……ただ、それだけなんです。顔も知らない、誰か。報われる事が無くても、私の行いが、誰かの笑顔に、明日に繋がるといい……それだけなんです」 「オレに難しい理屈はないな。こうして皆で宴会する為だよ。宴会するためっつーと語弊があるか。そう、戦う為に戦ってるんじゃねえってことさ」 なるほど。 わたくしには、フツさんの仰りたいことが何か、何となくわかります。 「いや、かつてはそうだったかもしれねえな。力の為の力だったかもしれねえ。でもよ、力を振るった後に、こうして楽しく飲んだり食ったりできる時間があるんだってことを知った。こういう時間を過ごしてもいいんだってことを知ったんだ」 「お二人とも、守りたい場所がある、と……そういうことですね」 「ああ。そりゃあ、その為に戦うってもんだろ」 そう言うと、フツさんはミリィさんとチャイカさんの肩を、ぽんと軽く叩きます。親愛に満ちた、という表現がまさしく当てはまるような、そんなやさしさで。 「それを教えてくれたのはお前さん達だぜ。ありがとよ」 多くの言葉はいらないのでしょう。 お三人とも、照れくさそうに笑っています。 なるほど。なるほど。 これが、アークですか。 この組織は、歴史もなければ規律も緩い。ともすれば、外からは危険な力を営利目的に使う団体にも見えかねない。 事実、わたくしは半分、そう思っておりました。 「ですが、そうではありませんね」 彼らには、しがらみがない。 だから、彼らは、彼らの信じるものの為に、何はばかることなく戦える。 とても危険ですが、とても魅力的に見えます。 羨ましそうに目を細めるわたくしの肩を、後ろから誰かが叩きました。 「神宮先生~……って言いづらいな。てる先生っ」 「……」 「あ、えっと、先生?」 「は、はいっ! 先生ですよっ?」 不覚。 不覚です。 本日はじめて、真っ向から先生と呼んでいただけました。 とてもうれしいです。 尻尾がぶんぶか振れてしまったので、思わず両手で押さえつけてから振り返った先には、ツァインさんが日本酒の瓶を掲げて、笑っていらっしゃいました。 「アークへようこそ! まま、一杯どうぞ。これから宜しくな!」 「……ええ、こちらこそ。わたくしの力、お役に立てるところまで」 なるほど。 わたくしも、彼らからすれば、もう仲間なのですね。 懐の深い方々。 今日一日交流して、この組織は危ういということはよく分かりました。 しかし、その危うさは、ただ天秤にかけてしまうには、あまりに尊く眩しいということにも、気付きました。 まずはこの盃を一杯。清きも濁りも総て飲み干して、それから考えると致しましょう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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