● 「運命の人と出会えたと思いました。こんな僕にもついに春が来たのだと思いました」 ベッドと椅子があるきりの白い部屋。 心を落ち着かせるようん、柔らかなグリーンノートが漂っている。 「かわいい女の子だと思ったんです、最初は。そして、胸の高鳴りを覚えたんです。女の子に対して初めての感覚でした。ああ、私も普通に恋に落ちられたのだと。運命に感謝したくなりました!」 男は、ベッドに腰掛けて、自分の膝を見つめた。 「愛らしい顔。ささやかな胸元。何より控えめな態度と、恥じらいがちな仕草! まさしくお高原のお嬢様! 初夏の朝にそっと輝く朝露の妖精――!」 白いレースの帽子におそろいの日傘。 肩むき出しのワンピースの上から清楚なカーディガン、素足にサンダル履き。 紫外線や、飛んでくる虫。 肌を切り裂いてかぶれさせる草にも、足の指の爪に入り込んでくる泥だの砂だの砂利にも負けない強靭な肉体を持つ者にだけ許された、あの伝説の局地専用戦闘装束。 「でも、気がついたんです。カーディガンから透けて見える上腕二頭筋。スカートの裾から垣間見えるふくらはぎ。とどめはウエストにかすかに浮き上がる腹斜筋と、骨盤の位置!」 男は自分の膝を握りしめる。 「いえ、美しく可憐、かつ鍛え上げられた肉体。すばらしいです。ずっと、そのままがんばってトレーニングしてくれると嬉しいな、私の行動範囲の外で!」 そっか。それなりに自分があれだな~とは思ったんだ。というか、大原君見て客観的視座を持つに至ったんだね。 「その人は、にっこり笑って私にこう言ったんです。『アークの人だね、こんにちは。僕、どうしても会いたくなって、来ちゃった』 そして、スカートの裾を翻し。私に……っ!!」 わっと泣き伏す男。 彼はデリケートなのだ。 ボコボコの男が、とある公園の入り口で倒れているのを発見した市民の通報により医療機関に搬送されたのは、今から約一時間前。 出血多量で、緊急処置。 リベリスタでよかったね。 体に残った跡から『虚空』を受けた傷と判明。 「――どうして、私、あの太腿に触れなかったのでしょう!? 素敵太腿だったのに! 今度会ったらぜひ吸わせていただきたい!」 男の娘も守備範囲ですか。意外とフレキシブルなんですね、狭山さん。 ● ブリーフィングルームに菓子鉢が置かれていた。 中には、なかなか上等な和菓子。 さらりとしたこし餡の中に、ほんのりと柑橘系の香りが爽やか。 どうぞどうぞと、お茶と一緒にリベリスタに『勧めた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、全員が口に入れて人心地付いたのを確認してから、話を始めた。 「――という訳で、件のフィクサード、識別名『辻蹴り男の娘』安藤ジュン すでにアークのリベリスタ職員数名が被害を蒙っている」 が、モニターに表示された職員リストには、ジムの専属トレーナーの男の太腿が好きな方が含まれている。 「至急ボコって回収。回収人に引き渡して」 聴きなれない『回収人』という言葉に、怪訝そうな顔をするリベリスタ。 「これ、今から、一時間前の市役所の玄関」 モニターに出てくる、イヴに負けずおとらずの白い顔。 黒い三つ編みを頭に巻きつけた、白いシャツに細身のパンツ。 ぐげ。と、変な声を出すリベリスタ。 「剣林所属フィクサード、大屋緑。見た目どおりの年。自称『剣林最弱』」 紫の風呂敷包みを抱えている。 お爺ちゃんのお使いを頼まれた孫娘って感じだ。 きょろきょろと周囲を見回した後、受付に直行していった。 『剣林最弱』大屋緑。 先月、アークと接触を持ったフィクサード。 幸い戦闘にはならなかったが、そうなったら非常に面倒な相手だ。 自他共に認める、『剣林』ラヴ。自分より無様な者が『剣林』を名乗ることを許さない。 新入りを試したり、『剣林』の名を汚したと判断した奴にヤキを入れに行く習性がある 上層部は放置、というよりは、面白がっているのだろう。 緑もいなせないような輩は、剣林では必要ない。 緑自身がそう定義つけている。 それゆえ、自称は「最弱」 どれほど成長しようと、いつでも緑が「最弱」でなくてはならない。 「剣林」は常に進歩しなくてはならない。 「第一関門」、「器用貧乏」、「十徳ナイフ」、「砥石」、「試金石」、「先任軍曹」、「ネメシス」、「懲罰係」 数々の異名を持つが、一番有名なのは、『削り鏨』 無様な者は、丁寧に痛めつけて『剣林』から放り出す。場合によっては、三途の川の向こうまで。 剣の林に生えてくる芽を見極め、剣とならぬと見るや容赦なく抜いて彼方に追いやる、厳然たる守人。 子供だから、妙に潔癖で融通が利かないし、大人の機微など読む気はない。 人は言う。 『あれが『最弱』なら、剣林は化け物しかいない」 然り。そうあれかし。 今回はそこまでする気はないみたいだけどね。と、吐息を漏らす。 「菓子折り持って、やって来た。エフィカから聞いたときは、冗談かと思った」 恐ろしく流暢に、事情の説明とお詫びとお願いをしたそうである。 「この子、剣林の構成員予備軍なんだって。で、まずはこっちに捕獲の依頼をしてきた」 この子と言って、イヴは『辻蹴り』を指差す。 「曰く『アークのお膝元で勝手に動くのは心苦しく。お腹立ちのこともおありでしょうから、お気がすむまでボコって下さって結構です』って」 落とし前、大事。 「一理ある。何がどうなっても文句言わないって。まあ、その前にやめてね。心狭いと思われるの癪だから」 それに。と、イヴは続ける。 「『剣林最弱』に恩を売っといて損はない」 さて。と、勝手知ったる僕らの町・三高平シティマップ。 「これが、『辻蹴り』が駅で持っていった観光マップ」 狭山がやられた公園。 大学。 その上にぺけぺけと朱を入れていく。 「ここは被害者出た」 市役所に丸をつける。 切り替わるモニター。 市役所前広場に、高原のお嬢様のような男の娘。 いるじゃん。というか、さっき通ったとき、もういたような。 「で、今、ここで獲物物色中。というか、人の戦闘力を判断する能力が絶望的にない。この子、駆け出しもベテランも全部同じに見える。だから、自分見て、立ち止まってるアーク職員がターゲットになってるみたい」 万年筆にワンポイント入ってたりするもんね。 でも、相手の技量分からないって、それって『剣林』として、ちょっと致命的なんじゃ……。 あ、だから予備軍なの? 「言っとくけど、それと本人の技量は別問題だよ。相手は『虚空』が使える。わかるね?」 市役所広場で不覚は取れない。 1対8だし。 みんな見てるし。 「緑は、駅ビルで待ってる」 面子がかかってる。 「殺さなくていい。余裕と節度を持って。よもや8人がかりで遅れをとるなんてことになってはならない。『剣林最弱』を唸らせる、スマートなボコボコを」 あ。と、イヴは声を上げた。 「それと、割と急いで。接待と思って、『駅ビルでの飲食、アークに回していい』って言ったら、ファストフードのメニュー制覇に着手し始めた」 ああ、スカイフロアのフードコート。 確かに見晴らしはいいよね。 「で、今みんなが食べてるそれが、緑が持ってきたお菓子。食べちゃったからには、がんばってね」 咀嚼している口が一瞬止まる。 お菓子、おいしゅうございました。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年07月19日(木)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● (剣林所縁のフィクサードが本部前で辻斬り、否、辻蹴りを行っている。言葉にすると相当な大事のはずなのですが……) 『永御前』一条・永(BNE000821)は、核心を突く。 (「剣林」 主流七派きっての武闘派) 自動ドアが開いて、外から熱風が吹き込んでくる。 (甘く見れば返り討ちに遭いかねませんもの) (誰もが皆、自分だけの強さを持っている。わたしより強い何かを心に秘めている) 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は、市役所からよく見える駅ビルの高層階を見上げる。 あそこに「剣林最弱」が、成長を続け、剣林を更なる高みに押し上げんとする「最弱」がいる。 (ならば、わたしもまた「最弱」でいい。弱さを認め、互いに補い合う、そんな強さがあればいい) 「戦場ヶ原舞姫、いざ参る!」 「御菓子食べちゃったよ……ちくしょうめ」 『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939) の腕には「撮影」の腕章が巻かれている。 『撮影中』ののぼりがあるのに、カメラマンがいないというのは喜平的にアウトだ。 業務用ビデオカメラは私物だ。 「また七面倒くさい条件出してくれたわね……確かに一人を八人で、って外聞に悪いけど」 『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974) より、『辻蹴り』安藤ジュンは格上だ。 それと一時的にとはいえ、一対一で対峙しなくてはならない。 余裕などある訳がない。 しかし、余裕を見せ付けろだと? 潔く胸を借りるには、中途半端な技量差だ。 だから、守羅は自分の力量を最大限に生かすことを選択した。 それが守羅の「スタイル」だから。 (狭山さん……) 『さくらふぶき』 桜田 京子(BNE003066)は、女性には紳士的なイケメンジムトレーナーのことを思い出していた。 (私知ってるんです。彼こそが一番のスタイリッシュやられ役だって) そんな狭山さんに励ましのお便りを。 一見金髪美少女、実は傘寿のおじいちゃま、『ナルシス天使』平等 愛 (BNE003951)の胸がきゅんと高鳴った。 (ジュンちゃんね。可愛い子だね。な、なでなでされたい!) 百合っぽく見えるけど、薔薇。 でも、それがいい。 世の中、複雑怪奇だ。 (でも、今回は我慢だね。うん。ジュンちゃんのためにもお灸を据えないと。据えるのはボクじゃないけど) 人事を尽くして天命を待つのだ。 ルー・ガルー(BNE003931)はおとなしかった。 手には、菓子鉢。 ハムハムと緑が持ってきたお菓子を咀嚼しながら、いい子でお座り待機している。 大丈夫。こないだ一緒だったから、ルー、わかってる。 つかみの前口上は、晃がどうにかしてくれる。 『立ち塞がる学徒』白崎・晃(BNE003937)は、胸を熱くたぎらせていた。 (イヴの願い、美味い菓子を貰った『削り鏨』への義理、最初を任せてくれる仲間の信頼。アークの膝元で狼藉する者への怒り。自分を試してみたいという思い) 『善意に感謝、悪意に拳』を旨とするニューカマーの熱い思いに介入するほどの菓子を持ってくるとは、「削り鏨」恐るべし。 (全部纏めて叩きつけにいくぜ) 眼前に、高原のお嬢様(偽)。 さあ、スタイリッシュ戦闘開始だ! ● 「この三高平で相手が欲しいなら、リベリスタが相手になるぜ」 晃は糸目を見開き、鋭い眼光をジュンに飛ばす。 それと同時に自らに付与する自動治癒の加護。 (気休めでも使わないよりはマシになるはずだからな) 「ああ、やっと、僕の相手をしてくれるんだね。嬉しいな!」 座っていたベンチから立ち上がり、パタパタとお尻を叩く様子は愛らしい。 事前にイヴから女子でないと聞かされていなければ、夏のボーイミーツガール的な展開だ。 しかし、晃はそこらのナンパ野郎とは硬さが違っていた。 「女みたいな男? 履いてるか分からない? そんなことはどうでもいい!?」 一部のリベリスタに衝撃が走る。 (そこを華麗にスルーだと!? 重要な要素なのに!?) 晃にとっては、何の意味もない。 (俺は俺が信じたアーク、何も知らない人と危機に瀕した世界の為に戦う志を込めて一撃に全てを賭ける) 「唸れ、無限機関! 俺の志を示せ、メタルガントレット! 今この一瞬だけでいい、俺に奇跡を見せてくれ!!」 ゆったりとした袖から突き出される鋼の拳、スパーキング。 未だ神秘の器としては発展途上なれど、その主人公力、侮りがたし。 鋼の拳に渾身の力をこめてたたきつける。 しかし、それは空を切った。 残像。 「そぉれ」 すでにジュンは宙を舞っていた。 スカートの端を指でつまみ、サンダル履きの素足が空を切り裂く。 晃には見えただろうか。 少女めいたネイルとは裏腹に、その足の先は強靭に鍛え上げられたものであることが。 斬風脚が刀なら、虚空は槍だ。 体を貫き通っていく「風」に腹と背から血がしぶく。 威力はそれにとどまらず、少し離れた街灯が砕け散る。 晃の限界を肌で感じ取った舞姫が、晃の前に立つ。 「ええ、こんな遊戯で怪我をすることはありません」 一人の昏倒者も出さずに終えることこそ、舞姫の「スタイル」なのだから。 その脇を、メス狼が駆け抜けていく。 「ジュン、ルーヨリツヨイ! ツヨイノトタタカウ、ルー、ツヨクナレル!」 菓子鉢を戦闘区域外に置いてから、ルーは駆け出した。 水色の髪が宙に舞い、金色の瞳がらんらんと輝く。 着地すらしていないジュン目掛けて、凍てつかせた双の爪をその脳天目掛け振り下ろす。 前宙しつつ、その爪を避けたジュン。 髪が空に散っていく。 その後方に着地しようというルーの四肢を、かまいたちが切り払った。 すれ違い様、刹那に放たれた斬風脚。 一拍遅れて噴き出す鮮血。 『殴られながら殴り返す狂戦士』 ルーは、ジュンの見開かれ喜びをあらわにした目を見て知る。 同じタイプだ。 殴り殴られするためだけのために乗り込んできた。 その狂乱、まさしく「剣林」の薫陶を受ける者。 しかし、二人の一発の格差は歴然たる物で、交錯するルーの拳はかろうじて当たったものが、受け流されて相殺される。 凍てつく空気がキラキラと残照を見せる。 切り裂かれる。切り裂かれる、切り裂かれる。 ルーは、果敢だ。 諦めない。 そして、ジュンも全力で当たっている。 ジュンにとって、格下も格上もない。 今目の前にいる相手に常に全力で挑むのみだ。 愛は、ルーに風を吹かせ続けた。 (ボクら低レベル組はジュンちゃんに胸をかりるつもりで戦わないとね。胸を……) 繊細な鎖骨。控えめな胸板。 (じゅるり……はっ!? いけないいけない) 煩悩一秒、怪我一生。 風を途切れさせることはない。 それでも、ギリギリのラインで戦闘を続けるルーの失血。 市役所前広場を赤く染める飛沫が、限界の粋に達していた。 いかなる風を吹かせても、もう。 ルーの器がもたない。 それを見て取った永の白刃が閃く。 ジュンのコルクの靴底が、ぴたりと静止した。 「横槍を入れる無作法、何卒お許しくださいまし。アークがリベリスタ、奥州一条家永時流三十代目、一条永。――往くは阿修羅道、武をもって罷り通る!」 (私にも武者としての意地というものがございます) 改めて刀を構える永の表情は引き締まっている。 (手心を加えるは己にも敵にも恥。左様なものを勝敗の理由にしてはならぬ。 相手が若武者であろうとも古強者であろうとも) ● (間合を、気配を、思考を、挙動を読む。武術に必殺技などという都合のよいものは存在せず、一切の無駄を削ぎ落とし、最適の時に最適に動けば自ずと必殺へと至る) 然り。 問題は、その条件が刹那に変わることだ。 永は急所をえぐられるようなことはなかったが、蹴撃をまともに食らうこと数回。 体躯に蓄積される痛手は少なくない。 それでも、雷光がジュンの腹に叩きつけられ、その清楚なワンピースに茶色い焼け焦げを作る。 ぶすぶすと煙を上げる薄い布地。 裂け目から僅かにのぞく細い腹が、筋肉で出来ていることが垣間見える。 対する永の古風なセーラー服も、噴出す鮮血でしとどに濡れている。 「ふぅん、中々辻蹴りさんもやるじゃないですか、戦う順番が来るの待ち遠しいわ!」 京子の手にある双眼鏡は演出である。 (私と戦場ヶ原先輩で強敵感を出しておけば、それもまたスタイリッシュ+わくわく度アップに違いないです) それに応じる舞姫もクールに決めている。 あごは若干上向き、目線は天空の星を見るように。 (くっはー! 男の娘きたよ!! きゅんきゅんする!!) だから舞姫がいくら脳内で叫んでも、他人は知る由もない。 (あぁん、らめぇ! わたしのラブハートは、あるとくん(nBNE000002)のものなのにっ!! 早く、早くあるとくんをアトリエから連れてきて! わたしの心の貞操がピンチで危ないわ!!) 脳内舞姫(三頭身)が熱く激しく身悶えしても、外見は余裕の腕組み。 (……大丈夫、隠せてる。たぶん、きっと、おそらく、そうあれかし) 確かに、縦横無尽に戦闘領域を跳ね回って超接写とかしているくせに、今のところせいぜいかすり傷の喜平さんのカメラには、凛々しい舞姫さんの立ち姿が青竹のようにすっくと映っておられるが。 だだ漏れってる残念オーラを止めることだけは、何人たりとも不可能だ。 だって、ペルソナ、実装してないし。 「うっわ。こっわ」 禍々しい物を感じたジュンは、端的に評した。 ● 「いや、最初は見てるだけのつもりでいたんだけどね? ――――少し、手合わせ願えるかしら?」 守羅は、勝負前の調息をする。 同時に起動する自動回復の加護。 (名目が映画撮影だし――) ジュン目掛けて走りこむ。 散々雷撃を繰り出されていたジュンが取ったのは、対雷撃の構え。 しかし、守羅はあえて至近距離から風の刃を叩き込んだ。 とっさに受身を取るも、予想外の攻撃にジュンの反応が一瞬遅れる。 交錯するように打ち込まれる蹴りにとっさに鞘で受け流そうとするが、あまりの重さに肩から引っ込抜けそうになる。 (一発の被弾は軽く済むようになんて、甘かった) だが、感じるはずの痛みは脳に伝わる前に遮断した。 だから、表情も変わらない。 どす黒く腫れ上がっている肩も、自動治癒の恩恵を預かると同時に、革醒者も欺く幻を駆使して負傷していないように見せかける。 相手の強さを測れないジュンの裏をかく作戦だ。 実力以上の実力を演出で見せ付ける。 しかし、無理のある攻防は守羅の体力をどんどん削っていく。 蹴られて転びそうになるのをすんでで踏みとどまり、その勢いに任せて抜刀、その一撃が生死を問う。 しかし地力の差。 その体に死の刻印を刻むことは出来なかった。 守羅は、技の激しい反動を、目の前が暗くなる感覚で知る。 痛みはない。 ただ、昏倒が静かに寄り添ってきている。 「全力で撃ち込んだのを凌がれた、あたしの負けね」 そう言いつつ、下がる。 (和菓子分は働いたわ) ジュンの目には、まったく傷ついていないように見える守羅。 (観光客に本気見せるわけに行かないのよ、アーク的に) 「どうだい、アークの有望株は。御前も俺も直に飛び越えていっちゃいそうだろ?」 喜平は、打撃散弾銃という名の鈍器を取り回した。 ソードミラージュは、軽快さが身上。 自殺行為とも取れる大型の武器を取り回す。 武器に宿る神秘は、武器を担いでこそ喜平の速度をいや増させるのだ。 金色の飛沫が、市役所ビルの窓ガラスに反射して、この上もなく美しい。 その飛沫の只中に、喜平のカメラが放り込まれる。 付きこまれる喜平の刺突と、空を切り裂くジュンの蹴りを記録に収め、自由落下の果てただのガラクタになる刹那。 喜平の手が、地面に激突の運命からカメラを救い出す。 その隙を付いて、再び虚空を放とうとするジュンの軸足を粒状の弾丸が貫いた。 ジュンの目が見開かれる。 「いや、ほら、これ、だって、散弾銃だからさ」 ジュンの驚愕の表情をきちんと撮影しながら、喜平は言う。 弾も出るよ。ちゃんと。 「さ、次は私達が相手よ、回復したいのなら今のうちですよ? あ、でも回復スキルが無かったら諦めてくださいね!」 運命を食らって、疾風を打ち出す京子の黒鉄のリボルバーが、ジュンの間合いから外れた距離で構えられている。 ジュンには、京子の力量はわからない。 だが、撃たれたら、確実に当たることは分かる。 そして狙いが急所であることも。 だから、調息はすこぶる丁寧に行われた。 ギリギリまで引き絞られた呼吸が切り上げられる刹那、京子の運命を背負った弾丸がジュンを襲い、舞姫がその弾丸を追い抜いて、一気にジュンとの距離を埋める。 極限まで鍛えられた三半規管が、強引な加速からのブラックアウトを帳消しにする。 「良い師匠に付かれたのですね。技量は中々でした」 舞姫は、アークのソードミラージュの中で特別速い訳ではない。 だが、舞姫は「当てる」のだ。 「ですが、本気のソードミラージュ相手に一騎打ちは下策です」 熟練した剣捌きと駆け抜けた戦場の数が、舞姫の刀をジュンの急所へ何度も導く。 金色の飛沫が、舞姫の金髪の中とはまた違った色合いの光をもたらす。 華やかなそれに混じって飛来する黒鉄の弾丸。 容赦なくジュンの膝を打ち抜いた京子の狙撃が時間を止める。 舞姫の最後の突きは、ジュンの眼球狙い。 切っ先が、まつげの先に触れる位置で止められた。 一撃を振るう隙すら与えない、速度の剣士の真骨頂。 「続けますか? 貴方に、身命を賭す覚悟と大義があるなら、わたしは是非もありません」 かぶってきた血の量が違う。 『辻蹴り』安藤ジュンは、動きを止め、自らの闘気を霧散させた。 ● 「回収人」は、フードコートで待っていた。 京子のこめかみに青筋が浮いたのは、仕方のないことだ。 「――それじゃあ緑さんは、いずれは辻蹴りさんが剣林入る時には弱くならなくちゃいけないんですね、大変ですね」 これが言わずにいられようか。 緑は、きょとんとした。 「育ち盛りの私より強くなる伸び代があると思わなければ、これのお師匠は剣林など名乗らせないでしょうね」 真顔で言う緑は、京子の皮肉に馬鹿正直に答えた。 「さあ、ご飯の時間は終わりです。ファーストフードの伝票置いて、この人連れて、さっさと帰ってください」 そう言って、京子はずいっとジュンを前に突き出した。 緑はこくりと頷き、ボロボロのジュンを見上げた。 「――楽しかったですか」 「すごく」 「でも、まだその味を覚えていい段階ではない。と、あなたのお師匠から伝言です。あなたはそこそこですが、集団には勝てないのです。それを事前に思いつけない脳みそで生き残りたかったら、問答無用に圧倒的にならなくてはいけません」 死にたいのなら止めませんが。と、緑は付け加えた。 「アークの皆さんのご厚意で、日暮れ前に帰れそうで胸をなでおろしております。ちなみに、私は受験生です。今日は夏期講習の申し込みに行くはずでした」 自分にやましいところがあるときに、異様に顔の白い無表情の少女に上目遣いで見上げられるときの居心地の悪さは、アークのリベリスタはなんとなく分かる。 「……ごめんなさい」 ジュンは早々に折れた。 「はい。あなたが未だ『剣林』ではありませんから、これ以上は、私の仕事じゃありません」 几帳面にクリップで止め、合計金額まで集計した伝票の束を残し、「剣林最弱」大屋緑は、丁寧に頭を下げた。 「お手数をおかけいたしました。ご馳走になりました」 緑が回復祈願詠唱をすると、「辻蹴り」の傷は瞬時に癒えた。 「――ジュンちゃん。最後に言っておくね? 最後はすっごい実力者の人にあえるから。ドンマイ」 愛は言う。 (ジュンちゃんが今回のことで、怖い実力者に知らずに喧嘩売らないように学べていればいいのに) ジュンの「読めなさ」は、死に直結するだろう。 (頼まれたわけじゃないけどね……何かあったら、ボクの寝覚めが悪いし) 「次は戦場にて相見えましょう」 永は、一言口にして、一礼した。 (それで十分) と、永は思う。 剣林のみならず、方舟とて日々進歩しているのだから。 「いつかはそうなるでしょう」 緑は頷いた。 それが「剣林」の生きる場所である。 なければ、こしらえる。 「味方としてまみえることは難しいかもしれませんが、私は、あなた方を仇にしたくはないですね」 緑は、真顔で言い切った。 「ここから見ていて、そう思いました」 ● 互いに背を向け合い、リベリスタ達が本部に帰ろうとしたときだった。 「すいません!」 エスカレーターの前から、緑が声をかけてきた。 「スポーツ用品売り場は何階でしょう?」 五階ですが、なにか? 「こんな格好で公共機関に乗せるわけに行きませんので――」 ズタボロ高原のお嬢様的男の娘は、世間の目を集めます。 「小豆ジャージでも着せて帰ろうかと」 それも、なかなか目立つと思います。 ――剣林には、『削り鏨』というフィクサードがいる。 剣林のためならば、削れるものは、何でも削る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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