●動き出す一歩 「さて……話はもう聞いてると思うが」 集められたブリーフィングのリベリスタの顔を一瞥し、『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)は先刻承知の言葉を吐いた。 「聞いてるよ。具体的にどうするかは兎も角」 「具体的にどうして欲しいかはこれからだ」 「じゃあ、問題は無い」 成る程、聞いているかいないかと言えば聞いている。それ所かアークが直面した『非常に稀な事態』はその指針を問う類のものだったのだ。沙織の横に立ち、緊張に少し強張った顔でおどおどと視線を向けてくる少女が――エウリス・ファーレ(nBNE000022)が彼の言わんとする『シナリオ』のヒロインなのだとしたらば、それはまさに愚問である。 「おさらいと確認をしよう」 「ああ」 沙織の言葉にリベリスタは頷いた。 「『異世界』ラ・ル・カーナへの対処と検討について。 戦略司令室の検討と意見聴取でアークの方針が決まったのは知ってる通りだ。 改めて一応確認するなら…… アークは保護したアザーバイド『フュリエ』――エウリスを彼女の世界『ラ・ル・カーナ』に送り届け、彼女の仲間達『フュリエ』にコンタクトを取る事を決めた。これは他ならぬエウリスの要請に応え、同郷の『バイデン』の粗暴と侵略に悩む『フュリエ』達に協力をする……という観点を持つ一応友好的な接触だ」 「……」 小さく頷いたリベリスタに微妙な感情の色が覗く。 『ラ・ル・カーナ』よりエウリス・ファーレがやって来たのはまさに青天の霹靂だった。しかして、真に特別だったのはアザーバイドたる彼女が単にこの世界に紛れ込んできた事では無い。真に事態を特殊に導いたのは彼女が最下層(ボトム・チャンネル)の箱舟に救いを求めた事に起因する。 『ラ・ル・カーナ』なる彼女の世界は現在未曾有の混乱にあるらしい。彼女等『フュリエ』と対抗種族『バイデン』の争いは熾烈であり、『フュリエ』は危機に瀕しているとの事。実に稀有なる事態ではあるが、成り行きでエウリスを『バイデン』達より救い出したアークはその力を見込まれ、エウリスに救援を求められたのである。数奇な運命に良く出会うのも神秘界隈に生きるリベリスタ達の日常であり――法則であろうか。 幾らか苦笑めいたリベリスタの反応を半ば想定していたのだろう。沙織はそれに構わずにマイペースに言葉を続けるのだった。 「但しエウリスの話を聞くだけじゃかなりの面で情報の不備があるし、情報の精査を果たさない上での一方的な肩入れは新たな問題の火種になるというリベリスタ達の意見にも一理ある。そう難しい事を言わないでも命賭けで協力しようって言うのに話の全容が分からないんじゃその気にもならないってのも当然だ。従って、今回の仕事は『エウリスを彼女の要請に従って送り届ける』という名分を持って『フュリエ』の族長に当たる――シェルンに接触をして貰う、情報収集・外交の任務。そこが重要になる」 「よろしく、おねがいします!」 沙織は沙織で随分と言い含めているのだろう。難しい顔をしたエウリスが勢い良く頭を下げると、彼女の肩に泊まっていた妖精のような――『フィアキィ』が驚いたように飛び上がり、キラキラと光の粉を撒いた。 「『ラ・ル・カーナ』の大気の含有成分、水や植生等は比較的この世界に近く、リベリスタの活動に問題がない事は智親が確認している。お前達には三ツ池公園に発生した閉じない穴――一部をリンク・チャンネルに変化させたアレだ――を通過して『ラ・ル・カーナ』に移動して貰う事になる。『フュリエ』の森までの案内はエウリスが可能だが、穴の出口は『バイデン』と『フュリエ』の勢力圏の中間地点に当たるエリアになるらしい。『バイデン』の攻勢が強まっているという現状と、非常に好戦的な気質を持つと推測される彼等の行動パターンを考えれば遭遇した場合、交戦になる可能性が高いのは否めないだろうな。それに危険は『バイデン』だけじゃない」 『バイデン』の強力さは既にアークに知れている部分である。 前回の交戦ではアーク側の戦力が生きる死ぬまでの話にしなかったから……という部分はあるが彼等の底も当然知れてはいないのだ。勿論、異世界で遭遇するであろう――別の存在も穏やかで安全だとは限らない。 「但し『交戦や事件が起きるかどうかも不明』というのが現状だ。 何が起きるか分からないから、任務に当たる人間にはフレキシブルな対応が求められる。 意味が分かるか? つまる所、万華鏡は『ボトム・チャンネルの日本』を観測する為の装置なんだ。当然外国にも、異世界にもその探査は届かない。今回の任務に於いてアークは霧の中を手探りで進む必要があるという事だ」 「生きて帰れるように祈っててくれ」 「勿論。お前達の存在そのものが『ラ・ル・カーナ』におけるアークの橋頭堡になる。水際で崩界影響を食い止める一つの堅牢な砦になる。意味は大きいよ」 エウリスや『フュリエ』に都合があるのと同じようにアークにも思惑はある。 アークは善良な組織ではあるが、決して善意だけで動いてはいない。 多くのリベリスタが危惧するのは『フュリエ』の命運もさる事ながら、かの世界がこのボトム・チャンネルに与える影響の部分でもある。記憶に新しい『鬼道事件』の悲劇を――遠い『ナイトメア・ダウン』の悲劇を絶対に繰り返させる訳にはいかないのだ。 「心強いお言葉だ」 リベリスタは僅かに冗句めいた。 さりとて、作戦に安全は担保されず、現れる事態も又然りである。 多分に冒険的な要素を持つ作戦ではあるが、その大きなリスクさえ踏み越えんとこの結論を選んだのは他ならぬリベリスタ達の強い意志であった。 沙織は表情を引き締めるリベリスタ達に言葉を投げる。 「その他、具体的な補足については資料を用意させて貰った。 単純な戦闘、ドンパチに拠らない危険があるのは否めないが――上手くやればリターンも十分見込めるだろう。一つ、宜しく頼んだ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年06月21日(木)00:12 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●穴蔵を往く獣 前後左右、上下の感覚がバラバラだ。 (こういうのを何て言えばいいのかしら) 意識を酷く揺さぶる『超常識的な感覚』にあくまで一般人を自称する――『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は内心だけで一人ごちた。 (そう――これは――空に向かって堕ちていく……?) 『幾らか多少は』他人よりは数奇な人生を歩み、神秘界隈の住人の中では『要は普通』と言い張る彼女である。 その感覚を一言で言い表す事は難しい。或いは宇宙飛行士か何かならば『似たような』感覚に親しんでいるのかも知れないが―― 如何な神秘界隈に生きていたとしても、中々得難い経験というものはあるものだ。 「――――」 余りにも希薄な現実感に所在無く、息を呑んだリベリスタは決して一人では無かった。 浮遊感とも落下感とも定かにならない『特別』な感覚はその場所をくぐる意味を親切にも教えてくれているよう。 この世は階層世界を織り成していると云う。 その内の『最下位』と目されるボトム・チャンネルに咲いた徒花(バグホール)は時に別の世界へ繋がる道となって存在する事がある。これを潜ろうという判断は非常に危険であり、非常に勇気ある英断であると言えるだろう。 ……その些か思い切った英断を下し、英断に付き合い、英断を実行する事になったのが今日、この暗闇の中に『堕ちる』十人のリベリスタ達なのであった。去年の十二月――バロックナイトにこじ開けられた例の三ツ池公園の『閉じない大穴』は約半年の時間を経て、『安定したリンクチャンネル』へと変化したのである。穴の向こうの世界『ラ・ル・カーナ』より現れた異邦人達はアークに難しい舵取りを迫ったのだ。ラ・ル・カーナよりボトム・チャンネルに逃れてきたアザーバイド『フュリエ』の少女エウリス・ファーレ。そしてその彼女を追ってボトム・チャンネルに現れたアザーバイド『バイデン』。紆余曲折の末――アークは保護したエウリスを元の世界に送り届ける事を決めたのである。 (……それだけで済めば話は簡単だが……) 『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が否が応無く引き締まるのは『その後』に待つもう一つの『任務』の存在が故にである。 今回のアザーバイド事件が普段のそれとは毛色を変え、アークのリベリスタが『初めて』リンクチャンネルを潜っているのは元よりその『任務』に殆どの理由が集約しているのだ。 事の発端はエウリスは自身を保護したアークに『世界の救援』を要請した事だった。 無論、世界をまたぐ『戦争』に加担するリスクは計り知れないものがある。アークにおける話し合いと意思決定はそれなりに紛糾する事となったのだが――最終的には落とし所として、積極的干渉と現状維持の中間案が選択されるという結末に到ったのである。 (調査、それから交渉か。剣で拓く未来よりは気が重いようであり――軽いようでもある。まるで丁度――この穴倉だ) 拓真以下十名。彼女の要請を名目にエウリスを護送しラ・ル・カーナに赴くリベリスタ達はフュリエの族長なる『シェルン』との会談を命じられている。エウリス・ファーレという不確定性因子が語ったラ・ル・カーナの現実が事実であるかを量り、干渉が(水際でバイデンを食い止めボトム・チャンネルへの被害を低減するという意味を含めて)アークに利するものかどうかを見極める事。フュリエの協力を可能な限り引き出し、有形無形の面に関わらず選択肢を増やす事――理想を言えばそんな所であろうか。 沙織はハッキリそうとは言わなかったが彼は要するに話を天秤に掛けているのである。「基本的に前向きにフュリエの救援を考えている」という彼の言葉はその実何ら状況に対して担保を持っていない。彼はリベリスタ達に高度な次元での綱渡りを期待しているのだろう。 「うん、責任重大だからね。きっと、上手くやらなくちゃ――」 凛とした面立ちに多少の緊張を乗せて『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618)は自分に言い聞かせるように一つ大きく頷いた。 「それにしても……何時まで続くのでしょうね、この穴は」 「んー……この間来た時は夢中だったからどれ位走ったかは良く分からないけど……」 『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)の一言にエウリスが答えを返す。 不思議な感覚の中を行く一行には正しい方向感覚も――或いは時間の感覚も無いのかも知れないが。 しかして、元々『女性にはとても優しい』亘である。何の気の無い自分の一言に幾らか不安そうな雰囲気を発したエウリスをフォローするように「まぁ、何が起きてもどうにかなるように自分達が居るのですからね」と軽く微笑んでその緊張を解した。 総ゆる光を飲み込む異空間では隣に立つ誰かの顔色も分からない。しかして彼の言葉に少し安心したのかエウリスは短く「うん。ありがと」と呟くと傍らに立つ彼のその手を軽く握ってくるのであった。 「エウリスちゃん、フュリエの集落につくまでにはどれ位かかるんだっけ?」 「何時間か歩けば世界樹の森には辿り着けると思うけど……元々私もそんなに危ない場所まで遠出した訳じゃなかったから」 『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)の言葉にエウリスが応える。 「ふぅん。そんなもんなんだ?」 「チキュウはとても広い世界だった。ラ・ル・カーナより、ずっと……」 元々主だった生物としてはフュリエが数千単位で生息していたに過ぎないラ・ル・カーナは規模の大きな世界ではないらしい。 広大な一つの星に六十億以上の人間がひしめき、数多の生物が棲むボトム・チャンネルはそれ自体が十分な特異であるとも言えるのだろう。元より世界の上下強弱は面積にも文明にも人口にも比例しない。絶対的なバベルのルールが定めた定義に他ならないのである。 ……カラオケ一部屋分の上位世界等という悪趣味な冗談さえ成り立つのだから今更言うにも及ぶまい。 「エウリスさん、自分は貴方の願いと想いは他のフュリエさんにシェルン様に届くと信じてますし、その為に全力を尽くします。 何があろうと貴方を命懸で護ります。心を共有は出来ませんが、お互い仲間として信じ助け合い、一緒に絆を結びましょう」 「うん」 「うむ、安心しておくといいでござるよ」 少年と少女の割に微笑ましい雰囲気を察して豪快に笑ったのは『娘が関わらなければ』頼り甲斐も出てくる『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)である。 「エウリスはきっと世界樹の森まで送り届けるでござる。大丈夫でござるよ!」 「……ま、辛気臭い『穴蔵』に飽きたのは確かだがな」 『腕をぶす』――と言うよりは『力を持て余している』と言った方が相応しいのかも知れない。 一方で昂ぶり続ける神経と一種の期待を何ら隠す事は無くそんな風に呟いたのは言わずと知れた『悪夢と歩む者』ランディ・益母(BNE001403)である。その巨体と雰囲気――と言っては失礼なのかも知れないが――から何処と無くバイデンを連想したらしいエウリスが最初は若干怯えていた相手でもある。粗野で乱暴な所がある割には気が優しい所もある彼はそんな彼女に少し困ったような顔をしていたのだが――その辺を察したエウリスが『慣れて』この期に到る。しかして闘争を好むというバイデンと同じく彼もまた闘争を欲しているというのは変え難い事実でもあった。 「連中、強ぇんだろ? 楽しみだぜ、実際」 「この中ではランディが一番『気が合う』かも知れないのぅ……」 獰猛に笑ったランディに少し呆れたように相槌を打ったのは先の事件で直接バイデンに相対した『巻き戻りし残像』レイライン・エレアニック(BNE002137)である。 「お前こそ、気に入られたんじゃなかったのかよ」 「正直、喜んでいい所か分からんぞ……」 「はっは。異文化コミュニケーションで彼氏でも見つければいいじゃないか」 「……馬鹿者」 レイラインはバイデンの一団が直接刃を交えた――前衛で直接連中を引きつけた自分に興味を示していたのを思い出した。 彼等の習性は考える程に分かり易い。彼等は強敵を――特に敢然と前に立つ戦士を好む。小競り合いを果たしたバイデンの青年が意外に美形だった事も事のついでに思い出し、複雑な表情を見せた彼女は暗闇で表情が見えない事を感謝した。 「しかし、御伽噺の世界に行く事になるとはのう。いざとなると、不安の方が大きいわい……」 「あら、見知らぬ土地の土を踏めるというのは心が躍るわよ。三高平に居着いている方が稀な状態なのだし」 何処まで本気か軽やかに笑う『極普通の』エナーシアはさて置いて。 しみじみと呟いたレイラインの言葉は何人かのリベリスタの代弁になった。 軽口を叩き合う一行ではあったが、やはり世界を渡るという行為に対するプレッシャーは小さくは無い。 (生き永らえたこの命に意味を見出したい) 余りに突然に訪れた運命の流転と、望んでいた訳では無かった波乱の日常にも挫ける事は無い。 我が身を唐突に襲った『事件』のもたらした痛みにさえ、『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)は目を逸らす事等無い。 (きっと、意味を知りたいんだ) それが世界を護ると決意した理由。 その手に力があるのならば、異世界の住人が相手であっても結論は一つも変わらない。 「躊躇は、要らないよな」 凪のように静かに澄み渡る思考は穏やかなようでありながら、不思議と彼の中に爆発的な意志と力を漲らせた。 果てなきようにも思われた暗闇の彼方に光が見える。相変わらずの一行は前に進んでいるのか下がっているのか昇っているのか堕ちているのか――主観的感覚等という存外に頼れない羅針盤ではそれを見極める事等出来なかったけれど。 『その先』がラ・ル・カーナである事は確信出来た。リベリスタ達の勘は――当たるのだ。 「さて、鬼が出るか蛇が出るか――」 誰にともなく『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)が言う。 出口が近付く。白い光が視界を灼いた。 真っ白な目の前、急速に現実に体が引き戻されていく感覚。非現実から現実への回帰、世界を渡るということ。 「――どんなものが現れようと、必ず戻ってきましょうね」 パーティはそんな特別な時間に身を浸しながらそんな大和の言葉に無意識の内に頷いていた。 ●不完全世界ラ・ル・カーナ 「ここが――ラ・ル・カーナでござるか」 感嘆の声を上げた虎鐵の目前に余りにも唯広い『空間』が広がっている。 ボトム・チャンネルの――それも日本という『先進国の都市部』では中々見る事の出来ない唯広い光景である。 砂と土の味気の無い色合いの広がる荒野は荒涼とくすみ、吹き抜ける風は何処か乾いていた。 「緑の世界……といった風ではござらんな……」 虎鐵が愛娘にも一目見せてやりたかった――そんな風景はぽっかりと口を開けた黒い大穴の前には無い。 見上げたラ・ル・カーナの空は廃滅を思わせる不気味な灰色の混ざった複雑な色合いを湛えている。 「一日……って言っていいのかしら。自転周期のようなものは確か四十八時間程度って言っていたかしら」 呟いたエナーシアが持ち込んだ一眼レフであちこちの風景を撮影し始めた。 (まずは生きて帰って生の情報を伝えないと……御土産を待ってる人もいるしね) 彼女が一瞬だけ脳裏に描いた友人達の顔は一癖ある連中が多かったが―― 「まずは位置の確認を……我々は今この辺りになりますか」 「うん。多分その位」 エナーシアの求めに応じてエウリスの描いた簡易な地図の現在地にマーカーを入れ、亘が小さく頷いた。 ラ・ル・カーナは平面的な楕円の形をした世界である。地球のような球体ではないこの世界の西端、東端には世界の果てと呼ばれる底の無い奈落が口を開けていると言う。つまる所それは西進したとしてもバイデンはフュリエの領域に到らないし、東進をした所でフュリエはバイデンの領域に到らないという事である。世界樹エクスィスと世界全体に潤いを届ける巨大な水場は二色に分かたれたこの世界の中心に位置している。 「……つまり、アレですね」 その存在を簡単に確認した亘が言った。まるで小さな山のような巨大な木は見晴らしの良い荒野に良く目立つ。 ラ・ル・カーナの中心であり、そのものでもあると言う世界樹への興味は尽きないが――まずはフュリエの集落に辿り着くのが先決である。 「兎に角、急ぎましょう。ここは危険かも知れません」 亘の言は尤もである。リベリスタ達にとってこの世界は土地勘が無い所の話では無い。 人間が問題なく生存出来る環境である……とは聞くが、食料飲料物等は『念の為』ボトム・チャンネルから持ち込まざるを得なかったし、エナーシアの言う四十八時間の一日の内、昼間がどれ位残っているかも分かっていない。 夜には三つの『月』が昇るというラ・ル・カーナだが、世界を照らす光が太陽系の銀河に属する地球と同じように恒星によるものなのかどうかも実際の所知れていないのだ。何れにせよ、リンクチャンネルの此方側――ラ・ル・カーナにおける入り口は荒野の只中にある。ラ・ル・カーナ西部の荒野地帯はバイデンの勢力範囲、東部の森林地帯はフュリエの勢力範囲という話なのだからこれは余り有り難い事では無い。 「……この辺り、前より酷くなってる……」 ボトム・チャンネルとラ・ル・カーナでは時間の流れすら等しいという保証は無いが、眉を顰めたエウリスの顔はいよいよ浮かなかった。 彼女がボトム・チャンネルに漂流したのは僅か一ヶ月と少し前の出来事である。その時点での状況と現況に変化が――それも悪い方向にあったとするならば浮かない彼女の顔も分かる所である。 「ようやく帰ってこれた故郷、気も逸る事もあるでしょう。でも安心して下さいね」 「ありがとう……」 察し良く顔色の悪くなったエウリスに大和が水筒の水を薦めた。 穏やかで優しい彼女に少し落ち着いたらしいエウリスが力の無い――しかし大分落ち着いた様子で微笑んだ。 「大丈夫じゃ。その為にわらわ達が来た故な」 「本当に皆優しいね」 「うむ。大船に乗った気で居ると良いのじゃ」 レイラインが大きな胸を張る。 (しかし――少なくとも『ここ』がのっぴきならない事態に差し掛かっているのは本当なんだろうな) 荒んだ風景を眺め回した零児は内心だけで深い溜息を吐き出した。 確かにエウリスの語った美しいラ・ル・カーナと奇妙に乾き切った荒野の風景は一致しない。 (フュリエの集落は――『無事』ならば良いのだが) 温かみを感じない色の無い荒野は何処か寒々しい。地球の『六月』がどれ位通用するのかは知れなかったが――肌寒くも無いのにお寒いイメージを面々に与えていた。元々は緑に溢れていたというこの世界は死に到る病に震えているようですらある―― 「予定通りに。ここからは特に油断しないようにしないとね」 霧香の声に仲間達は頷いた。勝手知らぬ異世界のそれも『敵』の勢力圏近辺である。 パーティの隊列は最前に不意打ちの感知に優れる虎鐵、前方に強靭なランディ、零児等を配置し、中央にはエウリスと彼女をカバーする亘、ルーメリア、エナーシアを置く。後方で危機に備えるのは大和、殿にレイラインを配し、いざという時の遊撃を拓真と霧香が請け負うというものである。 危険はあるかも知れないし、無いかも知れない―― シュレディンガーの猫は蓋を開けるまで総ゆる可能性を内包しているもの。 常日頃は圧倒的とも言える『神の目』の神託に守られたリベリスタ達だが、今日についてその加護は一切無い。 行軍が始まる。見慣れぬ異世界の見慣れぬ風景を行くのは十人の人間と一人のフュリエ。 「バイデンの連中は出てこねぇのかね」 「ルメはあんまり会いたくないの……」 「そうか? 面白い連中らしいじゃねーか」 (野蛮なの……間違いなく野蛮なの……」 大振りのグレイヴディガーを軽々と肩に担ぐランディはふるふると頭を振るルーメリアにククッと笑いかける。まるで出てきて欲しいと言わんばかりの口調であるが彼の気質を良く知る面々は軽い苦笑いを浮かべるばかりでこれを咎めるような無駄はしない。 「首尾良く到達出来るに越した事はありませんよ」 傍らのエウリスの様子をちらりと伺って亘が言った。 現在地は中心部付近である。数時間も行けば世界樹の森に到達するという話ではあったが、たかが数時間。されど数時間である。不安そうなエウリスからすればこの時間もかなりの忍耐が必要であろうという事はやはり想像に難くは無い。 強い風が吹き抜けて足元の埃を散らす。『平らな世界』の遥か彼方に横たわって見える影は森の木々なのだろうか? 行軍は暫く静かな調子で進んだが――やはり最初から最後まで平和に無事に済む程、足を踏み入れた未知の世界は甘くは無かった。 「――何か、来ます……!」 異変の始まりは地面に走った僅かな振動。 唯それだけの事実から状況を見事に看破したのは―― 「下、地面より――」 ――恐るべき超感覚、熱を感知するその能力を備えた中衛の大和だった。 時間も間髪も殆ど置かず荒野の土がみるみる盛り上がり、めくれ上がる。 大和の警戒の声を受け、多くの説明等受けるまでも無く。各々の経験と直観のなせる業から瞬時に戦闘の姿勢を取ったパーティは戦いやすい形に散会し、乾いた土を跳ね上げながら土中より現れた『それ』の姿をねめつけた。 「き、気持ち悪いの……!」 暗褐色の巨体はぬめぬめとした粘液に覆われていた。巨大な長い体躯を蛇が鎌首をもたげるように持ち上げたそれには目も手足も何も無く――その癖、人間のような唇と巨大な歯を幾つも並べている。 「ミミズ……?」 ディテールはかなり異なり、サイズに到っては冗談のよう。 見慣れたそれとは一線どころか何線も画する化け物ではあるが、強いて例えるならばその辺りが落とし所といった所か。 『人間のような』口角を持ち上げたそれは口元からボタボタと極彩色の涎を垂らす。土に触れたそれがジュッと小さな音を立て――地面を腐食させている。要するにこれは間違いなくこれは、この現れ方は――ひょっとしなくても、敵! 「役者不足だろ、幾らなんでもよ!」 「あら。ファンタジーかくあれかし、と思うのだわ」 吠えるランディ。軽く冗句めいたのはエナーシア。 「まさか――あんな友達はおらぬよな?」 「冗談! 最近、ラ・ル・カーナにはおかしなのが沢山出るの!」 レイラインの軽妙な問いにエウリスが声を上げた。 元より話の通じる相手には見えず、長い付き合いをしたい相手でも無いのだから――パーティの結論は早く断固として的確である。 まさに驚異的な反射と速度と呼ぶに相応しい。隣に居たエウリスにその動き出しを知覚させる事すら無く――疾風のような影が跳ぶ。背中より生えた大きな翼を広げて飛び出した亘はAura(そよかぜのかけら)を構え、一気に化け物の巨体へ肉薄を果たしていた。 「余りに歪なその姿、可憐なるフロイラインには『目の毒』過ぎる――早々に退場して頂きましょう!」 裂帛の気合と共に『じゃじゃ馬』の銀色が迸る。シャンパンの無数の乱反射は荒々しく、そして繊細に。 風さえ捻じ伏せる彼の剣の舞は音速を上回り、風切る音さえ傷を刻んだ後に相手に届ける。 「どうせ魅了するならば、『お嬢様』の方にしたい所ですが――」 圧倒的な現実は唯華麗なる軽戦士の奥義の一つ、煌き散る飛沫の剣(アル・シャンパーニュ)。 彼にとっては不本意な魅了は芸術性を解しない化け物には通用しなかったらしい。刻まれた痛みに化け物は唯怒る。 それが目前の敵に意識を奪われたその瞬間に、 「一番槍は戦場の誉れ。でも、私もそう遅れを取る訳には――」 「――いかないのじゃ!」 更に二人のソードミラージュ、スピードを武器にする霧香とレイラインが斬りかかった。 言葉に発しなくても相手の動きを互いが理解している。両翼にステップを踏み、角度をつけて左右より強襲した二人の連携が奏功する。 「今ッ!」 霧香が叫ぶ。鮮烈なるその動きは更なる攻め手の呼び水となる。 まさに『翻弄』する戦いで華麗なる重奏(デュオ)を織り成した二人に対して、別の戦い方を見せるのは―― 「お静かに。そう暴れられても困るのですよ――」 止水で指し示し、巨体に輝く気糸を巻きつけた大和であり、 「おおおおおおおおおおおお……!」 ――悪鬼の如く咆哮し、戦鬼の如く斧を振るう悪夢の忌み子(ランディ・益母)であり、 「武勇伝の一つも持ち帰らなくては雷音も退屈するでござる。拙者もいい所を見せておくでござるよ!」 筋骨隆々たるその巨体で鬼影兼久を上段に振りかぶる虎鐵だった。 「流石にこの巨体ですか――」 確かに巻きついた筈の糸を弾き飛ばす怪物に大和は小さく呟くも。 先んじた彼女の一撃は絶妙のタイミングで仕掛けられた牽制となった。 丁度同じようなタイミングで仕掛けた残る二人は己が破壊力を誇り、比べあうように強烈なる一撃で意識の逸れた化け物を圧倒する! 傷を受けた巨獣がその巨体を振りたくり暴れ回る。 まともにその一撃を受け止めたランディがぺっと血の混ざった唾を地面に吐き捨て口角をにぃと持ち上げた。 「『効かねぇ』よ!」 肉体の受けた損傷を戦闘に係わるアドレナリンが超越している。 巨体の割に素早い所を見せた虎鐵、直撃を辛うじて避けた霧香、亘、大和、元より『この程度の相手には影さえ踏ませない』レイラインは痛打さえ痛打足り得ない彼の馬鹿馬鹿しい戦いに呆れ交じりの視線を投げた。 「ルメが癒すの――!」 これに対する対応は早い。 ここが自分の出番と即座に天使の歌を紡ぐのはルーメリア。 手のかかる前衛を支える事、それそのものが彼女の戦場。 彼女が仲間の体力を賦活し、傷を癒す『支援』を生業とするならば。 「支援砲火なのだわ!」 その小さな体に対物ライフルを抱えるようにした『軽く悪夢な銃火の少女(エナーシア)』は攻勢を支える支援者だった。 「Bless You!」 一声と轟音が重なり響く。強力な反動をものともせずに連続で鋼鉄の咆哮を迸らせた彼女は相変わらずのJAMを見せるまで存在感を示すのだ。 耳を引き裂くような銃の怒号を従えて、残る二人が攻めに出る。 「一気に――倒すぞ!」 「ああ!」 両手に剣と風絶、二つの刃を構えるは拓真。応えたのは零児。 エナーシアが開けた風穴を気合で得物を閃かせた拓真の居合いが更に大きく切り開いた。 人ならぬ絶叫で空気を切り裂いたそれ目掛けて全身の膂力を爆発させる零児が跳んだ。 「この一撃で――決めてやる!」 結果的に彼に求められた役割はトドメの一撃になった。 上段より大きく鉄塊を振りかぶった彼は巨体を地面に叩きつけるようにその一撃を振り抜いた。 ずずん、と巨体の崩れた衝撃が地面を揺らす。 「……すごい……」 口をあんぐりと開けたエウリスは僅かな時間に展開したリベリスタ達の圧倒的な戦いに小さな声を漏らしていた。 いざ、初めて目の当たりにした彼等の戦いに驚きの色を隠していない。 「強い……これがアークの人達の……」 ●シェルン・ミスティル 数度、荒野において障害となる巨獣の類に遭遇し、少なくない消耗をしたものの。 世界樹の森――フュリエのエリアが近付けば一行を阻む苦難は途端に激減していた。 数時間とは言え緊張の迸る行軍は辺りの風景の変化と共にその姿を変えたのである。 ラ・ル・カーナの『本来の姿』と思しき風景は成る程、美しい緑に溢れていた。 「中々、面白い風景なのだわ」 しきりにシャッターを切るエナーシアである。撮影結果は十分な資料として役に立つだろう。 森を形成する植生は地球とは明らかに異なるものもあれば、地球のそれに似たものもある。何れにせよ、面々が吸った程も無い位に清涼な空気は先程の乾いた荒野のものとは全くの別物と言える。緑薫るという言葉は地球でも使うが、世界樹の森においては匂い立つといった方が良いだろう。 「……着いた!」 打って変わって危険な生物や気配等微塵も無い平和な森を進む事暫く、長い耳をぴこぴこと動かしたエウリスの表情がハッキリと緩んだ。 応えて木々の切れ目を見やれば一行の視線の先には不思議な――大きなきのこをくりぬいたような――家の立ち並ぶこれまでとは違う風景が広がっていた。 「……!」 「……………!」 美しい少女や若い女の姿をした耳の長い――フュリエが現れた見慣れない一行にざわざわと声を上げている。 彼女達の操る言葉はエウリスが最初に発していた言葉と同じで――パーティの多数にはその意味が分からなかったが…… 「誰か来た、バイデン? 悪い人達? 違う、エウリスが居る……って言ってるの」 「シェルン様に報告しないと、エウリス大丈夫かな? でもエウリス嫌がってないよ。あの人達いい人……? とも言っておるな」 タワー・オブ・バベルの能力を持つルーメリアとレイラインは勿論例外である。 彼女達の通訳を受け――受けなくても大体反応は分かっていたが頷き合うリベリスタ達。 嫌がっていない、とは恐らくフュリエの持つ感応能力の示している部分だろう。その辺りもあってか、牧歌的な種族柄故かフュリエ達は余りリベリスタ達を恐れていない。この状況を問題に捉えていないように見えた。 色とりどり、沢山のフィアキィがきらきらと森の中を舞っている。心なしかエウリスの肩に泊まるそれも嬉しそうにしているように見えた。 「私と一緒に来て!」 エウリスの言葉を受けた一行は極力フュリエ達を刺激しないように集落に向けて歩を進めた。 努めて笑顔を作った亘が『美しいフロイライン達』に笑顔で軽く手を振っている。 「……」 「……!」 「……………!」 集落に足を踏み入れた一行をフュリエ達は小首を傾げ興味津々といった風に見つめている。 何事かを囁き合い、エウリスとも言葉を交わしている。通訳の二人が聞き取った所によればそのやり取りは当たり前の説明と族長のシェルンの所に行きたいというこれまでの主張と同じものである。 それから、もう一つ。 「亘さんが面白そうな人って言われてるの」 「フュリエに好かれやすい性質なのかのぅ……」 やがて一行は一際大きなきのこの建物の前に辿り着いた。 一つ頷くエウリス。リベリスタ達に少しの緊張が走ったその時――建物の扉が小さな音を立てて開いた。 「シェルン様!」 緊迫を禁じ得ないリベリスタ達とは対照的にエウリスの表情はこれまでにない位に輝いていた。 彼女の――一同の視線の先には他の個体とは全く雰囲気の違う――圧倒的に美しく、存在感の強いフュリエの女が立っていた。 一人のフュリエが一匹を連れている様子のフィアキィも彼女の周りを三匹も舞っている。神秘的な衣装に身を包んだ彼女は居住まい正しく。腰まである長い緑色の髪を僅かに揺らし前に歩む。そして駆け寄ってきたエウリスの頭を優しく撫でた。 「……」 「……………」 「……!」 「……………」 「心配をかけて申し訳ありませんでした」 「エウリス、貴方は大丈夫でしたか? それから、そこの人達は……」 「私、バイデンに追われて、それから!」 「ああ、言わないでも構いません。エウリス、目を閉じて」 ルーメリアとレイラインが交互にやり取りを通訳した。 言われた通りに目を閉じたエウリスに対してシェルンは身を僅かに屈め、彼女の額と自分の額をコツンと合わせた。 小さな光が瞬いて、それから顔を上げたシェルンは驚くべきか。 「……エウリス、目を開けて」 『リベリスタ達の誰もが分かる言葉でそう言った』。 「――事情は今把握いたしました。異世界の皆様、『アーク』の皆様。 まずはエウリスと全てのフュリエに代わり、彼女をこの地まで守り届けて下さった事に心より感謝を申し上げます」 姿勢の良い長身を大きく屈め、深々と頭を下げたシェルンが呆気に取られたリベリスタ達に礼を述べた。 「その、言葉は……?」 「……ああ……」 思わず状況を問うた拓真に面を上げたシェルンは曖昧な声を返した。 「フュリエは一体感の強い種族です。各々が仲間の気分を察したり、感情を共有する事があります。 族長を務める私は『世界樹』の守り人として――その特徴よりもう少し強い共有能力が備わっているのです」 「成る程……」 ボトム・チャンネルの異能によらぬ――それとは全く別の強力な能力を目の当たりにして零児は少し驚いた。 可能な相手が同じフュリエに限定するとしてもシェルンの為した芸当は中々どうして、大したものである。 「お初にお目にかかるのじゃ、わらわはレイラインと申す。エウリスがこちらの世界に迷い込んだ時保護をした者達の一人じゃ」 「拙者はエウリスと友達になりたいという娘の為にここに来たでござる」 これまでの経緯は当然の事、エウリスの記憶の中にあるレイラインや雷音の姿を理解したのだろう。 レイラインや虎鐵の言葉にシェルンが小さく頷いた。 「そして拙者自身もフュリエとはいい友好関係を気づきたいと思ってるでござる」 「私も、同じくそう思います。かけがえのない家族を救っていただいた皆様にはお礼を言っても言い尽くせないのですから」 友好的な雰囲気は想定の内だったが、リベリスタ達は穏やかなシェルンの態度に少なからず安堵した。 (交渉はお任せするとして――予断は持たず状況を分析して、言い分と照らし合わせるのが肝要なのです) しかして、エナーシアはまだ緊張と警戒を解いていない。 この状況はシュレディンガーの猫が『取り敢えず』は良い方向の目を出したに過ぎないからだ。 「ルメ達はフェリエのみんなと仲良くしたい! その為にはまず、みんなを助けてあげたいの! なんで助けるかって言うと……困っている人がいたら助ける、それがアークなの! いわゆるお人よし集団……? 自分で言うのも変だけど、その!」 「シェルン殿、俺達はそこのエウリスに頼まれてこのラ・ル・カーナにやって来た。 そして、あのバイデン達の脅威に対して力を貸せる事もあるかと思っている」 会談は多くのフュリエが見守る中で進む。 やや性急ながら、そこは交渉が専門の面々では無い。 拙いながら善良さの滲み出る勢いの良いルーメリアと、それよりは冷静な拓真が本題に切り込んだ。 「存じております。お二方の仰る両方共を」 「正直な話をすれば異世界の異分子をこの地に受け入れるには抵抗があるかとも思う。 しかし、アークは貴女方の同意がない限り森などに手は加えない。世界樹に関しても同様だ、この美しい世界を侵略する様な真似をしたくない。 そういう前提で――この世界に、この世界と俺達の世界を繋ぐ『入り口』に防衛施設と戦力を置かせて貰いたいと思っている」 「つまり、世界の穴に蓋をすると」 「そうなる。事情をある程度察してくれていると思うが……俺達の世界は非常に脆弱なんだ。 バイデンは勿論、フュリエが迷い込んだとしても傷付く事は否めない。変わりゆくラ・ル・カーナをシェルン殿が、フュリエ達が憂うのと同じように。俺達は俺達の世界を守らなければならないんだ。分かって欲しい」 「俺らの希望はラ・ル・カーナ側に防衛施設を作ること。 此方を戦場にするのは申し訳ないが、一度侵入されると殲滅は厄介だ。 侵入経路での警戒がバイデンの侵攻を防ぐ一番の方法と考えている」 拓真に零児が頷き言葉を添える。 「それは」 「加えて言うならば、貴女方との接触での何かに期待していない、と言えば嘘になる。 しかし、これを認めてくれた場合。我々はフュリエからそれ以上の協力が得られずとも、出来る限りラ・ル・カーナの危機に助力していきたいと思っている」 拓真が続けた。曖昧な反応のシェルンに更にレイラインとランディが畳み掛ける。 「成り行きでエウリスを保護したが、バイデンの様な強力な蛮族がわらわ達の世界にも現れてしまった。 双方の世界が繋がってる今、既にあなた方だけの問題では無いのじゃ」 「本来この世界の連中だけで解決すべき問題だ。だが此方も巻き込まれる可能性がある以上介入せざるを得ないだろ? 現地のアンタ達と協力するのは常識だし、それがお互いの為だろうさ」 ふぅと息を吐き出した彼は言葉を続ける。 「こんな事、今更聞くのもなんだが――フュリエとバイデンとは何だ? 天敵と言うには不可思議だし、頭の良さそうなあんた等が平和的に解決出来なかったという経歴を詳しく知りたい」 「フュリエはこのラ・ル・カーナに住む始まりにして終わりの種族の筈でした」 ランディの言葉の前半には答えず、シェルンは後半の質問に答えらしきものを返した。 「エウリスの話からどれ程の理解をして頂けたかは分かりませんが――『世界樹』の子たるフュリエがラ・ル・カーナに長い平和と平穏の時間を築いていたのは事実です。バイデンは後天的に現れた種族なのです。とある事件を切っ掛けにして」 「事件?」 シェルンの言葉にこれまで聞き役になっていた大和の眉がぴくりと動く。 シェルンの仕草や口調、態度や様子をつぶさに観察していた彼女は彼女の口調が若干変わった事を明敏に察していたのだ。 「はい。忌まわしく、痛ましい事件です。あの無形の『巨人』は突然訪れました。 世界を一跨ぎにするもの。破壊と混沌をもたらすもの。絶大なる力を隠さず、制御する事も出来ない『神なる神』。圧倒的な上位。 皆様の時間にして十三年程前の出来事でしょうか――」 「……ちょっと、それって――」 思わず素に近い声を上げてしまったのは霧香だった。 アークの誰もが――そんな存在を知っている。そういう存在を知っている。 それは宿敵で、それは目標で、それは二度と許し難い暴挙と悲劇の主だった。 十三年前。偶然と切り捨てるには近すぎて、偶然と考えるには余りに悪意めいている。 ざわざわと肌がざわめくような感覚。早鐘を打つ心拍――彼女以上に劇的な反応を見せたのはランディだった。 「……R-type……」 搾り出すような声は彼の過去を思えば当然とも言える所だろう。 「……私の言う『巨人』と皆様の知るそれが同じものなのかどうかは正直良く分かりません。 それから、私は皆様の事情を知っている訳でもありません。 但し、このラ・ル・カーナに超越存在と言うべき『巨人』が出現したのは事実です。 幸いに『巨人』はこの世界で大きな破壊をする事はありませんでした。幸運な事にすぐに開いた道を通ってこの世界から出て行ったのです」 シェルンは深い疲労を感じさせる声で言った。 幸いにして……と言う彼女の調子は額面通りの幸いを思わせない。 「しかし」 案の定、言葉は否定の音を紡ぐ。 「唯、現れた事――それだけで『巨人』はこの世界に深すぎる爪痕を残しました。 繊細な『世界樹』は出現した巨人に当てられ、その完璧な在り様を失ってしまったのです。 美しく完璧な『世界樹』の調律は狂い、壊れ、フュリエの代わりに新たなる子等を産み落としました。皆様も道中で出会ったやも知れませぬね。暴力的な危険な生き物に、バイデンも――彼等は完全世界だった頃のラ・ル・カーナには無かった――開闢以来、永遠の平穏を謳歌していたラ・ル・カーナの知らなかった謂わば『巨人』の憤怒の残滓なのですよ。 彼等はフュリエと何もかも正反対です。たくましく強靭で危険です。好戦的で理性に乏しい。壊れてしまった『世界樹』は今もあれを産み落とし続けている。そして産み落とす程この世界は『巨人』の影響力に支配され、枯れていく……このサイクルを私は止められなかった。残念ながら――そして悲しい事に我々は彼等と相容れる事が出来ません。元よりそういう風に作られているのですから」 衝撃の事実に息を呑むリベリスタ達。 「拙者達も他世界の者とここまで深くは関わった事がないでござるから…… どこまで歩み寄っていいかが分からないでござるが……一回だけでも信じてはくれないでござろうか?」 虎鐵が言った。 「あたし達とエウリス、そしてフュリエが出会ったのは、きっと何かの巡り合わせだと思う。 これはあくまであたし個人の考えになるけど。あたしは、この縁を大切にしたいって思います。 この出会いはきっと何かに繋がるって信じてる。今まで見えなかった未来が見えてくるかも知れない。出来なかった事が叶うかも知れない。 だから、あたしは皆さんと仲良くしたい、です」 「……二つの世界で不幸になる人を一人でも多く助けに自分は来ました。手を取る事は出来るでしょうか?」 拙くも必死で述べた霧香、重く問う亘の顔は真摯だった。シェルンは小さく頷いて伏せていた瞼を持ち上げる。 「元より、私には皆様の提案をお断りする心算は無いのです。 皆様がどれ程の決意を湛え、どれ程の危険を覚悟の上でこの地に赴いて下さったかは――理解させて頂いている心算ですから。 皆様は何の利も無く、同属のエウリスを救って下さった。 皆様の言い分は尤もで、バイデンの問題は私達フュリエの事情だけには留まらない。私はフュリエが皆様の世界にお邪魔しない事をお約束出来たとしても――バイデンを従わせる力は無い。皆様がご自分の世界に係わる重大な懸念を心配するのは当然の事で、ラ・ル・カーナの現状を知る私はその気持ちが痛い程にも良く分かる」 シェルンの肯定の言葉にリベリスタ達は大きく頷いた。 「出来るだけ、皆が最良と思える結末を作りたいと思ってる」 零児の言葉は全く心からの本音であった。 「私は『世界樹』の記憶を辿り、『予知の力』に似た観察を行う事が出来ます。 『世界樹』にノイズがある以上、接触出来る情報の精度は完璧とは言えませんが……少しでもお役に立てれば」 「助かる」 アークがどう舵を取るかが分からない以上は『バイデンの殲滅』等を約束する事は出来ない。しかして、語られた事情が嘘偽りない真実であるとするならば、少なくとも攻めてくる彼等からフュリエを守る事は彼等の本意の内であった。 万華鏡の届かない世界で少しでも探査情報を得る事が出来るならばそれは十分に意義深いと言える。 「シェルンさん、ルメ達しばらくこっちにいてもいい……?」 恐る恐るといった風に問うたルーメリアにシェルンは「ええ」と頷いた。 そしてシェルンは小さな袋を取り出して拓真に手渡す。 「これは?」 「私達が『忘却の石』と呼んでいる希少な鉱石です。 エウリスを無事に届けてくれた事、これより協力を結んで頂くアークへのお礼でもあります。 この世界に在る何らかが皆様の役に立つやも知れませぬから、アークの責任者の方に届けて頂きたく」 「必ず」 話は概ね纏まった。 リベリスタ達は予想外の――予想以上の情報を手に入れ、概ねその任務を果たした。 (……あら、こちらは青なのだわ) ふとエナーシアが見上げた世界樹の森の空は廃滅の灰色ではなく、抜けるようなスカイブルー。 二つの顔を持つ『失われた完全世界』の歪さは、奇妙さは――彼女にリベリスタ達が遭遇する次なる神秘、大きな世界のうねりを予感させていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|