● 『烈鬼(れっき)』と呼ばれるその鬼は、果てなく続く闇の中に立っていた。 彼の傍らに、鬼の姿はない。『鬼ノ城』崩壊の混乱の中で、配下も、同胞も、全て失った。 鬼ノ王『温羅』は、人の手で討たれた。 それはつまり、鬼が生存競争に敗れたことを意味している。 烈鬼が願ってやまなかった鬼たちの安住の地は、とうとう得られなかったのだ。 『鬼ノ城』が崩壊を始めた、あの時。 もはや滅びは避けられぬと知りつつも、烈鬼は同胞の命を惜しんだ。 戦場から逃せる者だけでも、逃そうとした。 それなのに。 真っ先に礎となるべきこの身が、唯一生き残ってしまうとは――あまりにも、無様だ。 戦いの中で散っていった配下や同胞に、申し訳がたたぬ。 烈鬼の両手が、自らの胸に触れる。 ぞぶりと音を立てて、その指先が胸板に潜り込んだ。 己の血をもって、烈鬼は呪印を刻む。 全身を巡る闘気が焔となり、烈鬼の体内を灼き始めた。 いずれ、人は追っ手をかけてくるだろう。 鬼と人は相容れぬ運命、なれば落ち延びた鬼を見逃すことはあるまい。 ――なれば、我は最期まで鬼で在り続けるのみ。この身、燃え尽きる時まで。 ● 「――鬼道との決戦、お疲れ様だ。 早速で申し訳ないが、今回は『鬼ノ城』から逃れた鬼の追撃をお願いしたい」 『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向けてそう切り出した。 「先の決戦で鬼の王『温羅』が滅び、『鬼ノ城』は一晩で崩壊した。 『温羅』の下にいた四天王も多くが倒され、鬼道は勢力の大半を失ったが…… 『烏ヶ御前』を筆頭に、戦場から逃れた鬼もいる」 当然、アークとしては見逃すわけにはいかない。 鬼道の生き残りを早期に追撃し、これを倒すことに決めた。 「皆に追ってもらいたいのは『烈鬼(れっき)』という鬼だ。 『鬼ノ城』の決戦では、城門近くで鬼の一部隊を率いていた」 リベリスタ達との交戦で烈鬼は自らの持ち場を死守したが、城門の守護を指揮していた『風鳴童子』が敗れ、鬼の王『温羅』も討たれた。 烈鬼は崩壊する『鬼ノ城』から生き残りの鬼を脱出させるべく動いたが、混乱の中で腹心であった『角守り』を失い、結局は彼一人が落ち延びる結果になったらしい。 「烈鬼は今、岡山県内の山の中にいる。 追っ手が来ることを見越して、そこで迎え撃つつもりらしいな」 『温羅』が討たれ、日の本に鬼の国を築くという烈鬼の願いは断たれた。 鬼という種が滅びを免れぬことも、おそらくは理解しているだろう。 それでも戦うことを選んだのは、烈鬼が武人であるゆえか。 「烈鬼はもともと防御に長けた鬼で、“生命の紋”という刺青の力で高い自己再生能力を持っている。 奴は、そこに“命燃の印”と呼ばれる血印を重ねて、攻撃力や速度までも高めてきた」 “命燃の印”は発動し続けている限り烈鬼の体力を削り続けるが、それでも“生命の紋”による自己再生力が若干勝る。 「さらに、烈鬼は“命燃の印”によって炎を操る力を得ている。 前に比べて、より攻撃的な能力になったと言うべきかな」 敵は一体とはいえ、強力な鬼だ。 この人数のリベリスタ達を相手にしても、互角以上に戦えるだろう。 「――烈鬼の弱点は額の角だ。ここに対する攻撃は防御力を無視できる上、ダメージの回復が効かない。 今回は角を守る部下もいないから、最初から角を狙っていける。 もちろん、一発や二発当てて倒せるほどヤワな相手じゃあないがな」 手の中のファイルを閉じて、数史は顔を上げる。 「決戦の疲れもまだ残っているところに、申し訳ないと思う。 だが、後顧の憂いを断つためにも、ここで確実に烈鬼を倒す必要がある。どうか、頼まれてくれるか」 そう言って、黒翼のフォーチュナはリベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月26日(木)23:44 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 天にあるはずの月は雲に覆われ、光は地上に届かない。 深い闇の中で、烈鬼は大岩を背に立ち、リベリスタ達を待っていた。 『来たか――』 「待たせたな、烈鬼」 数歩進み出て声をかけた『red fang』レン・カークランド(BNE002194)に、烈鬼は『ああ』と短く答える。その胸は、自らの手で刻んだ血印により、紅く染まっていた。 「もう会うことはないと思っていたが、こうしてまた戦えることを嬉しく思う」 レンの言葉を聞き、烈鬼はわずかに口の端を持ち上げる。ただ一人落ち延びた己への自嘲、好敵手と再び相見えた悦び。それらが入り混じった、武人としての笑みだった。 「前回の戦いでの戦術は完璧でした。城攻めは攻める方が不利とは言え、私達の完敗です。 ――負けた今でも、鬼で無ければと思っています」 続いて烈鬼に語りかけた『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船 ルカ(BNE002998)が彼に向ける視線は、残虐非道の鬼を見るそれとは異なっていた。鬼ではなく武人として、烈鬼に接しようとしている。 『我らは確かに汝らを退けたが、それでも城門は落ちた。 真の勝者は、あの強大なる王を討ち滅ぼした汝ら人の方だ』 それを聞いた『紅炎の瞳』飛鳥 零児(BNE003014)は、先の戦いを思い出して拳を強く握る。 あの時は怒りに我を忘れ、回復の要たるルカを護りきれなかった。 (今でも悔しくて仕方がないし、あんな思いはもうごめんだ) 心は熱く、頭は冷静に。瞳に紅炎を宿す青年は、静かな闘志を秘めて烈鬼を見据える。 思えば、烈鬼もまた“守るために”戦い続けてきた鬼だった。 守るものが失われてもなお、最期まで戦場に在り続けようとしている。 「お前の強さは、心から来るものだった。なら、俺も魅せよう。武人に相応しい戦いを、心を」 ここで決着をつけようか――と言うレンに、烈鬼は『望むところよ』と応じた。 「鬼の残党狩りとのことですが……言葉通りの簡単な任務とは行きそうにありませんね」 烈鬼との因縁の再会を果たした三人の傍らで、『忠義の瞳』アルバート・ディーツェル(BNE003460)が呟く。ライトを取り付けた大口径の対物ライフルを構える『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)が、彼に頷いた。 「鬼は強く只其処にあり、人はいつだってそれに挑む側だわ」 視線の先では、大岩を背にした烈鬼が毅然と立っている。それを眺め、『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が静かに口を開いた。 「血と暴力に酔わず、ただ鬼の国を守ってきた戦士、ですか」 「――互いに譲れないもののため、戦って、殺して、殺されて。 けれどこの鬼さんは、倒れた仲間の命を奪うでなく生きて戻ること、選ばせてくれたと聞いています」 『何者でもない』フィネ・ファインベル(BNE003302)の言葉に、佳恋は考える。 駆け出しとはいえ、この世を崩界から守るために戦う身として、あの鬼は尊敬に値するのではないか、と。 (感傷に過ぎませんが、もっと別の――共存可能な関係で出会いたかった、ですね) しかし、人と鬼は相容れぬ運命。戦いが避けられぬなら、全力で討つのが烈鬼への礼儀と心得る。 「その恩に報いるのは、揺らぐ事では、ない」 フィネもまた、烈鬼を見据えてそう口にした。彼の鬼に相応しい決着を迎えるために、自分に出来る限りを。 『時間が惜しい。――始めよう』 ゆっくりと身構える烈鬼の胸元に刻まれた血印が輝き、その全身を焔の闘気が包む。 持参した照明で戦場を照らす『小さな身体に大きな誇り』鳴神・冬織(BNE003709)が、堂々と言葉を返した。 「一人になり尚闘いを望む者よ。その誇り高き魂に敬意を表し、全力を持って、戦おう」 それぞれの武器を手に、リベリスタ達が動く。 「祭りの始末と参りましょう、朽ち果てぬ戦鬼に朽ち果てぬ挽歌を」 エナーシアの声に、アルバートが油断せず参りましょう、と続けた。 「例えそれが、蝋燭の最後の輝きだとしても――だからこそ手強いと理解していますから」 ● 先手を取った烈鬼は、防御の構えでリベリスタ達を待ち受ける。 大岩の前に立ったのは、自らの背後を守り、全ての敵を視界に収めるためだ。追っ手が多勢であることは予想の通り――それを覆すには、まず死角を作らぬこと。 守りを固め、集中を高める烈鬼の前に、黒い翼を羽ばたかせるフィネが駆ける。 脳の伝達処理を高めた彼女は、眼前の鬼にそっと語りかけた。 「やさしい鬼さん。その胸に宿るのは、あきらめではなく、決意の焔なのですね。 ならば、それに恥じぬ戦い、ささげましょう」 立ち位置を調整し、射程内ギリギリに烈鬼を収めたアルバートが、卓越した頭脳をもって命中プランを組み立て始める。その外側に出たエリス・トワイニング(BNE002382)が体内の魔力を活性化させると同時に、烈鬼のブロックに動いた『子煩悩パパ』高木・京一(BNE003179)が印を結ぶ。防御結界の展開に合わせて、ルカが翼の加護を仲間全員に与えた。 肉体の枷を外した零児が烈鬼に突進し、彼に続いて駆けたエナーシアが大型の対物ライフルから烈鬼の角を目掛けて大口径の弾丸を吐き出す。弱点を正確に狙われた烈鬼は、それを予測していたかのように両の腕を翳し、角への直撃を辛うじて避けた。 「フィネは俺が。佳恋はエナーシアを頼む」 「わかりました」 前に出たレンと佳恋が、互いに声を掛け合いながらフィネとエナーシアを庇う。ブロックに三名を要する烈鬼に対し前衛を六名置き、さらに前衛同士で庇い合うことで陣形を死守する狙いだ。 ルカとエリス、後衛で回復を担う二人を守れる位置についた冬織が、四属性の魔術を連続で組み上げる。 「奏でよ。世に漂う四つの凶事よ、破滅の歌を」 放たれた四色の光が、魔曲の旋律と化して烈鬼の角に降り注ぐ。麻痺を始めとする状態異常が通用しないのは承知の上、己が持つ中で最も命中精度と威力の高い技を選んだまで。 『――オオオオオッ!!』 やや前衛に偏ったリベリスタ達の布陣を見た烈鬼は、咆哮とともに激しい焔を呼び起こした。身を縛ると同時に癒しを封じる紅き焔が、射程内に立つ全員を襲う。 幾人かの動きが鈍ったところに、烈鬼はすかさず燃え盛る豪腕を振るい、前衛たちを強く打ち据えた。 先の戦いで、敵に優秀な癒し手がいることは知っている。数を減らすには、一度に畳み掛けて回復の暇を与えぬことだ。 吹き飛ばされたレンを、彼に庇われて攻撃を逃れたフィネが受け止める。彼女を中心に輝いた神々しい光が、仲間達を縛る焔を消し去った。 『……成る程。考えたな』 六名でブロックにあたり、半数が庇い手に回ることで呪縛や吹き飛ばしによる陣形の瓦解を防ぐ。その分、攻撃の手数は減るが、自己再生の効かぬ角を狙い撃つことでダメージを蓄積させるという方針である。さらに、回復の二本柱であるルカとエリスが交互に烈鬼の射程外に出ることで、回復役が呪縛に封じられるというリスクを極限まで抑えていた。 聖神の息吹で仲間達の傷を癒したルカが、エリスと入れ替わりに後退して射程外に逃れる。レンが引き続きフィネを、京一が零児を庇いに動く中、アルバートの気糸が烈鬼の角を穿った。 己の生命力を削って限界以上の力を引き出す零児が、鉄塊の如き大剣を構えて猛撃する。 (今回はかなり防御寄りな編成だ。攻撃役がその分しっかりしないとジリ貧だな) いかに回復が厚かろうと、烈鬼の火力を考えれば庇い手が落とされる可能性は否定できない。角を砕く前に陣形が瓦解した場合、戦いの流れは一気に傾いてしまうだろう。 狙いは烈鬼の角、叩きつけるは自身の最大火力――“生死を分かつ一撃(デッドオアアライブ)”が、零児の闘気を激しく爆発させる。直撃こそ阻まれたものの、その凄まじい威力は烈鬼の角に亀裂を生じさせた。 冬織の放った四属性の光が、追い撃ちを加えるべく魔曲の旋律を奏でる。大剣に輝くオーラを纏わせた佳恋が、烈鬼に斬りかかった。 二人の攻撃をかわした烈鬼が、紅蓮の焔に包まれた拳を佳恋に繰り出す。その前にエナーシアが割り込み、必殺の一撃を己の身で防いだ。 相手は強く、的確で、容赦がない。 ゆえに足を封じ、さらに庇う事で最適の標的を選ばせない――。 「鬼の強さに集団の理と意で向かうのが人のやり方だわ」 エナーシアの言葉に、烈鬼は『それでこそ我が敵手。我らが王を弑した者達よ』と感嘆の声を上げた。 ● 前衛たちが交代で庇い合うことで守りを固め、リベリスタ達は烈鬼の角を攻め続ける。 しかし、対する烈鬼もまた、一歩も退かなかった。庇われるのを承知で焔の咆哮を放ち、豪腕をもって前衛たちを薙ぎ払う。元より死を覚悟したこの鬼に、一切の迷いは無い。 全身の骨を砕かれ、地面に叩き付けられた佳恋が、運命を削って再び立ち上がる。 「まだ、戦えます!」 彼女の声に続き、倒れる寸前で踏み止まったレンが、正面から烈鬼を見据えて口を開いた。 「まだだ……もっと、強く! お前を倒す!」 傷の深いレンをフォローすべく、フィネが彼と交代して庇い手に回る。 前衛と後衛の中間地点まで前進したアルバートが、煌くオーラの糸で烈鬼の角を狙い撃った。仮に前衛から戦闘不能者が出た場合は、すぐに穴埋めに動くつもりでいる。 エリスが聖神の息吹を具現化させて全員の傷を塞ぎ、ルカが癒しの微風で佳恋の背を支える。射程内に留まる時間が他の仲間達より少ないこともあり、回復役の二人は比較的体力に余裕を残してはいたが、それでも油断はできない。 (既に死を覚悟している相手に対しては、こちらも相当の覚悟で望まなければ) 左右で色の異なる金と赤茶の瞳が、静かな決意を湛えて烈鬼を見つめる。エナーシアに守られた佳恋が、輝くオーラの剣を烈鬼に振るった。 「――小賢しく生き延びようなんて気はないんだろ?」 前へ。ひたすら前へ。怯むことなく距離を詰める零児が、烈鬼に問いかける。 焔を宿した烈鬼の瞳が、黙したまま肯定の意を彼に伝えた。 「こないだは遣りあうことすら出来ず悔しい思いをしたんだ。今こそ俺と決着をつけてくれ!」 偽らざる本心を秘めた挑発の叫びとともに、零児がさらに一歩踏み込む。 あの時とは、得物からして違う。大きく、重く、分厚すぎる――鉄塊と呼ぶに相応しい無骨な大剣。 炎の如きオーラを纏った一撃が、烈鬼の角に穿たれた亀裂をさらに広げた。 烈鬼の黒瞳が、自らの焔を映して輝く。 咆哮が天を衝き、激しい焔が周囲の一帯を呑み込んだ。 動きを縛るのみならず、全身を灼き焦がさんとする焔に包まれ、冬織とアルバートが膝を突く。 二人は己の運命を燃やし、焔に耐えた。 「貴様に誇りがあるように、我にも誇りがある……負ける訳にはいかぬのだ!」 昂然と顔を上げて、冬織が高らかに叫ぶ。 纏わりつく焔を払ったアルバートが、烈鬼の異変に気付いて声を上げた。 「これは……!」 胸元に刻まれた“命燃の印”が、焔を帯びて眩い光を放つ。 「――来るわ」 エナーシアが短く警告を飛ばした直後、彼女の眼前が紅蓮に染まった。 巨大な火柱が立ち、焔が渦を巻いて前衛に立つリベリスタ達を襲う。 佳恋を庇いながらもギリギリ耐え抜いたエナーシアは、序盤から零児を庇い続けていた京一と、レンと庇い手を交代したフィネが、相次いで焔の中にくずおれるのを見た。 「たとえ倒れ伏そうとも、立ち上がって若い人たちのために私が出来ることをするだけです」 己の運命を代償に、京一が自らの身を支える。同じく、運命を差し出して薄れゆく意識を繋いだフィネが、ごうごうと燃える火柱と、その中に立ち続ける烈鬼の姿を瞳に映す。 “死灰復然”――熱を失いつつある灰から、再び燃え上がる焔。 ひときわ激しい紅蓮の焔は、今度こそ烈鬼を灼き尽くすのだろう。 (崩界を防ぐため、何を奪い、何に犠牲を強いたのか、けっして忘れない為に――) その焔を、フィネは目に焼き付ける。 ルカの詠唱に呼び起こされた高位存在“聖神”の力が、癒しの息吹としてリベリスタ達を包み込んだ。彼の視線は、烈鬼に向けられたまま。 「鬼というよりは、尊敬すべき一人の武人として。 最期まで戦い、そして死ぬという彼の望みを叶えたいと思います」 ● 荒れ狂う焔を吸収した烈鬼の全身から、燃えるような熱を帯びた凄まじい闘気が発せられる。 回復を受けて息を吹き返したリベリスタ達は、烈鬼に向けて激しい攻勢に出た。 アルバートの気糸が、冬織の魔曲が、亀裂の入った額の角を狙い撃つ。 “死灰復然”の焔で傷ついたエナーシアを、佳恋が庇った。 「仲間の盾になることぐらいしか、今の私にはできません。 でも、だからこそやらせるわけには、いきません!」 対物ライフルを構えたエナーシアが、角に狙いを定めてトリガーを絞る。 「後少しと教えてくれるとは親切なのね」 一度きりの大技を使用したということは、もはや烈鬼にも後は無いということ。 大口径の弾丸が、一発、もう一発と、立て続けに角を抉った。 今にも折れそうなほどに傷ついた角の根元から、紅い血がどろりと流れ出す。 それでもまだ、烈鬼は倒れない。 灼熱を孕んだ咆哮が空気を震わせ、燃え盛る焔の豪腕がリベリスタ達を打つ。 その攻撃の前にとうとう佳恋が倒れたが、逆に言えば、ここに至るまで戦闘不能者を出さずに耐え抜いたということだ。 彼我の数は一対九。回復に支えられ、リベリスタ達は決着に向けて動く。 「前に『弱点を晒しているお前は守り手には不向き』だと言ったな。 ――確かに、射線もわかりやすく、守りやすい。肉を切らせて骨を断つ、だな」 意思ある影を足元から伸ばしたレンが、道化のカードを手に烈鬼を真っ直ぐに見た。 烈鬼は最初から、己の角が狙われることを予測して徹底した回避行動を取り続けている。防御が効かずとも、角への直撃を避ければダメージを軽減できるからだ。 そうでなければ、先のエナーシアの銃撃(クリティカル)で角を砕かれていただろう。 「まさに武人だ。その心意気に敬意を払う。 だが――今回はその肉ごと骨を断たせてもらう! 断ってみせる!」 決着を予告するカードが、ガードに動いた烈鬼の腕を切り裂いて角の根元に突き刺さる。 何があっても撤退はしない――。 不退転の決意で踏み込んだ零児が、鉄塊の如き大剣を振り上げた。 「戦いの終わりは、俺かあんたのどちらかが倒れた時だ」 紅き炎を燃やす零児の瞳と、焔の灼熱を宿した烈鬼の瞳が互いの姿を映す。 両者の闘気が爆発し、裂帛の気合が地を揺るがせた。 “DEAD OR ALIVE”――その名の通り、生死を分けたのは、まさに一瞬。 『――見事』 渾身の一撃を叩き付けた零児の耳に届いたのは、烈鬼の賛辞。 根元から折り砕かれた角が地に落ちた瞬間、烈鬼の全身が紅蓮の焔に包まれた。 ● 激しい焔が、戦いに敗れた烈鬼を体内から灼く。 彼がもはや灰となり燃え尽きるしかないことは、誰の目にも明らかだった。 「烈鬼、お前と戦えたのは俺の誇りだ」 レンが、焔に包まれた烈鬼に語りかける。 焔の向こうにある烈鬼の漆黒の瞳は、静かな満足を湛えていた。 己の全てを賭し、そして敗れた。 悔いは無いと――烈鬼の瞳が、そう言葉を返す。 前に進み出たルカが、「さようなら」と別れを告げる。 「烈鬼と言う武人が居たこと―― そして最期まで、武人としての誇りをもって確かに戦いの中で死んだ事を私は忘れません」 紅蓮の焔に身を灼かれながら、烈鬼は確信する。 生き恥を晒し、落ち延びたことに意味があったとしたら。それは、この闘いのためだったのだと。 『汝らと闘えたことに感謝する』 焔の中で、烈鬼は己を破ったリベリスタ達、一人一人の顔を眺める。 燃え尽きる瞬間、彼が穏やかに微笑んだのを――佳恋は、確かに見届けた。 「誇り高き強者よ。主の事は忘れ得ぬだろう」 烈鬼の身を灼いた黒き灰に向け、冬織が手向けの言葉を贈る。 「……骸、野晒しには、したくありません。できれば、最後の地となったここに、お墓を」 フィネの言葉に、アルバートが頷いた。 「死した鬼を悼む訳ではありませんが。有象無象の一部と扱っては、彼も浮かばれないでしょうから」 そっと手を翳すと、灰が急速に熱を失い、冷えていくのがわかる。 アルバートは灰を一握り手に取り、誰にともなく呟いた。 「命を燃やして戦いを挑む……。 真似しようとは思いませんが……いや、私どもも似たようなものでしょうか」 強い風が吹き、黒き灰を高く舞い上げる。 それを見たエナーシアは、そっと、祈りの言葉を口にした。 「Rest In Piece.――その灰が望む処まで届くことを願うわ」 地に転がった烈鬼の角を、零児が無言で拾い上げる。 根元から折り砕かれた一本の角。最期まで闘い抜いた鬼の、朽ちぬ証がそこに在った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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