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朝告げの鐘

●Blue hour
 地平の彼方に先触れがにじむ。
 昏い闇を押し広げ、空を淡紅藤に染めていく。
 それは光が現れる前の景色。目醒めゆく世界の姿。
 遠く街を見下ろす山腹に建つ塔は、薄霜に覆われた石肌で黎明の風を浴びる。

 その塔に、老人は毎朝まだ暗いうちにやって来る。
 斜面と断崖の狭間のわずかな平地に建つ、石積みの塔。
 身を屈めてようやく人ひとりが通れる入口から踏み入れば、中にはただ頂へと続く螺旋階段があるばかり。窓とも呼べぬ程度の穴が採光のため壁に時折穿たれてはいるものの、外も薄暗い時刻では中はより闇に近い。
 塔内をねぐらにする数十羽の鳩を愛でながら、古めかしいランタンを手に不自由な片脚を少し引きずるようにして塔を上る。
 そうして到った塔の頂で、年老いた男は深く長い感嘆を吐く。
 眼下に広がる生命の証。
 人々が暮らす街。生きるため築かれた街。世界を、そして未来を護る街。眠っていた街が動きだすさまを、目映い光が生まれゆくさまを、瞳を細めて飽かず眺める。
 やがて皺だらけの手が細い鎖を引けば、頂に吊るされた洋鐘が軽やかに身を揺らす。
 朝告げの鐘の音と共に、純白の鳩たちが一斉に大空へと羽ばたくのだ。

●White dove
「その鳩の群れの中に、エリューション・ビーストと化したものが現れた」
 少女は簡潔に事実を告げた。
 聡い者は既に次なる言葉を解していると知りつつ、言葉を続ける。まだ幼さの残る桜色の唇が、小さくもはっきりと動く。
「殲滅して。一羽も逃さないで」
 今夜のうちに赴いて、朝が来る前に終えねばならない。さもなくば年老いた塔主が最初の犠牲者となるだろう。
「数は十数羽。然程強くもないけど、群れの中に混じっていて見た目もただの鳩と変わらないから、判別がつかない。……尤も、区別する必要を感じないなら群れの鳩すべてを殺し尽くせば済む話」
 当然、戦闘の衝撃で塔が崩れたり、血まみれになったり、無害な鳩もみな全滅していたら老人は酷く悲しむだろうけれど。抑揚の薄い声音で『リンク・カレイド』真白 イヴ(ID:nBNE000001)は淡々と言う。
 どうにかできないのか、と幾人かが表情を曇らせると、フォーチュナは無言で視線を向けた。紅と翠の瞳がひたと見据える。
「…………糸口は無くもない」
 声が発せられたときには、視線はもう外されていた。白い指先が端末の上を滑り、幾つかのデータが示される。
 鳩たちはみな臆病で、なにかに驚けば一斉に塔内から外へ飛び出すこと。
 普通の鳩は逃げるのみだが、エリューション化した鳩は攻撃を向けられると迎撃すべく襲い来ること。その攻撃は軽やかに舞い翔んでのクチバシでの切り裂きで、裂かれれば血が出るであろうこと。
 そして、深手を負い勝ち目が無いと感じれば即座に逃げに転ずること。
「戦場の選定も、よく考えて。塔の中か、外か、……近くにもうひとつ、なにか場所が在りそうだけど——。……ん、たぶん、真っ暗で……冷えきった……、水が滴る音が、響くような……、そんな場所」

 告げるべきを告げ終え席を立とうとした少女は、ふと動きを止め、顔を上げた。
「任務を果たす頃には、もう朝が近いだろうから」
 見てきたら? と瞳が語る。
「街を一望する機会も、そうあるものじゃないし。夜が明ける瞬間は、やっぱり、少し……特別な時間だと思うの」
 世界を臨む静謐な時間は、同時に己と向き合う時間にも成り得よう。
 目が合うと、少女は一瞬口元を引き締めた。それはかすかな微笑みだったのかもしれない。
「……刻み込んでくるといいわ」
 その胸に。
 この街が迎える、はじまりの朝の光を。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:はとり栞  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年04月18日(月)23:40
 初めまして、はとり栞です。
 一本目ということで、門出っぽいシナリオを目指してみました。
 気持ち的メインディッシュは「朝」ですが、戦闘で手こずると朝の描写が減るので、戦闘を円滑にこなし朝を満喫すべく頑張りましょう。

●成功条件:エリューション・ビーストの殲滅
 取り逃がすと失敗です。

●戦闘
「エリューション化した鳩」のことは「敵」と書けばはとりに通じます。ただ「鳩」だと紛らわしいので。
 戦場の「もうひとつ」は予想を立てる必要があり、当たっていれば見つかります。外れた場合は見つからず、他の場所での戦闘となります。
 いずれにせよ、場に適した戦略があればどの戦場でも成功は可能です。
 そのほかの情報はオープニングに示されています。

●朝
 任務達成の暁には、朝を迎える三高平の街を塔の頂から眺める時間を過ごせます。
 塔や鳩の状況次第で重苦しい朝にも爽やかな朝にも成り得ますが、老人は基本的には快く塔に迎え入れてくれますし、話しかければ応じてくれます。
 リベリスタとして、アークとして、これから始まる日々について、初戦闘や初任務などなど、各々の「朝」を迎える気持ちや姿勢を掘り下げてみて下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
クロスイージス
ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)
スターサジタリー
エナーシア・ガトリング(BNE000422)
ソードミラージュ
ルア・ホワイト(BNE001372)
ナイトクリーク
アルカナ・ネーティア(BNE001393)
クロスイージス
アウラール・オーバル(BNE001406)
スターサジタリー
八文字・スケキヨ(BNE001515)
デュランダル
千早 那美(BNE002169)
プロアデプト
ウルザ・イース(BNE002218)

●夜を往く
 辺りは底知れぬ闇だ。
 照明に満ちた街では遥けき空の中にしか見いだせなかった真の夜が、今は皮膜一枚隔てただけの間近に息衝いている。
 燈が照らす光の範囲よりもずっと広く、闇は無尽蔵に存在している。そう思い知らされるような道行きの半ば、『威風凛然』千早 那美(BNE002169)は仲間たちの背をじっと見つめ、そして目を伏せた。即席の松明がくれる視界の中で、時折立ち止まっては枯れ枝を拾う。
 陽の無い時刻では影も無い。黒一色に沈んだ遠い斜面を見遣り、『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)は条件式を再構築する。陽が昇る方角を勘案し、思索を巡らせながら解を手繰る歩を進めた。
 フォーチュナがもたらした情報の断片は、一同の分析に導かれてひとつの予想に行き着いていた。確信とも云えるほどのそれを、あとは確かめるだけだ。
 岨道を黙々と歩き、やがて彼らは塔に到る。
 深い深い眠りの中で塔は未だ沈黙を保っていた。
 戦闘は事前準備こそが肝要だ。『気焔万丈』ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)の目配せに、みな無言で頷き散っていく。
「……爺さんの辛気臭ぇ顔なんざ見たくないしな」
 渋々といった様子の『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)はしかし、細やかな意識で山肌を伝うか細い流れにも目を留めた。向けた明かりを反射し、斜面の岩壁を垂れ落ちる水がかすかに煌めいている。
 岩壁を撫でて周囲を辿っていくと、探したものはすぐに見つかった。突然支えを失った手が宙を掻き、見れば掲げたランプの光がぽっかり口を開けた闇の奥へと吸い込まれている。
 数分後。
 散開していた仲間たちの携帯電話が鳴る。
「あっ、聞いて聞いて♪ あのねアウラ君がねっ……」
 耳に飛び込んできたのは『ポプラの雪風』ルア・ホワイト(BNE001372)の声。弾む息は探索に奔走していたことだけが理由ではあるまい。
 彼女は呼吸を静めるように大きく息を呑み込むと、みなが求めていた朗報を告げた。

●しじまを破る
 冷えた紫の瞳が、未だ夜の最中に在る頂を見上げる。
 そこにあるのは緊張か倦怠か。入り混じる期待と諦観に、唇は戯れ言を詠う。
「鳩に鐘、といったら銃よね?」
 空いた片手に物足りなさを感じつつも、『BlessOfFirearm』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は銃を弄んで時を待つ。結局のところ、いつも通り——殺るだけだ。
 その視線の先で、仲間にぞんざいに背を叩かれた瘦せぎすの男が小さく咽せていた。
 乱暴にオートキュアをかけていくアウラールの態度は心を隠す偽りだけれど、それを好ましいと『ストレンジ』八文字・スケキヨ(BNE001515)は思う。
 そのウソは、人を傷付けない。
「だからこそ」
 塔の入口にしゃがみこみ、彼は闇をも視通す瞳でそっと中を覗き視た。
「老人くんの愛する鳩を偽るなんて最低最悪のウソ、許し難いね」
 翼に力を込めて塔の採光窓まで翔び上がった『有翼の暗殺者』アルカナ・ネーティア(BNE001393)は、同様に頂近くの窓に張り付いたウルザと、入口で矢をつがえたスケキヨを確かめ、自身も水鉄砲を構えた。
 愛でた鳩が斯様に豹変するなど思いもよらぬことであろう。こうなった以上、変じた鳩を生かしてはおけないけれど。
「この塔の主には、見せられぬの」
 決意は、トリガーを引く指の一挙に込められる。
 冷えた水が迸り、寝耳に水を浴びた鳩の一羽が騒ぎだせば騒乱は瞬く間に広がった。
「豆ガトリングいくぜー!」
 同時にウルザが豆を投げ、即座に飛び退き窓を離れる。豆つぶてに目を丸くして慌てふためく鳩たちが、窓という窓から零れるように飛び立っていく。
 そこへ放たれた一矢が吹き抜けの空間を斬り裂いた瞬間、混乱に占められていた場に、異なる気配が生じた。
 殺傷のための武器から放たれた力に、一部の鳩が目の色を変える。
 殺られる前に殺れ。その衝動が、殺意となって殺到する。
 引き攣れた呻きを洩らしてスケキヨが転げた。
 狭い入口が幸いし、殺到した攻撃すべてに晒されはしなかったが、咄嗟に顔を庇った両腕はズタズタに引き裂かれている。それでも即座に立ち上がった彼は、全力で走った。栓を抜かれた入口から幾多の鳥影がぶわりと溢れ、あとを追う。
「あれで全部!?」
「中にはもう居らぬようじゃ!」
 塔外で惑う鳩へも確認の威嚇射撃を行いながら、エナーシアが叫ぶ。窓から中を照らし見たアルカナが応えて声を張り上げた。
 それはまるで水と油のように、明確に分離した。
 恐慌に惑うばかりの自然の鳩は那美が振り回す松明の炎にも慄いて空の高みへ逃れ、異質なる鳩——エリューションは地表の敵を迎撃すべく滑降してくる。
「こっち、こっち〜!」
 ルアがスケキヨと並走し、導くように明かりを揺らす。人が、鳥が、雪崩のように夜の中を馳せていた。
 その先には闇の口を開けた洞が待っている。
 目当ての洞窟の手前で足を止めたルアが、全身の感覚を尖らせ身体のギアを上げた。
 速度を落とせば追いつかれる。スケキヨが彼女を追い越し走り続けると、すかさず隣に別の光が生まれた。
 消していたランプを灯し、黒子に徹していたソウルが先導を引き継いだのだ。不要と必要の境目を弁えた兵士は、雪崩の先陣を切って闇の中へと駆け込んでいく。

●夜を越えて
 ボウッ、という低い音が洞窟に響いた。
 那美の手を離れた松明が積んでおいた枯れ枝の上に落ちると同時、燃え立った焰が冷湿な空気を炙った。油の燃える臭いが薄く広がる。
 自然の鳩ならば本能の叫ぶままに炎を畏怖し逃げだしただろう。迎撃に猛るゆえか、本能を逸しているのか、敵にその素振りが無かったのは幸いだった。策を講じて誘い込み、叩こうという矢先に回れ右をされてはたまらない。
 青空に美しく映えたはずの純白の鳩は今、洞窟で炎に照らされて赤黒いシルエットをまとう。壁に天井に映し出された影は不気味に揺らぎ、脳にこびりつく悪夢のようだけれど、
「嫌いじゃないわ」
 那美は硬い声で呟いた。胸を押さえた掌を握り締め、一気に胸元の鋼糸を引き抜いた。
「今度は、こっちから行くよ!」
 響いたのはウルザの澄んだ声。定めた一羽に杖を向ければ、不可視の気がみるみるうちに煌めく気糸となって具現する。瞳を細めて放たれた糸は音もなく敵の翼を貫いた。
 バサバサと片翼でもがき、鳩とは思えぬけたたましさで怒り鳴く敵を、目にも留まらぬ二連の断ち筋が斬り伏せる。ふわふわのフリルとリボンをなびかせ、ルアが軽い靴音を立てて着地した。
 今まで何もしてこなかった者までが、洞窟に入った途端に牙を剥く。敵はこの八名全てが迎撃すべき脅威なのだと認識したが、袋小路に誘い込まれたと気付く頭は無い。
 気付かぬまま、猛るままに襲いかかる。
 ときに滑降し、舞い上がり、軽やかに踊るその軌道は複雑な線を描いた。目を見開いたアルカナは慌てて飛び退るも、肌を裂かれて顔をしかめる。痛みよりも、服を裂かれたことと、生地に紅い染みが付いたことが癪に障る。
 敵の舞いを見定め躱すさまは、ダンスの相手をするにも似ている。別の一羽の横手からの攻撃に、今度こそはと気を引き締めた。
 天井は奥へ行くほど高くなったが、クチバシという武器しか持たぬ敵が襲い来る瞬間はアルカナにとっても好機である。幾度目か、敵が滑降に入る間を捉えた彼女は空中で身を翻し、すれ違いざまに全身から捕縛の糸を解き放った。
 気糸に絡まり痺れ墜ちた哀れな鳥は格好の的だ。
 ソウルの右腕から重々しい駆動音が響き渡る。空気すら揺るがすほどの唸りを上げる。集中を高め時を待つ忍耐を経た男は、鋼鉄の杭に全身の膂力を乗せ、叩き付けるように打ち込んだ。岩盤まで穿つほどの破壊力で、敵を完膚無きまでに破壊する。

 胸ポケットに忍ばせたラジオの、雑音の中から洩れ聞こえる番組に、アウラールは時折耳を澄ましていた。時間はまだ大丈夫。夜明けにはもう少し、猶予がある。
 半端な手傷を負わせるぐらいなら機を待ち、翼を潰した個体から確実に仕留めていく。敵を逃さぬ堅実な策は、それだけ時間のかかる策でもあった。
 スケキヨとエナーシア以外は乱戦の中で消耗を蓄積し、止まらぬ血がそれを加速した。アウラールは世界の生命を借り受ける癒術に追われ続けて、止血にまでなかなか手が回らない。
 エナーシアが硬貨をも撃ち抜く正確さで鳩の肩を砕いたのを見て、那美はすぐに一歩を踏み出した。
「ただ、今は出来ることをやるしかないわ」
 血で滑る掌に鋼糸を巻き付けて握り、全身の力を鈍色の鋼糸に注ぎ込んで、一閃。空気を裂いて奔る鋼糸の一端に触れただけで、敵は弾かれたように吹き飛ばされ壁に激突する。
 十三居た敵が、五まで減ったとき。
 無傷の一羽が突如出口を目指したのをきっかけに、敵の流れは一気に「逃げ」へと傾いた。
 最初に出口を目指した一羽を、スケキヨが狙う。
 ギリギリと弓を引き絞り、矢羽根を離した瞬間にはもう、狙いの先で矢は翼を貫通していた。バランスを崩し失速したその一羽を、続くルアの刃が受け止める。流れる刃先が生む幻惑は酷く優しく、そして鋭く肉を断った。
「よし、墜ちろー!」
 ウルザの気糸が別の一体を標的に選ぶ。絡み合い紡がれながらまっすぐ伸びた煌めく凶糸は違わず敵に到達する。儚き気糸が消えるよりも早く、アルカナの鋼糸があとを継いだ。ふわりと首に絡んだ糸に、破滅的な黒い気配がまとわりつく。
「こやつらも、好きでこうなったわけではないのじゃろうが」
 かといって逃がすという選択肢は無い。
 指にかけた鋼糸を軽く引けば、ごき、と小さな手応えを得る。
 それでも。
 刃の上をすり抜け、人の間を掠め飛んだ三羽が網を抜けた。
「逃がすか!」
 アウラールが追い縋るが、届かない。
 空は墨を薄めるように明るさを増しつつある。三羽は誰のものかも判らぬ血で赤黒く染まった翼をなお羽ばたかせる。
 もうすぐ、大空の下に出る。
 もうすぐ、脅威が野放しになってしまう。
 だが、洞窟の出入り口にはもう一枚の壁があった。
 エナーシアが構えた銃口が、数えきれぬほどの火を吹き、轟音を発する。蜂の襲撃の如き弾幕は、暴力的なまでにすべてを穿つ。
 立ちこめていた硝煙が風に攫われたあとには、翼の原型も留めぬ襤褸屑が三つ。
 すべての脅威を摘み取って、夜は終わった。

●朝に出逢う
 枯れ枝の薪も燃え尽きて、ひとすじの白煙だけが静かに立ち昇る。
「まあ、片付けまでが任務ってな感じだわな」
「俺は死んだものなんてどうでもいいけど」
 相変わらずうそぶくアウラールに、ソウルが歪めた口の端から吐息だけを漏らして笑う。
「それにしちゃあ、スコップ持参したり墓の場所に気ぃ遣ったりしてんよな?」
「それは……、元は爺さんの可愛がってた鳩だから……」
 ぷい、とそっぽを向く彼にソウルはもう一度笑い、小さな亡骸を埋めた場所に最後の土をかける。
 何をせずとも朝は来る。
 けれども、今日は幾つもの朝の中から「好い朝」を掴み取ることができたのだろう。
 仲間たちの姿を眩しげに眺め、那美は逆に唇を噛む。白みゆく空に背を向け、ひとり塔をあとにした。道に伸びる己の影を見つめながら、けれど彼女の決意を秘めた眼差しもまた確かに明日へ向いている。
 すれ違った少女を振り返った老人が戻した視線の先には、また別の少女が立っていた。
 人が来ること自体が稀な場所だが、鐘を鳴らすところが見たいとエナーシアが請えば、老人は断る言葉を知らぬかのように頷いた。
 差し出した手を「有難く」と借りる老人と共に、エナーシアは一段ずつ、ゆっくりと階段を上る。
 鳩の姿は、まばらだった。
 塔内に戻ったもの、わずかな緊張を残し採光窓のふちに居るもの、辺りの樹から様子を窺っているもの。頂を見上げてしばし黙していた老人は、手近な鳩を撫でながらただ頷いた。
 まず『エリューション』をどう言い繕うべきか。考えては口を開き、悩んでは閉じ……を繰り返し、スケキヨは結局何も言えぬまま二人の後について塔を上る。
 階段を上る間にも、朝と夜は混じり合い、その比率を変えていく。
「わぁ……♪」
 頂に顔を出したルアは、思わず歓声を上げた。
 幾本かの柱のほかに視界を遮るものはなにも無い。
 朝の光は、もう地平のすぐそこまで来ている。光が孕む色を空が受け止めて、刻々と彩りが変わっていく。
 いつも通りで、けれど一度きりのもの。それは朝だけに限らないのだとエナーシアは心の何処かで知っている。
 環境は確かに変わった。誰かを救い、ときには傷付ける、その影響は以前より大きいのかもしれない。
 けれど自分は変わらない、とウルザは思う。リベリスタになる前も後も、大差無い。いつだって解を探しているだけなのだ。
「はい! みんなもどうぞ!」
 ルアがあたたかなお茶を注ぐと、アルカナが真っ先に飛んできた。チョコと物々交換のように湯気のたつカップを受け取り、特等席の屋根に座る。あたたかいカップを抱きながらゆらゆら脚を揺らしていると、緊張が解けたのか、ふぁ、とあくびが洩れてしまう。
 だって物欲しそうな顔してたから、と満面の笑みで差し出され、スケキヨは些か動揺しながらも礼を言う。あたたかなおにぎりを大事に抱いて、ふと、ようやく言葉が見えた気がした彼は老人に告げた。
「みんな、良い鳩さんたちだよね」
 悪い鳩さんなんていない。そう、いなかったと、全力でウソを吐き通そうと決めたのだ。幸せを守るウソなら、それは素敵なウソだと信じてる。
 老人は少し驚いたような顔をして、それから、有難う、と言った。優しい子だ、とも。
「そうじゃな、おまえさん方のような者が居れば……」
 三高平の街を眺めてぽつりと呟いた老人はそれ以上は何も言わず、目が合えばやはり静かに頷いて満足そうに微笑むばかり。
 顔を出した太陽が、街を朱金に染めている。
 ルアは瞬きも忘れて色付いていく街を見る。夜は色を失っていた世界が、光を浴びて色を取り戻していく。
 守りたい。壊したくない。崩壊だって止めてみせる。
 だから。
「私は……走り続けるよ」
 ぽつりと零れたのは誰へでもない、自分への言葉だったのかもしれない。
 独りでは心細さに負けてしまう夜もあるけれど、皆と一緒なら夜は越えられる。だって今日、私たちはそれを証明したばかりなのだから。
 老人が、細い鎖を引いた。
 鐘の音に、鳩たちが一斉に飛び立っていく。
 遠巻きにしていた鳩もみな、飛び立った。
 群れがまた、大空でひとつになる。
 光溢れる朝を告げて、鐘はどこまでも澄んだ音を響かせた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 ご参加ありがとうございました。はとり栞です。

 判定に関しては基本的にリプレイに込めてあります。

●洞窟
 「当てれば見つかる」というメタな条件でしたので、「どう探すか」までは無くても良かったんですが、折角色々考えて下さったので描写に盛り込んでみました。
 仮に「どう探すか」も考えて下さい、という条件だったとしても、今回のプレイングの総合評価でなら発見に到ったと思います。

●戦闘
 内容の詰めがややおおざっぱだった印象です。
 これが純戦で敵がもう少し強かったら危なかったと思います。

●全体
 とても楽しく執筆させて頂きました。
 特に「朝」のような部分に関してはキャラクターの内面ができあがっていないとプレイングを書くのも(何も思いつかなくて)難しいと思うんですが、こういう機会に色々妄想を膨らませることでキャラクターができていく、というパターンもあると思うので、こういった要素は今後も積極的に入れていきたいと思っています。

 ご参加ありがとうございました。またの機会があることを楽しみにしております。