● 温羅への切り札になる『逆棘の矢』の争奪戦は、完全な勝利には至らなかった。 リベリスタ達も尽力したが、鬼道が予想以上に強力だ。或いはそれだけ矢には意味があるという証明なのかも知れないが。 何れにせよアークは温羅に対する切り札を一先ず二本は確保し、一定の作戦成果を上げる事は出来たと言える。 しかし、事態はこれまでとは違う状況に差し掛かりつつある。鬼道は近い内に再び大規模な進撃を開始し、人間社会に大きな仇を為す――『万華鏡』が恐るべき未来を観測したのだ。 当然、あの暴挙を……それ以上の暴挙を繰り返させる訳にはいかない。彼等が動き出す未来を知ってしまった以上はアークは覚悟を決めるしかない。現時点において温羅に対する対策は完璧ではなく、状況は混沌としているがそれでもだ。アークは決戦に踏み切る事を決断した。 作戦目標は鬼道の本拠地『鬼ノ城』の制圧及び鬼ノ王『温羅』の撃破。鬼ノ城自然公園に出現した巨城は堅牢な防御力を誇るだろう。簡単な戦いになる筈も無いがやり切る他は無い。 繰り返しになるが『鬼ノ城』攻略は簡単な仕事にはならない。まずはじめにアークの障害になるのは四天王『烏ヶ御前』率いる部隊だ。彼女と彼女の配下達は『鬼ノ城』に敵を寄せまいと積極的に迎撃に出てくるだろう。彼女と彼女の部隊に対してどういう戦いを見せるかで城外周部における安全度が変わってくる。エリアを制圧する事が出来れば後方回復支援部隊による援護効率が向上し有利な状況を作りやすくなるだろう。 第二の難関は城門だ。ここでは同じく四天王の『風鳴童子』がお前達を迎え撃つ。攻城戦において有利は常に守備側にある。地の利を持つ彼と彼の部隊は精強な抵抗を見せるに違いない。城門を突破しても安心は出来ない。御庭では鬼の官吏『鬼角』率いる精鋭近衛部隊が戦いの時を待っている。城門と御庭のエリアを制圧すれば鬼ノ城本丸への進撃が効率的になり、敵の強化が解除される。そして本丸下部の防御を受け持つのはあの『禍鬼』だ。何を考えているか分からない奴だが、手強い敵なのは間違いない。『温羅』との決戦に臨む部隊の余力を温存出来るかどうかは各戦場での勝敗にかかっている。 又、重要な事実だが『風鳴童子』、『鬼角』、『禍鬼』はそれぞれあの『逆棘の矢』を所有している。彼等の撃破に成功すればこの矢を奪い取る事が出来るかも知れない。エリアの制圧と共に有意義な作戦目標になるだろう。 かくて駒は盤上に集い、舞台に衆目が集う。 古代から連綿と続く、鬼と人の戦の幕が上がった。 ● 鬼と人の物語と言うものには立ち難い因果関係が存在する。 私は常々、そう思っているのだ。 「そういう意味では、奴の行いもそう間違ったものではないのだが」 しかしどうもいけ好かない。 私は、羽織を翻して懐から煙管を取り出すと、煙を一つ吐き出した。長い髪が薫風に揺れる。 薫り高い、血と砂煙と臓物の香り。 私の好きな、闘いの匂いだ。 先程まで、手下の所を回ってきた。手勢こそ少々居るものの、基本的に私は群れるのを好まない。人の言葉で言えば、傭兵と言うのが適当なのだろうか。 しかし、温羅殿の復活ともなれば話は別だ。あの方には一方ならぬ憧憬がある。徒党を組むのも止む無しと言ったところ。 そして、しかし。だからこそ、私自身の我は通したいのも鬼の情と言うものだろう。 端的に言う。私は闘いが好きだ。 しかし、私は卑怯な真似を嫌う。 つまり、戦が好きなのではないのだ。 中々度し難いものだと己でも思うが、こればかりは性分だ。 「さて……ここならば、良かろう」 足を止めた。 ここは拓けた地形であり、城を守る我等の戦場としては甚だ不適だ。つまり、下手な小細工の介在する余地はない。 そして、逆に、ならば。このような場所は、敵にとっては予想外の襲撃地点となるだろう。 そして、更に、ならば。そのような場所にて私と応戦できるならば、それはきっと強い者に違いない。 年甲斐もなく武者震いに震える。弱いものを食い散らすよりも、私はやはりこちらの方が好みだ。 風を受けた若木のように揺れる私の身体は、鬼としてはやや細身に過ぎるかも知れない。 しかし、私は一つ、自慢の技がある。 その昔に人間の遣うのを見て、すっかり魅了されてしまった技だ。 この技には、美意識がある。 ただ力に任せて押し潰すのは美しくない。 ひゅるり、とその時。どこぞの戦場から流れ込んできた人間の一匹が、吼えながら突っかかって来るのを見た。 準備運動には丁度いい。 彼が剣を振り被るのにあわせて、私は一歩踏み込んだ。呼吸が判り易い。未熟者め。振り下ろす前に、柄頭に手を当ててぐっと押し込んでやった。 ヒトガタの生き物は、汎用性と引き換えに重心の安定を犠牲にしている。そこを知っていれば、この通り。 哀れな彼は、確度が悪かった。後頭部を地面にしこたま打ち付けてしまった。かわいそうなので丁寧に喉笛を踏み潰してやる。 さあ、私の武を振るう場所を与えてくれ。人間よ。 ざわつく風が、私に強敵の襲来を感じさせてくれた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕陽 紅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年04月07日(土)23:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 鬼が、君臨していた。 この男は別段帝王という性質ではない。轡を並べるという意味での人望はあれども、支配には縁遠い。むしろそれを嫌う。 であれども、君臨という言葉が似つかわしい。その戦場には鬼と人の屍が折り重なっていた。戦において兵站は最重要事項の一つだ。なればこそ、侵攻に直接の影響を及ぼす土地でなくともそこは戦場になり得る。 侍が散開した。侍共は俗に当世具足とも呼ばれるような赤揃えを着込んでいる。刀は日本刀ではなく、総じて切れ味よりも耐久性を重視した太刀。 ねっとりした空気が充満する。血煙はこの限定された空間に粘性を与えてどろどろどろどろどろと。 「来たか。人間共」 鬼が柳のように身を揺らす。煙管を燻らす。煙に赤い色が付いているような錯覚。噎せ返るような臓物の匂い。 「そろそろ退屈していた処だ。この戦場に遍く在するのはただ闘いだ。闘争だよ。私を突破するのは単純だ。“殺せ”」 ただ、それだけで良い。 目が脂でぎらぎらと鈍く光っていた。 「成程、確かに単純極まりない」 しゅる、と衣擦れる。アルジェント・スパーダ(ID:BNE003142)がネクタイを緩めた。懐から苦無を取り出すと両手に構える。低く構える。 彼は喜んでいた。戦う覚悟の無い一般人巻き込まれる事も無く、悲しみもない戦う為だけの大舞台。 誂え向きの華の戦場。 「となればこちらも小細工は抜きで正々堂々、真っ向勝負。心行くまで堪能させて貰おうじゃないか!」 「いいね、いいね」 がり、と親指を噛み切ると僅かに血が流れた。それが刃となって更に身体を切り付けて血が流れる。 『突撃だぜ子ちゃん』ラヴィアン・リファール(ID:BNE002787)が拳を掌に打ち付けた。 卑怯なフィクサードよりはよっぽどいい。 それはきっと、アザーバイドは存在で、フィクサードはイデオロギーだから。 術の詠唱に脅威を感じ、強気に笑む少女に向かって走り出そうとする二匹の鬼侍。挟み込むように迫る。その足取りは見た目の荒々しさに反して滑るよう。詠唱しながらステップを踏むが、一撃、腕に確かな傷を負う。その血すら術に組み込む。追い打とうと侍が動く。動いた。筈だった。 激しい金属音が響く。 一撃は鬼の兜に石突が、もう一撃が鬼の太刀に。火花を散らしながら飛び下がった。 「我こそは、奥州一条家永時流三十代目、一条永! 往くは阿修羅道、武をもって罷り通る!!」 「来いやぁ!!」 『永御前』一条・永(ID:BNE000821)の薙刀が二匹を同時に薙ぎ払ったのだ。それを受けて鬼の一匹が吼えるが、重い一撃に身体が痺れている。その隙にラヴィアンが退がり、『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(ID:BNE003341)が脳内の神経伝達速度を加速させる。ユーキ・R・ブランド(ID:BNE003416)は漆黒の武具をその身に纏って前に出た。戦支度を着々を整えていく。動けない二匹と入れ替わるように、二匹が左右から八相に構えて走り寄る。『紅炎の瞳』飛鳥 零児(ID:BNE003014)が庇って受けた。右腕を差し出し、左腕に鉄の塊を、そして受ける。そこまでの攻防を於いて、後ろから全体像を把握しようとしていたカルラ・シュトロゼック(ID:BNE003655)は違和感を覚えた。 本気ではない。否、殺気は籠められている。つまり牽制か、しかしそれに似合わぬ速攻。 「成程」 一瞬の疑問は、直後の柳童子の言葉ですぐに氷解した。 「これで死なぬか。期待は出来そうだ。色直しはそれで仕舞いか? まだあるのなら全て済ませてしまえ」 傲然。 否。 その目に驕りはない。 ただ、願いは全力の闘いのみ。 「出尽くしたか。ならば、征くぞ」 そうしてやっと、鬼が動いた。 彼の歩みには踏み込みというものが存在しない。筋力を最低限しか遣わず、重心と重力の作用のみで一瞬に距離を詰める。 詰めようとした。 ばちり、と弾ける音に手を引く。灼けた手をまじまじと見つめた。 並び立つ仲間達の中で、一人突出した少女の瓶底眼鏡に鬼の角が映った。 「しばらく1対1の闘いになりますからね。名乗らせていただきますよ」 『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(ID:BNE002689)。そう名乗った少女の、盾をのみ構えるという異様を見てしばし沈黙する。 「良かろう。潰し合いか。名乗ってやる。これなるは、生まれは吉備の鬼童子。全てを流す意気より名乗りし字は柳」 僅か半身になる。 「推して参る!」 紅い空気が弾けて散った。 ● 低い低い構え。そこから弾ける。しなやかな躍動。アルジェントの瞳が金色の光を引いて奔る。野生の狂奔。 誰よりも早く、アルジェントが苦無を牙に、腕を顎に、鬼侍に噛み付く。苦無の一本を正確に捌かれ、体当たりで後ろに飛ばされた。動きは淀まない。 止まらないままに、飛び退る。ラヴィアンが詠唱を終えていた。黒鎖が渦を巻く。咄嗟に、前に出ていた二体の鬼が更に前に出て視界を覆う。 「ち、まぁいいや!」 舌打ち。にやりと笑う。葬送曲・黒の黒鎖が二匹を締め上げる。血が毒が鬼を侵す。うめき声を上げる。動けなくなった二匹を回り込むように、二匹が外側から走り込む。一匹が、同じくこちらに向かうユーキに目をつけて、刀を肩に担いだ。ぞ、と厭な予感を感じて鬼が横に飛ぶ。一瞬前まで居た空間を黒い霧が覆う。 「おや、惜しいですねぇ」 笑みに鳥肌を立てる。立てるままに、太刀を叩き付けた。ユーキはバスタードソードで真っ向から受けるが、めきりと音を立てて押されて肩に食い込んだ。力の強さは折り紙付きか。ぎりぎりと押し込む鬼の身に、黒い靄が襲い掛かる。黒い刺突は動けない鬼にも襲い掛かっていた。カルラの暗黒だ。鎧の右肩を切り飛ばされて後退する。が、押し込んだ隙に残った1体が陣の奥深くへ走り寄った。プレインフェザーのピンポイントをわざと下げた頭、その兜で弾きながら突撃し、襲い掛かる。それを、零児が受けた。防御ではない。無骨な鉄塊を、ぶち込む。鬼の構えは高々と上げた蜻蛉と呼ばれる特異な八相。互いに激突し、押し込まれた。重量と力に鬼が押される。零児が笑う。紅い炎のような色が右腕から輝く。膝を付いた鬼の右下から、刃が飛んできた。咄嗟に太刀でガードするが、衝撃に後ろに吹き飛ばされた。 長柄の斬撃武器である薙刀の、威力における一番の利点は遠心力である。轟音の源は永だ。 「我が前に立つ者は斬り伏せる。地獄に帰りたき者から参られよ!!」 応えるように二匹が身体の鎖を引きちぎりながら、立ち上がる。丁々発止の遣り取りに、柳がこらえ切れぬとばかりに笑みを漏らした。煙を吐いて、正面の眼鏡の少女に向き直る。 「あちらに行かなくて良いんです?」 「望外の一騎討ちの所望。応じずしてどうするか」 流れるような当て身は指を立てて、防御の隙を狙う。襲う腕は盾で逸らされ、鎧にぶち当たった。それでも尚、衝撃にくらくらする。何だ、力も十分強いじゃないか。思いながらヘクスが見ると、自らの攻撃の余波をその身に喰らい、柳が一歩下がっている。その首元に歯を突きたてようと、飛び出した。 視界が、反転した。 はてな。どういうことだろう。ヘクスは背中を打って、げほ、と咳き込む。転がるように起き上がる。足刀が直前まで喉のあった場所を通過した。 突き出した首を捌かれ、掌で優しく進行方向に流された。そのまま、押さえられた。押さえつけられた頭は解放を求める。その瞬間、拘束が解かれた。頭が上がった瞬間、顎に押し当てられた掌が彼女の力を優しく誘導した。 彼女は、自らの力で後ろに転倒したのだ。人間に必ずある、思考に先んじた反射の行動を利用されて、重い武器の衝撃もそれを手伝い。言葉にすれば簡単だが 「目前で対峙すると分からんかもだが、離れて見れば……相当、違うぜ」 カルラが呻く。中衛で僅か余裕があった彼は良く見ていた。技とは効率の良い特定の動作。鍛えるとはそれを体に覚えこませる事。 鍛えれば鍛えるほど、淀みなく、自然に体が動く。 鬼だと言うのに。否、鬼なればこそ。 「……とはいえ、死なぬか。些か傷付くな」 「嘘吐き」 ヘクスが笑う。 それでこそ、折り甲斐がある。柳も笑っていたからだ。心底楽しそうに。 「早々に果ててくれるなよ、盾の者」 絶対絶壁と柔剛自在。形は違えど、戦闘の意識は酷似していた。 「そして我が徒弟を押し通って来い、人間共。貴様等とも手を合わせたい。さあ、早く、早くだ!」 狂い笑う。その姿はどうしようもなく鬼だ。古来より変わらぬ人と鬼の戦い。その再現に、鬼は狂喜していた。 ● 斬る。払う。薙ぐ。突く。 武器であろうが、魔術であろうが、この戦場には純然たる力だけが存在していた。戦は進む。どちらも血を流し、破損も多い。それでも、退かない。 漆黒の身体を自在に扱い飛び掛る。侍の刀を飛び越え、首に跨るとアルジェントが二本の苦無を鎧の隙間に突きたてる。吼え悶える鬼に振り落とされ、頬に飛んだ血を舐め取る。猫科のような肢体は黒豹を思わせた。 「畜生めが……!」 鬼が唸る。刀が脇構えから、滑る。防ぐべく苦無を構えた瞬間、鬼が膝を付いた。刀の軌道が変わる。脇下の動脈を裂かれて呻く。人ならぬ身、これしきで死にはしないが痛手には違いない。 しかし、それが致命的な隙となる。 ユーキの黒い霧が今度こそ鬼を包んだ。黒い箱が捉える。 鬼とて生物だ。苦痛を与えれば感じる。ましてそれは、この世のあらゆる苦痛を詰め込んだ拷問具。絶叫は、不愉快な響きを帯びている。 「卑怯とは言いますまい?」 「至極当然」 ユーキの問いに、柳童子が応えた。 正対し相対しての不覚。ならばこれは闘いだ。絶叫へと、ユーキは死の呪いを籠めた。応じるならばこそ、その剣に一片の容赦も籠めない。箱に向けて突き刺した。絶叫が、止んだ。 これで最後の鬼侍だった。正面からのぶつかり合いにリベリスタ達の消耗も激しいが、代わりに一人の欠損もない。 前衛がそれぞれ必殺を志した己特有の戦法を発揮し、それを後衛と中衛が支える。そして何より、柳を抑え切ったことが大きい。 互いにカウンターと自己再生。似たスタイルが故に噛み合わず、結果として互いが時間を喰った。 走り寄る。永の薙刀に打ち据えられた腕で一度受け止めると、打撃の痛みと地面にめり込む足もそのままに薙刀を掴むが、ラヴィアンが放った四色の光を避ける為に、柳は薙刀を手放した。 「……成程、その娘が大技を撃ち続けられるのは貴様の為か」 プレインフェザー。 半眼のままに、ぺっと砂埃を吐き出してから、言う。 「腕力自慢じゃなくて、鬼さんにはちょっと申し訳ねえな。でも、力に自信ないなら、ないなりのやり方だってあんだ」 それも闘い。 矢面に立てなくとも、これは闘いだ。 「腕力ないからって半端者扱いしてくれんなよ」 「元より……」 見落としていた、と柳は呟く。成程、こういう強さもあるのか。そう呟く柳に、零児が剣を担いで突進する。爆裂する斬撃は、先から戦場を見ていた柳にとって見慣れたものだった。先んじて踏み込んで、小手返し。背中を強かに打ちつけた。やや後方からカルラが赤く光るランスを突き込む。脇腹に突き刺さる。血を吸い上げるが、刺さったそれを掴み取り、逆に回すと武器を握ったカルラの手首を極めにかかった。痛みに呻く。それを離すと身体が浮き上がる。浮き上がったところを、下に潜り込まれ、投げ飛ばされた。倒れこんだ零児へとぶつかる軌道。しかし、滑り込んだヘクスがカルラを受け止めた。あくまで盾。あくまで庇う。一歩下がって間合いを確保すると、柳童子が笑った。 「強いな。私のはらわたが少し零れた。楽しかったぞ」 全てを出し尽くして尚、鬼は笑う。 「貴様等も満身創痍だろう。私が勝てば温羅殿への義理も立つ」 「勝った気でいるんじゃねえぞ!」 拳を打ち鳴らす音。 ラヴィアンが、魔法陣を自らの四方に展開した。 「こっちはその温羅を倒しに来てるんだ。お前程度で……負けていられるかよ!」 真っ直ぐなその言葉に、面食らった。 「馬鹿な。……くく、くはは。馬鹿なことを! 私は、負けるかも知れぬと思ったことはある。己より格上であると感じる者も居る。 しかし、“絶対に勝てぬ”と思うことは今までなかった。温羅殿を除いてだ。貴様等が相手にしようとしているのは、そういう……いや」 ぐるりと見渡す。 リベリスタ達はそれぞれ、力も違えば戦い方も違う。前に出るものも居れば後ろに居るものものいる。 しかし、弱い瞳の者は誰もいなかった。 「そう、そうだ。今私如きに負けるものではない。でなければ勝てぬぞ。さあ、やろう」 「あぁ、やろう。どちらかが動けなくなるまでやり合おう!」 応えたのはアルジェント。噛み付くように走る。神速の疾駆を威力に変えて、攻撃を振るう瞬間だ。右手の肘の下と左手の手首を、同時に優しく、円のように導かれる。勢いのままに飛ばされた。ユーキの飛ばす黒い霧は、足を捌いて水面を滑るように回避される。回避した先に、ラヴィアンから四色の魔光が放たれた。避ける。そこにプレインフェザーのピンポイントが腕を貫き、一瞬動きが鈍る。そこに、踏み込んだのは零児だ。 侮っていなかったといえば嘘になる。威力だけの一撃だと。しかし、完璧なタイミングだった。 回復も出来ないし、遠くの敵も狙えず、一度に複数を相手にすることもできない。防御だってようやく形になった程度。だからこそ、切り伏せることに力を注ぎ、技を磨いた。 「先より……速い」 笑った。 柳の右腕は、根本から断たれていた。 「力を抜くことこそ力を籠める手段と識れば、より速くなろう」 侮っていた。 その事実に、判断を誤った己の心の隙に恥じる柳童子へと、永が、上段の構えから打ち込む。避けきれないと判断すると、柳は踏み込んで刃を避けた。長柄に強かに打たれながらも、一瞬で踏み込んで、鋭く指先で永の身を貫いた。 口の端から、血が流れる。 美しい朱塗りの唇が、開かれた。 「……そよぐ柳と舞う桜。春の嵐に誰ぞ散る」 「……何」 柳が、初めて眼を見開いた。腕が抜けない。くるりと回された薙刀の柄が、首に押し当てられる。 武器にも、組討というものはある。 「奥州武者の意地、刮目して見よ」 受身もままならぬまま、押し倒される。かは、と息を吐いた。蹴り付けて腕を引き抜くと立ち上がる。立ち上がったところに、カルラの槍が奔った。技は間に合わない。甘んじて喰らい、そのままに左腕で永の命を絶とうと振るう。 「知っとけよ、練達の鬼」 その背に、カルラが声をかける。 どこか、笑っているような気がした。 「ひとりで鍛えるだけじゃ、届かないもんがあるって事をな」 衝撃が走った。 不自然な体勢になる。 「最後まで、貴様か……」 カウンター。盾でいなされた突きのままに身体が流れ、ヘクスの牙がその喉元に突き立っていた。 「だが、残念だったな。一騎討ちは私の勝ちだ」 ごぼり、と声に血が混じる。 「見ろ、貴様に、貴様等に負けて……私はとても満足している。絶望からは……程遠い」 血を嚥下する。ねっとりと濃い血潮が熱い。 「技を全て出し切り、越えることもねじ伏せることもならず、それでも尚、ですか?」 「そう、そうだとも」 清清しいまでに、笑みを浮かべていた。 やり遂げた者の笑みが、そこにあった。 「温羅殿に敵わぬと逃げた、憧憬に揺らされ挑むことを辞めた私が、貴様等に勝てるわけがなかったのだ。くく、くはは。ははは……!!」 最後の力で、僅かに身をもたげる。指差した先には、温羅の城があった。 「最後に教えてやる。この地は私が決戦の場として借り受けた。少なくとも私の死が知れるまで、この場は何者にも侵されぬ場だ。休むには丁度良かろう」 満足したから。 そして何よりも、忘れていたことを思い出したから。 挑む気持ち。その為に、死んで見るのも悪くない。 「どれ、先に逝くぞ。貴様等が堕ちて来るなら、また戯れよう。温羅殿が来るなら……挑んでみるのも、悪くない」 そうして、盾に寄りかかる様に息絶えた。永は立ち上がると、薙刀を下ろして合掌する。柳の身体が地面に下ろされた。 百鬼夜行は止めねばならぬ。なれど、武人としての伊達者ぶりを見せ付けられれば、彼女は応じねばならぬと思ったのだ。闘いは終わらない。荼毘に付す暇もなく、この身体は置いていくことになるだろうが。 「そのくらいが丁度いいんでしょうな」 そのことを思い、ユーキが一つ手を合わせると踵を返す。闘いを好むなど、何であっても碌でなし。 だけど。そうだと言えど。 その血潮の熱さは、きっと人間と変わらなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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