●辞世 ししおどしがかつん、と澄んだ音を立てる。 見事な和庭園を臨む日本家屋の座敷での出来事である。 「……長い間、お世話になりやした」 歳の頃は親子程も違う。上座で胡坐をかく厳しい男は四、五十か。 その前に正座して畳に丁寧に頭をつける男の方はハッキリと老いさらばえた老人だ。 「考え直す気はねぇのか、桜の字よ」 言った上座の男の白髪混じりの短髪から旧き中国の神獣さえ思わせる白虎の耳が覗いている。 獰猛な獣の如く全ての無駄を削り落としたかのような精悍な顔立ち。その眼光は筋者さえも震え上がらせるような鋭さを秘めており、藍染めの着物と、黒い紋羽織は恰幅の良い彼の体躯に良く似合っている。 彼の全てを構成するのは見れば分かる、王の資質だ。『武闘派』の金看板を背負うこの男こそ『剣林』の首領。その名を剣林 百虎(けんばやしびゃっこ)と云う。 日本国内の異能者の中では頂点かとも噂される大物(フィクサード)である。 「御借りした分、杯の御恩。これ以上返せぬ事、心苦しく思いやすが――」 「世話した分の倍も五倍も。手前から受け取るモンなんざもうねぇよ」 畳に頭をつけたまま、面を上げぬ男に百虎は苦笑いを浮かべていた。 頭を下げる男は一菱 桜鶴(いちびし おうかく)。 武闘派の剣林の中でも一際刀剣術に優れ、長く百虎と生き死にを共にしてきた古株である。 売れた名はかの『相模の蝮』にも匹敵する。 但し、この数年――大きな現場に彼が姿を見せる機会は減っていたのだが―― 「百虎さん。多くは言わず、この我侭、どうぞ聞き届けてくんなせぇ」 頭はぴたりとつけたまま。「面を上げろ」と言っても聞きはしない。 部下の――親友の言葉に百虎は大きな溜息を吐き出した。 気を張っているのは分かるが、桜鶴の声はいよいよ低い。 低くて細い。土気色の肌色は、微かに震える彼の手は、物悲しい。 「……」 零落の様は目を閉じた百虎に否が応なく在りし日の光景を思わせた。 元々小柄に痩せた男ではあったが――こんなに『小さい』男では無かった。敵に味方に鬼人と称され恐れられるこの百虎が、そんな彼にも泣き所はある。男の決意に翻意を促す等という無粋を彼が自分に許すのは――目の前の男が桜鶴だからに違いない。 「上手くいかねぇもんだな、桜の字よ」 「へえ」 「漸く、面白くなってきた所だってのによぉ」 主の言葉から諦念を感じ取ったからか。もう一度「面を上げろ」と言った百虎の言葉に桜鶴は今度は従った。艶の無い白髪を後ろで一結びにする頬のこけた老人は吹けば消えてしまう蝋燭の火を思わせる。 「俺は手前を破門にゃ出来なかった」 「分かっとります」 「待たせて、悪かった」 「気になさりますな」 交わされる言葉達が最後になる事を百虎も桜鶴も知っている。 「それが組織ってモンです。あの『箱船』ですか。ありゃぁ、いい」 アークに言及するその瞬間、桜鶴は幽鬼の如く禍々しい――鬼の気配を背負っていた。 「幸いに、手前の時間は何とか間に合ったようでございやす。 裏切りの汚名を『剣林』に着せる事も無く、破門される事も無く。 手前は死出の旅、黄泉路をゆっくりと歩けるのでございやす。 何ともまぁ、有り難い次第でさぁ――」 桜鶴は震える手を止め、既に書をしたためた。 それは見事過ぎる程に見事な、まさしく達筆である。 宛先は『伝説』を穿ったかの箱舟。それは箱舟の誰ぞを名指しにした文である。『剣林』に身を置き、全盛を過ぎ。間も無く、放っておいても命燃え尽きる剣客が最後の相手を選び、叩きつけた挑戦状であった。 「……立会いは話の通り『アレ』に頼んでおく」 「敵でも無く、味方でも無く。結構でさ」 桜鶴は微かな笑みを見せて頷いた。 「……ああ。何ともお名残惜しくはございやすが。これにて、御免なさいよ」 去り際は見栄を張る、それも男の生き様か。澱みの無い所作で正座を解き、よろめく事も無く立ち上がる。最後に一礼して踵を返しかけた桜鶴に百虎は一声を掛け、背後の刀置きに置かれていた業物の一振りを放り投げる。 反りの浅く無骨な太刀。 しかし、一度抜いたなら。 冴え冴えと煌く鋼は、格別の切れ味と共に赤い珠を散らすだろう。 「……有り難く」 「花見酒、雨流れ。楽しんで来い、桜の字よ」 それは多くの剣士が求めた高みである。 刀を集める事を好む主人の寄越した『死人への餞別』に、桜鶴は「良いのか」と問い返す事はせず、唯男気を飲み込んだ。 ――最上の大業物を人は『虎徹』と呼んでいる。 ●唯、朽ち果てて消ゆるより 「いっそ、一花咲かせやしょう――」 『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)は和紙にしたためられた文章を最後まで読み切ってリベリスタの顔を見た。恐ろしい程の達筆は墨と筆で字を記している。日本人でも簡単には読めないそれを平然と読む魔女はやはり年の功なのか。そんな疑問の方はさて置いて。 「――どうも今回のはフィクサードからの挑戦状ですね。送り主は『雨四光』一菱 桜鶴。『剣林』に属する構成員でかつては首領・剣林の片腕とも呼ばれた事のある人物です」 仰々しい紹介にリベリスタの表情が引き締まる。 彼はアシュレイが告げた言葉の中に引っ掛かりを覚え問い返した。 「……かつて……?」 「はい。かつてです。まぁ、私も日本のフィクサード業界にそう詳しい訳じゃありませんけどね。彼はかなりの御老体のようですが、不治の病を患っていらっしゃいます」 「病気……」 「はい。万全な治療を施しても余命数ヶ月。 回復の見込みは通常の手段ではありません。例えば『不滅の太陽』みたいな代物があったとすればどうなのかまでは分かりませんけどね――」 肩を竦めたアシュレイにリベリスタは苦笑いを浮かべた。 「何となく読めてきたぜ」 「はい。恐らくは想像の通りです。 この方、『剣林』に属しているだけの事はあり、とっても武闘派です。体が完全に動かなくなり、唯ベッドで死を待つだけ……何てのは生き様が赦さなかったのでしょうね。ですから、今回の挑戦状です。要約すれば『アークが挑戦を受けねば、命尽きるまで人を斬る』。まぁ、無差別に殺しを楽しむようなタイプではありませんから、恐らくそうしたいとは思っては居ないでしょうが。皆さんを付き合わせる為の方便としては完璧です」 「ああ……」 苦い顔のままリベリスタは頷いた。 挑戦状の中で桜鶴は実に多くの人間を『指名』した。それは人生に戦いを刻んできた彼が死ぬ前に手合わせをしたい人間のリストである。今、死を迎えようとしている自分に代わり、新たな時代を作ろうとしている者への呼びかけであった。 「桜鶴様は何れも手錬の愛弟子を九人連れておいでです。 アークに対しての要求も対戦相手も十人丁度。セメントですね、これ」 アシュレイの言葉にリベリスタは頷く。 敵の執念を思えば戦いは簡単なものには成り得まい。幾ら彼が病に侵され、死の淵に立つ老齢だとしても――考えたリベリスタにアシュレイが言葉を添える。 「ゆめゆめ油断なさらないように。 予め言っておきますが桜鶴様はとても強い。その技量は異常と言ってもいいレベルです。彼には幾らかの時間がある。気力を燃やし、死力を絞り。運命をかなぐり捨て、これを最期と決める彼は極々僅かな時間だけ『全盛期』に近付く事が出来ます。いいですか――」 アシュレイは言葉を一度切ってリベリスタに念を押した。 「――下手を打ったら、死にますよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年03月08日(木)22:59 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●夜桜御前 「一度お前さんと、花札をやってみたかったぜ。きっと強かったんだろうなァ」 二月は後半、肌寒き宵の心地、吹き抜けた一陣の風が『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)の頬をくすぐった。 気付けば冷たい冬の気配に身を震えさせる機会も随分と減っている。 荒涼としていた冬枯れの景色は少しずつ色を取り戻し、野辺には酷く気の早い緑が芽吹き始めていた。 しかして、不可逆の時間が一つの季節の終わりを望んだとしても。 ……その終わりを敢えて認めぬ者は居る。 合計二十一人の異能者が――此れより『果し合い』の現場となる死地に集まり終えていた。 微かな水音の流れる河原には錯覚か――匂う程の死、そのものであるかのような静寂が満ちている。 暗闇を赤く染めるのは篝火。広い河原全体に几帳面に配されたそれはある種の幻想的めいた光景を現代の時間の中に現していた。 「出来れば、もう少し落ち着いた付き合いにしたかったが――」 言葉は彼の気質を正確に表現している。死線には或る意味で似合わない、実に穏やかな声色である。 「――お前さんとしてはそうもいかねぇか」 告げたフツの双眸が視線を配るのは、境界に立つ男――千堂遼一を境に分かれた二陣の彼方側。後背に十人の男を従える老齢の剣士だった。 「えぇ、生憎と。手前の我侭に付き合って頂き、感謝の言葉もござんせん」 篝火に浮かび上がる着流しの姿は、さながら幽鬼のようである。吹けば消えてしまいそうな命の灯火が、冷たく吹き抜ける風には頓着していない。ゆらり揺らめく剣士の影は格別の覚悟と、格別の執念をぶら下げて静かにそこに佇んでいた。 「人は欲張りなものですなぁ。死出の旅路の思い出話に。皆々様には少しばかり、爺の都合に付き合って頂く事にいたしやしょう」 飄々と惚ける老人の名は一菱 桜鶴(いちびし おうかく)。 アークの宿敵の一つとも言える国内主流七派と呼ばれる大フィクサード組織の内の武闘派『剣林』に属する構成員である。一時は首領・剣林の片腕とも称された彼だったが、運命の無慈悲さは善人も悪人も区別をしないという事か。治る見込みの無い深刻な病魔に侵された彼は『剣林』を辞し、激戦を経て世界に名を売り始めたアークの『若い力』を試す挑戦状を叩きつける事で我が身の最期を剣客として飾らんと考えたのだ。 「話したいことはあるけど……口下手なんだ」 「ええ、それでも構いません」 「……唯、悪を討つ者として……一人の剣を握る者として……『お前』の死に様を、『貴方』の生き様を見届けて、桜(はな)を散らそう」 言う通り不器用で拙い『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)に桜鶴はにっこりと笑む。 「剣鬼の終を彩るのは病魔でなく、アタシ達の殺意ね。そこんとこヨロシクねぇん」 「ああ、有り難ぇ」 「うふふ、アタシもよ。だって、殺り合い甲斐がありそうじゃない?」 「は、は、は。全くで」 『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)の抜いた剣がしゃらんと鋼の音を立てた。その長い舌で蟲惑的に背筋を舐め上げる――艶然と濡れたおろちの甘い声に応える枯れ木の声は短く、しかし十分な愉快の感情を一同に告げていた。 リベリスタは十人。フィクサードも十人。 饒舌なリベリスタに応えるのは同じく饒舌な老剣客。彼に従う九人の弟子は各々の得物を手にしたまま、微動だに動かず、声も発しない。 常人が踏み込めば精神のバランスを危うくしかねない程に濃密な殺気の中で、談笑が成り立つのは双方が類稀なる異能者だからに他ならない。 「まるで、時代劇や講談に出て来そうな老剣客ですね」 『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)が呟く。 「正に『剣に生き剣に死す』を画に描いたような存在――私の得手は銃故に、最後の一幕に相応しいかは分かりませんけど。『剣林弾雨』例えの如く。死闘を繰り広げるとしましょうか」 まるで時代の遺物のような、まるで酔狂の塊のような老人を眺め、暗闇に白い息を吐き出した。 正義であろうと、悪であろうと――恐れるべきはある。認めるべきはあるのだろう。 彼こそは触れなば切れん名刀のようである。危うきと誰にも分からせながら、魅了するそれは魔性。 圧倒的なこの夜の主である。花無き花見の主役である。ならば、せめて誉れ高く、その名乗りばかりは彼にも負けず鮮烈たれと。 「覇界闘士、付喪モノマ! 剣士じゃなくて拳士だが、名指しで喧嘩を売られたんなら買うしかねぇな!」 『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)が気合で合わせた黒い手甲――愛用の咆哮搏撃がガツンと金属質の音を立てた。 「先達の門出だ!俺の流儀でいかせてもらうぜっ!」 「最期まで命を燃やす姿。まるで、散り際まで美しい桜の様だね――そういう生き方、あたしは好きだよ」 モノマの、そして大振りの得物を担ぐように構える『紅玉の白鷲』蘭・羽音(BNE001477)の言う通り―― 「選んでくれたこと、嬉しく思う」 ――今宵、時期早く散る桜花に臨むリベリスタ十人は確かに桜鶴に『選ばれた』のだった。 「決闘で指名ね。私は少々銃が扱える程度の一般人なのだけど……」 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)がひょいと肩を竦めて言った。 「縁は百鬼夜行の侍か、グンマさんはそういえば元剣林だったかしら。どちらにしても泥を塗る訳にはいかないわね。 元々、何でも、如何なる依頼でも請け負える限りは請け負うのが――何でも屋の心意気ってものだから。 あかよろし、早目の花見と参りましょうか――」 嘯く彼女の名(じゅうのしゅくふく)が『彼女が思う以上程度には売れている』のはさて置いて。 桜鶴がしたため、アークに宛てた『挑戦状』には実に百名以上の名があった。 それは彼の無念であり、彼の執念である。アークの噂を聞いた彼が手合わせしたい人間はそれ程に――実はそれ以上にも多かったのだ。 さりとて、最早身体を長時間万全に動かす事さえ叶わぬ彼には時間が足りない。 抱え切れない程の未練を抱え、望みの全てが叶う筈も無い事を誰より理解してここに在る。 剣士の気配が鋭く、鋭く、鋭く――折れてしまいそうな程に研ぎ澄まされている。リベリスタはこれを肌で理解するのである。理解出来ない筈も無かったのである。まさに幽玄と鬼気を纏う死に損ないの亡霊がこの晩をどれ程待ち詫びていたかを、この晩がどんな意味を持っているかを。 「いざ、相対する敵とはいえ歴戦の勇の指名。誉れ高く感謝にすら足る。冥途への手向けになるか、己が非才では計りかねる所だが――な」 「主義主張や目的の為ではなく――生き様を通す為に相手に選んでくれた事を光栄に思います。 御身に比べれば、余りに未熟な腕成れど――全力を。全霊を以って、返礼とさせていただきましょう」 知らないでここに到れる程、『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)の、雪白 桐(BNE000185)の踏んできた修羅場は甘いモノでは無かったのだから。 「ああ、本当にいい夜だ。お月さんもあんなに高い。皆々さんも付き合ってくれると言って下さる」 フゥ、と小さく息を吐き出した枯れ木のような老人が腰に差した一振りの太刀に手を掛けた。 引き抜かれた反りの少ない無骨な太刀が跳ね返すのは青白い月光。月下の魔人は流れる水の澱み無き動作で手にした太刀をピタリと構える。 文字通り一分たりとも隙が無い。 「――――」 瞬間、息を呑んだのは誰だっただろうか。 唯、それだけの動作で、彼が『本気』になったそれだけで世界が一変する。 「鳳 朱子、雪白 桐、倶利伽羅 おろち、エナーシア・ガトリング、焦燥院 フツ。 蘭・羽音、ツァイン・ウォーレス、付喪 モノマ、酒呑 雷慈慟、劉・星龍…… 手前は死のうと殺そうと、今夜を――あんた達を忘れますまい」 万感を込めた言葉は決して大声では無かったが奇妙な程に良く通った。 無作為に撒き散らされていた殺気は収束し、別の何かに変わっていた。口元に薄い笑みを張り付けた桜鶴は相変わらず飄々としたままではあったけれど、まるで別人。衰えきった老人は全く別人のように完全にして完璧な型を為していた。 「あら、やだ……」 「まぁ、簡単には行かないわよね」 奇しくもおろちとエナーシアの言葉は重なった。 その眼力で敵の正体を看破する二人はほぼ同時に、ほぼ同じ結論に到ったのである。 全く、そうするまでも無かった当たり前の結論、当たり前の確認に到ったのである。 ――つまり、桜鶴は強い。『戦える限りは』この場に居る誰よりも。審判気取りの千堂よりも。 (手が震える……本当に俺等でいいのだろうか。 嬉しい、これ程の誉はきっと無い。頼む体よ、少しでも応えさせて欲しい) 雷に打たれたような衝撃とも、他に得難い歓喜とも、魂まで魅せる恐怖とも判断のつかぬ綯い交ぜの感情にツァイン・ウォーレス(BNE001520)の身体は震えた。手にした愛用の剣は、盾は、身に纏う鋼鉄の甲冑はこれより彼が向かう死線を潜る武器となる。 「求めに応じ馳せ参じた。覚悟お見事、全てを賭けてお相手を……」 声は辛うじて震えず、確かな芯を持って夜に響いた。 言葉に視線を向けた桜鶴の草履が足元でじり、と小さな音を立てた。 「じゃぁ、色々ヨロシクねぇん、千堂サン」 「うん。頃合だ。十分、大舞台のバランスも整ったし――そろそろ始めて貰おうかな」 水を向けたおろちに視線を投げ、フィクサード達に視線を投げ。千堂は言って大きく跳躍した。 彼我の境界である事を辞め、一声を発する。この夜の幕を開ける、決定的な一言を! 「では――始め!」 ●想定外 「御仁、まずは手前のお相手を願う!」 桜鶴にツァインの鋭い声が飛ぶ。 難敵、一菱桜鶴とその弟子達九人と相対する事になったパーティの立てた作戦は単純だった。 それはオーソドックスながらに有効な『良くある』話である。敵の中で最も危険であり、万全に動かれれば抑える事難しい桜鶴をパーティの中で最も堅牢なツァインが抑え、その間に数的有利を作り出そうとする手段である。 全員が近接攻撃を得手とする『前衛』である桜鶴達に対して、エナーシアや星龍といった制圧を得手とする『後衛』を備えるパーティはその破壊力と弾幕の展開の中に活路を見出そうと考えたのであった。予定通り、中衛に朱子、桐、おろち、羽音、モノマ、フツ、雷慈慟、後衛にエナーシアと星龍が配置された事を確認したツァインはもう一声、張り上げる。 「俺はアークのリベリスタ、ツァイン・ウォーレス。その剣の冴え、見事受け止めてみせよう!」 それは勇猛極まる――『誘い』である。 パーティはあくまで最大の問題を桜鶴であると考えていた。彼を倒すには時間を稼ぐしかないと。 パーティはアークに態々『挑戦状』を送り付けて来た剣客が華々しい名乗りと実に魅力的な一対一に乗るモノと信じ切っていた。伊達と酔狂を是とする桜鶴がそれに乗ると考えたのは仕方ない事だった事なのかも知れない。 しかしそれは同時に些か自分の都合に甘え過ぎた唯の決め付けでもあった。 「へぇ、真っ向勝負って訳ですかい。そりゃあ、いい」 虎徹をぶら下げた桜鶴は笑う。 「じゃあ、ツァインさん。あんたは何があろうと手前の前を退かんのでございやすな? お仲間も、決して手を出さず、どちらかが死ぬまで死合うのを認める――って訳でございやすか。 ああ、まさか。手前だけ援護を受けようなんざ、いや。負けて死なずに済むなんて、思っていやしませんよな?」 「――――」 切り返しの一言は、一も二も無く桜鶴が自分達の主張を受け入れると思っていたリベリスタの言葉を詰まらせた。 彼等の言わんとする所は多分に『一対一』の対決の色を含んでいた。しかし、彼等の選択には何ら覚悟が無い。彼等は『一対一』に桜鶴が付き合うと断定しながら、その実『一対一』を最後まで維持する心算等無かったのだから。防御の硬いツァインは、しかし桜鶴と打ち合い打倒し得るだけの攻撃能力等持って居ない。否、元より一人でそれを達成し得るリベリスタはこの場に一人も居ない。 互いをカバーする態勢になっていないフィクサード達に対してリベリスタ達は状況が異なる。 雷慈慟の素晴らしい一流の指揮能力はパーティの隙を埋め、その動きを効率的に高める。 フツの守護結界は、翼の加護は、回復能力はパーティを支える要になるだろう。 その恩恵を拒否する事は無い。元よりリベリスタの提案は『自分達が一方的に優位に話を進める為のもの』でしかないのだ。 果たして『都合良く自分達だけ連携し、都合良く危険があれば新手に代わる』そんな心算の『提案』が、死を賭してこの場に臨む男の胸を打つかどうか。殺し合う敵の都合に付き合うだけの意味を持つか。答えは火を見るよりも明らかである。 この種の『嘘』が通じるかどうかはあくまで相手と当人の心算にも拠るだろう。 この状況においてはその双方が最悪だった。リベリスタは『騙す心算は毛頭無く、当然のように敵に甘えた理屈をこね』、桜鶴は『覚悟の無い言葉を見抜けぬ程、未熟でもお人よしでも無い』。桜鶴を評価するリベリスタには完全なる嘘を吐き、騙し討ちを押し通す程の悪辣さは無く。かといって本当の意味で命を賭ける勇気も、正道で彼を打倒せんとする気概も、掌を明かした上で不利に付き合えという開き直りがある訳でも無い。 謂わばリベリスタ達はこの期に及んで卑怯と謗られる覚悟も無く、卑怯を打たんとしていた。中途半端過ぎたのだ。 「……冗談はやめてくんなせぇ。余り手前を失望させてくれやすな」 心無き獣が相手ならばそれも良かろう。しかして、今宵の相手は風流を愛する酔狂な剣客である。不幸な事に鋭敏に『察してしまった』桜鶴は溜息交じりの言葉を漏らした。 騙そうとすれば騙せただろう。卑怯を打つ、不利に付き合えと言ったなら応えただろう。 それでも唯一つ。彼は『自覚さえ無き卑怯』だけは赦さない。認めない。 そこには彼の愛する美学が無いから。何より――それが最後の相手では余りにも報われないというものだから。 「お喋りが過ぎたようでございやす」 元より桜鶴はリベリスタに暢気な入れ替えを赦す心算はない。そんな余裕等、与えなければそれまでだ。 ぐん、と速力を増した桜鶴は当然と言うべきか誰よりも速い。 虚を突かれたツァインが彼の動きを阻むより先に――彼をかわして、陣形の中段――中央中衛へと切り込んだ。 「弐の剣、これを青短と申しやす――」 繰り出された斬撃は蒼く白く夜に凍気の軌跡を描く。 周囲の温度を唯それだけでぐっと下げた彼の剣は退避し損ねた複数のリベリスタを像の如く凍らせる。 まさに目を見張る技量は唯の一太刀でこの男の恐ろしさを知らしめるに十分だった。 「ああ――歳は、取りたくないもんでさ」 苛烈な動きの反動にか、桜鶴の眉がハッキリ歪む。 想定外の状況に何時までも甘んじているリベリスタ達では無い。 「……っ! でも……!」 手痛いダメージを被りながらも、その身に巻きつく凍気を焼き尽くす炎があった。炎が居た。 声を上げたのは強かな斬撃に苦悶の表情を見せながらも、その膝をつく事は無い絶対者――朱子である。 この戦いに於いて敢えて機動を重視した『DIVA-散華』を纏った彼女は桜鶴による暴威を十分に警戒していたと言える。彼女の戦い慣れと一種の予感は時間を凍り付かせた仲間達が行動の機会を失うよりも早く、恐怖を払う神々しき光を放つ。 (この戦い、……っ、予想以上のものになる……!) 桜鶴の後に続く軽装の剣士の一人が師の技を受け切った朱子を要と見てか激しく斬り掛かってくる。 無論、彼女もこれは想定の内。手間が省けたと迎撃し、宵闇に剣戟の火花を散らす。 「……私に、それは通用しない……!」 繰り出されるのは疾風の如き剣技、切っ先が絡み、刃の音色を奏で上げる。 素早い動きで後方を撹乱に掛かるのは一人では無い。速力を武器とする疾風の剣士(ソードミラージュ)は三人。 辛うじて朱子こそ先手を取ったが、速力を武器にする彼等を十全と阻む事は難しい。河原の石を跳ね上げ、地を蹴る影が二つ。 「早速ですか」 「……っ! まぁ、そうするわよね――」 声を上げたのは後方の二人――星龍とエナーシアである。 「誰が守り下手か一目瞭然でさぁ。 尤も、皆さんの事ぁ、手前も良く知ってやす。誰を狙うかは、元々――」 降下する影は容赦なくどちらかと言えば守りに優れない二人を強かに強襲した。 唯広い河原には幾多の射線が通っている。左右に動き、位置を変えれば幾ら数人で前を塞いだ所で後方に攻撃を届かせるのも容易である。 空中殺法に後衛の態勢が乱れる。とは言え、混乱を避けた冷静さは流石の二人である。 「まだまだ――」 鮮やかな先制攻撃を受けたリベリスタ側を立て直したのは雷慈慟の声だった。 「元より強敵は承知の上。神秘探求同盟第十九位太陽の座、酒呑雷慈慟は――リベリスタは。押されて折れる程、『やわ』では無い!」 抜群の指揮能力を誇る彼はこの戦場が如何なるものであるか、目の前の敵が如何なる存在であるかを理解している。 彼の一喝で気を取り直したリベリスタ達の動きは遅ればせながら精彩を取り戻していた。 「そうだよな。幾ら強くても、簡単に負けていい場じゃないぜ――!」 闇を切り裂くのは何処か神々しくも見える光を放つフツ。リベリスタ達の勇気を沸き立てる――そんな声が響く。 彼の願行具足が力を放ち、仲間達に防御の結界を施した。 「さあ、喧嘩しようぜ!」 「ああ――」 待ち、受けるばかりでは話は始まらない。 フツの声に応えるように頷いたのはモノマだった。 「――今度はこっちから行くぜ!」 敵の性質を見切ったおろちの指示を受け飛び出したモノマが接敵を狙うデュランダルを迎撃した。 敵の機先を奪った彼は出し惜しみ無く、全身に溜めた力を開放する。疾風迅雷と呼ぶに相応しい高速の武闘が闇に蒼い雷華を散らした。 「はっ! まだまだ――幾らでもやれるぜ!」 モノマは気を練り、敵を睨む。長丁場の戦いも、不利な位で丁度いい。 反骨と気合を見せる彼に却って桜鶴もまさに傷んだ弟子達も嬉しそうな顔を見せた。 「これ以上は……!」 強靭な鳥の脚が地面を蹴る。 「絶対に、後ろには行かせない――!」 ラディカルエンジンがおぞましい程に唸りを上げる。大上段より苛烈な一撃を振り下ろすのは羽音である。 強烈な電光を帯びた斬撃は圧倒する威力を誇る破滅的な一撃であった。彼女が迎撃を果たしたのはモノマの二人とは別のデュランダル。後方への接近を許せば戦局が簡単に崩れ得るアタッカーであった。 「何て言われようと、どうなったって……後悔なんてさせない。そんな暇、あげないから」 拙い事は違いない。覚悟があったとは言い切れない。しかして、師の心を『汲もうとする』羽音の声は相対する弟子に響いたか。 目前の彼は目の前に立ちはだかる彼女に対して同じく苛烈に打ちかかる。デュランダルとデュランダルの激しい打ち合いが文字通り互いの生命を削り合う死戦になるまで然したる時間も掛からない。 「――手を貸すわよ」 モノマに並びかかりおろちが言った。 「貴方、好みだわぁ」 長い舌が嗜虐的に唇を舐める。『どう好みだったのかは兎も角』彼女が指名したのは場の三人目のデュランダルだった。 モノマが叩いたデュランダルの内、巨漢の方を指した彼女の剣は一瞬の後には強かな漆黒の槌を彼の頭上から振り下ろす。 「あらやだ……本当に手強いわね」 頑健なデュランダルが僅かに揺らぐも、血走った彼の瞳から闘志が消える事は無い。 予想以上の強力さを見せるのは桜鶴の弟子達も同じだった。その何れもがそれ相応ひとかどの剣士ばかりである。 「いい師匠ですね、ああいう方は私も惚れます。貴方方は命を共に出来る師と共に、私達は仲間達と共に、互いに剣舞を魅せましょう」 これ以上はさせじと、クロスイージスを今度は桐が受け止めた。 此方の戦いは彼の破壊力が勝るか、それとも相手の防御が凌ぐかというものである。 桐が舞うように剣を振るえば『竜宮の使い』の名を持つ蛇腹剣はしなる鞭の如く、鮮やかな光芒を闇の中に焼き付ける。 攻める桐、受ける重装のクロスイージス。彼の元の狙いはデュランダルやソードミラージュではあったが、何れにせよ突破を許せる状況では無い。 「おっと、ここは行き止まりだぜ!」 フツがクロスイージスの一人を更に食い止めるが、もう一人はブロックを抜けて星龍へと斬り掛かる。 状況が良くないのは明白だった。 前衛の数と速度に劣るパーティのブロックは十全と機能しては居なかった。 それぞれの戦力の強靭さで押してくる敵は単純過ぎる構成が故に突き抜けて強い。 「……食い止める! どれ程無力でも、打ち合う腕に及ばぬとも、この俺が――!」 吠える。 強く吠えたツァインが激しく桜鶴に喰らいつく。 元より桜鶴を食い止める事が彼の仕事。何と言われようとそれを通さぬ心算は無かった。 時限式の桜鶴が苛烈なる剣ならば、彼は盾。強固なる防御を纏ったツァインは留まらず、態勢を乱した仲間達を救うべく光を放つ。 「成る程。それがあんたの戦いでございやすね」 先程は鼻で笑った桜鶴が自身を目前にしても戦うより救う事を選んだ『盾』に目を細める。 例え甘いと謗られようとも、彼には為せる事が、為すべきがあった。そしてそれはまだ手遅れでは無いのだ。 「何時までも、やられているばかりでは気も滅入りますからね」 猛烈なる反撃はツァインの手では無く、星龍の声と共に始まった。 「此方も桜を待たせているのだわ。雨流れは勘弁ね」 その小さな身体にはとても似つかわしくない大型のライフルを構えたエナーシアの言葉と共に始まった。 「さあ、行きますよ。この戦い、どちらがその武器に習熟しているか――そういう事でしょう?」 ワン・オブ・サウザンド――千丁の中の一丁を持つ星龍が乱戦の内、敵だけを焼き払わんと『火』を放つ。 「BlessYou! 存分に舞い散るが良いわ、終咲の桜の字さん!」 エナーシアも負けては居ない。強力無比な弾丸の雨による制圧力はパーティにあって敵に無いものなのだから。 暴れまくる二人の暴威めいた弾幕の破壊力に弟子達が一気に余力を削られる。それでも彼等はまだ十分な戦闘力を持っていたが、余力を減じているのは確かである。そして又、パーティも。 「おお……」 例外は感嘆の呟きを漏らした一菱桜鶴ばかりである。 ●血風録 「貴君等にも譲れない侠気があろう 我等も同じ事だ!」 雷慈慟の放った精密なる気糸が彼の目論見通り、敵を完全に自身へと引き付ける。 「神に祈るな、両手塞がる。過去を思うな、攻め手が緩む! ただ、ただ前へ! 敵は前に在り――!」 戦いは続いた。 リベリスタの必死の応戦が弟子の数を削ぎ落とす。 師を想う弟子の奮戦が同じくリベリスタの戦力を削ぎ落とす。 運命と運命は交錯し、幾度も激しく燃え上がった。 一人の男が生涯を投じた剣は一切の曇り無く、濁り無く。今夜を血に酔わせている。 「……鳳朱子。……覚悟」 血の線を引いて倒れていくツァインに代わり、朱子が桜鶴に斬りかかった。 肩で息をする桜鶴には当初程の余裕は無い。リベリスタに攻撃を受けたというよりそれは病の所為である。 (倒れないための力、止まらないための力を超えて。この剣で今までの私の全てを、超える――!) 高みに上り続けていくような戦いに朱子のテンションは否が応なく跳ね上がる。 誰が為の力か、問う日もあった。されど今の彼女にはそれは愚問である。 「いい顔でございやす」 土気色の顔色の桜鶴が朱子の赤刃に応戦する。 連続して上がる甲高い鋼の啼き声に望外と笑む彼はやはり死の淵に立つ亡霊である。 彼が戦うのは或いはリベリスタではないのかも知れない。或いは自分自身であるのかも知れなかった。 「化け物だわ、実際……」 呟くエナーシアが視線を送ったのは名刀の切れ味と尋常ではない剣技により斬り散らされた弾丸の残骸である。 後衛の彼女もとうに傷みに傷んでいる。共に敵を激しく追い詰めた星龍は激戦の中で倒された。彼女とて限界は近い。 「……死で追従するだけではなく師の考えを残す為に退くのも道ではないですか?」 「抜かせ!」 桐の言葉は、血反吐を吐き、命を削って戦う弟子に一喝された。 驚異的な再生能力で体力を取り戻し続ける桐は正面の敵との戦いを押してはいたが、決定打を打たせない相手に焦れる状態は否めない。 「ほん、とに……厄介ねぇ……!」 火力の不足がここに来ておろちを追い詰めていた。元の想定とは全く別の展開は、乱れに乱れて酷い消耗戦になっている。 双方共十分な回復を持たない戦いである。リベリスタ側はフツが必死に状況を立て直さんと奮闘したが、その彼も平時の戦いとは異なり安全地帯に居る事は叶わなかった。ツァインの隙を縫い、飛ぶ壱の剣撃『赤短』を受けた彼は弟子の追撃で遂に倒されてしまったのである。 状況は目まぐるしく回る。 くるくる、くるくると。回る度に血が煙り、命が『鮮やかに色褪せて』いく。 「あたしは、蘭羽音。次は、あたしと戦ってくれる……?」 「ああ、いい。そうでございやす。最初から手前は、こんな時間を待っていた――!」 歓喜の声を上げる幽鬼はその口角をぐっと持ち上げ、凄絶な笑みで言った。一閃を繰り出した。 「皆さん手前を買い被る。されど元より手前は、そんな大層な人間じゃござんせん。 手前はね、唯――嫉妬しているだけなのでございやす。 手前が失ってしまった時間を、運命を山とたっぷりお持ちの皆さんをね。 手前はこの手で、一人でも! 斬り捨ててやらんとしているだけなのでございやす――!」 言葉は何処まで本音か。危機を煽り、リベリスタの真価を引き出さんとする意味もあるのだろう。しかし、言葉が本当に本音を孕んでいないとはこの場の誰にも断言出来ないのだ。戦いの結末に関わらず桜鶴は死ぬ。何れにせよ死ぬ。無様に死ぬ。今夜の戦いがこれ程に苛烈なものになった以上、その命の火がより時間を縮めているのすら間違い無い。 死に臨む剣客の技は、皮肉な事に死に近付く程に冴えていた。 「全力で、来て? 後悔、させないから」 手足を浅く何度も切り裂かれ、満身創痍の羽音がそう言ったのは――どうしてだっただろうか。 繰り出された一撃が桜鶴を切り裂く。小さな呻き声が上がる。返す刀が閃いて、血溜まりの中に羽音が落ちる。 「タイマンってんなら、俺にも戦らせろよ!」 辛うじて目の前の弟子を倒したモノマが叫んだ。 数的優位も何も無い。どちらの戦力もボロボロと抜け崩れて万全な姿は見る影も無い。 「願わくば、病魔に侵されていない貴方と剣を交えたかった」 桐は言う。 「これからよねぇ……?」 虎視眈々とそれでも桜鶴を仕留める機会を狙うおろちが嘯いた。 「運命何ざ要りやしません。そんな無粋に頼るまでもありゃしやせん」 それでも倒し難い。獣の如く土に塗れ、血に塗れ。桜鶴の望んだ戦いが空腹の彼に飲み干されていく。 飲み干して、飲み干して、飲み干して。散々喰らって、喰らい尽くして。 ――やがて、桜鶴は一つの結論を夜に下した。 ●花見酒、雨流れ 「千堂さん」 「どうしました、御老人」 二十一人で始まった今夜、今も立っているのは二人だけ。この桜鶴と、千堂だけ。 「月に群雲、花に風。上手くいかねぇから人生でございやす」 溜息を吐いた桜鶴は倒れたリベリスタ達に構っていない。 「申し訳ありやせん。どうか、百虎さんに連絡して……息のある弟子を……お願いされちゃくれやせんか」 「構いませんけど、御老人はこれから?」 「さあ、何処でございやしょう。これ以上の力はもう振るい難い。死にそびれた手前、この太刀も無意味、宝の持ち腐れでございやす」 千堂に鞘に収めた虎徹を手渡した桜鶴は酷く老け込んだ様子で、覚束ない足取りで闇の中へと歩み出す。 「……満足、出来ましたかね?」 「さぁ」 はぐらかした桜鶴は振り返らない。 此の世に未練は数あれど、口に出せば『付き合ってくれたリベリスタに悪い』というものである。 故に彼は掠れた声で最後に詠んだ。震える唇が一句を詠んだ。実際の所、誰に聞かせる心算も無かったのだが―― 血潮燃え 玉鋼散る 如月の 月見酒、雨 未練さえ無く 桜鶴は死ぬ。誰にその亡骸を晒す事も無く僅かな失意を噛んで一人逝くのだ。そう決めている。 朗々と響いた歌に目を開き、ぼんやりと空を見上げたフツは呟いた。 「芒、柳、桐、松、そして桜……」 胡乱とした意識の中――人間の業を笑って見下ろす冷たい月に呟いた。 「……ああ、もう三月か」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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