●理由は要らない 「どうして」 夢なら覚めてと願ったけれど、其れは陽が何度巡っても変わらなかった。逃げるように都会を離れ、流れ着いたのは閑散とした林の中。ひとけの無い空き別荘。 窓を割るなんて、人の家に忍び込むなんて、いけないことよ。幼子だって知っている。 「だけど」 女は青ざめた顔で庭の石をひとつ拾った。震える己の手を叱咤し、目をつぶり、思いきり投げつけた。 女は、母であった。 腕に乳飲み子を抱き、傍らには幼児を連れている。 我が子を守るため、雨露を凌ぐ場所が必要だった。それに、人の目から逃れる場所も。 ——我が子に何が起きたのか、わからなかった。 灰色の毛皮。鋭い爪。ある朝突然突きつけられた、嘘のような本当の現実。 「だけど」 ママ、と服の裾を握り腰に縋ってくる幼い息子に微笑んで身を屈め、いつものように額にくちづける。たとえ獣のように変わってしまっても、愛しい我が子に変わりはない。 ——我が身に何かが起きたとき、驚きよりも喜びが勝った。 母親が得たのは鋼鉄の手指だったけれど、息子と近しいものになれたのなら恐ろしくはない。これで、これからもずっと我が子と共に在れると確信できたことが嬉しかった。 数日前まで泣き声ひとつ上げず冷たく眠るようだった下の娘も、昨日、久しぶりに目を開いたから安堵した。この子が笑うと心が晴れる。いくらでも元気が出るような気がした。 どうして、と不条理を問うのは諦めた。 運命は、私たちを引き裂かないでいてくれた。もう、それだけでいい。 「だから」 あとは私が守るわ。守ってみせる。 強くだってなる、我が子を守るためならば。 だって、私の子だもの。私の命よりも大切な子たち。それだけでいい。 「だから、お願い」 どうかこのまま、誰も来ないで。私たちを見つけないで。 そうすれば、もう、誰も殺さなくて済む。 ●確固たる理由の基に 「三人、殺して」 些か衝撃的な言葉を、『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は敢えて選んで口にした。情に流されて剣が鈍るようではこの仕事は頼めない。 「エリューションが三体、避暑地の別荘に潜んでる。これから避暑のシーズンだけど、まだ人が居なかったのは幸い。別荘の玄関や勝手口は鍵がかかっているから、庭に面した大きな窓を割って入り込んだみたい」 広い庭に繋がる広いリビングの床には硝子片が散っていて、母子は寝室で息をひそめ身を寄せ合っている。 昼夜の区別は然程意味を為さないとフォーチュナは言う。彼らが深く寝入ることは無い。流浪の途中で遭遇したフリーのリベリスタに「襲われて」返り討ちにして以来、ずっと神経を張り詰めて日々を過ごしているのだ。 「フリーのリベリスタが遭遇したとき、エリューションは息子一人だけだった」 戦闘の最中に三人のうち一人が死んで、一人が革醒した。 「……そして今は、ノーフェイス二体と、アンデッド一体」 息子は幼いながらに脅威を見定める賢さを持ち、母と妹を護らんと闘う一端の男だ。軽い膂力を補う俊敏さで的確に爪を振るい、機を見れば果敢に攻撃を重ねてもくる。右手に業炎、左手に魔氷を宿し、土をも砕く掌打さえ操るさまは覇界闘士を思わせる。 娘の微笑みは母子みなに強力な癒しを与え、泣き声は場に居る敵全てを打って耳をつんざくショックをもたらす。その娘を母は包むように抱きしめ、強固な身を挺して庇うだろう。 そしてフォーチュナは、母の未来に揺れ動く可能性を感じ、眉を寄せた。 「何かのきっかけで、母親は爆発的に力を増す危険がある。……気をつけて。彼女の激昂は炸裂する魔炎を喚び、荒れ狂う雷電で全てを貫く。特に、四つの魔光を浴びせられたら、立っていられる保証は無いわ」 それはマグメイガスの技に似て、リベリスタらのものより一段上の力を有する。 「必ず、殺して」 少女は再び口にした。 血と叫びに直面するであろう戦士らの、心を揺らさぬためのわずかな助力と成り得るなら、少女はその柔らかな唇で刺すような冷言を放つことを厭わない。 エリューションであるというただそれだけで、為さねばならぬことがあるのだから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:はとり栞 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月17日(火)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●晴朗の昼下がり 初夏の風が頬を撫でる。 小鳥のさえずりが樹々の合間を抜けていく。 木材の風合いを活かした優しい雰囲気の別荘が、新緑に満ちた林の中に静かに佇んでいた。 しかし、大きく割られたリビングの窓が、其処にひそむ異常を示してもいる。砕かれた平穏を見るかのようで、『錆びない心《ステンレス》』鈴懸 躑躅子(BNE000133)は思わず胸を押さえた。近付くほどに足取りも重くなる。けれど目を逸らすわけにはいかない。 リベリスタとして、為すべきことを為す。 ただそれだけと己に言い聞かせ、感傷を削ぎ落とした蒼白な顔をして源 カイ(BNE000446)はリビングの窓へ忍び寄る。そこで、リビングに足を踏み入れようとしていた『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)の腕を咄嗟に掴んで引き止めた。 声を出さずに指差した床には、割れて散った硝子片。如何に気配を消そうとも、硝子片を踏みしめる音を立てれば侵入を教えるようなものだ。 足を置く場を慎重に見定め、彼らは音も無く室内に入り込む。 天乃はまるで足裏が平面に吸い付くかのように、床から横壁、そして天井へと歩いて天井に身を伏せた。ミニのタイトスカートはぴたりと太腿に張り付いているが、スースーと風通りの良い感覚は拭えない。二重の緊張に息を詰めたまま、掌ににじんだ嫌な汗を拭う。 リビングに潜入する班とは別に、カーテンの閉めきられた寝室に外から近付く人影が四つ。 生垣、庭木、屋外用物置、と遮蔽物に隠れながら『終極粉砕/レイジングギア』富永・喜平(BNE000939)は距離を詰めた。寝室の窓が見通せる位置につくと呼吸を整え全身に神経を張り巡らせる。 勝手口近くに陣取った『悪夢の忘れ物』ランディ・益母(BNE001403)は、リビング班は準備できただろうか、とふと考えた。これといった合図は決めておらず確認する術は無いが、 「……まァ、そろそろイイだろう」 適当な頃合いをみて発煙筒を投げ入れる。 ガシャン、と窓硝子を割って飛び込む発煙筒。寝室から小さな悲鳴が洩れ聞こえた。すかさず銃声が轟く。巨大な散弾銃を構えた喜平が飛び出し、射出の反動に暴れる銃を撃ちまくった。右から左へと壁に穿たれる無数の弾痕は、『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)の加勢でさらに数を増す。 窓の下へ駆け寄った『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)も駄目押しとばかりに暗黒のオーラを壁に叩きつけた。もうもうと煙が充満する寝室を前に、強襲の手を止め耳を澄ませた一同は、再び短い悲鳴を聞く。 声は先程より少し遠い。リビングの方角だ。 彼らは顔を見合わせ、一斉に走り出した。 ●静穏が壊れる音 何が起きたのか、わからなかった。 硬質な音の正体を頭が把握する前に、ビクリと身体が反応する。毛布にくるまり身を寄せ合った頭上からキラキラ輝くものが降ってきて、それが硝子と判ったときには視界は白く覆われていた。 ゲホゲホと咳きこんでから、白煙だと理解する。 すべてが一拍遅れて頭に入る。立て続けの炸裂音が銃声と判ったのは、転げるように廊下に逃れてから、ぬるりと身体を伝う血に気付いたとき。 「どうして」 どうして、放っておいてくれないの。 片腕に娘を抱き片手で息子の手を引いて玄関へと駆けた母は、廊下の角で立ちすくんだ。玄関のドアノブが動いたのだ。『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)が外からドアノブを回し、鍵が掛かっていると眉を寄せていた。 「こっちはだめだわ……!」 踵を返した親子は真逆——リビングへと走る。 「ママ、はやく!」 リビングへ駆け込み手招いた息子は、ぞわりと背を撫で上げる悪寒に反射的に振り向いた。窓からの明るい陽射しとは逆に影に沈んだ部屋のすみ、闇をまといゆらりと揺れた人の姿。紅い二つの光が爛と瞬き、一息に風を感じるほどの間近へ迫る。『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)だ。 「わああぁぁ!!」 悲鳴と覇気を綯い交ぜに、幼子が獣の腕を振り回して叫ぶ。灼熱の爪はりりすの肉を抉り壁に点々と赤い染みを飛ばした。 じゅくりと血のにじむ腹を押さえながらも、りりすは舌舐めずるように剣呑な瞳を向ける。爪は鋭く懐に入りこんだが、高ぶる神経に身体は機敏に反応し致命傷は避けている。 「きゃあッ!」 部屋に響いた、別の叫び。 天井に張り付きひそんでいたカイが、息子と母の間に割り入るように飛び降りたのだ。一瞬視線を巡らせた彼は、『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)が息子側に加わるのを見て母へと向き直る。ほぼ同時、天乃も薄刃を構えて天井を蹴った。 「その命、刈り獲らせ、て?」 動かぬ表情の中で、唇だけが小さくささやく。落下しながら舞うように身を捻り、母子を鋭利な刃で斬りつけた。 意表を突かれた母の対応は遅れ、裂傷を刻まれた娘が泣く。カイと、外から走り込んできた躑躅子とが、脳髄を揺さぶるような衝撃に取り憑かれた。 攻防は真紅を撒き散らし、錆びた鉄の臭いで部屋を満たした。鋼の腕で娘を覆い隠すようにかばう母は、幾重にも向けられる暴威にひたすら耐える。母の腕に包まれた乳飲み子だけが、場違いなほど無邪気に笑った。 「ママを、ママを……いじめるなぁッ!」 母子の間に立ち塞がり漆黒の霊力を母に向けることに集中していたカイは、背に灼けるような痛みを浴びて仰け反った。凍てつく冷気は真皮の奥まで達し、細胞を凝らせ破壊していく。 もう一撃、と右腕に熱量を溜めた息子は、りりすの剣撃にたたらを踏んだ。業炎はカイを掠めるにとどまり、息子はソファーを踏み越え跳びすさる。 「やめて! どうして。どうして私たちを……!」 「……あなたは、エリューションと呼ばれる存在なんです」 母の叫びに、躑躅子の押し殺した声が重なる。 「世界を蝕む因子となってしまったんです」 何も知らぬまま殺されるよりはいいと思った。避けては通れぬ苦渋を呑もうと、彼女は敢えて口にした。 耳にこびりつく赤子の泣き声を打ち消すようにかぶりを振る。汚すなら自身の手を、と両の盾にすべての膂力を込めて殴りかかった。 「世界の変容を防ぐために、私たちはあなたを……殺します」 ●慟哭の刃 「黙れ!」 声は、庭からした。 「テメェはそれでハイそうですかって納得出来んのか!? 世界のため? 論外だ、ただの言い訳に過ぎねぇ」 全身にたぎる闘気を剥き出しに、無骨な斧を担いだランディが吼える。 「それは何よりこいつらに対して無礼だろう。……あんまりだろう」 俺も逆の立場ならこいつらのようにした。折れるほど噛みしめた歯の痛みも、胸に渦巻くものには及ばない。 「そう、誰も何も悪くはないさ」 ささやきを置き去りに、滑るように影が馳せた。息子へ肉薄し素早く跳躍した喜平は、眼帯の下の機械の瞳孔を絞って照準を定める。 「それでも、御前等の一切は破壊する」 慰めにもならぬ言葉を並べ立てるより、絶対的な敵として相対せんと銃口を向けた。 遠慮なく殺しにこい。 告げる代わり、鈍色の口径が容赦なく火を噴いた。 横っ飛びにかわす薄い身体を弾丸が突き抜ける。着地の体勢を崩しながらも、息子は壁を蹴って母のもとを目指した。そこに立ちはだかったのは、流るる水の構えを取った悠里だ。 「悪いけど、行かせないからね」 可哀相だとは思う。何とかしてあげたいとも。でも、僕にはどうしようもない。憐憫を秘めた陽色の瞳は、同時に目の前の現実を凪いだ眼差しで見据えている。 「ママ、うしろ!」 歯噛みした息子が慌てて叫ぶも、間に合わない。振り返った母が肩越しにアンジェリカの姿を見留めたときにはもう、その身は漆黒の繰り糸の手中にあった。 長い冬の果て、ようやく知ったぬくもりを奪われるとしたら……。 胸の奥が波立つ。共鳴する。ボクもきっと、そうだ。愛する者を守りたい。たとえそのために誰を傷つけても。 だから。 「赦しは請わない。後悔もしない」 指先に伝わる、ぷちりと肌を割る感触。みしりと骨を締める手応え。唇を噛み、彼女は気糸をまとわせた鋼糸を引き絞る。 天乃がステップから刃の乱舞を繰り出し、猛る気を吐いたランディが強烈な打ち込みを見舞う。広がりゆく血溜まりの只中でなお、母は立ち続けていた。娘が笑えば母は朱に濡れた唇に笑みを浮かべる。 傷付き、癒され、また砕かれる母の身体は真紅に染まったが、赤子の叫声を浴びるたび狩り手の精度は落ち、親子はまた命を長らえる。 気付けば息子は部屋の隅へ追いやられていた。母が遠い。行く手を遮り続ける目障りを排除しなければ、母と妹を護れないと悟った。 倒すべきものを睨みつける幼き獣と、紅涙を宿した成獣の爪牙がぶつかり合う。 「世界が君達を拒むなら」 ふ、と獣が唇を歪ませた。 「君達は世界を壊せばいい。君達は圧倒的に正しい」 肯定を口にしながらも、りりすの『業』は止まらない。執拗に獲物を狩りたて、ぬらりと光る刃は喉笛に迫る。 それでいて何処かのらりくらりと時間を稼ぐ剣尖は幼子を苛立たせた。悠里の凍てつく拳にも、孝平の残像を連れた強襲にも構わず、息子はりりすだけを睨みつける。 躑躅子の放つ光が痺れを払い、『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)の清らかなる詠唱が幾度も命を繋いだが、かばう喜平が魔氷に縛された瞬間、命綱が切れた。痛烈な掌打に臓腑を潰されたりりすはついに大量の血を吐き倒れ伏す。 思わず幼子の顔に安堵が浮かぶ。 しかし、母の元へ走ろうとした彼は、足首を撫でる痛みに目を見張った。息も絶え絶えに、辛うじて上体だけを再び起こしたりりすが肉厚の剣を横薙ぎに振るっていた。 ●赦されざるもの 「君達は天国へ行け。僕は地獄へ行く」 鍔迫り合う喧噪の最中にあって、耳に飛び込んできた言葉に母は顔を上げた。どす黒い血にまみれ、それでも剣を取る者の背が見えた。 あとほんの少しのところに、陽の当たる庭がある。 シルエットを縁取る逆光が眩しくて、視界がにじんだ。 足掻いても、届かない。 願いは叶わない。 あの陽射しの下に出ることは、もう、赦されないのだ。 それでも、生きたいと望むことは罪ではないと身を以て叫んでくれた。彼らは誰とも知らぬ者のために血を浴び、重荷を負わんとしている。 身を硬く縮めて衝撃を受けていた気持ちが、ぷつりと切れたようだった。集中を乱さずカイが首筋に斬りつけたナイフが肉に埋まり、機械の脊髄に引っかかって軋んだ音を立てる。 「ごめんね……」 母の頬に小さな手を伸ばして娘が笑う。なのに、破滅の闇がまとわりついて娘の優しさを受け取ることができない。 「護りきれなくて、ごめんね……」 零れた涙が娘の頬に落ちた。ショートし火花を散らす腕から力が抜けてしまいそうで、母は娘を腹に抱えるようにひざまずく。娘の額にくちづける。 運命に見離されたものに、行く末なんて在りはしない。不幸が広がらぬよう、食い止めるだけ。 「ここで、終わらせる、のが……せめてもの慈悲」 どこまでも静かな眼差しを伏せ、天乃が刃を深く突き立てる。最後にわずか唇を振るわせてくずおれた母の腕から娘を引き出すと、アンジェリカは動きを止めることを恐れるかのように即座に鋼糸を手繰った。 「すぐに、すぐに終わるから……」 身体の半分ほどが腐敗した娘の命は、幾つか攻撃を重ねれば悲しいほどあっけなく潰える。 「ああああぁぁぁ!!」 息子の咆哮は、言葉にならなかった。 りりすを殴り倒し、その勢いのまま体当たり同然に襲いかかってきた獣にみぞおちを深く抉られ、悠里は魔炎に包まれる。喜平が至近距離から放った銃火に翻弄され、息子は半狂乱の声を上げたが、もはや正気も狂気も同じこと。 負傷度合いが軽くとも油断はできず、とらは癒しを紡ぎ続ける。ひとたび懐に入り込まれれば鋭い痛打を喰らうからだ。 だが、息子にはもう傷を癒す微笑みをくれる者は居ない。正道の仕掛けた気糸の罠に足を取られて俊敏な動きが止まったとき、大勢は決した。 「抗うのはこれで終いか? もっともっとぶつけて来い!!」 彼らを滅すると決めたのは、運命でも、世界でもない。自らの手で、墓堀の名を持つ斧を握った。あとは全てを受け止め、全力で振り下ろすのみ。 真正面へ踏み込んだランディの斧が、肩口から脇腹へ肉を引き裂きあばらを断ち、幼子の身体を割り開いていく。 「うああぁぁ!!」 気糸を振り解いた息子はさらに間合いを詰め、大男の腰に両手を突き出した。一瞬の間ののち、衝撃は骨を砕き全身へと波及する。 それは最期の死力だった。 互いに弾け飛ぶように倒れた二人へ駆け寄り、アンジェリカは未だか細く呻く息子を見下ろす。 お願い。 どうか、あの子が、苦しまないように……。 母が震える唇で遺した願いを叶えるべく、暗黒の腕をかざしてその命の火を完全に消し去った。 ● 「……あんたたちは見事だった」 不条理に翻弄されてなお、ただ静かに暮らそうとした選択は畏敬に値する。 仲間に肩を支えられて遺体の傍らに膝をついたランディは、せめて顔だけでも綺麗にと荒れた髪を整えながらぽつりと告げた。 「良き、眠りを」 ベッドに並べた母子の手を重ね、天乃がそっと包むように握って手を繋がせる。 「ごめんなさい……」 カイは消え入りそうな声で呟いて、眠るような彼らにシーツをかけて無惨な傷跡を覆い隠した。『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)は三人を強く抱きしめて、しばらくそのままで居た。 親が子を想う気持ちは、運命ごときには変えられぬ。 「その純粋な気持ちは、しっかりアタシに伝わったよ……」 悠里は怪我の痛みをも忘れ、じっと一点を見つめて考えていた。三人が一緒に眠れるお墓を作ってあげて欲しいと、アークに要請を出そうと思う。 口元を押さえた躑躅子が見上げた空は、雨粒の影ひとつない、澄んだ晴天だった。アンジェリカは空の遥か遥か高みへも届くように鎮魂の歌を捧げる。 「あなたたちの魂が、今度こそ、安寧の地へ辿り着けますように……」 声にしてしまえば堪えきれず、溢れた雫が頬を伝った。 運命がどれだけ糞ったれでも、彼らは天国にいけるだろう。彼らはただ生きたいと願っただけなのだから。 「赦されざるものはどっちだって話さ。結局ね」 ひとつの願いが潰え、世界は変わらぬ姿を保つ。 りりすは誰にともなく独り言ち、血糊がこびりついた剣を再び腰に提げる。一歩進むたびに疼く傷を抱えて、ただいつものように戦場を去った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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