●14日前、国立総合病院、401号室 ねえ、私死にたくない “大丈夫だよ、アキは死んだりしない。絶対上手く行くって” そうかな、恐いよ。凄く、凄く恐い “俺がついてる。アキにはいつだって、俺がついてるから” でも、私が死んだら……ハル、きっと私のことなんか忘れて “忘れるもんか” ……っ “忘れるもんか。忘れるわけないだろ” ……本当? “俺はそんなに嘘上手くないってアキは知ってるだろ” ……うん “あと死ぬって言うの禁止な。大丈夫だって” うん……そうだね。きっと大丈夫だよね “大丈夫、大丈夫だよ。俺が、アキを絶対に殺させやしない” ……うん……うん “ずっといっしょだ” うん。ずっと、 ずっといっしょだよ―― ●12日前、国立総合病院、401号室 ……あ…… 私……生きてる…… ああ……生きてる。凄い、本当に……ハル、私、生きてる…… ねえ、ねえハル、私生きてるよ……ねえ、ハル ……あれ……お母さん 何で、泣いてるの? ………… ……お母さん、ハルは? ねえ……ハルは?ハルはどうしたの? ……ねえ、お母さん。何か言ってよ!ハルは?ねえっ! ……っ 安静に……て ……だって、ハルが居ないよ おかしいよ、ねえ ハルが……居ないよ…… ねえ、何で……何も言ってくれないの? ●5日前、霊園、天野家の墓 ハル……私、生きてるよ ねえ、私、生きてるよ…… ……ずっといっしょって言ったよね ずっといっしょって、言ったじゃない 何で? 何で私が、生きてて、だって こんなの、ぜったいおかしいよ……こんなこと、頼んでないよ…… ハル…… やだよ、こんなの ハルが居ないと駄目なんだよ……私だけじゃ…… ……意味ないじゃない…… どう……して…… やだよ…… 寂しいよ……ハル…… 『そんなに、その人のことが大切でしたか?』 ……え? 『もしかすると、お力になれるかもしれないと思うんですけど』 ………………え? ●2日前、アーク本部、ブリーフィングルーム 「とても仲の良い兄妹が居たの」 静かに響く声に感情の色は薄い。『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)は普段通りに淡々と語る。 「妹の方は病弱で、ずっと病院暮らしだった。治すにはとても難しい手術が必要で、 何より臓器の凡そ半分を取り替える必要があった。勿論拒絶反応が出てしまったらそこで失敗」 体力の衰えたその子にとっては、ラストチャンスだったの。と、紡いだ語尾が掠れて消えた。 失敗、その言葉の意味は軽くは無い。集められたリベリスタ達にせよ、命の重さは十分知って居る筈で、 それは勿論、フォーチュナーであるイヴもまた、変わらない。 「でも臓器の半分何て、抜かれた方もただじゃ済まないわ。当たり前よね。 医療倫理と合わせて考えれば、複数のドナーからそれぞれの臓器を別個の手術を経由して移植する。 そんな危険過ぎる糸を渡るしかない……でもね、その手術は行われる予定だった」 そもそもそれだけのドナーが集まるまでどれだけの期間を必要とするのか。 その分だけ患者は体力を消耗し、集まったとして拒絶反応が出る可能性も高まる。これではとても現実的とは言えない。 けれど彼女とその家族はその一縷の望みに縋った。待って、待って、タイムリミットが来る前に、遂に準備が整った。 「彼女の体は限界だった。時間が無かった。1度で全ての移植を完了しないといけない。 ドナーもバラバラで拒絶反応が起きる確率は8割近く、でも施術するしかない。生きたいなら。これ以上どうにもならない」 けれど、奇跡は起きた。いや、それを奇跡と言うのは正しくないだろう。 人事を尽くした上で訪れる天命を確かこう称した筈だ。そこにドラマは舞い降りた。 「彼女のお兄さんが手術の前日、自殺したわ。わざわざ救急車を呼んで、ドナーカードと遺書を記してね。 半日にも渡る手術を耐え抜いて彼女は一命を取り留めた……血の繋がった兄妹の臓器を使って」 運命の祝福の助けも無く、彼は彼女を自分の力だけで救った。それはきっと、とても凄い事なのだろう。 ただの人間の本気。誰かを故無く傷付けられる人間が居る一方で、誰かの為に命を捨てられる人間が居る。 「でもそこに付け込んだ奴が居た」 ファイルされた資料の表紙には、一枚の写真。写っているのはローブを纏った20代半ば位の女だ。 何処か儚げな風貌にウェーブのかかった灰色の髪。まるで撮影されているのを知っているかのように、 目線がカメラを向いているのが何処かいびつで、それ以上に背景である街の雑踏にその姿はとても浮いていた。 にも関わらず誰も女に目を向けない。リベリスタであればその光景には見覚えがあるだろう。間違いなく幻視を使っている。 「本名不明、通称ドールマスター。可愛い娘を剥製にするのが趣味らしくて、被害者が後を絶たない。 周到で、人の弱みに付け込むのが上手く、狡猾で残忍。とても危険な……連続殺人犯」 どこか悔しげな素振りで瞼を伏せると、イヴはその資料の2枚目を開く。 「そしてこっちが救われた妹。彼女はリベリスタになる可能性がある。或いは、フィクサードに」 突き付けられたのは余りに皮肉な運命だ。彼女は革醒してフェイトを得るのだと言う。 それが後半月でも早かったなら、彼女の兄は死ななくても良かったと言うのに。 「でも、現状を維持し続けると彼女はその前に剥製にされてしまう。皆にはこれを阻んで欲しい」 任務は革醒未満の少女の救出であり、ドールマスターの討伐ではない。と、イヴは敢えて繰り返す。 「……皆が全力を尽くして、運が味方したとしても、倒せるかどうか分からない。 ドールマスターはそういうレベルのフィクサード」 今は一人でも多くの犠牲者を救う方が賢明、と。告げる声音に感情は無く、けれど僅かに苦い。 本意ではないのだろう。だからこそそれ以上の判断はリベリスタ達に委ねられる。 「折角救われた命の灯を、守ってあげて欲しい」 そう締め括ると、イヴはぱたりとファイルを閉じた。 ●1日前、天野家 るるる……るるる……2回のコールで電話が繋がる。 このやりとりは既に5回目。けれどいつもとは違う。ぜんぜん違う。 早鐘を打つ心臓に手を当て、アキは開口一番こう告げた。 「夜分遅くにすいません、魔法使いさん。以前伺ったお話、もう一度確認させて頂いて良いですか」 電話相手は魔法使い。そんな御伽噺、今時誰も信じてはいない。 でも、この人は本物。目の前で見せられた数々の奇跡がそれを如実に証明している。 だから、アキは願う。例え何を犠牲にしても、例え何を失うとしても。 彼が自分にそうした様に 「本当に言うとおりにすれば、ハルは戻って来るんですね?」 だって二人はいつでも、ずっといっしょなのだから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月20日(金)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●早朝、霊園 その墓は霊園の裾に建っていた。それが彼の物である事は、一目で分かる。 飾られた花は瑞々しく、他所の墓の様に雑草も生えてはいない。こまめに人の手が入られている事は明らかだ。 刻まれた文字は天野。その墓石にそっと花束が載せられる。雪白 万葉(BNE000195)が捧げた物だ。 「アキ君は守るようつとめますから、そこで見ておいてくださいね」 瞳を伏せて呟く言葉は静寂の園に殷々と響く。答える者は誰も無く、応える声も無い。 死者は語らず、そしてまた、蘇る事も決して無いのだから。 ●午前10時、国立総合病院、待合室前 その少女はひっそりと座っていた。まるで病院と同化した様な存在感の希薄さ。元は明るい性格だったのだろう。 カジュアルな服装と纏う雰囲気が完全に乖離している。心此処に非ず、と言った彼女に『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は声をかける。 「元気?」 一方のりりすは見た目は小学生と中学生の中間程度、子供っぽい服装をすれば他人は先ず小学生と見るだろう。 人懐っこい笑みとは裏腹に着けた眼帯と、何より手に目立つ斑に散った白い痣がどこか病的である。 「ずっと元気がなかったみたいだけど、今日は元気みたいだから」 「……?」 紡いだ言葉に少女、天野明希がぱち、と瞬く。見知らなくとも病院では日々数多の人間が交錯する。 その内の一例であると考えれば入院生活はベテランの明希に、彼を跳ね除ける気は沸かなかった。 「うん……あなたも長いの?」 ずっと、と言う響きからそう返るも、彼の斑模様はエリューション化の影響で、特に病を患っているわけではない。 困った様に笑い返す。そういう事を話さなくても良い、と言う点で病院と言う場所はベストに近い。 「そう言えば、いつも一緒に居たお兄さんは?」 ごく何気なく続いた言葉に一瞬明希の表情が固くなる。初対面で語るにはそれは余りに複雑過ぎて。 鏡写しの様に困った笑顔を浮かべるも、彼女は言葉を吟味しながらこう返す。 「今、ちょっと遠くに行ってるの。もう直ぐ帰ってくると思うんだけどね」 天野さーん、と言う看護師の声が聞こえ、彼女はゆっくりと席を立つ。 何と言う事はない、病院であれば日々に幾つも行われている病人同士の四方山話。そう装った会話は最後に覆る。 「何かを犠牲にして何かを救っても。悲しむ人がいるんだよね」 反射的に明希が振り返る。けれど人懐っこい少年は、既に駆け出し始めた所。怪訝そうな眼差しが、彼の後姿を追う。 ●午前11時、警察署、 『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)からすれば想定内。同行していた『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)からすると、 予想以上と言う感じだろうか。アークからの圧力頼り、と言う手段は見事に外れていた。 時村室長曰く「一つ一つの仕事にそんな手段を乱発していたらきりがない、自分らで何とかしてくれ」 結果として、遺留品を確保するまでの間に担当官含め複数名の警官を昏倒させている。 隠匿する手段に乏しいが故の強行突破、まさかの警察署からの強盗である。 「ごめんなさい……あとでちゃんと返すから!」 と言いつつも、目当ての遺書を確保するアンジェリカに、鉅の小さな嘆息が重なる。 それで済むとも思えないし、撤収後の処理も特に考えてはいない。この感じでは例えアークの介入があれ、悪名は免れまい。 「ふー、確保完了だねぃ」 そこに見張り役の『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)がひょっこり顔を出し、うわあ、と言った表情を浮かべる。 強結界を張り続けていた為現場にこそ立ち会ってはいない物の、流石に場を一望すれば状況は明らか。立派な共犯である。 しかし、事は大事の前の小事。既に封の解かれている遺書を引っ張り出しては、現場に居合わせた3人並んで目を通す。 この手紙を読んでいる頃には、から始まるお決まりの文章に不審な点は特に無い。だが二枚目、捲った先に奇妙な単語が出現する。 一般人が読んでも何の事やら分からない。けれどリベリスタ達にとっては特別なキーワード。 ――俺はもう十分生きた。そろそろアキに代わってやらないと、と魔法使いは言う。俺も、そう思う ――いざって時は魔法が力を貸してくれる。死に損なう事は無いだろうけれど、最後に逢えないのが心残りだ ――でもこれからは、ずっといっしょだから 遺書は短かった。遺書を書いた意図と目的、それと妹と家族、友人達へ贈るメッセージ。ただそれだけ。 天野遥人と言う人間の、17年分の生はその短い文章に淡々と込められていた。それを青い感傷の結果の自己満足の死と言う事は出来るだろう。 けれど彼は自分の持ち物を全部贈ってでも妹を護ろうとした。そして彼はその遺志を通して妹を護った。それはきっと、ただ、それだけのこと。 遥人の思考を辿ろうとその文を目で追っていた鉅が、しかし静かに奥歯を噛み締める。 「……気に食わん」 その呟きは、場に居た3人の総意。そんな単純な兄妹の想いに付け込んだ人間が居た。 ずっといっしょに。さいごまでいっしょに。その単純な願いは、第三者によって捻じ曲げられた。 「ボクは、こんなの許さない……」 その決断は、彼だけの物である筈だった。その想いの全ては彼女だけが受け取るべき物である筈だった。 誰かが穢して良い物である筈が無かった。誰かの人生分の贈り物。命の使い道を、他人が利用して良い筈が無かった。 “切り札”を握り、よれよれのコートを翻し、鉅が警察署を駆け出す。2人が続く。 世界に都合の良いだけの魔法など無い、けれど信じるのは自由。だからこれはきっと彼と同じ、ただの我侭。 ●正午、駅前 「これだけ知っておいてほしい。奴は人の動きを操る能力を持っている」 そう言って『星守』神音・武雷(BNE002221)から強引に渡されたトランシーバーを手に、明希は困った様に立ち尽くしていた。 思えば今日は病院から変だった。まるで何かの陰謀の様に行く先々で彼女に人が話しかけてくる。 眼前で兄や魔法使いさんについて語る『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)にしてもそうだ。 突然お茶に誘われたのでナンパか何かかと思って断ってしまった物の、それで諦めるほどその意思は弱くは無い様子。 「君の頼りにしてる魔法使い、彼女は連続殺人犯だよ」 人の動きを操る力を持つ、連続殺人犯、しかも人を剥製にして喜ぶ外道、魔法使いさんの風評も本当に散々だ。と思いながら、 トランシーバーを手元で玩ぶ。彼女から聞いていた通りだ。同じ力を使う人間は対立する。人間は人間同士、魔法使いは魔法使い同士。 その結果悪評を告げる人間が現れるかもしれない。けれどその全てが真実じゃあない。吟味するのは貴女自身。 “魔法使いさん”の言葉を思い出し、思い返す。確かに彼女が見せてくれた奇跡は“死んだ動物を蘇らせる”と言う物だった。 死んだ猫は生前そのままに動ける様になり、明希の前から悠々と立ち去っていった。人の動きが操れるなら、動物の動きも操れるだろうか。 「彼女の使った奇跡の中身はしらないけど、僕の仲間も死んだ生き物を操って生き返ったように見せるぐらいはできる」 ああ、まただ。と思う。彼らが“魔法使いさん”より信用出来ない点はこの一言に尽きる。彼らは余りに知り過ぎていた。 まるで自分の一挙手一投足、言葉の一つに到るまで監視していたかのように。それだけの事情を知っていれば何とでも言えるだろう。 トランシーバーが声を受信する。それは通りの向こうで話をする、武雷と、彼女の声。 「お前が、大切なコレクションを増やそうと誰かに接触していることは判っている。今日もその待ち合わせか何かだろ?」 灰色髪の女性はその言葉におっとりと微笑む。返答は無い。ここで雄弁に語っても良い事が無い事を良く知っているのだ。 「そういう貴方達は、新興の組織の方達ですか。このタイミングで、と言う事は予知か何か?」 こてん、と首を傾げる仕草は文字通り人形の様だ。挙動が大仰で芝居がかっている。 「今日一日、俺はお前に徹底的に張り付いてやるつもりだ。お前が誰にも危害を加えないなら、おれも何の邪魔もせん」 武雷の体当たり発言に、人形遣いと名付けられた女は眼を細める。それが厄介である事は明白、しかし返答はあっさりと。 「明希さんが良いなら構いませんけど」 一瞬間が空き、武雷の方が瞬く。例え監視が付いていても問題無いとでも言うのか。或いは――罠か。 人形の様な女は笑う。綺麗に、鮮やかに、まるで人間ではない物の様に。 「死んだ人間を生き返らせるなんて奇跡は絶対に起こせない」 そうして悠里が続けた言葉に、魔法使いさんの声が被り明希は小さく息を吐く。 「だったら、貴方達が生き返らせてくれるんですか」 ハルを。と、その明希の言葉に悠里が頭を振る。そんな事は誰にも出来ない。それが当たり前。それが普通。 でもだったら、魔法何て何の為にあるのか分からない。奇跡だから魔法じゃないの?普通ではないから超常なんじゃないの? 「魔法使いさんは、出来るって言いました」 出来ないと言う彼らと、出来ると言う彼女。どちらに頼っても同じ結末なら、希望のある方に縋りたい。 丁度武雷を連れた魔法使いさんが大通りに出たのが見え、明希はそちらへ進路を取る。 善意で言ってくれているのだろう彼には、とても申し訳無いけれど。 「……私は、兄が戻るなら何でもします。だから、ごめんなさい」 駆け去る姿に言葉は無く。糸は紡がれ、意図は交わり、結末へと向かう。 ●午後1時、駅前大通 「ちょっと良い?」 『優しい屍食鬼』・アリー・ウルジュワーン(BNE000735)がその3人連れに声をかけたのは、喫茶店ではなく駅前の大通りだった。 「私も混ぜてくれないかしら、ドールマスターさん」 目線が向いているのは灰色髪の魔法使い。そして明希の前では初めて出たドールマスターなる単語に、お知り合いですか?と視線が集まる。 言われてみればそのくすんだ白い髪は彼女と良く似ていた。淡く笑む人形遣いにマリアムは重ねて問いかける。 「そう言えば私、貴女の本名って知らないわ」 まるで既知の様な語りに人形遣いが小さく頷く。言葉を吟味する様に間を空け一言。 「そうね、私の名前は……」 その視界の端、捉えたのは2つの人影。駅から息咳き切って駆けて来る、男が1人、女が1人。 彼らの気配はとても対話する者のそれではなく、目端の効く人形遣いから見ても何らかの切り札を確保した事は瞭然。 故に、彼女は最速の判断でこの場にて糸を切る。最後の一幕に立ち合わせたのはその場の6人。 「私の名は……ティエラ・オイレンシュピーゲル」 声をキーワードに、マリアムの、武雷の、そして何より明希の動きが止まる。最も近くに居た武雷からして、 何の予兆も無ければ何の詠唱も見えなかった。動きを縛られ改めて瞳を凝らせば、大気に溶ける様に張らされた一本の糸。 極細の気糸が周囲の人間3人のみを正確且つ強固に絡めとる。普通に考えたなら、人通りが多く人目も多い大通り。 誰も此処で仕掛けるとは考えず、仕掛けたなら唯では済まないと考える、心の間隙を縫うからこそ――その技は避けられない。 「其処までだ」 鉅が声を上げる。手には遺書を握り、心には遺志を灯し。サングラスの向こうに覗く瞳は鋭く冷たい。 「アキ殿、ハル殿を自殺に追い込んだのはそこの女だよぅ! 証拠なら、此処に――」 「ああ、それ見つかってしまったんですか」 被せる様に語ったのは灰色髪の女。必要以上に落ち着いた物腰で頬に手を当てると、ほう、と息を吐く。 「頭の固い警察なら真相に辿り付くなんて有り得ないと思って油断しました。貴方達の様なのが居るなら次はきちんと握り潰しておかないと」 続いた言葉に瞠目する。証拠も何も無い、彼女には隠す意図が既に無い。何故か、必要が無いからだ。 その不自然さに先ず鉅が気付く。ここまで言われれば普通は何らかの反応を示すだろう、明希は余りに無反応だ。 そして何より仲間の2人、マリアムと武雷までもが全く反応が無いのはどういう事か。思わずアナスタシアを押し留める。 「駄目ですよ、人形は人形らしく……静かにしていて下さらないと」 革醒を経ている彼らには見える。声と共に震える気糸。2人の前に、繰られた武雷とマリアムが立ち塞がる。 「こ……のっ」 何処までも人の尊厳を馬鹿にした仕草、仲間を盾にされアナスタシアが拳を握り締めた、その時だった。 「何でもかんでも、思い通りになるなんて思うなっ……!」 声と共に黒い影が飛び出す。予期せぬ伏兵。気配遮断を用いて雑踏に隠れていたアンジェリカが明希を引っ張り倒す。 それを目の当りにした鉅が踏み込む。手元から放たれるスローイングダガー。武雷が女をかばい、顕現したラージシールドが高い音を立てる。 しかし人形遣いとて万能ではない。盾を操ってしまったが為に矛が浮く。それを見逃すアナスタシアでは無い。 鉄拳制裁。拳が人形遣いを捉え――その感触に、全身が総毛立つ。 「……あは、これは、」 身を捩り、人形遣いが下がる。冷え切った瞳だけをリベリスタ達へと向け、指先を繰る。 「予定外、が多過ぎですね……ああ、勿体無い。折角綺麗な人形が」 作れそうだったのに――と、それを最後に跳び退る。それを追おうにも、視界を遮る様にマリアムが立ち塞がる。 雑踏に紛れ彼女が去るまで、リベリスタ達はそれを見つめる意外に無く。けれど、アナスタシアだけが凍えた様に呟く。 あの人……中身が無かったよぅ……と ●夕暮れ、霊園 万葉とりりす、悠里の待つ墓前へ、彼女がやって来たのは午後4時過ぎ。 泣き腫らした赤い瞳もそのままに、持って来たのは大きな花束。それは裏切りと言うには余りにもおぼろげで、今も上手く咀嚼出来ない。 魔法と言う名の希望を失くした少女は、訳も分からず涙に暮れ、それでも今日だけは大切な兄に逢いに来なければならなかった。 「……誕生日おめでとう、ハル」 彼が贈った贈り物は、彼女には重過ぎて、叶えられなかった願いもまた、彼女には重過ぎて。 蹲る姿に言葉は無い。誰も声をかける事が出来ない。けれど唯一人、りりすだけがぽつりと呟く。 「それでも僕は。彼のとった行動を美しいと思う」 予兆があった。それはあくまで直感に過ぎないけれど。涙に暮れる彼女に、彼の誕生日に、運命は微笑む。 けれど紡がれた未来にまた、彼女は途方に暮れるのだろう。それを誰かが支えられるかは、また別の話。彼女自身が立ち直れるかも、また。 ずっといっしょに。 その想いは尊く、その行為は美しく、けれどその意図はまだ、漂うばかり。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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