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黒翼を継ぎし者、その道行き

●ちっぽけな男の覚悟
 俺の背中に翼が生えた時は、もう笑うしかなかった。
 これが、こないだ話に聞いた“エリューション化”というやつなのだと、唐突に理解した。俺も、近いうちに正気を失って、あの連中に殺されることになるのだろう――まだ、あの子の弔いも完全には終っていないというのに、なんてザマだ。
 生えてきたのが、あの子と同じ鴉の翼だったことが、せめてもの救いに思えた。偽の保護者代わり、実のところはただの誘拐犯でしかなかった俺でも、揃いの翼を持って死んでいけるなら、“家族”として、あの子と繋がっていられる気がしていた。

 でも――違った。
 同じ翼を持っていても、俺とあの子には決定的な違いがあったのだ。
 皮肉なことに、俺は“世界に許された”。そして、鋭い鉤爪の代わりに未来を“視る”力を得た。

 数日の間、自分が何をすべきか考えた。自分に、何ができるかを考えた。
 俺には、連中のように戦う力はない。“視る”力にしたって、微々たるものでしかない。
 それでも。“視る”ことで、誰かを救えるのなら。
 あの子のように、不幸な死を遂げる子供が一人でも減らせるのなら。俺は、とうとう腹を決めた。
 あの子が死んでから、ようやく、自分の生きる理由を見つけられたような気がした。

 そのはずが――こんな、いきなり躓くだなんて。


「嫌な予感は、してたんだよな……」
 男――奥地数史(おくち・かずふみ)は目の前のものを見て、そう呟くことしかできなかった。できれば悪い夢だと思いたいが、これが紛れも無い現実ということは知っている。
 ライオンほどの大きさをした何かが、道の真ん中に立ち塞がっていた。犬に似た三つの頭と、蛇の尾。どう見ても、まっとうな生き物などではありえない。これもきっと、エリューション化した犬とか、そういったものだろう。
 辛うじて分析はしたものの、打つ手がないことには変わりはない。先日のように腰を抜かさないだけマシかもしれないが、膝は笑いっぱなしなので大して違いはないかもしれない。
 幸い、ここは裏通りで、しかも廃ビルに囲まれている。周囲に、自分以外の人の姿は見当たらなかった。
(飛べば……逃げられる、か?)
 未だ慣れない背中の翼を強く意識しながら、数史は己と怪物の距離を測る。高いところは嫌いだが、背に腹はかえられない。
 だが。次の瞬間に“視えた”ものが、彼の羽ばたきを寸前で押し留めた。
(おいおい、マジかよ……)
 数史が“視た”のは、ほんの数瞬後の未来だった。自分が空に逃れた直後、怪物の腹から無数の小さな怪物が現れ――自分もろとも付近一帯の人間達を食い殺す、そんな未来。
 ここから、少し歩くだけで表通りに出る。夕方のこの時間、通りを行き交う人々の数はかなり多い。自分はその人込みを避けて裏道に入ったおかげで、この災難なわけだが……。
(――どうする?)
 怪物が、数史に向けて一歩足を踏み出す。背中を、冷や汗が流れ落ちた。
 本音を言えば今すぐに逃げたい。このままでは無残に殺されると分かっていれば、尚更だ。でも、自分が逃げてしまえば、無関係の人間を大勢巻き込むことになる。
 死の気配が迫り来る。膝はずっと笑いっぱなしで、今はもう歯の根も合わない。

 “視る”ことで、人を守りたいと思った。
 あの子のような悲劇を味わう子供を、減らしたいと思った。
 まだスタート地点に立ってもいないってのに、俺はこんなところで死ぬのか。
 ――いや。

「最後まで、諦めるわけには……いかないよな」

 必ず、彼らはここに来る。
 力に目覚めて間もない自分にだって、部分的とはいえ“視る”ことはできたのだ。
 彼らが、こんな怪物の存在に気付かないはずはない。

 震える拳を握り、大きく唾を飲み込む。
 自分が食われるのが早いか、彼等が辿り着くのが早いか――数史にとって、多くの命を懸けた我慢比べが始まった。


●居合わせたフォーチュナ
「緊急の招集に応じていただき、ありがとうございます」
 アーク本部のブリーフィングルームで、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は集まったリベリスタ達に向けて軽く一礼し、すぐに本題に入った。
「街中に強力なエリューション・ビーストが現れました。皆様にはすぐ現地へと赴き、その対処にあたっていただきます」
 正面のスクリーンに、現場の地図と、エリューション・ビーストについてのデータが表示されていく。
「エリューション・ビーストのフェーズは2。ライオンほどの大きさをした、三つの頭と蛇の尾を持つ犬――といった外見をしています」
 続いて、和泉は地図の一点を指し、マーカーを表示させて現場に印をつけた。
「現場は廃ビルに囲まれた裏通りで、一般人の姿はありません。……ですが、二点ほど問題が」
 問題? と問うリベリスタに、和泉が頷きを返す。
「まず一点は、エリューション・ビーストの持つ能力です。このエリューション・ビーストは、攻撃によるダメージを受けた時、あるいは、誰かがその場から逃げ出そうとした時に、体内から大量のエリューション・ビーストを生み出します」
 画面の表示が切り替わり、先に見たエリューション・ビーストの頭を一つにして小型化したようなものが映る。
「子供にあたるエリューション・ビーストはフェーズ1、単体の戦闘力は取るに足りませんが、とにかく数が多い上に、親からの命令がない限りは『半径200メートル以内にいる、より無力な対象』から狙う特性を持っています」
 現場から30メートルほど歩けば、人が多く行き交う表通りに出る。ここにエリューション・ビーストの突破を許してしまえば、惨事は免れないだろう。それは何としても、防がなくてはならない。
「――あと、もう一点。これは少々イレギュラーな事態なのですが……近日中にアークに所属する予定のフォーチュナが一名、現地でエリューション・ビーストと遭遇しているようです」
 再びスクリーンが切り替わり、今度はやや冴えない風貌の男の姿が映った。
「名前は奥地数史、31歳の男性。先日、とあるエリューション事件が元で革醒し、フライエンジェのフォーチュナとなりました。そこで、先の事件における事後処理を行っていたアークと交渉し、フォーチュナとして所属することが決まったのですが……」
 ここに来る途中で、再びエリューション事件に遭遇したというわけか。嘆息交じりに言うリベリスタに、和泉が頷く。
「ご存知の通り、私たちフォーチュナの戦闘能力は一般人のそれと変わりありません。エリューション・ビーストに襲われてはひとたまりもありませんので、速やかに救出をお願いします」
 説明を終えるとともに、和泉はリベリスタ達に向けて深く頭を下げた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:宮橋輝  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 4人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月24日(火)23:47
 宮橋輝(みやはし・ひかる)と申します。

●成功条件
 ・E・ビーストの全滅
 ・フォーチュナ・奥地数史の生存
 ・一般人の死者を最大でも5名までに抑えること

 上記の3点を全て満たして成功となります。

●フォーチュナ・奥地数史(おくち・かずふみ)
 拙作『さらば、短き夢の日々よ』にて登場した元・幼児誘拐犯の男。31歳。
 (当シナリオは独立した内容ですので、該当リプレイを知らずとも支障はありません)
 
 唯一の“家族”をエリューション化で失って間もなく自らも革醒し、フェイトを得ました。
 鴉の翼を持つフライエンジェですが、高所恐怖症のため飛行は苦手です。
 (飛べないわけではないので、必要に迫られたら使用はします)

 数史が死亡した場合、シナリオは失敗となりますのでご注意下さい。
 なお、彼はフォーチュナであるため戦闘能力は皆無です。

●敵
 犬をベースにしたE・ビースト(フェーズ2)。
 大きさはライオン程度で、鋭い爪を持っています。
 ファンタジー世界に登場するケルベロスの如く三つの頭があり、そこから同時に火を吐くことが可能です。尾は蛇になっており、見たものを石化させる能力があります。
 
 なお、誰かがその場から逃げようとするか、あるいは攻撃でダメージを受けると、一度だけ、自らの体内から大量の小さなE・ビースト(フェーズ1)を生み出します。
 生み出されたE・ビースト達は親の命令に従って戦闘に加勢する他、半径200メートル以内の人間を皆殺しにしようと散らばります。範囲内に複数の対象がいる場合、特に弱い者(エリューション能力を持たない者が最優先、次いで戦闘力の低い順に優先)を狙って動く傾向があるようです。 

 それぞれの敵について判明しているデータは以下の通りです。

【E・ビースト(親)】
 『爪の一撃』→物近単(高威力)・必殺
 『三つ首の火炎放射』→物遠複・業炎
 『蛇の視線』→神遠全・石化(ダメージなし)

 ※『火炎無効』『麻痺無効』『呪い無効』と同等の能力を所持

【E・ビースト(子)】
 『噛み付き』→物近単・出血

 ※一般人が喉笛に噛み付かれた場合は即死

●戦場
 E・ビーストと数史がいる場所は廃ビルに囲まれた一角です。
 数史を除いて人の姿はありませんが、現場からは二方向に道が伸びており、それぞれ30メートルほどで表通りに辿り着きます。E・ビースト(子)が出現した場合は、(親に加勢する数体を残して)二手に分かれて表通りを目指してくるでしょう。

 現場は戦闘に充分な広さがありますが、表通りに続く道は狭く、横に並べるのはせいぜい2人、E・ビースト(子)でも4体までです。逆に、2人のリベリスタが道に陣取れば、E・ビースト(子)達を食い止め、突破を防ぐことが可能になります。

 なお、時刻は夕方です。
 まだ充分に明るいため照明は不要ですが、表通りの人通りはそれなりに多いので注意が必要でしょう。

●補足
 拙作『さらば、短き夢の日々よ』とリンクした内容となっております。
 該当シナリオを知らずとも任務に支障ありませんので、お気軽にご参加下さいませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
ソードミラージュ
アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)
ソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
マグメイガス
宮代・紅葉(BNE002726)
プロアデプト
山田 茅根(BNE002977)
スターサジタリー
黒須 櫂(BNE003252)
デュランダル
水上 流(BNE003277)
クリミナルスタア
山県 昌斗(BNE003333)
■サポート参加者 4人■
クロスイージス
神音・武雷(BNE002221)
ホーリーメイガス
エリス・トワイニング(BNE002382)
スターサジタリー
ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)
プロアデプト
離宮院 三郎太(BNE003381)

●待ち人は来たれり
 眼前の怪物と向かい合ったまま、数史は身動き一つできずにいた。
 怪物は一歩ずつ、ゆっくり距離を詰めてくる。数史が逃げるのを、待っているのだ。
 恐怖に駆られて逃げたところを、無惨に殺す――そんな悪意すら感じる。
 
 膝は、先程からずっと笑いっぱなしだ。
 目を離した隙に喉笛を食い破られる気がして、怪物から視線を外すことすらできない。
 永遠にも思える数十秒が過ぎた時、数史は自分に差し伸べられようとしている救いの手を“視た”。

 ――来た。やはり、来てくれた。

●戦場の再会
 寂れた裏通りに、リベリスタ達は二手に分かれて突入する。
 夕方の喧騒に包まれる表通りとは打って変わって、そこは不気味な静寂に包まれていた。エリューション・ビーストが人の多い表通りに出現しなかったのは不幸中の幸いだが、裏通りから突破を許してしまえば同じことだ。
「……なんで、そんなめんどくせえ依頼ばっか来ることになるんだ。呪われてんのかよ」
 立て続けに一般人を守る任務につく羽目になった『赤備え』山県 昌斗(BNE003333)が、舌打ちとともに毒づく。そんな彼に、離宮院 三郎太(BNE003381)が明るく声をかけた。
「頑張って成功させましょうね!」
 付近は、既にエリス・トワイニング(BNE002382)が張った結界に包まれている。廃ビルだらけのこの場所に、自分から足を踏み入れる者などいないだろう。
(守りたい……想いを……持っている……人を……守りたい)
 一般人を守るため、ただ一人でエリューション・ビーストの前に立ち続ける男――彼を守りたいと、エリスは想う。

 仲間達に先行して走る『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニング(BNE001789)と『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の目に、三つの首を持つ犬のエリューション・ビーストと、その前に立つ数史の背が映った。遠目でも、数史の膝がはっきりと震えているのがわかる。
「――良いぜ、そういう馬鹿は大好きだ」
 力を持たない身でありながら、化物に立ち向かうことを選んだその姿を見て、アッシュは口の端を持ち上げた。
(待ってておじさん、今助けるから)
 必死に恐怖に耐えているだろう数史の背中に、終が心の中で呼びかける。その時、エリューション・ビーストが顔を上げてこちらを見た。
 今、攻撃されたらひとたまりもない――常人を遥かに超えるスピードで、彼ら二人は数史の前に回り込み、エリューション・ビーストの前に立ち塞がる。
「よお、随分待たせちまったな」
 未だ動けずにいた数史が、アッシュの声に目を見開く。その隣には、見知った青年の姿もあった。つい先日に自分を救ってくれた、恩人たちの一人。
「天が呼ぶ地が呼ぶオレが呼ぶ! おじさんがピンチと聴いて終君参上☆」
 終の明るい口調に、数史が僅かに表情を綻ばせる。
「来て……くれたんだな」
「……こんな形で再会するなんて思っていなかった」
 二人の後から追いついた『十字架の弾丸』黒須 櫂(BNE003252)が、数史に向けて率直な言葉をかける。彼女もまた、革醒する前の数史を知る一人だった。エリューション化で唯一の“家族”を奪われ、絶望する彼に「あの子の為にも生きていなきゃ駄目」と言ったのは彼女だ。そう――だから、守ると誓った。
「どんなことがあろうと、貴方を死なせるわけにはいかない。必ず助ける」
 ありがとう、と数史が答える。前衛たちが彼を庇える位置についたのを確認し、『魔弾の奏者』宮代・紅葉(BNE002726)は、独特のメロディを口ずさみ、体内の魔力を活性化させた。
 エリューション・ビーストを挟んだ反対側に、全身の反応速度を高めた『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)が立つ。二班に分かれての挟撃は、配置の上では既に成功しつつあった。表通りへ続く道を塞ぎつつ、山田 茅根(BNE002977)が脳の伝達処理を高め、自らを集中領域へと導く。敵の数が最終的に何匹になるかわからないが、逃がせば一般人に被害を出すことになる。通すわけにはいかない。
 りりすと並んで前に立つ『水龍』水上 流(BNE003277)が、エリューション・ビーストの向こうに立つ数史を見る。先日の事件で自分に「何をすべきか、一生をかけて考えなさい」と説いた彼女の顔を、数史も覚えていた。
「道は、見えましたか? ならば進みなさい――胸に抱いた覚悟と共に」
 緊張に強張りながらも迷わず頷いた数史を見て、流は全身に闘気を漲らせる。
 先ずは一歩、彼の初陣に勝利を捧げましょうぞ――。
「んじゃま、その眼に焼き付けな」
 アッシュが不敵に笑み、エリューション・ビーストへと向き直る。高らかな声で、彼は自らを名乗った。
「――こいつがアークのリベリスタ。俺様が、雷帝アッシュ様だ!」
 
●羽ばたく黒い翼
 陣形は整った。次は、数史を安全な場所まで逃がさなくてはならない。
「今です、逃げてください! フォローしますっ」
 紅葉の声に、数史は明らかに躊躇の表情を見せた。
「待ってくれ、俺が逃げたら……」
「心配いりません、あれが子を出してくるのは知っています」
 数史の言葉を制した茅根に続き、アッシュと櫂の声が重なる。
「残りは全部任せとけ」
「気をつけて」
 それを聞いて、数史はとうとう意を決した。背に黒い翼を広げて、自らの体を宙に浮かせる。同じく鴉の翼を持つ『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)が、未だ飛ぶことに慣れぬ数史のフォローに回った。
「うかつに飛ぶといい的にされるだけですよ。守りますから、落ちついて」
 ヴィンセントの言葉に頷き、数史は慎重に翼を操って低空を飛ぶ。その様子を肩越しに見て、終は複雑な思いに駆られた。
 エリューション化で命を落とした、数史の“家族”とお揃いの翼――。
(それを見る度に思い出すんだろうな……オレが自分の目を見る度に思い出すように……)
 数史が逃げたのを見て、エリューション・ビーストが自らの腹から“子供”を生み出そうとする。先陣を切って出てきた“子供”らを、高速で動くりりすの残像が切り裂いた。
「異形の獣よ、水龍の名の下に汝を調伏せん!!」
 自らの太刀を抜き放ち、流が咆哮する。己が身に電撃を纏い、彼女は三つ首のエリューション・ビーストに向けて強烈な一撃を放った。痛みに身をよじるエリューション・ビーストの腹から、さらに“子供”たちが溢れる。
 ヴィンセントに伴われて退避する数史を援護すべく、茅根はエリューション・ビーストの目を狙って気糸を放ち、これを挑発した。
「これは衝撃のデビューですね。……何だか、フォーチュナさんは御苦労をされる方が多い気がします」
 その言葉に、彼の隣で道を塞ぐ『星守』神音・武雷(BNE002221)が思わず口を開く。
「これほど逆境に愛されてる人も珍しいよな~。羨ましいくらいだぜ」
 本人が聞いたら情けない顔をするかもしれないが、実際、この短期間に二度もエリューション事件に遭遇するケースというのは、そう多くはないだろう。
 三つ首に六つある目の一つを気糸で撃たれ、エリューション・ビーストが怒りの雄叫びを上げて茅根を睨む。こちら側を向いた強敵の姿、そしてそこから大量に現れる“子供”らを見て、昌斗は不敵そのものの笑みを浮かべた。
「喰いがいがありそうだ。楽しませろよぉ?」
 ライフルの照準を“子供”の一体に合わせて、引き金をひく。吐き出された銃弾が、“子供”の頭を撃ち抜いた。

 ヴィンセントに伴われた数史が、表通りに抜ける出口まで辿り着く。ここまで来れば、敵がリベリスタ達を突破しない限り危険が及ぶことはない。
 戦いに戻るヴィンセントに礼を言った後、彼はそこから戦いを見守るべく、路地の入口に立った。
 皆のように戦う力を持たない自分に出来ることは、ただ“視る”ことだけであったから。

●死守すべき境界線
「通さねえよ。此処を通りたけりゃなァ。この俺様の引く死線、潜ってからにしな!」
 狭い道に殺到する“子供”たち一体一体の前に、アッシュの残像が立ち塞がる。彼の持つ“痛みの王”の棘が、“子供”らを同時に貫き、死を与えていった。
「それにしても凄い数~」
 あまりに狭い場所で解き放ったためか、“子供”たちは一度に出て来られず、後がつかえた状態になっている。終はタイミングを計り、より多くの“子供”を巻き込める瞬間を狙って残像による攻撃を放った。
「――必殺☆蜘蛛の子散らし☆」
 ナイフの刃が閃き、言葉通り蜘蛛の子を散らすように“子供”たちを切り伏せる。どれだけ数が多くても、一匹たりとも逃がさない。
 閉所での戦闘ということを強く意識し、りりすは最小限の動きで“子供”らの攻撃をかわす。りりすの持つ優れた平衡感覚があれば、この程度の動きは容易い。軽く上体を反らした後、幾つもの残像から攻撃を繰り出していく。
 何とかして前衛たちの隙間を抜けようと動く“子供”の周囲に茅根が罠を展開し、気糸でその体を絡め取った。
「逃がしたら大変な事になってしまいます」
 彼の言葉に続いて、櫂が“神鷹”と名付けられた愛用の自動拳銃を“子供”らへと向ける。素早い動きから放たれた光弾は、複数の“子供”を同時に貫いた。
 最優先としていた奥地数史の保護は、既に成功している。いざとなれば、後衛に立つ仲間達が彼を庇うだろう。だが、一般人の被害も防ぐに越したことはない。
 何より――彼自身が、それを望んでいるだろうから。彼女に出来る全力を尽くして、櫂は戦い続ける。
 エリューション・ビーストの周囲をびっしりと埋める“子供”らを見て、流が愛用の太刀を鋭く振るう。そこから生み出された真空の刃は、“子供”たちの頭上を越えて三つ首のエリューション・ビーストの皮膚を斬り裂いた。
「オラオラ。しっかり避けねえと死んじまうぞ?」
 既に傷を負っている“子供”を狙い、昌斗のライフルが火を噴く。ただ、銃のみを頼りに生きてきた彼の銃撃は、過たずに“子供”を撃ち倒した。
 薄紙を剥ぐように、少しずつ――少しずつ、周囲を埋め尽くす“子供”の数が減っていく。恐るべき魔術と異形の証たる黒い翼を羽ばたかせ、紅葉が自らの小柄な体をふわりと宙に浮かせた。
「さあ、わたくしの歌……聴いてください!」
 全身を自信に満ち溢れさせた紅葉に、普段のおどおどした少女の面影はない。歌うことが、彼女に勇気を与えてくれる。
 無数の小鳥が囀るような、この世のものならぬ旋律――それは異界の歌であり、紅葉の操る呪文でもあった。独特のメロディーにのせて、四種の魔力が奔流の如くエリューション・ビーストを襲う。

 全身を毒に蝕まれ、血を流しながら、エリューション・ビーストが地に轟くような咆哮を放った。三つ首の怪物は怒りに支配されるまま、茅根と、彼の後方にいた昌斗に向けて激しい炎を吐き出し、彼ら二人を紅蓮の炎に包む。武雷の放つ神々しい光が炎を払い、エリスの響かせる福音が傷を癒した。
「たまんねぇご馳走だぜ、てめぇは! いいぜ、もっとやろうや! 殺しあおうぜ!」
 炎に身を焦がしながらも、昌斗は歓喜に声を張り上げる。命を削る戦いを追い求め、その中で自らの力を磨き続けている彼にとって、強敵との戦いは望むところだった。
 一方、前衛に立つリベリスタ達には“子供”たちが襲い掛かる。左右から牙を剥く“子供”らを軽くかわし、アッシュは不敵に吠えた。
「はっ……遅ェ遅ェ! そんな速度で雷が殺せるか――!」

 自分に迫り来る“子供”にあえて反撃を行わず、りりすが次の一手に向けて集中する。敵は数においてまだこちらを上回るものの、この狭い道において横に並べるのはせいぜい四体まで。加えて、“子供”は遠距離への攻撃手段を所持していない――タイミングによっては、近接する敵に止めを刺さない方が、状況を有利に運ぶことができる。
 少しずつ、だが確実に。この戦場は、りりすの狙い通りにコントロールされ始めていた。

●決して退かぬ意志
 戦いが続く中、リベリスタ達の攻撃により“子供”の数は次第に尽きつつあった。
 しかし、味方の損害もまた、無視できないレベルに達している。“子供”を掻い潜り、己の身すら傷つける捨て身の攻撃を繰り返していた流が、三つ首のエリューション・ビーストの鋭い爪にかかり、とうとう膝を折った。
 太刀を地に突き、流は強靭な意志をもって己のもとに運命を引き寄せる。よろめきながらも踏み留まり、眼前の敵を見据える彼女の傷を、後衛に控える回復役たちが癒した。
「今の僕は仲間が全て、仲間のためなら100%以上の力で頑張れるっ!」
 さらに、三郎太が流に意識を同調させ、自身の力を分け与える。
「かたじけのうございます」
 頼もしき仲間達の援護を受け、彼女は再び電撃を纏い、エリューション・ビーストへと打ちかかった。
 残る“子供”の一体を、茅根の気糸が絡め取る。ナイフを閃かせる終の残像が、自動拳銃から放たれる櫂の光弾が、とうとう“子供”を全滅してのけた。
「来るよ」
 りりすの鋭い観察眼が、こちらに向けて鎌首をもたげる蛇の尾を捉える。神速をもって蛇に接近したアッシュが、己が身を盾にすることで蛇の視界を塞ぎ、仲間達に視線が及ぶのを防いだ。
「……石化ね、大したもんだ」
 全身を石化に蝕まれながらも、アッシュは「だがよ」と言葉を続ける。
「力もねえフォーチュナが、てめえみてえな化物に立ち向かう方が、万倍も大した事なんだよっ!」
 叫ぶと同時に、完全に石と化した彼の全身が硬直する。呪いを払う神々しい光が降り注ぐ中、昌斗の三白眼がエリューション・ビーストを睨んだ。
「鬱陶しい真似すんじゃねえよ。もっとスカっと殺しあおうぜ」
 小賢しい蛇の尾を狙い、彼はライフルを発射する。
「死ねコラァ!」
 赤いロングコートがはためき、放たれた弾丸が蛇の目に突き刺さる。それを合図に、リベリスタ達は一斉に三頭のエリューション・ビーストに攻撃を仕掛けた。終が幻惑の武技で右の頭を翻弄し、高速で跳躍した櫂が、側面の壁を蹴って左の頭を襲う。中央の頭を茅根の気糸が撃ち抜いた直後、紅葉の声が一際高く、異界の魔曲を歌い上げた。
 世界に働きかける原初の旋律。そのメロディーにのせて、りりすが“リッパーズエッジ”と、“剣鬼”の太刀を振るう。
 呪われしジャックナイフと、無銘の太刀から繰り出された、決して止まらぬ連続攻撃――それが三頭の怪物の心臓へと届いた時、戦いは終った。

●導かれる縁 
 路地の入口で戦いを見守っていた数史は、エリューション・ビーストが倒れたのを見て、大きく息をついた。戦いを終えたリベリスタ達が、彼のもとへと歩み寄る。
「おじさん終わったよー☆ 就任前から大変だったね~」
 明るくそう言った後、終は「こういう形でまた会うとは思ってなかった」と声を落とした。フェイトを得られたのは幸いだったけれど、かつて助けた者が革醒してこちら側に来るというのは、色々と複雑ではある。
「俺もだよ。――また、助けられちまったな」
 終に答える数史の口調には、やはり苦いものが含まれていた。力に目覚めてまで、“視る”ことしかできない自分に対して、忸怩たるものがあるのだろう。そんな彼の肩を、アッシュがぽんと叩いた。
「男は背中で語るもんだ。おっさん、あんた格好良かったぜ」
 思わぬ言葉に、数史が目を丸くする。前に進み出た櫂が、そっと彼に語りかけた。
「私達の活動でも、救えない命や心は……勿論あるわ。そう、あの時のように……」
 ――数史の“家族”を、救えなかったように。
 目を伏せる数史に向けて、櫂はさらに言葉を紡いだ。
「……でも、決して無駄ではない。少しでも抗える可能性がある限りは」
 頷く数史を眺めて、流は想う。人生は選択の連続である――と。
 流れる河が分かれていくように、それが突然であろうと理不尽であろうと、選ばねば先に進む事は出来ないのだ。
「航路の波は高く激しい。なれど其の先に、答えが見つかる事もございましょう。――ようこそ、方舟へ」
 流の言葉に続き、櫂が「柄じゃないけど」と言って数史に右手を差し出す。幾分か気恥ずかしそうに、数史はその手を取った。
 和やかな雰囲気の中、数史を興味深げに眺めていたりりすが、ふと彼に歩み寄る。
「数史君と言ったね。君は素敵だ。僕の『敵』足り得る。何時か殺しにいくよ」
「え、ちょ、待って、結局殺されるの、俺……!?」
 いきなりの物騒な言葉に慌てる数史の耳には、後に続くりりすの言葉は聞こえなかった。

 ――だから今は君が守りたいと思ったモノを、僕が守ってあげるよ。
 もっとも、僕は人の期待を裏切った事しかないのだけど。

 そんな様子を眺めつつ、茅根が「……今後が楽しみですねえ」と笑みを零す。
「苦難に負けずに、逞しく生きていって欲しいものですね」
 彼の言葉に、隣にいた紅葉が控えめに頷いた。

「んじゃあ、お疲れさん」
 もはや自分の仕事は終ったとばかり、素早く踵を返す昌斗を、数史が「待ってくれ」と呼び止める。
「よかったら、皆の名前を改めて教えてほしい。命の恩人の名前くらい、聞いたってバチは当たらないだろ?」
 そう言った直後、自分もまだ名乗っていないことに気付いて、しまったという表情を浮かべる。慌てて姿勢を正し、彼は自分の命を救った恩人たちの顔を一人一人眺め、こう言った。
「奥地数史だ。――どうか、よろしく」

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 まずはお疲れ様でした。
 実のところ、書き手である私にとっても、数史が革醒するという展開はまったく予定の外にありました。先のシナリオ『さらば、短き夢の日々よ』と、今回のシナリオにおいて皆様からかけていただいたお言葉、そして、二度にわたり命を救っていただいた経験――これらが、奥地数史という人間の道行きを決定付けたことは、疑いありません。
 皆様から頂いた想い、精一杯に受け止め、描写させていただきました。
 当シナリオにご参加いただいた皆様に、心よりお礼を申し上げます。
 ありがとうございました。