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静なる森の呼び声

 それは蒼き森と呼ばれる。
 厳冬の夜にだけ現れる静寂の森。
 陽の恵みが失せた夜、風さえも息をひそめた漆黒の空に熱を吸われ、キンと耳の奥が痛むほどの凍てつく大気が降りてくる。大地が抱えた水のことごとくを蒼白き氷に変えて、冬は森を蒼霜のヴェールで包む。
 しかし、その蒼き世界を知る者は少ない。
 辿り着ける者となれば、更にその数を減らすだろう。

「静けき闇は、お嫌いですか?」
 闇に溶けてしまいそうな漆黒の青年が、薄い唇に弧を描いた。
 その森は、恐ろしいほどの静寂の闇から始まるという。
 森の多くは常緑樹で厚く覆われ、手元さえも見えぬほどの闇に支配される。
 闇は深く、冷たく、果て無く続くかに思われる。共に森へ踏み入ったつもりでも、闇のなかを彷徨ううちに人は呆気なく孤独に落ちる。
 けれど光を灯せば蒼き森は遠ざかる。灯火がもたらす安堵と引き換えに、世界は色を変えてしまう。見えることに頼った末に、感じる機会を逸してしまう。
 だから、森へ踏み入る際には光ではなく一人一つの鈴を携えて欲しいと青年は言う。
 澄ました耳に届くかすかな鈴音は、人の証。人が其処に在る証。森に呑まれ闇に迷ったとき、導いてくれるのは自分の鈴ではなく、誰かの鈴音。
 人を求めるならば、鈴音を目指して。
 弧を求めるならば、鈴音から身を離して。
 そうして歩を進めれば、やがて葉の落ちた梢の合間からわずかな月光の射す小さな水場にも出会えるだろう。
 岩にも、木肌にも薄く霜をまとった空間は、すべてに粉砂糖を振ったかのようにも見える。
 朽ちた巨木の洞さえ凍りつき、弾けば陶器のように澄んだ音を立てる隠れ家にもなる。
 其れらはみな、生命を拒むかのように冷たい世界。
 低く漂う靄さえも凍れば、冬はますます透き通っていく。
 露出した肌は瞬く間に熱を奪われ、すぐに氷のように冷えるだろう。
 けれど、だからこそ生命の灯火をより強く感じられもする。かじかんだ指先に吐きかける吐息に息衝く己の熱も、触れ合った肌から伝わる人のぬくもりも、寒さのなかでこそ際立つものだから。

 森に棲まう命の気配は深い眠りの底に沈み、ピンと張り詰めた静けさのなか、世界は凍ったように動かない。
 煌めく地表は誰も踏み入らぬ柔らかな土が氷を孕んだ印。踏み入れば足の下で霜柱が砕け、煌めく足跡が刻まれる。歩みを止めて立ち止まれば、小さく揺れていた鈴音も途絶えて、世界に溶け消えたように己の証も消える。
 見えれば居ると知れるものが、闇の中では声を聴かねば、指で触れねば、確かめられない。
 其れは果たして不自由なことでしょうか、と『常闇の端倪』竜牙 狩生(nBNE000016)は囁いた。瞳で求めることをやめれば、常には気付かぬ音に、熱に、感触にまで心が向かう。其れは新しい世界を知ることにも似ている。良く知ったつもりでいた相手の、気付かずにいた微細を知る機会にも成り得る。
 闇の中で聴く言葉のひとつは、光の下で聴いた言葉とは違った重みを持つかもしれない。
 己と他との境界線の見えぬ闇のなかで、個が世界に溶け入る心地を知るかもしれない。

 孤独は豊かさだと、青年は呟いた。
 寂しさは愛しさだと、溜息のように洩らす。
 だから心の求めるまま、静なる森に呼ばれるまま、凍てつく夜に確かなものを探しに行こう。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:VERY EASY ■ イベントシナリオ
■参加人数制限: なし ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月30日(月)22:19
 クリスマスは意識してもいいし、しなくてもいいと思うはとり栞です。
 暗くて寒くて寂しい森の中でこそ感じられるものを感じに行くシナリオです。

●鈴
 特に「b」を選ぶ方は、どんな鈴か、素材や色、音色など考えてみて下さい。
 それ以外の方はご自身のプレイングにおいて鈴が重要でなければスルーしても構いません。

●選択肢
 希望の場面・行動を選んで「1a」のようにプレイング冒頭にご記入ください。
 複数選んでも描写されるのはワンシーンです。

1:闇の森
 常緑樹が主な、月光も届かぬ闇の森です。
 自分の手元さえ見えません。まさに手探り。

2:月光の森
 葉の落ちた樹々もあり、うっすらと月明かりの射す地帯。
 オープニングに描写されている他にも適当に何かあるかも。
 遠いとシルエット程度しか判りませんが、間近な人の顔や手元などは見えます。

3:蒼き森
 到達が困難な森の秘部。ちょっとやそっとでは辿り着けません。
 探索に全力を傾けても見つからぬまま終わる可能性も高いことをご了承下さい。

a)一人で過ごす
 物思いに耽ったり、己を見つめ直したり、蒼き森を堪能したい方はこちら。

b)相手を探す(主に『1:闇の森』)
 鈴音を頼りに出会いたい相手を探す様子〜出会った瞬間辺りまでが描写されます。

c)誰かと過ごす
 友人、知人、大切な人など、出会ったあとの、共に過ごす時間を描きます。
 語らうも良し、触れ合うも良し、黙って隣り合うだけも良し。エロいのはダメです。

●注意
・未成年(実年齢)の飲酒喫煙、公序良俗に反する行為、白紙プレイングは描写しません。
・どなたかとご一緒する場合、プレイング冒頭に相手の「フルネーム(ID)」または「【団体名】」をご記入下さい。相手がNPCの場合は名前のみでもOKです。

・イベントシナリオでは参加者全員の描写は確約されていません。たぶん全員描写しますが、描写格差は通常より顕著になる可能性があります。描写はプレイング勝負で勝ち取りましょう。

●同行NPC:竜牙 狩生
 1、2辺りで物思いに耽ってますが、ご用の方は遠慮なくどうぞ。
 狩生自身のことを話させるのは容易ではないですが、話し相手として聞く側に回ることはまったく厭いません。
 鈴は非情にかすかな音色の氷のようなのを持って行きます。
参加NPC
竜牙 狩生 (nBNE000016)
 


■メイン参加者 32人■
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
デュランダル
雪白 桐(BNE000185)
スターサジタリー
エナーシア・ガトリング(BNE000422)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
プロアデプト
氷雨・那雪(BNE000463)
ソードミラージュ
天月・光(BNE000490)
スターサジタリー
ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)
ソードミラージュ
絢堂・霧香(BNE000618)
デュランダル
源兵島 こじり(BNE000630)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
スターサジタリー
リーゼロット・グランシール(BNE001266)
ホーリーメイガス
ニニギア・ドオレ(BNE001291)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
デュランダル
蘭・羽音(BNE001477)
マグメイガス
音更 鬱穂(BNE001949)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
プロアデプト
七星 卯月(BNE002313)
ホーリーメイガス
エリス・トワイニング(BNE002382)
マグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
覇界闘士
葛木 猛(BNE002455)
ソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
覇界闘士
焔 優希(BNE002561)
スターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
デュランダル
結城・宗一(BNE002873)
クリミナルスタア
烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)
マグメイガス
風見 七花(BNE003013)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
スターサジタリー
リオ フューム(BNE003213)
デュランダル
ノエル・ファイニング(BNE003301)
覇界闘士
ベリル・ネス・アジュールド(BNE003308)


 耳が痛くなる程の静寂の中、微かに。
 誰とも知れぬ鈴の音が、浮かんでは消えていく。

 その音色に耳を澄ませながら、羽音は1人、歩いていた。
 自分は今、目を開けているのか。閉じているのか。
 それすら麻痺しそうな漆黒の闇の中で、鼓膜を揺らすのは草木を踏み締める音と、この鈴の音色だけ。
 歩みはゆったり。転がる様に歌う、鈴の音。
 それしかない。まるで、世界が眠りに落ちてしまったようで。
 ――起きているのは、あたしだけ?
 闇は深い。先程まで聞こえていた誰かの鈴の音は、もう何処かに消えてしまった。
 誰も、居ないのか。否。
「――いた」
 小さく、声が漏れる。
 微かに。けれど聞こえた。鈴の音。生きている、音。
 羽音の足は、鈴の音を追う様に向きを変えた。
 ずっと、親しい友人など出来なかった。
 だが、此処で漸く得る事の出来た心許せる友人と共に、リーゼロットは蒼き森を目指す。
 誰かと共にある、と言う事には、慣れていない。
 柄にもなく緊張と喜びが入り混じる様子の彼女の隣、ミュゼーヌは気付かれぬ様柔らかな笑みを湛えた。
 人付き合いに慣れていない、けれど素直で可愛い子。
 ライトは仕舞う。此処では必要ないだろう。だって。
「葉擦れの囁き、踏みしめる土の匂い……それに」
 人の温もりも。この孤独に満ちた森の中でも、確かに。今、自分はそれを感じる事が出来る。
 蒼き森は見えない。けれど、例え辿りつけなくとも悪くは無いと、互いに思う。
 こうして2人で過ごした時間が、今日と言う日を素敵なものにしてくれるのだから。
 
 涼やかな音色が、鼓膜を揺らす。
 ――本当に、何も見えない。
 想像以上の暗闇に不安を抱くも、リセリアは静かに瞼を下ろす。
 闇に響く鈴の音を、手繰る。頼るのは、踏み締めた土の感触と、あのひとの音。
 ゆっくりと、足を進める。
 静寂を切り裂く様に響く鈴の音は、綺麗。それを聞けただけでも、来た価値は十分だった。
 探し人に出会えたなら、その時はお礼を言わなくては。
 静かなのは、一人で過ごすのに丁度良い。
 エリスはたった一人、森の中を彷徨い歩く。
 月光すら届かぬ森の深遠は、世界が優しいとも、厳しいとも受取れる。
 そして、自分は。この闇は、優しく全てを包んでくれるものだと、思った。
 雪が、全ての音を吸って。吐息の白さは、あっと言う間に闇に溶け込む。
 過去。現在。未来。記憶が、想いが、浮かんでは消えた。
 この手で掴めるものは、決して多くは無いけれど。
 エリスは、思う。
 その少ないものを、大切にしていきたい、と。

 近付く鈴の音へと、足を進めていく。
 暗闇が心地いいのは、死を想うからか、生きていることを実感できるからか。
 濃密な闇。木々の息吹だけが、この身体を包み込む。
 鈴を鳴らして。ティアリアは進んで行く。
 孤独が心地良い。けれど、孤独が寂しい。そう感じさせる、闇色の中で。
 さあ、鈴の音を探しましょう。
 素敵な誰かに出会える様に。
 そして。
 生を、実感する為に。 
 森の中。夏栖斗はこっそりと、暗闇を見透かす。
 僕は此処にいるよと、分かってもらう為に。鳴らす鈴の音は他のものより大きく。
 暗いところが苦手なあの子。大事な大事なあの子が、少しでも怖い思いをしない様に。
 足は、自然と速まる。まっすぐに、あの子のところに向かおう。
 暗くて何も見えなくても、僕が居るから。
 青銀の鈴を手首に結んで。猛は緩やかに瞼を下ろし、深く息を吸った。
 鈴だけは、微かに鳴らして。他の音は立てない様に。
 瞼は下ろしたまま。澄ました耳を擽る、微かな音。
 ――嗚呼、きっとこれだ。
 足が向く。確信ではない。自分は相手の全てを知っては居ないし、相手も自分の全てを知ってはいない。
 けれど。
 少しずつでも、知っていけたら、と。
 微かな音を頼りに、猛は彼女の元へと歩き出した。
「……暗いのは、好かないのよ」
 携えた鈴の音と同じ位、消入りそうな声が漏れる。
 信じている自分自身でさえ、見えなくなる。
 嫌いだ。だから、例え眠る時でさえも、完全な闇にはしないと言うのに。
 だと言うのに、あの子は。
 確りと鈴を握り直して。こじりは一人、森を彷徨う。

 森の中、1人きり。
 エレオノーラは、ぼんやりと前を闇を眺めていた。
 暗い森。何時かの記憶が、頭を過ぎる。
 生きるのに必死で、何処に辿り着くのかも分からないまま。駆け抜けた、あの森。
 あの頃愛した人達とはもう会う事は叶わないけれど、今でも元気で居るのだろうか。
 りん、と。鈴が鳴る。
 少女の様に大きく、しかし深いいろを湛えた紺が、そっと伏せられる。
 生き汚いと言われるかもしれない。でも、大丈夫。
 何時かはわからない。けれど、必ず、其方に行くから。
 待っていて。
 緩々、瞳を開いて。近付く鈴の音を避ける様に、その姿は闇の奥へと消えていく。
 ふらり、ふらり。
 森の導きに身を任せ。奥へ奥へ。
 静寂と平穏に満ちた、場所。嗚呼、此処だ。リオは辿り付いた先で静かに、木に身を預ける。
 少しだけ、肌寒い。けれど、鼻腔を擽る静かな空気と、確かに息づく木の温もりが、心地良い。
 どんどん森がなくなってる世界で、こんな場所があったなんて。
 嗚呼、何て幸せだろうか。
 蒼き森、という地に、興味がある。
 自身の感覚のみを信じて、ノエルは少々の事では辿り着けないであろう其処を目指す。
 視覚は所詮、視覚でしかない。目で見るのではなく、感じ取れる何かを。
 静謐さに安息を覚えながらも、ノエルは思う。
 この闇の中で、心を研ぎ澄まし、目で捉えられぬ何者かをも捉える事が出来たなら。
 戦いの中であっても、同じ様に出来たなら。
 目指す道のりは未だ、遠い。


 月灯りが、細く微かに地へと落ちる。
 凍てつく空気が肌を刺し、静けさが耳を覆う。
 灯りを消して、出来る限り肌と空気を近づける。
 防寒具を取り外して、快は静かに、森へとその心を溶け込ませる。
 音や光は必要ない。ただ、凍てつく気配を追う。もっと、もっと、冷たい方に。
 踏み締める感触は、段々と硬さを増す。
 静謐な気配を。玲瓏な空気を。迷い無く、その脚が地を踏み締めていく。
「秘境か。どきどきわくわくだぞ!」
「確かにわくわくしますが、声は静かにですよ? 森が驚いちゃいます」
 楽しげな声が、小さく聞こえる。
 光の唇にそっと指を添え、桐は静かに草木の息遣いへと耳を澄ました。
 同じ様に、光も耳を澄ます。聞こえて来る、木々のざわめき。遠い、命の気配。
 森から見える星の光。森の木々のざわめき。息吹。寒さ。そして。
 命の光。
「全部が生きている……それはきっと、精一杯今を生きるってことだろうな」
 ぽつり、と囁きが漏れる。森を怪我させない様に、自分達も怪我しない様に。
 二人は静かに、土を踏み締めていく。

 揃いの鈴が、儚くも凛、と鳴り響く。
 手を繋ぎ、肩を寄せ合って。悠月と拓真は、蒼き森を目指す。
 鳴り交わす音が、繋ぐ温もりが、互いの存在を伝えてくれる。
「……静か、ですね」
 緩やかに、瞼を伏せる。温かい。知らないまま、戦いの日々に終わっていた温もり。
 幸せ、だった。知らなかった温もりに、出逢えた事が。
 少し前まで、慣れたものだった暗闇。否、慣れていたのではなく。切り捨てていただけなのだろう。
 今は、この暖かさが、とても愛おしい。
「我ながら……本当に変わったな」
 呟きが、漏れる。苦笑が混じる気配に、悠月は確りとその手を握り直す。
「行きましょう、拓真さん」
 見えなくとも、微笑む彼女の気配がする。それにそっと頷いて。
 暗闇の中を、確かに歩もう。――これから先の、未来も。

 孤独はいいものだという事を、我々は認めざるを得ない。
 とある偉人の言葉を、エナーシアは反芻する。
 手には碧の風鈴。硝子特有の音が、微かに響く。
 白い息を、先導にして。蒼き森は霜の世界。静かに、目を閉じて。
 鈴の音ではなく、霜が奏でる微かな音を、手繰る。
 けれどもまた。
 言葉の続きが、頭を過ぎる。

 ――孤独はいいものだと話し合う事のできる相手を持つことは、ひとつの喜びである。

 凛、と。
 力強い、鈴の音。
 それを探す様に。
 例えるなら、鞘鳴りの様な。金属質な、鈴の音。
 音色を手繰り再会した霧香と宗一もまた、共に深遠の森を目指す。
 何がしたいと言う訳では無い。ただ、見てみたいと思った。
 神秘的な、森の姿を。そう、出来るなら、一人ではなく。
 ゆらり、と、霧香の蒼い瞳が宗一を見遣る。
 剣を握り慣れた。けれど、少女らしく華奢な指がそっと、伸ばされる。
 握る、手。寒いから、だけじゃなくて。静かなこの森の中で、温もりを感じていたいと思った。
 付き合ってくれてサンキュ。暗闇の中で小さく、そんな言葉だけが返る。
 ひたすら、ぼんやりと歩く。なにも考えない。
 目で見たもの。耳で聞いたおと。鼻で嗅いだにおい。
 全て、頭に詰め込んで。辿り着けないならそれでいい。
 鬱穂はひとり、蒼き森を求める散歩を楽しむ。
 綺麗な月明かり。静寂。森の緑のにおい。
 後で素敵だった、と、思えるなら。
 それだけで、良い。
 常の衣装を、脱いで。私服に身を包んだ卯月は俯き、森の空気に身体を浸す。
 世界に、自分ひとりだけ。
 そんな感覚。嗚呼もし本当にそうであったら、どれだけ気楽だったか。
 ふ、と吐息が漏れる。近頃思い悩む事が、頭を巡った。
 取るに足らない存在で居なければ。そう考えて、行動してきた。
 ならば。
 もし今死んだとしたら。何も、残らないのだ。何も。
 そうなるように生きてきた。なら、それで良い。良いんだ。
 だから。だから。
 答えはない。だから、意味も無い。私は、ぼくは、大馬鹿だ。
「……これで、良いんだ」
 ぽつり。消入りそうに漏れた声は、少しだけ、震えていた気がした。
 
 近付いては、離れる。
 囁き合う幾重もの鈴音に心安らがせながら、那雪は足を進める。
 怖いと思っても良い筈なのに居心地が良いのは、一人では無いと分かっているから。
 それに。優しい眠りを誘ってくれるから。
 闇は、心地良いもの、なのだ。
 ふ、と。耳を掠める、冷えた鈴の音。
 視線が上がる。きらり。微かに見えたのは、眼鏡の。
 音と光を辿った先には、零れる月灯りを見上げる、夜の住人が佇んでいた。
 そっと、隣に立つ。銀の瞳が、ゆらりと此方を向いた。
 力が、抜ける。嗚呼、これは。
「なぜかしら……その音を聞いたら……ほっとした、の……」
 ――安堵、だ。
 崩れ落ちる彼女に、狩生はそっと、自身の上着を着せ掛けた。
 銀色の、まるで音叉の如き音を響かせる鐘を、携えて。
 昏き静寂の世界を、独り占め。孤独をひっそりと堪能しながら、エーデルワイスは歩く。
 七花もまた、カメラ片手に歩いていた。
 目的は、蒼き森。
 どんな手を尽くしてでも見つけたい。収めたい。持ち出したい。
 そんな想いを死ってか知らずか。森は、その道筋を示してはくれなかった。
 
 共に微かな灯りの元を歩きながら。
 優希と陽菜は、言葉を交し合う。
 怖くないのか。そう問う彼。
 怖いけれど、笑顔を守る為なら自分を犠牲にする事も厭わないと、彼女。
 ぴたり、足が止まる。
 家族を失った。世界は闇に変わった。
 けれど。此処に来てから、少しだけ光が差した気がした。
 そう言う優希の瞳が、微かな月光を見詰める。
 消えて欲しくない。笑っていて欲しい。
 漏れる、言葉。それに答えるように、彼女は彼の背を抱き締める。
 大丈夫だと、囁く声に振り向いて。堪らなくなって、抱き締め返した。
「犠牲にもさせない。一人にもさせない。……俺が、守るから」
 彼女の頬が、染まる。アタシも、優希の事。
 続きは、彼にしか聞こえなかった。
 この森で、自分の事を見詰め直してみよう。
 そう、考えて。ベリルは一人、月明かりの下鈴を鳴らす。
 優しく温かい、音色。思考は巡る。けれど、答えは出てくれない。
 ほんの少し、落胆の色を乗せて。
 ベリルの握る鈴はりん、と、音を立てた。
 日傘の柄に鈴を垂らして。
 鳴り交わす音からは身を離し、氷璃は一人、足を進める。
 辿り着いても、着けなくても構わない。
 土を踏む音と、感触だけを頼りに。闇を抜け、月灯りを抜け。
 只管に、歩くだけ。
 迷い無い足取りの中、ふと。心を占める想いがある。
 崩界を食い止める為生きて来た。けれど、それだけでは終わらない。
 この森を覆い尽くす、氷。世界の平穏。それらは同じ。
 力を加えれば――容易く砕け散る。
 それを避ける方法は、とても簡単。砕く者を一人残らず駆逐するだけ。
 けれど、それでも。日が昇れば、全て消えてしまうのだ。
 
 ――より強大な力に私は如何抗えば良い?

 答えは、出なかった。


 寂しげな音色。涼やかな音色。
 二つは惹き合う。そして。
「リセリア、か?居るなら返事してくれー」
 そっと、かけられた声に、少女の肩が跳ね上がる。
 控え目に。自分は此処だ、と囁けば、小さく笑う気配。
「手、繋いでこうぜ?逸れるの、嫌だしな」
「……そうですね。帰るのも大変そうですし」
 彷徨う様に伸ばされた手は、猛の手と確かに、結ばれた。
 鋭い音が響く。
 痛む頬。気にも留めずに夏栖斗はこじりの手を探す。
「遅いわよ、来るのが」
 こじりの声。謝罪と、出来る限り早く来た旨を伝える。
 何時でも、そう。
 その手を素直に掴めない私を、導いてくれる。
 闇に紛れて。その表情を綻ばせて、手を取る。
 冷たくなっちゃったね。あったかい?
 気遣う様に自身のマフラーをこじりに巻き、冷えた手を優しく握る少年を、見詰めて。
「……待っていたのよ、ずっと」
 誰かが私を、救ってくれるのを。
 それが、貴方で良かった。
「……ちゃんとここにいるから、安心してよ」
 彼は、気付いているのだろうか。
 かかる言葉を耳にしながらも、ふと。こじりは尋ねる。
「ところで、暗視なんて使ってないわよね?」
 全てお見通し、だったらしい。

 そっと、木々の隙間に座り込む。
 枝葉に引っ掛け、転び。何とか辿り着いた其処。
 向かいたかった蒼は無いけれど、酷く穏やかな闇の中、ニニギアはそっと、膝を抱えた。
 目を、閉じて。色んな事が、浮かんでは消える。
 そう、普段考えまいと、思う事ばかり。
 助けられなかった大切な人たち。
 自分たちの手で命を奪った、運命に愛されぬ人たち。
 ぽろり、涙が眦から、転がり落ちる。
 仕方ないと言い聞かせても、胸に刺さる記憶。
 誰も居ない。此処でなら、泣いても良いのだろうか。
 森が、そっと許してはくれないだろうか。
 ぽたぽた、涙が落ちる。そうして、疲れて眠る彼女の事をも。
 闇は等しく、包み隠したままだった。
 近付く音色に、引き寄せられる様に。
 二人は出会う。まるで、約束されていたかの様に、微笑み合って。
「ごきげんよう、とても好い夜ね。……さあ、この夜を一緒に楽しみましょう」
「そうだね……これもきっと、何かの縁」
 だから、一緒に。そう、言葉を交わして。
 嗚呼ねぇ、あなたの、お名前は?
 あたしの名前は。
 語らう声が優しく、冷えた闇へと溶けて行く。

 静か、だった。
 それ以外に何も言い様が無い。
 そして。
 ただ、蒼かった。
 葉も、枝も、幹も。踏み締める土も、草も、そして、その空気でさえも。
 凍て付き、時を止め。仄蒼く、煌めく其処。
 辿り着ける者など数える程。堅く道を閉ざす、蒼き森の淵に、りりすは立っていた。
 人の気配を、人のにおいを、踏み固められた道を、全て避けて。
 ただ、水のにおいだけを、頼りにした。
 そうして、辿り着いた場所。息が詰まる。冷たい。美しい。けれど、儚い。
 永遠では、無いからこその。
 りりすの瞼が落ちる。微かな、霜のうた。肌を包む、凍った空気。
 ――人が最後に自分に残していくのは、何時も決まって喪失感だ。
 積み上げてきたモノを無駄だとは思わないけれど。
 積み上げてきた時が無意味だとは言わないけれど。
 失う事を怖いと思ってしまうなら、最初からそんなモノは必要無い。
 人は死ぬ。物は朽ちる。この、森だって明日には消える。
 そう。
 「永遠」なんてモノは、何処にも存在しないのだから。

 りりすとは離れた、けれど同じ場所の淵。
 益母は漸くぴたりと、足を止めた。
 静かに、静かに。蒼に満ちた世界。
 言葉は出なかった。美しい世界。そして、誰も居ない世界。
 孤独が愛しい訳ではない。笑い合うのが嫌いな訳でもない。
 けれど、此処に来たかった。
 奥へ、奥へと。闇雲に進んだ先。
 此処には何もない。鈴の音すらもう立ち消え、ただ聞こえるのは、霜のおと。
 此処は静かだ。
 此処は、果てだ。
 自分は、戦士の名を借りた殺人鬼だと、益母は思う。
 殺して殺して砕いて砕いて。その道の先には、何もない。
 ならば。
 もっと多くを殺そう。生まれた時から力を得たのなら。人でないのなら。
 人の代わりに、もっともっと多くを殺そう。
 自分が刃を振った数だけ。
 その手を濡らす者が減る。
 己を苛む者が減る。
 涙を流す者が減る。
 ならば。
 
 力も、心構えも、未だ足りない。
 彼の鋭い決意に、応える様に。蒼き森は煌めきを増す。
 霜が鳴る。空気が冷える。朝は、未だずっと先。

 様々な想いが、言葉が、闇へと溶ける。
 幾重にも折り重なる鈴のうたが、霜のこえと交じり合う。
 それを全て、包み込んで。
 森は静かに、一夜の夢から醒めて行った。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。
代筆、との事でしたので、皆様のイメージを壊していないか、少しだけ心配です。
辿り着けた、着けないの判定はある意味直感です。
強いて言うならば、求め過ぎない事を基準にしたような、そんな感じで。

楽しんで頂けましたでしょうか。
また、ご縁があります事を。今後ともどうぞ、宜しくお願いいたします。