それは蒼き森と呼ばれる。 厳冬の夜にだけ現れる静寂の森。 陽の恵みが失せた夜、風さえも息をひそめた漆黒の空に熱を吸われ、キンと耳の奥が痛むほどの凍てつく大気が降りてくる。大地が抱えた水のことごとくを蒼白き氷に変えて、冬は森を蒼霜のヴェールで包む。 しかし、その蒼き世界を知る者は少ない。 辿り着ける者となれば、更にその数を減らすだろう。 「静けき闇は、お嫌いですか?」 闇に溶けてしまいそうな漆黒の青年が、薄い唇に弧を描いた。 その森は、恐ろしいほどの静寂の闇から始まるという。 森の多くは常緑樹で厚く覆われ、手元さえも見えぬほどの闇に支配される。 闇は深く、冷たく、果て無く続くかに思われる。共に森へ踏み入ったつもりでも、闇のなかを彷徨ううちに人は呆気なく孤独に落ちる。 けれど光を灯せば蒼き森は遠ざかる。灯火がもたらす安堵と引き換えに、世界は色を変えてしまう。見えることに頼った末に、感じる機会を逸してしまう。 だから、森へ踏み入る際には光ではなく一人一つの鈴を携えて欲しいと青年は言う。 澄ました耳に届くかすかな鈴音は、人の証。人が其処に在る証。森に呑まれ闇に迷ったとき、導いてくれるのは自分の鈴ではなく、誰かの鈴音。 人を求めるならば、鈴音を目指して。 弧を求めるならば、鈴音から身を離して。 そうして歩を進めれば、やがて葉の落ちた梢の合間からわずかな月光の射す小さな水場にも出会えるだろう。 岩にも、木肌にも薄く霜をまとった空間は、すべてに粉砂糖を振ったかのようにも見える。 朽ちた巨木の洞さえ凍りつき、弾けば陶器のように澄んだ音を立てる隠れ家にもなる。 其れらはみな、生命を拒むかのように冷たい世界。 低く漂う靄さえも凍れば、冬はますます透き通っていく。 露出した肌は瞬く間に熱を奪われ、すぐに氷のように冷えるだろう。 けれど、だからこそ生命の灯火をより強く感じられもする。かじかんだ指先に吐きかける吐息に息衝く己の熱も、触れ合った肌から伝わる人のぬくもりも、寒さのなかでこそ際立つものだから。 森に棲まう命の気配は深い眠りの底に沈み、ピンと張り詰めた静けさのなか、世界は凍ったように動かない。 煌めく地表は誰も踏み入らぬ柔らかな土が氷を孕んだ印。踏み入れば足の下で霜柱が砕け、煌めく足跡が刻まれる。歩みを止めて立ち止まれば、小さく揺れていた鈴音も途絶えて、世界に溶け消えたように己の証も消える。 見えれば居ると知れるものが、闇の中では声を聴かねば、指で触れねば、確かめられない。 其れは果たして不自由なことでしょうか、と『常闇の端倪』竜牙 狩生(nBNE000016)は囁いた。瞳で求めることをやめれば、常には気付かぬ音に、熱に、感触にまで心が向かう。其れは新しい世界を知ることにも似ている。良く知ったつもりでいた相手の、気付かずにいた微細を知る機会にも成り得る。 闇の中で聴く言葉のひとつは、光の下で聴いた言葉とは違った重みを持つかもしれない。 己と他との境界線の見えぬ闇のなかで、個が世界に溶け入る心地を知るかもしれない。 孤独は豊かさだと、青年は呟いた。 寂しさは愛しさだと、溜息のように洩らす。 だから心の求めるまま、静なる森に呼ばれるまま、凍てつく夜に確かなものを探しに行こう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2012年01月30日(月)22:19 |
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■メイン参加者 32人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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