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『見送り』 |
何かに罅が入る音がした。 それは、心か。ならば、気持ちか。 いやそんな筈は無い。 この恋慕に罅が入るなどという事は断じて無い。 この想いはそんなに簡単に傷つけていいものじゃない。 「―――なんだ、この手摺か」 そうだ。"少し"力を籠めすぎた。なんて軟な構造だろう。 私の気持ちは揺るがない。 想う心は変わらない。 愛の熱量は決して失せない。 ……けれど何故、こんなにも寒いのか。 何故こんなにも、腕が、足が冷えているのか。 何故こんなにも、求めているのか。 ―――何故、お兄ちゃんは此処に居ないのか。 おかしい、と考える自分は居なかった。 どうして、と詰る他人も居なかった。 窓一枚を隔てて暗闇と光が隔たれている。 それ以上に大きく、私と彼の間を何かが分かつ。 そんなものは、要らない。 いや―――そんなものは存在しない。 「……」 鉄が軋む音が響く。 聖なる夜の、ベルの音か。 「……」 鉄が軋む音が響く。 それは、天使の歌声かも知れない。 「……」 ―――バキ、と一際大きな破砕音が響いて、その音は途絶えた。 出かけていく兄の背中は、すでに虎美の視界から消えていた。 けれど彼女には、愛すべき兄の姿が視えていた。 視えない筈が無かった。 「メリークリスマス」 それは、祝福の言葉。 「メリークリスマス―――お兄ちゃん」 暖かな部屋から、兄の残り香が漂ってきた気が、した。 |
結城・ハマリエル・虎美(BNE002216) |
担当VC:つとう 担当ST:いかるが |