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混沌組曲対策本部>

「傍迷惑な演奏家はさぞ満足だろうさ」
 苦虫を噛み潰したような沙織の言葉には深い疲労の色が滲んでいた。日本全国をターゲットに断続的に続いた『混沌組曲事件』がこの程、激しい転調を迎え本格的な『演奏』に姿を変えたのは記憶に新しい。下地として十分に『黄泉返り』の恐怖をばら撒いていた『楽団』による凶行は少なからぬ人命を奪うと共に大いに社会を恐慌させたのである。
「……何とも腹立たしい話だぜ」
 溜息を吐いた智親は日頃余りそういう顔をしない沙織の様子に諦念と怒りの入り混じった複雑さを隠さずに呟いた。
「それで、状況は」
「千葉におけるバレット・“パフォーマー”・バレンティーノとあの黄泉ヶ辻京介との接触は、富子が身を張って食い止めた。横浜に出現したケイオスは止めるには到らなかったものの、現場の奮闘で大幅に遅延した襲撃は此方の避難誘導で大きく被害を軽減するに到ったと言える。だが、東日本の戦闘状況が悪くなかった一方で、西日本を中心に被害は小さくない」
「……褒めてやりてぇよ、正直直接」
「中国地方ではシアー・“シンガー”・シカリーが暗躍し、四国や沖縄といった『楽団員』は最初から遊撃の心算だったんだろう。都市の制圧には到らなかったが、持ち帰った死体は相当数に及ぶだろう。大都市の多い近畿圏は特に激戦になったが――」
 沙織はそこで一瞬だけ逡巡してから言葉を繋げた。
「――大阪ビジネスパークツインタワーを舞台にしたモーゼス・“インディケーター”・マカライネンの音叉儀式は、大和アンジェリカ達の活躍で不完全に終わった。裏野部連中の動向も合わせてリスクを嫌ったモーゼスが退いた以上、最悪の事態は避けられたとも言える。
 勿論、これは神秘秘匿や大混乱の収拾が上手くいくかってのを省いた話だが」
 日本全国で生じた『楽団』と『日本の異能者達』との戦いは過去に経験し得ぬ程激しいものとなっていた。『野良』に当たるリベリスタやフィクサードの被害も大きい。七派やアークの犠牲者も然りである。とは言え、『楽団』からしてもこの戦いは敵を殺すという『戦術目標』の達成にはなっても、エリアを制圧し拠点を構えるという『戦略目標』の達成には届かない程度だったという事になろう。否、構成員の数を考えれば『楽団』は日本の組織に劣るのだから命のトレードめいた激戦は割りの合うものではなかったのかも知れない。尤も『死を汚す者達』が相手ではその死の意味さえ疑いたくはなるのだが。
「……だが、結局戻ってこなかった奴は少なくなかった。
 無事にって意味だけじゃなくてな、物理的にもだ」
 しかして、努めて冷静にそう言った沙織の表情が浮かぬのはケイオス等バロックナイツのようには『戦力を駒』と割り切れる筈も無いというどうしようもない事情があった。それは戦争の損得、理屈ではない。唯の感情である。『楽団』は死者を繰る。その単純な事実は決して想像したくは無い未来の訪れを約束しているかのようだ。
「……くそったれ」
 毒吐いたその声は隣に居ても聞こえない程度の小さなもの。
 幾度繰り返しても、何度味わってもこの『屈辱に似た無力感』に沙織が慣れる事は無い。大凡人生において挫折をした事が無いかのようなこの男は『自分が先陣に立てぬ事実より呪う事は他に無い』。
 それでも司令官たる自分が感情に振り回されて冷静と余裕を失う事が組織にもたらすマイナスを彼は知っていた。少なくとも戦争をしているのだ。「この程度の状況、想定の内である」と言えないようでは話にならない。沙織は小さく頭を振り、やがてこの場に在る『想定外の三人目』の方に視線を移した。
「……一応、其方の為にも『詳しく』話をさせて貰ったが。
 今回、此方に来た理由を聞いてもいいかな、シェルン」
 アーク本部の『混沌組曲対策本部』に訪れた賓客はシェルン・ミスティル。異世界ラ・ル・カーナを――アザーバイド・フュリエを取り仕切る長であった。エウリス・ファーレを保護した事を切っ掛けに異世界事変に介入し、ラ・ル・カーナの危機を救出した事からアークとフュリエとは協力関係を結んでいたのだが『諸々の事情から少し拗らせた結果』、現状は『冷却期間』を設けていたのが実情だった。
「エウリスから話を聞いたのです」
「……どんな?」
「この世界が――アークが危機を迎えていると」
 流麗な美貌を曇らせ沙織の報告を聞いていたシェルンは水を向けられ、漸く言葉を切り出した。
「大きな被害が出ていると。少なからぬ誰かが殺されようとしていると。
 ――丁度、私達がそうだったようにアークが苦しめられていると」
 淡々とした語り口でそう述べたシェルンの瞳に点る光は相変わらず水底のように深く。その感情の全てを看破させるようなものではない。しかし押し殺したように言う彼女の言葉からは『フュリエには不似合いな』微かな怒りの色と、断固とした決意のようなものが伺えた。
「誰も全てを水に流す事は出来ないでしょう。私達はそれを『身を以って証明した』。しかし、全てがそうでなかったとしても掛け違えたボタンは直せる場合もある筈です。感情を優先すると言うのならば、私にはそれを告げない理由が無かった」
 静かなるシェルンは言葉を続ける。
「……確かに多くのフュリエの力はリベリスタの皆さんには及ばないでしょう。今皆さんが直面する脅威に直接対抗し、援護する事は難しいかも知れません。しかし激戦の中では人員も足りなくなる事と思います。私達の持つ『力』も含めて、フュリエも人命の救助、乱れた治安の維持――作戦のバックアップにならば少しは出来る事もあるかも知れません」
「それは――」
 予想外の話に多少の驚きを覚えた沙織にシェルンは言った。
「フュリエはこの危機を見過ごしたくは無い。
 貴方達が請うからではなく、私達がそうしたいと判断しました。
 故に私達を許して欲しい。そして、私達も貴方達を許したいと思います。
 過ぎた時間の為にではなく、此れより流れる時の為に。分かり合う事は――可能でしょうか?」