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混沌、開演>

「グーデンターク、沙織。ご機嫌如何? ご機嫌にしてあげようかしら?」
 しっとりと濡れた声が沙織の耳元に噛み付いた。
 受話器の向こう側から届く『久し振りの女の声』は全く比較する対象に困る程度には艶やかである。その持ち主の美貌も『恐ろしい位』の冠言葉が似合う程の極上ではあるのだが――そんな相手から電話を受けたというのにプレイ・ボーイの表情は冴えないままだった。
「からかうなよ、世界一おっかねぇ人妻が」
「ご挨拶ね。親愛なる同盟相手の祝勝にこうして連絡を差し上げたのに」
 アークが異世界ラ・ル・カーナで活動していた事実は静かに水面下で広がりつつあるらしい。オルクス・パラストは兎も角、それ以外に情報を伝える意味は無かったが人の口に戸は立たないとはこの事である。アーク程注目を集める組織が大掛かりな動きを要すれば、その情報はやがて拡散してしまうものだ。尤も素早い作戦と対処でこれを乗り切った今となっては余計な横槍を入れられるタイミングでもあるまいが。
「何でも、あちらの世界で『面白いもの』を見つけたって言うじゃない」
「耳が早いな。まぁ、隠す心算も無いが。神秘異能者の能力を再構築する手段をアークが手に入れたのは事実だよ」
「それには私達も一枚噛ませて貰いたいわね。良く話を聞かないと」
「分かってる。そう念を押すなよ。
 ラ・ル・カーナ現地住民――フュリエとアークが協力体制を取る事は既に確認しているからな。そっちにも『回す』事は出来るだろうさ。但し、話はもう少し落ち着いてから……だがね」
 シトリィンの予想通りの要求を軽く承諾した沙織は自身の台詞の後半で微かな苦笑いを浮かべていた。先の最終決戦でラ・ル・カーナにおける二大種族の一、バイデンは滅亡した。しかして、その作戦に対してのアークの意思統一のプロセスは完全なものとは言えなかった。組織を二つに割る激論の末、当初のスタンスを守りフュリエ側に与する事を決めたアークではあったが、これに異論を持つリベリスタ達の一部は本部の決定を承服しかねたのである。
「沙織は甘いから大変ねぇ。こういう時はうちの効率の良さが誇らしいわ」
「お前の場合、命令違反したら首が飛ぶだろ」
「あら。政治ってのはそういうものなのよ」
 シトリィンと沙織の戯言が何処まで本気かはさて置いて。
 ……かくて若干の混乱をきたした戦場はシェルンやフュリエに幾ばくかの問題を投げかけた訳である。シェルンはこのリベリスタ達の動きを『理解』し、『比較的冷静に受け止めた』が後日アークが受け取った正式な通達は『状況に若干の冷却期間を置きたい』というものだった。実際の所、それが必要なのはフュリエ側のみに非ず、アーク側も同じだったのだから沙織にとっては渡りに船といった所ではあったのだが。
「兎に角、うちにはうちのやり方があんの。
 実際問題、うちの連中はそれでも結果を出せるんだからな。
 ……で、シトリィン。お前の用件はそれだけなの?」
「違うわよ。それだけだったらまるで私が強請りに来たみたいじゃない?」
 沙織は内心だけに「お前ってそういうタイプだろう」と余計な一言を思い浮かべる。そんな彼の心を知ってか知らずか『社交界の食虫花』の異名を欲しいままにするローエンヴァイス伯はマイペースに言葉を続けた。
「動いたわよ、バロックナイツ」
「――――」
 聞きたくは無かったその言葉はしかし嫌が応無くに良く響いた。
 沙織の鼓膜に突き刺さった言葉のナイフは予期されていた――しかし出来れば忘れてしまいたかった悪夢の再開そのものである。
「動き出したのはケイオス・“コンダクター”・カントーリオ。彼がイタリアを発ったのは既に確認されている。分かっていると思うけど、入国の水際で食い止めるのは流石の時村家でも不可能でしょう。今度も日本が戦場になるのは避けられないわね」
「……ケイオスって言うと例の『混沌』事件の?」
「そう。おさらいしておいた方がいいわよね。ケイオスがポーランド最大のリベリスタ組織と戦争を起こしたのは今から五十三年前。正確にはプラス四ヶ月。当時相応の戦力を誇った彼等『白の鎧盾』は僅か数ヶ月程度の間に完全に壊滅させられた。下手人はケイオス自身と彼が指揮するオーケストラ『楽団』よ。ケイオスと『楽団』はその全てが一流の死霊術士(ネクロマンサー)。『楽器』と呼ばれるアーティファクトを持つ彼等は『死者を戦力にする事が出来る』。幾ら頑張って最初は互角に戦えたって最後は無残よ。『白の鎧盾』は死した自身の戦友、僚友達に飲み込まれたようなものなんだから」
「……」
「死人を出さないように戦うべきね。出来るかどうかは知らないけれど」
 沙織は表情を僅かに歪めた。つまる所、ケイオス一派を相手にリベリスタを喪失する事は敵を増強する事に等しいという話なのだ。そしてそういったある種の『揺さぶり』が甘いとも称されたアークのリベリスタに覿面の効果を与える事は分かり切っているではないか。
「詳しい話はアシュレイにでも聞けば良いと思うけど。
 ケイオスは『対軍戦闘のスペシャリスト』と言えるわ。詳細は兎も角、個人の戦闘能力は『バロックナイツの中では低い』とされているけれど、軍と軍と戦わせるやり方においては悪夢めいた実力を持っている。そういう意味じゃジャック・ザ・リッパーとは全く別の存在ね。勝機はその辺りにあると思うけど、でもね。重要な話がもう一つ」
 先を促した沙織にシトリィンは肩を竦めてその一言を吐き出した。
「それは、『白の鎧盾』の連中も理解してたのよ。
 ケイオスをどう対処するべきかを知りながら惨敗した。
 ケイオス・“コンダクター”・カントーリオは自分の能力を知っている。そして自分の戦い方を極めている。彼の特技は死体繰りともう一つ。それは自分の位置を決して他人に気取らせる事をしなかった、世界最高峰とも言うべき隠蔽魔術なのよ」
 シトリィンは「神の目は混沌も見通せるのかしら」と軽く笑った。
 悪魔めいた彼女は何処か楽しむ風でもある。それはアークへの信頼と受け止めるべきなのか、意地悪と受け止めるべきなのかを沙織は咄嗟に判断出来ない。
「期待してるわ、沙織」
 天敵の駆除を無責任に期待するシトリィンは成る程、『有り難くないあだ名を頂戴する女に相応しく』どうにも食えそうもないのであった。