下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






混沌組曲・序>

 アークが交差した運命と未来の中から一つの結末を選び取ったその頃――
 遥か欧州イタリアに座するとある屋敷では彼等が相対するべき『次の宿命』がいよいよその重い腰を持ち上げようとしていた。
 ソファに身を投げるように腰掛け、長い足を少し無作法に放り出している。素晴らしく均整の取れたスタイルに、豪奢にして貴族的なるその美貌。男の甘い面立ちにはしかして危険な野生が浮かんでいる。一挙手、一投足が恐ろしい程に絵になる男の名はキース・ソロモン。振舞われた極上のアール・グレイの香りに構わない彼の興味は一点のみを向いている。
「いよいよか!」
 青い目を期待に輝かせる彼は、まるで子供のように屈託ない歓喜の声を上げていた。
「あんまり気長だから眠っちまいそうだったぜ」
「……作曲は簡単な仕事ではありませんよ、キース」
 一方でそんなキースに呆れたような溜息を吐き、神経質そうに眉を顰めたのは屋敷の主にして今日ここに彼を招いた芸術家――ケイオス・“コンダクター”・カントーリオその人であった。
「完全なるこの譜面(スコア)を現実のものに変える。
 その意味が分かりますか? キース。貴方の闘争が此の世極上の蜜だとするならば、この私も同じ事。私の『演奏』は――私の手がけるこの曲は――語り継がれなければならない。『混沌』事件以来のこの胸のざわめきを、貴方ならば分かるでしょう? キース」
「見くびるなよ、ケイオス!」
 口元をにやりと歪めたキースはケイオスの言葉に首肯した。
 ケイオスの主張はキースにも理解出来るものだった。極上の獲物を目の前に生唾を飲みながら、その時を待つ。キースの『美食』とケイオスの『熟成』は全く同じものに違いなかった。滅び逝く者の為に『曲を書く』親友がどれ程、拘り抜く人間なのかを他ならぬ彼は知っている。知り過ぎる程に知っている。
「それで、完成したから今日、なんだろ?」
「ええ。素晴らしい曲が書けた。まさにこれは僥倖と言えましょう。これ程に意欲を掻き立ててくれた箱舟に、私は感謝する気持ちですよ」
「はは、同情するぜ」
 熱っぽく言ったケイオスにキースは軽く笑いかけた。
 現代神秘史に最悪の一人として名を残す『福音の指揮者』がこれ程までに昂ぶっているのだ。相対する箱舟の暗澹たる運命を思えばキースの反応もむべなるかな、である。
(……ま、ケイオスで『終わらない』ならいよいよ相当な本物ってな)
 目を細めたキースがその内心で呟いた言葉はしかして『当然訪れるであろう運命』の外に目をやるものではあったが――それは根拠の無い、夢想に過ぎまい。
「明日にでもイタリアを発ちます。『楽団』の用意も十分だ」
「へぇ。バレットとシアーも連れてくのかい?」
「勿論。此度は何十年振りかの名演になりますよ。
 全ての準備は粛々と達せられた。数多の観客の万雷の拍手が轟き、絶望と恐怖の怨嗟が木霊する。私は極東の地で忘我の恍惚に酔いしれ、次なる『作品』への天啓を得るでしょう」
「ふむ」と思案顔をしたキースは腕をぶす大芸術家にふと思いついたように言葉を投げた。
「俺様にも噛ませろ、とは言わねぇけどよ」
「ん?」
「……そうだな。オマエに手を貸させろよ。唯の親切じゃねぇぞ。
 オマエの『名演』の一部始終をこの俺が――見逃さないようにな」
「それは――」
「――こういう事さ」
 そこまで一方的に言ったキースは手元に『召還』した古びた魔術書を片手で開く。魔力の奔流が彼の長い金髪を揺らし、古びた屋敷の窓枠を微かに軋ませた。

 ――さあ、俺様が命じるぜ!

 空間を引き歪ませ、神の愛した世界そのものを呑み喰らう。
 一瞬の後に部屋に出現した『第三の気配』は魔人達の肌さえざわめかせる圧倒的魔性を湛えていた。柱時計の秒針が僅かに進んだ程度の出来事は、異常なまでの緊迫感でその時間を長きの如しに引き延ばしている。
「これは……」
「二十六の軍団を率いる序列四十六番の地獄の伯爵。オマエとは気の合うヤツだろ?」
 キースの言の通りである。
 彼が呼び出した『魔神』は最もケイオスと相性のいい――ケイオス程の術者なればこそ扱える、まさに鬼札である。それは援軍でありキースの目でもある。
「……礼は言いませんよ。元より手出しは不要なのですから。本来、私は自分の作品に他人を介在する事を好みませんが――」
「――ああ、俺が楽しみたいだけだぜ。友情に免じて許せよ」
「仕方ない。貴方には『観客』で居て貰わねば困りますからね。
 何せ、貴方と来たら……貴方が噛めば全てが色々台無しになる」
 肌にうっすらと汗を浮かべたキースは軽い調子のままで鼻を鳴らした。『魔神王』キース・ソロモンの向けた餞別は、ケイオスに僅かある、『ほぼ唯一の弱味』を埋めるものである。彼はケイオスが敗退する事を考えていない。又、ケイオスが敗退する事を望んでも居ない。自身の手出しが『アークの滅亡なる結果をより強固にする事を知っている』。
 それでも。
(――敗れざるケイオスの『混沌組曲』をオマエ達が越えたなら――)

 ――箱舟よ、オマエは俺の獲物になる。