●人生(せい)に浮かぶ船板 「はぁ、はぁ、はぁ――」 肌寒い空気の中に獣の息が漏れ出した。 酷く荒く、落ち着きが無い。 遠く背後で響くサイレンの音と、無責任な野次馬の人だかり、道行く人がトーンを抑えて吐き出す言葉に彼は必死に頭を振った。 この男――大滝隆司は悪人では無い。 極々普通の家庭に生まれ、極々普通に成長し、それなりの友人に恵まれ、それなりの恋人を見つけ。多少は悪い事もしたけれど、埋め合わせをする位の良い事もして。 兎に角、大事なのは彼が凡庸ながらも極普通の人生を歩んでいたという事だ。 少なくとも彼は他人を本当に陥れるような事はしなかったし、傷付けたいとは思っていなかった。増してや誰かの命を脅かしたり、奪ったりする事等…… ――良かったなぁ、隆司ぃ―― 「……っ!」 吐き気を催した隆司が電信柱に手をかけ、身体を折り曲げた時の事だった。 頭の中に響いた声に彼は面白い程に硬直した。 その声の主が何者だかを彼は正しく認識している。平々凡々とした人生(せい)を謳歌して来た彼が巡り会ってしまった異物である。より正しく表現するならば『それ』を知った瞬間、彼の人生は平凡のレールを踏み外した――とも言えるのだろうが。 ――これで六人目かぁ。お前はホントについてるね―― 厭らしい笑みを含んだかのような声色である。 否、それには『顔』等無いのだから『笑み』と言うのは間違いなのだ。 分かっていた。悪魔めいた小さな板の切れ端に、人間らしい感情を認めるのがどれだけナンセンスな事だかは―― 「何が……幸運だよ……六人も死んでるんだぞ……」 小さく搾り出すように声を上げた隆司の顔はぐちゃぐちゃに歪んでいた。 第一に望んだ事では無い。決して違う。違うのだ、と声を大にして張り上げたい。天上から人間(ひと)を見守る神等というものがあるならば、弁明したい。 ――でも、強制した訳じゃない。少なくとも五人分はお前が望んだ事だろう? 縋るような隆司の想いを楽しそうに『それ』は踏み躙った。 確かにそれは一側面から見た事実である。隆司が望まなければ五人は死なずに済んだ。間違いない。それは間違い無いが――しかし! 「違う……」 隆司は頭を掻き毟った。 「こんなのは、違うんだ!」 ●緊急避難法 「カルネアデスって名前に聞き覚えはある?」 ブリーフィングルームでリベリスタを出迎えたイヴはやぶからぼうにそんな問いかけを投げてきた。 「……何だ。突然」 「古代ギリシアの哲学者。『カルネアデスの板』っていう問題はとても有名」 「えーと」 「船が難破し、乗組員は全員海に投げ出された。一人の男が何とか一片の板切れにすがりついた時、同じ板につかまろうとする者が新しく現れた。二人がつかまれば板そのものが沈んでしまうと考えた男は、後から来た者を突き飛ばして水死させてしまった……突き飛ばした男は罪に問われるでしょうか?」 「……ああ、聞いた事があるな」 「漫画や映画、小説、ドラマ――特に法廷もの何かの題材に使われる事も多いから。 答えは『罪には問われない』。古代ギリシアにおいても、現代日本においてもね」 「緊急避難法か。それが、どうかしたのか?」 「今回の仕事は、性悪な板に『捕まってしまった』人を何とかする話なの」 「……性悪な板?」 「アーティファクト『嘘つきカルネアデス』。 自律思考型のこの木片はアーティファクトでありながらエリューションゴーレムの特性を持っているとも言える。使用者を煽り、操り、破滅に向かわせ、ほくそ笑む……」 「どんな事情なんだ」 「使用者・大滝隆司はひょんな事から死の運命を逃れたの。 少し前の新聞だけど――そこにある記事の通り。彼はあの高速バスの横転事故に巻き込まれて『偶然』に唯一生き残った被害者なんだけど」 イヴの指し示した机の上の新聞に目を落とし、リベリスタは「ああ」と頷いた。痛ましい事故は何処にでもある。しかし、暫く前にその大事故が騒ぎになった記憶はあった。 「『嘘つきカルネアデス』はその大滝さんの前に現れた。『お前は死ぬ運命だった。お前の生は間違いだ。間違いは命によって正されなければならない』って。 大滝さんは悪い人じゃない。誰かの命を自分の代わりに差し出すなんてとんでもないって。最初はそれを信じようとはしなかったんだけど――目の前で無関係な人が無残に死ぬのを見て、揺れてしまった。考えを改めたみたい」 「ちょっと待てよ……」 強烈に湧き上がった嫌な予感にリベリスタの表情が歪む。 カルネアデスの板、緊急避難法、ホラー映画のようなその展開…… 「想像は半分、当たってると思う。性悪なアーティファクトの言葉を信じた大滝さんは『自分の命と他人の命を天秤にかけて、死の運命から逃れてる』」 「……」 「――と、思ってる」 「思ってる?」 「このアーティファクトの一番性質が悪い所はそこ。このアーティファクトにはそんな力は無いの。あるのは罪の無い誰かを殺してしまえる程度の能力。運命に作用出来る力なんて限定的で――それは詐欺なの。最初から。『彼』は事ある毎に大滝さんに聞くの」 ――問題です。今死ぬべきなのは、アイツとお前どっちでしょう? 胸が、悪くなる。 殺しているのは――無意味に殺すのは運命ではなくアーティファクト。 「つまり、アーティファクトは大滝の運命を贖う為じゃなく、唯人を殺してる?」 「うん。自分を信じた大滝さんに選ばせて苦痛を与えて、思い悩む姿をゲラゲラと笑ってる。 『嘘つきカルネアデス』の狙いは最終的に彼を良心の呵責に耐えかねた自殺まで追い込む事、或いは完全に狂わせてしまう事……だと思う」 「何てヤツだ」 全く何の弁護の余地も無い唯の悪党である。 些かの憤慨を言葉に滲ませたリベリスタにイヴは言葉を付け足した。 「『嘘つきカルネアデス』はとても強い。 でも、弱点もある。彼はアーティファクト。アーティファクトは使われるもの。彼が実力を十分に発揮するには『自分を使う誰か』が必要なの。 つまり、この場合は――大滝さんがキーになる」 「……つまり、彼を殺してしまえば……」 酷薄ではあるが、正しい対処の一つにはなろう。 「それと、もう一つ方法がある。 大滝さんが自分の勇気で――それの言葉を跳ね除ければ。『死の運命を回避してくれると固く信じている――信じ込まされている嘘つきを手放してくれたなら』。使い手は不在になる。 どちらの場合でも『嘘つきカルネアデス』は弱体化する筈だけど……」 イヴは溜息を一つ吐き、リベリスタの顔をじっと見た。 「こんな事を聞くのも何だけれど。皆は大滝さんを罪に問うべきだと思う……?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月17日(木)23:59 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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