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嘘つきカルネアデス

●人生(せい)に浮かぶ船板
「はぁ、はぁ、はぁ――」
 肌寒い空気の中に獣の息が漏れ出した。
 酷く荒く、落ち着きが無い。
 遠く背後で響くサイレンの音と、無責任な野次馬の人だかり、道行く人がトーンを抑えて吐き出す言葉に彼は必死に頭を振った。
 この男――大滝隆司は悪人では無い。
 極々普通の家庭に生まれ、極々普通に成長し、それなりの友人に恵まれ、それなりの恋人を見つけ。多少は悪い事もしたけれど、埋め合わせをする位の良い事もして。
 兎に角、大事なのは彼が凡庸ながらも極普通の人生を歩んでいたという事だ。
 少なくとも彼は他人を本当に陥れるような事はしなかったし、傷付けたいとは思っていなかった。増してや誰かの命を脅かしたり、奪ったりする事等……

 ――良かったなぁ、隆司ぃ――

「……っ!」
 吐き気を催した隆司が電信柱に手をかけ、身体を折り曲げた時の事だった。
 頭の中に響いた声に彼は面白い程に硬直した。
 その声の主が何者だかを彼は正しく認識している。平々凡々とした人生(せい)を謳歌して来た彼が巡り会ってしまった異物である。より正しく表現するならば『それ』を知った瞬間、彼の人生は平凡のレールを踏み外した――とも言えるのだろうが。

 ――これで六人目かぁ。お前はホントについてるね――

 厭らしい笑みを含んだかのような声色である。
 否、それには『顔』等無いのだから『笑み』と言うのは間違いなのだ。
 分かっていた。悪魔めいた小さな板の切れ端に、人間らしい感情を認めるのがどれだけナンセンスな事だかは――
「何が……幸運だよ……六人も死んでるんだぞ……」
 小さく搾り出すように声を上げた隆司の顔はぐちゃぐちゃに歪んでいた。
 第一に望んだ事では無い。決して違う。違うのだ、と声を大にして張り上げたい。天上から人間(ひと)を見守る神等というものがあるならば、弁明したい。

 ――でも、強制した訳じゃない。少なくとも五人分はお前が望んだ事だろう?

 縋るような隆司の想いを楽しそうに『それ』は踏み躙った。
 確かにそれは一側面から見た事実である。隆司が望まなければ五人は死なずに済んだ。間違いない。それは間違い無いが――しかし!
「違う……」
 隆司は頭を掻き毟った。
「こんなのは、違うんだ!」

●緊急避難法
「カルネアデスって名前に聞き覚えはある?」
 ブリーフィングルームでリベリスタを出迎えたイヴはやぶからぼうにそんな問いかけを投げてきた。
「……何だ。突然」
「古代ギリシアの哲学者。『カルネアデスの板』っていう問題はとても有名」
「えーと」
「船が難破し、乗組員は全員海に投げ出された。一人の男が何とか一片の板切れにすがりついた時、同じ板につかまろうとする者が新しく現れた。二人がつかまれば板そのものが沈んでしまうと考えた男は、後から来た者を突き飛ばして水死させてしまった……突き飛ばした男は罪に問われるでしょうか?」
「……ああ、聞いた事があるな」
「漫画や映画、小説、ドラマ――特に法廷もの何かの題材に使われる事も多いから。
 答えは『罪には問われない』。古代ギリシアにおいても、現代日本においてもね」
「緊急避難法か。それが、どうかしたのか?」
「今回の仕事は、性悪な板に『捕まってしまった』人を何とかする話なの」
「……性悪な板?」
「アーティファクト『嘘つきカルネアデス』。
 自律思考型のこの木片はアーティファクトでありながらエリューションゴーレムの特性を持っているとも言える。使用者を煽り、操り、破滅に向かわせ、ほくそ笑む……」
「どんな事情なんだ」
「使用者・大滝隆司はひょんな事から死の運命を逃れたの。
 少し前の新聞だけど――そこにある記事の通り。彼はあの高速バスの横転事故に巻き込まれて『偶然』に唯一生き残った被害者なんだけど」
 イヴの指し示した机の上の新聞に目を落とし、リベリスタは「ああ」と頷いた。痛ましい事故は何処にでもある。しかし、暫く前にその大事故が騒ぎになった記憶はあった。
「『嘘つきカルネアデス』はその大滝さんの前に現れた。『お前は死ぬ運命だった。お前の生は間違いだ。間違いは命によって正されなければならない』って。
 大滝さんは悪い人じゃない。誰かの命を自分の代わりに差し出すなんてとんでもないって。最初はそれを信じようとはしなかったんだけど――目の前で無関係な人が無残に死ぬのを見て、揺れてしまった。考えを改めたみたい」
「ちょっと待てよ……」
 強烈に湧き上がった嫌な予感にリベリスタの表情が歪む。
 カルネアデスの板、緊急避難法、ホラー映画のようなその展開……
「想像は半分、当たってると思う。性悪なアーティファクトの言葉を信じた大滝さんは『自分の命と他人の命を天秤にかけて、死の運命から逃れてる』」
「……」
「――と、思ってる」
「思ってる?」
「このアーティファクトの一番性質が悪い所はそこ。このアーティファクトにはそんな力は無いの。あるのは罪の無い誰かを殺してしまえる程度の能力。運命に作用出来る力なんて限定的で――それは詐欺なの。最初から。『彼』は事ある毎に大滝さんに聞くの」

 ――問題です。今死ぬべきなのは、アイツとお前どっちでしょう?

 胸が、悪くなる。
 殺しているのは――無意味に殺すのは運命ではなくアーティファクト。
「つまり、アーティファクトは大滝の運命を贖う為じゃなく、唯人を殺してる?」
「うん。自分を信じた大滝さんに選ばせて苦痛を与えて、思い悩む姿をゲラゲラと笑ってる。
『嘘つきカルネアデス』の狙いは最終的に彼を良心の呵責に耐えかねた自殺まで追い込む事、或いは完全に狂わせてしまう事……だと思う」
「何てヤツだ」
 全く何の弁護の余地も無い唯の悪党である。
 些かの憤慨を言葉に滲ませたリベリスタにイヴは言葉を付け足した。
「『嘘つきカルネアデス』はとても強い。
 でも、弱点もある。彼はアーティファクト。アーティファクトは使われるもの。彼が実力を十分に発揮するには『自分を使う誰か』が必要なの。
 つまり、この場合は――大滝さんがキーになる」
「……つまり、彼を殺してしまえば……」
 酷薄ではあるが、正しい対処の一つにはなろう。
「それと、もう一つ方法がある。
 大滝さんが自分の勇気で――それの言葉を跳ね除ければ。『死の運命を回避してくれると固く信じている――信じ込まされている嘘つきを手放してくれたなら』。使い手は不在になる。
 どちらの場合でも『嘘つきカルネアデス』は弱体化する筈だけど……」
 イヴは溜息を一つ吐き、リベリスタの顔をじっと見た。
「こんな事を聞くのも何だけれど。皆は大滝さんを罪に問うべきだと思う……?」
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 4人 ■シナリオ終了日時
 2011年11月17日(木)23:59
 YAMIDEITEIっす。
 十一月一本目。何か気合入ってますね。
 以下詳細。

●任務達成条件
 ・アーティファクト『嘘つきカルネアデス』の破壊

●大滝隆司
 平々凡々とした大学生。
 大事故から唯一の生還を果たした奇跡の人。
 しかしそれと同じだけの不運を新たに背負ってしまいました。
 凡庸ですが決して悪人ではありません。極普通に善良な若者です。
 極普通に自分が可愛い、だけで。

●路地裏
 イヴによると対処に当たるのは夜の路地裏が良いようです。
 戦場としてはオーソドックスで比較的人目につきません。
 街灯の無い夜、道幅は三メートル程なのでそれに即した注意が必要です。

●アーティファクト『嘘つきカルネアデス』
 古代ギリシャの哲学者の難問を象った、歪めた性悪なアーティファクトです。
 外見は十センチそこそこ程の板切れで裏面にはW・Pの署名が入っています。
 思考能力と会話能力、行動能力、戦闘能力を持つ自律型のアーティファクトで、エリューションゴーレムにも近い特性。浮遊して移動する事も出来ます。強力ですが高い能力を十分に発揮する為には『使い手』を必要とします。
 性格は兎に角最悪で酷く嗜虐的です。その他の特徴はオープニング本文を参照の事。
 以下、攻撃能力他詳細。

・使用者の身体能力を強化する(P)
・精神の針(神遠複、Mアタック大、ショック)
・二者択一(神遠単、低命中、超威力)
・陶酔する罪の味(神遠範、魅了)
・EX カルネアデスは君に問う


 若者を断罪するべきか、せざるべきかはきっと哲学。
 良い後味を求めるならば難易度はボスクラスでしょう。
 以上、宜しければご参加下さいませませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
デュランダル
神楽坂・斬乃(BNE000072)
デュランダル
★MVP
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ソードミラージュ
葛葉・颯(BNE000843)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
プロアデプト
イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)
デュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
クロスイージス
カイ・ル・リース(BNE002059)
インヤンマスター
駒井・淳(BNE002912)
ホーリーメイガス
ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)
■サポート参加者 4人■
ホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
マグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
スターサジタリー
劉・星龍(BNE002481)

●哲学は?
「善悪の指標等、個の内にしか無い、という事です」
『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)は静かに微笑んだ。
「君を裁くのも、君を苛むのも、君の仕事に他ならない。
 古くから言う筈ですよ、即ちそれは、因果は巡る――と」
 人は本能の上に理性という虚飾を纏う獣である。
 この地球上に遍くありとあらゆる生物は一点、突き動かされずにはいられない一事を抱いて存在している。原初より生まれ出で、この世界の高みに到る――神に挑まんとするかのような傲慢(にんげん)ですらも生存欲求、その一点からは逃れがたい。磔の聖者が死さえ厭わぬ高潔に生きたとしても、種としての人間が神の愛に到達する事は有り得まい。
 人は生きたいのだ。如何な泥水を啜っても。
 故に。
「……あんた達は……!」
 暗闇の路地裏で自身の行く手、そして戻る先の両方を囲むように現れた十四人の人影を大滝隆司は本能で理解した。それが自身の命運に只ならぬ影響を及ぼすそれである事を知っていた。
(我輩だって死にたくなイ。我輩がいなくなったラ、誰が子供たちを守るのダ?)
 この事件の話を聞いた時から――『夢に見る鳥』カイ・ル・リース(BNE002059)は自問せずには居られなかった。
(死に瀕した時、他の者に代わって貰えるなラ……そう囁くモノがあったラ……我輩はソレを信じずにいられるだろうカ?)
 アーティファクト『嘘つきカルネアデス』。最大の幸運で生き延びた隆司が出会ってしまった最大の不幸である。
 それは隆司自身と他の誰かの命を天秤にかけさせ、人を殺して笑っている。心を痛め、慟哭する隆司の姿を笑っているのだ。
「これは……あってはいけない、モノなのダ――」
 ……思わず漏らしたカイ達はその連鎖を終わらせる為にやって来た。
 願わくば『嘘つきカルネアデス』だけに始末を付ける為に。最悪、隆司を殺す覚悟さえも、持って。
 しかし、隆司にとって幸運だったのは――今夜訪れた運命は死神と呼ぶには余りに酷な優しい性質を持っていた事だった。
「その板野郎は嘘つきだぜ!」
 後光のように光を放ち、無明の闇を切り裂いたのは『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)だった。
 彼はその優しい面立ちに必死の思いを乗せて、目の前で溺れる誰かを助けようとしていた。
「お前さんは、決して、他の誰かの命を対価にして生きてるわけじゃねぇ。その板野郎は、お前にそう思わせることが目的なんだ」
「大滝さん、少し話を聞いていただきたい」
『赤光の暴風』楠神 風斗(BNE001434)は戦闘の態勢を取ってはいなかった。何時『始まる』かも知れぬ中、吐き気めいた感情を何とか胸の中で押し殺し、彼は低い声で言葉を紡いだ。

 ――そらそら、死神がやって来たぞ。こりゃ死ぬなぁ、完全死ぬぜ?

 隆司より正しくリベリスタ達の正体を知るカルネアデス。
 楽しそうに煽るその雑音(ノイズ)に風斗の眉は僅かに歪み、隆司の顔は面白い程に分かり易い恐怖に歪んだ。
「俺を、殺す心算なのか……あんた達は俺が、この『板』に頼ったから……」
 まず口を突いた『この板に頼ったから』という言葉は隆司が良心の呵責に苛まれている事をまさに端的に示していた。
「殺すんだな!」
「いや、そのことで貴方を責めるつもりは無い。
 だが、貴方が持っている『それ』は……余りに間違いが大きすぎる。貴方がそれを手放さない限り、別の誰かが死に続けるんだ!」
 恐慌に大声を上げた隆司を遮るように風斗も強く声を張る。
「その胸糞悪い板を燃やしに来てやった お前はホントにツいてるね」
『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)が口を挟んだ。
「一般人(おまえら)がオレ等の関わる事件に巻き込まれるのも事故。
 被害が広がらねえように確実に、諸共粉砕してやりゃ早ぇ、それは確かだけどよ」
 直情径行にして猪突猛進――良くも悪くも燃え盛る烈火の如き気性を持つ火車である。実に分かり易くたった今口にした言葉はまさしく真実で彼本来の流儀と信条に従えば『諸共ぶっ飛ばす』のが何より早い。
 しかし口を挟んだ彼の言葉が――
「死にたく無いってのは当然だろ。事実や過程はどうあれ、運命は勝ち取ったヤツのモンだ。
 お前が悪いとは思わねーよ。結果をどう受け止めるかは知った所じゃねーけどな」
 ――ぶっきらぼうな『火』の言葉が。
 青いと切り捨てればそれまでの『風』を後押しするものだったのは『先輩』の優しさの現れであると言えるのだろう。
 頬を掻いて『原初の混沌』結城 竜一(BNE000210)が言う。
「小市民な俺にはわかる気はするけどな。
 誰だって死にたくねえもの。俺だって死にたくねえもの」
 殊更に声を張らず、淡々と言う。
「今、そいつに寄生されてる人生は、果たして楽しいのかね。
 そもそも、今を生きてる命に間違いなんてあるかっつーの!」

 ――口先だけなら何とでも。隆司ぃ、お前を『守って』来たのは俺だろう?

 催眠めいた悪意の言葉は粘着質に一瞬だけ目の前の風斗に救いを求める目を向けた隆司の意識を絡め取る。
「やれやれ気に食わないネー。
 へそ曲がりの根性、不幸と苦悩を楽しむゲスなヤツ。
 青年も……幸運を、はき違えてはいけないのだョ。生きてる事に間違いなんてあるもンか」
 言葉は軽妙に、口調はそれよりも幾らか真摯に。紫煙を夜に燻らせた『盆栽マスター』葛葉・颯(BNE000843)は呟く。
「こういうのって、凶運とでもいうのかな……」
 光の差さない世界で慄く隆司に同情めいた視線を向けたのは『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(BNE000072)だった。
「貴方にとって一番の不運が何なのか、気付かせてあげないとね。少し、本気で相手にして」
 混乱し、憔悴し、業を背負った隆司の目を簡単に覚まさせるのは難しい。そして、彼を凶運の海で溺死させようとする嘘つきはこれ以上の猶予をリベリスタ達に許す心算は無いようだった。

 ――さあ、大盤振る舞いの問題です。
 今夜、死ぬのはお前とあいつ等……どっち?

「あなたはそいつに騙されてるんだよ。あたし達は助けに来た!」
 問いに、斬乃の声に逡巡する隆司。
「……今までのアーティファクトも趣味が悪かったけど、今回は殊更だな」
『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)がギリ、とその歯を食いしばる。
「……不当な聖杯その他の例に漏れず、趣味の悪い性格をしていますね」
「W・P印のアーティファクト! 人の心を弄ぶのはいい加減にしろなのですよ!」
 ウィルモフ・ペリーシュ。
『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)、『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)がW・Pの刻印に触れるのは初めてでは無い。
 悠月には解し得ない。一体どんな人格の持ち主ならば、こうも醜悪な品者を作り出せると言うのだろうか?

 ――隆司ぃ、答えなよ。それとも今夜はお前が死ぬかぁ?

「……俺は……」
 掠れた声で隆司は呻く。
 息を呑んだ風斗の顔を見て――リベリスタ達の顔を見て、力無く頭を振る。何度も振る。
「俺は、『死にたくない』……」
 消極的な回答はそれでもカルネアデスにとって十分だった。

 ――選択は生の原罪が故に! お前は何時だって正しいよ、隆司!

 隆司の懐からその板が姿を現す。悪意をこね回して造られたその船板は――極上の殺気をリベリスタ達へと向けていた。
 肌に焼き付く圧倒的な威圧の風にさえ微塵も動じず。
「ふふ……愉快なアーティファクト。いいわね、絶望に歪む顔。嫌いじゃないわ。
 でも、板切れ風情の遊びには――ちょっとおいたが過ぎたかしら。さあ、次に蹴落とされるのはあなたの番よ?」
 蟲惑を思わせる毒花の笑みで麗しく言葉を紡ぐ『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)、
「カルネアデスの問に私はかく答えよう。
 自己犠牲も他者犠牲も、己に恥じる事無き選択は須らく正しい」
 その瞳に『未知』と『哲学的難題』への喜びを爛々と宿す――イスカリオテ、
「然り。秩序が君の無罪を示すならば、私は君の無罪を認じよう。
 秩序の仕組みに拠らぬ断罪は個人主義の露出に過ぎまい。
 彼の処遇は、我々が決めるべき事では無い。秩序を盾に混沌を行う事ほど、度し難い矛盾はないからだ」
 魔人達は――『背任者』駒井・淳は涼やかに言う。
「彼が望むなら、秩序の内に引き戻そう。
 時に秩序の枠をはみ出る事を許された、我々の責務であろうから」

●舟板は?
 かくて一人の不運な遭難者を救う為の戦いは始まった。
 戦力を斬乃、竜一、フツ、風斗、火車、淳、そあら、『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)の正面班と颯、イスカリオテ、カイ、ティアリア、悠月、悠里の後背班の二つに分け包囲を完成させたパーティの作戦は単純である。
 舟板が真価を発揮するには使い手を要する。従って彼等の為すべきは『使い手』を失くす事が一事で万事である。
「『嘘つきカルネアデス』……悪意の言葉で人を追い込む性悪。打ち砕いて見せます」
 星龍のライフルが高く啼く。浮遊する悪意、板片を砕かんと鉄の断罪を撃ち放つ。圧倒的な命中を誇る彼の弾丸は不快な雑音で心を乱す板を激しく叩いた。
(しかし……)
 強過ぎる。戦いの始まりから短い時間でパーティはそれを倒すには予定通りの『何らか』が必要である事を思い知っていた。

 ――隆司ぃ、良く見てろよ! お前が俺が守ってやるからなぁ!

 痛打にも堪えずゲラゲラ笑う。
 フツの照らす闇の中に瞬く板片は声と共に纏う魔気を強くした。
 繰り出される細い光の針は間近に迫った二者――火車と風斗に突き刺さり、その精神をかき乱す。
 しかし、圧倒的な舟板の攻撃範囲を絞る前後の包囲陣形は奏功していた。体を張って精神の針を受けた二人は背負う仲間達への射線を許していない。
「今は、まだいい……!」
 風斗は激痛に耐え、傷んだ気力を振り絞り今一度声を張り上げた。
「良くは無いが、まだ『いい』んだ。その板を見ろ。
 その板は遠慮をする奴か? その板はいつか……」
「……そう! 次に選ばされるのはあんたの家族や親友……大切な人かも知れないんだ。我が身可愛さでいつまでも甘えてんな!」
 殺す方が幾らも簡単――されど、安直にそれは選ばぬ。
 殆ど棒立ちになる隆司に構わず風斗は、斬乃は。全力の一撃を板へと振るった。
 迸る戦気が空気を裂き、苛烈な一撃を叩きつける。
「この、性悪……っ!」
 殺気めいた斬乃のチェーンソーが鮮烈な雷撃の花を散らした。
 砕け散るアスファルトに板切れ風情が笑っている。
「『板』に死を遠ざける力など無い。手放したところで、貴方は死にやしないんだ。
 貴方がほんの少し勇気を、自分の中の大切なものを護ろうとする勇気を出してくれたなら――」
「ったく、嘘だ詭弁だって……簡単に信じられやしねぇわな?」
 同様に余りに手痛い一撃を受け、顔色を悪くした火車が此方は獰猛に笑った。
「いいよ、嘘でも。俺は全部嘘しか吐かねぇ。
 しっかり板の言いつけ守れ! そうすりゃ手前は救われる!」

 ――だってよ! ほらよ、隆司ぃ!

「嘘だよ」
 火車は短く言う。
「問題。嘘吐きは、板かオレ等か――どっちでしょう?」
 狙い澄ました鬼爆の一撃は嘯いた火車の気分を示すかのように赤々と業炎を巻いていた。
 叩きつけられた強烈な一撃にもカルネアデスは笑っている。炎に塗れて笑っている。
「どんな邪悪だろうが! あたしがこれでぶった斬ってやる!」
 斬乃が吠える。猛って吠える。
 続く戦いは苛烈であった。舟板の攻め手は余りに強烈。
 そあらが、ティアリアが戦線を支えんと奮闘するが――かの性悪は容易に彼等の強靭な体力を削り、世界に愛された運命を侵す。
 彼女達の努力を嘲笑うかのように侵すのだ。
「……いい気分じゃないわねぇ」
 柳眉を不快そうに顰めたティアリアがぽつりと呟く。
「正義を語る心も持ち合わせていなければ、慈愛を施すほど寛容でもないわ。説得何て――興味ないわね」
 嗜虐的なティアリアが見ず知らずの青年――それも悪魔の囁きに耳を貸した愚か者を助けなければならない理由は無いのだ。彼女がこの夜に隆司の肩を持たなければならない理由があるとすれば唯一つ。最初から、たった一つ。
「気に入らないのよ、そこの板」
 舟板の望みが隆司の破滅なら。お嬢様は天邪鬼。
「基督教では無知は罪と呼んだかしら?
 私は何にも敬虔では無いけれど――選ぶなら自分の意志で選びなさい。選ばされている事に気付けない時点であなたは有罪よ。
 気付いたなら、板切れを捨てなさいな。自分の――意志で」
 ……リベリスタ達は必死の呼びかけを辞めようとはしなかった。
「大滝さん、君は決して他人の死を望んだ訳ではないのだろう?」
 今度、呼びかけるのはカイである。
 死ねない理由を持ち、選択を果たした彼の想いを十分に汲める――カイだった。
「君は悪人なんかじゃない。
 その板が言うような、そんな人間じゃないんだ。
 ただ……死にたくなかった。死にたくない何てそんなの、悪じゃない。それは当たり前の事なんだよ」
 カイより放たれた神々しい光が赦しの如く周囲を照らす。
「君は自分の代わりに他の誰かが命を落としたって信じきってるようだが……それは違う。殺しているのは板切れなのダ」
 光の道標は――闇に彷徨う隆司の心を即座に溶かす力は無かったが、彼の優しい言葉に小さな嗚咽が漏れたのを続く颯は見逃さなかった。
「我々の目的はあくまでその腐った板の破壊なのだよっ!」
 フツの守護結界が軋む。空気が、割れる。
「……ッ!?」
 身を翻し、舟板の強烈な一撃を避けようと試みる。
 それは叶わず――地面に強かに叩きつけられた颯だったが、それでも彼女の運命は青白く燃え上がる。
「君の、……持つそれは死の運命を回避してるんじゃない。
 生み出した死を君に押し付けているだけなのだョ」
 少しずつ熱を増した言葉が夜に凛と響き渡る。
「間違えるなョ、青年。生きているのは幸運で間違いなんかじゃない。
 君の間違いは、たまたま一人だけ生き残ってしまった後ろめたさを――感じる必要の無い、後ろめたさを。
 そんな物の言葉に乗せられて誤魔化してる事だけだ、前向いて――全うに生きろョ!」

 ――知ってるかぁ、隆司。『地獄への道は善意で舗装されている』。
 そう信じる者しか救わない神様が、外道のお前を助けてくれ――

「――うるせぇ!」
 舟板を遮るように怒鳴ったのは日頃は温厚なフツだった。
「オレ達は、物に宿る記憶を読み取ることが出来る。
 その板は嘘つきだ。それも最悪の嘘つきだ! まずは自らの板を手放してくれ。
 そうすりゃ、これ以上誰も傷つくことも死ぬ事も無い。無いんだよ、お前も含めて!」
 必死の声だった。拙い言葉は拙いが故に時に誰かの胸を打つ。
「分かって、くれっ!」
 気付けば――潮目が変わっていた。
「……」
 隆司の目の前で繰り広げられる死闘の上をしきりに泳いでいる。
 空気をまるで読めない舟板はゲラゲラと笑い続けていたが、彼のその目から徐々に恐怖の色が消えていた。
「君には三つの選択肢がある。物言わぬ屍となるか、人を見殺しにし続けるか、それとも生き残るかだ。
 そいつを手放して、私に賭けろ。家族や友人の元へ――日常へ帰してやる。
 どうした、自分の運を信じろ! あの大惨事の生き残りだろう、君は!」
 淳が高らかに激励した。
「大団円も――嫌いではないわ。
 自らの犯した罪をどう償うかはあなた次第。
 選択肢なんて無限にある、決して二者択一なんかじゃない」
 ティアリアの奏でた可憐な歌が福音と鳴る。
(私は貴方か『それ』どちらかを救いましょう。
 御覧の通り、言質は此処のお人好しの皆さんが取っています)
 ハイテレパスで隆司の頭の中に語りかけるイスカリオテは薄く笑ったままだった。
 惰弱な隆司に鞭を備えて。彼を救う為に、彼を真剣にさせる為に板に強化された隆司の肉体を一撃し、静かに伝える。
(痛いですか? 痛いでしょうねぇ。でも今、安全圏から出ようとしている貴方を板は救わない……)
 舟板は『安全圏に身を置かぬ神父を大いに傷付けたが』彼は消耗しても取り合わぬ。
「問題です。今、それは貴方を救ってくれるでしょうか?」
 Repeat.
「問題です。今救われるべきなのは、貴方と“それ”どちらでしょう?」
 Repeat.
「問題です。貴方は、それでもまだ生きていたいですか?」
 神父の眼力――超直観の前に隆司が心を隠す事は不可能だった。
「宜しい、ならば私が赦そう。唯一つの勇気を、代価にして!」

 決着の時が差し迫る。
 気付かないのは舟板(ピエロ)だけ――

「選択は平凡だろうと非凡だろうと避けられない。だから、お前。俺は一度だけ聞いてやる」
 竜一は雷切とブロードソードを二刀に携え、真っ直ぐに敵に向けて駆けて行く。
「一度の人生、楽しまなきゃ損――問題です。今死ぬべきなのは、ソイツとお前どっちでしょう?」
 答えは決まっていた。
 とうの昔に、或いは最初から決まっていた。
 それを分かって居なかったのは或いは性悪な舟板だけで……

 ――馬鹿が! そんな言葉に誰が乗る――

「――板切れだ!」
「よーし、良く言った!」

 ――え、ちょっと……待てよ……っ!

 間近に迫る竜一を迎撃しようと試みて、まるで能力が足りない事に気付いた板は慌てふためいた。
 銀光が闇を滑る。繰り出された対の二閃は韻と闇を叩き割り――
「何に頼らずとも。人間、運命に抗えるんだぜ」
「柄にも無く……後悔に咽ぶ顔の方が、好きなのにね」
 ――一瞥もくれぬ竜一。嘆息で嘯いたティアリアを今夜が愛しく抱きしめた。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIっす。
 まず最初に。とても良かったです。
 大成功+MVPなんてそう出したいものではないのですがコレは文句なし。
 MVP何人か選びたい位でした。

 尺の問題で戦闘はほぼダイジェストでお送りしましたが判定はしています。
 説得関係の台詞なりアプローチでこれだけ粒が揃う事は滅多無い快挙だと思います。
 皆個性も良く出ていて素直に大したものです。

 お見事。シナリオお疲れ様でした。

===================
レアドロップ:「舟板の破片」
カテゴリ:アクセサリー
取得者:風宮 悠月(BNE001450)