●心的外傷 「誰にでも、考えたくも無い事はある。 挫折の無い人生は多分無いし、触れられたら困る傷だってある」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉は今日、奇妙な程に落ち着き払っていた。平素から歳不相応な所がある少女だが今日は格別。人生の苦味をあどけない唇に乗せる様は冗談か何かのような違和感に満ちていた。 「……そんな、仕事」 短く結んだイヴの言葉にリベリスタは首を傾げた。 少女が言う言葉の意味をリベリスタは知っていた。心的外傷――所謂トラウマ。 虎と馬が連結した怪異なる動物に非ず。古代ギリシア語における『傷』の意味を持つそれは文字通り外的内的要因を問わず、何らかの事情から精神に受けてしまった亀裂をさす言葉である。 有体な表現をした時の心の傷なぞ受けた事の無い人間等殆どあるまい。 「……深刻な話なのか?」 心の傷を扱う事件ならば格段の事情があるのかも知れない――声を低く落としたリベリスタの顔を真っ直ぐに見つめ、イヴは小さく頭を振った。 「虎の顔をした馬が現れた。しかもビームを撃ってくる」 「おい!」 まさかの直球。 トラウマの言葉で否定した馬鹿馬鹿しい出来事を少女は語る。 「エリューションビースト『トラウマ』。 馬の身体に虎の頭が乗っかったいい加減な生物だけど……これには特殊能力がある」 「今言ったビーム?」 「うん。ビーム。トラウマビームを受けた人はその脳裏に本人にとって心的外傷(トラウマ)になった出来事をフラッシュバックしてしまうの。この状態になると相当痛い」 「痛い?」 「心に受けた傷はそのまま肉体にフィードされる。そういう力。但し、このビームには弱点もある」 「どんな?」 問うリベリスタにイヴはゆっくりと言葉を続けた。 「全くトラウマが無い人にはビームは効かない。 それに、持っている傷に応じて効果量も異なると思う。 つまり、より深刻な人がトラウマに相対する程にトラウマは強力になると言える」 リベリスタは苦笑いを浮かべた。 確かに人によって程度の差はある。それは朗報なのかも知れない。 しかし――リベリスタ等という生業の誰が安穏と生きられたというのか。 イヴは心なしか申し訳なさそうな顔をしていた。 幾らか逡巡し、それからやっと言葉を切り出す。 「そういう相手。ある意味で手強いと思うけど、この仕事頼める?」 「……ああ」 「……ありがとう……」 一瞬だけ目を閉じたイヴはリベリスタの首肯の意味を知っていたのだろう。 それ以上、重ねて礼を述べる事は無く。ゆっくりと目を開けて言葉を連ねた。 「皆の為に、援軍も用意したの」 「ほう」 扉は開かれた。 微かな期待を踏み躙り、色濃い闇を引き連れて。 「――桃子・エインズワースです。宜しくお願いしまーす」 いらねえよ!!! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月14日(月)22:05 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●誰にも潜む闇 「どんな人間にも一つや二つあるものさ」 溜息に似た『うめももの為なら死ねる』セリオ・ヴァイスハイト(BNE002266)の声が風に揺れる褪せた原野に解けて溶けた。 「……どうしても、思い出したくない事なんてものはな」 運命なる大海を行く小さな小船でも女神の加護を受けた一隻ならば沈まずに済むのだろう。 勝利の羅針盤を栄光の航路に向け、見果てぬ先を目指せる――そんな選ばれた誰かも居るのだろう。 しかし、往々にして現実とは残酷だ。 挫折は誰の隣にもあり、忘れ得ぬ『不幸』は魂を引っ掻く瑕となる。 「誰にだって思い出したくない黒歴史ってありますよね?」 口の端に微笑みを貼り付けて『夜明けのシューティングスター』ミーシャ・レガート・ワイズマン(BNE002999)が言った。レンズ越しに彼女の愛らしい大きな瞳が映すのは『それ』を最も端的に表現した今日の標的の姿だった。 それは、トラウマである。 目に見えぬ心的外傷(トラウマ)を有形で語る事は元来不可能。 しかして、この世界を侵す神秘の獣が間違いなくそういう存在だと確信し得るその理由は―― 「とらうまってそのまますぎるのです!」 「……ええ。トラウマ、ね。間違いなく」 思わず大声を上げた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)、何処か眠そうな瞳をす、と細めた『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪の視線の先――半虎半馬の有り得ざる獣の姿がまさに馬鹿馬鹿しい程に直情に自身の特性を現していたからであった。 「正直、覚えがないけれど……何かあったかしら……ね? まぁ……昔の記憶自体、曖昧……だし……何とかなるわ、ね……」 小首を傾げ、混ざった欠伸を噛み殺し。那雪が誰に言うともなく茫洋と呟く。 「トラウマ? そんなのある訳無いっ……と、思うんだけどなぁ」 彼方に佇む敵を見据え、『灰の境界』氷夜 天(BNE002472)は希望的観測交じりの気楽さを見せて頬を掻く。 十四人のリベリスタ達が今日この場所を訪れたのはかの獣を狩り、この世界を神秘の影響から守るその為である。 「でー、なんだっけ? トラウマだっけ? 人の心の傷をつくなんていい趣味してるよね!」 酷く高揚したようにそう言った『嘘従』小坂 紫安(BNE002818)の言う通り。まさに悪い冗談をこねくり回して形にしたかのような『トラウマ』は対象の心的外傷を抉る力を持っているらしい。 人が自分自身より逃れる事は難しく、その闇に直面する事は間違いない恐怖―― 「――私を誰だと思っているの? くすくすっ。トラウマなんて、そんなもの……あるわけないじゃない!」 ――絶え間ない恐怖が降り注ぐ幻想を蹴散らしたのは『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)の涼しい声だった。 銀色の髪の毛先を指先でぴん、と払い。アーモンド型のアメジストと薄い唇に酷薄な愉悦を浮かべ、少女は笑う。 「だから私がここに来たの。うってつけじゃない? あははっ!」 二者の根拠の有無はこの際不問にするとして――楽しそう、という意味では『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)も同じだった。 「ふふ、トラウマを暴こうだなんてステキな趣味じゃない。皆、どんなトラウマを見せてくれるのかしら? 特に桃子のは――見たらトラウマになりそうな物だったりして♪」 お嬢様は麗しのその美貌を悪戯で嗜虐的な華美に染め、口元に手を当てて弾んだ声を上げていた。 「折角だし、視れるようにしてくれたら――気が利いているのに、ねぇ?」 ティアリアが含み笑い問う先はたった今名指しにされた『清廉漆黒』桃子・エインズワース(nBNE000014)であった。 「人の傷を覗くの何て、良くないですよ。ティアリアさん」 頬に手を当て困ったようにそう応えた桃子の反応は先刻承知だったのかお嬢様は笑んだまま軽やかにもう一歩ばかり踏み込んだ。 「そうね。じゃあ、善悪の是非は別にして――桃子はわたくしのトラウマ、見たくない?」 にこにこと笑う桃子はこの言葉に直接の答えを返す事は無かった。しかし、時に沈黙こそ金である。否定しない彼女の『約束された性悪さ』にセリオが「流石は桃子嬢! そこに痺れる何とやら!」と喝采の声を上げている。 「この依頼で起きた事が葬りたくなる黒歴史、トラウマになりそうな予感が、少し――」 「わたくしのトラウマ何て――気にするだけ無駄というもの。気にしない方がいいもの、ですけれどね」 『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)が思わず漏らし、ティアリアが華やかに笑う一方で。 視界の中に『敵』を認めたトラウマはのそりのそりとその巨体を持ち上げて警戒の態勢を取っていた。 「……わ、わたし何かあったかな……? まぁ……良くわかんないけど頑張って倒そう、うん!」 アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)の声に自ずと空気が引き締まる。 「そあらさん、ホラー得意な方だったんですけど。お友達が映画の真似して隙間から覗き込んできて以来、隙間が怖くて仕方ないのです。 ちゃんとドアやカーテンを閉めて欲しいのです。シリアスな部分はさおりんにならお話するかも知れないのです。いちごおいしいです」←恒例 「桃子さんは体の中身がとってもブラックなので縁がなさそうな気がします」←余計な事言ったミーシャ 「ところで虎猫耳+ポニーテールって最強だよね」←座布団が欲しそうな紫安 「うふふふふ」←何だかとっても楽しそうなティアリア 「桃子嬢は下がっていて下さい。ええ、桃子嬢の手を煩わせるような真似はいたしません。 願わくばこの私めが戦いより戻ったその時に、至極の笑みと唯一言のお声さえ頂ければ――!」←ハッスルする弾除け(セリオ) 「あなたにトラウマをあげるから、楽しみにしてるといいわ! あはっ!」←心の弱そうなイーゼリット 「ザ・完璧超人のあたしにトラウマなんて、あるわけないッスよ!」 「じーっ」←面白がりの桃子さん 「見るな、あたしをそんな目で見るな、桃子・エインズワース! その邪眼<イービルアイ>が、あたしの闇を抉り出すぅぅうう!」 もっと弱そうな『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)。キングドリンは伊達じゃない! のっけから漂う濃厚なグダグダを傍目に置いて『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)が深い溜息を吐く。 「と、兎に角! 戦闘って事で――!」 シリアス。 アーリィの得物が目前の怪異を指し示す。 成る程、戦いはすぐそこまで迫っていた。迫ってるんだってばよぅ。 ●とらうま。 忘れもしない、あれは小学二年生の時の事だった。 頭に来る位に良く晴れた、十月の二週――祭日の出来事。 『うんどうかい』の日の出来事だった。 ……徒競走の練習で何時もやる気の無かった私は怒られてばかり居た。 運動が別に得意でもなかったし、お世辞にも好きでもなかったし。 でも――でも。 せめて本番位は。 沢山の人が注目する本番位は本気を出そうじゃないかと。 当日の徒競走は頑張る心算だった。頑張る心算だったのだ。 白線(スタートライン)の前に立つ。 必死で緊張を押し殺し、手足にぎゅっと力を込めた。 姿勢は少し前傾に、響くピストルの音を逃すまいと意識を集中。 号砲、そして――今まさに本気の力が解放された瞬間……! ……漲りすぎたやる気は私の足を空回りさせた。 スタート地点一メートルで私の体は宙にダイヴ。埃っぽい校庭と熱烈にキスして…… 残ったのは顔面擦過傷、徒競走のビリ。 せめて親に心配をかけまいと、やせ我慢で涙を堪えた私は、私は! ――眼鏡割れちゃった、てへ♪ めっちゃ怒られた。 ほんとに一杯怒られた。 そして導かれた結論は――『本気出すと眼鏡割れるから、本気出さない』。 ……………。 「割れる、眼鏡が割れます。怒られる……!」 眼鏡を抑えた『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)がうわ言のように呟きモルぐるみでがくがくぶるぶる丸くなる。 繊細な子供の心は些細な事でも時に傷付く。あの十月の日の校庭キスを思い出した彼女は早々に役に立たない状態へと陥っていた。 「な、成る程……何が起きているか外部からは全く分からない所に盛り上がりの難しさを感じますが、恐ろしい能力ですね!」 オートマチックを構えたミーシャがごくりと息を呑む。 なし崩し的に始まった戦いはある意味で壮絶なものになっていた。 純粋な戦闘能力の比較で見るならば一体の面白エリューションにリベリスタのパーティが上回るのは確実だったが…… 「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 そあらさんは通常営業。 見渡せば既に戦場は悲劇と恐怖に満ち満ちていた。 「ごめんなさい、ごめんなさい、無駄に死なせてしまって、ごめんなさい…… ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、すっかり忘れてしまって、ゴメンナサイ……」 昔、河原で捕まえた一匹のカエルさんをビニールに入れたまま獄死させてしまった…… 干からびたカエルさんの恨めしそうな目を思い出してしまったアーリィが目をぐるぐるにして只管謝罪を繰り返している。 トラウマは誰にも忍び寄るのだ。 トラウマより放たれた七色の輝きが計都を捉えた。 ――あれは、去年の十二月♪ 十代最後のクリスマスを、仲良しの友達とパーティしようって計画してた! よーし、あたし張り切っちゃうぞーって、アパートの部屋を超デコレーション。 モールと電飾でキラキラ。七面鳥……は高いから、人数分の鳥モモを、じっくりロースト。 ケーキは評判のお店で、先月から予約してたッス。うふふー、サンタ衣装も買っちゃったッスよー♪ バカみたいって言われるかも知れないけど、今日位はいいっスよね? よーし、準備万端! ん、メール? ミキは来られなくなっちゃったんだ、残念! もー、ユウカは彼とヨリを戻したッスかー、幸せになれ! ほう……、アキナは合コン…… ははははは、誰も来ないッスねー。メリークリスマース♪ 「……こんな世界、崩界してしまえッッ!!!」 今年もまた、あの季節がやって来る。クリスマスがやって来る。 「リア充ども、地獄の底に叩き込んでやる! サンタ狩りだ! クリスマスカラーをドス黒い地獄色の血で染めてやるぜ、ひゃっはー!」 「ほら、しっかりするんだ」 「デストロイ!」 突然吠え出した計都を那雪がフォローしかけ…… 「……そうか。邪魔をしたな」 ……あっさりと諦める。 それは(視覚化されていないから)何が起きたのか分かり難いという理由でもあったし、(視覚化されてないけど)何が起きたか分かり易かったからという理由でもあったし。その余裕がある者が少なかったから――とも言えた。 彼女自身も撃ち出された光の束に撃たれれば…… (……わかってる、今、寝るわけには……) 頭の中には容赦ない女性の声が響き渡る。 休むな、寝るな、眠ったらお仕置きだと。 『天使』に相応しい教育なんてものは――『天使ならぬ』那雪には、 で、 ――だ。 「……うるさい、人が眠いのを我慢しているというのに……」 少女の目は完膚なきまでに『据わって』いた。 「あらあら、これは酷いわねぇ」 「うーん。人生色々ですね、リベリスタ」 ティアリアが桃子が仲間達を癒さんと賦活の福音を紡ぎ出すが―― 「心の傷にも有効なのかしら、天使の歌は」 「まぁ、ホリメは救急箱してろって良く言われますし。いいんじゃないでしょうか」 いい加減に問うティアリアと、けたけた笑う桃子。 ――家族愛と言う名の家庭内暴力。 父の厳しい躾・試練。一年のサバイバル生活? お父様、ボクは獅子の子じゃないんですよ? 母の手料理。これ本当に食べ物ですかお母様? 育ち盛りの男の子だからボクだけ大盛り? 姉のストレス発散。お姉様? 何でボク縛られて吊るされてるんですか? どれだけ頑丈になったか確かめてあげるってなんですか? なんでシャドーボクシングをはじめてるんですか? 「ボクはあの日……他人に優しくできる人間になることを誓った! あいつ等に比べれば、否。比べなくても! 桃子嬢は天使だ!」 正直、聖職者(27)を問い詰めたい所ではあるが…… 「頑張って、セリオさん!」 桃子はと言えばあれだけ甲斐甲斐しく頑張る弾除けにすら同情しない。 ぶれない求道者にぶれない天使。 「頑丈な玩具って素敵ねぇ」 「やっぱ、男はタフですよ!」 他者の痛みは蜜の味、お嬢様二人はのたうつ仲間達を良く励ます。 しかして、魂を賭した戦いは千の試練を勇者に強いる。 「ワイズマン少尉、突貫しま……え?」 近い記憶。完全に薄れてすらいない、傷。 姿勢を低く仕掛けたミーシャが代償に直面したのは『あの時の光景』である。 ――め、メーデー!メーデー!シュヴェルトラウテ2、中尉がやられた! 至急応援を請う! メディーック! ――ワーニン! ワーニン! こちらゲイレルル3! 非戦闘員は本社を放棄し各自脱出を図れ! 家族同然の同僚が案山子のように倒されていく光景。 それは、悪夢そのものだ。今でも真夜中に彼女を揺り起こす、網膜に焼き付いた『最悪の世界』だった。 「……止めてよ……こんなもの見せないで……」 果たしてミーシャは――自身が武器を取り落とした事に気付いたか、どうか。 ――他の誰かよりも、長い時間をかけて、努力して手に入れたモノ。 『当たり前に元気で、当たり前に努力出来た』人何かとは違う。 私、それにプライドをもっているのよ。才能だって! ある! その心算! ちょっと無理したら咳が出た。 だから『必要以上の』夜更かしなんてしなかったわ。 皆が遊んでる時……私、その分を、ほかの事に割いて来たの。 だから、そんな弱さ(トラウマ)なんて……ッ! 不躾に入ってこないでよ! ふざけないで! なんでッ! なんで遊んでるだけのヒトなんかに―― 集中が乱れる。乱れる。乱れる。 イーゼリットがたっぷり自負を持つ魔曲の狙いがぼやけて滲んだ。 弱さを否定するイーゼリット『そのもの』がこの時弱さになっている。 否定する頭の中にちらちらと過ぎるのが、妹。 不出来と笑われ、自分に比較され、大抵は匙を投げられていた妹だ。 『遊んでいてもその気になればすぐに追いついてくる本当の天才』の天真爛漫な笑顔だった。 大好き、なのに、大嫌い。 ●心的外傷 アタシの前には変わり果てた二人が居た。 優しい父と、自慢の兄の姿。 棒立ちになるアタシを押し倒したのは――必死の形相の母親だった。 アタシは何も出来ない。 失われていく大切なものの目の前で――馬鹿みたいに泣き叫ぶ。アタシは唯の子供だった。何一つ、力を持たない子供だった―― 「――けど!」 恵梨香の呼びかけに応えるように業火が間合いを熱に巻いた。 『あの時』の復讐心を滾らせて――炎は不恰好な獣を取り囲む。 「親が死んだ、兄弟が死んだ、友達が死んだ、こしあんじゃなくてつぶあんだった、車に轢かれた、靴に画鋲が入っていた、一本一本指を折った、一人づつ4階から飛び降りろと言われた、無力を感じた、何もできなかった、バットで殴ることにした、くだらない理由で絡まれた、かゆ……うま……、日々トラウマをつくることにした、ネガティブに生きることにした、全て笑い話にした、いつも笑うことにした。後、何だっけ!?」 高揚に塗れた紫安の一撃が容赦なく獣を叩く。 「――キミみたいな子は大好きさ。トラウマ君にトラウマ、僕が捏造してあげる!」 戦いは尽きぬ痛みを抱いたまま続いていた。 目の前に広がる光景が夢幻のものなのか、現実のものなのか――境界を正しく認識出来ている者は少ない。 戦う相手が目の前の珍妙な獣であるのか、それとも自分自身であるのかもリベリスタ達は分からない。 (たった一人、信念に殉じた。最後まで一緒に戦ったなら、今も隣に彼女がいたかも知れない――) 脳裏に過ぎった在りし日の親友の笑顔に歯を食いしばり、血が出るほどに噛み締めて。 「だけど、私は前に進む。どれだけ辛くても立ち続けると、誓ったの――!」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が白刃を振り下ろした。 醜悪な叫び声を上げるトラウマ。それは人の惰弱であり、弱き獣の呪いですらあった。 振り払うのは、誰か。 赤、赫、朱、アカ。視界を染める。思考が拒否する わたし を 助けてくれた ヒト。人 で あった モノ うんめいノかごッテ なに? あかノたにんヲまもッテ たおレテ うしなッテ なかまニ ××サレタ だのに いきろト アナタハいッタ いッテ いッタ それじゃあまるで―― 「違う……!」 振り払うのは天の声。清かな音が澱みを優しく包み込む。 打ち砕くのは、誰か。 「眼鏡外れると本気出すってフラグ――やだ、ちょっとカッコよくないですか!?」 打ち砕くのは小梢である。渾身の一撃を振り下ろし、トラウマに今一矢報いて見せる。 打ち砕くのはティアリアである。 (あなたを目の前で失くしたのは――人生の一大事でしたわね) 瞼の裏で手を伸ばす恋人のディティールは僅かに滲んで褪せている。 それは彼女が過ごした忙しない時間を意味する所で、同時に。 「ふふ、一番歪んでしまったのはわたくしですわね」 冗句、蟲惑めいたような事実を示す。 目を開いたティアリアは残影のように残る恋人の唇めがけて――噛みつくようなキスをした。 血の味は、口の中に良く残る。噴き出すそれはエリューションの生命の水に違いない。 「……だから言ったでしょう? 気にしない方が、いいって」 ――本日のディナーはトラウマのブラッド・ソース。 赤い唇に嘲笑の彩りを添えて。過去も彼岸も、これで、おしまい。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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