● 家を飛び出て行き倒れた明鏡・光が桔梗組に拾われて数ヶ月が過ぎようとしていた。 けれど此処最近、昔ながらの地回りである桔梗組と、違法薬物を売買しようとするエイリアンマフィア(海外からやって来た暴力組織の呼称)との間に諍いが起こり、そして遂に……。 「カチコミだあぁぁぁっ!」 桔梗組の邸宅に男達の怒号が上がり、其の直後銃声が響く。 幾度と無く関わり合いにならぬ間に逃げる様にと桔梗組の者達から言われた光が、それでも尚此処に留まり続けたのは自分にも何かが出来る事があるのではと考えたからだ。 家を弟が継ぐ事が決まり、要らなくなった自分に絶望して家を飛び出た自分を助けてくれた桔梗組。昔ながらのやり方に拘り、勢力で勝るエイリアンマフィアに噛み付いた彼等の姿に、自分も何とか恩返しがしたい。 幸い光は一般人としては破格の戦闘技術を持っている。能力に目覚めれなかったとは言え、幼い頃から真面目に、必死に取り組んだ『化物を倒す為』の戦闘訓練が無駄になる訳ではない。 だが……、 「…………」 光は抜いた刀身、明鏡の家から唯一持ち出した、父が自分の為に鍛えた刀、『止水』に写る自分の顔を無言で見詰める。 揺らぐ瞳が示すは迷い。 明鏡の家で身に着けたのは『化物を倒す為』の技術だ。無力な一般人を救い、世界の崩壊を防ぐ為に、死に物狂いで求めた物だ。 それを不完全とは言え、恩返しの為とは言え、相手が唾棄すべき犯罪者とは言え、そんな技を力を持たぬ一般人に振るう事が、果たして許されるのだろうかと。 あの父ならば言うだろう。其れは力を私欲で使うフィクサードの如き行いだと。 学び続けた価値観に従えば、正しくない、許されない、してはならない事。でも恩人を見捨てて自分ひとりで逃げる事も、光には出来ない……。 その時、 「光! まだこんなトコに居たんか。あンたは早う逃げえ言うたやろ!」 襖が開き、桔梗組の女親分である結奈が部屋へと踏み込んでくる。 若い女の身でありながら、小さいとは言え組を背負う気丈な女性。自分に絶望していた光をまるで弟の様に可愛がり、慰め、立ち直らせてくれた恩人。 けれど結奈は、光の手に握られた刀に目を止めると首を横に振り、 「光、あンたが剣術強いんは知ってる。でもそんな場合じゃないんよ。だから早……―――」 不意に襖が蹴破られ、大陸系の男、敵対するエイリアンマフィアの一員が中に踊りこんで来る。 其の手に握られた鈍い光を放つ銃口が狙いを定めているのは、結奈の背中だ。 相手の武器が刀なら、ナイフなら、光にもまだ対処のし様はあった。相手の切り込みを弾き、返す刀で相手の腕を切り飛ばす。そんな芸当も銃器以外の武器を持った一般人相手なら可能な筈だった。 しかし銃器を持った敵を相手に、男の指がトリガーを、人差し指を1cm程動かす間に、実際に光が出来たのは、結奈の身体を引き倒して自分の身体を盾とする事のみだ。 引き絞られたトリガー。胸を穿つ小さな弾丸。胸の穴から流れ行く血液、否、命。 撃たれた光の姿にしがみついて取り乱す結奈と、その取り乱し様に情欲をそそられた男のいやらしい笑み。 サディスティックな衝動を刺激された男は、次いで結奈の足を狙ってトリガーに指をかける。 だが其のトリガーは、大きな才能を持っていた為に家の修行では追い詰められ切れず、革醒出来なかったままの光に目覚めを引き起こす。 唯々諾々と家訓に、父の教えに、疑問を抱かず従い続け、或いは状況に流され続けて来た光が始めて見せた理不尽への足掻きに、運命は彼を祝福した。 この日、桔梗組に攻め込んだ部隊は立ち上がった光の手により壊滅的な被害を受け撤退する。 フィクサード、明鏡・光の誕生である。 ● 「父さん、兄さんを斃せってどういう事なのさ!」 唇を怒りに震わせ、明鏡・煉夜は当主である父に食って掛かる。 けれど父の口からは、ただもう一度先程の言葉が繰り返されるのみだ。 煉夜の兄である光がフィクサードとなったと言う噂が、半年の時を経て明鏡の家にも届く。 最初に其れを聞いた時、長く行方知れずだった兄が生きていた安堵と、正当な後継者であるべき兄の力の革醒に、煉夜の体は喜びに震えた。 なのに……。 明鏡の、リベリスタの使命から逃げ、あまつさえ力を持たぬ一般人に異能の力を振るいフィクサードと化した光を斃せ。それが明鏡の務めであり、世界を崩壊に導く一因となる前に裁くのが家族としての役割だと、当主である父は煉夜に命じた。 当然、父も無感情に其の命を下した訳ではないだろう。深い葛藤の末に、使命と肉親の情の板挟みの末に、其の結論を出した筈。 そうでなければ哀しすぎる。 だがそれでも、煉夜にはそんな使命は受け入れるのは不可能だ。 「嫌だよ! バカじゃないの! 世界の崩壊だなんて誰が言い出したかも知れない古い言い伝え……そう、『自分達の役目が大事だって思わせる為の嘘』を信じて兄さんを殺せなんて、父さんは狂ってる!」 走り去る煉夜を、満足に動けぬ当主は追う事すら出来ない。 ● 「今、アークに2つの依頼が届いている。其の二つは同じ場所からアークに届けられ、同じ人物についての、だが相反する内容の依頼だ」 2通の封書を手に、車椅子に座る『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)は集まったリベリスタ達を見回す。 「1つは明鏡・光と言う名のフィクサードの討伐。家を飛び出、例え犯罪者であったとしても、力持たぬ一般人を殺し、フィクサードと化した家族を、更に取り返しの付かぬ事をしでかす前に殺して欲しいとの依頼だ。身動きが取れぬとは言え、身内の不始末を、息子殺しを他人に頼むのは、さぞや苦悩しただろう」 目の前のテーブルに明鏡の当主からの封書が置かれる。 「そしてもう一つは、フィクサードになった兄を家に連れ戻すのを手伝って欲しいとの依頼だ。当然其のフィクサードとは明鏡・光になる。特に何の捻りもなく下らんが、純粋な……、まあ、助っ人要請だ。どうやら直接話し合いをさせれば父と兄を和解させられるとでも考えているようだが……」 当主からの封書の隣に並べられる煉夜からの封書が並べられる。 「大体の事情は察して貰えただろうか? この2通の依頼に関しては諸君等に全ての判断を委ねる事が決定した。どちらの封書を手に取るも諸君等の自由だ。両方の封書を取ってそれぞれ別々のグループに別れて依頼を果たしてくれても良い」 キィと音を鳴らし、車椅子の向きを変える逆貫。 「さて、では此処からが私の仕事だ。件の明鏡・光が身を寄せる桔梗組が、近いうちに敵対中のマフィアどもから再び襲撃される事を察知した。勿論、私が察知した以上ただの一般人同士の抗争にはならない」 逆貫の手からリベリスタ達に幾枚かの資料が渡される。 「明鏡・光ごと桔梗組を殲滅する為に大陸から2人のフィクサードが大金で雇われ来日した。ロン家の暗殺者、イーシュ・ロンと、五行拳のウォン、どちらも大陸では少しばかり名の知れたフィクサードだ」 逆貫が作成した資料(要約済み) 1:フィクサード 1-1:明鏡・光。17歳。クリミナルスタアの技と、明鏡家に伝わる剣技を1つEXとして所持。右手に刀『止水』、左手にナイフの2刀流。実力は1対1なら相性もあってイーシュとはほぼ互角かやや優勢、ウォンに対しては分が悪い。 1-2:『ロン家の暗殺者』イーシュ・ロン。暗殺者の集まりであるロン家の1人。ジョブはインヤンマスターで、暗殺者向きの非戦スキルを幾つか所持。その他に、影の様な式神を召喚するとの情報。 1-3:『五行拳』ウォン。ジョブは覇界闘士で己の拳法に多大な自信を持つ。多彩な技と回避能力、防御力等を兼ね備えたバランスの良い闘士。 2:その他の人物 2-1:明鏡・煉夜。(人物像等は『へびがみさま』 を参照下さい)実力はソードミラージュlv2~3程度と上昇している。 2-2:結奈。一般人。 「諸君等の選択に私は口を出さないし、関与もしない。だが……、諸君等の健闘は祈らせて貰う」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月13日(日)22:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「何を言ってるんだ! 兄さんはこんな場所で駄目になって良い人じゃ……もがっ!?」 またもNGワードを連発しそうに、……一部は口から出てしまっているが、なった明鏡・煉夜の口を『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が塞ぎ、其の体を引き戻す。 まだ言い足りず、不満げな様子の煉夜の肩を、『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)の手が宥める様に軽く叩いた。 煉夜からの依頼を選択し、光を連れ戻す為に煉夜と共に桔梗組を訪れたリベリスタ達。 予定していた仁蝮組からのツテが時間の都合で使えなかった為に、最初はかなりの警戒を受け、門を守る桔梗組の組員と言い合いする羽目に陥りはしたが、騒ぎを聞いて出て来た光と煉夜の再会により、一応の信頼を得、一部のメンバーだけではあるが、今は桔梗組宅の一室で光との話し合いに望んでいた。 しかしそんなリベリスタ達にも誤算はあった。 部外者があれこれ口を出すよりも、光には煉夜の言葉が一番通じるだろうと殆どのリベリスタは考えていたのだが、久しぶりに会えた身内だからと言うのは当然あろうが、自分の事や、自分を取り巻く環境で頭が一杯の煉夜の口から飛び出るのは、自分本位で配慮に欠ける、ありていに言えば甘えに満ちた物ばかりだったのだ。 けれども如何に革醒して力を持っていようが、他の能力者達に囲まれて育った訳でもない、所詮は13歳の少年に甘えがあったとて誰が責められようか。 光は瞳に失望の色が宿らせるも、弟の今の境遇は自分が家を捨てた事と無関係ではない負い目から、強い言葉は口にはしない。 ただやんわりと弟の願いを拒絶し、一晩泊まって明日には家に帰れと告げるばかりであった。 一方其の頃、『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)は光の助命を願いに明鏡の家を訪れていた。 ……けれど、 「断ったとは言え、私の依頼の内容を知った上で、貴女は私に明鏡・光を許せ、そう仰るのだな?」 動けぬ筈の当主の発する気は、物理的な威力を伴って相対する大和の身体を軋ませる。 息が出来ない。唇が乾く。噴出す汗が頬を伝い、地に落ちた。 だがそれでも、大和ははっきりと頷き口を開く。 「一族の不始末は一族が贖う、というのは分かります。ですが、まだ話し合いの余地はあるはず」 甘いと思われるかもしれませんが、それでも話し合いをお願いしますと。 当主に気圧される事無く、圧力に踏み止まり真っ直ぐな視線を放つ大和。 視線と視線をぶつけ合わせ、果たしてどれだけの時が流れたのか。気がつけば、大和の身体を縛る圧力は跡形もなく消えていた。 「貴女の気持ちは判った。けれど、やはり話し合いは不可能だ。貴女が明鏡・光をこの家に連れ戻るなら、私は自らの手であの子を斬らねばならぬ」 口から出た言葉は拒絶。けれど其の言葉から滲み出る感情は、苦悩と悲哀に満ちている。 「私はそう言うしきたりの中で生きて来た。祖父は自らの手で、加護を得られずノーフェイスとなった弟を斬った。更に先祖も、ずっと、数百年に渡ってそうやって生きて来た。光も其れを判って、私達と袂を判った筈」 当主とて、許せるものなら息子を許したい。けれど其れをすれば、この地を守る為に、数百年に渡り祖先の払って来た犠牲を、教えを、否定する事になる。 アークの様な組織が存在する今代は、それでも何とかなるだろう。だがアークとて永遠不滅に存在する訳では決してない。 嘗て勢力を誇った日本のリベリスタ達が、二次大戦で、ナイトメアダウンで、見る影もなくなってしまった様に、アークも何れは消えてなくなる。 しかし、そうなった後も明鏡はこの地に在り、根を張り続け、永遠に湧き出る敵からこの地の人々を守って行かねばならぬ。故に明鏡が在り続ける為の厳しい掟を、ここで破る訳にはいかない。 零れ出た当主の苦悩は、しかし大和には想定済みの内容であった。 大和とて古い家の出であり、尚且つ以前明鏡の当主からは様々な話を聞いている。当主の抱える内面の苦悩を、ある程度察しており、それに対しての答えを用意していたからこそ、大和は真っ直ぐにこの家にやって来たのだ。 「……では当主様は『明鏡』光さんが居なくなれば良いのですね?」 ● 夜が更け、闇がやって来る。 人々は眠り、虫の音のみが響く、月が優しく見下ろすこの夜に、動き出す一つの人影があった。 無論、リベリスタ達も夜までの時間を無為に過ごそうとした訳ではない。 結奈な光に、彼等を狙う刺客、イーシュとウォンの存在を話し、組員を調べる許可を、或いは手伝いを願い出たのだが、……例え光の身内の知り合いとは言えど、昨日今日出会った人間の言葉を鵜呑みにし、長く自分達を支えた組員の取調べを行うのは、取り調べられる組員の心にも不和を撒きかねない為、やんわりと断られてしまう。 何より、行き成り現れた人間が刺客の詳しいプロフィールを知っていたりするのは、神秘の知識がない人間にとってはとても怪しく見える。まさかカレイドスコープに関して詳しく説明するわけにも行かない以上、ごり押す事は出来なかった。 ただ、刺客がマフィアに雇われ来日した事を伝えた時に、 「私は、甘かったんですね」 と呟いた光の瞳は、澱んだ光を帯びていた。 「だからって、こんな夜更けに刀ぶら下げて何処へいくんだ?」 月明かりの下を、抜き身の刃を引っさげて門に向かって歩く光に、『捻くれ巫女』土森 美峰(BNE002404)が制止の声をかける。 「一寸其処まで、自分の甘さのツケを払いに行くんですよ。……刺客も、雇い主が全滅すればただ働きは厭うでしょう?」 ぎらついた殺気を隠しもせずに言ってのける光の姿は、彼女の良く知る、彼女の戦って来たフィクサード達と被って見えた。 確かにマフィアを殲滅すれば、雇い主を失った刺客達が行動を諦めずとも、拠点を失った他国人では動き難くなるだろう。そして光が桔梗組を気にせず動ける時は、邸宅に泊まるリベリスタ達が抑止力として働く今夜しかない。 けれどそれは同時に光と明鏡の決定的な離別を意味する。……いや、光も、明鏡の当主も既に離別した心算なのだろう。 唯、煉夜だけがまだ諦めていない。そして煉夜が諦めない以上、彼からの依頼を選んだリベリスタ達にも諦めはない。 それに、 「本当に全ての縁を切りたいならその刀も持ち出さなかった筈だ。何でその刀を持って出た?」 まだ納得のいかない事が残っている。 止水は、明鏡の当主が父として光の為に鍛えた刀、云わば彼等の絆が形を成した物だ。 美峰は問う。手放せなかった止水は、光の心に残る最後の迷いなのではないかと。 光からの答えは無く、それでも美峰は言葉を連ね、想いを重ねる。 ある所に、出来の良い妹に全てを任せ、或いは押し付け、好き勝手をしていた一人の女が居た。 しかりある日、妹は事件に巻き込まれて命を失ってしまう。 女は悔やみ己を責める。何故、其の時傍に居て妹を助けてやれなかったのかと。 最初から分け合っていれば、共に居れた筈。 今も、きっと。 けれど、後悔とは後になって悔いる行為。 過ぎ去った時は還らず、失われたモノも戻らない。 ● 溢れ出る熱い感情に美峰の唇が震え、声が詰まった。 美峰の頬に光の手が振れ、其の口から謝罪の言葉が漏れる。 殺気に凍っていた光の表情は苦しげに、申し訳なさげに歪められ、明鏡の優等生でも、殺意を纏うフィクサードでも無い、17歳の素の顔が其処には在った。 勿論光は美峰の言葉の全てを理解した訳ではない。其れは経験した者と未だせざる者の差であり、幾ら状況が似ていても、幾ら言葉を重ねても、埋める事は不可能だ。 それでも自らを伝えようとした美峰の感情は、光の心に確かに触れた。 どんなに理屈で武装しようと、家を出る時は不安だった。ずっと迷いと戦い、一つずつ迷いを殺して、心を凍らせ強く保って来た。でも袂を分かつと決めたとて、父は尊ぶ気持ちは消えない、弟は可愛い、家族は愛しい。 しかし、どんな時であろうと、否、こんな時だからこそ、悪意は非情に迫り来る。 感情を高ぶらせた二人には、己に迫る影を見通す事が出来ない。 夜の闇より尚暗い影人が、其の身を鋭利な刃に変え、背後より真っ直ぐに光の心臓目掛けて突き進む。 けれど咄嗟に影人と光の間に割り込んだのは、兄と美峰のやり取りを隠れて窺っていた煉夜だった。 兄を押しのけ、影人に向かって幻影剣を繰り出す煉夜。だが影人の能力は術者であるイーシュと同等であり、そしてイーシュと煉夜の力には、深い隔たりが存在していた。 刃と影が交差し、煉夜の身体から鮮血が噴き出る。 一方、邸宅の内部では光と同様に結奈も影人に狙われていたが、いち早く異変に気付いたフツが仲間を連れて駆けつけた為、寸での所で結奈を救い出す事に成功していた。 割り込んだヴァルテッラの漆黒の装甲に攻撃を阻まれた影人の首が、高速で切り込んだ『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の幻影剣を喰らい宙に舞い、符に戻って地に落ちる。 更にフツが傷癒術でヴァルテッラが受けた傷を癒し、ギリギリの救出成功にリベリスタ達が安堵の息を吐きかけた其の時、 「駄目、まだ終ってないわ!」 精神を集中していた『深層に眠るアストラルの猫』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)が警告の声をあげ、まるでウーニャの其の言葉に応じる様に、1体、2体、3体と、物陰から湧き出る様に影人達が出現して行く。 そしてウーニャの警告にフツが守護結界を展開した次の瞬間、空の見えぬ筈の部屋の中を陰陽・氷雨の凍れる雨がが吹き荒れた。 ● 美峰が符で煉夜の傷を癒し、光が止水で影人を切り伏せる。癒しの符が光を放ち、倒れた煉夜の顔に僅かな赤身が戻り始めた。 仮にリベリスタ達と出会う前の煉夜であったなら、先の一撃は致命の一撃となっただろう。 倒れはしても、影人の、イーシュの一撃に耐え切れたのは、前回目の当りにしたリベリスタ達の姿に何かを感じて自らを鍛えたからだろう。 しかし其れを褒める暇は与えられない。 門が開き、敷地内へと一人の男が、『五行拳』のウォンが彼等の前に姿を現したからだ。 「ハッ、ニイハオで通じるカ? 島猿共」 威風を身に纏い、ゆっくりと歩を進めるウォンに対し、光は動揺の色が濃い。 リベリスタ達が邸宅に居る今夜ばかりは襲撃が無いものと頭から決め付けていた為に、其の予想が裏切られた事が衝撃だったのだ。 日本のリベリスタとしての家に生まれた光は、当然リベリスタ達に敬意を持っているし、其の実力の評価も高い。 だが外国のフィクサードであるウォンやイーシュにとっては、現在の日本の、『極東の空白地帯』のリベリスタは特に警戒を要する相手ではないと認識されていた。 その認識のズレが光の読みを外させ、動揺を抱えたまま実力に勝るウォンに挑んでしまった光は、ウォンの一撃の前に容易に膝を突く。 余りにあっけない標的の有様に、ウォンの唇が笑みの形に歪み……けれど、ウォンのトドメが光の命を奪う事はなかった。 「五行拳ね。貴方の名声、この殲滅砲台が頂くわ」 空から声と共に十字の光、ジャスティスキャノンがウォン目掛けて降り注いだからだ。 翼を羽ばたかせ、月を背に空に浮かぶは、『殲滅砲台』クリスティーナ・カルヴァリン(BNE002878)。 更に騒がしくなって来た夜を宥める様に、柔和な表情で目を閉じて歌う『七つ歌』桃谷 七瀬(BNE003125)の天使の息が癒しの微風となって光の身体を取り巻いていく。 凍り付いた部屋の中、それでも結奈は生きていた。結奈の前には、氷の雨から身を挺して彼女を庇ったウーニャの姿。 想像すら及ばぬ常識外の光景を目の当りにし、呆然となっている結奈に、痛みを堪えてウーニャは微笑みかける。 そして響く3つの衝撃音。 ヴァルテッラは一人で複数の影人を食い止める事の難しさを悟り、現れたイーシュに肉迫せんとする事で敢えて影人達の狙いを自分に引き付けたのだ。 3つの影がヴァルテッラを貫き、だがそれでも男は止まらず突き進む。 装甲や守護結界の加護、更にはフツからの傷癒術が期待出来るとは言え、強引で無謀に近いヴァルテッラの行動は、だがそれ故に敵の注意を確実に引いた。 仲間が決死で作った敵の意識の間隙に、宙を舞う銀色が潜り込む。スピードを活かした跳躍を行うリセリアは、更に壁を蹴って影人の視覚から刃を、ソードエアリアルを繰り出す。 翻る髪が、振るわれた刃が、銀色の光を放つ度に影人が式符に還り墜ちていく。 「チィッ、意外とヤルじゃナイカ!」 焦りを滲ませたイーシュの声が響く。 イーシュに誤算があるとすれば、一つは間違いなくリベリスタの実力を侮った事。更にもう一つは、大錬気により気を練ってEPを確保し続けてるとは言え、式符で影人を作り出すコストは重く、リベリスタの猛攻の前にEPが枯渇し始めたのだ。 本来リベリスタ達にとって脅威となり得るのは、結奈を巻き込んで放たれる陰陽・氷雨だ。イーシュが選ぶべきはそちらだったのだが、彼は己の得意な、数で押しつぶす戦術に固執した。 恐らく其処がイーシュの暗殺者としての限界だったのだろう。闇に影を紛れさせての不意を討った暗殺を行えず、数で圧倒する事も出来ず、正面からの戦いを強いられてしまえばイーシュは脆い。 回復役をフツに任せたウーニャが前線に加わり、影人達の戦列が遂に崩壊する。そして動揺、疲労を隠せないイーシュに向かい、宙を駆けた蒼銀の刃が突き刺さる。 マナブーストで強化されたフレアバーストと、金剛陣で強化された斬風脚が交差し、互いの相手に命中する。 クリスティーナは真空の刃に衣服を裂かれ、鮮血が、千切れた羽が、宙を舞う。だが一方、ウォンを包んだ爆炎はダメージを与える事には成功しているものの、飛行状態で低下した命中力では、其の身を燃え上がらせるまでには至らない。ウォンに森羅行による回復を行わせるまでにも、追い詰められない。 七瀬の放つ天使の息がクリスティーナの傷を癒すも、同じく癒し手に回っている美峰の傷癒術は、空に浮かぶクリスティーナには届かない。 様々な不利を背負いながらも、クリスティーナが地に降りぬ理由は唯一つ。彼女が宙を舞ってウォンを引き付けておかねば、ウォンは間違いなく倒れた煉夜を巻き込んでの範囲技を放つであろうから。 地上に降りれば光が前衛として前に立ってくれるとは言え、光一人で複数の後衛達と倒れた弟を実力に勝る相手からカヴァー仕切る事など不可能だ。 故にクリスティーナは不利を承知で飛び続ける。風の刃に身を裂かれ、月明かりに血に塗れた肌を晒しても、彼女の翼は羽ばたき続けた。 だがリベリスタ不利のままに進んだ戦場にも変化が訪れる。 リベリスタ達との戦いを有利に進めていた筈のウォンが、舌打ち一つすると不意に背を向け走り出したからだ。 折しも、其れは丁度イーシュがリセリアの刃に倒れると丁度時を同じくした。 ロン家による報復を恐れろと、呪いの言葉を吐いて倒れたイーシュ。そしてイーシュが倒れた事での増援を警戒して逃走を選択したウォン。 戦いを切り抜けたリベリスタ達には、逃げたウォンを追う力も、光との話し合いを再開する気力も残っておらず、……そして戦いに塗れた夜は明ける。 ● 次の日の朝、桔梗組邸宅を大和が訪れる。 明鏡の当主に、大和が提示した光を許す条件は2つ。止水の明鏡への返却と、光が明鏡を名乗らぬ事だ。 光が明鏡の人間でなくなってしまえば、しきたりを無理に当て嵌める必要も無くなる。 例え屁理屈ではあっても、本心では息子を殺したくないと願う当主にとって、其れは救いとなる理屈だった。 頭を下げ、息子を頼むとだけ言った当主の気持ちを、大和は光に届けに来たのだ。 其の条件に美峰が異を挟み掛けた時、けれども光は黙って止水を差し出した。 明鏡の名も、止水も、光にとっては確かに捨てられない絆だ。けれど形ある物を失っても、父との、弟との再確認できた絆は確かに光の中にあった。 ウォンが逃げ、イーシュが口にしたロン家の脅威が在る以上、光はまだこの地でやるべき事が残っている。それでも何時かは……、今回煉夜がそうした様に、光は弟の危機を救いに駆けつけるだろう。 軽口の様に、けれども中程には本気で、光を、結奈を、七瀬はアークへと誘う。 だが光にとって明鏡の家が捨て切れぬ物であった様に、結奈にとっての桔梗組もまた同じくだ。 そして手紙と共に当主へと届けられた止水は、光の、煉夜の願いも在り、リベリスタ達へと託された。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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