● いつだったっけ。 たいせつなものを、ぜんぶなくしたのは。 「……あぁ、今日もよく『育ってる』な、コイツ」 あれ。 どこかから、声がする。 どこだろう。 まっくらで、わからない。 「ひい、ふう、み、よ……っと。ま、一日でこれならそれなりってトコか」 がさがさ、って、音がする。 なんだろう。 なんだろう。 「ただまあ、それでも少ねぇよなあ……。手前ももうちょっと働けよ。せっかく俺たちが生かしてやってるんだからよ」 ばがん、ざりざり。 痛いよ。 あたまが、痛いよ。 どうして? 「おーお、全く動きゃしねえ。ちっと痛めつけたくらいでコレかよ。弱っえぇの!」 げらげらと、笑い声が響いた。 ……わからないよ。 なんで、笑ってるの? 何が、おかしいの? 「……ハ。ま、良いや。これなら当分は死にゃしないだろうし、もうちょい飼ってても悪くは無ぇだろ」 ざ、ざ、ざ。 足音が、とおくなっていく。 「精々気張れよ、アザーバイド。直ぐに殺されるはずのお前を、折角俺たちが『守って』やってるんだからなあ!」 聞こえた、笑い声。 そうしてまた、何も聞こえなくなる。 ――わからない。 ここはどこだろう。 あのひとはだれだろう。 なんで、まっくらなんだろう。 なんで、あたまがいたいんだろう。 なんで、 こんなに、つらいんだろう。 ● 「……」 某日のブリーフィングルームにて。 場は、沈黙に包まれていた。 「……アザーバイド『ハイバナ』。アークは彼の世界の種族にこの名前を付けることにした」 声を。 漸く声を発したのは、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 普段と同じ、平静を保ったそれでありながらも、彼女は決してその表情のみは、俯くことで誰にも見せはしない。 原因は、解っていた。 ブリーフィングルーム内のモニターにて、先ほどまで映されていた未来映像。 四肢の腱を断たれ、眼窩には何もなく、声帯は切り裂かれており、 あまつさえその身体中には部屋の所々から伸びた鎖に全身を絡め取られていた、一人の少女。 飲まず食わずだったのだろう。身体は肋骨の形が見えるほど痩せきり、全身を焼かれ斬られ殴られとついた傷跡は生々しい。 垢と血で汚れたその身の各所に、美しく抱え咲く灰色の花が無ければ、常人は見ることすら不可能なレベルだ。 「このアザーバイドは、自身の生命を消費することで身体から灰色の花を咲かせる性質がある。 咲いた花は特殊な加工を行うことで、エリューション属性保持者の身体能力を短時間高める薬にすることが出来る。最も、副作用もかなり大きいけど……一部のフィクサード達の間では、最近これが取引されている」 ――その説明で、彼の男達の意図は理解できた。 その身を徹底的に嬲られた少女の理由も。 だが。 その納得は決して、リベリスタらの怒りを抑える役目にはなり得ない。 「……今回の目的は、その薬の作成を阻止すること。 『薬を作っているフィクサード』は二人組、だけど……これは私が『視た』限りの情報。 彼らはかなり用意周到で、常に自分たちの周囲には罠や手駒を仕込んでいる可能性がある」 リベリスタの一人が舌打ちを漏らした。 フィクサードの厄介さが理由ではない。イヴは、そのフィクサードを『敵の』とは呼ばず、『薬を作っている』と言った。 本依頼において、彼らを倒すことは目的ではない。或いは、不可能――そう彼女は言ったのだ。 「薬の作成をしている設備は、フィクサード達が居る部屋の中央。対リベリスタ用にかなり分厚い装甲が構えられているから、近づけば壊せる、って訳でもない。 当然、フィクサードもそれを妨害してくるはず。相手より早くそれを破壊するか、フィクサード達に立ち向かって撤退させるか。若しくは――アザーバイドの少女を『処理』するか」 「……帰れないのか?」 ぽつりと聞こえる、自問めいた質問。 リベリスタの言葉にイヴは首を振る。 「少女の通ってきたゲート……ディメンション・ホールは、未だ通じている。少なくとも自然消滅する可能性も恐らく無い。 けれど、あなた達は本当にそれで良いの?」 「どういう事だ?」 「――ある日突然姿を消した家族が、友人が、恋人が、数日後に四肢も動かず、目も潰されて、身体中に虐待の痕を残した状態で戻ってきたら、みんなはどうするの?」 その言葉に。 ブリーフィングルームが、凍る。 「みんなの答えは違うかもしれない。みんなはリベリスタで、この世界の神秘を深く知っていて、ある日突然大切な人を失う覚悟が出来ているかもしれないから。 けれど、あのアザーバイドの少女の家族に、その覚悟が無かったら? 憎しみにとらわれ、あの子を虐げた者を、その世界の全ての同族を殺し尽くしてやるという可能性は、本当にゼロだと言えるの?」 ――手前勝手な同情で世界を滅ぼす可能性を高めるか、無慈悲に冷酷に何の優しさも与えず、痛みだけを与えられた少女の生を痛みだけで終わらせてしまうのか。 「……注意はした。後の判断は、あなた達が決めて」 其処までを区切って、イヴは足早にブリーフィングルームを去っていった。 リベリスタ達は、そこから動けなかった。 あまりにも『重すぎる』依頼に対して、思考がまとまらなかったことと、もう一つ。 どこか遠くで聞こえてきた、幼い声音のすすり泣きを確かめまいとするために。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月20日(日)23:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 某街、廃墟のほど近く。 ざり、と言う足音と共に、リベリスタ達は其処に立っていた。 浮かぶ表情は、その誰もが重く、辛く。 それが彼らの挑む相手であると言うこと、彼らを待ち受ける痛みの象徴であることは、誰の目に見ても明らかであった。 「他人とは思え い……いえ、比べ のは失礼ですね」 耳朶を叩くことすら困難なか細い声を漏らす『不視刀』大吟醸 鬼崩(BNE001865)。 表情の内、最も感情を示す瞳を包帯で覆いながら、それでもその顔はそれと解るほど、苦り切っている。 彼らが今回、相手にするフィクサード。その彼らに虐げられたアザーバイドの少女。 傷み続けた彼女に対し、リベリスタは帰るか、死ぬかを当人の意志に委ねようとした。 リスクを思えば、帰すべきではないと解ってはいる。 少女の嬲られた姿を見た縁者が報復のために来る可能性を鑑みれば、この少女は此処で殺した方が、この世界への影響は少なく済む。 だが。 (彼女の存在を『罪』には……したくない!) 胸中で声高に叫び、きり、と拳を握ったのは『ミス・パーフェクト』立花・英美(BNE002207)。 依頼内容が公布され、参加者を募った際に一際意欲を示し、その熱意に応じて参加者に組み込まれた彼女。その思いの強さは、余人の計り知れぬ程に昂ぶっていた。 十二年前の悲劇によって家族を突然失った彼女だからこそ解る痛み。傷つこうと、心が壊れていようと、想う存在が其処に生きていてくれると言うことの喜びを、少女の縁者に与えるために。 「腐った奴は何人も見てきたッスけど、今度は一際ッスね」 少女のようなあどけない外見で、嘲笑と共に毒を吐くのは『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)だ。 自己の利益の為に他者を踏みつけにするだけでは飽きたらず、意味もなくいたぶり、自己の欲望を満たし、笑う。其処まで極まった『悪』を目にした彼の怒りは、同様に傍らの少女――『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)にも伝播していた。 「気に食わねぇ。マジで気に食わねぇ。 ……全員ぶっ殺してやる」 平時でも蓮っ葉な口調の彼女であるが、其処に殺気があると無いとでは言葉の重さはまるで違う。 フィクサード出身とする二人をして、此処まで言わしめる彼の二人組。向かう感情は憤怒の二文字のみ。 「正義を騙るつもりはないが、聞くだけでも腹立たしいな。……フィクサード共は元より、腹立たしく思う自分にも、な」 故に、か。『おっぱい天使』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)……正確には、その別人格が不満げに呟く。 自らの直情を危ういと想うが故の言葉は、果たして怒りにとらわれる他の仲間に届いただろうか。 (あたしは正しい選択をしなければいけないけれど……感情で選択できないなら、あのフィクサードと同じになってしまうんじゃないかとか、そう考えてしまう) 『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974)。 『正義』の為に自身の善を貫く彼女の心は、此度の敵に、囚われた少女に対して何の思いもなかった。 それを危ういのであろうかと思う反面――感情的な物事をさえ合理的に捉える彼女はこうも思う。 例え彼女を救うために元世界へ帰したとして、やがて押し寄せるアザーバイドを全て倒しつくして、それで正しいと言い張れるのか、と。 「自分ならどうしたいか、どうして欲しいか……俺には決めらんねーよ」 視線を下に落として言う『1年3組26番』山科・圭介(BNE002274)の表情は、哀惜だ。 怒りも有ろう、悔しさも有ろう、しかしそれでも彼はただ彼としての想いを、感情に囚われぬまま、呟く。 「分かる事は一つだ。こんな苦しみ、もう終わらせなくちゃ」 ――夜の静寂に響いた言葉が、リベリスタらの胸を打った。 一際それに応えた『ディアブロさん』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)が、よくぞ言ったと言わんばかりにその頭にとんと手を乗せる。 自己を魔王と称する女。気まぐれで気分屋な彼女の瞳が、今は座っている。 「華も恥らう花の乙女、どうなるか見届けてやるよ」 ――臨み挑むはリベリスタ。対するは世界を崩す悪の一角。 意志が一歩を形作り、怨敵の領域へと足を進ませた。 ● 「駄目です。向こうは一切の明かりをつけていないため……」 敵のアジトを千里眼で探索しようとした英美が、舌打ちをして首を振った。 透視と遠見、双方を兼ね備えた能力が役に立たないという事実は、リベリスタにとって少なからぬ痛手となった。 罠に対する対策は有る程度の方針、備えを取っていたにしても、先が読めないという不安は僅かばかりの焦燥を呼ぶ。 「何、方舟に乗ったつもりで任せたまえ、何と言ってもこの僕はまぉう!?」 ……そんな不安を解消しようとして前に立ったノアノアが、危うく簡素な鳴子に引っかかりかけたのは兎も角として。 実際、幾つかのトラップがあったことは否めないが、元が電気も通っていない廃墟であり、フィクサード達が薬の生成をしているリビングも、玄関から直ぐの位置にある。少なくとも単純にフィクサード達に向かうのであれば、彼らの備えは十全とよべるものであった。 「……マーキングが出来た。別働隊を呼んでくれ」 「それじゃあ、此処からは別行動だ」 そう言って、ノアノアも廊下の一部……壁に見せかけた小さな扉を指し、軽く笑う。 「お気を付 て」 ぺこりと頭を下げる鬼崩に対し、ひらひらと手を振るノアノアを見送った後、残る面々はリビングの側へと視線を向ける。 色あせた扉を足でぶち開けた瀬恋が、淡々とした言葉を送る。 「ハジメマシテ。じゃあ死ね」 懐中電灯に照らされたフィンガーバレットが、大蛇の如きうねる銀光を描いた。 「――――――!」 設備を操作し、彼のアーティファクト……『汚れた灰の血』を精製していた男達が、驚愕の表情を見せる。 次いで、轟音。 あらゆる物を喰らい尽くす大蛇の顎が、無防備なフィクサードを捕らえる――と、思われたが。 「テ、メェら……!」 敵方も、恐らくは受動の異能を持っていたのであろう。 すんでの所で態勢を整えた二人が、その衝撃を受けきった。 奇襲の失敗を悔やむより早く、瀬恋に続いて二人の影が室内に侵入した。 「それ、ぶっ壊すからリルに貸して欲しいんスけど。問題ないッスよね」 「照覧あれ! この身は弓と共に生く! 戦場に乙女盛大に咲き乱れよ!」 思考解析、対応の隙を与えぬ星光穿。 降りしきる矢の雨。全身を貫くそれらの痛みに不快な表情を浮かべた男達が、漸く言葉を唱えた。 「……ったく、とんだ不作法な奴らが居たもんだよ。リベリスタか?」 「他の何に見えると?」 「そりゃま、この世界じゃ敵なんてゴマンと居るしな……しかしまあ、幾らか名の知れてる奴も居るし、間違い無ぇか」 守羅の言葉に苦笑を返した彼らの内、男の一人が口笛を鳴らす。 現れたのは四体の鼠。それらの半数を散開させ、残りを自身の前に配置させ、男達は下卑た笑いを浮かべる。 「ま、こうして面と向かってきたなら有難ぇな。他を気にする必要が無いって事だ」 「それはこっちの台詞だ」 言って、ジャベリンを敵に突き出し叫ぶ圭介。 「お前らは利益の為に他をどんな風に搾取しても構わないって思ってるわけで、それって自分がどんな風になっちゃっても構わないって事でおkだよな!」 「冗談言うなよ。あれほどのゲートを俺ら二人で閉じろってのか? あのガキを唯単純に返さず、更に来るだろうアザーバイドに対する人質代わりにしたと考えれば、寧ろ、俺達は正しいことをしたつもりだがね」 ま、御託は此処までだろ。そう言って各々の武器――短刀と双盾を構える男達は言った。 「リミットは、俺たちがこの道具を外し終わるまでだ。精々暴れてみろよ、リベリスタ」 ● ――心臓に穴が開く。 絶痛。数分も経たぬうちに死に至るであろうそれは、次の瞬間癒しの涼風によって大部分を回復された。 人を雇ってまで悪趣味な、と誰かが言った。必要なことと誰かが返した。 両手を幾本もの針で貫かれる。 新たな痛み。たっぷり十秒続けてそれを味わわせた男達は、そうして再び傷を癒す。 彼らが語りかけてきた。次は何処が良い? 腹か、足か、首と脳は駄目だぜ、死んじまうからな。 慌てるなよ。しっかりと痕も残してやる。死なない程度なら幾らでも深いもんが残せるぜ? 嘲笑と共に、髪を頭皮ごと引きちぎられる。 私は必死に叫び続けた。嫌だ、嫌だ嫌だ。痛い。死んじゃう。お願い、誰か誰か誰か助けて―― 「あの野郎共が……!」 少女の繋がれた地下室。罠一つ無い其処を訝しみながらも訪れたノアノアは、今少女の反抗を受け止めつつ、唇から怨嗟の言葉を漏らしていた。 下手な見張りも、罠も必要ない。ただその心からも自由を奪えばそれで済む。 今の少女はノアノアの言葉に対し、何の思いも返さなかった。ただ一つ見えたものは、リーディングで映された痛みの記憶だけ。 ノアノアは、それに対して何も出来なかった。 ただ、今流れていた血を止めただけ。それしか出来ない自分を悔やみながら、彼女はアザーバイドの少女を背負い、地下の入り口へと走る。 今は、今だけは癒す力程度しか持たない自分ではあるものの。 「――俺様の執念舐めんな、何時か殺す」 きいきいと音を立てる半開きの隠し扉を、ノアノアが蹴り破る。 その時、一つの声が、響いた。 ● 「――――――っ」 身を砕きかねない衝撃がリルの、鬼崩の体を叩いたのは何度目だろうか。 眩んだ視界が闇に落ちるより早く、運命と言う燃料を燃やして現実に立ち返ったリルが再度のダンシングリッパーを舞い放つも、それすら男たちを守るエリューションによって受け止められてしまう。 ――今回、彼らリベリスタが受けた依頼の成功条件は三種類ある。即ち設備を壊すか、フィクサード達を打倒するか。そして、アザーバイドを救うか。 リベリスタの作戦は、その両方をこなすために打ち立てられたものであった。 アザーバイドの対応に回されたノアノアは言うまでもなく、設備を取り外すべく接近していたフィクサード達を守羅が吹き飛ばすことで距離を取らせ、圭介が更なる接近を阻む。 フィクサード達から取り外し方法をリーディングしたリルと、それをテレパスによって教えられた鬼崩は設備の取り外しを担当し、残る面々は唯ひたすらにフィクサード達を攻撃し続ける。それが今回、彼らが分担した役割であった。 それが上手く奏功すれば、彼らは大勝を収めることが出来たと言えよう。実際、フィクサード勢も攻勢と妨害を交えたリベリスタ達の態勢には少なからぬ尚早とイラつきを与えるまでにいたった。 だが、フィクサード側もそれに易々と掛かりはしなかった。 呼び出されたエリューションによる手数の増加、そして、肝心のフィクサード達の力量がリベリスタ達の想定を上回っていたことが、最もの原因と言える。それに加え、防御、妨害に徹した男達の能力はリベリスタの連携を容易に取らせはせず、また攻手を通すことも許さない。 結果として、戦闘はそれぞれの余力を削りあう消耗戦となった。特に消費の大きいスキルを使い続けてきたシルフィア、英美にとってこれはかなりの痛手となる。 「邪魔だ……纏めて吹き飛ばす!」 「ッハ、容赦が無ぇな、姉ちゃん!」 広々としたリビング全体を囲う、シルフィアの雷鎖が暴れ狂い、男達を庇う鼠を焼き尽くす。 物言わぬカタマリとなった炭に代わる新たなエリューションが男達を庇おうと近づくよりも早く、圭介の演算撃がその敏速な小躯を弾く。 小柄と言えどもエリューション。それを更に二体、経験の浅い彼一人で押しとどめるのには限度がある。 それでも、折れない。 構える一槍一剣をぴたりと敵に定め、呼吸を整える姿には、平時のそれとは違う何かが感じられた。 「よぉ、答えろよ。てめぇらのクライアントは誰だ? 答えりゃ命だけは助けてやる」 漸く空いた隙を、リベリスタらが逃すはずも無い。 瀬恋が問いかけると同時、回転。 暴れ大蛇と言われた暴力の渦が、フィクサード達の腕に食らい付いた。 「父の弓は……パーフェクトです!」 其処に更なる機を出ださんと、英美が再度の矢を放つ。 深夜の室内。星明かりの代わりに点された矢の光が次々と降り注ぐも、 「ったく、面倒だなあ……!」 バキン、と。 十二の刻印を等間隔に記す円環が中空に浮き、それを盾として矢を弾いた。 未だ、致命打は通らない。そしてリベリスタ達の余力も、最早それほどにはない。 しかして、フィクサード側の顔にも余裕は見られなかった。 戦闘中に出し惜しみをせず発動させ続けた罠の数も、今ではそれほど数も無く、加えて残るエリューションも半数を割った。 「……ここまでだな」 やれやれと肩を竦める男達に訝しげな視線を送る守羅が、問うた。 「……逃げるの?」 「ま、な。命が無きゃ商売も、ちょっとした悪戯も出来ねぇだろ。……やれやれ、あの薬もそれなりには稼げてたんだが」 その言葉に、リベリスタらが一層、鬼気を込めて敵を睨む。 しかし、男達がその反応を眺めた後に吐いた言葉は、彼らの意志を揺らがせるには十分なものであった。 「さあ、最後の仕事だネズミ共! あの可愛らしいアザーバイドのクソガキを始末してこい!」 「……!!」 命令と同時、男達の元からアザーバイドとノアノア行く先に目的地を切り替え、ベランダに、玄関に向けて飛び出そうとエリューションへ攻撃を変更せざるを得なくなった一部のリベリスタ達を満足げに見て、男達は言う。 「当然だろ? 読心はそっちだけの専売特許じゃねぇよ。 お前らが任務の成功目的以上にあのガキを可愛がろうとした考えも、それなりに時間をかけりゃあ読み取れるし――人に隠れて、持ち物をくすねようとしているコソ泥なんかもな」 言うと同時、男達の武器が再度、設備の取り外しを行う二人に向けられる。 元より体力の少ない彼らが、男達が元々居た設備の前に行き、その上別作業にかかりきりになっていた事で、放たれた攻撃の殆どは彼らの身を捉え続けていた。抵抗の術も、既に無い。 しかし、 「リルでも体を張るくらいはできるッス……!」 「ッ、ザコが!」 鬼崩に代わって男達の攻撃を喰らい、リルがその身を地へと横たえるより早く、 「カタギに手を出すだの、それで金を稼ぐだの、一々気に入らねぇ……」 その懐に入る、瀬恋。 旋風すら巻き起こす大蛇の暴虐は、その力をあと少しにまで狭められている。 放てば最早技は無し。そう知って尚止まらぬ彼女を動かすのは、たった一つの意志。 「――むかつくんだよ、テメェらが!」 大蛇の牙が、再度跳ぶ。 突き立てたそれに猛毒を流し込みながら、届け、届けと言わんばかりの想いは、しかし。 「――黙れよ、俺らの成り損ないが」 際々まで至れど、掴むには至らず。 懐より出だした小瓶の中身を飲み干し、男の一人は言った。 「正義も悪も声高に叫べねえ餓鬼がいきがるな。一つ所に魂拵えてから出直して来い……坂本、瀬恋」 「――手前ぇ!」 読まれた思考にあった名前を呼ぶ男に激情を返すも、最早できる事は其処まで。 薬による付与効果を打ち消すべく、守羅が、圭介が其々の技を打ち込むも、元より高いスペックを更に強化された男達の動きを捉える事は、最早誰にも出来ない。 追い縋るリベリスタよりも速く速く、戦場から逃げ出す男達は、最後に一つ。 「道具はやるよ。それなりに喰らい付いてきた褒美だ。 精々ソイツで荒稼ぎしてくれ。あのガキも、もうそれくらいしか使い道が無ぇしな」 「……!!」 リベリスタの心に爪痕を残し、去る。 戦いは勝利に終わりながらも、リベリスタ達には何の言葉も浮かばない。 ……ただ一度、英美が近くの壁を思い切り叩く。 怒りか悲しみか、その瞳にはうっすらと、涙が滲んでいた。 ● あたたかい。 わたしの手が、あたたかい。 まっくらなせかいでかんじられる、ただそれだけが、なぜか、うれしい。 ――君を助けに来た。 そんな声が、聞こえた気が、した。 最初、わたしはなにを言われたのか、わからなかった。 うそだよ、そうわたしは思った。 あの日から、わたしに幸せはなかったから。 あの日から、わたしはただ、痛くて苦しくて、辛いだけだったから。 ――問おう、君はどうしたい? 私は魔王。願いを叶えてやろう。 それも、うそだよ。そう思った。 もうわたしに、幸せはないんだから。 これからもずっと、痛くて苦しくて辛いだけのせかいしか、きっと、ないんだから。 そう思って、けれど、わたしは一つだけ、 いまのわたしには、大それたねがいかもしれないけれど。 ……しれない、けれど。 もし、もしも、かなうのなら。 このあたたかさを、もう少しだけ、かんじさせて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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