● 「戦いたいっ!」 ――平穏なる朝の食卓にて、娘が発した第一声がそれであった。 妻と共に手塩に掛けて十余年。積み重なる年と共に心労は増えるものと解ってはいるものの、それがこうしたカタチで私を襲うとは思ってもみなかった。 世間が言う女らしさなど持たなくて良い。ただ健やかに育って欲しいと祈り続けた末、少々元気が過ぎるように成ってしまった娘に対し、私は気づかれぬように嘆息を漏らすことで精一杯である。 何故唐突にこんな事を言い出したか……と言えば、原因は既に解っている。のだが。 「……それは、やはりアレが原因かい。この前見たとか言う不良映画が」 「不良じゃないもん! オトコとオトコの意地の張り合いだもん!」 ……対処法が掴めない以上、それもどうしようもない。 発端は、この子の友人宅に娘が遊びに行ったことであった。 ゲームや宿題の教え合いをして友達と会話をしていた娘は、その時偶然テレビで流れていた懐かしの映画特番に映った不良映画のダイジェストに目を奪われたとのことだ。 そこから現在まで、およそ一週間。 古本屋でそう言う漫画を読んだり、お使いと言って個人経営の小さなビデオ屋でそう言った映画を沢山借りたりと、娘の『不良モノ』好きは更なる拍車を掛けていった。 そうして現在。今では「私も拳で通じ合う友情が見たい!」とか言って『親友候補』を探すほどにのめり込んでいるくらいである。 (……) 助けを求めて、朝食を作っている最中の妻に視線を向けるものの、彼女は苦笑混じりの笑顔で「頑張って」と私に手を振るのみである。 孤立無援か。そう言って再度、ため息を零しつつ、私は娘をなだめるようにゆっくりと話し始めた。 「ええ、と……良いかい。そう言う相手はね。探そうと思って探せば、余計に見つかりにくくなるモノなんだよ」 「そうなの?」 「うん。特に運命的な……それこそ一生付き合う相手との出会いって言うのは、大抵は向こうからやってくるモノだと、お父さんは思っているんだ。 だから、あんまり変なことを言って、お友達を怖がらせないように」 「んー……。うん、解った」 やや気落ちしつつ、それでも一応は納得したのか、こくりと頷いた娘が漸く出来た朝食の席に着くのを見て、私も当面は心配ないかと安堵する。 それがとてつもない勘違いだったと気づきもせずに。 ――気づくのは数日後。 『出会いがやってきた!』と言うメモを残して、娘が私たちの前から忽然と姿を消した、その時だった。 ● 「今回の依頼は、とあるアザーバイドを元世界へと送還することです」 何人かのリベリスタと一人のフォーチュナが並ぶ、何時も通りのブリーフィングルーム。 その日、『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)の表情は、気鬱というか苦笑というか、様々な感情が混ざった複雑なものとなっていた。 「対象は、一人の少女です。年の頃は恐らく十一か二で、容姿は私たちの世界のそれと酷似しています。 と言うか、彼女の居る世界は私たちの世界と文化などに大した差異がないらしく、こちらのやりようでは信頼を勝ち取ることはそう難しくはありません」 「……それ、俺たちが出る必要有るのか?」 「もちろんです」 リベリスタの一人が思わず零した愚痴に対して、フォーチュナの表情は先ほどとは違い、引き締まっていた。 「少女は私たちを『信頼しやすい』ですが、逆を言えばそれだけの話です。 彼女は今回、ある目的を以てこの世界へと訪れており、それが果たされるまでは私たちの要求を聞き遂げるつもりは全くありません」 「要求は?」 流石に剣呑な気配が漂ってきた事を理解した彼らも、静かに問いを発する。 が。 「お友達を作ることです」 「……」 冷えかけた空気が元の暖かさを取り戻した。 一部机に突っ伏したリベリスタはさておき、和泉は解説を再び開始する。 「この少女の目的は、『拳で語り合う親友が欲しい』と言うものです。 この年頃の女の子にしては、些か物騒だとは思いますが……当の本人は本気も本気らしいです。かといって、それが叶うまで私たちは待っているわけにもいけません。 と言うのも、この子が通ってきたディメンション・ホールは急速に閉じつつあるためです」 「……げ」 苦い結末を予感させる言葉を聞かされ、彼らの表情もこわばった。 「ゲートが閉じるまでの時間はおおよそ三分と少々。 それまでの間に、皆さんは彼女の『親友』になって、目的を果たさせると共に元の世界に帰って欲しいとお願いしてきていただきます」 「……力づくじゃダメなのか?」 「ダメというか、ムリです。この子は見た目に反して恐ろしいほど基礎能力が優れ、素手でもあなた達全員に勝つことが出来ますので」 それ、詰んでないか。 リベリスタらの無言の圧力を受け、苦笑混じりの和泉が「ですから」と言葉を発する。 「――ですから、ここからが皆さんに頑張って欲しいところです。 幸いにも、と言うべきか解りませんが……この少女が望む『拳の語り合い』は映画などの中で得た俄知識であるため、実際がどういったものかは全く知りません。 その為、皆さんが疑われない程度の適当なルール、『本当の拳の語り合いの方法』をでっち上げ、少女の動きに制限を掛けるようにすれば、あるいは……というわけですね」 ……言いはする和泉だが、彼女自身、それが比較的難題であることと、正々堂々の戦いにそうしたズルを仕込むことに抵抗を持つ者が居ることも理解していた。 が、それでも。 それでも、為さねばならない理由がある以上、彼女はなんとしても、此処で彼らに依頼を受けて貰わねばならない。 「下手を打てば、私たちは取り残された彼女に対し、いくらかの損害を覚悟で殺さなければならない必要が出てきます。 そうなることは、どうしても避けねば成りません。ですから――」 ――あの子の心を、命を救う『ヒーロー』に成ってきてください。 ぺこりと頭を下げる和泉に対して、リベリスタらは苦笑を浮かべつつも、少しむずかゆいその言葉に是と頷くのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月16日(水)23:22 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「3分で怪獣やっつけるヒーローも居るけど、お友達になってお引き取り願うのは結構な難題ね」 苦笑交じりにそう言って、かつんかつんと階段を上るのは『後衛支援型のお姉さん』天ヶ瀬 セリカ(BNE003108)。 成熟した女性ならではのプロポーションを誇りながらも、気さくに語りかける様子は、正しく『近所のお姉さん』のようなとっつきやすい印象を与えてくれる。 ……最も、此度彼女を始めとしたリベリスタ達が相対する相手は、彼女の言ほど気楽には立ち向かえない相手ではあるのだが。 突発的に開いたディメンション・ホール。其処から現れたアザーバイドの少女を元世界へ送還する事。それが今回彼らに与えられた依頼である。 それだけを聞けば簡単な内容にも思えるのだが―― 「……その力はこの世界では強大無比、事態は切迫しているのに当人の自覚が無い」 厄介な話です。そう零した『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は嘆息を漏らしはするも、少なくとも言葉ほど悪感情を抱いてはいないらしく、次いでふと笑顔を浮かべた。 「しかし、無垢な少女に悲劇も不幸も必要無い。例えごくごく僅かな邂逅とはいえ、友を得て、元の世界に無事送り届けたいと、思います」 「デスね。帰れなくなっちゃうのはお互いにとって不幸なのデス。せっかく良い子なので、しっかり満足して、ちゃんとお帰り頂くのデス」 その言葉にうんうんと頷くのは『超守る守護者』姫宮・心(BNE002595)。 件のアザーバイドが此方の世界に来た理由――『拳で繋がる友情』に対して「その心意気や良し! なのデス!!」と握り拳で応える彼女に至っては、今回の戦いを期待している節すらある。 「フォーチュナ様の話しを聞いてるだけで無敵な感じがしますよね。 いつか私達もこの子と殴り合いが出来るくらいは強くなりたいな。じゃないと、誰かを守る事なんて出来ないもんね?」 そんな心に共感するかのように言った『さくらのゆめ』桜田 京子(BNE003066)も、案外満更でもないと言った様子で階段の先を見上げている。 腕試し――と言っては失礼だが。他世界と今の自分の力量差を把握し、更に高みを目指すことも、今の彼女にとっては大切な一事である以上、こうした依頼は彼女にとって持って来いと言うところだったのだろう。 「しかし、くまさん柄のパジャマかぁ……。かわいいなぁ、真似しようかなぁ」 ……其処に些細な羨望も一緒に覗いているのは、年頃の女の子の愛嬌、と言ったところか。 「やれやれ、困った少女だ。拳で語り合う友情なんざ今時流行らない……こともないか?」 自らの言葉を、ふむ? と考え直す美青年――『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)は、対してこの依頼には若干の抵抗を抱いていた。 (同じ程度の力量でやらなきゃ一方的な展開になるからな。ある意味かわいそうではあるが……) 未来映像でも見た、幼く華奢な体躯に拳を打ち込む事は彼としてもそれなりの抵抗を伴う。それが必要であるとしても。 「……しっかしまあ、この筋書きはなんつーか……ま、いいか」 言いかけた言葉を飲み込んで、彼が視線を向けた先には―― 「彼女の世界……異世界に興味はありますが時間もないですし我慢我慢。 この世界に似た世界……研究したい……ぐむぅ……」 「こちらと殆ど変わらぬ世界、であるにも関わらずパワーバランスが狂っている、ですか…… いや、実に興味深いですね。そちらの世界も覗いてみたい物です」 片や考古学者の『虚弱体質』今尾 依季瑠(BNE002391)、片や神秘探求者の『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)の学者勢であった。 僅かな間と言えど異世界者の邂逅を喜ぶ面がありながら、しかしどちらかと言えば興味の側がそちらに移っているのはある種職業人の性とも言うべきなのであろうか。 「ともあれ、先ずは目の前の問題を片付けるのが先ですね。 何、詭弁を弄するは私の得意とする所です。精々演出させて頂くとしましょう――よろしいですか、館霧さん?」 そう言って、イスカリオテが問うた少女――『積木崩し』館霧 罪姫(BNE003007)は、「ええ」と小さく頷いて、くすくすと笑いを零す。 「罪姫さんは異世界の女の子と仲良しになりたいの。だから武器は持っていかないわ。拳と拳、ね? じゃあ全力で、誠心誠意、命賭けでお友達になりましょ?」 言うと同時に、彼らは目的地――屋上への扉へとたどり着く。 些か小さなそれを開いた先に在るのは、黒々とした境界穴と……その向こうに僅か覗く、パジャマを着た白い細腕。 一つの矮躯が、その穴から生み出だされた。 ● 見た目からすれば、この世界の少女と何ら変わらぬ外見である。 身長は120cm程度の小さな姿。眠る直前か直後か。呆けた表情を治そうと目をごしごし擦っている姿はあまり警戒心と言うものをリベリスタに抱かせない。 暫らくして――覚醒。 周囲をきょろきょろと見渡した後に少女が漸く見つけたのは、カソックを着た銀髪赤目の男性……イスカリオテである。 「……おじさん、だれ?」 その外見に対しては些か間違ったようにも思える代名詞を咎めることも無く、イスカリオテは身を屈めて少女に笑顔を見せた。 「こんばんは、お嬢さん。私貴女の願い事を叶えに参りました、魔法使い。イスカリオテと申します」 「……まほうつかい?」 呆然と、若干予想を超えた自己紹介に思わず言葉を鸚鵡返しにする少女。 その反応を当然と頷いたイスカリオテは、自身の片手を上げ、空に十字を切る。 瞬間――雲一つ無い空を、白光が埋め尽くした。 スキルを介して昼日中の空を更に明るく照らし出したそれをじっと見た後、遅れてはっと反応を返す少女。 「御覧の通り、私は魔法が使えます。 さて、しかし貴女の願いを叶えられるのは1度だけ。しかも時間は3分しか有りません。お答え頂けますか?」 「貴女は、何を求めて此処にいらっしゃったのか」 人知に在らざる力を容易に発露した神父に対し、両の拳を握り締め、目をきらきらと輝かせながら顔を付き合わせ、少女女は大声で言う。 「あのね、あのね、まほうつかいさん! 私、お友だちがほしいの! えっと、ただのお友だちじゃなくてね……コブシをかさねて生まれる親友が!」 恐らくは何処かの宣伝文句か何かをそのまま口にする彼女に対し、イスカリオテも僅かばかり、苦笑を堪えるのに苦労した。 「――宜しい、その願い叶えて差し上げましょう。ですが、運命には障害が付き物。違いますか?」 そう言うと同時。 再び屋上の扉が開き、数名の男女が其処からぞろぞろと姿を現した。 「貴女の運命的な出会いを阻む者が居ます。それを乗り越えて初めて絆は育まれる。 さあ、乗り越えてみせなさい。そうすれば貴女は真の友を得る事が出来る」 言って、すっと『邪魔者』達も向こうを示すイスカリオテ。 其処にいたのは――和風のゴシックドレスを纏う、彼女と同年代の女の子。 「こんにちは、私罪姫さん。館霧罪姫よ。魔法使いさんにお願いを叶えて貰ったの。……貴女が私の運命の御相手?」 言って、握り拳を突き出すドレスの少女――罪姫は、ああ、けれど、と言って、周囲のリベリスタらに視線を向ける。 「二人の友情は邪魔される運命、みたいね。 待っていて。罪姫さんは全力でもって、貴女に逢いに行くわ」 「……やだ」 それに対して、少女はふくれっ面で言葉を返した。 一部、その回答を予想していた者達が、若干口の端を歪めたことに、彼女は気がついただろうか。 「あなたが私の相手なら、勝負はたいとーじゃなきゃいけないんだもん! だから、あなた一人にこの人たちをたたかわせない。私もこの人たちをいっしょにたおすもん!」 彼女の前に立った三人――赤茶のおさげの少女と、紫髪の中性的な女性、そして金髪の青年。 何れもリベリスタとしては第一線で戦えるクラスの彼らを前にして、少女は堂々と、出来る限り重々しく言ったものである。 「ざこを一々相手にするのもめんどうだ。まとめてかかってきな!」 ……当然、この挑発が少女の予想していたほど効果を発揮しなかった事は言うまでもない。 ● 要するに、リベリスタの策はあくまで「アザーバイドの少女と、リベリスタの内『一人を』仲良くさせる」ことが目的であった。 彼らの中から少女の親友と言う立ち位置を得ることとなったのは罪姫。引き合わせた両者が拳を交えるよりも早く、現れた邪魔者たちを背中合わせで退治し続け、最終的に互いの戦いぶりを見て力量を認め合った二人が友人となって――あとはフォーチュナが指定したとおりのやり方で、アザーバイドの少女を元世界へと帰還させる、といったやり方だ。 問題は。 「それじゃあ……まずはいっ、ぱつ!」 ――ルールによる『リミッター』を掛けなかった少女に対して、対応する側に当たったアラストール、心、宗一が何処まで保つかである。 (い、一撃だけでも耐えて見せますのデスーー!!) 弾丸と言う呼び方すら温い速度で、瞬時に心の懐に潜り込んだ少女は、そのまま拳を振りかぶって心の腹部にストレートを叩き込んだ。 心の胸中の叫びが聞き入れられたためかは解らないが、防御に構えた両腕ごと纏めてボディに叩き込まれた少女は、口腔から並々ならぬ量の血を零しつつ、しかし膝を屈することだけはどうにか耐え切った。 本来ならば此処でやられておかないと確実に生命の危機に陥るのだが、一撃でやられるような脆い相手では乗り気の少女を落ち込ませる可能性がある。 精一杯の虚勢で効いていないとアピールする心に、少女は更に拳を引き絞った。 「次は俺だぜ。俺は黙ってやられはしないぞ?」 尋常ならざるダメージを受けた心が体勢を立て直すより早く、少女の前へ突出したのは宗一。 『敵』を前にして得物を持たぬ自分に襲い掛かる不安を振り払って、宗一は自身の腕を薙ぐ。 遠心力を利用した、更にエリューション属性が持つ人間離れした一撃を肩に喰らった少女は、一瞬悲鳴を上げそうになったのを堪え、滲んだ涙をごしごしと拭った。 それは卑怯だろうと宗一が苦笑を漏らしたが、当の本人が微細にすら戦気を失っていない以上、此方も手を緩めることは許されない。 「手を抜くのは性に合いませんが……必要は無さそうですね」 自己強化によって硬化した肉体ではあるも、少女にとってはそれすらも打ち砕くには難くない。 故に、全力を発揮させる事が出来る今こその全力全開。 意図して穿つアラストールの拳打が少女の身体を叩き、その矮躯をぐらりと歪ませる。 身体能力に秀で、最たる攻撃力が彼らの遙か上をいっても、それは決して倒せないという意味ではない。 彼方も此方も衝撃を堪え、ともすれば屈しそうになる膝を叱って立ち上がる。それは正しく、少女が夢見た『オトコの意地の張り合い』。 「罪姫さんの運命の出逢いは、誰にも邪魔させない……のよ?」 その近くで戦う罪姫も、動きは常人のそれではない。 彼女の相手となる依季瑠、京子、セリカの演技力もさることながら、スキルを介してまで打ち込む拳は少女も瞠目する重い一撃を見事に体現している。 「たった2人で何ができるんだ!」 そう言って端から相手を舐めてかかっていた(という演技の)セリカも、流石にこれには警戒を強める。 サポートに回るセリカ、フォローに回る京子。少女と相対する三人が単純なぶつかり合いというなら、罪姫と戦う彼らは連携を主とした戦闘を行う。 地力でその身体を倒そうとする者達、巧みなチームプレイで翻弄する者達。それぞれ違った色を見せる戦いは、それ故に拳同士という単調さを忘れさせるほどに鮮やかな展開を見せつける。 が、それでも――予定調和とされた戦いの結果は、誰が問うまでもない。 罪姫と戦った側は半ば演技で。アザーバイドの少女に相手した側はほぼ本当に。徐々に徐々に力を失い、倒れていく。 「あんた強かったぜ……」と、半ば演技に見られない憔悴度合いを見せて力尽きる虚弱体質な依季瑠然り、適度に傷ついたタイミングで、「お、おぼえてろ~」と叫び、逃げ出す京子然り。 最初の一撃でほぼ致命打に至っていた心は言うまでもなく。フェイトを使用してまで立ちはだかり、強大な壁を演出したアラストールも、そろそろ限界である。 (悪役ろーると言うものはどんなものか、いまひとつ判らなかったりしますが……) 元々騎士の如き戦いに対する誠実さを滲み出す彼女としては、少女が抱いたイメージは『悪役』と言うよりも『強敵(とも)』と言う印象が強かったのかも知れない、というのは兎も角として。 引き延ばしに引き延ばした以上、致命傷を負う前に、適度なタイミングで倒れた彼女と違い、あくまでも少女に立ちはだかる男が其処にいた。 全身は打撲と擦過傷で傷だらけ、服もぼろぼろになりながら、しかし倒れぬ宗一には、どうしても伝えたい一言があった。 「……いいか、殴り殴られりゃ痛いんだ。それでも言葉じゃ伝わんねぇから殴り合って理解する。それが拳の友情だ……半端な気持ちでやってんじゃねぇぞ!」 生半可な知識で憧ればかりを抱いた少女。 その甘さを、その身勝手な想いを押しつけられるものの痛みを思い知れと、宗一は大人の意見を叩きつける。 数瞬の静寂。彼の言葉に目を見開いた少女がそうして、漸く起こした行動は―― 「うん」と唱えた小さなうなずき。 そして、固めた拳。 「……それでも、今の私は、コブシを使ってるから、これで語る」 「その言葉……忘れないよ!」 そう言って、少女は極めつけの一撃を宗一に送る。 鳩尾を正確に穿った衝撃に対して、さしもの彼も耐えうる術を持っては居なかった。 「ぐっ…見事だぜ…」 そう言って、最後まで立っていた宗一も、遂に倒れ伏すこととなったのである。 ● アザーバイドの少女が声を掛けるよりも早く、行動を起こしたのは罪姫の側だった。 「貴女、とっても強いのね。素敵。ね、罪姫さんは貴女と良いお友達になれると思うの」 ぎゅ、と優しく抱きついた罪姫に少女はびっくりしつつも、直ぐに笑顔になって彼女の身体を抱きしめ返した。 「つみきちゃん、ね。さっきの、とっても強かったよ。いつか、今度は私とたたかってほしいな」 羨望と期待の眼差しを受ける罪姫は、流石に困った表情を浮かべるしかない。 けれど、その前に、ひとまずは。そう思って、罪姫は最後の確認をそっと少女に問う。 「じゃあ、これから2人はお友達、ね?」 「うん、もちろん!」 ――こうして、リベリスタの任務は終了の兆しを開くこととなった。 「さて、そろそろ3分です。先に約束しましたね、今日はこの辺でお帰りを」 「えー……?」 暴風の渦中から抜け出した少し後のこと。 それまで成り行きを静観していたイスカリオテが、頃合いと判じてかけた声に、少女は不満そうな声を漏らす。 戦闘は、彼と罪姫を除いて、惨憺たる有様となっていた。 重傷とまで至った者が居ないのがせめてもの幸いだが、邪魔者役を務めた大半がフェイトを使用する羽目と成っている以上、被害はお世辞にも軽いとは言えない。 にも関わらず、敗北し、倒れた者は未だ笑顔であった。 暴力の極致を受け、幾多の戦いを越えながらも耐えきれぬ痛みを叩きつけられながら、しかし、彼らは『ただの女の子』に対して、どうしても怒る気にはなれなかったのだ。 未だ別れを渋る少女に対して、罪姫は大人びた苦笑いを浮かべつつ、自分と大差ない身体をぎゅっと抱きしめた。 「罪姫さんは此処に居るわ。会いたくなったら、何時でもいらっしゃい。 けれど、今日はここまで。今度来るときはちゃんと、お父さんやお母さんにお話ししてから、ね?」 「……うん」 そう言って、そっとそっと、少女も罪姫の身体を抱きしめ返す。 「まほうつかいさん。またつみきちゃんに、会わせてくれる?」 「ええ、勿論。――それでは、夢の続きで、また」 つい、とイスカリオテが指さしたゲート。 それを潜り――少女は、最後に快活な声で言う。 「たのしかったよ、また、あそぼう。 つみきちゃんも、まほうつかいさんも、いっしょにたたかった、お兄さんやお姉さんも!」 言葉が終わると共に、誰かが手を出す必要もなく、ゲートは自らその存在を消失させた。 「……勘弁して欲しいな」 苦笑混じりに、そう言って起きあがったのは宗一。 命をかけた『お遊び』は、そうそう有って欲しくないと呟く彼の言葉には、正しくたった今経験した者ならではの重みが残っている。 「……行っちゃった? なら良かったけど。……うー、汚れちゃったわね」 「ちょっと残念ですね、もっと時間があったら私もお友達になる自信あったんですけどね!」 呆れた風体で、周囲にばらまいた血糊を見やるセリカと、残念そうで居ながら、何時かまた会う時を想像してより一層強くなろうと決意する京子。 次いで立ち上がる者達も皆同じ。或いは愚痴を、或いはしかめ面を浮かべながらも、瞼の裏に焼き付いた少女の屈託無い笑顔はしばらく簡単に消えてはくれない。 一陣の暴風が過ぎ去った、その日。 空はイヤミなほど綺麗な青空を、ぼろぼろのリベリスタに見せつけていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|