【はじおつ】エフィカさんとはじめての来訪者 ●異世界からの来訪者 新月前夜。その丁度正午頃。 「駄目だ。以前にも言った筈だ。許可出来ない」 『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)が頭を振る。 「……でも、放っておけないのは、事実」 『リンクカレイド』真白 イヴ(nBNE000001)が小さく呟く。 「いつか起こるかもしれない危機を回避する為に、リベリスタ8人の命と 世界レベルのトラブルを天秤に載せる。そんな博打は認められない。リスキー過ぎる」 応じて頭を振る沙織。さて、しかしその隣室。この騒動はそこから幕を開けた。 「あ、あの……お茶でも、如何でしょうか……」 おずおず、と『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)が コーヒーカップを差し出すと、本件の原因でもあるその来訪者は淡く笑ってこう告げた。 「ありがとう、頂きます」 身を動かす度に背の黒い翼が揺れる。誰ならん、三高平市内で保護されたその人物。 ルシエル・ヴァン・ゼノフェイムなる少年は、アザーバイド。つまり異世界人なのである。 「あの」 出勤途中の路上でエフィカに対し、酷く緊張した面持ちで話し掛けて来たその少年に、 彼女は先ず軽く驚き、けれどすぐ様警戒を強めた。それもその筈“彼”は、 一見フライエンジェにしか見えない姿をしていたのだ。 であるにも関わらず、彼には能力者の気配が見られなかった。フェイトが無いならいざ知らず、 エリューション能力の無いフライエンジェ等、存在しない筈だと言うのに。 であれば当然、次はステルスを疑う。超幻視が無いのにステルスだけを用いている。 と言うのも滑稽な話ではあるが、無いではない。では何故隠す必要があるのか。 同業者、別組織のリベリスタであればまだ良い。万が一フィクサードであったら事である。 エフィカはスターサジタリー。そして彼我の距離は既に10mを軽く割っていた。 「な、なんですかっ、私に何か御用でも?」 愛用の弓を何時でも顕現出来る様にしながら身構えるエフィカに、けれど少年はこう続ける。 彼女の予測を大きく裏切って、同時に――彼女の目算も、大きく裏切って。 「この辺で、黒い翼を持ってる人が出来るだけ多く集まる場所を知りませんか?」 一体何人にこの問いを投げ掛けたのだろう。軽く混乱を来たしたエフィカが、 彼がリベリスタでも無ければフィクサードでも無い。 アザーバイド、識別名『バードマン』であった事を知るのは、大凡1時間後の話である。 ●来訪者さんとのおつかい 「僕達に力を貸して頂きたいんです」 ルシエルの申し出に、アーク中枢が出した結論は“情報不足”この一言に尽きる。 例え意思疎通が出来るアザーバイドであっても、相手は異世界の住人である。 力を貸してくれ、と言われてはいそうですかと行く訳も無い。 対処を間違えれば世界間戦争に発展する可能性すらなくは無い。 過去、彼から伝え聞いた言を全面的に信じるのであれば、アザーバイド『バードマン』は、 単独でリンクチャンネルを開く事が出来る。と言う尋常の外の生き物である。 対処には細心の注意を要する。実に面倒くさいお客様だと言う事が出来るだろう。 「……私達はまだ、お互いの事を知らな過ぎる」 しかして、その細心の注意を求められたイヴは、けれど躊躇無く頭を振る。 見ているエフィカさんの方がはらはらである。が、対するルシエルは涼しい顔で大きく頷く。 「そうですね、僕も出来ればもう少し、この底界の事を教えて欲しいです。 特に、貴方達。この世界の普通の人達とは明らかに種の異なる、貴方達が何者なのかを」 その視線はエフィカの翼を捉えている。エリューション能力の無い彼は、 幻視を解かない事にはその異常を捉える事が出来なかった。 ルシエルからすれば、目の前の少女に突然翼が生えたのだ。それは流石に興味を惹く。 「だから、皆にはこのルシエルさんを連れておつかいに行って来て貰いたい」 ……エフィカさんも一緒にお願い」 向けられた視線に困った様に身を隠す、エフィカさんが戸惑いながら頷く。 ――ここまでが、表向きの話である。時間は30分程巻き戻る。 アーク本部、ブリーフィングルーム。 「……困った事態が発生してる」 大凡30日。新月毎に現れるアザーバイド。その滞在期間は常に大凡1日。 確かに、それはそれ程大きな影響ではない。万一崩界を促進するとしても微々たる物である。 だが、それは現状が永遠に続くと仮定した場合である。 塵も積もれば山となる。と言う以前に、 状況がいつ悪化するとも知れないと言う危機感の方が勝る。 今は1日である。しかし、これが伸びないと言う何の保証があるのか。 今は1人である。しかし、これが増えないと言うどんな確証があると言うのか。 何とか此方の世界に渡って来ない様にしたい。 だが、相手には此方へ渡って来るだけの確たる理由があるらしい。 であるなら、その理由を解消しない事には、この事態はまず収束しないだろう。 「だから、その問題解決の為に皆には情報収集をして欲しい」 親睦を深める為のおつかい、と言うのはあくまで名目である。 「但し、こちらの情報は出来るだけ秘匿したい」 後々何が交渉材料になるとも知れない。 相手の事は知りたい、けれどこちらの事は隠しておきたい。 とは言え、こちらが何も話さず相手を質問責めにしたとしたなら、 果たして何所まで答えて貰える事か。最低でも悪印象は免れまい。 「カレイドシステムによると、ルシエルさんは夕暮れ頃には帰る。 それまでに上手く宥めて透かして、出来るだけ多くの情報を引っ張り出して」 とは言え、あくまで現状互いの関係はギブ&テイクの範囲内。 渡す情報と得たい情報が釣り合わなければ無駄になる公算は高い。 となればさて、リベリスタ達の出番である。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月10日(木)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●三高平飛行場にて 「次はー、三高平飛行場前ー、三高平飛行場前ー」 三高平駅から一区画。改札口を出ると其処は三高平の空の玄関。三高平飛行場。 轟と音を立てて空へと飛翔する旅客機に、ルシエルの瞳が大きく見開かれ、 そして驚きは程なく歓喜の色へと移り変わる。空へ羽ばたく、それは人の生み出した鉄の鳥。 「やはり、君の様な翼をもつ種族の世界にはこういった機械の翼は存在しないのだろうか」 「キカイノツバサ?」 何気なく問いかけたトリストラム・D・ライリー(BNE003053)へ、ルシエルは鸚鵡返しで問い返す。 然るに、彼らの世界には機械と呼べるほど複雑な構造物は無いとのこと。 「元々、人間という種族には翼はなかった。 空を飛ぶ──かつてはただの夢想に過ぎなかった物が形となった結果だな。 最も、空想の生き物とされていた天使、悪魔といった存在は君達の様な翼を持っているのだが……」 「テンシ、アクマ……では、あれはテンシ? それともアクマ?」 指差した先に居るのは『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)を皮切りに、 エリス・トワイニング(BNE002382)『ヴァルプルギスの魔女』桐生 千歳(BNE000090)の3人。 それぞれの背には確かに白と黒の翼がはためいており。 「もう、あれとか言わないで下さい。千歳ですっ、黒羽、お揃いだね」 奇妙に近くで黒翼を羽ばたかせる千歳にルシエルの眼差しが若干和らいだか、 けれどどこか視線の置き場を迷う様に、その目は隣を歩く少年へ向く。 その隙にひっそり千歳が幻想殺しを試みるも、変化無し。 「羽の子はフライエンジェっていうんだ。羽の色は白黒以外もいるよ。 ちなみに僕はヴァンパイア。牙が特徴」 友好的な笑顔と共に後を継いだのは『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004) あんぐりと開いた口には確かに人とは異なる牙が生えている。 それを見つめたルシエルがやはり驚いた様に瞬くも、夏栖斗もまた続けて問う。 「そっちには羽根の生えた種族だけなの?」 「ええ、罪を犯して断翼刑に処される様な人意外は皆何かしらの翼が生えてます。 黒貴、赤麗、蒼慧、白飛。大四族に含まれない彩翼の民なんかも居ますけど、 外見はあんまり変わりませんね。そっか、底界の人はそんなに色々変わるんですね……」 何かを考え込む様に黙り込んだルシエルの傍ら、 『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)もまた俯き何かを考え込む。 (白と黒だけじゃないのか……面倒な事になって来たなあ) と言うのも、上位世界に強い興味を示す彼の目的は他の誰とも異なっていたからである。 彼の狙いは端的に言えば二族間対立の仲裁と言う名目で上位世界に介入する事である。 が、此処に来て新たな情報が入る。どうも天珠と呼ばれるらしいその世界では、 翼の色で以って民族を分類しているらしい。他民族混合世界、古代中国みたいな物だろうか。 となると、仲介と言う目的が途端に遠ざかる。 他民族混合となると、状況が二極対立に比べより混迷化するのはまず間違い無いからである。 「……緊張しないっていったら、嘘になりそうだな」 「……みたい、ですね」 視線が外れた瞬間にぽつりと呟いた夏栖斗に、頬を硬くしたエフィカが頷く。 話を聞けば聞くほどに、どうも危うい気配がひしひしとする。 スケールが大きいと言うより、巻き込まれれば泥沼、と言う類の危機感。 「……オクタヴェイン」 ぽつっと呟いた『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)へ視線を向けたルシエルが、 けれどゆっくりと視線を微妙に外す。別段何か後ろ暗い所がある訳でも無いだろうが、 幸か不幸か、彼は度々こう言う仕草を余儀無くされていた。 ミニのワンピースに身を包んだ天乃は傍目にもはっと目を引く様な可憐さがある。 それ事態は別に可笑しな事ではないが、其処に大きな問題が潜んでいる。 千歳もまたそうであるが、この場にはテンプテーションが蔓延していた。 どうもルシエル少年それほど異性慣れしていないらしく、その効力は必要十分。 更には好感云々を通り越して年下の少年にその露出度は目に毒である。 「……白き翼の種族にも、アレと同じようなモノ、はいるの?」 とは言え。その問いがある種のキーワードであった為か。 問われ、視線を上げたルシエルの瞳は何処か苦い色を滲ませ、外した目が鉄の鳥へと向かう。 「ええ、居ますよ……」 軽妙な口調は成りを顰め、静かに噛み締める様な声音は痛みの残滓を滲ませて。 「……居るから、困ってるんです」 それはその強さを問おうとした天乃が問いを躊躇う程に。 居るのだ、少なくとも――夜の王。彼の八翼に匹敵し、或いは凌駕し得る何物かが。 ●三高平学院にて 「お前さんが倒したい敵は本当に白い隣人なのか?」 『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が声を発したのは、学院の校門を潜った頃だった。 それは濁された先の問いの続きである。彼の感覚では戦時中の人間が異世界だからと、 観光の真似事をしている等と言うのは考えられない。 「そうですね、今の所はそれしか言えません。僕らの敵は、白飛の民です。 ……ごめんなさい。本当に、迷惑なのは分かっている心算なんですが」 それでも、力を借りると言う行動を取らなければいけない理由がある。と言う事か。 項垂れる仕草をトリストラムと天乃がそれぞれ観察するも、嘘や偽りの気配は感じられない。 しかし誤魔化し、となると微妙である。一方でこれ以上踏み込めば過ぎる気配もまた―― 「ルシエルの……住む世界って……どんな世界?」 話を切る様に問いかけたのはエリス。その白い翼に一瞬眼が向いたのに気付き、 隣を歩いていた千歳がルシエルの額をぴんと弾く。 「こらっ、白羽でもこっちの世界は仲良く、ね?」 「あ……いえ、そうですね。頑張ります」 こく、と頷く仕草に満足気に笑む千歳。 和やかな雰囲気にエリスの視線がざっくり突き刺さり、慌てた様にルシエルが説明を始める。 「僕らの世界。天珠は、白い世界です。白い森、白い山、白い草原。 地面も多分こちら程多くないですね。全てが浮き島なので、飛ぶ手段は必要不可欠です」 浮き島、突然飛び出した聞きなれない単語にエリスが瞬くも、彼女の内に渦巻く疑問は多種多様。 ルシエルも既に顔馴染みと有ってか何とは無しに対応が気安く。 「前回……来た時に何か……急いで帰ったけれど…… “詠唱”で……天珠から地球に渡ってくるのに……時間制限が……有るの?」 「ええ、月齢が……あっ」 そこにどんな油断がったのか。ぽろりと自分が溢した言葉を取り消す様に、 慌てて口を紡ぐ。続きを聞きたいエリスがじっと見つめるも、ふるふると小さく首を振り。 その横を、何をやっているのかと訝しげな学生達が遠回しに通り過ぎる。 ふとそちらに気を取られるエリスとルシエル。 「ところで、あの人達は何をしているんですか?」 その隙を縫う様に今度はルシエルが問う。話を逸らされたエリスがしまった、と目線を戻すも、 彼の視線は学生達へ向いたまま動かない。つまりこれ以上は話せないと言う事か。 「ああ。こっちではこんな感じに年齢にあわせて色々学んでいく感じ。そっちは学校とかないの?」 「学校?……ん……寺院みたいな物でしょうか」 応じた夏栖斗の答えとも微妙に噛み合わない会話から、恐らく集団教育的な物は無い模様。 続けて周囲を見回せば、其処に時折混ざる革醒者に目を留める。 「違うのかな……訓練施設? ここの人達は皆貴方達の様に戦えるんですか?」 「いや、俺達は革醒者と呼ばれる存在で、総数はそれほど多くない。 手に入れた力を世界を守る為に使う者がリベリスタ。私欲の為に使う者がフィクサード。 ……以前襲われただろう?」 美散の言葉にルシエルが頷く。以前の戦いには彼もまた参戦していた。 経験と語句が結び付き、同時に何か納得した様な仕草を残す。 「世界を護る為にただ力を振るう。それが出来たら……素敵なんですけど」 それが一体何なのかまでは分からない物の、過ぎるのは眩しい物を見る様な、憧憬の色。 「力借りたいってことだけど、なんで戦ってるの?」 その言葉を聞いて夏栖斗が問うも、しかしこれには答はなく。 けれど悲しげに微笑んだか。黒翼の少年はただ無言で頭を振る。 「もし、」 しかし其処に爆弾を放り込む少年が居た。ここまで黙っていたウルザである。 一行の内で唯一人、真剣に世界を渡る事を考える彼は仮定の上で更に言葉を紡ぐ。 「僕らが其方に行った場合、僕らの身の安全は保証出来るの?」 「力を必要としている以上、保証は出来ません。けれど、僕が此方で無事な様に、 ていか……この“地球”と“天珠”は構造的にはとても良く似ています。 世界を渡って直ぐにどうこうなる、と言う事は無いと思います」 その言葉に一つ指を折り、ウルザが更に畳み掛ける。 「僕らは白い翼の人達にも恨まれたくない。 例えば戦いの種を取り除く、と言う主旨で其方に向かう。と言うのは?」 けれどこれには逆にルシエルが黙る、暫し瞳を閉じると小さく頷き続けたか。 「最悪、それでも構いません」 意図こそ読めない物の、その答えにウルザが二つ目の指を折る。 これ以上の交渉は、それこそ一介のリベリスタの手に余る。 保証出来無い約定を結んで後で困るのは彼のみではないのだ。 そうして双方口を噤むんだタイミングを見計らい、此処からは自分の出番と進み出たのは 『13000GPの男(借金)』女木島 アキツヅ(BNE003054)。 「よし。それじゃそろそろ商業地区へ向かうか。おっと、先ずは名乗らせてくれ。 初めまして。俺は女木島アキツヅ。商業地区ん時のガイドって所だ。 お前さんの好奇心に応えられる様に善処するぜ。宜しくな」 他方、その言葉にすっかり観光に興じていたエフィカもまたはっと時間を確認する。 「そうでしたっ、おつかいっ!」 慌てるエフィカをどうどう、と宥める天乃を余所に、かくして一同は一路商業地区へ ●三高平商店街にて 「良かったです、間に合いましたっ!」 アークシリーズのデータが詰まったDVDを研究所に届けたエフィカが合流すると、 さて、其処に展開されていたのは 「何か随分ふにゃふにゃした食べ物ですね……」 「わっ、ルシエルさま。それだとクリーム付いちゃいますよ?」 「……甘くて、美味しい」 天乃と千歳に挟まれクレープを齧るルシエルと言う表現するだに割とアレな光景であった。 「くっ……金もなければ彼女も居ない俺にこの光景は眩し過ぎる……! 待て、落ち着け女木島アキツヅ。これも金の為、脱・砂糖水生活の為」 隣でぶつぶつと何かを呟く女木島アキツヅ(78)も気を取り直して質問を繰り出す。 「さて、てことでここが商業地区だ。経済、お金。お前さんトコにある?」 「白貨、蒼貨、赤貨、黒貨。此方でも金属の産出量に合わせて価値が決まるんですか?」 「いや、そりゃお金ってか……金だな」 紙幣が出現する以前の日本の貨幣経済は、小判の様に貨幣その物に価値があるからこそ成立していた。 それは金属価に依存する未発達の貨幣経済である。当然国が一元管理するには余りにも向かない。 どうも向こうの経済水準と言うのはその程度だと知れるだろうか。 アキツヅ程度に経済学に精通していれば恐らく物々交換と平行して貨幣経済が成立していた 日本で言う所の江戸時代初頭辺り、と言う目測を立てる事が叶うだろう。 だが、未発達であっても経済が成立していれば貧富の差が発生する。 貨幣経済と物々交換の並立と言うのは文化的格差も生み出し易い。 それは時に、容易に差別や蔑視を生み出し得る。其処に民族差等と言う物が有れば尚更。 「……ん?」 けれど和やかに話をしていられたのは、此処までである。 先ずトリストラムが気付き、次にエリスがそれを視界に納める。 路上に高校生3人が屯っている。それは紛れも無く予知通りの人数。。 手には遠目に余り目立たない物の確かに黒い何かを握っており、その3人が揃ってゆらりと立つ。 その仕草はあたかも幽鬼の様に。周囲に人目を探るも、エリスの強結界がこれを阻む。 「やれやれ、観光時くらいは…戦いなどさせないで欲しいのだがね……っ!」 先手を取ったトリストラムがヘビーボウを顕現させると、 流石にそれは見逃せなかったか慌ててルシエルが剣の柄に手を掛ける。 しかし、その前に千歳が立ち塞がり、アキツヅが押し止める。 「戦わないで! こっちの世界の問題はこっちで片付けるから!」 「俺達の所の揉め事だからな。ショーだと思って見物しててくれよ」 「で、でもっ」 その間にも彼らはそれぞれの役割を果たしている。 駆け抜けた夏栖斗と天乃が学生達の動きを抑え、美散が拳を叩き込む。 「自分達の世界は自分達の力で守るものだ。違うか?」 その問い掛けに、ルシエルは答えられない。唇を噛み、剣の柄から手を放す。 「誰が狙いとか聞いてもいい? お兄さん」 男達に応えは無い。その間にも蜂の巣を付いた様な轟音と共にばら撒かれた散弾が、 その声も意志も飲み込んで行く。ウルザの放った神威の光が数度瞬き、 アキツヅの十字の光印とエリスの光の矢が交差する。更には業炎と気糸の網が幾度か瞬くと、 呆気無い程にあっさりと、暴漢達は倒れ伏す。 それはあたかも――此処で襲わせる事その物が目的ででも有ったかの様に。 千歳とエリスが黒い欠片を拾い上げ掲げると、その眼差しは自然とルシエルへと向けられる。 「……ねえ、これ……見覚え無い?」 僅かに堅さの混じった声音。エリスの問いにそれを見つめていたルシエルが奥歯を噛む。 そう、彼女だけでは無い。この場の過半数がその欠片と彼を結び付けて考えていた。 黒翼の少年と黒い破片。良く見ればその破片はナイフと言うより硬質化した羽にも見える。 だが大き過ぎる。ルシエルの羽の数倍サイズのその一羽。 それを身に受けた人間がこの場に複数居た事は、果たして幸か、不幸か。 「ナイトフェザーのそれに、似てるね」 続けたウルザもまた知っている。ナイトフェザーと称されたアザーバイドの羽の幾つかには、 明滅する事で突き刺さった相手の精神を混乱させる効果を持つ物が存在した。 では、その効果を固定する事が出来たなら或いは。 しかし、そんな事が出来る者が目の前の彼を除いて何所に居るのか。 疑心が淀む。答えに窮するルシエルに、自然と視線は厳しさを増す。 「それは……恐らく、オクタヴェインの、羽です」 何とか搾り出した言葉は、彼らの推測を肯定する物。そうして迷う様に逡巡し、 けれどそれでも尚声を上げようとした――上げようとしたのだ。けれどその瞬間だった。 声が、聞こえる。詠う様に、奏でる様に、何処か遠くから、歌声が。 そしてリベリスタの誰の眼にも見えた。世界に亀裂が入るのが。世界と世界が結ばれるのが。 「――そんな、まだ早過ぎ……っ」 その呟きは、間近に居た千歳にだけ聞こえたか。悔しげに表情を歪めたルシエルが、 静かに、滔々と、声を上げる。澄んだ、澄んだ、澄み切った“詠唱” 「その詠唱って使用条件とかあるの? こっちと向こう同時に詠唱するとか」 慌てた様に問い掛けた夏栖斗に、詠う少年が首肯する。それは、正しい。正しいから―― 「ルシエルは“黒貴の民”の……代表として来ているの? それとも……」 すぅっと。その姿が大気へ溶ける寸前、エリスとルシエルの視線が交差する。 答えは無い。けれどそれは、まるで何かを訴える様に。 ●第二次接近遭遇 “やあ、” そうして――声が、聞こえた。 ルシエルが消えたリンクチャンネル。その向こう。以前は瞬く間に消えたその亀裂が、 消えない事に焦れた彼らに声が、聞こえた。響く歌声。“詠唱”の音色。 “弟が世話を掛けて済まないね、底界の諸君。随分と心配を掛けた事だろう。 ルシエルが何を言ったかは知らないが、けれどその不安は杞憂であり荒唐無稽な夢物語に過ぎない。 我々には我々の世界を護る義務があり、諸君には諸君の世界を護る義務がある。 この2つは決して混ざり合う事は無い。安心したまえ、君達は何も怯える事は無い” ルシエルに良く似た声、けれど一回りも歳を重ねた様な声音は一方的にかく語る。 正に彼らが望んだとおりに、望んだことを知ってでもいるかの様に。 “故に、そう、故にだよ。もし今後、我々の誰かが其方へ向かう事があった場合 それは過たず君達を害する者だ。討伐し処分してくれ給え。許可は要らない。 我々は何時でも、何時まででも、善き隣人である事が出来る。そう信じているよ” 声が途切れる。歌声が途切れる。軋んで閉じる世界間のリンク。 突然割り込んだジャミングの様な誰かの声。それが何を示しているのか、今はまだ、分からない。 けれど、材料は揃った。バラバラのパズルの様なそれ。 2度の会合、2度の対話。それが齎すのは果たして理解か決別か。 ――誰一人、声の一つも上げない新月の夕べ。 終始和やかだった筈の異邦人との会合は、けれど不協和音と共に幕を閉じる。 何処か暗澹とした予感だけを、赤い赤い夕暮れの影へと溶かしながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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