●舞うは花弁 日本の鮮やかな季節の中で、春を彩るものといえばやはり桜であろう。 その春も半ば、桜の満開も過ぎ花見に訪れる人も少しずつ減りつつあるがその咲き具合はまだまだ見られるもの。 寧ろ今の時期ならば静かにゆっくりと桜の色を眺めることができて人によってはこちらのほうが好まれるのかもしれない。 その証拠か、今日も一つの公園の桜並木にも何人かの人影がちらほらと。 時に足を止めては桜の木を仰ぎその桃色と空の青さを瞳に収め、頬を緩めてまた歩き出す。 小さな子は地面に積もった桜の花弁を手に掬い、ぱっと上に散らせて頭に被ってはきゃっきゃと声を上げはしゃいでいる。 どこにでもある穏やかな風景であり、平穏という二文字を額に嵌めたような場所だった。 その時一つの風が桜の花弁を舞い上がらせる。 風に乗った花弁はひらりひらりと舞い踊り、小さな公園の中に桜吹雪を作り出す。 それはとても綺麗なものだった。小さな桃色が視界を埋めて、その中を進むのはまるで別世界を歩くよう。 しかし、それは少しおかしな光景だった。いつまでたっても、桜吹雪が終わらない。 おかしいと思った人々は困ったように、怯えたように歩みを進めて公園の外を目指す。 だがそれは叶わない。どれだけ歩いても目の前から桜が消えない。覚えている公園の広さ以上に進んだはずなのに。 途方に暮れたその時に、人々は僅かな安らぎを覚えだす。 何故? その問いを浮かべる間もなくそれはじんわりと心の中に染み込んで、ついにそれは心を満たす。 一人、また一人と桜の木によりかかり。人々は瞳を閉じた。誘われるは夢の中。 吹くは春風、舞うは桜――春眠暁を覚える限り、桜の季節は終わらない。 ●お花見気分? その事件が予知されたのは今から一時間前で、発生したのが三十分前。 早急に対応するべく召集されたリベリスタ達の前に『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)が現れてまず一言。 「お花見行きたい」 つい漏れたのかその本音にどう返したものかとリベリスタ達は反応に迷う。 イヴは腰の兎型ポシェットの耳をくいくい動かして可愛がったあと、改めてリベリスタ達に向きなおる。 「桜が暴走して大変。一般人の被害も出ている」 さっきの発言は無かったことにするらしい。 真面目な調子で状況を説明するイヴにリベリスタ達もまた姿勢を正す。 「でも被害と言っても寝ちゃってるだけ。桜の下でお昼寝なんて羨ましい」 上げて落とす。イヴの調子にリベリスタ達もがくりと肩を落とした。 かいつまんで説明すると、一つの公園で桜吹雪が収まらない怪異が発生しているらしい。 しかもその中に入ると外に出られなくなってしまう迷宮仕様になっており、おまけにずっと中に居ると段々と眠くなってきてしまう。 危険度を考えればそこまで高くはないようなので少し安心できそうだった。 「今回の原因はコレ」 浮かぶウィンドウに桜の木が映る。 別段普通の桜の木にしか見えないのだが、よく見ると風が強いわけでもなさそうなのに枝を盛んに動かして花弁を散らしている。 周りの桜と比較したら一目瞭然なので目に入ればすぐに気付けそうだ。 「公園の中にこのエリューションが……三本くらい?」 最後だけ曖昧に首を傾げるイヴ。正確には分からなかったのだろうが、その仕草の可愛らしさに思わず気が抜けてしまう。 ともかくこれで状況の確認は終わった。早速向かおうとリベリスタ達は席を立つ。 イヴもその姿を見送りつつ最後にぽつりと呟いた。 「終わったら遊んできてもいいから。お土産よろしくね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:たくと | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月30日(土)22:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●準備は万端 リベリスタ達は公園へと入る前に調査を開始した。 簡単そうな仕事に見えてもその下準備を怠らない姿勢は素晴らしく。そして当然の事とも言えた。 「これが公園の地図になる」 被る帽子の位置を直し『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(ID:BNE000680)は輸送車両の隣に簡易テーブルを置き地図を広げる。 最寄の施設で調べたところ、図書館にて地図を発見しそれのコピーを用意してきていた。 「となると、桜が植えてそうなのはこの辺か」 地図を覗きざっと目を通す『誰が為の力』新城・拓真(ID:BNE000644)は歩道となっており桜の木が植えていそうな地点に目星をつける。 その隣では黒髪を片手でかき上げ『星の銀輪』風宮 悠月(ID:BNE001450)が合流地点とする場所と二班に分かれた際の巡回ルートを定めて印をつけて行く。 「いやー、駄目だったわ」 と、そこに空から降り立つ一人の女性。青い翼を羽ばたかせた『重金属姫』雲野 杏(ID:BNE000582)は頭を掻きながら手にした携帯を横に振る。 上空から偵察を行ってみた彼女だったが、桜吹雪は思いのほか高い位置まで達しており公園内の状態はおろか桜の木さえ碌に見えない有様。特に結界のようになっている外側は桜吹雪が濃くなっている様子だった。 その公園の一歩手前にて『駆け出し冒険者』桜小路・静(ID:BNE000915)はうずうずと待ちきれない様子で桜吹雪を眺める。 「くぅー、楽しみだな。早くお花見したいっ!」 「うん、お弁当もバッチリだもんね」 一抱えはありそうな包みを抱える『天翔る幼き蒼狼』宮藤・玲(ID:BNE001008)はこくこくと頷く。 「よう、こっちも準備は万端だぜ」 公園の外周を回ってきたはずの『気焔万丈』ソウル・ゴッド・ローゼス(ID:BNE000220)の両手には和洋様々な酒とツマミ、あとジュースのボトルが顔を覗かせている袋が沢山。 その様子にそれぞれの笑みを浮かべるリベリスタ達。 「そんなら早く桜退治を終わらせんとやねェ。折角のお花見日和やもんなァ」 幻視を解いた『埋ル人』化野・風音(ID:BNE000387)は黒い狐尾を一つ揺らしてニコリと笑った。 ●桜吹雪に誘われて 二つの班に分かれたリベリスタ達はそれぞれ別の入り口から公園内へと足を踏み入れる。 ふわっと舞い踊る桜の花弁は八人のリベリスタ達を拒むことなくその内へと招き入れた。 「ふむ、閉じ込められたな」 桜吹雪に入ってからウラジミールは振り返ってみるとそこは桜吹雪が舞い、今しがたまで見えていた公園の外の風景は全く見えなくなっていた。 「どうだ。聞こえるか?」 『ああ、バッチリ感度良好だぜ』 結界内で連絡が取れるか確認する為に携帯を通話状態にしていた拓真は相手先に声をかける。 その相手であるソウルからはすぐさま返答があり連絡手段には問題はないと確認が出来た。 視線を公園内に戻すと。桜吹雪は密度が大分下がり外から見たときよりははっきりと公園の様子が見えて来る。 「あっ、桜の木見つけたよ」 玲が指す先には一本の桜の木。よく視界を広げてみるとその横にまた一本二本と並ぶ桜並木であることが分かった。 観察してみたところエリューションの特徴である枝を揺らしている様子はないので一同は近寄ってみる。 「こちらは普通の桜のようですね」 見上げる桜は満開時より花を落としているが、それでも綺麗に桃の色を携え甘い香りを僅かに風に運ばせる。 悠月は目印とする為のリボンを桜の枝に結いつける。 ただ、この桜並木にはエリューションは居ないのか暫くその作業が続いた。 「何か普通に散歩してる気分だな、風宮」 「もう、新城さんもしっかり探してください」 冗談交じりに零した拓真の言葉に悠月も諌めるような口調ながら小さく笑いそう応えた。 一方でもう一つの班では早速ながらエリューションらしき桜を発見していた。 「あれかな?」 「あれでしょう?」 「あれやねェ」 「あれだろうな」 公園に入って最初に見つかった桜がエリューションらしかったのでリベリスタの四人はそれぞれ口にして確認してみる。 彼らの目の先には一本の桜の木。見事なまでの満開で、風も殆ど無いのにその枝を大きく揺らしている。いや、もう振るっていると表現してもいいかもしれない。 エリューションらしき桜が枝を振る度に桜の花弁が舞い散りその桜の周辺だけは桜吹雪を超え、桜乱舞と言っていい荒れ模様だった。 「それじゃあ行きましょうか。こっちの準備は万端よ」 杏は自身の魔力の循環具合を確認してアコースティックギターを軽く弾いてみせる。 「よっし、それじゃあまずはオレからいくぜ!」 懐中時計型の幻想纏い(アクセス・ファンタズム)からハルバードを顕現させた静はそれを大きく振りかぶり、己の身に宿る力の一部をハルバードへと流してエリューションへ向けて力の限り振り下ろす。 刃より迸るエネルギーは風の刃へと変わり、周囲に舞う桜の花弁を巻き込んで一筋の道を作り桜エリューションの枝へと届く。その一撃で枝はいともあっさりと断たれ、おまけと言わんばかりにさらに数本の枝を刈り取り地面へと落とす。 その静の作った道を走るようにして次撃にソウルが接近戦を挑む。 「こんなひょろっちい木なんぞ俺のパイルバンカーで一撃粉砕だぜ」 超重量を持った杭打ち機。とても生身の人間が扱う武器には見えないそれをソウルは軽々と操り、木の幹に押し当て打ち放った。 機械音と共に伝わる衝撃。ミシミシと木々が砕ける音が辺りに響き桜エリューションの幹に大穴を穿つ。 ビクンと大きく枝を揺らした桜エリューションはその後に動きを一切止め、咲かせる桜の花をはらはらと全て散らせ始めた。 「あれ、おしまい?」 静がきょとんとした表情で呟く。その言葉通りこの桜のエリューションの退治は完了してしまったようだ。 「ちょっと、アタシまだ何もしてないわよ?」 高めていた魔力の使いどころを失った杏は納得行かないといった顔でギターを適当に掻き鳴らす。 もしものことを考えていた自分が間抜けに思えて大きく溜息を吐いた。 「まあまあ、楽が出来たんならそれでええやんなァ」 用意していた黒糸をさっさと幻想纏いで仕舞った風音は杏の肩を軽く叩いてコロコロと笑う。 丁度その時、ソウルの携帯に連絡が入ってあちらの班でも桜のエリューションを一本退治したとの報告があった。 リベリスタ達はそれぞれの班で公園を巡回し、無事な桜には目印を付けながら公園の中央へと目指していく。 幸いと言うべきか互いの班のエリューションとの接触は最初だけであとは桜吹雪の舞う公園を巡るのみであった。 そして合流地点である公園中央に入ったところで最後の桜エリューションは見つかった。 「立派だな」 一言だけ告げるウラジミール。その言葉通りその桜エリューションはこれまでのものより一回りも二回りも大きな桜の木だった。 揺らす枝も太くそして多く、舞い散る花弁で桜の木が時に隠れてしまうほどだった。 「うぅん……何か眠い」 「おい、玲。眠っちゃ駄目……ふあぁ」 眠気を誘う効果も強まるのか目を擦りだす玲。それを注意する静もまた口元を押さえて欠伸をしてしまう。 「おら、ガキども。シャキッとしろシャキッとなっ」 「「ひゃあっ!」」 ソウルは並んでいた二人の肩をその大きな手でバシッと叩く。 気の緩んだところへの不意打ちと肩への衝撃に二人は声をあげて飛び上がりそうになる。だが、そのおかげか二人の眠気は何処かへ飛んで行っていた。 「私達も眠気にやられる前に倒してしまいましょう」 声にならない言葉を口ずさむと悠月のかざす手の正面に星を象徴する魔方陣が浮かび、青い光の魔弾が放たれる。 その後を追うようにまた緑の魔弾が続き、揺れている枝を次々に打ち落としていく。 「アタシもちょっとくらい活躍しないとね」 緑の魔弾の主、杏は悠月に向けて軽くウィンクを送る。悠月はそれに微笑で返し、青と緑の弾幕が桜の木を制圧にかかる。 桜吹雪が弱まり、桜エリューションの姿がはっきり見えたところでその幹に無数の斬痕と銃痕が刻まれる。 「かんにんなァ。ちびっと大人しくしててなァ」 黒糸を操りながら呟いた風音と、無言で弾倉を交換するウラジミール。その間を黒衣の男が駆けた。 桜吹雪を抜け、落ちる枝をかいくぐり、そして振るう二本の剣。 「綺麗なだけに、やっぱり惜しいな」 埋もれそうなほどの降り注ぐ桜の花弁を浴びながら、幹の半分近くを抉られた桜の木に凭れかかって拓真そう呟いた。 ●散る桜、実る想い 無事に事件の後始末も終わりリベリスタ一同は桜の残る並木の一角にて花見を始めていた。 「まこにゃん、一緒に行こうねって言ったのにね……今日は飲むわよー!」 「おっ、美人さんいける口やね。さあさどんどん楽しもうやァ」 大切な友人の写真を眺めたと思ったら缶ビールを手に取り一気飲みを始める杏。その隣では風音がやんややんやと囃し立てる。 「ウォッカマティーニを。ステアせずにシェィクで……ってな」 祝杯にと作った薄白濁の液体をグラスで揺らし、乾杯の一声と共に一口呷る。喉を焼く感覚を楽しみながらソウルは桜の木を見上げた。 ひらりと舞い落ちる桜の花弁がひとひら、ソウルの手にするマティーニの水面に浮かぶ。 「散る桜 残る桜も 散る桜……だったかな。はかなさ故に惹かれるか」 ソウルの隣へと腰を下ろし、どこかで聞いた詩を詠いウラジミールもまたグラスを一つ手に取る。 降る桜を酒で受け、二人はグラスを一つ打ち鳴らすと桜の枝振りを見上げながら酒を喉へと流し込んだ。 それぞれに楽しみ始めたところでお弁当の方も広げ始める。 「オレと玲で作ってきたんだ」 「春野菜とかたくさん使ってみたんだよ」 和洋と色とりどりの料理がその姿を現す。どれもお弁当用に一口サイズで、所々に可愛らしいピックも刺さっていて見ていても楽しいお弁当だ。 「おっ、美味そうだな。一つ頂くぞ」 「お奨めはこの桜海老と青葱の卵焼きだぜ!」 拓真は笑みを浮かべながら差し出される三色に彩られた玉子焼きを摘まんで口の中へと放る。 口の中に広がる春らしい味わいに静と玲へグッとサムズアップを送った。それに「よしっ」とハイタッチをする二人。 その様子を悠月は微笑ましげに眺めながらそれぞれにお茶を淹れたコップを差し出す。 「これで悔いなく春の季節を終えられそうですね」 手を伸ばせば降る桜がそこへと降りてくる。二枚、三枚と集まる花弁に一つ息を吹きかければ風に巻かれて舞い上がる。 春の終わりを感じつつもそれをも楽しもうと皆は賑やかにその場を盛り上げた。 宴もたけなわ。それぞれに満たされる感覚を味わいながら花見はまだ続いている。 「玲、初めてのお花見。幸せだな!」 皆と雑談を交わしてきた静はすとんと玲の隣に腰を下ろす。玲はこくん、と頷いて返す。 静は残っているカスクートを両手で取り、その片方を玲へと差し出す。それから並んでもきゅもきゅと生ハムバターの味を堪能する二人。 「うん、幸せ」 玲はこくんと飲み込むと。頬をほころばせて上機嫌に微笑んだ。 二人から少し離れた桜の下では杏が即席の椅子に腰掛けギターを奏でていた。 「酒が飲める~、君の中に咲く~、桜の道を~」 顔を僅かに赤く染め即興で歌う杏。それでもバンドマンらしく綺麗な音を弾き、美声を桜並木に届ける。 ソウルとウラジミールは互いに酒を酌み交わし随分と出来上がっているが今はその歌声にちびりと杯を傾けていた。 「あっ、新城さん髪に桜が」 悠月が拓真の頭の辺りを指して言う。その指摘に拓真は適当に頭を払ってみるが、そこにまたひらりと桜が舞い降り黒髪に桜の飾りを作る。 その様子に悠月は口元を押さえてくすくすと笑い、対する拓真は困ったように頬を掻いて苦笑いを浮かべる。 と、拓真は何か思い出すように頷くと、悠月へと向き直る。 「良ければ俺のことは今後は名で呼んでくれないか? 了承してくれるならば、だがな」 先ほどとは違う理由で頬を掻きそうになるのを抑え、拓真は悠月の言葉を待つ。 悠月は突然とも言える要望に少し驚いた顔をして拓真の顔を見る。その言葉が冗談やからかいではないことは分かっていたが、その表情を見て意を得る。 「でしたら、私の事も名で呼んでいただいても良いですか? ――拓真さん」 柔らかい眼差しと綻ばせた頬。そして心に僅かなくすぐったさを覚えながら悠月はそう返した。 「ああ、それなら悠月……でいいのか?」 悠月はそれにはにかんで頷き。拓真は今度こそ耐え切れなく思わず頬を掻いた。 二人のそんなやり取りを少し遠くから眺めてくすくすと笑う風音は、煙管を取り出しそっと口にあてがう。 「こんだけ賑やかにはしゃいでもろて本望ちゃうのん?」 凭れる桜の木へ向けての一言。それに返る言葉はない。 その時一つの風が吹く。ざあっと舞い上がる桜の花弁。そして現れる桜吹雪がリベリスタ達を包み、そして去っていく。 吹くは春風、舞うは桜――目覚めの時は過ぎ去りて、桜の季節は次へと巡る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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