● リベリスタは、世界の平和を守る人たち。 ある日突然、魔法のような力が使える私に教えられた中で、いちばん心に強く響いたのは、その言葉だった。 なるか、ならないかは私が決めることと言われた。 正義の味方は格好良いだけじゃなくて、辛くて、苦しいこともたくさんあるから。私に魔法の力が使えるからって、無理に『そんなもの』に成らなくても良いんだって、何度も何度も言われた。 子供だった私でも、それは理解できた。世界を守るという責任感と、この力で人を傷つけること、傷つけられることの怖さを知って、私は何度、「いやだ」って言おうとしたのかも解らない。 それでも、それでも、ね。 お父さんとか、お母さんとか。 友達とか、先生とか、大好きなペットとか。 そういう、大切なものを私が守れるなら、守りたいって。 そう思って、私はリベリスタになるって言ったんだ。 「……で、コイツらどうするよ」 「知らね。首でもトバしときゃもう追ってこねえだろ? 後は放っとけよ」 「いや、コイツらアークの連中だろ? あんまり酷ぇ事やると報復とか来るんじゃねえのか?」 「俺たちに襲いかかった時点で今更だろ。こういうのは寧ろビビらせておいた方が勝ちだって。そのための見せしめだよ。ミセシメ」 「ひっでえなあ……」 けらけらと、男の人たちの気持ち悪い笑い声が聞こえる。 それを忘と聞きながら、私は廃墟の床に横たわっていた。 ……数分前。フィクサードって言う悪い人たちを倒すために、私と、私のせんぱい達は、この男の人たちの住処に向かって――戦いに負けた。 逃げることも出来なくて。せんぱい達も、私も、どんどん倒れて……そうして目を覚ましたのは、今さっきの話。 とくとくと、頭から流れる水の音がやけにはっきりと聞こえてくる。反対に、男の人たちの声と、ぐちぐちという奇妙な音は遠くに感じられた。 「はい、解体完了。……と、まだ一人残ってたか」 「あ、ちょっと待てよ。面白いモノ持ってるからさ。殺さないでコレ使おうぜ」 「は? 何、ソレ」 「良いから良いから――」 男の人たちの声が近づいてくるのを感じつつ、だけど私は目を閉じた。 私がどうなるかは解らないけれど、もう、私が守りたいと思っていたものには二度と会えないんだってことだけは、何故か解ったから。 「――ん、なさい」 かすれた声を一つ出して、私は真っ暗な世界に落ちていった。 ● 「……エリューションの討伐を、お願い」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声が震えていた。 ブリーフィングルームに来たばかりのリベリスタ達は、その理由が解らない。 それでも、迂闊に声を出すことは憚り、彼らは視線のみで敵の情報を求める。 「対象はフェーズ1の初期。フェーズの移行速度は緩やかではあるけれど、今回は侮ってはいけない理由がある」 言って、イヴはルーム内のモニターを一つ点け、その映像を映し出した。 見えたのは、線の細い少女の姿である。 年の頃は十を超えるか否か。肩口辺りまでの茶髪と白い裸身は、人間と言うよりも人形のような、現実離れした感覚を捉えさせる。 その眼球が全て漆黒に染まっておらず、 その全身に苦悶を浮かべる人面が浮かんでいなければ。 「……これは」 「彼女は」 不快感を顕わに、声に出そうとしたリベリスタの一人を、イヴが言葉を被せて制する。 「――彼女は、元リベリスタ。数日前にあるフィクサードのアジトに奇襲を掛ける依頼を受けていたんだけど……作戦は失敗。 彼女の仲間は一人残らず殺され、彼女自身はフィクサードがいたずらに用いたアーティファクトによって、エリューションへと変えさせられた」 「……」 予言者の憤りの理由を理解したリベリスタらは、再び、余計な言葉を出すまいと口を閉じる。 対する少女は、俯いた状態のまま、リベリスタ達に途切れ途切れの解説を続けた。 「……ここからが、問題。 少女に使われたアーティファクト……『悪辣な試練』と言う同化型アーティファクトは、使用対象の願いを『反転して』叶えるという特殊な能力を保持している。 そして、彼女の願いは『世界と、自分の大切なものを守ること』」 背後のモニターが映像を切り替え、ある新聞の見出しを映す。 其処に大きく書かれた文字は、『一家惨殺、行方不明の子供の手がかり掴めず』と言う大きな見出しから始まっていた。 「……大切なものは破壊され、守りたいモノはあと一つ。 アーティファクトはその願いの裏を叶えるため、少女を幾度となく殺し、フェイトを消失させ――現在に至る」 「……おい」 一人のリベリスタが、声を掛けた。 その余りの残酷さに耐えきれず、ではない。思い当たった可能性を問うがために。 『リベリスタ』が、『エリューション』となってしまった自分をどうして欲しいか。真っ直ぐな性根を持つこの少女が望むことなど、決まっている。 「……そう、『殺して欲しい』。それが今の彼女の願い」 ――当然、アーティファクトはその願いすらも反転させる。 あらゆる能力を、手段を用いても、彼女は決して殺されない。それは少女にとって地獄とも言えるモノで――リベリスタにとって、依頼の達成不可能を示しているのではないか。 だが、イヴはそれに対し首を横に振った。 「言ったはず。この子のアーティファクトはあらゆる願いを反転させると。 彼女が『殺して欲しい』と願うことで殺すことが出来ないなら、『生きたい』と願わせれば、殺すことが出来る。 だから、みんなの、任務は――」 震えた声が、停止した。 言葉より先に、嗚咽が、涙が漏れそうだったからだと誰もが解った。 そうして、眼前の少女が言うはずだった、言葉も。 ――少女に生きるための希望を抱かせて。 ――そうして、生きたいと願った瞬間に、殺して。 これは、正義の味方が為す、一つの正義のカタチのお話。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月13日(日)22:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 人気の無い道路上。星月の灯りのみが照らす心許ない世界に一人佇むのは、一人の少女。 十を超えるか否かの矮躯。裸身を覆う苦悶の表情をした肉塊と、空を見上げる漆黒に塗りつぶされた眼球。 誰が何時見ても慣れるものではないであろうその姿を、リベリスタは近づくより前に観察していた。 「……生きて欲しい。死んで欲しい。 思いと行動が噛み合わないのはこちらも同じ……皮肉ですね」 自嘲気味に言葉を吐いたのは、『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)。 平静を取り繕いながらも、垂れ下がった片手が作る握り拳に如何なる感情が込められているか。 ――人を人と思わぬ外道の手によって、その運命を悲しき宿命へと変えさせられた少女。 装備者の願いを反転して叶えると言うアーティファクトによって彼女は守りたいものを全て壊すのみの存在――エリューションとなってしまった。 「彼女は間違いなく被害者でしょう。悪とは間違いなくフィクサードでしょう。 それでも私はノーフェイスとなった彼女を悪と断じてこの刃を振るいます」 「……解ってる。どんな理由、経緯でも、エリューションとなった以上は討ち果たす。どんな方法を使っても」 冷静に呟く『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)と、それに応える『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)。 片や自己に貫いた理念を貫き通す『正義』の執行者。片や担いきれぬ悲しみを今この時ばかりの仮面をつけることで耐えようとする優しき少女。 それでも。決意の奥底に秘めた感情はただ隠されただけ。 決して、消え去る事は無かった。 「絶望の闇に希望の光を与え、それを掻き消せ……と?」 はは、と笑う『宿曜師』九曜 計都(BNE003026)は、それも出来なかった。 否、それが当然なのだ。 「イヤだッ! わたしは正義の味方になんかなれない!」 耐える事を放棄した彼女は何処までも人間として正しく――故に、リベリスタとしては、何処までも遠い。 けれど、俯き、涙を滲ませる彼女の頭には、嘲りの言葉の代わりに、とん、と暖かな掌が乗せられる。 「願いを反転させられて守りてぇもんも自分の手にかけちまって……辛かったろうなぁ、悔しかったろうなぁ、苦しかったろうなぁ」 『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)。ほろ苦い笑みを零して、計都の言葉に同意を返す、咥えタバコの青年。 後ろめたさ、罪悪感、そう言ったものを無しに暴れることが出来るから。バトルマニアのモノマがリベリスタとなった理由と、彼の少女がリベリスタとなった理由は、まさしく相反している。 それでも。 『自分のため』に戦うモノマとは違い、『誰かのため』に戦う少女が迎えた、今と言う結末の余りの惨酷さは、その彼ですら、察するに容易であった。 「……俺はリベリスタに成ると決めた日から、一度だって自分を正義の味方だなんて思った事はねぇ」 聞こえたのは、独白。『黒鋼』石黒 鋼児(BNE002630)の、静かな――自嘲と自傷を込めた、皮肉な呟き。 「せいぜい家族を守れたら良い、そんな程度にしか思った事はねぇ。……そうだよ、少女が願い、守りてぇと思ったもんは俺と同じだ」 そんな少女を、その思いを誰よりも解る自分が、殺す。 「――最高だ、さいっこうにクソッタレだよなぁ。 誰だよ? リベリスタを正義の味方だなんて言ったやつは? ……ぜんっぜん、違うじゃねぇか」 静かに、それを見守るのは『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)だ。 『少年』である事を止めた彼は、今の彼のように、感情を態度に表すほど、優しく、脆い存在となる事は出来ない。 彼は唯、少女の側を見て、訥々と、口の中で自らの意志を唱えるのみ。 (何も大切な失う事のない現実は何処にも存在しない。だから、俺達はその現実に抗わなくちゃ行けない。それを甘んじて受け入れない様に、最後まで──) 行こう、と、誰かが言った。 ああ、と、誰かが従った。 一人、一人と進む。少女の為に、少女の心を汚す為に。 ――最後に残った紫髪の少女、『残念な』山田・珍粘(BNE002078)は、最後尾よりその重い足取りを見て、クスリと笑い、呟く。 「ああ、なんという悲劇でしょう。夢と希望を持ってリベリスタになった方が、エリューションになってしまうとは。 世界を守ろうとして、守り切れなかった悲しみは如何ほどのものか。想像するだに、苦悩に満ちていることでしょう。 何て惨い……ふふ」 心よりの笑みを浮かべる少女の言葉に、応える者は、居ない。 ● 突如現れた人々を見て少女が逃げ出さなかったのは、アンジェリカの着ていたアークの制服があったからだろう。 「……リベリスタ、なの?」 「ああ」 一同から前に出た拓真が、自分の上着を少女に掛けながら、笑顔で問いかける。 「俺の名前は、新城拓真だ……君の名は?」 「……」 少女は、何も返す事が出来ぬまま、笑顔の拓真をじっと見つめている。 心を読むまでも無く、容易に察することが出来る少女の胸中を、しかし拓真は頭を撫でて、こう返した。 「……君は無意味な事と思っているかもしれないが、そんな事は無い。 俺達は、君を助けに来たんだから」 「え……!?」 驚愕した少女に、次いで珍粘が問いかけた。 「貴方は、そのアーティファクトの効果を何処まで知っていますか?」 平時の妖しげなそれとは明らかに違う、屈託の無い純粋な笑顔を浮かべる珍粘の問いに、少女は首を振って応える。 それを好機と取ったか。珍粘同様、優しい笑顔を浮かべた冴が、その身体に浮かぶ苦悶の肉塊を指差す。 「貴方にそれをつけたフィクサードがそれを解除するアーティファクトを持っている事がわかりました」 それだけではありません。解除されたアーティファクトを破壊すれば貴方のフェイトも戻る事も。Anathemaの事を知っていますか?それと同じ原理です」 フェイトの収奪を図るアーティファクトの存在を、残念ながら少女は知らなかったようだが、冴はその能力を丁寧に教えて、そうと手を差し伸べ、言う。 「さぁ、一緒に行きましょう。一緒に生きましょう。貴方の運命を取り戻しに行きましょう」 けれど、少女はそれを暫し見た後――ゆるゆると、首を横に振った。 「……ごめんなさい」 「……何故、拒むんですか?」 言葉を継いだのは、ヴィンセントだった。 そのような異形を、そのような運命を、ただ諦め、受け入れる意味が、何処にあるのだと。 少女の身体からアーティファクトを外す方法。それを模索し、少女に提示しようとしていた彼からすれば、この段階での抵抗は予想外のものであったろう。 それに対して――少女は、俯き、ちらと笑顔を見せて、言う。 「だめ、なんです。私、このままもどっても」 漆黒の眼球から、透明な涙が零れる。 「お父さんも、お母さんも、大好きなペットも、みんなみんな、私がころしちゃって。 守りたいって、そう思ってたものを全部私がこわしちゃって、私はリベリスタでいるりゆうが無いから」 「……生きている、りゆうがない、から」 「ふざけんなよ。死にてぇだなんて甘えんな」 そんな弱音を漏らす少女に、容赦なく言葉を浴びせたのは、鋼児だった。 「元リベリスタだったんなら、フィクサード連中きっちり全員ぶっ倒せよ。それまで、生きてみせろよ。生きてリベリスタとしての務めをきっちり果たせよ」 「……」 「悔しくねぇのか。『せんぱい』達を殺して、自分をそんな目に会わせたアイツらが?」 「……くやしいよ!」 両の拳を握り締めた少女が、精一杯の声を張り上げる。 「私の事なんてどうだって良いの、やさしかった『せんぱい』たちをみんな、笑いながらころしたあの人たちが! ……でも、それと同じくらい、こわいの」 また挑んで、また負けて。 今度は一体どうなるのだろう。唯殺された『せんぱい』達と違い、殺されるよりも酷い事をされたら――その考えが、少女の身を強張らせ、今も縛り付けている。 「……だから、私にはもう、もどっても何もないから。何も出来ないから。おねがい。ころして。何でもするから……しますから。ころして、下さい」 服の袖を掴んで泣きじゃくる少女の身体を、抱きしめてやることが出来たらと、鋼児は思う。 (……本当に、クソッタレな運命だ) それを、せめて表情に出すことだけは堪えつつ、彼は縋りついた腕を振り払い、ざっと背を向け、少女から数歩、離れる。 「う、あ……」 ぼたぼたと、涙が零れていた。 わあわあと、泣き叫ぶ声が響いていた。 此処まで痛めつけられた少女を、しかし、今の彼らには楽にする術が無い。 それを為す事ができるのは――少女に再度、希望を抱かせることが出来たときだけ。 そして、その時に為した行為は、傷ついた少女を更に鞭打つ所業でもあるのだ。 (……それでも) がっと、少女の両肩を拓真の手が掴む。 自身の行為が嘘だと、少女はやがて気付くかもしれない。 彼が言った『助け』は彼女自身の死を以て為されることだと、それを気取られるかもしれない。 けれど、だから、だからこそ。 その嘘を貫き通すことが、今の彼に出来る、最大の―― 「死ねば、君の家族が帰って来るのか?! そうじゃないだろう! 君まで死ねと彼らは望むのか? 君の大切な人達は……!」 「、っ……!」 膝を着いて、少女と拓真自身の視線を合わせる。 逸らそうとして、俯こうとして、けれど、必死の祈りを、願いを込めた彼の瞳が、言葉が、それを許してはくれない。 「生きたいって! 最後まで、諦めるなよ! 声を大にして叫べよ! 命は重いんだ! だから、正義の味方に……皆の為に頑張ろうって、思ったんじゃないのか!」 地に落ちる涙の線が、二対の条へと増える。 正義の座をその手にしながら、自らを偽善と言う青年の涙が、少女の涙と混ざり合う。 少女は、何も応えない。 唯、拓真の腕に縋り付いて、涙を零して、無言で震えるだけ。 「……貴方は、本当に死にたいの?」 それを更に後押しするために、口を開いたのはアンジェリカ。 じくじくと、痛む胸を片手で押さえながら、少女に対して静かに語りかける姿は、傍から見ても、それに心を痛めているようには見えない。 「方法は、さっき言ったよね。貴方には生き残るための方法がある。希望がある。 ボクも、大切な人を突然失って、一人で居ることが怖かった。でも、今のボクは一人じゃなくなった」 「……」 「だから、君もきっとそうなれるよ。大切な人が出来る。やりたいと思うことが出来る。唯死ぬだけじゃあ、何も出来ない」 同様に、アンジェリカに寄り添うようにして立った珍粘が、その小さな手に、自らの傷だらけの手を添える。 「……貴方がリベリスタになった理由は何ですか? 好きな物は? やり残した事はないんですか? 貴方がそれを望むのであれば、私たちはそれを絶対に叶えます。だから、諦めないで。私たちは、絶対に貴方を救って見せますから――」 ペルソナ。仮初めの人格を用いてさえ、少女に涙ながらに訴えかけるその姿は、間違っても嘘とは思えぬ真に迫ったもの。 アンジェリカはくしゃりと、その頭を撫でる。 さらさらとした手触りのする茶髪を何度も撫でてあげながら、アンジェリカは必死に祈っていた。 これ以上、彼女を苦しませることを、どうか止めて欲しいと、運命に向けての祈り。 迷い迷って、頭を抱えて、声を発そうとした少女に掛けられたのは―― 「よう、貸したモン、返して貰いに来たわ」 「……!?」 少女を穢した元凶、そのうちの一人の声であった。 ● 「知らなかったぜぇ、その破壊器にステキな能力があるなんてよ」 警戒態勢を取った他のリベリスタらには目もくれず、彼らから一定の距離を保った男は唯少女のみを見て話し続ける。 「そいつを拒絶するヤツには破滅を、心から望んで受け入れるヤツには、 ゴキゲンな力を与えてくれるってよ。オマエも『御利益』は実感してんだろ?」 「……あな、たは」 ざり、ざり、と、少女が一歩ずつ後ずさる。 その怯え竦む表情を見て、更に嗜虐的な笑みを深めた男は、ぬうっと片手を突き出して朗々と叫んだ。 「とっとと『悪辣な試練』ちゃんをオレに返せよ オレはその力で、もっと人生を楽しませてもらうからよ!」 「あなたは――」 「――ちがう、あなたは、あのこわい人じゃ、無いよ」 「……」 「身体の大きさもそうだし……あの男の人たちはいつも二人で居た。あなたは、だれ?」 「……やっぱり、駄目だったッスね」 悲しそうな笑みを浮かべた男は、次の瞬間、その顔を、声色を元の女性――計都のものに戻った。 百面相と声帯模写。それを利用して件のフィクサードになった後、自身の要求に対して少女が反射的に拒むことで、計都の狙い――『アーティファクトを手放したくないと望ませる』ことが出来るかと考えた案は、失敗に終わった。 説明が若干具体性を欠いていたために、少女の完全な理解を及ばせなかった事は、この場における唯一の幸いだったと言えるだろう。 「……悪かったな。辛い思いさせて」 苦笑いをしながら、訝しんでいた少女に声を掛けたのは、モノマ。 話は、既にイヴから聞いていると言った彼は、少女の心臓に中る位置をトンと指さして、柔らかく呟いた。 「あいつらの言葉を聞いて、それでも考えを変えないなら……解った。殺して欲しいって願い、俺が必ず叶える。 だからさ、世界とかリベリスタとかフェイトとか破界器とかの事は置いといて、お前は お前の為に願えよ。 ガキが背負いすぎんな、リベリスタとしてのお前の願いは俺が背負う」 死にたいという願いを叶える前に、死ぬ前の願いは無いかと問うモノマ。 (……殺しちまった家族にもう一度会いたいってのがこいつの願いなんじゃねぇかなぁ) そう思うモノマに対して、しかし、少女は首を振る。 「かなえたいほどのねがいは、もう全部、なくなっちゃった。 ――だから、ね」 「ん?」 「……これから、それを見つけていくことは、できるのかな」 その場の空気が、ぴたりと止まったような気がした。 拓真の、アンジェリカの問いかけの答え。あの時言いかけた言葉の続き。 「……ああ、そうだな――絶対に、出来るさ」 モノマがそれに、精一杯の笑みを返して、震える言葉を必死で紡ぐ。 それが、最期の言葉だった。 リベリスタの誰もが各々の得物を構え、少女へと狙いを定める。 「え……?」 そちらへ視線をやるよりも早く、彼女の視界を覆うようにして拓真が抱きしめ、その体躯で視覚を、両手で聴覚を奪う。 「ぶちぬけ……っ!!」 モノマが叫んだ。 「駄目ですよ、逃げては」 珍粘が笑顔で短剣を振りかぶった。 「どうか次は良き人生を」 冴が自らの刀を鞘から払った。 「……すいません」 ヴィンセントが銃を抜いた。 皆が皆、己の得物を手に、少女に向けて必殺の一撃を叩き込む。 少女には、何も解らない。 厚い身体に阻まれた彼女が聞いたものと、見たものは、唯一つ。 「……すまない」 少女を抱きしめる彼の表情はこれ以上も無く、歪んでいて。 漆黒の爆発が、炎の轟撃が、ナイフが刀が銃弾が重器が鴉の式符が。 抱き締めたままの拓真諸共に、少女の命脈を貫いた。 ● 「……うそつき」 夜空の下。 僅か九人ばかりの道路上にて、たった一人の声が響き続けている。 エリューションの少女の身体には、既に苦悶の表情を浮かべる肉塊は無かった。 それらは既に元の姿――石で出来たネックレスへと戻りつつあり、今は癒着するかのように少女の首元にそれが張り付いている状態だ。 それが剥がれる事は、即ち、彼女の命が潰える事は、今や誰の目から見ても明らか。 醜い表情に埋め尽くされた矮躯は、今は醜い傷によって埋め尽くされていたから。 「助けてくれるって言ったのに。生きろって、言ってくれたのに。みんなみんな、私にうそついて、ころすなんて」 リベリスタの誰かが、く、と声を漏らす。 今は、今だけは泣くまいと、嗚咽を堪えた小さな吃音。 「ひどい、ひどいよ。みんな大きらい。うそつき。みんなも、私みたいに、なっちゃえばいいんだ」 漆黒より色を取り戻した瞳が、ぽろぽろと涙を零し続ける。 それに、誰かが声を上げようとして、 「……そう、言えたら、らくだったのかな」 その言葉に、黙らされた。 少女の涙は未だ落ち続ける。変わった事は、その顔に浮かぶ表情。 笑顔。 「……やっぱり、だめだよ。苦しいのに、かなしいのに、くやしいのに、おこれないの。 こんなに気持ちわるい私を、やさしくしてくれる人がいて、わらってくれるひとがいて。 ……泣いてくれる、人がいて。だから」 少女が、自らを抱きしめる、最も近くに居る青年に手を伸ばす。 暖かな血に濡れた小さい手が頬を撫で、彼女は、笑う。 「……だから、みんながうそつきでも、私はこれしか言えないんだ。 うれしいよ。あったかいよ。ありがとう。ありがとう――」 ――だから、大好き。 ちゃら、と、ネックレスが肌から剥がれ、垂れる。 無機質な音が、全ての終わりを物語った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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