●少年と黒猫 暗い場所。人工的な照明も、天から降りる太陽と月の明かりも射さない場所。 真っ暗闇のその中で小さな息遣いが二つほど。 小さなクッションの上に寝かされた黒猫は時折その尻尾を揺らしている。 その黒猫の隣、古びた椅子に腰掛けた少年は掌の上で小さな鍵を遊ばせる。 「ネロ、傷は大丈夫?」 ――ニャア 少年の言葉に黒猫はすぐに一鳴きして応える。もう大丈夫、と言っているようだ。 それを聞いた少年は立ち上がると闇の中を歩き出す。黒猫もクッションの上からゆっくりと降りるとその少年の後に続く。 「生贄は十分。あとは開くだけ」 鍵を握り締めた少年は決意を瞳に宿らせてしっかりした足取りでどこかへと向かう。 その先に何が待ち受けているかをまだ知らずに。 ●異世界迷子 アークのとあるブリーフィングルーム。 集められたリベリスタ達は気だるげな雰囲気を纏う『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の言葉を待つ。 「さてと……ちょっとした問題が起きた。これを見て欲しい」 伸暁が手元のコンソールを叩くとリベリスタ達の前にウィンドウが浮かび上がる。 そこに映し出されるのはベルトの切れた首輪だ。恐らく犬か猫などにつけるような鈴のついたそれである。 もしかすると見覚えのあるリベリスタもこの場に居るかもしれない。 「これはとある依頼でお前達リベリスタが回収してくれたものだが、調べてみるとある事が分かった」 映し出される情報にはその能力や発動条件など事細かに記されている。使いようによっては非常に強力な破界器だ。 そしてその情報の最後にはこのように書かれていた。 『――付属のベルトは地球上では確認できない物質が使用されている』 それが意味するところは、リベリスタであるならばすぐに検討が付くであろう。 「これの持ち主はこの少年と黒猫なんだが――推定だがアザーバイドだと認定された」 ウィンドウの表示が替わり、映し出されるのは暗がりの中に佇む一人の少年とその腕の中に抱かれた黒猫。 黒髪黒目で礼装を纏う少年は優しく微笑み、黒猫は安堵の中で眠りに落ちているように見える。一見では本当にただの少年と猫にしか思えない。 「彼らはフェイトを得ていない。幸い力は弱いおかげかコードへの干渉は最低限だ」 アザーバイド、異世界からの侵入者。フェイトを得ていない彼らもまたエリューションのようにこの世界を破滅へと進ませる。 そんな彼らへ出来る事は基本的に二つ。討つか、帰すかだ。 しかし帰すにしてもその元居た異世界へと繋がるD・ホールがなければどうしようもない。 少年と黒猫が長くこちらに留まっているのを見ればそれは既に存在しない可能性が高い。 「こうして情報が集まったことで未来視と予知の精度も上がった。それでもう一つ分かったことがある」 さらに映し出されるのは、小さな鍵だった。装飾の施されているそれは宝箱を開く為のようなそんな鍵だった。 だが、それが普通の鍵であるはずがない。 「これはD・ホールを繋げる為の破界器だ」 正確には現存するD・ホールの穴を大きくする力があるらしい。 そしてそれはこの世界への干渉の増大、ロストコードを引き起こす可能性が高まる。 「少年はこの鍵を持っている。それだけで非常に不味いことだ」 僅かに頭を振った伸暁は今一度リベリスタ達へと視線を向ける。 「解決の方法は任せる。納得のいく結末を導いてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:たくと | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月06日(日)22:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●月夜を走って それはとても月が綺麗な夜だった。 闇を祓い世界を照らす月光は神の祝福のように思えた。 何も知らない僕達はそれが何なのかも知らずに照らされる夜の道を歩く。 その先にナニが待っているかも知らずに。 少年とネロを探すために三手に別れたリベリスタ達はそれぞれの現場へと向かっていた。 「はふー、やっぱり真っ暗ね」 出現予測地点である地下街に訪れた『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(ID:BNE000102)は開口一番にそう言って手にした懐中電灯で周囲を照らす。 人通りどころか生き物の気配も全くしない。それもアナスタシアの使う人払いの結界の力の賜物でもある。 「ネロ~。ネロやーい。可愛いネロはどこかな~♪」 歌でも歌いだしそうなほど上機嫌な『超絶悪戯っ娘』白雪 陽菜(ID:BNE002652)は手にしている巾着袋を揺らしながら暗闇の地下街をきょろきょろと見渡す。 闇をものともせぬ暗視の力を携えている陽菜にとってはこの地下街の暗さなど気にする必要もなく軽い足取りで地下街を進む。 と、暫く暗い地下街を進んだところで陽菜は突如立ち止まるとくるんと振り返った。 「ねえ。アナスタシアはネロ達を見つけたらどうする~?」 巾着袋を締める紐を手で玩びながら陽菜はアナスタシアに問うた。 今回の依頼の解決方法はリベリスタ達に一任されていた。そして集った八人のリベリスタ達は結局のところ共通の答えを出せなかった。 「そうだねぇ。まず鍵を使わせる訳にはいかないのは確かだよぅ」 「やっぱりそうだよね。危なそうな感じだし使わせちゃ駄目だよね」 うーんと顎下に人差し指を当てて考える仕草をするアナスタシアは自分の考えを語る。陽菜もそれには同意だった。 ただその言葉にもやはり曖昧さが掛かる。ならば鍵を使わせぬ為にどうするのだろうか? 「ただ――」 アナスタシアが一度言葉を切る。そして二パッと笑顔になってこう続けた。 「惨事を起こさないで二人とも幸せになれる方法があるなら、諦めたくない」 一瞬きょとんとした表情をした陽菜だったが、すぐに釣られるように笑みを浮かべるとうんうんと頷いた。 と、そこで何かが弾ける音が地下街に響く。反響する音の所在はすぐ近くからだった。 身構える二人だが、それは闇の向こうから現れた自分物を見てすぐに解く。 「どうやらここはハズレらしい」 『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(ID:BNE000680)は僅かに力の残滓を残す右腕を軽く振るう。 予知されていたD・ホールは確かにそこにあったが、それはあと数分でも放っておけば消えてしまいそうなものであった。 周囲に気配も全くなく、この状況。ならばここに少年達が現れる可能性は非常に低いだろう。 ウラジミールは消えかけのD・ホールを破壊した。 「うーん、ここじゃないとするとどっちだろ?」 すぐさまどちらかに向かうのも手だが、もしその二択でまたハズレを引いては目も当てられない。 「車に戻り、連絡を待つとしよう」 二人の女性の間を抜けてウラジミールは地下街の出口へと歩き出した。 出現予測地点の二つ目、工事予定地には三人の人物が訪れている。 「現れないね~。少年と黒猫」 その中の一人、『ごくふつうのオトコノコ』クロリス・フーベルタ(ID:BNE002092)は積まれた資材の山からひょっこり顔を出して周囲を伺う。 最悪の事態は避けたい、けど帰りたいと思うその気持ちに協力はしてあげたい。上手く噛み合わぬ気持ちを抑えつつクロリスはじっと訪れのときを待つ。 「D・ホールもまだ見当たらないな」 重機の影から現れた廬原 碧衣(ID:BNE002820)はクロリスの隣まで着て身を屈める。 「しかし、厄介なことです。望郷の念に駆られる気持ちが理解できるだけに」 『デモンスリンガー』劉・星龍(ID:BNE002481)は周囲の気配を探りながらそう言葉を漏らす。 前回の邂逅は一刻にも満たないものだった。それだけの縁の再開に星龍は自分の中に生まれるその感情を持て余す。 星龍の呟きに何か感じたのか碧衣は資材に軽く背を凭れると息を吐く。 「仕事は仕事としてきっちりしないとな」 それは誰に向けた言葉か。己の本音を隠し碧衣はもう一度落ち着くために深い息を吐く。 誰もが決めきれず、迷っている。一陣の風が吹き、三人の身体と思考を冷やしていく。 と、また風が吹いた。今度は熱風とも言える風が。 「D・ゲート、開いちゃったね」 クロリスの視線の先には情報通りビー玉サイズの黒点が生まれていた。 どうやらそこを中心に温度が違う風が吹いている。 「少なくとも、近くに少年と黒猫はいないな」 探査能力をフルで使っているが星龍の能力圏内にそれらしき存在は確認できない。 「ここじゃなかったみたいだな」 段々と強さを増してくる風を受けて靡く髪を碧衣は片手で抑える。 そしてどうする?っと問う視線を男達二人に向けた。 「放っていくわけにもいかないよね」 「だな」 満場一致。三人のリベリスタは開いたD・ゲートへと足を向けた。 町の中心、高らかとそびえ立つそのビルの壁面を光が一筋登っていく。 「はてさて、何を優先すべきでしょうか」 呟いたのは浅倉 貴志(ID:BNE002656)だ。少年と黒猫の境遇に対して特に強く思うところは無い。ただ、興味はある。 夜空の下で輝く町並みを眺め数瞬の思考の末にでた答えは、判断を下すには情報が足りないということ。 「何にしてもまずは話をするところからじゃな」 エレベーターのパネルの数字が大きくなっていくのを見つめながら『回復狂』メアリ・ラングストン(ID:BNE000075)はそう口にする。 未だに少年と黒猫の真の目的は分かっていない。ただ、その目的の為に使われる鍵だけは使わせる訳にはいかなかった。 と、電子音が鳴ると共に昇っていたエレベーターが動きを止める。軽い浮遊感を味わったところで、二人が見つめている扉が開く。 ――…… 「んっ、どうやら当たりのようじゃ」 その時、メアリの耳に確かにその音は聞こえた。常人には聞こえるはずのない音を聞き取り屋上へと続く階段を見やる。 「こちらでも確認しました。他の方々に連絡します」 貴志はスーツの内ポケットから取り出した携帯電話を操作し仲間達へと連絡を取る。 地下街へと向かっていた班にはすぐ連絡がとれこちらへ向かうそうだ。ただ、工事予定地に向かった班はどうやらD・ホールを発見し対処中の為少し遅れそうである。 「さて、どうしますか?」 「勿論会いに行くのじゃ。なぁに、いきなり争う気はないから安心するのじゃ」 メアリはカツンカツンと階段を昇り屋上へと至る扉を目指す。貴志はその意見に反対することなくその後ろを黙って着いていく。 屋上は、暗かった。このビルを囲う周囲の街はあんなに光り輝いているのにこの場所だけはとても暗かった。 夜の闇を照らすはずの星空は地上に灯る人口の光に塗り潰され、この闇を払う光源はない。 ただ、その闇の中に居ても分かる。確かにそこに少年と黒猫は居た。 ビルの屋上の丁度中央。この暗さの中でその部分だけが更なる闇に覆われている。 「少年。聞こえているかの?」 メアリが暗闇に向けて語りかける。始め反応を示さなかった暗闇だが、暫く待てば突然に振るえまるで霞が消えるようにその闇の形を失っていく。 その闇の中から現れたのは黒の礼服を身に纏う黒髪黒目の少年が一人と、その足元でこちらを見つめてくる黒猫が一匹。 「こんばんわ。今日はとても良い夜ですね」 少年は挨拶と共に年相応の子供らしい表情で微笑んだ。 ●交わす言葉、伝える想い ソレはとても大きかった。今まで見た生き物の中でも一番だった。 後悔した。何で僕達はこの月夜に出歩いてしまったのかと。 ソレは後を追ってくる。――を喰らいながら迫ってくる。 ――チリィン 屋上で小さな鈴が鳴る。その音は綺麗に鳴り響きメアリと貴志の耳にも届いた。 「アークじゃ。鍵使わんでもらえるかの」 単刀直入に一言。メアリはこちらに笑みを向ける少年にこちらの目的を明かす。 少年は一度目を閉じると、徐にポケットに手を入れるとそこから小さな棒状の物を取り出す。 それは鍵。簡素にだが装飾の施されたそれは正しくアークで見せられた資料に載っていた鍵であった。 鍵を取り出した瞬間、貴志は一瞬眉を潜めるがすぐにそれを消す。あの少年から感じられる感情的にすぐにそれを使うとは思えなかった。 貴志が一歩下がるのを見てメアリは逆に一歩前に出る。 「どれ、少し訊いてもいいじゃろうか?」 「はい。僕に答えられることならば」 少年は素直にその言葉に応じた。 この少年からは敵意は全く感じられない。足元の黒猫は警戒してかこちらから目を離さないが少なくとも何か仕掛けてくる様子は無い。 「そうじゃの。まずはお前さんが何処から来たのか聞かせて欲しいのぅ」 「僕達の世界、ですね」 少年は語る。自分の世界のことを。 そこはとても暗い世界。一日中薄暗い闇に沈む世界。 ただ、それだけでとても静かな世界。 少年が住んでいたのは小さな町だった。この世界とは違う、言うなれば中世的な建物の並ぶ町。 少年はそこで生まれ、そこで育ち、そこで生きていた。少年は本来ならばただの一般市民と呼べる場所に居た。 「ふむ、何故この世界に来たのじゃ?」 エリスは尋ねる。少年の手にしている鍵へと視線を一度向けながら。 少年はそれに少し脅えたような表情をしてまた一度瞳を閉じる。その主人を見上げて足元の黒猫が一度ニャアと鳴いた。 「……逃げてきたんです」 少年は答えた。その問いから生まれる新たな疑問。 それを追求しようとしたところで何やら背後が騒がしくなってきた。 念のためと扉の前に陣取っていた貴志が屋上の扉を開くと、一つの影が高速で飛び出してきた。 「ネロ~♪ 会いたかったよー!」 飛び出してきた影の正体は陽菜であった。そしてあろうことか少年、正確にはその足元に居る黒猫に向かって駆け寄っていく。 黒猫は近寄る陽菜を敵と認識したのか、その瞳を光らせてその力を発動する……が、陽菜の動きは微塵にも鈍りすらしなかった。 「わーい、つっかまーえた~♪」 勢いよくヘッドスライディングしてからの見事な捕獲。黒猫もまさか自分の力が効かないとは思わなかったらしく不意打ちをくらってものの見事に捕まってしまった。 少年もその事実に軽く呆気に取られているが、そのまま寝転んだまま黒猫を抱きしめている陽菜を見て小さく笑みを零す。 「あらぁ、割と良い感じで進んでる感じかなぁ?」 少し遅れて現れたアナスタシアは陽菜に捕まって軽く暴れている黒猫と、それを見て微笑んでる少年の姿を見てかくんと首を傾げる。 どう見ても争うって感じはしない。寧ろ和気藹々としすぎていて何の為にここに来たのかも忘れてしまいそうだ。 「鍵は?」 「まだ少年が持っています」 ウラジミールの簡潔な問いに貴志が答える。 少年の手の中にはまだ鍵がしっかりと握られている。そう、だからまだこの任務は終わっていない。 ウラジミールが軽く目配せをすると、アナスタシアは一度頷いて少年へと近づく。 「ねえ、きみ達の目的は故郷に帰ること、だよねぃ」 少年はアナスタシアへと向き直るとゆっくりと頷いた。 「じゃが、さっきは逃げてきたと言っていたのぅ。じゃのに帰るのか?」 エリスの言葉通り逃げてきたというのが事実であればまた帰るというのも疑問が残る。 少年は少しの逡巡のあと一歩だけ後退って手にしている鍵を皆に見えるよう胸の前にかかげる。 「はい、あの優しい闇に包まれた世界が僕達の居場所なんです。……それに僕達はこの世界にいるべきではないんです」 望郷の念。そして自分達ががこの世界に居るべきではないと、フェイトを得ていない少年は自分が招かれざる存在だと感じ取っているようだった。 「あっ」 陽菜の手を逃れた黒猫は軽く地面を蹴り少年の肩の上へと登る。 そして空気が変わる。今までの緩かった空気が急にピンと張り詰める。 ウラジミールと貴志は己の武器を即座に構え少年の一挙一動に神経を尖らせる。 「その鍵はとっても危険な物だっていうのわかってる?使ったからって君の望むものが手に入るとは限らないんだよ?」 「まだ間に合うから。でないと討つコトになる……」 二人はまだその手に武器を握らない。 「それでも、僕達は……!」 どろりと、何かが溢れ出た。 それは死骸。犬、猫、鼠。他にも様々な生き物の躯が突然少年の周囲に湧き出してきた。 「死体攫いの黒猫……」 その言葉ですぐにピンと来る。ここに溢れているのはこれまで持ち去られていたエリューション達の遺体だ。 突然に作り出された腐臭を漂わせる空間。この溢れる死の全てが鍵を使う為の代償。 リベリスタ達に見つめられる少年は黙したまま何も語らない。 ただ目の前の鍵を強く握り締めたまま、瞬きもせずにそれを見つめ続けている。 「……まったく」 そして気づいた。少年の手が小さく震えていることに。 「ほれ、もうその辺でいいじゃろう。小さい癖によく頑張ったの」 エリスは少年に歩み寄り、その震える手に自分の手を重ねる。 少年はそれを振り払うことなく、ただ力無く項垂れた。 「鍵、渡してくれるぅ……?」 アナスタシアもまた少年へと歩み寄り、その手を差し出す。 少年はその声には反応しなかった。ただ、肩の黒猫がぺろりとその頬を舐めるとゆっくりと顔を上げる。 「……はい」 少年はゆっくりと鍵を持つ手を差し出した。 これで一件落着。僅かな安堵がその場に生まれる。 だが―― 突然にブレる世界。 穿たれる穴。 大気を揺らす咆哮。 這い出るナニか。 訪れる闇。 ――それはどうやら早計だったようだ。 「っ! 危ない!?」 陽菜の声が少年の耳に届くとほぼ同時に、強い衝撃と共に視界がでたらめに移り変わる。 自分が何かに弾き飛ばされたと気づいた時には、少年の視界は闇に潰されていた。 ●異形・腕 全てが塗り潰されていった。 木々も、家も、人も。 全て、皆、何もかも。 ……誰か、助けて。 「……何だこれは?」 仲間達とD・ホールを破壊し、遅れて屋上に訪れた碧衣の視界には予想だにしない光景が待ち構えていた。 腕である。ただの腕ではなく、巨人を思わせるような巨大な腕が宙から生えているのだ。 「もしや鍵を使われましたか?」 「いいえ、違います」 星龍の隣に突然降りてくる影――貴志である。そしてその右腕には金髪の少女――陽菜を抱えていた。 そして良く見れば陽菜の体には無数の傷、そして左腕がありえぬ方向へと曲がっている。 「うわぁ、大怪我じゃないですか!?」 クロリスは慌てて治癒の術式を用意する。 命に別状はなさそうだが、気を失っているようでこちらの言葉には反応を示さない。 屋上に銃声と銀の光が走る。その度に巨大な腕に僅かな傷が走り、黒い血が辺りに飛び散る。 「のんびり現状確認してる場合じゃなさそうです」 その手にライフルを召び出した星龍は派手に暴れる腕に向けてその引き金を引く。 何かは良く分からないが、あの腕はなんとかしないといけないだろう。 碧衣は屋上を見渡すと、その腕のある向こう側の隅にエリスとアナスタシアの姿。そしてその二人に守られるように地面に寝かされている少年の姿を見つける。 そして、その少年の傍らに座る黒猫の姿も。 「恐怖」 「……何?」 攻撃に参加しようとした碧衣の耳に、貴志の呟きが聞こえた。 「あの少年は恐れていました。その元凶がアレなのでしょうね」 振るわれた腕が屋上の地面を叩き、易々とそこに大穴を開ける。 片腕だけで闇雲に暴れるソレが少年にどれだけの恐怖を与えたのか。 「対処は?」 「アレを押し込んでD・ホールを閉じるしかないですね」 確かにそれしか出来る事は思い浮かばない。 碧衣が片腕を振るうと極細の気糸が周囲の空間を裂く。 「幸い出てるのは腕だけですね。短期決戦、一気に終わらせましょう」 星龍は得物の銃身に力を凝縮させる。 他のリベリスタ達もそれに習うように己の最大威力の技を繰り出すべく力を集中させる。 「世界の守護者として貴様の侵入を許すわけにはいかんのだよ!」 ウラジミールの叫びと共に一斉に放たれる攻撃が腕を黒い血で染め上げる。 ――ゴオオオオオオォォォ! それがこの腕の化け物の雄叫びなのか。それが響くと同時に片腕は吸い込まれるようにD・ホールの中へと収まっていく。 「これでお終いだよぅ!」 アナスタシアが開いた黒い穴めがけてフレイルを振り下ろす。 拮抗、破壊――ガラスが割れるような音と共にD・ホールは跡形もなく消え去った。 「今度こそ終わったようじゃの」 メアリの言葉にリベリスタ一同は軽く息を吐いた。 D・ホールも閉じ静寂を取り戻した月下の屋上。 その戦いをただただ見守っていた一匹の黒猫。目覚めぬ主人の隣で一度だけニャアと鳴く。 ――チリリィィン 黒猫の鈴の音はまだこの世界で響いている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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