●これを何に例えよう 例えるなら空気は陰惨。 例えるならそれは獣。 例えるなら現状は異常。 凶暴な牙、爪、それは真っ赤に濡れてトマトジュースのようにひとつの塊からだらだらりと血液が流れる。 「グルルルゥガァアァアアアァウッ……!!」 引き千切るように、弄ぶように、ただの肉塊になったそれに牙を爪を立てる。 じゅるる、と血を啜り、そして興味がなくなったのかその肉塊を壁にダンッ!! と、叩き付けた。 無情で非情である。 そこに一切の感情などはありはしなかった。 ●彼女の言葉 「集まったわね」 リベリスタを前に『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)は端的にそう言った。 イヴはくるり、とリベリスタたちを見る。その表情は変わらない。 「早々に話を進めるわ。相手は獅子の形状、というのが一番合っているかしら。そのエリューションビーストが相手よ」 元々は獅子であったのだろう。 そう近くではないが、その頃ライオンが遊園地から逃げ出し、そのまま行方を眩ましたというニュースが飛んでいた。 きっとそのライオンがエリューションビーストと化して――このような事態となったのだろう。 しかし、それは獅子『であった』というのが一番しっくりくる。 異様で獰猛な姿だとイヴは言った。 顔は潰れたようで獅子という威厳は微塵もなく、鬣は刺すように鋭く輝く。 特徴を上げるとすればやはり牙と爪だろう。大きく骨まで噛み砕くような牙に、肉を斬り裂くような爪。 「場所は人通りの少ない路地裏。時間帯は真夜中よ。エリューションビーストのフェーズは1、兵士級よ。攻撃は鋭い牙と鋭い爪で噛みつき斬り裂く――それだけ。だけど、フェーズが1だとは言っても……油断は禁物よ。相手は無差別に襲ってくるからね」 知性など微塵も感じられなかった。 ある意味そこを突くのが良いかもしれないが、それに慢心して侮り手傷など負わされぬように。 さらりとイヴは言った。 「狙われる相手は普通のサラリーマンの男性よ」 人通りの少ないその路地裏に何故男性が歩いたのかはわからない。 そしてエリューションビーストと出会ってしまったのは何分の確立なのだろう。そして食い尽くされた。 言葉でも短いが、きっと彼が感じた喪失も絶望もきっと短かったのだろう。 そのエリューションビーストに知性があったのなら甚振る楽しみでも見出したのかもしれない。 しかしそんな物なかった。 それは救いなのか、違うのか、わからない。 わからないが、それは想像することしか出来なかった。 「……頑張って来なさい」 それがフォーチュナとしての彼女がかけられる精一杯の言葉だった。 実際に戦うのは自分ではない、しかし自分に出来ることがある。リベリスタたちとは違うけれどもそれを全うする。それが彼女の課せられたことだと――思うから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年05月19日(木)23:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●些細な言葉と、大なる決意 「……眠いうさ」 深夜の路地裏を歩くリベリスタの一人――『兎闊者』天月・光(BNE000490)は、小さく欠伸をしながらも敵の探索を続けていた。 言葉こそ気の抜けたものではあるが、その双眸が秘める鋭利な輝きは、まさに『戦う者』としての気配を確と伺わせる。 そんな光の傍らで、どこか期待に目を輝かせているのは『新米倉庫管理人』ジェスター・ラスール(BNE000355)。 これが初めての依頼と言う事も有って、やはり戦士としての興奮は隠しきれないのだろうが、それ以上に、彼の心を占める要因は…… 「こんな事言ったら、怒られるかもっすけど……ライオンと戦えるなんて滅多にないからワクワクするっすよ!」 ……これであった。 何を呑気な、と考える者も居るかもしれないが、これほど明確に戦闘を念頭に入れている彼ならば、下手な出し惜しみをすることは無い。 ある意味に於いて、これも彼にとっては立派な戦闘態勢なのだ。 「……我は違うな。穢れた力に屈し、醜く堕ちた彼奴の姿など……視るに耐えぬ」 ジェスターの考えとは相反する思考を述べる『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)の瞳は、言いようのない蔑如の感情に満ちている。 同じ百獣の王足る因子を持つ彼にとって、その姿を、威厳を堕した『ソレ』を、彼は同族として認める気など毛頭無かった。 そして、それは――彼女にとっても、同じこと。 「ああ、ライオンは百獣の王だ。タダのケダモノとして、死肉を頬張るだけの生き物ではない」 ぎり、と拳を握りしめる『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、傍らに立つ保護者……『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)の方にちらと視線をやり、小さく呟いた。 「……倒すぞ、虎鐵」 「勿論でござる」 返す虎鐵の瞳にも、一切の気の緩みは見られない。 初依頼という事もあるのだが、それ以上に彼としては、親しい者の前で無様な姿を見せたくはないという、僅かな意地もその理由となっていた。 八咫羽 とこ(BNE000306) は彼らの言葉をじっと聞くのみであったが、その顔には僅かばかり、安堵のようなものが伺える。 慣れない戦闘依頼に対して、果たして勝てるかという不安を抱いていた彼女は、しかし彼らの確固たる決意を聞いて、何処か直感じみた『勝利』の感覚を覚えていた。 「まあ、何つっても初仕事だ。あんまり出張って大怪我しても頂けねえし、何よりガチでの殺し合いってな実際殆ど経験がねえ」 皆の意気込みを一通り聞いた後に、『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)が独り言のように言い放つ。 ――犠牲もなく依頼を達成できれば大成功。そう言う考えで居ようと言う彼の言葉は、割と素直にリベリスタ達の心に響いた。 そのように、全員が小さな会話を続けている最中。 「グゥルルルルル……」 「!!」 近くではないが、ハッキリと聞こえたその唸り声を聞き、リベリスタ達の間に緊張が走る。 敵との距離は、最早幾ばくも無いだろうことを予想し、彼らは即座に戦闘態勢に入る。 「この風歌院文音、自分が正しいと思わない事には動きませんが……」 ……恐らく、戦闘が始まる前、最後に聞こえた声は『疾風少女』風歌院 文音(BNE000683)のもの。 飄々とした声に確たる決意を滲ませ、彼女はアクセス・ファンタズムをその手にした。 「まぁ、退治はちゃんとしますよ……!」 ●光と闇が交わるとき 「グガアァァァァァッ!」 獣の唸り声を辿ったリベリスタ達が行き着いた先に、件のエリューションは居た。 その、余りにも強烈な殺気に気圧される反面――革醒の力とは、かの勇猛な姿を此処まで貶めるものなのか、とも思った。 顔は動物特有の鼻が出たものから、人間のような平面に起伏がついた程度のものとなっており、牙も、髭も、不揃いとなった上に、元の鋭利さだけはそのままなため、余計に違和感を、醜さを際立たせる。 鬣も腐った毛糸のように爛れ、お互いがぐしゃぐしゃに絡みついており、其処には獅子と言う強き言葉が形容されるとは到底思えなかった。 「……っ、援護する!」 衝撃を覚えた彼らの中で、最も早く動いたのは雷音。 その手に担う魔道の導が光を放つと共に、リベリスタ達の身にも淡い輝きが降り注ぐ。 「これで多少は耐えれるはずだ。思う存分戦ってくれ」 「こっちの準備も完了うさよ~!」 同時に、光が結界を張ったことで舞台は整った。 「ギアを上げるでござる! ついてこれるでござるか?」 「別に縁も恨みもねえが…これも仕事でな、てめえは此処が終点だ」 肉体のギアを上げた者達の内、光、虎鐵、ジェスターが前に出、刃紅郎はそれを後衛より見届けつつも、殊更ゆっくりと巨剣を抜く。 戦場が戦場故に、前に立てる者の数には限りがある。彼は剣の狙いを定め、気息を整えることで、エリューションにより高威力の攻撃を放とうとしていた。 「正々堂々……勝負っすよ!」 先んじて動いたジェスターはカタールを闇の中に溶かし、エリューションの胴を切り裂く。 手応えは浅いものの、敵からすれば獲物の意外な反抗を受けたことで、若干挙動にブレが出る。 その僅かな瞬間こそが、リベリスタ達にとっては絶対の好機だった。 「頑張ろう、お姉ちゃん……」 とこの担う鉄槌が振るわれると共に放たれた漆黒の気弾は、エリューションの身に触れると共に爆ぜ、その身を爆炎によって焼き焦がす。 高威力の一撃を受け、エリューションの身体がふらつくが、彼らの攻撃に未だ終わりは無い。 鞘込めの大太刀に気刃を纏わせた虎鐵と、二種の片手剣を器用に使いこなす凍夜の強襲攻撃は、今し方出来たエリューションの傷口を更に広げ、その口腔より苦悶の雄叫びを上げさせる。 だが――その程度で、エリューションは衰えなどは見せない。 フェーズ1にしても、その実力は戦闘の経験が浅い彼らにとっては苦戦を強いられることが予想されるモノだ。現に、エリューションは狩りの本能を最大限引き出し、どれから襲いかかるべきかをじっくりと見定めている。 僅かな静寂――その後に獣が襲いかかったのは、前衛で構えを取る虎鐵だった。 「ぬ……!?」 知性が低く、直線的な行動しか取れないとは言え、その敏捷性と膂力は到底人の身では抗いうるものではない。 牙の一撃こそ大太刀が凌ぎぎったものの、次いで放たれる前肢と、重量にものを言わせた突撃には対処しようもなかった。 裂かれた腕からは血の花が咲き、身体中の骨が嫌な音を立てる。 朦朧とする意識を、しかし現世に繋ぎ止めたのは――かの少女からの光の加護。 「お前はその程度で倒れる男ではないだろう!」 じりじりと言う音と共に、時間が遡るかのように虎鐵の傷が塞がっていく。 それを後方で見守る文音は、ちらと嘆息した後に、自身の得物を振りかざす。 「さてはて、観察する分には困らない対象ですねぇ。相変わらず」 影の従者によるサポートを受けた上で伸びる、夥しい数の気糸と黒弦は、的確にエリューションの四肢を絡め取り、 「邪魔だ、寝てろ!」 その隙を逃さぬ凍夜は、路地の壁や街灯などを縦横無尽にはね回り、エリューションの背に二種の短剣を突き立てた。 「!! グルルルゥ……!!」 確実に急所を突いた一撃でありながらも、エリューションは傍目に苦しむような咆吼を上げることはない。 未だ――足りないのだ。この獣を、エリューションを屈服させるには。 「……堕ちたとて、獅子はやはり獅子か」 ぽつり、呟かれた刃紅郎の一言が、狂乱の戦場に、妙に響いた気がした。 ●剣が折れるか、牙が折れるか リベリスタ達の作戦は、確かに悪くはない。 フライエンジェと言う種族の参加者が居ることにより、前衛、後衛のバランスをよりよいものとし、相手の行動と、味方の負傷度合いによって行動を的確にスイッチする彼らの戦法は、本来ならばエリューションを圧倒することが出来るものだ。 だが、それは……彼らが冒した、最も初歩的なミスによって半減、いや、それ以下の効果となってしまう。 「やっぱ、街灯の光だけじゃ心許ないっすね……!」 呟くジェスターの何度目かの攻撃は、しかしまたしても俊敏なエリューションの動きの前に、無為と消えてしまう。 そう、光源の用意という、最も基本的な備えを忘れた彼らは、それ故に路地裏に立つ電灯一本という、非常に頼りない視界だけで戦闘を強いられていた。 戦闘は既に開始されて数分が経過している。これが人気のない路地裏だから良かったものの、仮に住宅街のど真ん中での戦闘となれば、今光が張っている結界だけでは、一般人に気取られぬ事は無理だったであろう。 そして、それと同時に――リベリスタ達の負傷度合いも、予想を遙かに超えた、厳しいモノとなっている。 エリューションは元の形質がネコ科だったためか、暗闇の中に於いてもそれほど行動を苦にしては居ないようであり、形勢は確実に彼らの不利に向かっていた。 「きゃ~喰われるうさ~」 間延びした声で攻撃を避けつつ、朧気な姿目がけて細剣を突き出す光だが、彼女の姿もまた、傷だらけの衣服に、滲んだ血によって無惨なモノとなっていた。 回復役が雷音のみであるため、彼女を始めとした他の仲間達の回復が追いついていないのだ。せめて生命の危機に陥らせないように援護を飛ばす程度が限界なのである。 同じく、虎鐵に代わって前に出た刃紅郎も、その身を朱に染めていたが……浮かぶ表情に苦しみや痛みと言ったものは一切、無い。 「見事だ。それでこそ……我が直々に引導を下す価値がある!」 エリューションに負けず劣らず、獰猛な獣としての覇気を奮いつつ、刃紅郎は巨剣を斜め下より切り上げる。 リベリスタ達とて、無為に時間を過ごしてきたわけではない。苦境にありながらも、少しずつダメージを蓄積させることにより、エリューションの動きを鈍らせてきていたのだ。 刃紅郎の剣は、爛れたたてがみを僅かに切り払うのみに終わったが、敵の歪んだ顔にも、疲労の色が感じられる。 「ちぃっ、タフ過ぎんだろ。もう少し自重しやがれ!」 佳境であることを直感した凍夜が、今一度敵の姿を睨み据えると共に、道無き道を跳び、エリューションに数度の傷を付ける。 それと同時に、ジェスターも敵に確実に斬り込むため、ギリギリの距離までエリューションに近づき、刃を振るう。 「ゴアアアァァァァァ!」 しかし、敵もタダでそれを受けるほど、甘くはない。 鮮血を撒き散らしながらも、十全と言えるほどに間合いに入ってきた獲物に対し、力任せに前肢を振り抜いた。 「……っ!!」 声も出ない。 追いつめられた故か、通常のそれより遙かに力を増した一撃を受けて、ジェスターは壁に叩きつけられて……それきり、気を失ってしまった。 「ジェスター……!」 それを唯、傍観する虎鐵ではない。 血に濡れた衣服を引きずるように前に出た彼は、それ以上は許さんとばかりに、大太刀を叩き込む。 最早、異能の加護も施されない攻撃ではあるが、しかし元の重量と、虎鐵自身の力を上乗せした一撃は、エリューションにダメージを与えるには十分だ。 「あと、ちょっとだね……」 上空より、黒き爆弾を降らすとこも、敵の様子を見て僅かばかり力を得る。 確かに、エリューションの力は、最初に相対した頃に比べて随分と弱まっている。今ならば、或いは一撃で倒すことも不可能ではない。 そして、その役目を追うは―― 「来い……我が剣の奥義にて、貴様に十全の終りをくれてやる!」 絶対無二の、獅子にして王の言葉。 それを、知性のないエリューションが聞き遂げたかは解らないが……向こうもまた、その言葉を受けると共に、今までで一番の咆吼を上げ、刃紅郎に向けて疾駆する。 状況は、しかし未だにリベリスタ側にとっては若干不利だ。 これによって刃紅郎が勝てばよいが、そうでなかった場合、余力をほぼ使い切っているリベリスタ達にとっては最悪、じり貧となったまま負ける可能性もある。 彼が見据える。獣が睨む。 殆どが折れながらも、未だ鋭さを失わぬ牙と、汚れ、血に濡れきった刃が互いに相手の身に届くと共に……勝敗は決した。 「……ま、協力はしませんとね。社交的に」 崩れ落ちたのは、エリューションの側。 闇に紛れるように絡みついていた文音の糸は、獣が呼吸を止めると共に、ゆらりと影の如く消え去っていった。 ●静寂の闇の中で 「頑張ったね……みんな」 独りごちて、地面にぺたりと座り込んだとこの表情には、疲労の色が濃い。 最年少である彼女は、初めての戦闘に於いて延々と飛行しっぱなしだった上、気疲れした部分も多かったのだ。 そして雷音も、それに倣うかのように、疲れた身体を癒そうとするが…… 「雷音! 大丈夫でござるか? 怪我はないでござるか? どっか調子が悪い所はないでござるか?」 「いや、大丈夫だ。少し気が抜けた」 戦闘の終わりを理解した虎鐵が早々雷音に語りかける姿は、傷ついた身でありながらどうにも微笑ましい。 対し、死したエリューションをじっと見下ろす刃紅郎は、その亡骸からいびつに歪んだ牙を一本抜き、懐に収める。 「迎えた己の終焉に、思うが侭歩んだその苛烈なる生き様……我は忘れまいぞ」 その在り方を堕としたモノとは言え、リベリスタ達との戦い振りは確かに、獅子としての矜恃を体現していた。 刃紅郎の言葉は、敵であるエリューションに対しての最大の賛辞であり、餞であった。 「途中で倒れたのは悔しかったけど……オレは強いのと戦えて楽しかったっす」 一応の応急処置を終えたジェスターは、路地裏の壁により掛かりながらも、満足げな笑みを浮かべてハッキリと言う。 「それじゃ、戦闘も終わったことだし、夜明けのラーメンを食べて帰るうさ!」 最後に、戦勝祝い……と言うわけでもないのだろうが、光が元気いっぱいに叫んだ言葉を聞いて、ある者は苦笑か嘆息し、ある者は面白そうだと同調する。 リベリスタ達がその誘いに乗るかは解らないが……彼らの去り際、凍夜は小さく、僅かな悼みを込めて、エリューションの亡骸に声をかける。 「弱肉強食は世の理ってな。悪く思うなよ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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