● 1人の男がテーブルに顔を近付け、ガツガツと犬食いで食事を取っている。 男の名前は威夷(いい)。かつて武闘派『剣林』の陣営において『剣林の顎門』と呼ばれた双剣の使い手だ。 霧の様に変幻自在で、嵐の如く鋭く激しいと謳われた威夷の双剣。 だが其の技を生み出し支えた両の手は、もやは永遠に失われた。 けれど威夷に後悔は無い。 かつて後宮シンヤこそが次代の『剣林』を担うと直感し、己はその剣たろうと決めた。 そしてそれはシンヤが『剣林』を捨ててジャックの下に走った後も変わらない。己の主はシンヤのみ。 例え威夷の両手を喰らったのが、シンヤから与えられた2本の剣のE・ゴーレム『右に猛る倶利伽羅龍』『左で嗤う雪女郎』達だとしてもだ。 シンヤがより高い位置に登るのならば、威夷もより強い剣たらねばならぬ。 今は心酔していようとも、何れシンヤはあのジャック・ザ・リッパーをも越える筈。 其の為ならばこの身の全てを捨てでも力を得る必要が威夷にはある。腕の2本で済むのなら、寧ろ安いと言えるだろう。 E・ゴーレム達に食われ、彼等と一体化した腕ではもうまともに食事を取る事は不可能だ。 ぶらりと町を出歩く事も、酒に溺れる事も、女を抱く事も。 しつこい様だが重ねよう。けれど威夷には欠片の後悔も無い。 後宮シンヤ。彼こそが威夷にとっての全てなのだから。 ● 「今回の任務は後宮シンヤが集めた戦力の撃破」 集まったリベリスタを見回し、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)が口を開く。 恐山会から提供された情報、恐らくは『剣林』から引き出された情報だろう……、を元にカレイド・システムを集中運用した結果、幾つかのアジトが探知された。 其の中の一つを強襲し、完全に叩き潰す事が今回の任務内容だ。 「罠である可能性は低いと思う。相手はまだこちらが攻勢に出た事に気付いて居ない筈だから」 ブリーフィングルームのモニターに点滅する光点は、港湾地区の倉庫の一つを示している。 「戦力の撃破と言っても、このアジトに居るのは威夷と言う名のフィクサード1人なんだけど……」 資料を差し出し、言い淀むイヴ。 資料 目的:後宮シンヤが集めた戦力の撃破(威夷の撃破) 敵:威夷、右に猛る倶利伽羅龍、左で嗤う雪女郎の3体。 威夷:『剣林の顎門』と呼ばれたフィクサード。ジョブはデュランダル。2刀流である事を活かしたEXスキル『顎門』を所持。 右に猛る倶利伽羅龍:E・ゴーレム。炎を吹き上げる黒剣。自分の意思を持ち自分で動く。炎を操る能力を持つ。所持者に寄生中。 左で嗤う雪女郎:E・ゴーレム。凍て付く空気を纏った白剣。自分の意思を持ち自分で動く。氷を操る能力を持つ。所持者に寄生中。 ※注意点:E・ゴーレム達より先に威夷が死んだ場合、E・ゴーレム達の能力により、威夷はE・アンデットとして蘇らされる。その際の威夷の能力は生き残っているE・ゴーレムの数と種類に拠って左右される。 EXスキル『顎門』:左右の剣での変幻自在かつ強力な攻撃。右、左、2回の攻撃判定を持ち、出血、必殺の効果も付いている。 「威夷はシンヤの為なら自分を捨てる事を欠片も躊躇わないと思う。絶対に油断だけはしないで」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月28日(金)00:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● アジトである倉庫に近付いて来る、複数の実力者が放つ気配に、威夷がゆっくりと立ち上がる。 『はっ、獲物だ! 獲物だ獲物だ獲物だ獲物だ! 斬って燃やして刻んで抉って! 殺して殺して殺そうぜえぇ!』 『駄目よ駄目駄目駄目なのよ。そんな簡単に殺しちゃ駄目よ。首だけ残して凍らせて、ゆっくりゆっくり嬲りましょう。あぁ、早く来て愛しい人。私が綺麗に凍らせてあげるわ』 殺戮の予感にカタカタと刃を振るわせる2匹のエリューション達。両腕の刃から威夷に流れ込む害意が彼の意識をじくじくと蝕もうとしている。 「煩い。囀るな」 不快げに刃を振るう威夷。強靭な精神力を持つ彼でも、四六時中エリューションと意識を接して正気を保つ事は難事だ。 遠からず自分は狂うだろう。其れは予感では無く確信。 けれど、まだ駄目だ。まだ自分には、シンヤの為にすべき事が残っている。 シンヤを惑わし狂わせる売女を斬り、更にはあのジャックも刺さねばならない。妄執はシンヤの輝きを曇らせ、下らぬ心酔はシンヤの成長を阻む。 この国の王となったシンヤの隣に立つのが自分でなくとも、せめて彼の道を切り開くのは己であらねばならない。 強すぎる忠誠心は、愛と同じく盲目だ。 リミットオフ。肉体の制限を外し、闘気を増大させた威夷が叫ぶ。 「全てはシンヤの為に!」 自らを省みず、相手の感情すらも無視する、威夷の押し付けがましい忠誠心、そして陶酔。 ● けれど内面がどうあれ、振るわれる威夷の武威に翳りはない。 放たれた疾風居合い斬りによる真空の刃を追いかける様に、炎が、氷が、倉庫の扉を潜って現れたリベリスタ達に向かって突き進む。 リベリスタ達も、突入前の七布施・三千(BNE000346)の翼の加護で回避を、クロスジハードで神秘に対する防御力を、ともに上昇させているが、それだけでは威夷からの攻撃に抗するにはとてもではないが足りていない。 そして3つの遠距離攻撃は、エネミースキャンで今まさに威夷等の遠距離攻撃の有無を調べようとしていた『Dr.Faker』オーウェン・ロザイク(BNE000638)の身体に次々に命中していく。 そも目の当りにして解析せねばならない解析系の技能で遠距離攻撃の有無を調べるのは些かナンセンスだろう。知りたいならば、ただ間合いに踏み込めば其れで判る事だからだ。 オーウェンの身体から血飛沫が上がり、その血が一瞬にして蒸発する高音の炎にオーウェンは包まれる。更に燃え上がった炎ごと氷付けとなり、彼の身体は地に伏した。 行き成りの仲間1人の脱落。だがそれでもリベリスタ達の足は止まらない。 威夷の、そして双剣立の攻撃力が高い事、3度の攻撃が繰り出される事は、既に知っていた。 遠距離攻撃で被害を被る事は想定外であっても、近付いてしまえば何れ犠牲者が出たであろう事は織り込み済み、覚悟済みだ。少しばかり早いか遅いかだけの違いに過ぎない。 寧ろリベリスタ達は威夷の攻撃で出来た間隙を突き、一気に隣接、更なる危険地帯への踏み込みを果たす。 「あたしの炎を燃やしてみろーっ!」 咆え猛り、ギガクラッシュによる雷光を纏ったチェーンソーを振り下ろしたのは、威夷の右側に回りこんだ『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(BNE000072)。 寸での所でチェーンソーは威夷の右腕の剣『右に猛る倶利伽羅龍』に受け止められるが、けれど其れこそが斬乃の狙いだ。 高速回転するチェーンソーの刃と、纏う雷光が倶利伽羅龍の刃を削り火花を上げる。 『グガガガガガガガガッ。痛ェ! 痛ェ! 許さねェ! この牝牛! その乳、焼いて焼いてステーキにしてやるッ!』 チェーンソーの振動に胸を揺らす斬乃に向かい、焼け付く様な炎、殺気が放たれるが、その殺気を受ける斬乃の顔には緊張感と共に笑みが浮かべられている。 炎に対して耐性を持つ彼女の役割は、倶利伽羅龍を引き付け受け持つ事。最初から彼女の狙いは威夷では無く倶利伽羅龍だったのだ。 ● 『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)の放つオーララッシュの連撃が、『左で嗤う雪女郎』の刃に逸らされて体勢を崩され止る。 竜一も威夷と同じく2刀での連撃を得手とする剣士だが、同じ戦術を得手とするだけに威夷には竜一の狙いが見えるのだろう。右から左、或いは左から右、竜一の攻撃の繋ぎ目が、威夷の技により的確に阻害されてしまう。 なのに竜一の表情には、悔しさに隠れがちではあれど何処か喜びの色が混じっている。 命と命を取り合う真剣勝負の最中とは言え、自らと同じ、その先の武を持つ相手から手の内を学べるのだ。一個の武人、1人の男としては、悔しさは当然あれど喜びを押し殺しきれる物ではないのだろう。 振るわれる刃に身を裂かれながらも、竜一の動きは徐々に、そして確実にキレを増し、鋭い物へと進化していく。 そして、威夷の武技に似たような感想を持った者がもう1人。 倉庫内に膨れ上がった白光が、倶利伽羅龍に、雪女郎に、威夷に、降り注ぐ。 弓を構えた少年、『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)の放った、並外れて命中率の高い神気閃光は、幸運も手伝って狙い通りに3体の敵全てに衝撃によるショックを与えた。 ウルザは弓を用いての遠距離戦闘をスタイルとするが、其れは自らが虚弱である事を熟知してるが故にであり、本当は前に出て敵と切り結べる、強い肉体と技に憧れを抱いている。 ショック状態にあっても然程の翳り無く振るわれる技と、2体のエリューションに先んじて立ち直って見せる強い意志力、……もっと単純に纏めて言ってしまえばその強さは、ウルザのその秘めた憧れを刺激するに足る物であった。 リベリスタ達と威夷の戦いは激しさを増すも、最初の様にただの一撃で誰かが落ちると言う惨劇は起こらなくなっていた。 斬乃が己が身を省みない剛勇で倶利伽羅龍を押さえ込み続けている為、最も脅威となる連続攻撃の一角が欠けた事や、『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)の戦闘指揮が機能し始め、翼の加護の効果も合わさり時折回避が成功する様になった事等が要因である。 そしてただの一度で落とされさえしなければ、人数に勝り、更に三千と言う癒し手を抱えたリベリスタ達は粘り強い。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が放つアーリースナイプはウルザの攻撃の命中に勝るとも劣らぬ正確さで雪女郎を確実に抉り、『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は竜一のダメージが大きい時に割って入って全力防御で時を稼ぐ。もっとも、エーデルワイスは少しばかり色気を出して刀が必須である威夷の技を素手にて盗み取って再現しようと試み、其の身に斬撃をまともに喰って運命を削ったりもしていたが……。 リベリスタ達の連携の取れた行動は、威夷にとっても脅威となるに足る物であり、其れが故に威夷の、心の片隅に残った、押し殺してきた一個の武人としての本能をちくりちくりと刺激する。嘗てシンヤと出会う前に、ただ1人の威夷として武名を轟かせていた頃の様に。 「あんたの、そんな剣じゃ、俺の心に、響かねえぜ……!」 切り伏せた筈の竜一が踏み止まり、自己再生しながら双剣を振るう様に、威夷の口元にも意識せぬ間に笑みが浮かぶ。 思えば威夷が戦いに高揚を感じたのは何時以来か。笑みなど、2つの腕を捨てるよりも更に前、シンヤが剣林を抜けてからと言う物、浮かべた事などなかったというのに。 「吼えたな。若造! 良いだろう。見せてやろう。教育してやろう。本当の二刀流の闘争を」 鍔迫り合う斬乃を力で押し返し、威夷が取って見せたのは、彼の字にもなっている必殺の技『顎門』の構え。 だが結論だけを言えば、威夷の両腕から『顎門』が放たれる事は無く、威夷の言葉は実に滑稽に上滑りしてしまう形となる。 ● 構えを取った威夷の隙に最初に気付いたのは、超直観により異常なレベルで捨て目が利くエーデルワイスだ。 威夷が2匹のエリューションの制御を可能とせしめていたのは、威夷自身の意志力の強さも当然あるが、シンヤに対しての狂信的なまでの忠誠心や、シンヤの為に全てを投げ打てる覚悟等、ストイックな精神に拠る所が大きい。 けれど今の威夷の心は戦いに対する高揚の占める割合が大きくなっており、その高揚心は戦いや流血を望むエリューション達とは同調し易い感情である。 簡単に言えば威夷は戦いに逸り、更にエリューション達に心を引き摺られ、彼等に対する制御が緩んでいる状態なのだ。 勿論エーデルワイスは威夷の感情の変化を読み取った訳ではないのだが、威夷の2匹のエリューションに対する制御が甘くなった事は敏感に感じ取れていた。 そしてエーデルワイスからの合図を受け、雷慈慟が打ち合わせていた『策』の発動の火蓋を切る。 雷慈慟から倶利伽羅龍に、続いてレイチェルから雪女郎に、左右から放たれる狙い済まされたピンポイント。2匹のエリューションを抉ったその攻撃は、2匹の心を怒りで支配し、甘くなった威夷の制御を離れてそれぞれが勝手に、雷慈慟に、レイチェルにと、炎と氷を飛ばして反撃を行う。 雷慈慟とレイチェル、反撃で大きなダメージを受けつつも二人の一連の行動が成し得た成果は、制御を離れた2匹のエリューションの行動で腕を左右に大きく開いた姿勢を取らされた威夷。 突然のエリューション達の行動に、威夷は一旦距離を取って体勢を立て直そうと考えるも、けれど既に倒れた筈のオーウェンが威夷の下半身にしがみ付いてその行動を防ぐ。 「スマートではないが、……仕方あるまい!」 真っ先に攻撃を受けて散った筈のオーウェンだったが、彼もまた威夷の攻撃を受ければただでは済まない可能性位は考慮していた。そして例えその場で踏み止まっても、次の一撃が確実に自らの意識を刈り取る事も。 故に運命を対価に何とか意識を留めたオーウェンは、敢えて無様に倒れて死んだ振りを行ったのだ。威夷に致命的な隙を作る、その一瞬を狙う為に。 両腕をエリューションに、下半身をオーウェンに封じられた威夷の顔目掛けて、三千とエーデルワイスがカラーボールを投擲し、威夷の目を潰す。 ● 何とかエリューションから腕の自由を取り返し、しがみ付いていたオーウェンを切り捨てた威夷ではあったが、剣と化した2本の腕では顔のインクを拭う事も難しい。 例えば威夷がただ1人の戦士として普通の剣で戦っていたなら、或いは気配を頼りに戦い続ける事も可能だっただろう。 けれど今の威夷は戦士としての役割の他に、敵を見定めエリューション達に攻撃指示を下す司令塔としての役割も担っている。そして情報収集能力の欠如した司令塔は、その機能を著しく欠いてしまう。 倶利伽羅龍が、雪女郎が、好き勝手に動こうとするのを抑えながら気配を頼りに戦うのは不可能だ。いっそ2体のエリューションに好き勝手に戦わせる事も可能だが、そうすれば今度は2本の剣に制御されている訳では無い威夷の体が、エリューション達の足枷となる。 目潰し作戦はリベリスタ達の考えた以上の効果をもたらした。 壊れた人形の様なちぐはぐな動きを取る威夷は、最早脅威と呼ぶには値しない。 2匹のエリューションを腕とし、一つの鋭い、シンヤの為の剣となった筈の自分の醜態に、制御していた筈の自分が、逆にエリューション達の足を引っ張り、戦いと呼べる代物で無くしている現状に、威夷の心が絶望に染まる。 リベリスタ達は強い。 完全な状態の威夷であれば兎も角、今の威夷がリベリスタ達に勝てる道理が一つも無い。 威夷は静かに自分の命を諦めた。 悔やむは、シンヤの為に成さねばならなかった筈の事柄が残ったままである事。惜しむは、もう一度シンヤの将器を目の当りに出来なかった事。 「全てはシンヤの為に」 唯一つ、今の自分に出来る事が在るとするなら、それはシンヤにとって大きな敵となるであろうこのリベリスタ達を、1人でも多く始末しておく事。 その為ならば……。 「あんたの信じてる男は所詮ジャックに及ばない、後を歩くだけの男でしょーがっ!」 そんな男の為に何故其処まで出来るのかと、斬乃は叫ぶ。 深々と、威夷の胸に突き刺さった2本の剣。 『ヒヒヒヒヒッ、やったぜ。これでこの身体は俺のもんだ!』 『違うわ違うわ違うわ。私、私、私のものよ!』 己の意思がリベリスタの排除に邪魔ならば、捨てよう。 『『でもまずはこいつ等の始末が『先だ』『先ね』!』』 己の命が邪魔ならばそれも捨てよう。 それがシンヤの為になるのなら。 ● 倶利伽羅龍と切り結ぶ斬乃の肩が、伸びた威夷の口に食い千切られる。 竜一とスイッチしたエーデルワイスの腹に、氷に包まれた威夷の左足がめり込む。 E・アンデットと化し、倶利伽羅龍と雪女郎が其の身を支配する事で威夷の身体は動きを取り戻した。 強力な攻撃力の前に、リベリスタ達の中にも倒れる者が続出する。 けれど、 「そんな剣じゃ、俺の心に、響かねえぜ……」 両手の剣で威夷からの攻撃を受け流した竜一の口から漏れた言葉は、先と同じ。しかし此度のその言葉に込められた感情は、深い悲しみだ。 そう、幾ら攻撃力が高くても、幾らアンデットがしぶとくとも、技を振るわぬ彼は、もう怖くない。何も感じない。 やがて、剣折れ物言わぬ骸となった威夷に、力も技も誇りも意思も魂さえも、全て捨て去ってしまった抜け殻に、噛み締めた竜一の唇に血が滲む。 「シンヤの為に死ねて、満足でしたか?」 破壊しつくされ、寒々しい風の吹き込む倉庫にレイチェルの問いが響き、……勿論、答える者は誰もない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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