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アクノショウメイ

●悲報
「市内の銀行で行われた大量殺人事件の被害者は30名を数え――」

 木橋啓介は真面目なだけが取り柄の人間であると、自分の事をそう定義していた。
 警備会社の事務員として日々真面目に生きて来た。年の頃は既に30半ば。
 最愛の妻と2人二人三脚でゆっくりと、自分のペースを守って真摯に、誠実に人生を刻んできた。
 そのつもりだ。そのつもりだった。決して派手ではない。決して特別でも無い。
 けれど、自分なりに満足の行く人生を。堅実に、確実に、積み上げて来た――そのつもりだった。

「被害者は――大庭豊さん(46)会社員――」
 では、何故。どうして。こんな事が起こり得るのか。
「――銀行員、木橋薫さん(31)――」
 何故、妻は殺されなくてはならなかったのか。
「犯人は未だ以って不明であり、当局は全力で以って――」
 何故、妻を殺した人間がのうのうと生きていられるのか。
 緊急の葬儀を終え、通夜を終え、納骨すら終えて尚、彼には分からない。
 この件について、警察を幾度問い詰めたか分からない。けれど、幾度問うても回答は同じである。
「此方も総力を尽くして捜査に尽力しており――」
「現在捜査員を300人体制で――」
「被害者遺族の皆様はさぞ御心痛の事と――」
 分からない。分からない分からない分からない。そんな事が聞きたい訳ではないのだ。
 犯人を、いや、せめてどうして妻が、薫が死ななくてはならなかったのかを。
 それを知りたいだけなのだ。それはそんなに可笑しな事なのだろうか?
 啓介は今まで、あらゆる物事には理由があると思っていた。
 それらは真剣に追求すれば明らかになる物なのだと何処か当然の様に信じていた。
 殺人事件の被害者に、何時だって確たる理由があるとは限らない。
 けれどそれは自分とはまた異なる、そういう場所で生きている人にのみ降りかかる災害であると、
 何の疑問も無く当たり前の様にそう考えていたのだ。そう、正しく理由も無く。

 だからだろうか。
 自分がそんなだから、最愛の妻は死んでしまったのだろうか。
 自問自答を繰り返すも分からない分からない分からない分からない分からない。
 思考が回る。殻回る。空周る。カラカラ廻る。まわって曲がって凶って捩れて焼き切れる。
 まるで足元が崩れた様な狂乱。静かな狂気。誰か教えてくれ、俺はこれからどうすれば良いんだ。
 真面目に生きていれば報われると思っていた。誰かを陥れようと思った事もない。
 他人を蹴落とした覚えもない。それでも社会の一員として十分な仕事はこなして来た。
 一定の自負もあれ、誇りもあれ、人並みの幸せを人並みに得る為に努力だってしてきた筈だ。
 まさかそれが、偶然何て訳の分からない物に根底から否定されるだ何て思っても見なかった。
 ツイテナイ?だから妻は死んだのか?運が悪い?だから自分はここまで追い詰められているのか?
 足場が崩れる様な不安定な世界。恐怖と混乱だけが拍車をかけていく。
 何もかもが恐い。次はどんな偶然に足を掬われるかと思うと恐くて恐くて呼吸すら覚束無い。
 何でこうなったんだ。何で? どうして? 何が悪かった?
 ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。果たして葬儀からどれだけの時間が経ったのか。
 自宅のリビングで呆然と座り込んだ啓介は、けれどまるでルーティンワークの様に玄関へと足を伸ばした。
「……はい……」
 ぼんやりと、ぐにゃぐにゃと揺れる視界を押さえ込み玄関扉を開く。
 弔問客であれば応対をしないと。唯それだけを考えて、否、考えすらしないままに。
 彼は、“それ”と相対した。して、しまった。

「やァ、始メましテ。随分参ってルみたイだネ、運命に見棄テられタ可哀想な仔羊さン」
 それは顔半分に笑うピエロの仮面で包んだ――長身の、男。

●冒涜劇
「――死者の群に取り囲まれた一般人を救助して欲しい」
 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がモニターを眺めてそう口にする。
 視線は集められたリベリスタ達へは一切向けられていない。何かを悩む様に言葉を区切り――
「……そういう仕事だったなら、まだ良かったんだろうね」
 表示されているのは、草臥れたスーツに身を包んだ男性。
 その後ろをぞろぞろと歩く影、影、影。人を模したそれはある者は死臭を纏い、
 またある者は肉体を失い、またある者はまるで人間そのままの姿でゆっくりと歩む。
 それは死人。屍人の群。死して尚人に使役される、人を象った冒涜の群。
「木橋啓介、36歳。革醒してない一般人。
 この間の、地方銀行大量殺人事件の被害者の遺族。
 この人が、とても危険なアーティファクトを手に入れた」
 操作されたモニターに映し出されたのは、何かの結晶の欠片。
 黒い水晶の様なそれは酷く尖った切っ先を持っており、
 見ようによっては古代の石剣の様にも見える。長さは精々短剣程度だ。
「アーティファクト、常闇の欠片。
 これは特定の条件を満たした、顔と名前の一致する対象を操る力を持つ。
 効果はともかく希少性はかなり高いよ」
 交霊術や死操術、それに降霊術。死の向こう側に触れる技術は、
 大抵の神秘に於いて禁忌とされる。それを単独で成し遂げる破界器。その意味は大きい。
 だが――
「勿論、効果に比例してペナルティも大きい。これを使用した人は、
 死んだ場合100%E・アンデッドになる。老衰しても、病死しても、事故死しても」

 それは、既に袋小路である。
 どんな死に方をしてもエリューションになるのであれば、
 それは潜在的エリューションであると言うしかない。しかし、相手は人間なのだ。
 相手は――今はまだ、人間なのだ。
「屍達は、E・アンデッドじゃなくて、ただの人形。
 壁にはなるし行動も邪魔してくるけど、障害物と大差無い。
 でも、この木橋さんは別。彼は攻撃もしてくるし、
 欠片の影響かな? 思考が混濁してるみたい。言葉が通じるかは微妙」
 けれど。けれど。けれど――続く言葉に喉が鳴る。出来るならば外れて欲しいと――
「今回は、討伐依頼」
 ――けれど万華鏡の少女は、小さな声ではっきりと、そう言った。
「何時、何所でエリューションになるか分からない。
 監視を付けるにも限界がある。成った時誰が犠牲になるか分からない。
 芽は事前に摘むしかない。此処で……倒すしかないの」
 赤い瞳がふるりと揺れる。けれど、言葉を紡ぎ、言い切る。
 思う所はあるのだろう、気持ちの面では納得が行っていない節が見て取れる。
 けれど、それでも。
「私達は、止めなくちゃいけないの。これ以上の悲劇が起きる事を」
 痛みを無表情の裏側へと隠し若干14歳の少女は告げるのだ。
「この人を――殺して来て」

●罪悪証明
“サテ、突然だケド君に救わレル未来は無イ。君ハこのママだと何も為セズ唯平常から脱落シ、
 一般かラ逸脱シ、社会復帰も出来ズ、いズレ死を迎エル。勿論君が愛すル妻を殺シタ犯人も見つカラなイ”
 掌に感じる、重たいそれを引き寄せて夜道を歩く。
“何でカ?分かラナイかい? 鈍いネェ、それジャ搾取さレルばかリだヨ?”
 そんな物を手にする事があるとは、啓介自身思った事は愚か妄想した事すらなかった。
 彼は平和主義者であり、平穏愛好家であり、何より到って一般的で善良な市民だったのだから。
“グルなのサ。分かルだロウ? 警察の対応がおざナリだとハ思わナカッたかイ?
 30人も死ンデ犯人の痕跡ガ無イ? そんナ与太話をまサカ本気で信ジテいたノかナ?”
 ああ、重い。重くて、重くて、余りに重くて、こんな物手放してしまいたいのに。
“そうダヨ。君達が求メル真実は秘匿さレテ居る。体制ってイウのはソウ言う物サ。
 君達ガどれダケ必死に、真面目二、誠実に生キテも、奴らハ何時だッテ神様気取りデ、
 君達の本当二欲しい物ヲ強奪してイク。蹂躙シていク。陵辱してイク。
 反抗ノ機会、復讐の余地、相手ノ情報すラ与えラレなイ”
 なのに、止まれない。足を止められない。止める権利が無い、止める理由が無い、
 反抗? 復讐? そんな物を求めている訳じゃなかった。ただ彼は教えて欲しかった。
 知りたかっただけなのだ。果たして――悪いのは、何なのか。悪は、誰なのか。
“嗚呼、悔しイかイ?そンナ事は無いダロう? 君はホッとシテいル筈だ。
 良かッタ、やハリ自分にハどうシヨウも無い出来事ダッタ。じゃア仕方ナイ。
 手に余ルンじゃ仕方無イ。そんナ物二逆らエル筈が無い。妻の死はドウしよウモ無い事だっタンダ”

 なのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

“――所がドッこイだヨ。そこデ僕ノ出番だ。僕が君二力をあげヨウ。
 体制に逆ライ得る、力をあゲよウ。戦争ハ火力だよネェ。この国デハこう言ウんダロ?
 3人寄レばモンジュのチエ。まア随分多いケド、大は小ヲ兼ねル物だヨネ。ハ、ハ、ハ、ハ”
 道化が笑う。笑いながら男の手を取る。男は逆らえない。拒めない。
 彼が妻を愛していればこそ。彼が自負を捨てられなければこそ。彼が真実を求めればこそ。
“代ワリに、君の時間ヲ僕に少シ預けテくれ給エ。決シて無駄ニハさせなイヨ”
 ああ、重い。本当に重い。こんな物を振り回せば、果たして自分はどうなってしまうのか。
 分からない。分からない。分からない分からない分からない。
 けれど、手にずっしりと圧し掛かるのは黒い黒い黒い短剣。武器。人を殺す物。
 そして這い出る骨、肉、死人の軍勢。男は夜道を歩む。ゆっくりと、ゆっくりと。
 平穏から逸脱し、真実を求めた男は問う。幾度も幾度も繰り返し問う。
 果たして――悪いのは、何なのか。悪は、誰なのか。
 彼から日常を、平穏を、安らぎを、妻を――奪ったのは、誰なのか。誰の、所為なのか。
 ずるり、ずるりと。男は歩む。答えを、救いを、暗中に求めて。
 彼を止めてくれる者が現れるまで、どこまでも、どこまでも……

 どこまでも。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年10月27日(木)23:21
 38度目まして。シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 本シナリオは拙作「<Blood Blood>赤と黒」からのスピンオフと言う位置付けになりますが、
 特に読まずとも一切問題無く御参加頂けます。以下詳細となります。

●依頼成功条件
 E・アンデッド「木橋啓介」の討伐

●一般人「木橋啓介」
 きばし・けいすけ。男、36歳。ただの一般人。
 性格は真面目で勤勉。努力家ながらこれと言って突出した才能は無い模様。
 破界器『常闇の欠片』を所有しており、一撃でも攻撃が当たれば死亡します。

・攻撃手段
 常闇の影:神遠全、小ダメージ、小命中、溜1【特殊効果】[ノックバック]

●E・アンデッド「木橋啓介」
 一般人「木橋啓介」が死亡した場合出現するE・アンデッド。
 フェーズ1。能力は全体的にそれほど高く無く、標準的リベリスタ2人相当。
 但し周囲の人間が自分の行動に罪悪感を抱いている場合、
 それをそのまま攻撃力に変換する。と言う特殊能力を持っています。
 プレイングの心情を数値に変換し、最大200まで攻撃力が増加します。

・攻撃手段
 悪薙ぎ:物近複、中ダメージ、大命中【状態異常】[ショック]
 悪喰い:物近単、中ダメージ、中命中【状態異常】[麻痺]【特殊効果】[H/E回復]
 常闇の影:神遠全、大ダメージ、小命中、溜1【特殊効果】[ノックバック]

●屍達
 『常闇の欠片』に動かされているだけの20体余りの遺体です。
 一部骨も混じっています。あくまで動く障害物としての意味しか有りませんが、
 解剖や葬儀が終わっていない物もある為、損壊が酷い場合取得名声が低下する事が有ります。
 最優先で、近くに接近して来た敵を自動的にブロック、
 次点行動として、近接範囲に木橋啓介が居る場合これをかばいます。

●破界器
 常闇の欠片。希少性の高い集団操作系の破界器。
 持ち主や操作対象の強化能力は皆無の為、希少で危険ではあるが特別強力ではない。
 但し、その希少な能力に対応してぺナルティは大きく、
 この破壊器の能力を使用した場合、使用者は死後確実にE・アンデッド化します。

●戦闘予定地点
 真夜中の路上。光源は路柱の電灯程度。
 10mまで近付けばはっきりと相手が見えますが、
 20m以上離れるとシルエットしか分かりません。追加光源により矯正可能。
 人通りは少なく、稀に車が通る程度。全く人が通らないほどではありません。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
プロアデプト
如月・達哉(BNE001662)
ソードミラージュ
山田・珍粘(BNE002078)
インヤンマスター
土森 美峰(BNE002404)
クロスイージス
村上 真琴(BNE002654)
ソードミラージュ
ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)

●其は善に無く
 そこに理由など無かった。

「奥さん殺した奴知りたいよなぁ……?」
 ぼんやりと歩く啓介の前に立ち塞がった男――『悪夢の残滓』ランディ・益母(BNE001403)が
 にやにやと笑いながら問う。その左右には娘位の年頃の少女と、大学生位の女。
 それが可笑しい事位は、意識が混濁した啓介にすら分かる。
 自分の周囲を囲んでいる影の事はさて置いても、自分は今、手に凶器を有しているのだ。
 そんな者に躊躇無く近付いて来る人間が、果たしてまともな訳が有るだろうか。
 その矢先に、先の問いである。声も言葉も上手く発せない。澱んだ意識にすら届く問い。
 ああ、そうだ。知りたい。知りたいとも、誰がどうして、何の為に、妻を殺したのか。
「犯人は俺だよ。オ・レ 理由? そんなの簡単だろ」
 ランディが自らを指で示す。それを周囲の女性達は止めもしない。
 相手が殺人犯であると告げているのに、誰一人止めもしない。
 何だそれは、そんな事が罷り通って良いのか? そんな現実が在って許されるのか。
「……ガ……」
 意識が沸騰する。濁って澱んで方向性を定められた、歪んだ自意識が咆哮する。
 ああ、そうか、理由など無かったのだ。こいつが、こいつらが、こいつらの所為で、
 ただそうしたかったと言う理由にもならない理由によって、妻は殺されたのだ。
 ――辿り着いた結論は、予定調和の様な綱引きの結果である。 
 だが、皮肉にも、至ったその解だけは、決して間違っていなかったのかも、しれない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 常闇の欠片から影が迸り、欠片の内側に穢れが集う。それはあたかも啓介の精神を示す様に。
「――言い訳はしません」
 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が懐中電灯を取り出し、
 望まぬ狂気に侵された男を照らす。男は亡くした、彼女もまた、亡くした。
 故に分かる。分からざるを得ない。その悲嘆も、喪失感も、慟哭も。
 けれどその舞姫が、啓介を殺す。自分の為に、ただ、自分だけの為に。
 それは果たして、何と言う名の悲劇だろう。

「折角一緒になった奥さんを失われて、かわいそうに……
 何て、同情して刃を鈍らせるほど若くも綺麗でもありませんからね~」
 ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)の呟きに、
「結局の所、彼の行動理由は不安に駆られたのと、奥さんの為に何かしたかった。
 そんなとこだと思いますけど」
 いや、報われない報われない。と、続けた『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が
 頷きながらもシニカルに笑む。彼女らとて草木の類ではない。不幸な男の気持ち位は分かる。
 だが、それは手を止める理由になりはしない。
「何てことはねえ『普段通り』のアークの仕事だ。金の為にせいぜい頑張るとすっか」
 肩を竦めた『捻くれ巫女』土森 美峰(BNE002404)にしてもそれが全てではない。
 思う所は、やはりある。しかしそれを割り切れるだけのある種の強さを、彼女達は既に持っていた。
 それはきっと、幸福な事ばかりではないだろう。だが、必要な事では、ある。
「……ああ、感傷に浸るのは辞めよう」
 『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)にもまた、想う所は少なくない。
 子供を戦場に出す事への罪悪感。娘を持つ身として抵抗が無い筈も無い。
 そして正に彼の知る“子供”である所のとある少女が、この一連の殺人鬼騒ぎで凶刃に散った。
 この戦いもまたその流れを汲む物であるとしたなら――
「一刻も早く、この馬鹿げた騒ぎを終わらせる!」
 遠目に見える懐中電灯に照らされた啓介、それに、無数の屍の群。
 その脚部へ瞳を細める。全身から放たれる無数の気糸が、立ち並ぶ屍達の内、
 最も表側に立っていた個体の両足を吹き飛ばす。
(……私達にもっと力があれば、こんな事にならずに済んだのに)
 そこから少し離れ、一人佇み集中を重ねる影がある。
 『フィーリングベル』鈴宮・慧架(BNE000666)にはこの戦いに、他とはまた異なる想いを抱いていた。
 戦わざるを得ない理由のある人間にそれを指し示し、破壊器を貸与して戦わせる。
 そういう事件を彼女は解決した事がある。啓介の持つ黒い短剣。それに彼の置かれた立場。
 大切な物を失った人間に鞭を打つやり方は、その一件と酷似している様に、思えてならない。

「でも」
 けれど、そう。例えどれ程納得が行かなくても、今は戦うしか、無い。
 後悔も反省も、後から幾らでも出来るのだから。
「リベリスタは正義の執行者ではなく、世界の秩序を維持する者」
 故に――『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)が神秘を阻む十字の印を切る。
 襲い掛かる屍達。足を失いながらも這い寄るそれに一歩も退くまいと。
「崩界を招く要素を排除する。唯、それだけです」
 直後、啓介の手元から黒い光が瞬いた。

●悪の証明
「……無事か?」
「大した事ありません……この位」
 ランディの問いに、舞姫が応える。一瞬吹き飛ばされそうになりつつも、乗り切った。
 この間屍を薙ぎ払う達哉達には目も向けない。そう言う手筈である。
 だが、ぎらぎらと殺気を滲ませて手に持った短剣を握り締める啓介は、
 しかし屍達の陣の中から出て来ない。嫌、彼は恐らくランディ達に近付こうとしているのだ。
 だが、彼を中心として屍達もまた動く為に、群がそのまま近付いて来ると言う状況が生まれている。
「こいつは、思ったより厄介だ……な!」
 近付いて来た屍の胴を、深山之黒兜が薙ぎ払う。啓介の動きが鈍い為に上手く誘き寄せない。
「この、邪魔ですよ!」
 真琴が放ったジャスティスカノンが啓介への射線を取る。
 しかし、周囲の屍が壁になり、これを受けて倒れる。そしてすぐさま立ち上がる。
 このままだとこの屍達を、最低半数は討伐し尽さないと啓介と接敵出来ない。
「まるで道化のようですね。拍手を送って上げた方が良いのでしょうか?」
 対岸、ランディ達とは真逆から、珍粘の残像が屍を数を徐々に削っていく。
 しかし、数が数である。範囲攻撃で一気に蹂躙する、と言うのであればともかく、
 視界内の敵を切り裂いてもその後ろにはやはり屍が立っている。
「さ~て~、それじゃお掃除しましょうか~」
 だが、屍達が組み付いてくる前に、ユーフォリアの両手からチャクラムが飛ぶ。
 それらは曲芸の様に像を残しながら屍達の足を順繰りに薙ぎ払う。切れて、屑折れる。
 けれどそれでも尚、死せる者達は生けるリベリスタの道を阻む。
「願わくば、これが彼女への手向けになれば――」
 二射、達哉が気糸を放つと漸く、啓介の姿が見えて来る。

 しかし皮肉にも、それは達哉達、屍処理班の側に限った話である。
 本来囮役であった3人の側には複数対象を攻撃する手段が決定的に不足している。
「こっ――のぉ――っ!!」
 戦太刀を振るい舞姫が駆ける。残像を残す斬撃は、けれど未だ届かない。
 屍処理班に比べ処理速度が遅い。立ち塞がる全てを断ち切ると決めて、尚、辿り着けない。
「ちっ、仕方ねえか……!」
 美峰が決断し、印を着る。吹き抜けるは陰陽五行、氷雨の呪。
 啓介だけを残し、視界内の屍が、凍て付き、罅割れ、瞬く間に減っていく。
「頑張れば必ず報われる、不条理なんて無い、誠実に生きていれば?」
 間近に迫ったランディに、常闇の欠片を握り締めたまま啓介は動けない。
 瞳に過ぎる、憎しみ、悲嘆、恐怖、けれどそれら全てに勝る怒りの色。
 彼は許せなかったのだ。自分自身を。妻を奪った運命を。世界その物を。どうしても。
 報われると思っていた。善行には善果があり、悪行には悪果がある物と信じていた。
 だが、では善とは何なのか。悪とは何なのか。
 それすらが彼の内に勝手に定めていた物差しであったと認めることが、彼には出来なかった。
 ずぶり、と。ランディの振るった刃が肩へ潜り込み――
「……不条理の味はどうだ? ハハ……ハハハ……ハハハハハハハハハ!!」
 男は笑った。男は笑わなかった。
 彼は幾つもの悲劇を目の当たりにして、彼はそれらの全てから目を逸らして来たのだから。
 からん、と。常闇の欠片が地に落ちる。啓介の瞳が正気を取り戻す。
 だが、止まらない。止まれない。止まれる筈も無い。
 その両手は対する男の首へふらりふらりと寄って行き、そして、力無く落ちる。
 悪の証明など、ありはしない。

 そこに理由など無かった。
 ――そこに理由など、無かったのだ。

「――――故に」
 遠く遠く、誰にも聞こえず誰も見知らずピエロが嗤う。道化の如く。語り部の如く。
「ならバ、しかシテ、だカラこソ。僕らハ君達二悪をあげヨウ。さア英雄の雛達、出番だヨ。
 イッツ……ショータイム」

 ぱらぱらと、皮膚が罅割れ、剥がれ、落ちて行く。それは文字通り、人間としての最期の姿。
 舞姫はそれを真っ直ぐに見つめる。その惨状から目を逸らさない。
 彼女は彼女自身の意志で、彼女の為に彼を殺した。かつて木橋啓介であった者は、
 そうして世界にとっての悪として生まれ変わる。
 瞳がぎょろりと覗く。濁った眼球に意志の色は無い。
 常闇の欠片から澱みが消える。其処へ真琴がヘビースマッシュを振り下ろすのは、ほぼ同時。
 砕け、散る。無数に罅割れた常闇の欠片の粉末が宙へ舞っては闇夜に溶ける。
 屍達が動きを止める。脚部を断たれ這いずっていた個体の手が落ちる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 産声を上げる、E・アンデッド。それは啓介であった顔で、啓介と同じ声で。
 けれど彼が決してしなかった様に、対するランディに牙を立てる。
 噴き出す血飛沫。その痛みこそは――罪の。そう、敢えて言うなれば、己が認めた罪禍の証か。
「……てめえは、被害者さ」
 それを甘んじて受ける。受けて尚、彼は揺るが無い。

●其は悪に無く
「行け! 鈴宮! 戦場ヶ原! 理不尽な運命を終わらせてやれ!」
 気糸を放ち、邪魔な死体を薙ぎ払いながら達哉が叫ぶ。
 娘と大して違わない年頃の少女達。彼女達の葛藤を見てきたからこそ、
 彼は罪悪感を押し殺し、共に戦う事を選択した。理不尽な、そう。
 本当に理不尽な結末をも飲み下して。それが大人の仕事だと、そう自負すればこそ。
「許して欲しいなんて言いません」
 声に応え一気に距離を詰めた慧架が拳を握り締める。恐らくは、死ななくて良かった筈の、
 平和に生きていられた筈の普通の男性。彼を此処まで追い詰めてしまったのは、自分達の責。
 それを自覚し、理解し、許しを乞う事も無い。踏み込みは一瞬。
 振るった拳が啓介を大地に叩き付ける。この一撃に、全てを賭して。
「これは、私なりのけじめだから」
 身を跳ねさせた啓介へ、続けて珍粘が背の側から走り込む。
 両手のナイフを器用に操り、刻み込まれる音速の連撃。
「別に奥さんと同じ所に、そんな急いで行くこともないのに……せっかちなんですね」
 ふふ、と笑い混じりにでも、その一撃に手加減の色など欠片も無い。
 彼女にとっては、感傷を抱くほどの事情ではない。
 理不尽な出来事ど、当に何度も見てきたのだ。世の中にはどうにもならない事の方が多い。
 例えばそう、生まれながらに付けられた名前とか。

「迷ってなんかいられない。私の安息を取り戻すまでは」
 他方、共感する要素があるからこそ、反する想いもまた、ある。
 真琴の放った十字の光は狙い違わず啓介を射抜く。何者かに家族を奪われた。
 その憎しみが分からない筈も無い。それは彼女とで同様なのだから。
 けれど、或いは淡々と、冷淡にと言って良いほどに彼女はそこを割り切ってみせる。
 自らが与えられた役割は、ただ役割としてそこにある。
 同じ様な事情を抱えているからと言って、譲る事など出来ないし、譲れなどしないのだ。
「これは貴方のためじゃない」
 怒りに震える啓介に、舞姫が割り込み立ち塞がる。後ろで構える真琴へと近寄らせはしない。
 恐らくは。彼ら、彼女らの中で最も罪を自覚する。彼女はけれど啓介の一撃を確実に避ける。
 油断は無い、躊躇も無い。無骨な太刀を両手に構えて相対す。
 腕も無く、皮膚は剥がれ、眼球の零れ落ちそうな醜悪な姿。けれどそれを直視する。
 力無き者の刃と成ると決めた自分、けれどそうして失った自分、今正に彼を救えない自分。
 その不甲斐なさを知る。「正義」などというのは傲慢なエゴに過ぎない。
 だから受け止める。彼の怒りは正しい、悲嘆は正しい、憎しみだって、きっと正しい。
 けれど。なら。
「この憤怒も諦念も苦悶も悲痛も絶望も、わたしの、わたしだけのものだ
 これは――私の為の、戦いだっ!!」
 振り上げ、振り下ろす。戦太刀と共に舞姫が、舞う。残った片手が切り離され落ちる。
 
「悪いな」
「何、仕事さ。割り切らないとやってらんねえ。そうだろ?」
 噛まれ、抉られたランディの肩を、美峰が癒す。その一撃は苛烈であり、過剰ですらあった。
 だが、所詮はどこまで行ってもフェーズ1だ。それほど長く保つ相手でも無い。
 癒されたその身でランディが大剣、深山之黒兜を持ち直す。
 ああ、違いない。割り切らなくてはやってられない。だが同時に、こうも思うのだ。
(……そんな資格があるものか)
 強く、より強く。そうして磨き上げた力は何の為か。彼もまた己の為に戦っている。
 だが、であれば尚更だ。力を持つ者の責任を、ランディは忘れた事など、無い。
「来いよ、引導を渡してやる」
 両腕を失った啓介の前へ立ちはだかる。避けなどしない。痛みなど問題ですらない。
 薙ぐ様に振り払われた体躯を受け止め、片手で振り上げた刃を振り下ろす。
「……あの世で奥さんと平穏に暮らせれば良い、な」
 びくん、と震えた体躯に、追撃の様に突き刺さるのは2枚のチャクラム。
 翼を広げ夜に混ざったユーフォリアの瞳は何所までも、澄みきって冷たく。
「――さっさと家族の元に、逝け」
 急降下と共に引き抜き、交差した円環の刃が――木橋啓介と呼ばれていた男の首を切り落とす。
 跳ねた頭部が大地へ落ちる。ごろんと転がり、動きを止める。
 どう、っと。時間を置いて体が倒れ伏す。後にはただ、屍の山のみが残される。
 彼の何が悪かったのか、彼ら、彼女らの何が悪かったのか。
 それに答えを出せる者など、居はしない。
「これが罪だというなら、罰だと、いうなら……」
 この頬を流れるものは、何だろう。この胸を衝く痛みは、何だろう。
「―――――――――――――――――――――――!!!」
 今はもう居ない親友を想う。夜空を見上げ、瞳を閉じ、少女は声も無く慟哭を上げる。
 その嘆きすら、痛みすら、誰にも渡さないとでも言う様に。
 
●善悪の彼岸
 戦いを終えて、周囲に散らばる四肢累々。
「これだけの亡骸~、どうしましょ~?」
 ユーフォリアの問いを待つでもなく、どうにか処理できる域等とうに超えている。
 大きく肩を落す仕草に、既に帰ろうとしていた珍粘が肩を竦める。
「いや、どうしようもないですよこれは」
 全員の感想を代弁したその言葉に、周囲が音も無く頷く。
 例えアークに処理を任せたとしても、それなりの影響は免れないだろう。
「にしても、だ」
 一方その傍で、砕けた常闇の欠片の後を調べていた美峰が呟く。
 それは彼女にとっての引っ掛かり。その違和感は誰もが当然抱く物。
 一般人が偶然に破界器を手にする機会は確かに無いでもない。
 だが、先にアークが解決した事件の被害者が、その事件を利用する様な破界器を手にする機会、
 と言うのは果たして如何ほどの偶然か。
「こんな破界器『運良く』手に入るもんでもないんだろ?
 ……元凶って奴がいんなら、そいつこそぶん殴ってやりてえぜ」
 やるせない物の混じった呟きに、慧架が静かに歯を噛み締める。
「……ええ。絶対に、許さない」
 呟きは小さく、けれど誓いは強く。深く。口内に、血の味が――した。

「かくテ、悪は英雄にヨッテ裁かレけリ。めでタシめでタシ
 いヤァ、自分の憤りヲ人に押シ付ケちゃアいけナイよネェ。ハ、ハ、ハ、ハ」
 遠く離れた高層ビルの屋上。ぱちぱちぱち、と、両手を叩いて歪んだ曲芸師は開いた本を閉じる。
 その背後、怪談を背に佇むは黒い男と赤い少年。
「――さテ。こんナ所でどウカな、Mrムクロ?」
「サンプルとしては十分だ……が、相変わらず悪趣味な事だな」
 黒い男が応じて嘆息を返す。赤い少年がその後ろに隠れながらに視線を向ける。
「あァ、そうカそウカ。君も雛ヲ連れテ居たンだったネェ。ヤァどうダイ、悲劇の味ハ」
 道化の仮面が赤い少年へと向く。けれど視線が向くより前に少年は完全に男の後ろに身を隠す。
 まるで視界に納められたくないとでも言う様に。
「おヤおヤ。我ラがフォーチュンテラー殿は気難シクてあらセラれル。嫌わレテしマったカナ?」
「余り怯えさせるな、面倒が増える」
 黒い男が背を向けると、赤い少年が先導する様に先を行く。
 誰もが去った屋上で、道化は声も無く喉を鳴らす。この世の全てを愉しむ様に。
 ころころと、ころころと。

 転がり始めた歯車は、止まらない。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
ノーマルシナリオ『アクノショウメイ』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

熱い心情描写を頂けまして、相応に応えられていたら幸いです。
ロジック的にもっとドライな物が多いかと思いきや、皆さん格好良いです。
因縁等を果たす機会は必ず用意させて頂きます。その時をお待ち下さい。

この度は御参加ありがとうございます、またの機会にお逢い致しましょう。