● 今年も無事に花を咲かせられた。 『私達』の花が実をつけることはないけれど。 ずっとあなたを守ってきた。 ずっとあなたに守られてきた。 今となっては、どちらがどちらなのかわからなくなってしまったけれど。 『私達』はとても仲良し。 いつまでも一緒。 いつまでも、一緒。 ● 「エリューションを発見した。討伐してきてほしい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、山奥の一点をマーキングした。 「これが、外見」 濃い緑の中に金色の花房。 「金木犀。今、とてもいい匂い」 木が。 とても大きい。ありえないほど大きい。 どんなに大きくても幅1メートルの金木犀の幹が、三メートルはある。 見上げるばかりの金木犀。 側に行ったら甘い匂いで息が出来なくなりそうだ。 「ここを見て」 アップにされる画面。 少女が木に埋まっている。 胴や足は幹に、腕や髪は枝に同化し、指の先から花がこぼれる。 かろうじて、顔と首、胸元が人であることを主張するように、つややかだ。 「ノーフェイス。仮死状態だったけれど、生態活動を再開したことによって万華鏡に引っかかった。状態から行くと、おそらく二、三十年前は経っている」 崩界が進まなければ、発見が遅れたかも。と、イヴは付け加えた。 「金木犀の特性からか、非常に香りが強い。頭くらくらするから気をつけて。更に魅了してくる。超幻影を使って、女の子の居場所を隠すよ。後、木だから毒は効かないし、吸血も無理」 それから。と、イヴは言葉を継ぐ。 「女の子は口は達者。さまざまな呪文を使いこなすよ。攻撃してくるのはこっち。木と同化しているせいか、手数が多い」 モニターの中に写っている金木犀の木の中でまどろむ少女。 「今年の花が最後の花。そういうことにしてきて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月16日(日)23:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● むせ返るほどの芳香で、喉の奥まで甘さが染み渡る。 「姿形は異形のそれですが元々は人間のはず。どうしてこんな山奥にいるのでしょう?」 『蛇巫の血統』三輪 大和(BNE002273)は、首をかしげる。 アークの送迎の車を降りてから、ずいぶんと歩かされた。 こんな登山ルートもないところに何故人が……。 「何かしら不幸が起ころうとしたのか、それとも起こったのか。気が付けはそれを乗り越えるために二つは一つになった。そんな御伽噺があったのかもしれませんねー?」 アゼル ランカード(BNE001806)は、そんなことを言う。 「昨日の今日のって感じじゃないわよね。コレ。随分長いことここでこうしてたってこと?」 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は、嘆息する。 三本の大枝。 そこから生える無数の細い枝が天蓋を覆うようにして、世界を緑と黄金のレースの檻に閉じ込めようとしている。 「起きてこなければ良かったのにね。そうすれば、ずっと咲いていられたかもしれないのに」 来栖・小夜香(BNE000038)は、こぼれる小さな黄金色の花びらを掌で受け止めた。 「……でも見つかった以上、今はこうするしか無い、のか」 下がる語尾は、確定している答えの確認。 分かってはいるが、アンナは仲間に問いかける。 「何か他に手は無い? 適当に大人しくさせた後近場で開いてるゲートに放り込むとか」 アザーバイドなら、それも良いだろう。 しかし、この世界で生まれた神秘はこの世界で片をつけるのが、この出来の悪いパンケーキを安定させる唯一の方法だ。 世界を満たす血の臭いが、人心の乱れが、眠れる神秘を呼び起こす。 「中国ではキンモクセイのことを桂花というそうです。桂花は月に生えているという伝説もあるみたいですね」 『錆びない心《ステンレス》』鈴懸 躑躅子(BNE000133)も巨大な金木犀を見上げる。漢詩好きにはなじみの花だろう。 「このままにしておけばバロックナイトの紅い月に咲く花になってしまうかもしれません。その前に倒さないといけませんね」 「……分かってるわよ。そういう仕事だって事は。言ってみただけ」 だが、諦めきれないのだ。 ● 「長くこの地に根付いてたんだ、地の利は向こうにあるかもね」 『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)は、芳香による悪影響を恐れ、風上に回っていた。 「きんもくせいの甘い香りは良いものなのじゃ。されど、すぎたるはおよばざるがごとし、というのじゃ!」 『白面黒毛』神喰 しぐれ(BNE001394)はたどたどしい手つきでガスマスクを装着する。 香炉に別の香をたいて、風上に置いた。 「まあ、気休めじゃろうけどー。マスクとか息苦しいのじゃ」 それぞれタオルやガスマスクを装着する、 「「良い香りでも、それのみでは逆に寂しくないですか? 様々な香りがあるからこそ、1つ1つの香りが引き立つとは思いませんか」 大和の身に、別の香り……己が影が寄り添う。 ああ。ですが、この身は金木犀でありますので、他の香りは出せないのでございます。 そして、世界がこの身の香りのみで満たされるのを別に望んでいるわけでもなく。 いつまでも、このままゆるゆると季節に揺られていたいだけなのに。 憐れ、世界に拒まれし命。 異形と化したその身に掛ける恩寵など持ち合わせてはいない。 世界がそう言ったので。 明日の朝日を浴びることは許されない。 「いくよ」 アゼルの詠唱が、飛べぬものに仮初の翼を授ける。 それを合図に癒し手達は、それぞれ己の魔力の内なる泉を喚起させる。 「回れ、魔力の円環」 小夜香が吟じ、アンナが祈る。 「皆の立つこの場に守護を」 しぐれは印を組むと、辺りの属性をリベリスタの領域に置き換えた。 「……さ、どげんもこげんも言わせんと、片ァ付けるぞ」 土器 朋彦(BNE002029)は額瀬い自分の学ランを着てきていた。 (ふふ。こういう格好だと、つい昔の血がたぎるなあ) 地面を蹴ると、仲間から三メートル以上はなれ、なおかつ複数大枝を巻き込む位置に陣取り詠唱を始める。 (全て灰にするために、やって来ましたよ) 挨拶代わりの業火。 「最初からフレンチローストでいくよ」 コーヒー焙煎師は、深煎りを宣言した。 熱を帯び、辺りに漂う芳香は更に密度を増した。 ● 躑躅子の手にはいつもは使っていない斧があった。 (気分はきこりですよ) 朋彦の火で燃え上がる右の大枝に、大上段から振り下ろされる一撃が枝に食い込む。 「…………」 そのとき木の梢に十字の光が一瞬だけともった。 詠唱された呪文の気配。 次々と梢を侵食した炎が消えていく。 姫の詠唱か、樹木の詠唱か。 甘い香りが、頭の芯を甘くしびれさせて……。 アゼルのクロスが、しぐれの肩に刺さった。 アンナの威力に特化された魔道書から放たれた打撃が小夜香に吸い込まれた。 「いかんのじゃ。みりょーされておるのじゃ」 しぐれが、アゼルから距離をとりながら叫んだ。 (わらわはか弱き乙女じゃが、何のこれしきの傷) 「わらわの基本は、陰陽・氷雨で、カチコチーンなのじゃー!」 しぐれの指から、冬の雨を図した符が放たれる。 濃い緑の葉が、一瞬で霜に覆われる。 「神罰よ、灼け!」 傷の具合をチラッと確認し、まだ大丈夫と判断すると、小夜香は神威を光で金木犀姫に示した。 氷と光と炎が金木犀を続けざまに襲う。 姫の居場所を耳で見つける役目を負ったアゼル、正気を促す光を呼ぶアンナまでもが甘い香りに魅了されている。 躑躅子が光を放ち、二人が正気づくまでの間に、少しでも弱らせ、樹木もろともに姫を屠ることが最優先となった。 金木犀の影が朋彦に向けて伸びる。 何かよくないものが、朋彦にまとわりついた。 せっかく整えた内なる魔力の泉が不活性化されてしまった。 炎は、嫌い。 嫌いです。 絡み合う金木犀の枝。 絡み合う人と木の複合体。 お互いに足りないところを補い合い、リベリスタ達をその緑の腕の中に取り込もうとしていた。 ● 大和は、姫の熱を追っていた。 炎を消され、氷の粒に覆われた今なら、姫の持つ人肌は如実に分かるだろう。 一度覚えれば、どんな感じなのか分かれば、追い続けられるかもしれない。 時間を費やし、目星をつけた。 正面、上部! 「そこでしょうっ!」 道化のカードが幹に食い込む。 すいっと熱が、おぼろげな人影を取ってカードから逃れた。 魅了の呪縛を、三人は自力で振り切った。 「僕一人だと方角程度しか判らない……けど、二か所から観測すればどうかな?」 アゼルはアンデッタの言葉に頷き、アンデッタから離れた位置に陣取った。 (姫の姿は超幻視で隠されてたとしても、呪文を唱えるならそれで場所が大体わからないかな) 遠くの些細な音さえも聞き逃さない研ぎ澄まされた聴覚を持つ二人が耳を澄ます。 ぱちぱちと、火の粉が爆ぜる音。 吹き荒れる上昇気流に鳴る梢の音。 濃密な金木犀の香りに集中できない。 「わらわが咲かせるは氷の花よ。その身をもって、大輪と成すがよいのじゃ!」 しぐれの術で、炭化した枝が凍りつき、中に黄金の粒を散らした大輪の氷の花が生まれる。 パシリパシリとひび割れる樹皮が、金木犀姫の悲鳴のようだった。 息苦しい。 本当なら、もっと精度をあげたいのに……。 「猿の手よ、僕の鴉をもっと速く舞わせて!」 ばさりと死者を運ぶ黒い鳥が姫に向かって飛んでいく。 だが、猿の手がアンデッタに応えた気配がない。 痛いことは嫌いなの。 どうか『私達』をほうっておいて。 何もしないから。 お友達になれば、こんなことをしないでくれるの? ● リベリスタは皆手傷を追っていた。 リベリスタの体に刻まれている傷の半分は、お互いが付け合ったものだ。 時には回復手が金木犀の味方となるので、タイミングがずれると大事になりかねない。 戦線が瓦解しなかったのは、癒し手の多さによるものだった。 「うむ、傷癒術でフォローするぞ。わらわを褒めるが良いのじゃー!」 時として、攻撃手のしぐれも癒しに加わった。 基本的に守りを得意とするチームであったので、一撃一撃の重みはさほどではなかったのが幸いだった。 それでも、仲間の魅了は、癒し手の手数と魔力を消費する。 魔力の泉を喚起させ、無限期間が魔力を生成し続けていたとしても、度を越せば自転車操業だ。 そんな中、先頭を一番疎んじていたアンナの体から、神意を顕現させる閃光がほとばしった。 特化された能力で、金木犀を姫ごとダメージを与え、なおかつ朦朧とさせる技は、仲間達の大きな助けとなった。 甘い香りに集中がままならない。 深く考えようとしても、頭の芯まで甘くしびれてくる。 「……こんな事をするために神秘の力を磨いてきたワケじゃないんだけどね。今日は何から何まで気に入らないわ」 そうするしかないのだ。 今は、そうするしか道がないのだ。 そうしなければ、このままいつかは同士討ちということになりかねないし、崩界が進んでいく。 「死者が風邪を引かないように、僕に異常は通じない」傷癒術 魅了を受け付けないアンデッタの鴉と、魅了の香りからたくみに逃れ続けた躑躅子の斧と大和の道化の札が、戦線の下支えをしていた。 金木犀は、一枝がかばい、一枝が魅了し、一枝が癒す。 そして、姫は、時に氷を呼び、雷を降らせる傍ら、炎を放つのは朋彦一人と見るや、ひたすらに彼の運を削りにかかった。 不運に不吉が重なり、炎に長けた術師の魔炎の幾度かは、召喚される前に異界へ戻る。 仲間の一撃を避けそこない、大きな手傷を負わされる。 目の前が赤く染まったと、朋彦は思った。 がくりとひざが折れる。 「嗚呼。佳く燃える。ならば、僕も遠慮なくフェイトを燃やそうか……!」 運命の恩寵は、降りかかる不運さえもけし飛ばす。 「後夜祭のキャンプファイヤー思い出すな。薪灯りで見るあいつは綺麗で……いや、感傷は後でね」 久しぶりに解き放たれた魔炎は、赤々と金木犀を姫ごと燃やし、左の大枝を炭の塊に変えてしまった。 「一本落ちた! みんなどんな感じ!? 押し切れる!?」 アンデッタが声を上げる。 「体力は申し分ないんですが……」 攻撃以外にも使うことを余儀なくされていた躑躅子の魔力の底が見え始めていた。 「それじゃ、姫狙いで! もう、右か真ん中にしかいけないはず!」 樹木たちは、魅了することよりも姫を護ることを選んだ。 もはや、同士討ちの心配はない。 耳を澄ませろ。人の熱を追え。 炎を呼び、斧で打ち据え、道化を刻み、魔力の矢で射て、氷の花を咲かせろ。 金木犀は、姫を護った。 しかし、二本ではその身を隠し、かばいきることは出来ない。 炎を消すための呪文を聞きつけたリベリスタの手から、姫をかばった右の大枝が落ち、もはや隠すことが出来なくなった姫が、偽りの樹皮から滑らかな肌をさらすことになった。 もうやめて。 「私達」にこれ以上ひどいことをしないで。 なにもしてない、なにもしてないわ。 あの時も、今も。 ずっといるだけ、いるだけなのに……。 長い長い戦いだった。 無限機関からわずかずつ生成される魔力をためては、斧を振り落とし、魔炎を呼んだ。 アンナと小夜香の放つ閃光は、傷つけはしても命を取る光ではない。 もはや戦うことが出来なくなった樹木と姫が、最後に言葉を交わしたのをアゼルとアンデッタが聞いていた。 逃げろなんて言わないで。 「私達」はずっと一緒よ。 どこにも行かない。 ずっと一緒にいるわ。 完全に炎にまかれる前に、『金木犀姫』は木も人も沈黙した。 ● 「眠ったままでいたらどんなに幸せだったでしょう。実をつけない花は、やはり自然の理から外れた存在ということになるのでしょうね」 躑躅子の呟きは、木の燃える音にかき消される。 日本に生えている金木犀はみんな雄株。 けして実をつけることはない。 「お弁当持参なのじゃ! やはり山にはお弁当なのじゃ!」 何かを吹っ切るように、しぐれは言って、グッドお弁当スポットを探すために駆け出した。 アンデッタは、穴の中に拾い集めた両手いっぱいの花を土に埋めた。 (実にならないとしても、墓標の代わりに) 彼女は『墓守』だった。墓を作ることが仕事だった。 「名前を知りたかったな」 刻む名がない。真っ白な墓標を用意することになる。 小夜香は目を伏せ、黙祷を捧げた。 朋彦は、燃え残った小枝を拾った。 (郷愁の香りを懐に潜めているのも、なかなか乙、じゃないかなあ) 口元をほころばせた。 大和は、踏みしだかれていない小花を拾った。 小さな小さな金木犀の花はぽろぽろと指の隙間からこぼれていく。 (あまり押し花に向いていないかもしれません。ですが、持ち帰って、栞でも作ってみましょうか) 丹念に拾って、しまいこむ。 (存在がどうであったにせよ、咲き誇る花をただ散らせただけなんて惜しいですから) アゼルは、燃える金木犀を振り仰いで呟いた。 「ちゃんと心に刻んでおきますね。だって、忘れないのは終わらせる人の責務でしょう?」 アンナは木の破片と、姫の髪の毛を燃え盛る火の中からかりそめの翼を使って回収すると、別働班の研究職に渡した。 「ノーフェイスは討伐するしかないっていうのは、今現在の話でしょう。調べる事を止めなければ、その内こんな事しなくて済む日が来るかも知れないじゃない」 (……諦めてたまるか、ちくしょう) 受け取った研究職は頷いた。 今日とは違う選択肢があるかもしれない明日のために。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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