● 自殺をしたい。そう思ったのはある日の昼過ぎ。授業中のことだった。 何でだろう。退屈だったからかな。嫌いな教師が担任でいることに耐えられなくなったとか。解らない。遺書を書くために理由はどうしても必要なのに。 いっそ有りもしないいじめを理由にとか。思ったけど止めておいた。自殺って言うのは自分にだけ振るう暴力だから。人に迷惑をかけちゃいけない。 悩んで悩んで悩み抜いて。でも結局答えは出なかった。無難な理由を無難な紙に書いて無難な茶封筒に入れておく。オッケー。準備は良しとしよう。全然良くなかったけど。 死に場所はちょっと遠く。三高平って言うところの海の中。ナイフで首を切るのも車に轢かれるのも高い建物の屋上から落下するのも良かったけど止めた。どれもこれも死に様は汚いものばかり。人が見たら間違いなく迷惑極まりない。 水ぶくれの姿も良くはない。ないけど他よりはマシだと思った。そう思って私は海の中へ。ぶくぶくぶく。ぶくぶくぶく。 少々の時間が経過。 あれ。呼吸出来ないのに全然苦しくない。可笑しいな。と言うか異常だよねこれ。まー仕方ないから上がろう。ひょっとしたら首筋にエラとか出来ちゃってる可能性がある。 ざばり。そんな音と共に上がる。 塩水でべたべたになった身体に凹む暇もなかった。見えたのは文字通りの殺戮だったから。 業者か何かのトラックだろうか。運転手が首を抱えて死んでいる。いやそれだけじゃない。倉庫の出荷作業をしていた人も死んでいる。漁から帰ってきた漁船のおじさんも死んでいる。みんなみんなが首を抱えて死んでいる。 何てことだ。何が困ったって考えるまでもない。こんな惨状の渦中に居る私は間違いなく重要参考人。何でこんな所に居たのかと警察に聞かれたら理由を話さざるを得なくなる。 マズい。とてもマズい。自殺どうこうなんて話したら絶対親に知られる。そうすれば止められるに決まってるじゃないか。自殺するってだけでも問題レベルの親不孝なのに事前に心労までかけさせるなんて。ああくそ。殺人だか何かの事故だか知らないがせめて此処で起きないでくれれば。 かと言って放っておくのも悪い。取りあえず業者の人の懐から携帯電話を借りて救急車と警察を呼ぶ。そして逃げる。決まってるでしょう当然。 走りながら考える。次の自殺はどうしよう。人に迷惑のかからない方法を。人に迷惑のかからない方法を。 ● 「補足しておくと、港の人たちが死んでいるって言うのはその女の子の勘違いだったみたい。救急車が着いたところ、その人達は全員助かったよ。尤も、あと数分遅れていたら手遅れだったらしいけど」 さらりと事務的な説明に死を載せるあどけない少女――『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉を、リベリスタ達は聞いていなかった。 先ほどまで見ていた未来映像。死を望み、死を与えられなかった少女と、死を望まず、死を与えられた一般人。理由なんてあっさり見当が付くじゃないか。 「……まさか、コイツ?」 「察しが良いね」 不要な褒め言葉を無表情で淡々と述べられた。誰が喜ぶか。 「多分、みんなの予想通り。この女の子は自分に向かうあらゆる危害――ダメージだけじゃなく、麻痺、毒とかも含めた状態異常も――を、自分に最も近い距離にいる誰かに向ける能力を持っている。少なくとも、自分と自分以外の一般人が与える危害は完全に反射。ダメージを通せるのは、恐らくエリューション属性保持者だけじゃ未だ足りない。フェイトの加護がある存在だけ」 「……それも完全じゃないんだろう?」 「うん。貴方達にもその効果が適用される確率は、お世辞にも低いとは言えない。高いというのも微妙なところだけど」 此処まで聞けば、最早リベリスタにも今後の流れは想像が付く。 『他人への迷惑』を嫌う少女。だからこそあくまで死は自己の手によってのみを完遂しようとする少女。それが無理だとも知らずに。 かと言って。ならばリベリスタが「代わりにお前を殺してやる」等と言えばどうなることか。 ――いやいや何言ってるんですか! 殺人って犯罪ですよ犯罪! 懲役喰らいますよ、前科つきますよ! 大体精神衛生的に一番宜しくないでしょう! そんな大迷惑を私一人の我が儘でかけられるわけ無いじゃないですか! こと自殺という行動を除けば、それ以外が致命に過ぎるほど良識的なのが問題であった。いい人過ぎて逆に面倒くさいタイプというか。 サラウンドで聞こえてきそうな仮想・少女の声を想像しつつ、リベリスタ達は大きく息を吐く。が。 「……問題はこれだけじゃない。女の子はみんなが敵意を見せた段階で、とにかく人の多いところに逃げようとする。みんなに『迷惑』をかけさせまいとして」 「げ……」 「人が多いところ迄への距離は、女の子の速度から見て二分前後。たどり着かれたら間違いなく失敗。女の子は人混みに紛れて逃げ、また何処かで他殺する自殺をくり返す」 時間制限付き。しかも攻撃の大半は弾かれるというか反射される。リベリスタは若干頭を抱えてしまった。殆ど詰んでないかこれ。 「一応、能力の補足をすると、女の子は自身が知覚した攻撃に対して、特に反射能力の発動率が高い傾向がある。向こうに攻撃を気取られない対策とかしておくとベターかも」 唯一の救いをしっかりと頭に叩き込んで、リベリスタ達はブリーフィングルームを退室する。 間際、「うわあん塩水気持ち悪いー!」と叫ぶ少女の声が聞こえた。やる気が思い切り削がれた気がした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月21日(金)23:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「自殺、か。俺の信仰する宗教的観念から言えば許されない事ではあるが――」 既に暗闇が場を支配する道路上。 声を出したのは『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)。青瞳を眇めて闇の先に出でるであろう少女を想い、彼は小さくため息をついた。 此度、彼らが相まみえるノーフェイス。革醒によって自殺衝動を覚え込まされた一人の少女。ゲルトを含めた八人のリベリスタ達は、今宵、それを殺すために此処に集っていた。 仮に、自殺の対象が正しく『自分一人』ならば、恐らくは彼らもそれを放置していたであろうが―― 「自殺=他殺とは、また面倒なノーフェイスになったもんだ。 しかも無自覚な上に無駄に善良と来た……まあ今更文句を言っても始まらんか」 「死ぬなら勝手に死んでくれって言葉を聞いた事あるっすけど、こういうのは本当にそう思うっすね」 呆れ半分、苦み半分で声を出す各々は、『深闇に舞う白翼』天城・櫻霞(BNE000469)と『のらりくらりと適当に』三上 伸之(BNE001089)である。 親切。良的。端から聞けばキレイな言葉であろうが、今の彼女はそれを裏返す力をその身に得た上、それを理解してすらいない。 元は人であったモノに対して、リベリスタが抱く感情は様々だ。罪悪感もある、悲しみもある、人によれば怒りも無慈悲も有る、が……こと今回の依頼において、この二人が抱いた思いは恐らく、「面倒」の一つにつきるであろう。 最も、それを哀れむ者も、この場には居る。 「影響がこんな形で出るなんて…… 元がとてもイイ子なだけに、どうにかして人の道からこれ以上外れないように、そして一番苦しまない方法で止められるとイイんだケド……ねぃ」 『蜥蜴の嫁』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)。齢二十を超えながら少女のようなあどけなさを振りまく彼女でありながら、今この場に浮かべる表情は沈痛だ。 革醒によって自殺を望む少女。 それはつまり神秘に触れる機会すらなければ、彼女は彼女のまま、何も変わることなく只のヒトとしてその生涯を終えたという意味でもある。 それを気づかせることなく殺すことは、果たして正しいのか否か。 答えは出ない。今彼女が出来ることは、いずれやってくる少女を自らの言葉で納得させることだけだ。 「放っておいたら一般人に犠牲が出る。だから倒さなきゃいけない、けど……」 迷いは、『さくらのゆめ』桜田 京子(BNE003066)の中にもある。 放置は出来ない。それは更なる『自殺者』の増加に繋がり、より大きな視点で見れば行く末は世界の破滅だ。 だからこそ殺すことを変えることは出来ない。 けれど、其処に想いを込めず、リベリスタとして唯殺すことを選ぶよりは、人として少しでも、緩やかな終わりを迎えてほしいと想う。 「ひとに迷惑をかけてはいけない。私もそう教わり育ちました。 彼女が普通に過ごせていたらと思わずにはいられませんが……こうなった以上、迷いは捨てて向かいませんと」 思いを言葉に込め、意を決して幻想纏いを握る蘭堂・かるた(BNE001675)。 自らの生涯――自身が「拾った命」と称するそれを生ある限り有効に使い続けようとする彼女から見て、件のエリューションは度し難い存在で有ったのだろうか。 考えは人により異なる。個の集大成はバラバラの思いを抱いていながらも、その使命の一つによって結びついた彼らは決して解けることはない。 「……来たぜ」 合図を出したのは、『理想と現実の狭間』玖珂峰 観樂(BNE001583)。 微風に揺れるマフラーの先が示した方向に、のろのろと歩く少女の姿が、在った。 ● 「え? あれ、えっとー……あの?」 少女の声は言葉としての用を為さない。 疑問符だらけの飛び飛びな声へ最初に答えたのは、にこりと笑うアナスタシアだ。 「あたしはアナスタシア。まずは自己紹介からだよねぃ、そっちは?」 「え、あ、ご丁寧に。私の名前、――――――です」 少なくとも今は敵意を見せないリベリスタらに、少女は彼らが敵であることに気づかない。隙など容易に見える深々としたお辞儀をして、彼女はきょろきょろと周囲を見回した。 視界に映るのは、アナスタシア、櫻霞、観樂とかるた。他のメンバーが彼女を包囲するまでの間、彼女の足止めとして選ばれた四名。 年齢も服装もあまり統一性が見られない彼らを見て、少女は目を白黒とさせるのみだ。 「……あ、の。何かご用ですか? こう見えても、私それなりに急いでまして――」 「――迷惑をかけずに自殺……本気で可能な事だと思っていますか?」 言いかけた言葉を、被せるようにして制したのは、かるた。 びくり、と少女の動きが止まったのは、きっと気のせいではないだろう。 嘘だ。 どうして気づかれたんだ。 気づかれるはずがないのに。 誰にも見られてないのに。 どうしよう。 逃げなきゃ。 逃げてどうするの。 胸中の声が此処まで聞こえる。心を読む力など誰もが持っていないくせに、それでもあからさまに解ってしまうほど、少女は狼狽え、後ずさっていた。 それを見て、心を痛ませながらも――しかし、朱髪褐色の吸血鬼は止まらなかった。 「……なんで港のヒト達があんなコトになったのか、わかる?」 「え……?」 更なる指摘。顔色が蒼白すら過ぎて真っ白になる少女。 「ち……違うんです! 殺したのは私じゃなくて、私が、その……来たときには、あの人達はもう死んでて!」 「死んでねぇよ」 ぶっきらぼうな声で、観樂が言葉を返した。 「そして、あんたが殺していないって言うのも違う。あんたは自殺をしようとすればするほど、周囲の人間を危害に遭わせる力を持ってる」 「………………。な、何言ってるんですか。そんなの。映画や漫画じゃ、在るまいし」 「嘘じゃあ、ないんだよぅ」 語り手が、アナスタシアに移った。 浮かべる表情はおよそ一人を覗き、僅かな翳りを覗かせている。 少女はそれに気づかない。気づくほどの余裕を、与えてはもらえない。 「貴女は色んなものを反射しちゃうんだよぅ。もし自殺した時周りに居るのが一般人だったら、罪も無いのに殺しちゃう……」 「初めて自殺をしたときのことを覚えていますか? 水の中に潜った貴方が見た人は、その誰もが呼吸出来ずに気を失っているものではありませんでしたか? 貴方が味わうはずだった苦しみを、彼らは肩代わりさせられたんです。貴方の周囲を顧みない行動のせいで」 数秒の沈黙。 衝撃か、理解の放棄か、動きすら止めた少女へ最後の言葉を掛けるのは、観樂。 「細かいことは他の奴等が言ってくれたから省略する。そのそも自殺ってのが気にくわねぇんだよ」 「……それは」 「迷惑が掛からない? 何バカなこと言ってんだ? あんたの周りの人間が”自分の所為かも”なんて自責したらどうすんだ? 多くの加害者候補を作り出すよりは明確な意思で殺しに来てる俺たちに殺されてくれよ!」 「……随分、ストレートに言うんです、ね」 数秒の沈黙。 観樂の言葉で停滞した会話を、しかし少女はぶんと頭を振るって快活に答えた。 「けど――冗談、キツいですよ」 「……」 「荒唐無稽すぎます。ナンセンスです。私の自殺を止めさせたいなら、素直にそう言えばいいのに。嘘つきは嫌われちゃいますよ?」 ち、と言う小さな音が聞こえた。 現実を受け入れようとしない少女に対し、櫻霞が鳴らした舌打ちである。 ともあれ、それを理解させるのは些か無理があったと言わざるを得ないだろう。 京子が先に言ったとおり、その精神面において未だ『一般人』である少女の精神は、唐突に話された神秘を受け入れるほど柔軟な性質ではいない。 加え、少女の自殺衝動の起源は革醒によるものでもある。神秘そのものによって生じた思考は――人によって差はあるだろうが――ある意味では強迫観念にも近い。 それを覆すに足る思いは有ろうとも……カタチへと変える術がなければ、それは少女を納得させるには足りない。 「……それならそれで良いさ。元から俺たちの目的は、お前を説得する事じゃない」 少女がそれに反応するよりも早く、ぱん、と乾いた音が静寂に響く。 「……え」 下肢に視線をやる。流血。膝よりやや下を狙った銃撃に思わず膝を着く少女。 射程内ギリギリから狙った京子の銃弾は、正確に彼女の足を貫いた。 「……それと、先ほどお前は言ったな、荒唐無稽だと」 「っ、痛ぁ、い……!」 跪いた少女にすら冷酷な視線を投げかけて、櫻霞は言い放つ。言い放ち続ける。 「その言葉が間違いだという証拠を、今見せてやろう」 さて、始めるとしようかね。 呟かれた戦いの合図は、少女にとって不幸の合図か、幸福の知らせか。 ● 少女が動くよりも早く、リベリスタ達は迅速に動いた。 「そんじゃま、お手柔らかに頼むッスよ」 「ふふ、逃がさない。逃がしてなんて、あーげない」 伸之が意図的に設置した遮蔽物から撃ち放った正義の弾丸が少女を貫き、衝撃に蹌踉めくよりも早く罪姫が背後よりその身を抱きすくめる。 幼い罪姫の牙は首に突き立ってその命をすすり、防御の構えを整えたゲルトが少女の後方より攻撃態勢を整えた。 「俺は犯罪者だ! だからお前を殺しても問題ない!」 それと共に掛けられる声。 神秘を信じなかった場合のために用意しておいた彼の口上は、それに驚く少女に構わず、続けられる。 「だが、お前を殺させてくれればそれを最後にして自首しよう。……どうする?」 「……ええと、信じると、思いますか?」 これだけ大勢で武器を構えている時点で脅迫と同じです。そう言って彼の言葉をも突っぱねた少女に、違いない、と彼は胸中で呟いた。 初手は上々。待ち伏せていた者達が行動を制限させる攻撃で足止めさせることで、残る四名が強化の術式を、構えを取るに足る時間は十分に稼げた。 かと言って、それが勝敗を左右するほどとは言い難い。 「逃げるのは大いに結構、その親切でどれだけ他者を殺すつもりだ……偽善者よ」 呟いた櫻霞が点を穿つかのごとき精撃を放った瞬間、その顔が僅かに歪んだ。 彼ばかりではない。アナスタシアも自己の炎に身を焼かれ、観樂の風が彼の戦闘服を次々に裂いていく。 ゲルトの攻撃によって少女が怒りに我を忘れていようと、それが攻撃の予測すら出来ないほどではなかった。 能力の発動は行動を始めた彼らを見る間に朱く染め始めていた。少女の眼前に立つ前衛陣、説得によってその存在をハッキリと認識された説得陣にはそれが特に顕著である。 「回復を……!」 誰かが叫べば、其処に向けてすぐにかるたの癒術がかかるも、それとて単体にしか効果を発揮しない以上、消耗の度合いは確実に彼らの側が大きい。 彼らに出来ることは、一刻も早い決着をつけることと…… 「ホラ! この傷、さっき話した貴女の能力で付いたんだよぅ……!」 「痛いか? くそっ……俺もいてぇ!」 正気を取り戻した彼女に、再度の言葉をかけ続けること。 さすがに、戦闘ともなれば彼女も理解しかけていた。自らの力を、それによって傷つく人々を。 だが、未だ彼女はそれを認めない。 認めきれない、と言っても良い。混乱した今の彼女に、それを理解するだけのチカラは残っていない。 「……そうやって、私を傷つけようとして傷つくなら」 それでも、少女は走りながら呟く。 包囲の一点、商業地区へ向かう道に立つ伸之に向けて。 「何で、こんなことするんですか? そんなことをして無理に私を殺すより、私が勝手に死んだ方が良いんじゃないですか!?」 「それが無理だから、俺たちはこうしてあんたを殺してるんスよ」 「解らないじゃないですか! 溺れて死ぬことは無理でも、轢かれたり、高いところから落ちたり、心臓を刺したりすれば、ひょっとしたら……!」 「そうして成功するまで、失敗するたびに、また別の人が何人も死ぬとしても?」 「力なんて知らない? 判らない? その無知こそが貴様の最大の汚点だよ……大人しく撃たれとけ」 少女の笑顔が、歪んでいた。 嘘だ。これは夢なんだと言い聞かせようとして、それでも打ち据えられる衝撃の時々に走る痛みは、この状況が夢ではないことを教えてくれる。 「誤解しないで。私たちは貴方が嫌いで殺そうとしているのではないの。 むしろ逆。貴女みたいな子、罪姫さんは大好きよ」 恐れと困惑を身に滲ませる少女に、罪姫がいっそたおやかな声で囁いた。 最も、その声と相反して体中は――特に首の周囲は傷だらけである。吸血のみをほとんどの攻撃に費やされた彼女の行動は最早パターン化しており、少女には視界に映らずとも気取られている。攻撃の反射はほぼ100%に近く、傷ついた身は運命を消費していた。 それでも、彼女は止まらない。 愛する人への想いを、血と肉の姿とすることで為すために。 「大好きだから殺させて、愛してるから解体させて。壊して抉って断って揃えて切り刻んで、綺麗に揃えてお片付け。 さあさ一緒に踊りましょ、遊びが終わるその時まで。ええ、それとも……死が、二人を分かつまで。」 「や……っ!」 少女が恐れるよりも早く届いた牙が、罪姫自身に食らいつく。 飛沫いた血が二人を染めて、そうして彼女は血に伏した。 死に近しい凄惨な姿を見せつけられ、流石に震えた少女。 「……それが、貴方の望む自殺の果てです」 「……違う!」 かるたの言葉を振り切って、少女は再度、駆け出す。 伸之も幾度かの反射で傷み、かるたも戦列をカバーするには些か体力が足りない。 若干のふらつきを、妄執ともいえる強固な欲求、気力で補い、その包囲を一歩、抜け出した少女に見えたのは、深夜の商業地区の建物が見せる、か細い光。 ――それと、漆黒のリボルバーを構えた、京子の姿。 「……あ」 終幕は一瞬。それこそ、銃弾が獲物を貫く程度の瞬間まで。 違い無く心臓を貫かれた彼女が倒れるのは、最早必定であった。 ● 何でだろう。今更ながらに私は思う。 平凡な人生を歩んできたつもりだった。それが唐突に命すら捨てる望みを抱いた。 それを叶えることは出来ないとあの人達に教えられた。何て運命の悪戯だろう。思わず笑ってしまう。泣いてしまう。 けれど、彼らはその願いを、私の代わりに叶えてあげると言ってくれた。 嬉しかった。けれどダメなんだ。 私は自殺するんだから。誰の手も汚さずに。誰の心も汚さずに。 ああ。だけど血で汚れたこの身は彼らがつけたもので。その血が流れて私は死んでいく。 甘えちゃったんだなあ。私。 「友達に、なろうよ」 時は、戦いが終わった直後。 全ては終わっていた。倒れ、呼吸すらおぼつかない少女の最期を、戦闘より復帰した誰もが見つめている。 その頬に手を触れた京子が、精一杯の笑顔で話しかけた。 「友達にはさ、迷惑掛けてもいいんだよ? 生きたくなったら生きる方法一緒に考えてあげる。それでもまだ死にたいのなら、死ぬ方法一緒に考えてあげる。 自分の力は分かったでしょ?その力は誰かを苦しめるかも知れない。だから、これからどうするか一緒に考えよう」 「……」 少女の瞳は、焦点が定まっていない。 ひゅうひゅうという呼吸音を響かせる少女に、京子は返答を望んではいない。 唯、その神秘によって化け物へと変じられても、貴方を想う人は此処にいると、それを知ってもらいたかっただけのこと。 緩やかに時が流れる。言葉を誰も発しない。 「……それじゃあ」 少女が言葉を返したのは、どれほどの時が経った頃だったか。 「それじゃあ、ごめんなさいって、言わなくて良いんだ」 「……うん」 「じゃあ、代わりに」 ――ありがと。 言葉を最期に、少女は呼吸を止めた。 最後まで自殺を望みとする彼女が、思いを変えることは出来なかったけれど。 せめてこれを、幸福な結末の代わりにしよう。 「――Amen」 その唇に紅をさして、ゲルトが小さく、祈りを捧げる。 月に代わって輝く街灯の白光は、一人の少女を照らし続けていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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