● 自らの役目を終えたと思った時、全てが鮮明に映った事を覚えている。 仲間達の怒号と、敵の苦悶と、血と、鋼。それだけを捉え、唯生きることを渇望したあの頃とは、最早世界は違っていた。空の色を覚え、鳥の囀りを覚え、唯安穏と暮らすことの喜びを、今私は漸くこの手に抱いた気がする。 それに出会うことが出来た私に、私は喜んで、 それに出会うことが出来なかった彼に、私は悲しんだ。 時刻は明朝。 僅かに覗いた陽が世界を照らし、雲一つ無い夜空を青空へと塗り替えていく。 ――ああ、良い天気だ。 硝子越しに見る景色に、私は小さく笑む。 微睡みから覚醒に向かう世界。小鳥の囀りと、早起きの散歩をする人と、朝食の支度に薫る美味しそうな匂い。 ようやく手にした、日常の暖かさが、そこにある。 絹の如く柔らかな世界は、私一人など容易く優しく包み込んでくれたのだ。 けれど、だから思う。既に仲間と敵の血に塗れた私が、この美しい絹をこれ以上、汚すわけにはいかないと。 旅装に身を固め、小さな荷物を手にする。 向かう先は彼の元。かつて愛し、その想いを繋げたまま、遂げることが叶わぬ所へ行ってしまった、あの人が在る場所。 「……今日は、旅をするには良い日でしょう?」 静かに目を閉じ、私は一人呟く。 数年前に出会ったお姫様。見慣れた彼女にかける最後の挨拶。 心は痛むけれど、それを超える最後の願いがあるから。だから私は、もう止まらない。 「許さないなら、おいでなさいな。私は貴方達を乗り越えてでも、あの人に会いに行くから」 言葉の終わり際、背後に出でた小さな穴が、音もなく闇を吐き出し始めた。 ● 「……フィクサードの対処。それが今回の依頼」 ブリーフィングルームにて、一人の少女が声を発する。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。秀でた予言の力を持つ、アークが誇るフォーチュナの一人が、今、リベリスタ達に依頼の解説をしていた。 けれど、その姿は、気高き予言者のそれではなく、か弱い少女のように、脆く、儚い。 「対象は……元リベリスタ。現在70を超える高齢の女性。自らの老衰を理由に、先日アークから去っていったけれど……本当の理由は、違った」 「……会いに行くって、言ってたな」 リベリスタの誰かが、そう呟く。 それを聞いて、イヴの身体が僅かに震える。 震えたけれど、それを振り切って、言葉を続けた。 「かつて、彼女には夫が居た。同じリベリスタで、プロト・アーク発足以前から彼女と共に行動し、設立後は両者とも此処に所属して活動していた。 二人は以前、共同でとある強力なアザーバイドと退治することになった。結果、戦闘は死の目を見ながらも、どうにかリベリスタ側の勝利。アザーバイドは元の世界へと帰って行ったけれど……その際、アザーバイドは何を理由にか、死にかけた彼を抱えてディメンション・ホールを通っていった」 「……」 少女の矮躯が、強ばっていた。 プロト・アークの時点と言うことは、組織としての骨組みが整っていない段階。当然フォーチュナなどと言った予言者も不足はしていただろうし――何より、その当時に『万華鏡』は完成していなかった。 不確かな予言を受け、依頼に臨み、大切な者を失った彼女は、その時何を思っただろうか。 ……けれど、それはその時代のリベリスタが皆、覚悟していたことの筈だ。 その思いを読み取ったかのように、イヴは小さく首を振って、再度言葉を発する。 「彼女は、恨まなかった。恨まなかった代わりに、恋人の居た世界で添い遂げるための努力を始めた。 その末に得たものは二つ。不安定なディメンション・ホールを発生させるアーティファクトと、多くのフィクサード、リベリスタから奪い取った、秘儀の上澄み」 後者の言葉で、リベリスタ達が僅かに目の色を変える。 イヴは、その視線にゆっくりと頷いた。 「彼女は、当時におけるラーニング使いの第一人者。およそ数十年に渡って様々な敵と戦い、その神秘を如何に効率よく模倣するかを極めた彼女は、多くの固有スキルを所持している。 当然、今回彼女の元に向かって貰うみんなにも、それらを駆使して立ち回るはず」 「……厄介な敵だな」 「そう。強い。力も、想いも」 其処で、会話が止まった。 普段ならリベリスタらを送り出す言葉が告げられるはずだが、今のイヴには、それすらも声にしない。 流れる沈黙の末、解説は終わったと判じた彼等が席を立とうとしたとき、蚊の鳴くような声で、少女が零した。 「……どうして、かな」 かすれ、ひび割れ、震えた声。 「大丈夫、だって、言ったのに」 ――大丈夫よ、イヴちゃん。 ――私は貴方を恨まないし、あの人もきっと貴方を恨まないわ。その為の覚悟を、私たちはずっと続けてきたのだもの。 ――だから、どうか泣かないで。その悲しみを強さに変えて、これから先にきっと在る、もっと大きな悲しみに立ち向かって。 ――私は、私たちは、そんな貴方の力になり続けるから。 「力になってくれるって、言ったのに……」 少女は俯き、黙り込む。 去来した思い出は何か、其処に抱いた想いは何か。知らぬリベリスタに、声の掛けようなどあるはずがない。 今、彼等に出来るのは――その悲しみの重さを、ほんの少しだけ、代わりに背負ってあげることだけ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月17日(月)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 戦いは疾うに終わり、あの時より半年が経とうとしています。 貴方は、未だ生きていますか――? ● 陽も出でたばかりの早朝、一人の老女は旅の切符を切っていた。 その背後には揺らぐ黒穴。秒を重ねるごとに拡がっていくそれに目を向けることもなく、老女は唯、笑顔で空を見上げている。 「リベリスタといえども色々と思いはあるでござるな……」 それに声をかける、客人が居た。 『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)。隆々とした体躯を持ち、その手に黒の大太刀を構える姿は、敵を食らいつくさん虎のごとき鬼気を発している――本来ならば。 今の彼に、その恐ろしさは感じられない。困惑のような、憐憫のような、諦観のような表情が、彼をリベリスタではなく、『家族を愛する者』としての存在に変えている。 彼ばかりではない。鋼腕の男も、三つ編みの少女も、和装の青年も、向かう者は皆一様に何かを堪えるような表情をして、枯れ木のごとく細い老女に相対している。 ――唯、会いたい人に会いに行くだけ。 それだけならば綺麗な話だった。年老いた女の最後の願いを誰もが尊いと叫び、その望みが果たされることを座して祈ったであろうに。 ――この世界を壊してでも。 続く言葉。狂気の発露。人はそれを愚かと叫ぶだろう。そんな望みなど破綻されよと誰もが彼女を呪ったであろう。 『罪人狩り』クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)が小さく言葉を漏らした。どうしてそこまでするのだろう、と。 きっと常人ならば誰もが抱く疑問。望む世界に辿り着けるか、彼が生きているかも分からないのに。それは考える能さえ失った想いの果てか、一縷の希望を諦めきれぬ愚者の愚行か。 ――でも。 「異世界への道は繋げるわけにはいかない。貴女が進むべき道は、他にある筈だから」 しゃらん、と音が鳴る。シスター服に似合わぬ装飾、逆十字のネックレスが。 老女はそれを慈しむように見ていた。言葉も発さず、構えもとらず、それを唯見つめていた。 「何にせよ、諦めることを是としないからこその選択であるならば御再考を願いたいところ。 我々としても得られるものがあるならば時に見逃すという選択もあり得るのでしょうが、我々が寄越されたという事は諦めることに等しい分の悪い博打だと言う事です」 その手段を諦めないのなら――と、言葉を句切った『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)。 こと『仕事』に対しては私情を挟まず、完遂すべく惑いのない彼が呼びかけを始めた意味は、きっとこの場の者達には問うまでもない。 それでも、老女は笑っていた。 切なげに、空しげに笑っていた。 「ラーニングの先輩だなんて、素敵じゃない。今回の行動も、それだけの覚悟を持って実行に移したんだもの。むしろ応援したいぐらい。 ――それでも、今は世界の味方だから」 「……止めないといけませんね、悲しみを増やさない為にも」 溌剌とした『Trompe-l'?il』歪 ぐるぐ(BNE000001)の言葉を、悲壮な決意を隠さない『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)が継いだ。 自身の『先輩』を、その捻れた決意の根底に在る清らな想いを見据える少女達のココロは、悲しい。 救いは有るのだろうか。そんな弱音すら黒い境界穴が飲み込むかのよう。拡がる穴。時間の少なさを如実に表すそれに、奇跡を乞う願いすら焦燥に蝕まれて、彼女らは唯、武器を構える。 (お婆さんは、こうなるかもしれないボクの未来の姿なのかも) 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の胸中は、周囲の仲間達とは別種の不安に満ちていた。 たった一人を盲目的に愛する少女。それを追い求め探し求め、それでも未だ届くことはない現在。 自身の思いの果ては、彼の老女へと繋がるのか。その仮定が恐ろしかった、恐ろしくて、辛かった。 「……貴女のことは知っている。私たちに牙を向ける理由も、その牙の鋭さも」 だが、と『鋼鉄の信念』シャルローネ・アクリアノーツ・メイフィールド(BNE002710)が一拍を置いて、言う。 「如何なる理由があろうとも”越えさせる”わけにはいかない」 世界を、狂気を、リベリスタを、すべてすべての『一線』を。 個々の想いを語るリベリスタら。その表情を、決意の固さを知ったのか、老女は笑ったまま、漸く口を開いた。 「……星空を見ているような気分だわ」 「……」 「みんなみんな、綺麗なものばかり。小さくても、色が違っても、そのどれもが輝いて、美しさを教えてくれる。……あなた達の言葉は、それほど素晴らしいと、本当にそう思う。 ――けれど、ね」 言って、老女は自身の幻想纏いを振って、銀色の手甲を呼び出した。 傍目にも重そうなそれを難なく腕にはめた彼女は、くすり、笑って。 「為った決意を止めるには、言葉だけでは足りないの。 世界を救いたいのなら、守りたいのなら、私を殺して進みなさいな。星々の子供達」 挑発にも劣る無様な呼びかけに、リベリスタ達が、動いた。 ● 先日はこんな事がありました、今日はこんな事がありそうです。明日はこんなことが起こるでしょうか。 想いを重ねて、重ねて。書き続けるこの手紙も、時が経てば経つほどに意味が無いことと思い知らされます。 ● 心が体に呼応するかのようだと、人は思っただろう。 その場の誰よりも速く行動したのはアンジェリカ。黒弦を影に浸し、引き抜いたそれらが絡め取ったのは彼女の影人形。 あらゆる物体を足場として捉える彼女の動きは人の目には追い切れない。 敵の視界から外れたと思ったそのときには、既に死のオーラが老女の肌を切り裂く。飛沫く血を、蹌踉めく体を、ぎりと歯を食いしばって少女は見る。 開始早々から傷んだ身体を気にさせる暇も与えず、ぐるぐ、虎鐵、正道、クローチェ、シャルローネの五人も同様に老女に向けて接近した。 きなこと『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船 ルカ(BNE002998)が後方からの援護を主体とすることで、ひとまずの陣形は整ったといえる。 ――が、 「あらあら。最初からそんなに固まっても良いのかしら?」 「……!」 反応するにも遅すぎた。 ドン、という鈍い音。同時に舞う爆煙と、衝撃を逃しきれず、動きを鈍らせた前衛陣。 爆劈と呼ばれる至近攻撃。老女には些か弱手な体技であるとしても、急所を的確に穿つ業はほぼ全てのリベリスタに深い傷を付けた。 特に深く傷んだ者を即座に治療しつつ、きなこは二冊の書から護法の異界を展開し、仲間達のフォローにつとめる。 仲間に攻撃能力を使用する事がないよう、それらを捨ててまで臨んだ彼女の表情は、凛然とした戦死そのものの顔だ。 「あなたの行為はあなたの伴侶の栄誉と決意を汚す事になります、それでやるのですか?」 老女はまたしても答えない。――少なくとも、今は。 リベリスタらの動きは迅速だった。 いきなり態勢を崩された面々の中、しかしそれでも前に出て力を振るう者が一人、二人。 「本気の本気で行かせてもらうでござるよ!!」 「ご教授願いますよ。先輩」 一を十に繋げる致死の連撃と、稲妻纏いの両断。 致命とは言わずとも受けた一撃は確かに重い。銀甲に太刀と楽器が叩きつけられ、鈍くも硬質な音色を響かせる。 「あらあら、随分と買いかぶられているのね。私も」 それでも、眼前の老女の笑顔は不変だ。 再度の手を打たれるより早く、クローチェが聖釘を払う。 軌道に出でる黒気。アンジェリカのそれとは同種でありながらも些か違った発現の形を見せるナイトクリークの技量。 同様に、ルカのマジックアローも飛来する。閃断、通穿、それらを紙一重でかわす彼女に、二人は問いかける。 「貴女は確かに強い……。 でも、その心はアーティファクトの誘惑に負けてしまっている」 「多くの人を犠牲にするかもしれないような方法で救われる事を貴女の旦那さんは望みますか? それとも貴女の愛した人は、他人を犠牲にしても助かりたいなんて方なのですか?」 思いとどまって欲しい。妄執を振り切り、かつてのリベリスタとして世界そのものを愛した貴女に帰ってきて欲しい。 揺さぶりを意図した言葉。騒音響く戦いの場にありながら、しかしそれらはイヤにハッキリと聞こえてくる。 けれど、しかし、彼女は。 「……その問いを、私自身が考えなかったと思うかしら?」 変わらない。 そんな『当たり前すぎる問いかけ』は、既に彼女が過ぎ去ったあとだ。 老女が構えを取る。正道はそれをさせじと次々に乱打を加えていくが、いかんせん彼一人では些か妨害と呼ぶには弱い。 一つ、一つと術が完成されていく様を、舌を打つ彼は止めることが出来ない。 「惑う者への問いかけは、意を決した者には届かないわ。 決意をねじ曲げたいのなら、更に強い意志で圧し潰すか、暴力で砕きなさい。……その覚悟が出来ていないのなら」 ――潔く去りなさい。 銀の籠手を正面に突き出す。それを中心に形成される魔法陣。 そこから解放されたのは呪詛の熱風だった。浴びる度に思考が散逸し、唯一つの感情――憤怒のみがリベリスタ達の意識を満たす。 「……っ!!」 唯一人、それを堪えたシャルローネが風の刃を放った。 全身を切り裂き、夥しい出血が老女の身を朱に染める。 シャルローネに、言葉はもう無かった。 万感は既に最初の一言と、攻撃全てに込めている。 仲間を騙した怒りを、頼られなかった悲哀を、もし自分が彼女ならと言う葛藤を。 感情は力になって老女を一層激しく傷つける。揺らいだ身体に更なる一撃をと接近するシャルローネに、『先輩』は小さく呟いた。 「貴女は、そうでもないみたいね」 ああ、御陰様で。 ● ごめんなさいと幾度言おうと、貴方は許してくれないでしょう。 けれど、駄目でした。私は所詮、この程度を耐える強さもない弱い女でした。 罵ってくれても構いません。殴っても構いません。殺されることすら、構いません。 けれど、けれど。 ● リベリスタ達に余裕はない。 相手が術士系ということもあって、その体力が少ないことが僅かな救いとなっているが、言い換えれば彼らの利点とは其処と、数の多さだけに過ぎなかった。 近接攻撃を主とするこのパーティにとって、老女の範囲攻撃は正しく鬼門であった。加えて回復能力も、老女の全体攻撃によって後衛が理性を奪われ中々発動させてはもらえない。 既に何人かが倒れ、フェイトを消耗している。最短で言えば残る時間は十数秒。攻撃の苛烈さに更なる磨きがかかった。 「拙者のできる事は……最悪の事態を防ぐ事でござる」 消耗を抑え、連撃を狙った気剣は既に何度目か。虎鐵が息を切らしながらも老女の籠手に刃を下ろし、ガチガチと不愉快な金属音を立てる。 「確かに大切な人を失うのは悲しいでござるが……でも、それでも拙者にも守らねばならぬものがあるでござるから」 負けられぬのでござるよ。そう言う虎鐵の顔は、何処までも苦みがはしっていた。 「強いのね。貴方は」 老女の笑顔は、崩れない。 無理矢理太刀を弾いたその身は満身創痍と言っていい。傷口の血は僅かにも止まらず、息は誰が見ても上がり、構えを取るその姿もどこかふらつき、倒れるにはあと少しであった。 けれど、それでも彼女は折れない。 「私は、弱いわ。大切な人一人を失った程度で、これ程にも狂ってしまう」 「――そんなことはない!」 叫び返したのは虎鐵ではなく、アンジェリカであった。 「お婆さんはボクと同じ、同じなんだ! 愛する人を追い続けてる。でもボクの神父様は自分の為にボクが誰かを、何かを傷つけたらきっとボクを許してくれない」 「……」 「お婆さんの旦那さんもそうでしょ? 自分の為に貴方がゲートを開いてこの世界を傷つけたらきっと許してくれない。愛してたんだもん、この世界を」 涙が零れていた。声が震えていた。 普段の彼女からは想像も出来ぬ感情の決壊。それでいて武器を下ろさないこの使命の重さを、今彼女は心から感じていた。 ハイアンドロウ。死の爆撃。幾本もの黒弦が触れるとともに爆発を起こす。 倒れかけた身体を運命で補って、未だ揺るがない老女は、だから、とても哀れに見えた。 「……貴方、ともだちは、居る?」 「……え」 抱きつくように懐に飛び込んだアンジェリカに、老女が小さく笑いかけた。 「恋人は? 家族は? 自分が大切に思って、自分が大切に思われている人は、居るかしら、居ないかしら」 「……私は、居なかったわ」 そこで、終わりだった。 再度の、怒りの息吹。前衛陣の虎鐵とアンジェリカが倒れ、後方で回復に徹していたきなこも頽れた。 それと同時に、背後の門が開く。 世界に一つの……穴が開く。 「絆を鎖にしないために。この世界にこの身を縛るモノを無くすために。私はあの人が居なくなってからそうし続けてきた。 貴方は違う。あなた達は違うわ。大丈夫。どれほどの絶望が襲おうと、大切な人が一人でも生きていれば、あなた達はきっと立ち直れる」 それは、紛れもない本心だったのだろう。 倒れる少女をそっと撫で、涙さえ落とすその姿を偽物と思えるはずもない。 純粋が故の狂乱。無垢が故の汚染。自身を愚かと知りつつ止まらぬ彼女の意志は、最早変えることは出来ない。 変えることは出来ない、が。 ――あと、少しだけ、力になって。 揺るがせることは、出来た。 老女の構えが、一瞬解かれる。何の奇跡か、黒穴の拡大も、一瞬だけ止まる。 声をかけたのはぐるぐ。老女に接近して今にも攻撃を放たんとする彼女が掛けた言葉は、他ならぬ予言者の少女から彼女が受け取ったもの。 「……この子を、裏切るの?」 ぐるぐの言葉は、そこで終わりだ。最早言葉が介入する余地は無い。 「私達は貴女に勝って生きて必ず戻る……。 もう二度と、あの子(イヴ)を裏切る真似はしたくないから」 「まあ、これも『リベリスタ』のやることではありませんな」 クローチェのまっすぐな、正道の熱を込めながらも淡々とした言葉は、揺らいだ老女をさらに揺るがせた。 明らかな狼狽に覗いた隙を、リベリスタ達は見逃さない。 ルカが最後の賦活を唱え、全員を癒し、それに力を得たシャルローネが光輝の槌を振り下ろす。 「……だから、もう重荷を背負わなくていいんですよ」 最後に聞こえた声が、戦いの終わりを告げた。 ● 貴方のいる場所で、私は死にたいのです。 だから、どうか。 ● 最早、その場に言葉は必要なかった。 場所は変わらず、彼の老女の庭。太陽は既に地平線から足を離しており、自身が放つ煌々とした光を全ての者達に浴びせていた。 ――唯、リベリスタ達の眼前に広がる、穴を覗いては。 「――――――っ!」 嗚咽を漏らしたのはアンジェリカだった。止められなかった、と胸中で呟く彼女の心は、きっと皆が抱く思いでもあっただろう。 「……止めることは、出来ませんでしたか」 「やるせないでござるな」 壮年の二人が吐く言葉は淡泊だ。思いを『取り繕う』程度に彼らが大人であったことは、彼らにとって不幸だったのか、幸福だったのか。 「……撤退だ。ここまで広がっては、私たちでは対処できない」 全員を纏めるように、シャルローネがぽつり、呟く。 その彼女自身、震える声を必死に押さえつけようとしながら。 アークの迎えが来るまでのしばしの間、クローチェは唯祈り続け、 「おはよう、おやすみ、……さようなら」 ぐるぐは最後に、言葉を掛ける。 返された言葉はなく、唯世界の虫食いが放つ静かな風音だけが、彼らの言葉に応えていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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