●I want to be loved! 「私は! 愛されたい!」 もうその時点で夜勤の見回りをしていた加藤・進次郎(59歳)の心臓は止まりかけたのだが、運命とはかくも非情である。 若干古風な百貨店の、屋上を除けば最上階となるこのフロアに陳列されているのは子供向けのおもちゃや衣服の類だ。 一角には人形やぬいぐるみが流行り廃り問わず陳列されており、通りすがればいつだって視線を感じる気がする――小さい頃からオカルト嫌いな進次郎はこのフロアが心底苦手だった。 だからその日の丑三つ時も普段通りに大股で通りすぎようとしたのだ。 そこにこの大絶叫である。警備員とはいえ腰を抜かして動けなくなるのも無理はなかった。 「ミスター! 私は愛されに行こうと思う!」 進次郎の目の前で仁王立ちになりつつ足裏の動きだけで僅かににじりよってきているのはなんだか不恰好なシロモノだ。 口を形作るのは只の刺繍であるから、声を出すときも微塵も動かない。 そのくせ素晴らしく良い声がフロア中に響き渡るくらいの音量で発せられていた。 「ミスター! 輝かしき愛という栄光をつかみとりに行く私に相応しきスターターピストルの音を!」 引き絞られた、形の良い手足で『それ』がクラウチングスタートの態勢をとってみせる。 ――身体が小さい所為で微妙にうまくいっていなかった。 「ミスター! さあ早く!」 「ヒィイ化物だ助けて!」 帰ってきたのは悲鳴だったが、それでスタートの合図としては十分だったらしい。 地面を蹴り一気に加速する背中は、よく通る声を残してすぐに小さくなっていった。 「サンキューミスター! さらば! アデュー! グンナイ! よい夢を!」 ついに気を失った進次郎が本当によい夢を見られるのかどうかは誰も知らない。 ●Get set and ready 「まずはご挨拶を。アークでフォーチュナをやらせてもらうことになった、浅葱志延です。はじめまして、これから宜しく」 ブリーフィングルームの見慣れぬ子供が、誰が何を言うよりも先に頭を下げてそういった。 『歯車』浅葱・志延(nBNE000210)は挨拶が終わればすぐにキビキビと動き出す。 「皆フィクサードの件で色々忙しいだろう中悪いんだけど…こっちも対応頼むね。なんだかよくわからないものが出たから倒して欲しいんだ」 「なんだかよくわからないもの?」 「うん、こういう姿をしているよ」 ぺ、と間の抜けた音をたててスクリーンが点灯する。 そこに現れた倒すべき敵は、確かに『なんだかよくわからなかった』。 ――熊のぬいぐるみにしなやかに筋肉質な四肢が生えている。 しかもぬいぐるみ自体が普通に子供が抱きしめて丁度いいくらいのサイズなのに、生えている手足が陸上選手そのままだから不格好通り越してシュールである。 その上実に微妙かつ絶妙な顔をしている。外国のおみやげ屋などに売っていそうなレベルの珍妙具合だ。日本の子供の一般美的センスでこれを可愛いと思う事は多分無いだろう。 「エリューションなのかこれ」 「うん……ゴーレム……だと思うよ、一応。『異常』の発現の仕方が若干フォースっぽいけど」 志延が端末を叩くと、『よくわからないもの』の隣には面積のありそうなビルの写真と内部の見取り図が並んだ。 「舞台は某所の百貨店だね。最上階――6階にあるおもちゃ売り場の、ぬいぐるみコーナーでこれは目覚める。 目覚めたあと、『愛されたい!』って叫びながら外界を目指すんだ」 「それを止めろってことか」 「そうだね。やっぱりエリューションだからさ。 目覚めたばかりでフェーズが低いけど今後進行したら何がどうなるかわからないし、一般人にとって脅威となりえるのは変わらないから」 ただ、と言葉を濁す志延に、場に集まったリベリスタ達の疑問符が飛んでくる。 彼はメモを指先でめくると一度深くため息をついた。 「倒せばいいんだけど、単純に対峙じゃ多分無理だよ」 「どういう意味だ」 「これね……とにかく全力で逃げるんだよ。本当に『全力』で。攻撃は何もしてこない。その分の時間をフルに使ってとにかく走る。 この凄くイイ足で。走りのフォームも完璧な上凄いスタイリッシュに全速力で。フリーランニングって知ってる?動きはあんな感じ」 「どんな悪夢だ!」 「そんなだから普段通りみんなで対峙して攻撃、じゃすぐ振り切られちゃうと思うんだよね。 とはいえ幸い移動手段は自分の足のみだし、階下に降りる手段も階段しか使わないから、対策はある程度とれる筈。 ただ、とにかく愛に飢えてるせいで『ここをでてやる!』って根性が物凄いから、 特殊な状態に陥らせての足止めを期待するのはあんまりお勧めしないかも。不可能とも言わないけど」 言うべき事は全ていったのか、志延は一度席に座り直す。 そしてまた一礼すると、 「警備員は、一階の裏手、専用室に二人。彼らを巻き込まないように気をつけつつ、とにかく全力で止めてきてね――いってらっしゃい」 背後に微妙な面のエリューション画像を背負ってニッコリと微笑むのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:忠臣 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月08日(土)22:51 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●愛求め、爆誕 「『6階班、全員プラス罠配置完了しましたー』っと」 「警備員の方は上手く行ったのかえ?」 「いきましたよー。ちょーっと怪しまれましたけどね、仮面つけて『私と殺し合いましょおおお』ってやったらあっけなかったです」 「……つまり散々脅かしてから縛ってきたのじゃな」 こんな草木も眠る時間帯だったから、落し物という常識的な手段を用いた事で逆に怪しまれる結果となってしまったが――それでも成功は成功だ。 警備員たちが変に顔を出して巻き込まれなければ、そして彼らがこれから行われる『活動』にいかなる邪魔もしなければそれでいいのだ。 リベリスタならいざという時には力に頼れば一般人程度簡単に縛り上げる事ができるし、今回は敵の進路も目的地もはっきりしていたからそうしておけばもう心配はいらなかった。 「少し可哀想でしたけどね……」 七布施・三千(BNE000346)が、同じ班としてその場に他に待機する番町・J・ゑる夢(BNE001923)と『傲岸不遜の海燕』海風・燕姫(BNE002503)に魔力で出来た羽を付与しながら微かなため息を吐く。 静まり返る百貨店内、これから彼らが戦うのは常軌を逸した存在、エリューションだ。 しかもただ技を放ち放たれるだけで済む相手はない。 対策は練れるだけ練ったが効果は定かではなく、若干不安もつきまとっていた。 最後の仕上げなのか、燕姫が油の海の上あたりに細くも頑丈なワイヤーをはってからふわふわ待機場所へと降りていく。 ぬいぐるみコーナーの一角から騒音が迸ったのはそれから程なくしてからだった。 「愛されるために今私! 覚醒! ステンバーイ! そしてゴー!」 素晴らしく形の良い四肢で何故かポージングを決めながら『それ』は出現する。 『未来が変わってしまったから』、エリューションとして目覚めた時それをみて評価する人間は周囲には誰もいなかったが、彼(?)にはあまり関係のない事だったらしい。 フォーチュナが予見した通りの『なんだか良く分からないもの』は、目覚めるやいなや積年の思いを爆発力にして駆け出した。 夢見るのは外の世界、そこに満ちていると信じる数多の愛の形だ。 それを己も手に入れられると信じきった彼の足取りは無意味に軽やかだった。 ――しかし子供用服飾コーナーの角を回ってすぐにそのスピードが一旦がくりとおちる。 普段から小奇麗に片付いている店内が、なんとその日に限って乱雑に散らかり足の踏み場もない状況だったのだ。 「ぬうっこれは、なんとも、……」 端から見ればただ賊が荒らしたようにしか見えないそれは、リベリスタの足止め策の一つである。 原始的ともいえるが、自由に空を飛べるわけでもなく蹴散らせる程の重量感もないこのエリューションにとっては一定レベルで有効だった。完璧に歩みを止める程の効果はなくとも、幾分か遅くすることに成功していたのだ。 考えなしに全力で走れる状態と、転ばないよう足場を選ばねばならないその労力の差は歴然である。 故に――シャッター前で立ちはだかる影は場に最初からあった要素だったのに、熊が気づいたのは薄明かりの中でもお互いの顔が判別できるくらいの距離になってからだった。 熊のぬいぐるみだったものと、リベリスタが初めて顔を合わす。 別段感動の出会いというわけでもなかったが、熊のぬいぐるみは跳躍しながら頭を抱えた。 「おおう!? なにゆえ私の華々しい出立にオーディエンスが!? レディたち、まさかお見送りかい!」 「違いますー!」 「お、おかしな事を申すでないぞ……!」 否定しながら立ちふさがる彼女らを見ても熊の歩みは淀むことがない。むしろ観客を得てテンションが上がったのか僅かに早くなっている。 このままではすぐに飛び越えられ、階下へと向かわれるとも知れなかい。だがただバリケードや罠をはるだけがリベリスタの策ではなかった。 「やぁっ!」 「ぬおっ!」 物陰に潜んでいた三千が、狙いを研ぎ澄ませてその異様な姿のエリューションにしがみつく。 『飛んでしまえば走ることもできなくなる』――それが彼の狙いだったのだ。 けれど。 「なんだねリトルボーイ! 私を自由の朝へと運んでくれるのか! だがしかし! やはり己の身一つで辿り着かねばならんのだ! ぬぅん!」 「わっ! うわっ」 本来人一人を自由に飛ばすだけの魔力は、暴れる対象を運搬しようとするには少々力不足だった。 その不釣合いに長い手足で気味の悪い蠢き方をし、緩んだ腕からぬるりとぬけだしまた己の足で走りだすエリューション。 ひいい、と燕姫が震えながら悲鳴を上げた。怖いのではない。ただひたすらに気持ちが悪かった。 「くっ……皆さん、そちらに行きましたよ!」 幾分か遅くなっているとはいえそれでも進む熊の背を全力で追いながら、三千は前方へと声をかける。 「『6階班、面妖な熊と開戦なのじゃ! とりあえず叩きのめす! 以上じゃ!』」 「いらっしゃーい!」 階下の仲間に連絡を入れ、燕姫とゑる夢が音を立てて各々の武器を構えて迎え撃った。 放たれる斬撃、気糸の射撃。 「なんと……バイオレンスッ!」 裂かれて上がる驚愕の声。しかし四肢からは血飛沫を、胴体部分からは綿を散らしながらも、彼は止まる事はなかった。 台車の一つの縁を踏み台に、軽やかに身を投げるリベリスタ達の頭上、天井すれすれの位置。 降下途中で燕姫のはったワイヤーに引っかかり思いっきり痛そうな音と悲鳴を上げて明後日の方に吹っ飛びながらも、すぐに態勢を立てなおした熊は行く手を阻むシャッターに踊りかかった。 人工物の強化ともなると、いくら超常の力といえど効果の範囲外である。 これまたやかましい一喝をあげ、そのしなやかな腕から渾身の力で放たれたパンチがシャッターに穴を開けたのはその一瞬後の事だった。 「ま……待つのじゃ! お主を外に出すのは、なんというか、その、気が引ける!」 「待てと言われて待つものなどいないぞ!」 「ぬううお約束! しかたあるまい……『こちら6階、熊は階下に向かってるのじゃー!』」 一人がやっと通れるか否かの穴に『ほぼ四肢だけ』の身体を滑り込ませて熊が逃走する。 他の仲間と共に後を追い始めた燕姫が報告を入れれば、通信の向こうにも緊張の空気が走るのが解った。 短くも苛烈な競争が始まる。 ●愛求め、邁進 背後に空飛ぶリベリスタたちの列を引き連れ、彼らの攻撃をかいくぐったり被弾したりしながらも、熊は階段を華麗に『飛び降りて』いく。 彼自身に翼があろうとなかろうと関係ないかの如き勢いだ。 元は存在していなかった手足はエリューション化して発現したものだから常識の範囲外に存在する。 人間なら手足が折れていそうな落下の衝撃も意に介すことはなくひた走り、異形は瞬く間に中間地点へと到達した。 階段をひたすらに折り続けて3階、踊り場。 積まれていたのはこれまた店内の物を使用したバリケードであった。 「はぁーっはっはっは! この程度の障害物なら余裕余裕! 甘いな!」 既に6階の大惨事を超えてきた熊にはひとっ飛びで超えられる壁など容易く見えたのだろう。 これまた軽やかな踏み切りで身体を飛ばし、 「どあーっ」 落下に伴う浮遊感にひっくり返った悲鳴をあげた。 「甘いのはそっちだーっ!」 「なんと!」 二度目の驚愕の声よりも崩壊音のほうが大きかった。 絶妙なバランスで組み上げられたバリケードが、乗り越えようとする事で一気に崩れ落ちたのだ。 これもまたリベリスタの策であった。然程頭の良くないエリューションは、まんまとそれに引っかかった。 ――それでも彼は止まる事を可能な限り拒否しつづける。 脅威の身体能力を秘めた熊は、崩れゆく土台からなおも踏み切って身体を空へと踊らせ―― 「むたッ!?」 丁度乗り越えた辺りに張られていたワイヤーに腰を引っ掛けた。 「ぬおお!」 だが熊はそれでもめげることはなく、背中から落ちるような形から復帰しようと全力をかける。 身体を捻り、前に進めなくとも正しく着地しようと脚を下方に振り下ろそうとして、 今度は事前に張られていた、地面近くのもう一本のワイヤーに引っ掛けた。 ここまでの時点で彼自身にはかなりの運動エネルギーが蓄えられている。 それを一本の線で制止させられたのだからたまったものではなかっただろう。結局彼は空中で猛スピード三側転をこなして脇腹で着地した。 「……ッ」 気糸で貫かれようが足を切り裂かれようが歩みはぶれなかったのに、熊は派手に転んだだけで短い胴体を抱えて悶絶していた。 見るからに醜態だったのでプライドの傷も大いに傷んだのだろうか。そんなものがエリューションにあればだが。 「かかったな! 二段構えだっ!」 降ってきた声に熊がはっと顔を上げる。次に立ちはだかったのはこのフロアの罠の主、『ミサイルガール』白石 明奈(BNE000717)と『呪殺系魔法少女』招代 桜(BNE002992)だった。 「愛されたいと聞いた! さあ、ワタシの胸に飛び込んで来いっ!」 「そんなにあいして欲しいなら、まずは私とどうかしら?」 「えっ」 怒涛の急展開。熊にとっては予想外の台詞が二連発である。 明奈に至っては両腕を広げ身構えているからかなり本気の様子だ。 しかしこの状況に、熊も頭は良くないとはいえ流石に違和感を覚えたのだろう。今までの苦悩全否定な状況に陥って最初に彼が取ったのは疑心のポーズだった。――つまり壁際ににじり寄って横を抜けようとしたのだ。 「なんで、まずは私達からの愛を受けようとしないのかしら」 「一向に見つからなかった『愛』が今ここに出現しすぎだからだ! まるで私を引き止め世の広さから遠ざけようとしているようだ!」 「あら変な所では鋭いわね!」 開いただけの距離を桜がじりじりと詰め、こらえきれなかったのか熊の身体に魔力の四奏を打ち込んだ。 ほらやっぱり、と半分泣きの入った悲鳴を上げ、衝撃に身を揺らしながら熊が逃走に全力を上げる。 途中つかみかかった明奈をぎりぎりで躱し、半ば身投げの如く身体を階下に運べばきっと1階もすぐそこだ。 そうして熊を追う影は二人増えた。 ●愛求め、迷走 引き止める数多の手を振り切り走り続けたぬいぐるみモドキが、漸く最終階に辿りついた頃にはもう既に彼はボロボロの状態だった。 『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)に『封鎖』され、開いていると判断できる出口はひとつ。 街路灯の明かりが差し込む出入り口に、熊の足が向いた。もう、ここまでくればあと一息の距離だ。 だがそんな淡い希望をも打ち砕くためにリベリスタ達がいる。 そう表現するとまるで悪役のようだが、自覚はなくとも未来に害しかないエリューションは倒さねばならない。それがアークのリベリスタの役目だった。 「テディさん、私はあなたが好きなんです! 一目ぼれしました!」 自作した『テディの為のラブソング』を歌い終え、『テディさん愛してる!』とでかでかと書かれた横断幕の下。 ばん、と足裏を踏み鳴らし大胆にも告げるのは雪白 桐(BNE000185)である。 そして熊の視線をひきつけたと見るやいなや、繰り広げられ始める一人大告白大会。 自らの愛の形を声高らかに主張し酔う彼の姿は客観的に見ればとても危ない人であったし、熊もその通りに受け取ったようである。みるみるうちに両足のキレが悪くなった。 「これが私の愛なのです、私の愛を受け取ってください! 私も痛みを分かち合いますから!」 電気を帯びることでぼんやり発光する刃物を握り、桐がゆらゆらと身体を傾げてみせる。 これもリベリスタとしての策だ。演技なのか本気なのか、何も知らぬ熊には解るはずもない。 ただ確かなのは、シエルの懐中電灯の光を受け彼だけ妙にくっきり浮かび上がったその言動が、熊に恐怖を与えるのに十分だったということだけだった。 「こっ! これもなんか違う気が!」 「なら君の欲しい愛はどういうものなんだい?」 最早当初の威勢と軽口の影もなく悲鳴を上げる熊に、『素兎』天月・光(BNE000490)の一言と捕獲用ネットが飛ぶ。 「それは……!」 ネットの方は転がり避けるも、問いは答えられるはずもないものだった。 彼の中にあったのは、愛というものに対しての漠然としたイメージでしかなかったからだ。 「なんだ、解らないの?」 「ううっ!?」 どんな痛みだろうと(一部を除き)無視して全力で駆け抜けてきたエリューションに、ここにきてついに迷いが生じた。 様々なアプローチをとり彼に言葉を投げ続けたリベリスタ達の努力が形を変えて実ったのだ。 僅かな時間といえど、その迷いの時間は彼を逃すまいと同じく全力疾走をしていたリベリスタたちが追いつくには十分なものだった。 「ワタシが愛してやる! だから、止まれーっ!」 躊躇っているうちに背後から飛来した明奈の飛び膝蹴りをまともに食らって、熊が頭から地面に激突する。 ――なんとも愛の満ち溢れた戦場であった。 誰が何と言おうと愛である。ラブである。 実際に飛び交ったのはハートでも何でもなく発せられた魔力の炸裂光だったり一方的な悲鳴だったりしたがそれも愛である。 不安定な足元への対抗策として三千が合流した味方に翼を与える姿はまごう事無き愛。 ゑる夢が幻影を纏いながら創り上げた傷跡を、光と桐が放つ斬撃のクロスが追う――愛。 明奈がぼこぼこと蹴りを入れ、燕姫の気糸と桜の四連の魔術がもがく手足に穴を穿つ――愛。 「痛い! 愛が痛いー!」 そのための器官も存在しないのに涙声を上げ鼻水をすする音を響かせて熊がのたうった。 そんな姿を見下ろし、頭上に集めた魔力を振りかぶりながら、シエルが紫髪を揺らして宣告する。 「此処が貴方のゴールですっ!」 「ちょ、ま、容赦なさす、ひぎゃあああ」 あがる爆発と悲鳴の合唱。 それもまた――愛だった。 「愛で……倒れるとは……せめて一目だけでも、外の世界を、見たかっ……」 直撃を食らって伏し、四肢を霧散させる熊の背中に桐のどこか得意気な言葉が降った。 「理解しましたか? 愛にも色々あるのですよ」 ●愛の形 ありとあらゆる物を使って築かれたバリケードや障害物の数々は、撤去するほうが時間がかかる。 遠慮のない攻撃の影響でどうにも再起不能なものがいくらかあった中、店内がなんとか元の面影を取り戻す事に成功したのは空も明るくなり始める頃だった。 「たまには狂愛を演じてみるのも楽しいですね……って何するんでふか光はん」 「何となく?」 漸く一息ついて呟かれた桐の感想に、光が頬をつまんで何やら主張し返すが言葉上には表れない。 傍らでは、掃除が終わる頃には自身が油まみれになった燕姫が頬を擦りつつ大きく伸びをする。 「これ次はウサギとか言い出さぬじゃろうな……?」 「燕姫さんそれフラグって言って……」 「ま、まあ、多分ないですよ! ね!」 慌てて三千と桜が止めに入っていた。 出入り口の近くでは、一部の頼みもあってずっと別作業に集中していたシエルが手を止めて顔を上げていたところだった。 その様子に気づきいそいそと近寄る明奈に、彼女は抱えていた何かを差し出し、微笑む。 「明奈様、できましたよ」 「おっ凄い! シエルさん有難う! ばっちり!」 「何してたんです?」 問いながら覗き見るゑる夢に、聞いてくれるか、と明奈が胸を張った。 「ふふーん、ブツの修繕を頼んだのだ!」 ほら、と満面の笑みで抱え上げるそれこそは先ほどまでリベリスタたちが全力で叩きのめしていたぬいぐるみの『本体』だった。 斬撃やら何やらで損傷した部分を、シエルができるかぎり元の形に縫い直したのだ。 微妙な面こそそのままだったが、手足が普通のぬいぐるみのものに戻るだけで印象はずいぶんと変わるものだ。 これが、先程までは人間の四肢を蠢かせて喋って動いていたのだと思えば、どんな顔だろうが『普通』のものに見えた。 「あれ? でもこいつさっき見た時よりちょっと背丈が……」 「切れっ端になっちゃってた所は貰ったよ」 不思議そうに首を傾げる明奈に、ひらひらと布の切れ端を指先でゆらし、光がにんまり笑って返す。 「帰ったらこれで熊つきストラップつくるんだ」 そうして一夜の狂騒劇を経て、扉を潜り、熊のぬいぐるみは願いを叶えた。 ずっと待ち望んでいた『誰かの手』に連れられて、百貨店の外へとでたのだ。 少しばかり縮んで汚れ、傷はできていたけれど――世界に仇なす存在としてではなく、他でもない『彼自身』として陽の光を浴びる日が、痛みを代償に与えられた贈り物。 「これでぼくともいつも一緒だぞ」 「愛してやるって言ったのは、嘘じゃないぜ!」 明奈と光の笑顔が明け方の薄明かりに重なって煌めく。 そこに集ったリベリスタと、少女二人の、愛ゆえに。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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