●新月の夜 真っ暗闇に星が流れた。二条の流星。二筋の光条。 流れた星は地へと降り。そうして、月灯りの無い最初の夜が明けた。 ●万華鏡の選択 ブリーフィングルームへ集められたリベリスタ達が目の当たりにしたのは、 月の無い星空の映像であった。 「さて、また異世界からのお客さんだ。更にアンコール。 とかでなかったのはまあ良い事なんだろう、熱烈過ぎるファンはそれはそれで困りものだしね」 待っていたのは『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)。 何時もながらに突然話を始める彼の言っているのは過去に解決した事件の話である。 三高平市上空30mにある、新月の度に開くリンクチャンネル。 かなり大規模であったそれがリベリスタ達の活躍によって閉ざされたのは、 先月の今頃の話である。その際遭遇した大型アザーバイドの遺骸はアークに回収され、 現在研究材料として用いられている訳だが……さて。しかしである。 「ああ、あのリンクチャンネルまた開いたみたいなんだよね。 どうもあちらから開いているみたいでさ。ただ流石に以前ほど大物じゃあない。 開いたのは極々小さな穴、数日中には自然消滅する。ただ、其処から落ちてきた物が問題だ」 モニターの映像が切り替わる。そこに映っているのは一組、少年と少女のフライエンジェ。 兄弟か何かだろうか。顔立ちの良く似た2人はけれど、 翼の色だけが少年は黒。少女は白とはっきり異なっている。 「フライエンジェに見えるだろ、でも残念ながら二アミスだ。 これはアザーバイド。一応フライエンジェと差別化する為に『バードマン』としておこう」 アザーバイド、識別名『バードマン』の2人は、つい前日に突然空から降って来た。 2人は別々の場所に落下した物の、幸い無傷。 その上今日中にはこの世界から独力で元の世界へ帰るらしい。大団円である。 「そう、大団円。と、言いたいとこだがそうも行かない。 こんなに度々リンクチャンネルを開かれるのは困るんだよ。しかも知っての通り。 繋がっている世界は恐らくあの識別名『ナイトフェザー』の出身地だ。 ここらで少しまともな情報収集をしておきたい。分かるだろ、インタヴューさ」 幸い、2人の『バードマン』はどちらもタワー・オブ・バベル的な能力を持っているらしい。 言葉での意志の疎通が出来る。これは大きなプラス要因である。 ――但し。 「ああ、但しここでちょっとしたトラブルが起こる。 これを解決して好感度を稼いでおかないと話にならないだろうね」 トラブル1。少女バードマンの場合。彼女は何故か酷く周囲を警戒しており、 しかも背中の翼が隠せていない。その為その不審な動きに目をつけられ、 警官に補導されるらしい。この際少女は警察官を昏倒させて逃亡。 公務執行妨害罪でパトカーに追いかけられ、最終的に飛行して元の世界へと帰る。 トラブル2。少年バードマンの場合。彼は何故か酷く無警戒であり、 しかも背中の翼が隠せていない。その為昨今の不穏な空気に触発された、 殺人鬼フィクサードの目に留まり、付け狙われる。 暫くの後路地裏で彼とフィクサードは交戦。何とかギリギリフィクサードを 倒す事に成功した少年は、最終的に逃げる様に飛行して元の世界へと帰る。 「どちらを選択しても良いし、どちらも解決しても構わないが、 警察と直接事を構えるのはアークにとってマイナスでしかないし、 件の殺人鬼はなかなかの強敵だ。逆に言うとこの少年のバードマンはそれなりに強い。 接触の仕方を間違えるとアザーバイドとフィクサード、双方に袋叩きに合う可能性もあるね」 そして何より、現在アークには手の空いている人間が極端に少ない。 日本全国で起きている殺人事件の解決に東奔西走している真っ最中だからである。 「どちらか片方だけでもインタヴューを成功させられれば仕事は成功だ。 ただこれ以上の人員は動員出来ないからそのつもりでね。 スピーディかつスマートに頼むよ、楽な仕事だろ?」 ぱちんとウインクをしながらまた面倒な仕事を押し付ける伸暁に、 思わずリベリスタ達が遠い目をしたくなっても、それは仕方の無い事であろう。 ――新月の終わりは、月夜の始まり。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月06日(木)23:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●とある白翼の少女の場合 「――居ました。あれでしょう」 鴉の姿を取り、仲間達に先行して空を飛びながらの捜索を行っていた、 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)の 眼下を過ぎるは白翼の残影。繁華街を歩くには余りにも目立つその姿は、改めて見ても自身。 即ちフライエンジェと区別が付かない。 一方余りに目立つその少女はと言えば、彼方此方をきょろきょろと見回しては 何かから隠れる様に物陰に走りこみ、と思えば突然小声で歌い出すと言う奇行を繰り返している。 ヴィンセントから見ても明らかに不審。いつ誰に呼び止められても全く不思議ではない。 そしてその危惧は余りにもあっさりと的中する。 見るからに警官隊の制服を着込んだ男性が、彼女の後方20m程から歩み寄る。 猶予は――余り無かった。 「ちょっと君」 呼びかけられて、背中がはねる。合わせて白い翼がはためく。 「……何ですか」 振り返り見つめる眼差しは否応無しに鋭く、冷たく。対するは紺色の服の民間人らしき男。 青より黒に程近いその服に、少女の警戒レベルが跳ね上がる。 まさか負層の人間にまで黒翼王の手が回っているとは思っていなかった。 その自分の甘さと迂闊さに、慙愧の想いが胸を満たす。 「今、何をして――」 言葉より先行し、少女は腰のレイピアに手を掛ける。 彼女は決して強く無い。学んだ技術は護身の為の最低限。であれば機先を制さずして勝利は無い。 「うわっ! 何だ!?」 その民間人が、突然慄く。彼女は未だ何もしていない。レイピアに手を掛けた所で止まっている。 この時点でヴィンセントが放った鴉の幻覚が警官を襲っているのだが、勿論彼女には何も見えていない。 顔の辺りに手を翳し慌てる姿はあたかも何かの踊りの様だが――と。 「あー、何スか揉め事起こしたッスかー?」 後ろから、掛けられる声。突然変転を重ねる状況に少女が一人置いてけぼりにされる。 割り込んだのは『宿曜師』九曜 計都(BNE003026)。 その瞳が不思議な虹彩を湛え混乱する警官の目線を、その魔眼で射抜く。 「この子、あたしのトモダチなんスよ。この格好も、ただのファッション。 あやしいことなんて何にもない、ただの女の子……問題ないッスよね? お勤めご苦労様ッス!」 「トモダチ……ファッション……ああ、そうですか、これは失礼……しました」 掛けられた暗示に何処かぼんやりとした表情で頷くと、敬礼を返す警官一名。 ふらふらと去り行くその姿に、どうも敵ではない様だと少女の眼差しが若干緩む。 「もう大丈夫よ」 そこに、背に付け羽を付けた『さくらうさぎ』染井 吉野(BNE002845)が合流する。 色は白。その色彩に一瞬凍った様に瞬いた少女は、けれどそれが作り物である事を看破すると、 どこか残念そうに吐息を零した。安心させようと一生懸命に微笑む吉野。 その表情に思わず少女の双眸が緩む。そう、此処まで来れば彼女にも分かっていた。 彼らは自分に何か用があるのだろう……と、言う事位は。 「あの……良く分からないのですが、ありがとうございます。助けて下さったんですよね?」 鈴の転がる様な澄んだ声と共に改めて居住まいを正し、対話の姿勢を見せる白い翼の少女。 けれど、その僅かに安らいだ空気が、突如一変する。 「警官の方は、どうにかなりましたか」 舞い降りるのは黒い翼。幻影によって形作られた鴉――ヴィンセントが言葉を紡ぐ。 対して少女の反応は劇的且つ極端である。 「――ッ!? 黒鬼の民!?」 「えっ?」 飛び跳ねる、や直ぐ様羽ばたける白い両翼。先までの逡巡は何だったのか。 その反応には一切の躊躇いが無い。それほどまでの拒絶反応を何が引き起こしたのか。 答えは見るに易い。其は渡り鴉の漆黒、それその物である。 彼らは道中、翼の色に着目していた。場合によっては少年と少女が敵対している可能性も、また。 しかし、であれば異なる翼彩を持つ相手との対話に慎重を喫さなかったのは、如何な物であろうか。 当然慌てて翼をはためかせ逃げ去らんとした少女を追いにかかるも、 けれど如何にも後手である。せめて誰かが移動をブロックしていれば。 とは言えそれを悔いても今更に詮無い話では、ある。 『バードマン』の娘の動きは素早く、その飛翔には迷いも無い。 そしてこれを追えるのが当のヴィンセントのみであった事はある種の不幸では、あったのだろう。 少女が詠う。羽ばたきながらも透明な声で。空気抵抗を受け散る声をも物ともせず、滔々と。 それは必死の逃避行である。追う側であるヴィンセントには何故、 彼女がそこまで全力を尽くして逃げ、詠うのか全く分からない。だが、異変は程なくして起きた。 裂ける空間。開いたのはリンクチャンネルである。その向こうから聞こえるのは歌声か。 少女のそれと良く似た、けれど別人の声が響くと同時に、少女の姿は消失する。 碧空の最中、白い翼の少女の姿はまるで白昼夢の様に唐突に消え、 リンクチャンネルである事は間違いないゲートも程なく揺らいで溶ける。 伸ばしたヴィンセントの指先で、全ての痕跡が、失われる。 「あー……逃げられちゃったっスね」 「……うん、何だろう……」 少女の軌跡を見上げる計都と吉野。それぞれに思う所はあれ、翼無き身では追い縋る事も叶わず。 (でも何だか、まるで凄く怯えていた様な……) 一瞬重なった眼差しを想い、兎の娘が抱いたフィギュアがふるりと揺れる。 空からひらりひらりと舞い降りる、白い白い、翼の残滓。 ●とある黒翼の少年の場合 抜き放たれたのは研ぎ澄まされた投げナイフ。限界だった。臨界だった。 響くボーイソプラノは余りにも透き通っており、かつて美声と持て囃された頃の自分をも凌駕する事は明らか。 肌理細やかな肌に漆塗りの様な光沢のある黒髪、何処か人懐っこい印象を覚える切れ長の瞳は、 生まれながらにして美しい人間と言うのは本当に居るのだと言う事を、 苦悶するほどの敗北感と共にこれ以上無く雄弁に告げる。 一言で言えば――それは、挫折し淘汰された女にとっての悪夢の具現に他ならなかった。 放置? 出来る筈が無い。 傍観? 許される余地が無い。 殺すしかない。 殺すしかない。 この美しい生き物を壊すことで自分はその存在価値を証明するのだと。 破綻した思考はそれを是とする。圧倒的なまでに是とする。故に女は一片の慈悲も無く刃を抜き、 「ハロー、渡り鳥くん。その枯れ葉、断ち切るのに一緒に踊っても良いかしら。良いわよね」 軽い口調で語られたその言葉に、強制的に動きを止められる。 振り返れば立ち塞がる幾つもの影。その先頭で声を上げた少女―― 『毒絶彼女』源兵島 こじり(BNE000630)が肩越しに問うは女に非ず。 目線は真っ直ぐに黒翼の少年へと向けられている。 「はい、どうぞ。ところで貴方達は、こちらで敵対してらっしゃるんですか?」 一方振り返った彼、けれど手には既に腰に下げた長剣を抜いている。 何時の間に、とその問いすらが不毛である。視認出来なかったのであれば答えは2つに1つ。 油断していたか、実力に差が有るか。この場合は恐らく、後者であろう。 「私は……朱子。私たちは訳あって……君を助けに来た。……君の名前を聞いてもいい?」 進み出て、告げる。『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)の問い掛けに、僅かに間が開いたか。 視線は髪の外殻をなぞり何も無い背を見つめた上で、少年は淡く微笑む。 「……黒貴の民、ルシエル・フェルトリクです。はじめまして、底界の皆さん」 一礼は至極丁寧に、それに慣れた立場である事を思わせる上品さで送られる。 さて、しかしである。 ここまでのやり取りは、当然女――フィクサード『御子神 陽子』のを挟んで行われている。 彼女は追う側であり、其処へリベリスタ達が現れた以上これは必然である。 であれば即ち彼も彼女らも、女を半ば無視していると言って過言ではなく、 自尊心の高い女にとってそれがどう言う意味を齎すか、想像に難くはない。 「あ、そう言えばそこの人。一応お聞きしますが投降しませんか?」 ふと向けられた、『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船 ルカ(BNE002998)の言葉こそが止めである。 「お、おおおおおおお前らぁ――っ!!」 キレた陽子がダガーを投げる。その切っ先は酷く鋭く少年へと向かい―― 「おっと」 そんな軽い声を上げて、一気に間合いを詰め少年を庇ったこじりへと突き刺さった。 決して軽くは無い。どころか防御を通すその一撃は瞠目する程のそれ。 痛撃を被り表情を顰めるも、彼女は驚いた様にその行為を見やる少年へ言葉を続ける。 「今この世界は悪意に満ち充ちてる。君が来るには、ちょっとばかり時期が悪かったのよ」 でもね、と。続けたかった言葉を遮り、少年が剣を握り返す。 状況が分かった訳ではないだろう。事情は複雑怪奇であり、語るには長過ぎる。 けれど、少年は護られる側の人間であり、そして護る側の人間であった。 だから、躊躇は無い。迷いも無い。 「存外、この世界も悪くないのよ、実は」 「なら、もっと聞かせてくれますか。この後で」 淡く笑む。それを邪魔させまいと赤い羽織りが空を裂いた。 「御子神さんよ、アンタも被害者みてぇなモンなんだろうよ」 進み出るは桐生 武臣(BNE002824)血色の花を背に咲かす、その威容に陽子が一歩後退る。 「……だが、関係ねぇヤロウをバラしちまうなんざ、いまのアンタは単なる外道モンだ オンナ殴る趣味はないが、容赦はできねぇ」 ナイフを片手にずいと踏み出す。本職の殺気にけれど、枯れた殺人鬼もまたダガーを握る。 「あんたみたいな奴に、私の何が分かるって……!」 ぎりっと歯を噛み締めて、踏み出し投げるは流星の如き刃の雨。 星の光を写す様なそれは確かに武臣を、ルカを、朱子をなぎ払う。が、しかしである。 「……ん。そんな位じゃ、足りない」 後方から響く歌声は全てを癒す福音の調べ。エリス・トワイニング(BNE002382)の癒しの歌が、 仲間達の傷を余す事無く癒していくと、向けられた背はまるで隙だらけ。 黒い翼をはためかせ少年が半ば無造作と言う程にあっさりと距離を詰め、手にした長剣を振り被る。 「理由は分かりませんが、やると言うなら手は抜きません」 振り下ろす一閃。吹き出す血飛沫。いっそ美的なほどに洗練された太刀筋に、 ショックを受けた様に動きが鈍る。その陽子へ朱子が仕掛ける。 「……かかってこい。私は……アイドルだぞ――!!」 だぞー、と路地裏に声が反響する。その一言に、音の外れた声が続く。 「……ゑ?」 かくんと、首を傾げた陽子の瞳は淀みに淀んでいた。それはそうだろう。 美しい少年を追っていたらヤクザ者に脅され当の少年に反撃され、 その上天敵とも言える本物のアイドルの登場である。意味が分からない。 恐慌を来たすには十分な材料。彼女の体躯通り脆い精神はそれであっさりと折れた。 「あイドる? ……あイど、ル? あは、あハは! アハハハハハハ!!」 調子の外れた笑いと共に、朱子へ一歩踏み出したか。 けれどそれを見守る理由など、リベリスタ達には一切無い。 「……フン、話が通じるヤツばっかりなら、いいんだがな」 十字を切って放たれる断罪の光。武臣のジャスティスキャノンが陽子を射抜き、 「さあ、今日ご紹介するのはこちらの断ちKill鋏。 ご覧くださいこのソリッドの効いたぼでぇー、なんちゃって、ね!」 庇う必要の無くなったこじりが踏み込みと共に鋏の形状をしたデスサイズを振るい、 それに朱子のメガクラッシュが追撃する。 陽子もまた会心の回避で鋏の狂刃をかわし切るも、しかして余りに多勢に無勢である。 広がる黒い翼。ルカの癒しの歌に重なる様に、研ぎ澄まされた剣閃が振り下ろされ―― 「何で、何で何で何で―何で――私が―――」 振り仰ぐ空は青く、余りにも青く、ただ青く。 「……なあ、コイツにあんたの唄、聞かせてやってくれよ」 掻き消えた武臣の声に、吹き出す血の雨を受け止めながら、少年は詠う。 ただ滔々と、どこまでもどこまでも伸びやかに。 どうっと、枯れ木の様な女が地へと伏せるその瞬間まで。 ●白き翼と黒き翼 「吉野には翼がない。だから追いかけられなかった。ごめんね」 吉野から届いた連絡により、少女の側での対話は失敗に終わった事を聞いたルカが、 改めて黒翼の少年と対峙する。 対する少年は到って気楽な物で、羽持つ異界人に興味津々なエリスの問いを 相槌を打ちながらも行儀良く聞いていた。 「貴方達が……住む世界。そこは……誰も彼も……空を飛ぶの?」 「うん、僕達からすると、羽が無い貴女達の方が吃驚。不便ではないの?」 そんな話も在ろうか、ともあれ対話を切り出さない事には始まらない。 偶々と言うか、言葉に乏しい面子が集まった周囲、何の因果かルカがこれを取り纏める。 「少し宜しいでしょうか」 こくりと少年――ルシエルと名乗った彼が頷く。 それに出来るだけ和やかな声音を作ると、ルカは告げる。異世界の人間へのインタビュー。 革醒後様々な事があれ、この出来事は想像に絶する。 「まず、僕達に貴方と敵対するつもりはありません」 「はい、分かります」 こくりと頷き人懐っこい笑みを浮かべる少年。その風貌は確かに整っている物の、 見た目はそこらの中学生と大差無い。会話が通じる事もあり、ルカは小さく息を吐く。 「この世界に来た目的は?」 「人探し、僕は多分、貴方達に会いに来ました」 「……え?」 「こちらで、多分随分前。黒い大きな八枚の翼を持つ生き物と、貴方達は戦いませんでしたか?」 そのルシエルの問いに、一瞬絶句し、朱子が頷く。それは正に彼女が聞こうとした事それその物で。 「それは僕らの……守り神、みたいな物だったんです。 彼を失った事で僕らは窮地に立たされました。一度目は眼を失くし、二度目は戻って来なかった。 けれど――」 「……けれど?」 何となしに、気まずい空気が流れる。窮地、守り神、それは如何にも物騒な話だ。 鸚鵡返しに問うたエリスに、ルシエルが頷く。 「それで僕らは始めて、此処にそれだけの力を持つ者が居る事を知ったんです」 御不快に思われたらすみません、と注釈を付け少年は続ける。 「僕らにとって、底界――つまりこの世界は、それまで本当にどうでも良い場所でした けれど、そこにオクタヴェイン。つまり貴方達の戦った八の黒翼を討つ程の、 力を持つ存在が居るなら話は変わります。僕らにはほんの少しでも力が必要なんです」 繰り返される、力と言う単語。先の話から類推し、其処には1つの憶測が生まれる。 けれどそれを問えば取り返しが付かない予感もまた―― 「ね、貴方が通った穴の場所、教えてくれない?」 一際敏く、こじりが若干話を逸らす。けれど対するルシエルはきょとんと瞬くと首を傾げたか。 「……穴?」 E能力を持たない者にリンクチャンネルは見えない。 革醒を得ておらずフェイトも持たない少年には、どうもバグホールと言う概念自体が無い様で。 「さっきのは……聞いたことが無い歌だけれど……どこの歌なの?」 「ああ、あれは――」 続くエリスの問いに、ルシエルは答える。決定的な一言を。 「あれは、詠唱ですよ。僕らの天珠と、この底界、地球を繋ぐ……――あれ?」 今度こそ、揃ってリベリスタ達の声が止まる。世界を繋ぐ、歌。 もしそんな物があるのだとすれば、それはこの世界にとってどれ程有害か知れない。 彼らが詠う度に世界に穴が開くのだとすれば、その意図が無くとも既に立派な破壊行為である。 「では、貴方達は個人で世界を渡れると」 ルカが問うも、ルシエルは何事も無い様に頷く。無邪気に、残酷に。 「ええ、流石に個人で、と言うのは本当に何人か、ですけど。 詠唱を集めて門を開けば、誰でも渡れますよ? それが何か……」 彼らは、どうでも良かったのだと言う。『バードマン』にとってこの世界は今まで無価値だった。 けれど、其処に価値が生まれてしまった。他でも無いリベリスタ達の働きによって。 もし彼らが大挙して此方へやって来たら。その連想に血の気が引く。 予期せぬ崩界の危機に――けれど響く、何所からか響く、澄んだ声。 「あ、いけない。そろそろ時間だ」 立ち上がるルシエルへ、それが何かと問う暇も有ればこそ、羽ばたける黒翼。 浮かび上がった少年が穏やかに笑む。 「ごめんなさい、そろそろ戻らないと」 若干の焦りを滲ませた声に、けれど2方向から上がる声。ルカと、武臣。 より深く問いを考察した2人が共通して気付いた問いを投げ掛ける。 「お前達は」「貴方達は」「「何と戦ってるんだ」」 空を見上げ、高度を上げる少年は告げる。ぽつりと、まるで贈り物でも置く様に。 「――白い、隣人達と」 響く歌声――詠唱と。告げたそれを響かせて、黒翼の少年の姿は掻き消える。 まるで全てが夢であった様に。この会合が幻であった様に。 空からひらりひらりと舞い降りる、黒い黒い、翼の残滓。 燻った火種が燃え移る。世界を超えて、思惑を超えて。 ――戦いの予感だけが、ただ静かに迫り来る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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