●赤い赤い至高のワイン 時刻は深夜、日付も変わろうとするその時間。しかしこの街はまだ眠らない。 ネオンの光に照らされた歓楽街には人が行き交い活気に満ちる。 そんな盛況な通りの一つの酒場に一人の客人が現れた。 ロングコートに身を包み、ツバの長い帽子を深く被る全身を濃い赤で統一した一人の男。 男を案内する為に店員が一人その前に立つ。 「お客様、ご案内します」 「ああ、結構ですよ」 店員の言葉をやんわりと断り男はそのまま赤いシャツの店員の横を抜けて店の中へと入る。店の中は中々に盛況で客も十人ほどはいるだろうか。 男は何かに気分を良くしたのか軽く笑みを浮かべるとそのまま真っ直ぐに店の一番奥の席へと向かう。 ゆっくり、ゆっくりと他の客の座る席の横を抜けて硬質の赤い床を靴で叩き音を鳴らしながら、自分に相応しいその席へと。 「やはり、この場所が一番ですね」 男は赤いソファーに背を凭れさせ満足げに息を漏らす。 ふと喉の渇きを覚え、男は目の前のテーブルに乗るワイングラスを手に取るとその中身を一度零す。 そして手にした芳醇な香りを漂わせるソレから赤い雫をグラスの中へと注いでいく。 グラスから零れるほど注いだところでそれを投げ捨てると、男はグラスに顔を近づけその香りを楽しむ。噎せ返るような強い匂いが男の鼻を刺激し、それは脳にまで達し痺れさせる。 一口それを口に含めばさらっとした舌触りと思いきや粘るようにその味を味覚へと残す。飲み込まれ流れ込んだ体に軽い痺れが走り、そして全身を暑く火照らせる。 「ふふ、そして飲むならば女性から注がれたものに限ります」 その場で一人笑う男は暫しその美酒に酔いしれる。 数刻もしない内にその店に男が二人現れた。 「やっぱここだったか」 店の中を覗いた男の片割れはファッショングラスを外し、自分のアロハシャツの胸ポケットへと締まった。 入り口に入ったところでまず目に入ったのは壁に凭れるようにして座り込む店員風の男だ。ただその首を掻ききられた溢れる血に白かったであろうシャツは赤に染まっている。 「うわ、また派手にやらかしたなぁ」 金色の髪をわしゃわしゃと掻きながらもう片割れの男は店内を見渡す。 十人ほどの客が席を埋める店内。ただそれはとても異様な光景。 何故か? それは一人を除く全ての客が死んでいるからだ。 テーブルに突っ伏し、または椅子に凭れたその体には首から上が存在しない。 「おや、陣くんに紫郎くん。君達も飲みにきたのかい?」 店の一番奥の席でその男はワイングラスを掲げて二人の男を出迎える。その席の周りには無数の生首が転がっていた。 「あのなあ朱骸さん。片付けるこっちの身にもなってくれよな」 アロハシャツの男――陣は溜息を吐きながら生乾きの血濡れの床を歩き朱骸の元へと歩み寄る。 朱骸は睨み付けてくる陣にものともせず、グラスに余る赤い血を飲み干した。 「私は一度も君達に片づけをお願いしたことはないのですけどね?」 「片付けねーと俺らまで害が及ぶんだって言ってんだよ!」 怒鳴っているのにころころと子供のように笑う朱骸に陣は駄目だこりゃと溜息をついた。 と、熱くなっていた頭を覚ますと徐に聞こえてくる何かの音。そちらに振り向けば紫郎が他の客席について手を合わせていた。 「いっただっきまーす」 紫郎の目の前にテーブルに乗るのは人の腕と足。血を失い真っ白になったソレを手にすると、まるで骨付き肉に齧りつく様に食べ始めた。 「ちょっ、紫郎お前何やってんだ!」 「えっ? だって早く食べないと悪くなるし勿体無いでしょ?」 紫郎はさも当然でしょという風に答える。そしてまたすぐに腹を満たす行動へと戻る。 陣はもうやってられないというように顔を抑えながら近くのソファーに腰を下ろした。 「おや、陣くん。面白そうなものが始まりましたよ」 「あぁ?」 朱骸がそう言って店に置かれているテレビを指す。陣はその視線をテレビに向けるとそこにはパンクなファッションの銀髪の男。 その男は告げる、日本中の殺人者達を蜂起させるような挑発を。傲慢不遜な態度と共にそのカリスマ性を見せ付ける。 「彼が『バロックナイツ』のジャック・ザ・リッパーですか」 「またド派手な宣伝だな。はっきり言って狂人だろ」 まるで他人事、実際に他人事と陣は特に関心も無い様子でその放送を眺める。 と、その時朱骸は手にしていたグラスを徐に握り潰す。割れる音と共にその手からは赤い血が零れる。 「ねえ、陣くん。祭りは好きですか? 私は大好きなんですよ」 「……勘弁してくれよ」 何を言いたいのか察してしまった陣は頭を抱えてテーブルに突っ伏す。 朱骸はその様子を楽しげに見ながら血の滴る自分の指を舐めた。 「あっ、陣。お代わりしていい?」 「勝手にしろ!」 ここでもまた狂気の宴に参加を決めたヒトゴロシが三人。 ●ディナーへの招待状 あの放送によりアーク本部には今まで以上の事件が舞い込んで来ていた。 そして『万華鏡』はまた一つの事件の予知を弾き出す。 「こう言うのもなんだが、流石に気が滅入るよな」 軽く肩を竦めた『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は手元のコンソールを叩く。 「だが、誰かがやらないともっと気が滅入る事になる。ならお前達はどちらを選ぶ?」 大型スクリーンに映し出されたのは多くの人間が殺された事件のあった現場。 『多くの』と言われているのはまだ正確な犠牲者の人数が分かっていない為だ。何せ、殆どの遺体が食い荒らされており身元の判別すら儘ならない。 「この事件を起こしたのがエリューション……であれば良かったんだがな」 そう言って伸暁は三人の男の写真をリベリスタそれぞれの端末へと表示させる。 赤一色の吸血鬼――朱骸。 派手なアロハシャツの吸魂鬼――陣。 金髪の少年風の食人鬼――紫郎。 「この三人がこの事件の犯人だ。そして、こいつらもあの放送に感化されたのか派手に動き出している」 さらに表示されたのは三つの事件。一つ目はある四人家族が首を刎ねられ惨殺、二つ目はデパートのエレベーターで謎の大量死、三つ目はある河川敷で大量の血痕と人のパーツが幾つか発見された。 そのどれもがこの三人による犯行だとアーク所属のフォーチュナ達の捜査で分かっている。 「これまでが前座。そしてここからが本番だ」 伸暁がそう言うと一つの映像が流れ始める。映し出されたのはどこかの住宅街だろうか。時刻は日も沈みすっかり夜だ。 その中で道を歩いている男が三人――朱骸達だ。彼らはある家の前に入るとまるで躊躇い無くその家の住人を殺害。そして暫くするとまた次の家に向かい、同じく惨殺。 それを繰り返しまる一晩をかけて24家族。のべ84人もの人間が無残にも殺される。勿論老若男女問わずにだ。 その所業はまさに狂っているとしか言いようが無かった。 「見ての通りこいつらは生粋の人殺しだ。もはや人ではないと言っていいかもな」 映像が消え伸暁は淡々とした口調でそう話す。 「この事件は今夜にでも起こる。一刻の猶予もない」 そう言いながらリベリスタ達の端末には三人の男のデータと今回の襲撃場所の情報が送られてくる。 「日が暮れるまであと数時間だ。覚悟を決める時間には十分だよな?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:たくと | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●赤く赤く染まる 河川敷の向こうに太陽が沈み行く。 リベリスタ達は橋の上、中央よりやや片側に寄った場所で三人の鬼が現れるのを待つ。 「一晩にして84人――正に血に狂う殺人鬼たちというべきでしょうか」 『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(ID:BNE000933)は既に呼び出している太刀の柄を撫でながらこれから戦う相手の事を思う。 「うん、何としてもその大惨事だけは食い止めないといけませんね」 「奴等のしてきたこと、することは許せない」 万華鏡を使った未来視によるあの事態だけは確実に避けなくてはならない。そう思い『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(ID:BNE001812)はむんっと気合を入れて両腕を振るう。 それに同意し、またその先の思いを燻らせ始めた『鉄腕メイド』三島・五月(ID:BNE002662)は拳を握りこんで金属が擦れあう音を鳴らす。 「その通りだ。一般人は一般人なりの生を戦ってんだ。その『戦い』を無粋な形で汚す連中は、まとめてぶっ飛ばす!」 そこに滾るのは義憤か、拳を握り締め『影の継承者』斜堂・影継(ID:BNE000955)はそう吠える。 その様子を橋の手摺りに凭れ眺める『悪夢の残滓』ランディ・益母(ID:BNE001403)は腕部にマウントしたモバイル型のアーティファクトをおもむろに操作する。 「殺人鬼、それは俺と何か違うのか? 同じなら俺も人殺しらしく災い全て滅するのみ」 準備は万全だ。ならば後は敵を打ち砕くのみ。ランディは内に燃えるソレを開放する時を静かに待つ。 「どうやらお出でになったようだぜ」 覗いていた双眼鏡を降ろした『リ(※不具合)』結城 竜一(ID:BNE000210)はアーティファクトにそれを仕舞うと、代わりにその両手に刀と剣を喚び出す。 橋の向こう、此処へと続く道の向こうに確かに人影が三つ。 「あっちもわたし達に気づいてるみたいだね」 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(ID:BNE000360)はその姿を見た瞬間に感じた感覚をそのままに伝える。 全員が各々の武器を呼び出し、そして構える。 空気が張り詰めていく中で数分、三人の鬼はついに橋の上にまでやってきた。 「おや、これはどうしたことでしょう。皆さんそんな怖い顔をして」 真っ先に口を開いたのは赤一色に着飾った男――朱骸だった。その声はまるでたまたま出会った知人に話しかけるように穏やかだ。 それに一歩前に出た影継はこう応えた。 「よう、ゲテモノ喰いども。最後の晩餐へようこそ!」 その言葉に朱骸は期待通りの反応なのか笑みを深め、その隣に居るアロハシャツの男――陣は頭を抑えて頭を振る。 「まあ、予想通りだよな。これで満足か?」 「ええ、勿論。何せこんなに美味しそうなご馳走が集まってくれたのですから」 その言葉はまるでリベリスタ達が来ることを知っていた、いやそうなることを望んでいたという様子だ。 「俺はどっちでも良かったんだけどなー。まあでも、この人達は本当に美味しそうだよね」 金髪の少年――紫郎はその両手両足に鉤爪を喚び出している。 そして笑顔から一転、獣のような鋭い眼光でリベリスタ達を見ると濃密な殺気を撒き散らし始める。 「お前の相手は俺だよ、ニャー太郎。猫は猫らしく可愛がってやんぜ!」 それに臆せず竜一は紫郎に躍りかかり、刀と剣の両方を振りかぶり上段から叩きつける。 紫郎はそれを後ろに飛んで何度もバク転して橋の手すりへと飛び乗った。 「へっへーん、そんなうすのろな攻撃に当たるわけないじゃん」 べーっと舌を出して子供っぽく挑発する紫郎に竜一はピクリと眉を動かす。 「どうやら躾が必要みたいだなっ」 「君、肉はあんまりなさそうだけど残さず食べてあげるっ」 跳躍した紫郎が両手の爪を振るい、竜一は双剣を持ってそれを受ける。 散る火花が戦場をさらに赤く染める。 「それでは私達も始めましょう。楽しい楽しいお祭りをね」 朱骸がそう宣言すると同時にリベリスタ達は高めていた集中を解き放ち一斉に動き出す。 狙いは朱骸ただ一人、初手にて潰すつもりで五つの影が踊りでる。 「おや、皆さん私をご指名ですか。ふふ、こんなに食べきれますかね」 「喰いきる前にその腹ぶち破ってやるよ!」 ランディが手にした得物を大きく振り抜けば特大の風の刃が朱骸の腹部へめがけて走る。 朱骸はそれを避けようとはしない。一瞬、放たれた風の刃が揺らぐ。何があったのかは分からないが朱骸が腕を軽く上げた瞬間にそれは起こり、風の刃はそのまま朱骸の腹部へと命中した。 「消しきれませんでしたか。この服は気に入っているのですけどね」 しかし傷らしい傷はない。風の刃は朱骸の腹部の服を一部切り裂いただけである。 「これならばどうですっ」 孝平の姿がブレて影を残すと橋のアスファルトを蹴り朱骸の四方より太刀を振るう。 「死ね、外道」 さらに正面より掌を見せたまま交差させた構えの五月が迫る。 だが朱骸は慌てずに両腕を左右へと大きく振るった。その瞬間、何かの風切り音が聞こえた。 「ぐぅっ……」 「くっ、何ですか?」 今まさに斬りかかろうとした瞬間に孝平は腹部に痛みを感じて条件反射的に飛び退る。 五月は交差させていた腕で咄嗟に顔を庇うと突然来た衝撃に弾かれて脚を止められる。 確かに今攻撃をされたが、しかしそれが何なのか分からない。 「いっけぇ!」 分からない、だが攻撃の手を止める訳にもいかない。 ウェスティアの放つ四つの魔弾が二人の間をすり抜けて朱骸へと向かう。しかし朱骸はその身を揺らし紙一重のところでそれを避け切りその後方で魔弾は弾けた。 「命を食らう鬼め。叩き潰してやるぜ!」 雷撃をその剣に纏わせた影継がさらに追撃する。地面を這うようにして駆け抜け、下段から振り上げる一閃は確かに朱骸を完全に捉える。 だが、その渾身の一撃は朱骸へと届く前に青光りする半透明の壁に防がれる。それはホンの一瞬の拮抗、しかしそれだけあれば十分であった。 朱骸は後ろに下がることで雷撃纏う一撃を避け、指先を軽く動かすと置き土産と言うように影継の肩に傷が生まれる。 「助かりましたよ、陣くん」 「どういたしまして。お礼はそのうち現金で返してくれ」 いつの間にか朱骸の後方に立っていた陣は何か印を組んでいる。先ほどの壁を作ったのは陣であろうとすぐに分かった。 朱骸は帽子のツバを掴むとリベリスタ達に向けて何か言おうとした、その時である。 「っ!?」 朱骸は気づいたがそれは遅すぎた。咄嗟に振るおうとしたその右の手の平を白銀の刃が突き破る。 「Kuka nauttia kova isku tappaa mies nimeltä Death」 ――人を殺すのを楽しむ者には死という名の鉄槌を そう呟いた『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(ID:BNE000659)は更に刃を振るい朱骸の腕を切り裂く。 飛ぶ鮮血をその身体に浴びつつリュミエールは朱骸や陣が何かをする前に一瞬の内に距離を取る。 「これはこれは、まさか狐が隠れていたとは気づきませんでした」 「pölkkypää」 ――のろま リュミエールは橋の裏に張り付いてずっと機会を窺っていたのだ。そして、絶好の機会を逃さず奇襲を成功させた。 血を滴らせる右腕をぶら下げるように下ろし朱骸は自分を襲ったリュミエールを見る。 リュミエールはその視線に一言添えてナイフを構え直した。 「ふふっ、くっくっく」 身体を折り曲げ俯くようにして笑う朱骸にリベリスタ達は武器を構えなおす。 明らかに空気が変わった。それは勿論、朱骸を中心に周囲が塗り潰されていく。 「本当にこんな血が滾るのは久しぶりです」 朱骸は笑った。赤く赤く染まる右腕を天高く上げてそこから零れる己の血を浴びながら――嗤った。 ●嗤う鬼 「あはは、お兄さん結構強いじゃん!」 「当たり前だろうがちくしょうめっ」 竜一は苦戦していた。 こちらの攻撃を仕掛ける瞬間にその速さを持って間を潰され、あちらの攻撃はただ只管に早く捌くだけでもギリギリだ。 だが、勿論紫郎も無傷ではなかった。カウンターを仕掛けた際にその左腕を斬っている。まだ動くようだが確実にその腕の力は鈍っているはずだ。つまり、勝機がないわけではない。 「勝てますか?」 竜一のすぐ後ろに現れたきなこがそう声をかける。同時に癒しの風が吹いて竜一の体力を僅かながらに戻した。 「勿論だ。俺を誰だと思っていやがるっ」 力強い言葉と共に竜一は背中を向けたまま胸を張る。きなこはその邪魔にならぬよう竜一の背に触れて、加護を施すとすぐさま後ろに下がった。 それをただ見ていた紫郎は首をこきりと鳴らすと犬歯を見せるようにして笑ってみせる。 「その子は君と違って美味しそうだよね。早く食べたいな」 「食事のマナー、教わったことないのか? まずは目の前の俺を食べてからにしやがれ」 紫郎がきなこへと向ける視線を塞ぐように立ち位置を変え、竜一は刀と剣を構えなおすと地面を蹴り紫郎の懐へと飛び込む。 「お前じゃ俺を食いきれないがなァ!」 振るわれた刀を紫郎は左手の爪で防ぐと、そのまま飛び上がり両足の爪を竜一の胸めがけて蹴りだす。 竜一は剣を割り込ませ爪が身体を貫くことを防ぐが勢いは殺せずに後ろへと弾き飛ばされる。 「しゃらくせぇっ」 後ろに倒れる寸前に刀を振るい、宙に浮く紫郎めがけてカマイタチをお見舞いする。 だが紫郎は猫のように宙で体を捻るとそれを避けて地面に四肢を着かせて降り立つ。 「あーもう、お腹すいたんだよ。早く食べさせてよね!」 紫郎はさらにスピードのギアを一つあげると竜一の喉元を食い破るべく襲い掛かる。 一方で朱骸と対峙するリベリスタ達。 「では次はこちらから攻撃させて貰いますよ」 そう言うと、朱骸は血塗れの右腕を振るう。まるで撒き散らすように血を振り撒きそれと咄嗟に避けようとリベリスタ達は動こうとするが―― 「ぐっ!」 血を避ける動作を狙ったかのように身体をずらした瞬間に影継の肩から血が溢れ、おまけに振りまかれた血をその身に浴びる。 同じく他の仲間達も一様に腕や脚などを突然に切り裂かれそこに赤い染みを作り出す。 「皆さん、何か分かりましたか?」 「いえ、確かに手を……いえ、正確には指を動かすことで攻撃をしているようですが」 傷の塞がった右腕の調子を確かめつつ孝平は呟いて確認を取る。それに答えたのは五月だがやはりそれ以上の事は分からない。 「ならもっと探るしかないな。見極めるぜ、お前の攻撃を!」 影継はまたその両手剣に雷を纏わせて駆ける。その動きに朱骸が軽く手を振るうと、それを見た影継は僅かに頭を逸らすと頬に深い傷が生まれる。 だが進むのを止めることはない。背後からウェスティアの祝詞が聞こえ頬に流れ出していた血もすぐに止まった。 「テメェが倒れるのが先か、俺らが倒れるのが先か! とことん戦おうぜ!」 間合いを詰め、大上段から振り下ろす一撃。朱骸は身を捻り刀身を避けるがその程度でかわし切れる攻撃ではない。 影継の剣が地面を叩くと爆発を起こし辺りに紫電を撒き散らす。その余波を受けた朱骸は軽くその身を浮かせてバランスを崩した。 「まだ足りねぇだろ。これもとっておきな!」 「――ぐっ!」 その隙を逃さず間合いを詰めたランディの獲物が朱骸の腹を抉る。ランディはそのまま吹き飛ばさず、上手く得物を振るってその身体を地面へと叩きつけた。 ランディはそのまま追撃を行おうとするが、それより早く朱骸が頭を上げてランディに向けて何かを口から吹きかけた。 「何だこりゃ――血かっ!」 咄嗟に顔を庇ったところでその吹きかけられた物の鉄臭い臭いで正体に気づく。 朱骸はその隙に後ろへと転がり立ち上がると、すぐさまに両腕を振るう。すると何かが風を切る。 「そこに確かにあるならばっ!」 ランディの前へと割り込んだ孝平が太刀を高速で振るう。その考えどおり、確かに太刀は何かを弾き返してみせる。 だが、そこからすり抜けてしまったものが幾重に孝平とランディの身体を傷つける。 「おっと、貴女だけは注意しないといけませんね」 「…………」 高速で移動し朱骸の背後を取ろうとしていたリュミエールだったが、あと数歩で間合いに入るところで正面の地面がずたずたに切り裂かれ勢いを殺される。 「もしかして……」 と、そこでウェスティアが何かに気づいた。それは後ろに控え、そして彼女の持つ直感ゆえに感じ取ったからか。 振るうのと傷が出来るまでの僅かな時間差、振るった咆哮とは必ず並行に出来る傷。不可視である理由は不明だがその得物は分かった。 「やっぱり糸の類だね。それなら――」 「おっと、残念ながらそこまでだ」 ウェスティアが動こうとした瞬間、その男は何故か隣に居た。 その顔を確認する前にウェスティアの細い首は掴まれ、締め上げられる。 「くっ……はっ……」 「朱骸さんの武器に気づいた観察眼は褒めてやるが。周りを見れなくなっちゃ駄目だぜ?」 陣である。つい先ほどまで朱骸の後方にいたはずであるの彼がいつの間にかウェスティアの隣に居た。 何故、それを考えている暇など無かった。ウェスティアは自分の力が急激に無くなっていくのに気づく。 「ウェスティア様っ」 「おいおい、今俺を攻撃するとこいつ盾にしちまうぜ?」 五月はすぐさま助けに動こうとするが、吊り上げられたウェスティアの身体を向けられ蹈鞴を踏む。 その間にもウェスティアの力は奪われ――ついには尽きる。陣の手を掴んでいたその手がだらんと地面に向けて下ろされた。 「ちっ」 影継が舌打ちする。注意しているつもりだったが、やはり朱骸と戦いながら陣を常に見ていることはできなかった。 その一瞬、誰もが陣から意識を離した隙に動いたのだろう。 と、陣はウェスティアを目の前の五月に向けて投げつける。 五月はそれを避けることも出来ず受け止めるが、その隙を突いてと陣は攻撃をしてこなかった。 「朱骸さん、もう日が沈んじゃいますけど?」 それどころかそちらは見向きもせずに朱骸へ向けて話しかける。 「っ、この……!」 「動くなよ。お前も奪うぞ?」 陣が五月を睨む。その視線を向けられた瞬間に五月は自分から抜け落ちていく物に気づき、そして腕の中に居るウェスティアのこともあり俯いて唇を噛み言われるがままに動きを止めるしかなかった。 「おや、もうそんな時間でしたか」 朱骸のほうも初めて気づいたというように河川の向こうへと沈んでいく太陽を見つめる。 それは大きな隙であるはずだが、何か異様なものを感じリベリスタ達は仕掛けられなかった。 「どうやら今回はここまでのようですね。まさか一人もご馳走になれないとは思いませんでしたよ」 「そりゃ朱骸さんが遊びすぎてるからだって」 陣は朱骸の隣から軽く突っ込む。それも、また突然に現れて。 「おい、余所見してんじゃねぇぞ!」 「このまま逃がすってのも癪だな」 ランディと影継が朱骸と陣に向けて得物を向ける。 距離を取っているがリュミエールもまた攻撃を仕掛ける機会を窺っていた。 「ただでは帰してくれませんか。仕方がありませんね」 朱骸は沈み行く太陽を背負いながら大きく溜息をつく。 そして茜色の光が絞られてゆき、消えた瞬間に――世界は赤に侵された。 ●鬼は夜に消える その場で意識を保っていたのはきなこ、そして五月だけだった。 それを見ていた二人は何が起こったのか理解できなかった。いや、何が起きたのかは分かる、だが何故そうなったのかが理解できない。 「ケッカイジンだったか。相変わらずえげつない技だな」 「えげつないとは人聞きの悪い。美しかったでしょう?」 それは一瞬のことだった。朱骸達と対峙していた影継とランディの体に突然に刃が生えたのだ。 同じくしてリュミエールはその場から離れようとするがそれすら遅く、その体も四肢を刃で貫かれる。 さらに朱骸を中心にしてその周囲に地面から赤い針のような刃が突き上げられていくように広がって行く。 それはきなこをも襲おうとしたが、きなこは孝平に突き飛ばされその範囲から逃れた。孝平自身はその刃に貫かれることとなったが。 「何ですか、これは……」 まさに異界。赤い刃が聳え、その刃は少しずつ欠けて行き周囲に赤い霧となって漂う。 五月は僅かに声を震わせながらもこの世界を作り出した朱骸を睨みつける。 「いい目ですね。貴方の血は美味しそうです」 朱骸はその視線に楽しそうにニコリと笑みを返し、その口元に隠した鋭い牙を見せつけた。 「陣ー」 「おう、紫郎……って、その腕どうした」 そこに竜一と戦っていたはずの紫郎が現れる。見ればその左腕は斬り落とされ、それを右手にぶらぶら揺らしながら持っていた。 「いやぁ、あの兄ちゃんにぶった斬られた。どうしよこれ?」 「……知るか、馬鹿」 その言葉にきなこが竜一の姿を探す。そしてすぐに見つかった、鉄橋の手摺りに血まみれで凭れる竜一の姿があった。 「では、帰りましょう。祭りの余韻を楽しみながらね」 そして鬼達はその場を去る。誰も殺さず、誰も喰わず。 その真意は一切不明のままに、酔うほどの血の香りを残したままに夜の闇へと帰っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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