●惨劇ロマンチスト 昔から、夢があった。 叶わぬ夢だと思い、そっと胸に閉まっていた。 否、叶えられる夢ではあったのだろう。わかっていた、自分が臆病なだけなのだと。 これは、ひとつの転機であったのだろうと思う。あの面妖な西洋人に共感したわけではないが、自分の中でなにかが変わったのは確かだ。 だから、その先を考えるのをやめた。欲望に忠実でいようと思った。未来などどうでもよく、過去などどうとでもなるのだろうと。 「ジャックと、言ったかの。その点では感謝もしようて」 胸の高鳴りが止まらない。大舞台、大試合。そこに挑む先達方々はこのような興奮を感じていたのであろうか。興奮、興奮している。劣情に似たその甘美。濡れているのだろう。そうでなければおかしくなる。可笑しくなる。犯しくなる。 剣を抜いた。昼日中でも分かる黒赤の輝きが美しい。唖然とする通行人そのいちに向けて横薙ぎに払う。皮、肉、骨、髄。胴から上と、胴から下が崩れて落ちた。 悲鳴が上がる、その前に三人を斬る。悲鳴が上がる、逃げる前に五人を斬る。悲鳴が上がる、逃さずに七人を斬る。 嚥下の音が柄を握る己に伝わってくる。飲んでいるのだ。誰が、剣が。何を、血を。 地に剣を突き立てた。ずずりと人間の中身共が寄せ集まる、かき集められていく。飲み込む度に輝きを増し、貪る度に切れ味を増した。 美しいと、艶息を漏らす。快感に身震いした。これだ、これが見たかった。もっともっとその胃に収めたとしたら、これは一体どうなってしまうのだろう。見たい、嗚呼見たい、見てみたい。その為ならば、この地を朱に染めても構わない。一億某滅ぼしてでも構わない。海の向こうが有象無象、数十億を斬り殺そう。 その素晴らしさを。筆舌に尽くしがたく、矮小な脳幹で思い馳せ得ぬ向こう側を。三千世界の果ての果て、十万億土のその先を。嗚呼見たい、見てみたい。見たくて見たくて仕方がない。 剣を抜いて、またひとり斬った。さあ、殺そう。明確な目的を持って、確かな夢を手にして。 多々良場ふたつは血に飢えているのだから。 ●演劇レコンギスタ 「加瀬丸、という刀があるの」 集合したリベリスタ達に資料が行き渡ったことを確認すると、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は口を開いた。 加瀬丸。妖刀にカテゴライズされるアーティファクトである。人間を食べることによって威力を増すというそれ。血を飲み、肉を食うバケモノ。 「あのテレビからこっち、頻発するフィクサード事件の中にその剣があったわ。所持者は多々良場ふたつ。例に漏れず、今回の件で活性化した殺人鬼みたい」 殺人事件では生ぬるく、虐殺事件でも悲惨さに乏しいホロコースト現象。殺されて、殺されて、殺されている何乗もの昨今。 「お願いしたいのは多々良場ふたつの打倒と、加瀬丸の回収。気をつけて。既に何十人と斬り殺した彼女の剣は、きっと防いで凌げるものではないはずだから」 それでは今回も、人殺し退治を開始する。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●総画数とルビのパレード 狂気を理由に刑罰を免れるなど、殺人鬼の風上にもおけないな。人間、やったことの責務は果たすべきだ。殺したならば、その罪は生命で贖われるべきだろう。絶対者、超越者。そんな夢想を語るなど恥でしか無い。殺す側だから殺されるとは思っていない? それこそ子供の戯言じゃないか。 さーつじんき、さつじんき。窓の外。早く逃げないと。もう……なんて悪趣味な妄想が現実になりつつある、そんな昼日中。 「ジャックさんの凶行を切っ掛けに、各所で罪の無い人達が殺人鬼の犠牲となっている……これ以上、好き勝手にはさせませんよ」 源 カイ(BNE000446)は拳を握りしめた。ひとりの呼びかけで蜂起した人畜生。ひとりの雄叫びで惑い失われた民草。今日も正義の味方は忙しい。 「……時代錯誤も良いところね。文字通りの辻斬りとは」 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)が大きく息を吐く。アスファルト。立ち並ぶ高層ビル。行き交う自動車。せわしない人群れ。あろうあるまいというレベルではなく、違和感と不自然の話でもなく、存在を意識されぬものに相違ない。 「止めるわよ。これ以上馬鹿の大暴れは御免だわ」 「三千世界の果ての果て、か」 自らが咥えたタバコに、『男たちのバンカーバスター』関 狄龍(BNE002760)が火を点けた。斬る斬る斬る斬る殺人鬼。たとえどれほど美しい女であったとして、たとえどれほど鴉を殺したとして。それと朝寝をする気になど到底なれはしない。面白きことのなかったとしても。 「世に妖刀・魔剣と呼ばれし品々は数多く有りますが、今回の依頼のそれも正しく妖刀ですね」 人を食うカタナ。人を呑むカタナ。逸話でなく、隠喩でなく、ただただフィジカルにそれを実行する怪異。正しくも妖刀。空寒くも悪刀である。悪食は祟り、これに貪りて。 「人々に仇す殺人鬼共々、早々に倒しましょう」 『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)は鍔を鳴らし、顔を上げた。 「心の歪みだけ妖刀を惹きつけ惨殺してるのか?」 なかなかの変態っぷりだなと、『素兎』天月・光(BNE000490)が感心する。恨み、楽しみ、無関心、陰鬱、義務感、強迫観念。殺人の理由に多々ある中、美意識と結論づけた彼女。多々良場ふたつ。それが美しくなる、他者主体により第三者を殺して回る殺人鬼。人を人とも思わぬことをも思わぬ有害者。しかし、これ以上の凶行はさせぬと、意識を強めた。 斬れば斬るほど強くなる。便利な能力だと『R.I.P』バーン・ウィンクル(BNE003001)は思う。短縮。ショートカット。しかし、短絡のそれに手を出したことで手痛い失敗を犯した過去は忘れない。やはり、楽をしようとも上手くいかぬものなのだろう。 「それにしても元々素質はあったんだろうけどテレビで見せただけでこの影響力、凄まじいねジャックお兄ちゃんは。方向性はともかく僕もそんな男になりたいね」 五十年遅くないか。 細切れにした資料の束が、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の周囲を風に流されていく。人気のない場所であれば、とも思ったが。そうもいかぬようだ。木を殺すなら森の中。そういうことなのだろう。しかし関係はない。やることは同じだ。人命救助と、悪者討伐。つまるところ、正義のヒーロー。 踏み出せば人工地の舗装された平坦が靴底を押し返す。ようやっと涼みだした秋口に、彼等は地獄の釜へと駈け出した。 ●敗北感と正の字の憂鬱 行いはいつだって自分に降って落ちる。善行には善行で。悪行には悪行で。当たり前のことじゃないか。人間が自利益の為に善行に努めると言うほど経済的にはなれないが、それでも心理作用によるロジカルは成り立つものであり、成り立ってしかるべきだろう。 鈍色と極彩色の街並み。背格好で年齢を容易く想定できる人々。群れ。群衆。渋滞する道路。長い信号。その中に、和装の女がひとり。 異色ではある。しかし、それを深く追求するほど集合意識は他人に関心的ではない。たとえ異形の某であったとしても、何らかの都合解釈により自己を納得させるだろう。そう、彼女が刀剣を抜き放ったとしても。 振り上げ、振り下ろす。口裂けた異悪の惨刀は、ヒトを乗せた鉄塊を容易くふたつにした。 崩壊、引火、爆熱。 位置につけの号令なしに、ヒトは非日常へとスイッチを切り替えられない。混乱する者。腰を抜かす者。放心する者。様々ではあったが、彼等は等しく同じであった。妖刀の食事であるという点において。だが今回は、その悪夢を掻き消すとしよう。 「皆さん危険人物がいます! 退避はこちらへいってください!」 その場に到着したリベリスタ達。光が大声を出し、我に返った幾人かが悲鳴をあげて逃げ惑う。 「僕らが来た道は安全です、早くこちらから逃げて!」 「通り魔です! 刀を持ってる。逃げて!!」 まだ事態を理解出来ない人々に、カイと舞姫が声をかけていく。 「私達が止めるからアンタ達が逃がしなさい! 男で大人でしょうが!」 動けぬ若者の胸ぐらを掴み上げ、アンナは激励する。たった八人で全てを助け誘導するなど叶うものではない。できることをできる者が行う。強固の一がもたらす脅威には、群衆の責務を持って抗わなければ活路の視えることはない。 他の仲間達も殺人鬼を囲み、凡そのそれに向かう経路を断った。かくして煩雑な街並みは刹那にて幽霊街へと書き換えられ、日常は戦場に。されど悲劇は生還の一筋を生み出し始める。 「逃げおったか……見事じゃの。まあよい。どうせ……ひとり残らず斬って捨てるのじゃからな」 殺人鬼も、多々良場ふたつも屠殺場から死合場へとスイッチを切り替える。悪臭と瘴気と憐憫を持って、この世は限りなくかの世に近づくだろう。下降街に曇天が立ち込めた。 ●日常と深夜のアフタースクール だからこそ、私は殺人を犯すつもりはない。いつだってこの脳内自問は同じ結論に辿り着く。そう、死にたくないのなら殺すべきではない。死にたくないのなら殺人鬼になどなるべきではないのだ。因果応報。ネメシスの下敷きになるつもりなどさらさらない。私は狂いたいとは思わないのだ。 斬った。と、それを表現するには語弊を生むだろう。正しくもあれ、しかし目の当たりにすれば概のそれとはかけ離れている。食った。と、それを表現するにしても伝わることはないだろう。一般認識のそれを文面の相互理解へと持ち上げるには、あまりに現実の齟齬がある。 それは、ずたずたにしたのだ。 一歩。静かに一歩進み寄ると、多々良場ふたつは『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)を袈裟懸けに切り裂いた。切り裂いたのだろう。そう見えた。傷口は、骨も肉も臓も削り取られていたけれど。 剥き出しになったそれに風が当たる。最早痛みを感じるほど、脳は神経の慟哭を受け入れはしないだろう。悲鳴もあげず、嗚咽も出さず、戦士がひとり、アスファルトに血溜まりをこさえた。 「斬る覚悟があるんだ斬られる覚悟もあるよね? 初めての殺人鬼さん!」 殺人鬼の左側へと弧を描き、光が己の得物で斬りつけた。ぎゃりぎゃりぎゃり。大口を開けた妖刀と噛み合い、およそ鍔迫りとは思え得ぬ異音を響かせる。 「無論よの。一方的な殺人など、子供の夢事じゃろう」 「斬って斬られては楽しいかい?」 「まさか。手段に悦楽を覚えるほど、わては労働中毒に落ちぶれておらぬわ」 斬撃が加速する。ぎゃらり。ぎゅる。ぎちぎちぎちぎちぎち。神経を逆撫でする反響。剣を狙う光の衝撃と、命を食らう多々良場の惨酷が絡みあう。切って流して反らして繋げて舞って蠢いて。何閃目かのそれ。躱しきれぬ、流しきれぬそれを見切ると、光は迷うことなく己の腹を差し出した。 つぷりと。ぐちゃぐちゃと。貫かせて食らわせて舐めまわさせて煮えたぎらせる。自分がすり減る感触。咀嚼され、嚥下される悪寒。激痛と吐き気に苛まれながらも、光の瞳が強さを失うことはない。 「肉も骨もくれてやるよ!」 そのディレイ。誰が見逃すものか。 死毒に塗れて地獄に落ちろ。 剣を抜き取る隙間を縫い、カイの暗糸が飛来した。多々良場ふたつの腕を絡め、肌に肉に神経に骨に関節に骨髄に違和感のそれを撒き散らす。思うように動かぬ殺人鬼を、影の獣が殴りつけた。首から、戦闘ではだけた胸元まで爪の跡が残る。 続けと抉り込む気の爆裂は、しかし食いしん坊の刺突により妨げられた。刺突から一転、斬撃に摩り替えたそれを半身反らすことで回避に成功する。目先を掠めた刀身の異臭が鼻をついた。 次を、次をと仕掛ける発破。点灯。点滅。それも痺毒より解放された殺人鬼には直撃してくれない。一歩。剣士のそれとして踏み込まれた間隙は、剣士のそれ故に最速の一手を持って死活の間合いと化した。 振り上げと振り下ろしを同時に感じる唐竹割り。回避し得ぬそれにカイは右腕を突き出した。 掌から、肘までに食らいつく悪刀。だが、血の一滴も流れぬ違和感に殺人鬼の手が止まる。瞬間、逆手から伸びた襲撃が彼女の腕を斬りつけた。 「そう簡単に斬らせるものですか」 斬られた。否、食われた。そう感じた時か、あるいはそれよりも早くか。薄れいく精神が現実と剥離する中で、舞姫は迷うことなく未来の消費を選択した。 食らう強化。飲み込む進化。この力のために、何人を殺したというのか。それを許さない、多々良場ふたつという存在がここにあることを許さない。日常。普遍のそれ。彼方から此方への微細な変化に富むそれを我欲に手折る、浅ましい欲望を許せない。腹の底に黒く重く圧し沈められた激情のそれが、舞姫。戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫を暗い暗い淵の底から引き戻した。 「舐めるなッ! 貴様などに殺されてやるものか、殺させるものかッ!!」 死の川より活き戻るや否や、舞姫は無酸素の息苦しさもよそに殺人鬼へと斬りつけた。一刀が、鮮やかに花を咲かす。多々良場ふたつにしても予想外であったのだろう。今しがた斬ったはずのそれ、食し終えたはずのそれが五体万全にしてそこに蘇ったのだから。五臓六腑を無傷にして再び反抗したのだから。 ようやっと血液を巡らせた舞姫が、肩で荒く息をする。全身に加えられる圧により、血流が己を取り戻していく。手指の痺れから解放され、少女は再び剣を構えた。 絶対に、守り抜く。その意志だけを込めて。その意義だけに忠して。その為ならばたとえ自分を失うことになろうとも恐怖はない。この身を幾千に刻まれようともけして牙は折れず。首だけの醜態に成り下がろうとも喉首食らい、散華の果てとも千里を踏もう。 正義。正しく義しとする狂気と狂信。その権化であれば、それも正しく鬼であろう。嗚呼、わたしはひとりの修羅なのだ。 その結論に、自己解答に。満足を得たか、極地を見たかは誰にぞ見えぬ。しかし、それは正しくも正しくとして、ひとつの完成された祝福であった。 「いいでしょう、最後の肉片骨片血の一滴になるまで斬り合いましょう」 応えたのは、どちらの鬼ぞ。 カルテット。掻き乱される不協和音が殺人鬼の耳をつく。蟲毒、血色、痺縛、落運。押し付けられた不貞の酷評は、多々良場ふたつの精神を、肉体を凄惨に犯していく。 「どんなに強力な力でもそれを使う人を封じればナマクラと一緒だよ」 身体が蝕まれていく。生命が垂れ流されていく。神経が動作を拒否する。連続した不条理に苛まれる。 連層の苦痛を振り払うと、多々良場ふたつはバーンへと矛先を向けた。縮地。一歩は地を這い侵攻し、二歩は自転を加速させる。 遥か上。上空より見下ろす老いた少年は、阿音にて足元まで迫る殺人鬼に目を見張る。屈伸。力を下に溜める。跳び上がる前行動。まさか、届くのかと。 上へとベクトルを向け、必殺の剣戟に踊る彼女の剣。だがその軌跡は三日月を描く直前、逆方向より飛来した大太刀に留められた。 孝平が飛ぶ。鬼の凶剣を止めた彼は。電柱を蹴り、窓に足掛け宙空を舞う。脳神経を組換え、加速された運動能力は縦横無尽の烈火を可能とした。 飛ぶ、飛ぶ。目で追えぬ速度で。目に映らぬ速度で。蹴り脚の破音だけが彼の存在を証明し、誰の視界にもそれは真空の刃となる。 飯綱が、牙を向いた。 妖刀、加瀬丸に衝撃が走る。二度、三度。幾度と無く悪刀へと空撃が見舞われた。防がれているのではない。高速に認識が追いつかず、手元を誤ったのでもない。攻撃は成功している。初めから狙いは殺人鬼などでなく、大食いのそれそのものであったのだから。 斬るよりも、叩きつける。断つよりも、破壊する。音、音、音。それしか見えない。それしか聞こえない。瞬速は刹那に歌われ、裂帛は光刃となって降り注ぐ。 空が落ちてきた。 剣戟と獣撃の隙間。轟音と穿断の合間から不可視のそれが直下する。腕を、剣を、脚を。狙い定めた銃弾が掠め、あるいは直撃し、殺人鬼の自由を奪っていく。 攻撃の結果を確認。双手甲より上がる煙を吹いて流すと、狄龍は走りだした。前に、でも後に、でもなく。横に。多角的に。狙える位置。死角。仲間の配置。それらを総合的に分析しながら狙撃ポイントを見定めていく。 脚を止め、狙いを定める。抜き放つと同時の射撃。ヒット。多々良場ふたつの意識がこちらに向く前に移動を開始した。繰り返す。繰り返す。ゆっくりと、しかし確実に狄龍は悪意のそれを取り払っていく。引き剥がしていく。拭い去っていく。 もう一度。ヒット。 逃走経路すらも思考に含み。逃げられぬよう、翻されぬよう戦場をコントロールする。もう一度。 歌う。歌う。歌を紡ぐ。天使よ届けと歌声に癒しを乗せて運んでいく。傷を癒し、障害を取り除き、仲間の回復に努めるアンナ。それを邪魔と感じたか、殺人鬼の剣が彼女に飛んだ。自分には避けきれぬ悪意に対し、盾を使い必死の思いで剣筋を変えていく。一撃一撃が必殺。躊躇ない殺人行為。暴飲暴食に鎧が功を奏せぬ以上、こうして仲間を待つしか無い。怖い。恐怖が精神を支配し、死の威圧が奥歯をならせと誘惑する。負けじと、敵を睨みつけた。 手段としての殺人行為。人を斬る、それが望みなのだろう。彼女の望みに繋がるのだろう。しかし、自分にも譲れぬものがある。朝起きて、学校に行って、クラブでぐだぐだ駄弁って、帰って適当に勉強して、通り魔のニュースに悩まされることなんかなくゲームやって寝る。不条理の不幸もなく、不可解の事故もない。そんな日常という些細で遠大な望みが。 殺人鬼め。ひとつだけ、お前に妥協しよう。付き合ってやろうじゃないか。殺しあいの流儀、略奪の流儀に。勝者。官軍。反論殲滅の絶対交渉。勝って、勝利して、奪ってやる。奪い尽くしてやる。私の望みを。 仲間の剣が自分から多々良場ふたつを引き離す。安堵の息も短く。それを休息として、彼女は再び歌い始めた。勝利と願いの為に。 ●君と僕の殺人鬼 さて、殺すか。 これまでか。幾度目か、幾十度目かの攻撃をその身に受けて諦念した自分を悟る。自分は負けたのだ。失敗したのだ。これで未来は消失し、ここから先は無いのだろう。一寸先は闇、何も無いという意味で。 理解はしていた。覚悟もしていた。殺人鬼は殺人によって贖われ、望みは願いによって絶たれるのだと。悲しくはない。寧ろ清々しい。 襤褸切れの身体で殺人鬼は立っていた。次の一撃は来ない。敵も己も、最早戦闘は終わったのだと確信している。捕捉。捕縛。連行。回収という段階に移行している。だからこそ、彼女は行動した。 振り上げる、振り下ろす。防ぐこと叶わぬ絶死の大食らい。予備動作と攻撃動作を同時と錯覚する一点。ことここにおいて剣士は抗うことも従うこともせず、多々良場ふたつはその妖刀において自らを斬り裂いた。 悲鳴は上がらず、鮮血は飛ばず。加瀬丸はそれらを糧として食い尽くす。心音がリベリスタ達の声をかき消してくれた。ここには自分と悪刀以外がいなくなる。いなくなる。最後の最後、彼女は溜息をついた。落胆でもなく、気疲れでもなく、感嘆として溜息をついた。ほら、やっぱりきれいだ。 彼等によって回収された妖刀が、アーク職員の手によって運ばれていく。幾十人の血を吸い、肉を食らい、妖しく育った食いしん坊。 「まだ終りじゃない、この殺人鬼を唆した元凶を倒すまで……あの傲慢な魔人を完膚無きまでに叩きのめすまでは……」 伝説。最も有名な殺人鬼。恐怖と、時に羨望を持って語られる彼。主犯。一連のそれを引き起こした根源は未だ打倒されていない。あれを討伐せぬ限り、今後も殺人鬼事件は増えていく一方だろう。 リベリスタ達は帰路に着く。休暇を取る余裕もなく、次の依頼が彼等を待つだろう。こうしている間にもどこかで殺人鬼が増えていくのだから。 傷を癒し、疲労した身体に鞭打って歩み始める。戦場は終わらず、平穏は遙か彼方。しかしその一歩に、迷いも諦念も見受けられることはなかった。 これからへと意識を向けた彼等に、職員の呟いた独白よりも小さなそれは果たして聞こえていただろうか。 「綺麗だ……」 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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