●ある日の午後の出来事 お母さんが頭を撃ち抜かれて、死んだ。 ――――■■あ■ろ ●夕暮れは朱く染まる 「人の親ってのはよぉ、自分の命より子供の命を大切にするらしいなぁ」 赤い髪に白いメッシュを入れた痩せぎすの男。 その額には黒い雷の刻印が入ったバンダナを巻いている。手にしているのは赤と黒の回転式拳銃。 「俺はよぉ、それが信じられねぇんだわ。だってそうだろ? 人間誰しも自分の身が大事じゃねえか。自分が一番だろ?死にたくねぇだろ? 生きてたいだろ楽しみたいだろ愉快に痛快に笑って人生送りてぇだろ?」 からからと、シリンダーが勝手に動き、ハンマーが起きる。 死の香りを嗅ぎ取っているのだ。持ち主の意志を汲んでいるのだ。 それが魔銃と呼ばれる類の物である事は、神秘に関わった人間であれば火を見るより明らか。 しかし、一般家庭で今日も主婦業に勤しんでいた女にとって、目の前で行われている事は、 悪夢以外の何物でもなかった。 「じゃあよぉ、自分より他人が大事ってなどんな感覚だ? 分かんねぇなあ。子供なんざまた作りゃ良いじゃねぇか。あ?ベッドの上であんあん喘いでよぉ そんな幾らも代わりの効く物のどこがそんな大事なんだ?わけわかんねえだろ、なあ?」 げらげらげら、と。爆笑しながらも銃口は動かない。1つは女を、そしてもう一つは―― 「…………」 怯えた眼差しで声を殺している幼い少年に向けられている。 それは彼女の息子である。なかなか子供に恵まれなかった彼女が授かった大切な、一人息子。 齢は今だ6つ。来年小学校へ上がるばかりにしては聡明であると、 親馬鹿かもしれないけれど彼女は思っていた。 けれどその考えは間違いではなかった事を、こんな場面で彼女は確信する。 視線を巡らせれば周囲には死体、死体、死体。死体しかいない。 生かされているのは彼女と、彼だけ。たったの2人。 30人から成る人々が働いていたその地方銀行は、乗り込んできた、 たった2人に完全に制圧され、蹂躙され、虐殺され、支配されていた。 そんな状況で声の一つも上げずにいる。男を刺激すればどうなるか、良く分かっているのだ。 息子は聡明である。であるなら、彼女がここで殺される訳にはいかない。 「なあ、何か答えろや、雌豚」 響く銃声。頬に火傷の跡が走る。痛みと緊張で頬の筋肉が勝手に引き攣る。 「なあ、俺が聞いてんだろ?この朱神様がよ、聞いてんだろぉ? 喰って糞するしか能のねぇ雌豚の分際で何無視してんだ?シカトこいてんじゃねぇぞ糞が」 からからと、シリンダーが再び勝手に回る。その視線が女から、少年を経由し、背後に立つ大男へ向く。 「おい、てめぇも何か言えよ黒崎」 「……無い」 「あぁん?」 地響きの様に響く、深く威圧的な声。赤髪の男より10は年上だろう。 2m近い身長に筋骨隆々とした体躯。黒崎、と呼ばれた男は静かに目を閉じたまま、極々端的に答える。 「……興味が、無い」 文字通り、どうでも良いとばかりに呟いた言葉は眼前の参上を見ればそれこそ理解不能な物である。 この男は、この場に来てより唯の一人も殺してはいない。 そう、男は入り口を封鎖しただけだ。3つ有った入り口を、たった一人で“全て”。 何をしたのかは全く分からない。けれど、男が銀行に入った途端空気が変わった。 その空気は今もまだ変わったままである。そして出口。 最初に受付嬢が朱神と言う男に殺され、恐慌を起こし、 緊急避難用の裏口まで含め3箇所のどこかに殺到した人々はその全てが、 反応しない自動ドアに手をかけた瞬間に跳ね飛ばされた。出られない。囲われている。閉ざされて、いる。 「だとよぉ。全くついてねぇなあアンタ。俺様の実験に巻き込まれて死ぬとかよぉ。 せめてあの朴念仁が奮い立つ様な絶世の美女に生まれてくりゃ良かったのによ! ぎゃははははははは! まあ無理かぁ! アイツは強ぇ奴に発情する異常者だしなぁ!」 弄う様にゆらゆらと、銃口が揺れる。男は遊んでいる。いや、待っているのだ。 何をか、は分からない。分からないけれどそれは恐らく警察とかそう言う物では無い筈だ。 「でもまあ、お優しいこの朱神様はぁ、アンタに生きる道をくれてやろうと思う訳だ。 マジで感謝しろよぉ。つー訳でお前の息子殺すわ」 「ひっ」 声が漏れ、慌てて手を伸ばしかける。既にトリガーは引かれている。放たれた銃弾は弧を―― そう、弧を描きながら彼女の息子の頬に血と火傷の線を引く。 「おお。外しちまった、すげぇなあアンタの息子。剛運じゃね? いや、そりゃねぇか。俺に目ぇつけられた時点でハズレ籤間違い無しだわなぁ、ぎゃはははははは!」 遊んでいる。遊んでいるのだ。この男は。あの銃で狙った物を、男の意志以外で逃がす筈が無い。 29発。現在に到るまで男が放った銃弾はたったそれだけ。それで28人の人間が死んだ。 曲がりくねり障害物を避けて飛ぶ弾丸。そんな物を避けれる人間が居る筈も無い。 撃たれて、死んだ。撃たれて、撃たれて、死んで、死んだ。 「でぇ、まあ今のは冗談だけどよぉ。人質は2人もいらねぇのは本当なのな?」 にぃ、と歪んだ様に笑む。何を言わんとしているのか。恐怖に麻痺した頭でも判る。 歯がガチガチと鳴る。自分の意志では止められない。分かる。わかるのだ。何を言っているのか―― 「で、あの餓鬼かアンタかどっちか死んで欲しいんだわ。分かるよな俺の言ってる事。 分かるよなぁ、馬鹿じゃねぇならさぁ」 言いながら、手に持った黒の銃をくるりと回し、銃把の側を女に差し出す。 男は笑っている。いや、それは笑いだろうか。彼女には人形の顔に亀裂が入っている様にしか、見えない。 「だからアンタ、息子殺せよ。じゃねぇとアンタが死ぬ訳だしなぁ」 じっと見つめる眼差しは、本気だ。直感的に悟る。男は唯の一つの嘘も吐いてはいない。 「おら、早くしねぇと俺が殺すぜぇ?」 くっく、と笑いを噛み殺しながら心底愉しそうに銃を押し付ける。手に還るずっしりとした感触。 女は混乱の極地に在った。けれど、けれど。息子を殺すなんて、出来る筈も無い。 けれどやらなければ、殺される。息子は、殺されるのだ間違いも無く。男は次は外したりしない。 銃口を向ける。視線が重なる。彼女の愛しい子供が目を見開く姿が見えた。 胸が痛む。ごめんなさい、ごめんなさい、と心の中で何度も謝る。けれどもう、これしかないのだ。 「……ほぉら、殺れよ、そうすりゃアンタが人質だ。世の中はよぉ、椅子取りゲームなんだよ」 背の側に回った朱神が告げる。ああ、そうなのだろう、そうなのかもしれない。けれど。 異常に手に馴染む黒い拳銃が、殺せと告げている。この、眼前の、世界の汚物を―― 「死ぬのはアンタよ! この異常しゃ――」 子供を殺せる親など居ないと、彼女はそう信じ。 「ばぁか」 振り返る姿のまま側頭部を打ち抜かれた。くるくると、くるくると、駒の様に回る。 女が回り、血溜りに伏せる。生き残りは、後1人。 「ぎゃははははははは! ばぁか! ばぁーか! おめでてぇなぁ糞豚ぁ! 銃渡した時点で先読めてんだろ! ドラマ見ろよドラマー! ぎゃははははははは!」 笑う。笑う。笑う。響く笑い声。けれど銀行の前を通る人々にすら、その声は、届かない。 「ジャック・ザ・リッパー何つー骨董品によぉ、現代の話題まで独占させやしねぇぜぇ?」 誰も知らない街角で、誰も知らないまま惨劇は続く。 ●ある日の午後の出来事 「ここまでが、カレイドシステムに見えた光景。 ……皆が着くまでに、ここまで事態は進行してる」 ブリーフィングルームが静まり返る。最悪である。文字通り、最悪だ。 「主犯はフィクサード『朱神蓮司』サイレントキラー何て呼ばれてる、神出鬼没の殺人鬼。 そこそこ名のあるフィクサード。事件を起こしても足取りが掴めない事でも有名。 あんな妙な銃を使う何て話は聞いた事無い」 ファイルされた資料を2冊テーブルに並べる。けれど一方の厚みに比べ、もう片方が余りに薄い。 「もう一人、黒崎って呼ばれてた方は、詳細不明。アークの記録に無い。 でも、恐らく使う武器は大剣とかそういう類」 体格や筋肉の付き方、立ち居振る舞いは剣士のそれであると、カレイドシステムは告げている。 けれど良く分からないと言うのはそれだけでも危険因子である。 「今まで、万華鏡に引っ掛からなかった朱神が、何で今回に限りこんな派手な事をしたのかは分からない。 でも最近、こういう事例が大幅に増えてる。元々頭のおかしかったフィクサードだから、とかじゃない。 ジャック・ザ・リッパーのデモンストレーションに呼応する様な……何か、おかしな空気」 誰か、或いは何かが、その風潮を助長している。 ジャックの放送を更に利用している者が居るのかもしれない、と。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が周囲を見回し、 けれど冷静さをギリギリ保ちながら、小さく頷く。 「放っておけない」 呟いた声は冷たくすら聞こえる。燃える様なそれではなく、悔しさを押さえ込んだ冷えた怒り。 理不尽に失われる物。その理不尽を嘲笑う物。それらを覆す為の万華鏡である。 その万華鏡の申し子であるイヴにとって、現状は看過出来る物ではない。 「皆の仕事は、人質の救出。これが先ず最優先」 最後に残された1人。たったの1人。されど、1人である。 「後、出来ればこの2人組。どちらか片方だけでも倒して欲しい」 2人組。そのどちらも生半な相手ではない。特に―― 「特に、この黒崎って方。こっちは凄く嫌な感じ。何か隠してる」 可能であれば、2人とも。しかしそれを達成するには並々ならぬ努力が必要とされる。 けれど。 「私達は、こういう事を許さない為に居る」 手札が全て読めない相手、けれど先ずは一歩ずつ。状況を解きほぐして行くしかない。 「勝って、生きて返って来て」 小さな拳を握り締め、彼らの小さな勝利の女神が背を送る。 ――願わくば。この惨劇に、正しい結末を。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●ある日の午前の出来事 ざまあみろ。 浮かんだ気持ちはただ、それだけ。 彼には現実味と言う物が無かった。 何故そんな精神性が育まれたのか、理由など分からない。ただ、彼は俗に言う優等生だった。 人が出来ると言う事は大抵出来た。両親もそれを喜んだ。なのでずっとそれを続けていた。 続けていく内に分からなくなった。彼の見る世界はまるで物語だ。 最初から決められているレールを決められた様に歩むだけ。失敗もしない、苦労もしない。 何時しか彼の世界は、画面の向こうと区別がつかなくなっていた。 そんな彼の眼に飛び込んで来たのが、朝の惨劇。そして、ジャック・ザ・リッパーである。 凄いや。ムービースターみたいだ。 幼い彼は単純にその挙動に憧れた。画面の向こうの映画の登場人物の様なそれ。 考えた事も無かった。人でない物にだってなれる、何てこと。 けれど、自分ならそれも出来る気がした。それをしたのが、人であるなら。 そんな彼の元を、黒い男が訪れる。彼は問うた。まるでレールが決められてでも居る様に。 「少年、その鳥篭から出たくは無いか?」 彼は躊躇無く頷いた。そこが鳥篭であった事に、彼は漸く気付いたのだ。 渡されたのは二丁の拳銃。それが始まり。それが、終わり。 ●朱き殺人鬼 「……う、うわああぁぁ――っ!」 叫び声を上げながら突貫した『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)。 その一撃を往なす『サイレントキラー』朱神 蓮司が浮かべるのは相手を馬鹿にした様な薄ら笑い。 その瞳を一瞬見返してしまい、文の背筋に冷たい物が走る。 それはとても正気には見えなかった。酷く濁った眼差し。それはまるで死人の様。 「下らないことをしやがって、マジで覚悟しろよ……!」 「ぎゃっははははは! 何だ何だ何だってんだよぉ! 笑えるじゃねぇか、正義の味方が今頃御登場ってか! 世の中どうにかしてんじゃねぇかぁ!?」 『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)の激昂を余所に、げらげらげらと赤髪の男が笑う。 シリンダーが回転する。からり、からり。トリガーが引かれる。響く銃声。 余りにも無造作に赤い銃から吐き出された銃弾が、狙い違わず涼の脚部を射抜く。 「……っざけるなぁ――!」 がくんと、バランスを崩し倒れかけるも踏み込み放つは音速の一撃。 その一撃が朱神の腕を斬り付け―― 「そこまでだ」 「これ以上はやらせんよ」 追って突入してきた、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)、 『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)、2人の銃口が朱神へと向けられる。 しかし、それに応ずるは笑いである。 「ひはははははは! 良いぜ良いぜ、満員御礼ってかぁ! そうだ! もっとだ! もっと来い! 此処まで来い! 俺様と地獄まで一緒に追って来やがれ――っ!」 裂ける様な狂気に満ちた笑いと共に、赤と黒。対の銃口に真紅の光が灯る。 ――他方。 「大丈夫よ、もう大丈夫だから」 「……うん」 人質である赤峰 悠を確保した『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)が、 彼を抱き締めながら幾度も撫でる。あたかも恐怖を紛らわせる様に、誰にも傷付けさせてなるまいと。 「人質のコ殺したら、アンタらなんかにキョーミねーから、アソんであげないわよ!」 『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)が対峙するのは鋼の如き黒尽くめの巨漢。 告げた挑発に、虚無を溶かした様な無表情が、僅かに動く。 「……漸く来たか、聖櫃の子ら」 「御招待された覚えは全く無いんだがねっ!」 『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)のショットガンが至近距離から連続で火を噴く。 それを――中空で断つのは黒い壁、少なくともそれを見た誰にもそう見えた。 黒一色の大剣。無駄を一切省いた鉄塊の様なそれ。異様にして異形。 威圧感よりも危機感を感じるそれに、『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)が警鐘を上げる。 「前情報通りの大剣……です。警戒を!」 そう。大剣である。しかし――それが唯の大剣には、どうしても見えない。 「選別を始めよう。お前か、あれか、どちらが次に相応しいか……示すがいい」 強引な踏み込みと共に黒い剛風が吹き荒れる。 喜平の影の移し身をも吹き飛ばす一撃は、余りに深く、鋭く―― 「……」 それを悠は眺め続ける。ただぼんやりと。まるで当然の出来事であるかの様に。 「ねえ、それ素敵な銃よね。 どこで手に入れたのかな?」 問いかけたのは『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)。 その視線は赤と黒の魔銃を見入る。対する朱神は我が意を得たりとばかりににまりと笑んだか。 「ああん? 何だよ雌餓鬼が俺様の相棒に御執心ってかぁ!? 残念だったなぁ! てめえみてぇな乳臭い餓鬼に火遊びは早過ぎるぜぇ もう少し育って出直しな!」 向けられる銃口。引き絞られるトリガー。しかしその瞬間、 「っ!?」 振り抜かれた手を、気糸が射抜く。 「――やらせんと、言わなかったか?」 雷慈慟のピンポイント、そして其処から始まる怒涛の攻勢。 「こわいけど……負けないんだから……!」 「全ての子羊と狩人に安らぎと安寧を……A-men」 文のギャロッププレイが朱神の腕を縛り、そうして出来た隙を杏樹のアストレアが射抜く。 これによって吹き消された十字の加護の合間を縫って、涼が踏み込む。 怪我した足を引き摺りながらも、その瞬間の自身に出せる最高速で以って―― 「ここで幕引きにしてやる!」 朱神の体躯を斬り上げる。噴き出す血飛沫は赤く、赤く。その向こう側で、男が嗤う。 「ひ、ひひひ……」 その違和感に気付けたのは、杏樹だけだった。貼り付いた様な笑み。 けれど、彼女の感情探査は反応しない。喜怒哀楽を問わず、何の感情も感じられない。 「ひゃはははは!! 面白え! 幕引き? 幕引きだ? やってみろや正義の味方共! 俺様を倒して世界を救ってみろよぉ――!」 「――来る!」 銀弾の修道女が、朱い殺人鬼が叫び、両手の銃がくるくると回る。 解き放たれたのは血色の閃光。紅い、赤い、朱い――無数の。死線。 ●黒き殺人鬼 「……基本スペックだけで十分、とでも言う心算ですか」 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスターの前に立ち塞がった黒い影。 喜平、おろちを含めた3人は、奇しくもその1人に完全に足止めを受けていた。 何をするでもない。攻撃を受け止めながらヴィンセントをブロックし、 ただ全力防御に徹するのみ。している事はシンプル過ぎる程にシンプルである。 だが―― 「おいおい……冗談だろ……」 「ちょっと、何よこれ……本当に人間!?」 喜平の叩き込んだ音速の一撃が減衰に減衰を重ねられ、消失する。 おろちのブラックジャックすらがまともに通らない。圧倒的なまでの、異様な硬さ。 その目線はヴィンセントから一切動かない。黒崎がマークして来たのは、最初から彼唯一人。 (何だ、どう言う事だ? 何かが――) 途轍もない、違和感。推理に推理を重ね真実へと王手をかけたヴィンセントの思考が回る。 仮説、B&Rの所有者は赤峰悠である。仮説、少年が黒崎と通じ朱神を利用している。 仮説、朱神は少年によって操られている。――ふと。そこで止まる。 少年は朱神を利用している。……何故? リべリスタである彼らが見てそれと分からない以上、 赤峰悠は十中八九ステルス持ちのフィクサードだと類推出来る。 そしてクラスは分からないにせよB&Rの殺傷能力は破格と言って良い程のそれ。 殺人がしたいなら彼自身の手で殺せば良い筈だ。実験? 何の? いや、そもそも。神秘事件の全てにアークが関与している訳でも無い。 なのにまるで彼らが訪れる事が当然であるかのように、朱神が、黒崎が待っていたのは――何故だ。 「渡り鴉の黒翼――ふん、やはり貴様か」 気付く、それは違和感の正体。そうだ。やはりそうだった。だとするなら辻褄が合う。 何故、彼らはアークですら捕捉出来て居なかった朱神と接触出来たのか。 何故、朱神が暴走しているのか。何故、彼だけが生き残ったのか。 何故――今日このタイミングで、この場に彼のみならず、彼の母親までもがこの場に訪れたのか。 まるで運命に導かれてでもいる様に。 「まさか、彼は――」 「その通りだ」 瞳に浮かぶのは賞賛の色。初めて振り下ろされる、黒い大剣。それはあたかも餞別の様に。 何処か他人事の様にそれを見ながら、ヴィンセントは覚悟を決める。 これは、この状況は――余りに、危険だ。直ぐに対策を―― 叩き付けられた一撃に意識を刈り取られながら、黒翼の射手はその思考で以って突破口を開く。 防御の解けた黒崎に、畳み掛ける喜平と、おろち。 初めてまともに通った攻撃は、黒い殺人鬼の体躯をその場へと縛りつける。 「結界、解除されてます!」 「!? だったら、逃げて下さい、急いで!」 入口ギリギリで待ち構えていた沙希の上げた精一杯の声に、文が応じて撤退を促す。 ニニギアが急ぎ足で悠を抱いたまま扉を潜る。そう、戦闘中に使用する結界の類には集中を要する。 集中を乱されれば解けるは道理。彼は別段守りに徹したかった訳ではない。 守りに徹さざるを、得なかったのである。で、あれば果たして何故攻めに出たのか。 先の推理に比べれば、答えは容易い。 「……余興は終わりだ、始めるぞ」 運命の加護を削り、血の混じった吐息を吐きながら立ち上がるヴィンセントの眼前。 肉体の麻痺を無理矢理に解除した黒位の巨漢が鉄塊を――構える。 「……っ」 瞬きを終えた視界は赤く染まっていた。ぶちまけられた赤い絵の具。まるでキャンパスだ。 十分に警戒をしていてすら、その防御を貫くほどの衝撃。 一瞬で体力の半分程を削り取られた杏樹ですら、決して周囲に比べて重傷ではない。 「……サイレントキラー……なんて呼ばれてるお前らしくないな。どういう心境の変化?」 眼光鋭く問いかける。全身が重い。何をしても失敗しそうな奇妙な圧迫感。 今追撃を受けるのは厳しい。相手は未だ何かを仕掛けようとしている。 問いは時間稼ぎと情報収集を兼ねる。しかし答えが無い。改めて確認する。 朱神の動きが止まっていた。 「……え?」 嵐子の声がぽつりと漏れる。くる筈の追撃が無い。この好機を逃す理由は無い筈。 瞳を細めて見守る。朱神は何かを呟いている様だった。目が泳いでいる。 「あれ……? あれ? 何だ。心境の変化? 待てよ、おい。何だこれ。 何だこれ。何やってんだ。おい、何やってんだよ俺、え?」 混乱、混濁、狂気。呟く言葉は意味を持たない。だが、 「呆っとするな! チャンスだ!」 指揮に長ける雷慈慟の声に、前衛の2人が動く。 まるで無防備、隙だらけの朱神に、不運と不幸を纏ったままの涼と文が畳み掛ける。 「せめて、わたしに出来ることを……っ!」 気糸の網が朱神を捕らえ、其処に構え直した嵐子のLightningが向けられる。 「凄い勿体無いけど……ッ!」 演技でなく、本当にB&Rが欲しかった嵐子の慙愧の声と共に打ち抜かれる赤い魔銃。 狙い違わず打ち抜かれたそれが朱神の手元から弾かれ、転がり―― 「ああ。こうなるんだ。凄いなぁ」 「……え?」 「ううん、助けてくれて、ありがとう」 悠と一緒に脱出したニニギアが問う。彼女を見上げる少年には恐怖の色は欠片も無く。 あたかも上質な映画を見つめる様に、ただ淡々と。淡々と。彼女に抱きしめられるままに。 ●赤と黒 「あああああああああああああああああああああああああ!!!」 朱い男の絶叫が響く。黒い男がそれを一瞥し、胸元で十字を切る。 「加護よ、在れ」 朱神を縛る気糸が千切れる。男の狂気は止まらない。彼は完全に錯乱している様に見えた。 バンダナの上から髪を引き千切る。ぶちぶちと音を立てて抜け落ちる。 「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」 黒い魔銃を手当たり次第に撃ち放つ。けれど当たらない。B&Rはあくまで二丁一対。 片方だけでは少々性能の良い拳銃に過ぎない。 「あなたも『彼』も目的は果たしたはずです。もういいでしょう」 朱神を杏樹と嵐子の十字砲火が射抜き、それを見た血塗れのヴィンセントが問う。 恐らく、今なら結界は無い。黒崎が攻めに出てきたのがその根拠だ。 逃げようと思えば出来ない訳ではない。しかし、とても背を向ける気にはなれない。 「そう急かすな……丁度楽しくなって来た所だ」 「ちっ……殺し合いが目的なら幾らでも付き合ってやるよ!」 喜平が間近まで迫り散弾をばらまく。その合間を縫ってはおろちが仕掛ける。 「ワタシ、ワタシ以外の外道が存在すんのゆるせねーのよ。そこんとこ夜露死苦!」 幾度も繰り返した連携を、黒い大剣が薙ぎ払い、斬り裂く。 「外道に非ず、王道に非ず、全ては大儀の為に」 唯の凡庸な一撃に、比較的大柄な喜平の身が吹き飛ばされる。 けれど踏み止まる。身を大きく抉られながらも睨み付ける眼差しは尚、強く。 「全然、利いてないよ」 「これ以上――好きにさせるつもりはねえよっ!!」 涼が踏み込み、斬魔刀・紅魔による一閃が朱神の体躯を切り裂く。 一進一退で進んだ戦況は朱神の狂乱を皮切りに確実にリベリスタ側へ傾いていた。 「ふん、随分と安い感情のようだな」 一早く不運を脱した雷慈慟のピンポイントが朱神を引き付ける。 「がああああああ! 何だ、何だ何だ何だどうなってんだあああああ!!」 怒りに駆られた朱神が発砲し、内一発が雷慈慟の体躯にめり込む。 先の赤い死線の影響もあれば思わず膝をつくも、しかしそうして稼がれた時間は大きい。 「今なら一瞬の隙も見逃す気がしない。キミ隙だらけだよっ!」 嵐子のハニーコムガトリング。弾幕の嵐が朱い殺人鬼の身を走り抜け。 「――終わりだ」 アストレア。杏樹の構えた星の乙女の名を冠する弩から放たれた矢が、 狙い違わず朱神の額を――射抜く。 「な――ん――」 遺した問いは誰に対してか。ゆっくりと崩折れた朱神の手から黒い魔銃を引き剥がし、 杏樹がゆっくり中空へと十字を切る。 「事情は知らないが……哀れだな」 だが、感傷を挟む程余裕がある訳ではない。目線を巡らせれば、響く轟音。 「うひー! イっちゃう! イっちゃう――! 回復頂戴!」 「今、癒します……!」 おろちの悲鳴に沙希のフォローが入る。彼女の持つエネミースキャンは、 確かに黒崎が未知のスキルを有している事を告げている。けれど、それが何か分からない。 危険である事は分かる。けれど、これは恐らく個人に依る物ではなく…… 「……朱神が逝ったか」 何事も無い事の様に、黒崎が告げる。序で、振り下ろされる黒剣。 ヴィンセント、喜平、そして杏樹を順に眺め、黒い殺人鬼は薄く笑む。 あたかも、何かを噛み締める様に。 「試行は十分だ。認めよう、聖櫃の子ら。お前達はなかなかに……そそる」 それだけ告げてまるで当然の様に踵を返す。無防備に、無造作に。 背を向けられた側のリベリスタ達が呆れるほどにあっさりと。 しかし、其処まで公然と侮られ、黙っていられない者はこの場には決して少なくなかった。 「ふ――ざけるなっ! これだけ殺して、実験? 試行? 馬鹿にすんじゃねえっ!」 「よえーヤツ嬲って、ぼくちゃんつよいでしょってかぁ? ざけんじゃねぇよ、このタマナシがぁ! ブッ殺す!!」 「この地獄を作るのに手を貸したって奴を、ハイソウデスカと帰せる訳無いだろ!」 涼が踏み込む。おろちが影のオーラを伸ばす。喜平が散弾を放つ。 其処に立ち上がる、影2つ。切り裂かれ打ち抜かれ壊れたのは、死者の遺体。 喜平の一撃は黒い剣に阻まれ、その影から黒崎の声が漏れる。 「――屍操剣。黒崎骸」 「……アーク所属、ヴィンセント・T・ウィンチェスター」 視線が交わった2人が名乗る。それが終わり。それが、始まり。 ●赤き殺人鬼 「……ごめんね。お姉ちゃん」 ずるりと。抜けたナイフ。自分の手を見つめる少年。 それは決して致命傷ではない。ニニギアとて、一人前に経験を積んだリベリスタである。 重傷にすら程遠い。けれど、何か塗られていたか。動けない。体に一切の力が入らない。 「悠……君……駄目、よ」 回らない呂律で訴える。身体の痛みでなく、心の痛みで瞳が潤む。 もしも険な子供だったとしても、その未来を諦めたくない。 そんな一心で彼を守り続けた彼女は、けれど最後まで、 その深い深い絶望に触れる事は出来なくて。 「……僕がこうなることは、もう、決まってる事なんだよ」 銀行の玄関を通り、外へと出てきた黒い巨漢がニニギアの眼前を横切る。 それを一瞥し、少年が影の様に男を追い駆ける。まるで映画のプロローグの様に。 けれどそのまま立ち去るかと思えた2人。その小さな影の方が後ろを見遣る。 「お姉ちゃん、名前は?」 未練の様に問う悠に、彼女は答える。それでも、やっぱり諦めたくは無くて。 ただ必死に。何かを繋げたくて。 微笑む少年に感情の色は無く。声も漏らさず言葉を紡ぐ。 口の動きだけで彼女の名を告げ、振る手は小さく。影は黄昏へと混ざって溶ける。 「ばいばい、」 夕暮れは過ぎ去り太陽は墜つ――まもなく夜が、やって来る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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